その魔物の子と対峙した時から、嫌な予感は拭えなかった。
「"ギガノ・レイス"!」
「ギガノ級基礎威力の1.3倍相当といったところか。並の魔物よりはマシだな」
幾多の魔物にトドメを刺してきた、上級術の巨大な重力球は、まるでハエを追い払う様に片腕で弾き飛ばされ――
「ウオオオッ!」
「素のパワーと反応はゴウ級(中級)強化術相当……この程度では竜族に遊び殺されるぞ」
ブルドーザーを吹き飛ばす腕力から繰り出される殴打は、じゃれつく子どもをあしらう大人のように防がれ――
「ブラゴ、有利ポジションを取り続けて!」
「チイッ……」
「移動スピードはガ級(中級下位)強化術相当。速度鍛錬は苦手か?」
スピード戦を仕掛けるもあくび混じりに、目にも映らぬ速度で背後を取られ――
「グオオオッ!」
「防御力はギガノ(上級)級強化術相当。耐久限度は、推定でディオガ級2.5発分か。
タフさだけはギリギリ及第点だ。少しは褒めてやろう」
ギガノ級の攻撃を微ダメージで受け止められる、鋼の肉体はただのパンチで貫かれ――
「"アイアン・グラビレイ"! 中距離のポジションをキープ!」
「パートナーの基礎スペック、戦闘技術は上の下……。
心の力の最大許容量は推定ディオガ級5発分、臨戦時の自然回復速度は100秒程で中級術1発分か。優秀なパートナーを引き当てたな。
だがまだまだ潜在能力の全ては到底引き出せていまい」
修行に修行を重ねた、
「ディ……"ディオガ・グラビドン"!」
「最大術を打ち込む間合いとタイミングは悪くないが……いかんせん火力不足だな」
直撃すれば深刻なダメージは避けられないはずの切り札は、ただの前蹴りで弾き返される。
"次元が違う敵に弄ばれている"。
シェリーが住む邸宅の近くにある空き地で始まった戦い。
ここまの状況を一言でまとめるなら、その一言に集約されている。
重力を操る黒い本の魔物の子、ブラゴとそのパートナーの少女、シェリー・ベルモンドは満身創痍の中、初めて体感する圧倒的な実力差に涙を流すほどの絶望と恐怖を抱く。
一時間前、シェリーの実家にパートナーも連れず、単身乗り込んできた魔物の子。
かつて自分達が完勝した赤い本の子、ガッシュに酷似した「ゼオン」と名乗る魔物が呪文を一度も使わずに、自分達を制圧してみせた。
「厳しい修行が……これまでの努力が全く通用しない!
なんて理不尽な……これが王族の力……」
王族や竜族などの特別な魔物は強力な資質を持っている。
ブラゴからあらかじめ聞かされていた情報であったが、想像以上の代物だった。
膝を崩し、嗚咽と共に漏れたシェリーの言葉は、ゼオンに鼻で一蹴される。
「理不尽……? それは面白いことを言う。今まで倒してきた魔物達が、同じことをお前達に対して思ったとは考えなかったのか?
お前達の修行など、ガキのままごとに思うレベルの地獄の特訓をオレがしていたという発想は無いのか?」
「ひっ……」
紫電の瞳から放たれる圧力が強まり、シェリーは反射的に怯え、身体を震わせる。
これまでの魔物との戦いで、ブラゴは全てに勝利を収めてきた。
努力、研鑽もあるだろうが、それ以上にブラゴが他の魔物と比べ、頭一つ以上抜けた戦闘の才能があったための結果と言える。
戦闘センスの低い魔物達からすれば、ブラゴの圧倒的な才にすり潰されたようにしか思えないだろう。
自分達が今までやってきた報いが、ただゼオンを通して帰ってきただけのこと。
「くっ……!」
一方のブラゴは恐怖こそ態度に出さないものの、負傷度合いと疲労は深刻。
追い詰められることで未知の新呪文が発現する可能性はありえるが、その程度では到底埋まらない実力差が現時点ではある。
実質、敗北確定と言って良い状況であることは理解していた。
ゼオンはそんな対照的な態度を取るペアを一瞥する。
このペアがかつて清麿の家に殴り込み、ガッシュと戦闘した仔細は把握している。
イギリスの森でガッシュに会った時に纏わせた、保護システム(デュフォーにも用意している)によりガッシュの身の回りに起こった出来事は全て監視していた。
ゼオンから受け取った修行カリキュラムにより、基礎トレーニングを積んだことで本来の歴史よりも多少は強くなったガッシュではあったが、それでもブラゴには地力で敵わなかった。
ブラゴとシェリーとの戦いは正々堂々の一騎打ち(もらい事故でゴフレと三つ巴にはなったが)だったため、それにゼオンが横槍を入れる
"ギガノ・レイス"と相打つレベルの"ザケル"を最後に打てたのも、その1つだ。
(ブラゴは確かガッシュを落ちこぼれ扱いしていたな。
その程度で腹を立てて意趣返しするつもりはないが、今後のこいつのために厳しく言っておくか)
「お前……確か王弟のディエン叔父上と重力を操る大貴族の令嬢、ベリール殿との間に生まれた嫡男だったよな。
オレや竜族に次ぐ資質を持っているはずだが……」
ゼオンは思案し、小馬鹿にしたようなニヤつきを尖らせる。
ブラゴのプライドに一番ダメージを与え、そして今後の成長へのバネとなる言葉を容赦なく投げかけるためだ。
「歯ごたえが無さすぎる。お前、一体今まで何を遊んでいたんだ?」
「ッッ~!」
これまでで最大級の屈辱を受け、顔を怒りと恥で朱に染めながらも言い返せず黙るしかないブラゴから、視線を隣のシェリーへと移す。
「そっちの女は薄々気付いてるんじゃないか? オレがこの強さを手に入れるまで、どれほど自身を追い込んでいたか。お前達とオレとの闘争への純度の違いに」
"目"だ。ゼオンとシェリーは同じ目をしている。
親から認められず、幼い頃から虐待同然の教育を受け続けた者だけが理解りあえる。
「さて……不幸自慢や努力マウント合戦をしに来たわけじゃないんだ」
そろそろ本題に入るぞ、とばかりに観念したようなシェリー達へとゼオンは距離を詰める。
「そう身構えるな。今ここでお前達を取って食うつもりはない」
臨戦態勢の解除をアピールするようにその場で腰を下ろすゼオン。
シェリー達は訝しがりつつも、ようやく話を聞く選択を選ぶ。
仮に無防備なゼオンへ、最大術の"ディオガ・グラビドン"の不意打ちを成功させても逆転するどころか怒りを買うだけだろう。
ゼオンはクリティカルな情報を伏せつつも、魔界への脅威が存在する可能性、そして現段階のゼオンでも、100%それに対処できるとは断言できないことを伝えていった。
「つまり、その"脅威"とやらが片付くまでは私達と不可侵同盟を組みたい、ということね」
「"脅威"を排除しつつ、少なくとも今この場でお前達の生存は約束される。
更に"脅威"への対応以外は不干渉、必要なら強くなるための情報もくれてやっていい。
お前達にとってはメリットだらけの提案だと思うが」
ゼオンの言う通り、考えるまでもなくこの場では要求を飲み込む以外の選択肢は無い。
だがシェリーとしても言われるがまま、というわけにはいかない。
「……質問がいくつかあるわ。私達がここを切り抜けるためだけに、提案を飲んだフリをするとは考えないの?
それに脅威とまでは言えるかわからないけど、私達が今コトを構えている魔物の軍勢も規模は未知数。万が一にも不覚を取った場合、そちらには協力できないけどいいの?」
「1つ目の問いだが、後から約束を違えるような誇りの無い奴にはこんな提案しない。
それを読み違え裏切られたのなら、お前達を買い被っていたオレが愚かだったというだけのこと。
2つ目の問いについて、オレがわざわざお前達を訪れたのはまさにその件だ。
千年前の魔物達を復活させた、ロード・ゾフィスの軍勢だろ?」
「どうしてそれを……!」
ゾフィス軍の存在自体はそこまで秘匿されていないが、シェリーとゾフィスの関係はつい先日話したナゾナゾ博士くらいしか知らないはず。
もしくはゾフィス本人くらいのもの。
シェリーの推察の通り、ゼオンはゾフィスからことのあらましを聞かされている。
ゾフィスのパートナーのココと、ブラゴのパートナーのシェリーとの間柄。
そのココの心を操って従えたため、シェリーからずっと付け狙われていること。
千年前の軍勢にもブラゴに対抗できる精鋭が若干いるが、共倒れでもしたら戦力的に大きな損失となること。
それらを踏まえ、ゾフィス軍とブラゴを代替の効かない貴重な戦力とみなしたゼオンが、直接ブラゴを平定すべく赴いたのだ。
「話すより見た方が早い。今から早速だが、ついてきてもらおう」
口調こそ柔らかいものの、拒否を許さぬゼオンの圧に屈する形でシェリー達は"瞬間移動"により連れられていく。
視界が歪み、暗転した直後に待ち受けていたのは、消灯された簡素な室内。
部屋の最奥で直立している、待機していた人物を目を凝らし視認し、シェリーは眼を見開く。
「ココ!?」
「シェリー……来てくれたんだね」
薄暗い部屋の中、ココの表情はよく見えない。シェリーは一目散に駆け寄る。
ゾフィスにより更に人格を歪められていたら――そんな懸念を振り払うかのように。
いつもご視聴ありがとうございます。
原作では叶わなかったゼオンと黒本組の絡みです
ゼオンとシェリーは結構似てる部分があるので仲良くなれる気がします