予兆も無く、空間をワープする漆黒の魔物が、純白の魔物を引き連れ現れた。
詩的な表現をするなら、悪魔の遣い魔が破壊天使を連れてきた様な光景だ。
一度はゼオンに完敗し、プライドはズタボロとなりながらもそれを受け入れ、ゼオンという目標を超えるため、シェリーと一層猛特訓に励んだ。
実力も、精神もかつてより格段に鍛えられたブラゴだからこそわかる。
今の己がこの2体と戦えば必敗は確定。
それでも臆することなく立ち向かおうとしたその時――
「おや、これは想像以上に早い援軍だな」
簡素な白いシャツを纏った青年風の魔物――クリア・ノートがわずかに目を細め、ブラゴの後方を見据える。
フランス奥地に建てられたシェリーの別荘。その後側の山上に3組の魔物と人間のペアが、またもや気配もなく唐突に現れた。
目まぐるしい展開に戸惑いながらも、シェリーは彼らの存在を確認する。
「ガッシュに清麿……それにココとゾフィス!?」
自分達がかつて唯一見逃したガッシュと、仇敵だったゾフィス。
最も因縁を持つ魔物達を引き連れた朱色の巨大な龍は初めて見るが、ただならない戦闘力を持つことは一目で理解した。
「まだ戦闘は始まってないな? 無事かシェリー、ブラゴ!」
「ええ……でもどうしてここに!?」
「事情は後で説明する。こいつらは……ゴームとクリアは魔界を滅ぼすつもりだ。
王にしては絶対にいけない! ここは俺達で共闘するんだ! だが無理攻めはせず、個の生存を優先しよう!」
わざわざ無事を確認する程には、清麿達も敵勢力の恐ろしさを思い知っているのだろう。
そして、魔界を滅ぼすと言うワードが更なる決定打となった。
プライドの高いブラゴ達ですら、今度ばかりは戦いに水を注されたことに異を唱えようとはしない。
「こいつらが……ブラゴ達の住む魔界を……!?」
「加勢など不要……と言いたいところだが、こいつら相手にはそうした方が良さそうだ。
敵がこの状況で応戦してくれれば、の話だが」
ブラゴの横に並び立つように、アシュロンが山上から舞い降りる。
形勢が逆転して、今は4対2。普通ならばゴームが持っているワープの力で逃げて仕切り直し、孤立している魔物を狙い撃つのが安牌だろう。
だがクリアはそんなブラゴの挑発を笑い飛ばしながら、禍々しい魔力を迸らせる。
「ははは、手傷も負ってないのに数に臆して逃げるような真似はしないさ。
ゴーム、アシュロンの急襲にだけは気を付けて支援しろ」
「ゴー!」
クリアが応じた事で、衝突は不可避となった。
アシュロンが前衛を務めながら、臨戦態勢の2体を一瞥する。
「あのゴームとかいうやつはここで潰しておきたいが、クリアと俺はお互いマークし合うことになるため簡単にはいかないだろう。とにかく今は生存優先で立ち回るんだ」
「ならば
その間にお前達であのヤバそうな奴を抑えろ」
「ふふ……余裕があれば私も遊撃して手を貸しますよ」
ブラゴの提案に意外にも真っ先にゾフィスが頷く。
両者はまだ完全に和解したわけではない。
シェリーは未だに訝しげにゾフィスを睨めつけるが、ブラゴは過去の遺恨などお構い無しといった様子で口角を上げる。
「こっちよりも、このレベルの戦いについていけるか自分の心配をしたらどうだ?」
「パートナーと共に研鑽していたのがあなた達だけだと思わないことです。
ココ、私達の力を見せる時だよ」
「うん……やっと一緒に肩を並べて戦えるね、シェリー」
「ココ……」
かつて、大きな力に恐れていたシェリーの幼馴染はそこにいない。
力を手にしてしまった者の責務と精悍さが、僅かではあるがココの顔に宿っていた。
これもゾフィスと共に、この戦いの中で揉まれ成長したからこその今なのだろう。
クリア対アシュロン、ガッシュ、ゾフィス。
ゴーム対ブラゴの構図が出来上がると、戦いの口火を切るかのようにアシュロンが咆哮を上げる。
周囲に轟音と衝撃が走ると同時に、リーン達がそれに続く。
「"ディガル・クロウ"!」
「"ザケルガ"!」
「"ギガノ・ラドム"!」
三方向から同時に襲いくる術の波状攻撃に対し、クリアが小さく手を上げると、その影から半透明の球体がふわりと飛翔する。
球体の中で浮遊する装置の上には、幼児とも言えぬほどの赤子が魔本を手にしていた。
一般常識で考えれば脅威性は皆無であるはず。
だが赤子が纏う無機質な雰囲気と、膨大な心の力を前に清麿達は即座に認識を改める。
「"スプリフォ"!」
赤子――ヴィノーの詠唱と同時に、クリアの右掌から術の効果のみを削り取る力がほとばしり、アシュロンの右腕を纏う"ディガル・クロウ"の強化を瞬時に抹消する。
そのままクリアは右手でアシュロンのパンチを、左手でガッシュ、ゾフィスの呪文をその場で踏み留まったまま生身で受け止める。
「なっ……片腕で!?」
ガッシュ達は定期的にゼオンの指導を受け、コツコツと自身の力を鍛えていた。
正史で起きた、清麿の仮死というイレギュラーが無くとも、覚醒状態の7~8割相当までの力までは身につけられた。
"ザケルガ"はギガノ級相当。"ギガノ・ラドム"に至ってはディオ級相当に至る。
それらを防がれたたった一手の攻防だけで、皆はクリアの脅威度を思い知らされる。
「"テオラディス"!」
返しの刃で放たれた強力な消滅派を、アシュロンはガッシュとゾフィス達を守るかのように生身で受け止める。
強力な龍鱗の護りを僅かに貫く染みるような痛みが、クリアが現時点ですらまだまだ発展途上である事を物語った。
「……前戦った時よりも力が増しているな。スピードと頑強さは最低でもディオガ級強化術相当以上だと思え。
それにあのパートナーの赤子は完璧なバリアで守られている。
術も物理攻撃も一切通用しない。それに奴の消滅の術も、初級術ですら一発食らうだけで深刻なダメージを受けてしまうぞ」
アドバイスを受け、清麿とゾフィスは即座に接近戦及び攻撃用としてギガノ級以下の技を用いることを戦術の組み立てから排除。
たとえディオガ級の直撃でも、まともなダメージは期待できないと見立てた。
アシュロンを補佐しつつ、攻撃を通すための準備と伏線作りへと切り替える。
「ガッシュ、まずは仕込みだ! "ザグルゼム"!」
「むっ……」
ガッシュの口内から放たれた、電撃を纏った球体。
クリアはその術が自分にダメージを与える威力は無いと理解しながらも、本能で食らうべきではないと判断し、とっさに横っ飛びで回避する。
(初見でザグルゼムの性質に気付いた……!?
戦闘センスまで並の魔物とズバ抜けている!)
たとえ避けられて何も無いところに着弾したとしても完全には腐らず、後々使い道が生まれるのが"ザグルゼム"の長所であるが、一発だけは相手に直接当てないと起点は生まれない。
ファウードでの共闘でガッシュの術を理解しているゾフィスも、その見解は同じだ。
「ココ、私達は撹乱だ。相手パートナーの手前に"スタン"を!」
「ええ! "オル・バ・ドレラドム"!」
ヴィノーを覆うバリアの鼻先に、強い閃光と炸裂音を纏う爆破が起きる。
離れた位置にいる清麿達に影響は無かったが、至近距離のヴィノーはその影響をモロに食らう。スタングレネードを食らう要領で、思わず詠唱を止め、怯み頭を屈める。
「"ラージア・ラディ"……おおう!?」
「そのバリアは攻撃を防げても、五感まではシャットアウトしないようですね。
逃げようとしても自動で追尾しますよ」
この術は、本来の優しい性格に戻ったココが初めて開花させたものだ。
人間を無力化させる性能こそ優れているが、殺傷能力は初級術未満。
はっきりいってゾフィスのセンスとはかけ離れた術だが、当の本人はこの術を気に入ったのか、積極的に運用し使いこなしていた。
「いいアシストだぜゾフィスさんよ! "ディオガ・ブロア"!」
今が攻めの好機と判断したリーンは、手持ちの中でも上位の術を選択。
放出されたディオガ級の数倍にも及ぶ威力を誇るブレスを全身で受け止めながら、クリアはすぐさまヴィノーに付き纏う、鬱陶しい爆撃への対処を講ずる。
「そんな小手先の攻撃はいつまでも通用しないよ」
クリアが指をパチンと鳴らす。
纏うバリアが僅かに変色すると、中のヴィノーが未だ爆心地の近くにいながらも頭を上げ、冷静さを取り戻す。
外から受ける五感の感度を下げる性質がバリアに加わったのだろう。
「"バ・スプリフォ"!」
"オル・バ・ドレラドム"の術も防御術でかき消され、ヴィノーは再びフリーとなる。
だが、技を難なく攻略されたはずのゾフィスは動ずることもなしに微笑んだ。
「それくらいはやってくるでしょうね。ミスター清麿、今ですよ」
清麿も、かつてゾフィスが行った悪辣な過去を周知しており、決して彼に対して良い印象は持っていない。
しかし知力だけは今まで見た魔物の中でも、文句なしの逸材であった。
認めざるを得ないが、清麿が魔物に求める戦術理解度は今のガッシュを裕に上回る。
ゾフィスから送られたアイコンタクトの意図を清麿はすぐに理解し、頷く。
視力と聴力が激減した状態では、状況判断とクリアとの連携が著しくダウンし、正しいタイミングで術を扱うことができない。
"オル・バ・ドレラドム"を消滅させるのが一番の策ではあるが、そのためにはクリアは一度ガッシュ達に背を向け、ヴィノーの方を向かねばならない。
クリアに大技を使うなら、その隙を突ける今がその機であった。
「第十二の術! "ザグルゼム・マ・トリスーラ"!」
一回り大きくなった3つの"ザグルゼム"が、一定の距離で三角形の布陣を築きながら旋回し、クリアへと襲いかかる。
技の名称と様相から、効能を理解したリーン達はゾフィスと同じ様に、清麿達のサポートへと切り替える。
「"ディオガ・アムギルク"!」
「"バ・スプリフォ"!」
ヴィノーが咄嗟に術を抹消させたことで、アシュロンの攻撃は空振った。
だが回避を試みたクリアが、遅れて到達した"ザグルゼム・マ・トリスーラ"が軌道を描く座標上を僅かに掠めると、見えない粘着糸に捕捉されたかのように"ザグルゼム"がクリアを追尾し、次々に着弾していった。
「ほう……?」
「よし、捉えた! やはりこの新術は着弾率,補正率共に"ザグルゼム"とは段違いだ!」
"ザグルゼム"は高性能だが、今の環境には噛み合わなくなりつつあった。
魔物の子の戦いが終盤へと移行しレベルアップしたことで戦闘が高速化し、遅効性の"ザグルゼム"を唱える隙が致命的になり始めたのだ。
だから、隙自体はリスクとして許容しても、一回の発動で戦況を逆転させる性能を求めたことで生まれたのがこの新術だった。
3つとも命中することで、"ザグルゼム"7~8発相当の効果を発揮する破格の性能、その身に受けたクリアも僅かに顔色を変える。
(やはり……僕が想定していたよりも、魔物達の練度が上がっている)
横目にもう一つの戦況を伺うと、そちらもやや押され気味と言える状況だった。
ゴームの背後にしがみつくパートナーの白人女性、ミールは先程放った術をブラゴの強力な重力結界に防がれ、苦虫を噛み潰す様相を浮かべている。
「ちいっ……ゴームの最強呪文を辛うじて防ぐなんて、こんな強い魔物がいたのね!」
現状をどう対処すべきか。
電撃の蓄積を受けた事で広げられた戦術をどう捌くか。
これは根拠のないクリアの直感だが、この3体からは今この戦力だけで何としてもクリアを仕留めようという、不退転の熱が僅かに薄いようなのだ。
彼らは更なる後続の援軍を待っているのかもしれない。
それを正とするならば、安全策として一旦退避して立て直すべきだろう。
クリアの逡巡が生んだ一瞬の隙、敵に見逃される道理が無い。
「今ですぜ! 清麿の兄さん、ココの姉さん! "シン・フェイウルク"!」
アシュロンの全身に軋むほどの衝撃と魔力が溜まり――
「魔物の子達の未来を、私達の手で! "ブルナク・ウル・テオラドム"!」
ゾフィスが掲げた両手に、巨大な単宝槍が生成され――
「ああ、ここで決めるぞ! "バオウ・ザケルガ"!」
『バオオオオオオ!』
父王、ダウワン・ベルより受け継ぎし魔界の脅威、破壊の雷竜が咆哮を上げる。
三体同時に各々が持つ最大術を切られ、クリアは双眸を怪しく発光させながらボソリと呟く。
「完全体への移行は遅れるが……ここで力を解放するか」
いつもご視聴ありがとうございます
職場が新体制になって大分執筆ペース遅くなりましたが
引き続きよろしくお願いします