色々と忙しくて執筆ができませんでした
滑空状態で空より戦場を見下ろす白銀の魔物の子、ゼオン。
そしてそのマントの上で不動のまま構える少年。
敵、味方、全ての者が等しく彼らの登場に意識を奪われる。
ただ一人、デュフォーの正体を認識しているガッシュの表情に笑顔が宿った。
「デュフォー! 皆、あの者はゼオンのパートナーなのだ!」
これまで決してデュフォーへ目通り叶わなかったゾフィスであったが、彼が放つ異様な雰囲気から、ガッシュの言葉をすんなりと受け入れる。
(一見して非凡な人材であることがわかる。
ゼオン殿にふさわしいパートナーに見えるが……何故今まで前線に出てこなかった?)
ファウードでも、ゼオンは終始別行動を取っていて戦いの仔細はわからなかった。
ゼオンが表に出た時は、圧倒的なスペック差を以て術抜きの生身で敵を制圧してのけたため、デュフォーの力は依然未知数である。
「興味深いね、その"答え"とやらを聞かせてくれるかな」
この場で唯一銀本組の凄みに飲まれなかった存在、クリアが開口する。
友好的な返答ではあったが、その目は挑発的で笑っていない。
答えられるものなら答えてみろ、と言わんばかりのクリアに対し――
「お前という生命には産まれた時から『愛』という概念自体存在しない*1」
愛を感じる事も理解する事もできない。そしてそれはこの先も未来永劫変わらない。
より強力な上位の力に自我の洗脳でもされない限り、お前と言う器に愛は入らない」
デュフォーが無表情のまま突きつけた言葉は、あまりにも残酷な現実であった。
絶句するガッシュ陣営――そして息を飲んで事態を見守るミール、ヴィノー。
だが、当のクリアは周囲の者の背筋を凍らせるかの様な、狂気の笑顔を張り付かせていた。
「すごい! 君の答えは的を射ている!
確かに僕は極力この戦いで魔物以外の生命の殺生は行わないが、それは"滅ぼすべき対象以外は必要以上に傷つけない"という僕自身に課したルールを遵守するためであり、決して生命へ愛情を持っているわけではない。
僕は何故生命が栄えているのか理解ができない」
ガッシュ、ゾフィス、ブラゴ――そしてアシュロンやゴーム、ヴィノーでさえも、クリアの迫力にたじろぎ冷や汗を流す。
「でも、不自然だよね。どうして魔本は王を決める戦いに、僕の様な反映とは真逆の思想と巨大な力を持つ存在を、エントリーさせたのだろう。
あまつさえ全部の魔物を消すような特権を与えるだなんて……魔界をわざと危機に陥れているようにしか思えない」
「考えられる可能性を挙げるとするなら、練習道具だろうな」
「"練習道具"……?」
即答。
デュフォーの口から放たれた言葉に、クリアは思わず反射的にオウム返しする。
隣で様子をうかがっていたゼオンですらもその回答は予想外だったのか、思わず顔を見上げ、その続きを聞くべく耳を傾ける。
「魔界が薄氷と竹細工の上に成り立つ不安定な世界だとするならば、この王を決める戦いというイベントのルール,存在にもある程度納得がいく。
ゼオンとゾフィス曰く、前回の王を決める戦いでもイレギュラーが存在していた。
"石のゴーレン"という魔物が優勝していれば、魔界は滅びていただろう」
ゴーレンの特殊能力により、多くの才能ある魔物が石板のまま人間界に放置された。
もしもゴーレンが千年前に優勝していたなら、ベル家を含む人間界に置き去りにされた者達の仲間,家族からの報復を恐れ、特権で多くの魔物を消しただろう。
そうなれば魔界の国力は半減し、ここ千年間で度々訪れた脅威に対抗できず滅んでいた事は想像に容易い。
言うならば、ゴーレンは"所詮この程度の試練を突破できなければ魔界に未来はない"という当て馬だったのだ。そしてそれを今回の戦いに当てはめるなら――
「……この戦いは、先々訪れる脅威へ対抗するための模擬戦争だと言いたいのかい?」
「ああ。仮定が正しければ、"本番"に備えたチュートリアルがお前だ。
まあ見たところ、ゼオン以外はその訓練をクリアできないようだが……」
ただでさえ規格外の強さを持つクリアがファウードの力を得たことにより、もはやガッシュ達に勝ち目は皆無。
残る13体の魔物にも、バリーやキャンチョメといった魔物同士の戦闘に特化した才能を持つ逸材はいるのだが、現時点ではクリアに到底歯が立たないだろう。
この形態のクリアが各魔物の所在を突き止め滅ぼすまで、半月とかからない。
既に魔界の命運は、ゼオンただ一体の手に握られているといっていい状況なのだ。
「クリアよ。お前が破壊の本能を抱えていても、不自然なことではない。
魔界を本気で滅ぼすつもりで、心置きなくオレとゼオンにかかってこい。
待っててやるからその間にヴィノーの心の力を完全に回復させるんだ。
……そしてゼオン。ガッシュ達の仇を取ろうなどという妙な復讐心や、自分に全責任がかかっているなどという使命感は持たなくて良い。
クリアが"練習相手"を務めてくれることに、憎しみではなく敬意を持ってやれ」
ポカンとゼオンが小さく口を開ける。
どこか緊迫感のないデュフォーのマイペースな言動にも、付き合いの長いゼオンは慣れてきた。だが……
「……自分でも驚いている」
ピシリ、と空間に亀裂音が響いた気がした。
横で浮遊するヴィノーが狼狽える程の、禍々しく破壊的な力を放ちながら睨めつけるクリアがそこにいた。
「外道、ゲス、異常者、魔界を滅ぼす邪悪……かつて術抜きで僕が撃破した魔物の子とそのパートナー達から色々な罵られ方はした。
それでも全く感じなかった、形容し難い感情が今僕に初めて芽生えたよ。
おそらくこれを"不愉快"というんだね。こんな気持ちは初めてだよ、デュフォー」
破壊,戦闘,殲滅が存在理由の生命体に恥辱という感情など必要ない。
だから、罵倒も煽りもクリア・ノートという個体に影響を及ぼすことはなかった。
しかしそれでも、自身が単なる"練習道具"として生まれ落ちたという考察を受け入れることだけは、彼の誇りが許さなかったのだろう。
「ならばその"訓練"とやらで世界を滅ぼされても、まだ同じことが言えるか?」
禍々しい魔力を纏わせた片手をクリアがかざす。
するとクリアに気圧されたことで、もはや意思を失い傀儡と化したヴィノーが弾かれた様に本を掲げ詠唱を始める。
「ラ、"ラージア・ラディス"!」
直撃すれば、本が燃えて魔界に送還される前にほとんどの魔物の肉体が一撃で消し飛ぶ程の威力まで膨れ上がった衝撃波。
眼前まで迫りかけたところで、ス……と静かにゼオンが手をかざした。
「"ザケル"!」
直後、デュフォーの詠唱と同時にゼオンの掌から放たれた紫電が衝撃波を掻き消し、反応する間も与えず軌道上のクリアを撃ち抜く。
眼の前で起きた事象を理解するまでクリアがワンテンポ、他の者達が更に遅れて数テンポを要した。
「バカな……このボクが、ただの初級術で僅かとはいえ痛みを感じた!?」
効いたというよりは驚いた、程度のダメージとすら言えない代物。
しかしその事実はクリアを更に憤らせるのに十分であった。
「"テオラディス"!」
「"テオザケル"!」
より強力で凶悪な消滅波を――
「"ランズ・ラディス"!」
「"ソルド・ザケルガ"!」
竜族の強固な鱗を貫く槍を――
「"ディオガ・ランズ・ラディス"!」
「"ジャウロ・ザケルガ"!」
ディオガ級を冠しているが、もはやシン級に見劣りしない威力まで膨れ上がった巨大な宝槍を――
ゼオンの術が、それぞれ僅かに上回り打ち砕いていく。
焦燥が加速するクリア。ただただ圧倒される周囲、その中で一体の魔物だけが違う反応を示す。
「なんだ……このゼオン殿の強さは。理屈に合わない……どうしてだ?」
爪を噛みしめながら、歯がゆい様子で主の勇姿を見届けるゾフィス。
周囲の仲間達は、規格外の銀本組の強さを受け入れられていないが故の言動だと考えたが、清麿だけはゾフィスの疑問、その意図を理解していた。
(確かに不自然だ。これほどの強さがあるなら、ファウードでゼオンとデュフォーが最初から戦っていれば、ウォンレイ達は魔界に送還されずに済んだかもしれない。
それどころか、ゼオン達だけでリオウ一派を全滅させることすら不可能じゃなかった。
何故、もったいぶって前線に出てこなかったんだ!?)
ゾフィス、清麿の疑問に呼応するかのように、ゼオンとデュフォーに少しの差異、違和感が纏わりつく。
(やはりな。"絆"が弱まっていくのを感じる)
この世で魔物の子とパートナーを媒介する魔本。
その魔本がゼオンとデュフォーを紡ぐ力、それが術を放つたびに少しずつ薄まっていく。
デュフォーはアンサー・トーカーの力で、そしてゼオンは直感からその原因を察していた。
先のファウードの戦いでゼオンが最初から全力で戦っていたのなら、このクリアとの対決の最後まで、力が保つことはなかっただろう。
(過去の世界、いや別の時間軸の世界にとって、オレはイレギュラーな存在だ。本当はいつまでもここにいていい存在ではない。
このデュフォーとも真の意味でのパートナーではない、と魔本も認識したのだろう。
この戦いを最後にオレは――)
「おのれ……ファウードの力まで得たこのボクが負けていいはずがない!」
ここまでクリアにダメージはほとんどない。クリアの技に対して、あえてデュフォーがギリギリ打ち勝つように技を選んで打ち破ってきたからだ。
それでも焦燥は恐怖に変わり、プライドは徐々に崩れていく。
追い詰められたクリアが、最大術「シン・クリア」の発動に踏み切るのも致し方ないことだった。
先刻、ゾフィスとアシュロンの最大術をまとめて打ち砕いた「シン・クリア」。
その時よりもファウードの力で大幅強化された、破壊の天使に迫られながら銀本の2人は無音のまま意思疎通を交わす。
(先程オレはクリアを"チュートリアル"だといった。それは魔界の脅威に対してだけじゃない。ゼオン、お前にとってもだろう?)
(ああ。確信に近いが、オレはおそらくこの後、オレが本来いたもとの時系列に帰還する。
どの時間軸に飛ばされるかは不明だがな。
そこで対峙する敵は、今のこいつの比ではないレベルだろう)
(すまんな、お前にだけ色々と厄介事を任せる形になって)
(己の都合の良い歴史に捻じ曲げられる僥倖が置きてるんだ。これくらいは承知の上さ)
(おそらくゼオンの真のパートナーはオレではなく、元の世界のオレなのだろう。
いずれ、この時系列本来のゼオンとオレが邂逅するかもしれない。その時はオレの方で良い塩梅にやっておく。
それを踏まえても――"お前"は紛れもなくオレの家族だ)
(クク……別れの際に湿っぽいことを言うな――とは言わんぞ? お前がオレの新たな家族だというのなら、またこの世界に戻れるように足掻いてみせるさ。
既にお前も、いくつか策を頭の中で巡らせているのだろう?)
フ、とデュフォーが小さく微笑む。この世界の彼が初めて見せた笑みにゼオンが意識を傾けたその時、2人にとって最後の呪文が唱えられた。
「ジガ――」
いつもご視聴ありがとうございます
外伝の完結までもう少しになりそうです