「其方は美しい」
如何にもあの炎王龍よりも堅苦っしいナリして、純粋な目をしてそんな事言うもんだからさ。
俺、そん時はマジで参っちまったんだよ。俺の喰いたいって欲求もお前にゃまーったく来なかったからさ、本当にそれはマジで。
長い事生きてきたけどさあ、尻尾巻いて逃げたのあれが初めてだったんだよ。笑うだろ? ……うん、白状するとさ、俺、怖かったんだよ。俺の種族っていうのはさ、あのウィルスをばら撒く天廻龍? って奴と似ていてさ。いや、アイツ等程過激な生態はしてないんだけどな? まあ、でもさ、生まれて死ぬまで基本ずっと独りなんだ。
生殖方法も天廻龍と同じく独特で性別って言うのもない俺には、誰かを好きになる事もない。番うっていう概念も本質的には分かる事もねえだろうし……でもな、それが俺だし、疑問も思う事もなかった。
ムカつく相手をブチのめして、好きに食って、好きにどこかに行ってまたムカつく奴を探して、好きに寝て。そういう暮らしに、俺は満足していたんだよ。お前が現れるまではな。
そうさ。俺はお前に狂わされたんだ。
追ってきたお前を追い払おうとしても、近付く度に俺に変な事を囁きやがってさ。今でも一語一句どれも思い出せるんだぞ? 時々夢に見るんだよ。「其方の本能にはこの世界の在るべき姿が収められている。しかもそれは、多数の幸福に繋がるものに違いないのだ」とか、「其方の抱く食欲は、全て理不尽に対する怒りと等しい。其方は、私の理想を体現している」とか、「其方を知りたい」とか。
まーじで、泣きたくなっちまったよ。いや、泣いていたのかもしれんが。俺と同等に殴り合える癖に、殺意なんてまーったく見えてこないしさ、俺もどうしてかそんな力を持つお前に食欲が微塵も湧かないしでさあ!
俺の最初で最後の敗北だったよ、それが。……最後の、だよ。俺はもう、誰にも負けねえよ、お前にもな。
幾ら邪険にしても付いてくるお前に、俺は折れて、それで共に過ごすようになって。
火竜やら炎王龍と炎妃龍やらの番とかを見かけても、共に居るだけで何がそんなに嬉しいのか俺には微塵も分からなかったが、すこーしだけ分かった気がしたんだよ。
……。お前には色んな事を教わったよな。
普段俺が気にも留めない小さな事から、もっと広い世界の仕組みまで。俺の掌の上に全身がすっぽり収まるような小さな生き物がどのようにして生きているのか、俺が普段気付かずに踏み潰してしまうような草花が子孫を残す為に時に果てしない距離を旅する事とか。月は何故満ちて欠けるのか。そもそもどうして朝と夜があるのか。
お前と会う前の俺と、お前と会った後の俺はもう別物なんだよ。
美しいとかそういうの正直今でも良く分かんねえけど、でも真っ黒な空に輝いている月を見たりするようになったし、寝たりする場所もそんな無闇に草木をぐちゃぐちゃにしなくなったし。俺が何故お前にムカつかなかった、食欲が湧かなかったのかも、きちんと今じゃ言葉に出来るんだぞ? 俺が何者なのかとか、そーんな昔だったら鼻で笑うような事も考えるようになっちまったんだよ、俺は。
お前と過ごした日々は悪くなかった。ずーっと俺はお前を邪険にしているように振る舞っていたけど、俺が丸まっていってたのにお前は気付いていたんだろうな? そんな変わりようを見て、お前は俺の事をどう思ってたんだろうな? 聞けなかったんだよ、恥ずかしくてさ。丸まっていく俺自身を俺も自覚してて、まあそれも悪くなかったし、これが俺の新しい日常になっていくんだろうなーってぼんやり思い始めていたんだよ、俺は。……唐突に俺の元を去ってしまうまでは。
朝起きても、昼が過ぎても、そして夜が来ても俺に会いに来なくて、けれど俺から探しに行くのも試されている気がして癪で。けれど翌日になって、その翌日にも来なくて、どうせ近くに隠れて俺の気が動転しているのを楽しんで見ているんじゃねえかとか思いながら、見つけたらタダじゃおかねえって心に決めて探しても、痕跡は古いものしか見つからない事が分かってきて、その時の俺の気持ちがお前に分かるか? ……分かってたんだろうな。お前には。
……気付けばさ、お前は過去の事なんて話さなかったよな。俺は面白い龍生なんて送ってきてねえけどさ、お前の力にはなれたと思うぜ? 俺が元居た場所でさ、名前何て言うか知らんが、クソでかくて大地をぐちゃぐちゃにしてしまうような奴を屠った事もあるしさ。俺がやったのは止めを刺しただけで、弱らせたのは俺共々ボコボコにした狩人だったりするんだけどな、はっはっは。
だからさ、俺に頼めば良かったんだよ、お前は。俺の生態も分かってたなら、それを聞いたら俺も喜んで行く事も分かってただろうに。
…………本っ当にさ、何でお前はお前だけで行ってしまったんだよ。何でお前は、俺にとって美味そうに見える形になっちまったんだよ。何でお前は、何でお前はっ、俺の事すら忘れちまったんだよ!
元のお前は、そんな、そんな己の為だけに全てを喰らう生き様などしてなかっただろうが! お前が一番嫌っていた生き様だろう、それは!
お前は、お前はっ、お前の目はっ、そんな狂ったもんじゃなかっただろう! 真っ直ぐに未来の先まで常に見据えているような、冷静で、それで口から出る言葉もお前の欲望しか吐き出さないような、世界の中心がお前にあると信じて疑わないようなものじゃなくて、全部落ち着いていて、毒気が抜かれるようで、思慮深くてっ……。
あ、ああ、くそ、くそくそくそくそ! どうして、どうしてこんなになっちまったんだ、どうして俺を連れて行かなかった! どうして俺に無言で去っていったんだ! 俺は、お前に聞きたい事は山程あったんだ! お前と再会出来たらこれからもずっと一緒に生きていきたかったんだ!
……でも、でもな。分かるんだよ、分かっちまうんだよ! 何でお前が黙って行ったかをさあ! 俺、強くなかったもんな? 俺、強くなかったもんな!? 俺、俺自身がよーく分かってるんだよ。あの大地を崩す龍に俺だけじゃあ勝てなかった。俺がした事はただの良い所取りだって!! 俺が付いて行っても、お前の仇敵には敵わなかったんだよな? 俺も今のお前みたいになっちまうって分かってたんだよな!? 俺に話したら行くって言ってお前の事など聞かなかったんだろうな!!
だから、だから……お前負けた時に、その配下に成り下がってしまったお前自身の介錯を、俺に託したんだよな。
そしてお前はもう……もし、戻れたとしても、お前がやらかしたこの惨状を受け入れられないのは、お前と過ごしてきた俺が良く知ってる。
だから……だから……うっ、ぐっ……。
だったら何でっ、何でお前は、俺の前に現れたんだ! 俺は、お前にとっての希望だったのか? 俺がもっと希望として明るかったらお前は今でも俺と共に在れたのか!?
俺を狂わせたまま、お前だけ逝かせるなんて、だったら何で、いや、うう、ああ、あああ!
強くなるさ、強くなるさ! お前をこんなにした奴を、俺だけでぶちのめせるように! お前の求めた美しさの為に、俺は突き進む、そう決めた!
だから……だから…………。
……ごめん。
太い骨の折れる音が、一度響いた。
前々からネルギガンテと原初メル様の筋肉古龍コンビ書きたかったんだけど、アウトプットされたのは何故かこんな話でした。
どうしてでしょうね……。