憧れ(マルゼンさん)に追い付きたい。
 トレーナーさんの恩に報いたい。
 ファンの期待に応えたい。 

 ──だから、()咲き誇る(走り続ける)

 桜はいつか散る運命にある。
 それでも、(サクラチヨノオー)はいつまでも満開でありたい。

 ──それが、走る理由だから。
 



※こちらは2022年4月2日プリティーステークス29Rに春一番より頒布された「馬が世の春」に寄稿したサクラチヨノオーの短編です。

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その桜が千代に咲き続けるように

「1着はヤエノムテキ! 1着はヤエノムテキです!」

 

 ──届かなかった。最善のトレーニングを積み重ねて、最高の体調とメンタルで望んだ皐月賞だった。それでもG1の頂きは遠かった。1着を取ることは叶わなかった。私は、負けた。

 

「ハァ、ハァ……」

 

 その事実を強く認識した途端、疲労がどっと押し寄せる。息が荒い。肺が破けそうなほどに痛い。身体が重い。首に、手に、背中に、足に、ビリビリと痺れが走る。立つのがやっとだった。

 何より、最も強く感じるのは──。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 身を焦がすように熱く煮え滾る悔しさ。叫ばずにはいられなかった。絶対に負けたくないと本気で挑み、負けたことが堪らなく悔しい。

 

「私の勝ちですね。チヨノオーさん」

「ヤエノさん……!」

「良い勝負でした。あなたの“勝ちたい”という熱い想い、凄く伝わってきました」

 

 そんな中、私に声をかけてきたのは友達にしてライバルであるヤエノさん。この皐月賞を勝ち取ったウマ娘。私が勝ちたいと心の底から望んで、勝てなかったウマ娘。

 

「今回はヤエノさんに譲りますが、ダービーだけは何があっても譲りません。私が勝ちます」

 

 私はマルゼンさんから『日本ダービーで走りたい』という願いを託された。そして、トレーナーさんに背中を押してもらった。平凡なウマ娘の私でもマルゼンさんのようになれると、ダービーに勝つことができると言ってくれた。私はその願いと想いに報いたい。

 ──何より、日本ダービーに勝つことが私の夢だから。

 そのためにも、絶対に負けられない。

 

「楽しみにしてますよ、チヨノオーさん」

 

 ヤエノさんは昂りを伴った笑みを浮かべてウィナーズサークルへと向かった。

 私はそれを、ただ見ることしかできなかった。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「──トレーナーさん、戻りました」

 

 ウイニングライブを終え、控室に戻ってきた。

 多分、自分は今いつものようにハキハキと喋れていない。1着を取れなかったことが尾を引いている。

 

「チヨノオーか。皐月賞、お疲れ様」

「お気遣いありがとうございます。残念ながら1着はダメでしたけど……」

「悔しいか?」

「はい。それはもう、とても」

 

 心の底から勝ちたいと思った。だからこそ、悔しいという気持ちがとめどなく湧き上がってくる。

 

「……次は勝ちます。絶対に勝ってみせます。日本ダービーは、誰にも譲りません」

「そうだな」

 

 マルゼンさんの願いを、私が叶える。それまでに心が折れてしまったら全てが台無しだ。絶対に折れるわけにはいかない。

 でも、ただダービーを走るだけじゃ本当の意味で叶えたとは言い難い。1着を取ってこそ、真の意味で叶えたと言えるだろう。そのために、私はできることを全力でやる。

 

「──その調子よ、チヨちゃん!」

 

 控室のドアが勢い良く開き、快活な声が響き渡る。

 

「マルゼンさん!」

 

 部屋に入ってきたのは、私の憧れにして私に願いを託してくれたマルゼンさんだった。デビューしてから今まで無敗の怪物。頂点に立つ最強のウマ娘の1人。私が辿り着くべき存在。一言ではとても表し切れない素敵な方。

 それにしても、どうしてここに来たんだろう。私は負けたのに。

 

「お疲れ様。惜しかったけどいい走りだったわ」

「そう言っていただけるのは嬉しいです。負けちゃいましたけど……」

「ねぇ、チヨちゃん」

「はい。なんでしょうか」

「チヨちゃんは強くなりたい?」

 

 ──強くなりたい。そんなの考えるまでもない。答えは最初から決まっている。

 

「はい。私、もっともっと強くなりたいです!」

「がってん承知の助! なら、この私がダービーまでチヨちゃんをサポートするわ!」

「本当ですか!?」

「えぇ!」

「マルゼンスキー、いいのか? そこまでしてもらって」

「モチのロン! 私はあなた達に賭けてるもの。私の願いを叶えてくれるのは、この世界であなたとチヨちゃんのコンビだけよ」

「……そこまで言ってくれるなら応えないわけにはいかないな」

「はい! マルゼンさんにトレーナーさん、2人がいればできないことなんてありません!」

 

 トレーナーさんに加えてマルゼンさんがサポートしてくれるなんて、これほど心強いことはない。こんな嬉しいことがあってもいいんだろうか。

 この機会をみすみす逃すわけにはいかない。この1ヶ月で何が何でも成長してみせる。

 

「──失礼いたします」

 

 清流のように透き通る綺麗な声。ドアをノックする音。ドアを開けると、そこにいたのは──。

 

「アルダンさん……!?」

「こんにちは、チヨノオーさん。皐月賞でのあなたの勝利への渇望、見届けさせていただきました」

 

 ただの日常会話をしに来たという雰囲気じゃない。一体何のためにアルダンさんは来たんだろう。

 

「単刀直入に申し上げます。この私、メジロアルダンは──日本ダービーに出場することになりました」

 

 穏やかな笑みと共に放たれる熱い意思。並々ならぬ覚悟。いつものアルダンさんとは違う、勝負をする時の雰囲気。

 

「私は勝ちます。勝って、私という存在の軌跡を刻みます。たとえ、それが刹那の輝きであろうとも」

 

 足が弱く、多くの制限があるアルダンさんだからこそ、レースで走って結果を出すことに対して誰よりも貪欲だ。

 普段はクラスメイトとして、ルームメイトとして仲良く話しているけれど、ダービーでは敵として立ちはだかることになったわけだ。

 

「今から楽しみです」

 

 アルダンさんは「それではこれで」と告げて、トレーナー室から出ていった。

 

「メジロアルダンも出場するのか。思わぬ強敵の出現だな」

「……そうですね」

 

 あんなアルダンさんは見たことがない。正直、怖いとさえ思った。

 

「不安になる気持ちはわかるわ。でも、チヨちゃんだって負けてない。G1に出場するってだけでも凄いことなのよ」

 

 平凡な私がこうしてダービーに出場できたのは、トレーナーさんとマルゼンさんのおかげだ。2人がいなかったらデビューできていたかさえ怪しい。

 

「……はい。そんな大舞台だからこそ、より一層勝ちたいんです。2人には、私が勝つ瞬間を見ていてほしいので」」

 

 そんな2人に報いる方法は、やはりダービーで勝つことだ。

 ダービーはもはや私1人だけのものじゃない。マルゼンさんとトレーナーさんの想いを背負って走るんだ。

 確かに不安はある。もし負けたり、怪我したらどうしようとか。挙げたらキリがない。でも、私はどこまでも頑張れる。それが私自身の夢を叶えることにもなるからだ。

 

「チヨノオー。やっぱり、勝ちたいよな」

「そうしなければならない理由がありますから」

「よし、じゃあまずは──打ち上げだ!」

「……はい?」

 

 トレーナーさん、突然どうしたんだろう。

 

「今日は皐月賞で疲れてるだろ。だから、今日はやりたいことを目一杯やっていい。金は全部俺が出す。皐月賞の疲れを全力で取るぞ!」

「え、でも……」

「トレーナー、その提案はチョベリグよ! チヨちゃん、遠慮しなくていいわ! 残念ながら私は他に用があって行けないけれど……」

「本当にそんなことしてもいいんですか? 次はダービーなんですよ?」

「だからこそだ。気持ちはわかるが、焦る必要はない」

「トレーナーさん、悪い顔してますよ? って、マルゼンさんまで……!?」

「マルゼンスキー、頼んだ!」

「バッチグー!」

「ヒャァッ!?」

 

 マルゼンさんにポンと肩を叩かれた。これは逃げられそうにないかも……。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「──はむっ、もぐっ、ぱくっ……!」

 

 あれからマルゼンさんと別れて、トレーナーさんと2人でファミレスにやって来た。

 

「相変わらず結構食べるな……」

 

 トレーナーさんの微妙な表情を見るに、出費がかさんでしまっているのかもしれない。そこそこ食べたし、追加注文はやめておこう。

 

「ごちそうさまでした」

「んじゃ、会計に行くか」

 

 レジへ向かうために立ち上がろうとすると。

 

「──チヨノオーさん!?」

「え?」

 

 幼いウマ娘が私の名前を呼んで、駆け寄って来た。知らない子だ。

 

「チヨノオーさんだよね!?」

「……うん」

「わぁ! 本物だぁ!」

「こら、いきなり話かけないの! 人違いだったらどうするの?」

「いえ、大丈夫です。本物なので」

「すみません。うちの子が興奮を抑えきれなくって。サクラチヨノオーさんのファンなんですよ」

「ファン……?」

「はい。私達、朝日杯以来ずっとあなたのことを応援してるんです。マルゼンスキーさんが叶えられなかった夢を代わりに叶えるために頑張る姿はとても素敵だと思います」

「……!」

 

 衝撃。雷に打たれた気分というのはこういう時のことを言うのかもしれない。

 そうだ。私に期待しているのはトレーナーさんやマルゼンさん、私の家族だけじゃない。ファンの人たちもいる。そのことを完全に忘れていた。私は、多くの人たちの想いを背負って走っているんだ──。

 

「──次のダービー、見に来てください。私、絶対に1着を取るので」

「チヨノオーさんなら絶対勝てるよ! だってあんなに速く走れるんだもん!」

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいな」

 

 幼いウマ娘と握手を交わす。

 これでまた1つ、ダービーで勝たなければいけない理由が増えた。皐月賞のような結果を繰り返すわけにはいかない。

 

「サクラチヨノオーさん。私達、これからも応援しますね」

「その期待に応えられるよう精一杯頑張ります!」

 

 手を振って親子を後にする。

 

「……チヨノオー、これからどうする?」

「トレセン学園に戻ります。戻って走ります」

「今日は軽く、だぞ」

「はい」

 

 春だからか、いつも以上に心が温かくなった。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

 ──皐月賞から1週間。

 

「タイムが上がってる! その調子だチヨノオー!」

 

 一定距離のランニングを終え、ゴールラインからトレーナーさんにそう言われた。

 

「ダメです。ヤエノさんやアルダンさんに勝つためにはもっともっと速く走らなきゃ……!」

 

 タイムは上がっている。調子は絶好調だ。しかし、まだ足りない。これで勝てるほどダービーは甘くない。

 

「1度休憩しよう。これ以上本気で走ったら怪我するかもしれないし」

「わかりました。じゃあ、少しの間風に当たってきます」

 

 そう言って、グラウンドから移動する。

 ──やって来たのはトレセン学園の中庭。並び立つ桜を眺める。今は4月の中旬。桜の花はほとんどが散ってしまっている。

 

「……」

 

 特に何も考えることもなく、ただぼうっと桜を見続ける。

 ──私も、この桜達のようにいつかは散ってしまうんだろうか?

 

「ッ……!」

 

 クリアになった頭の中に、突如湧き上がった。

 どうしてこんなことを思った。トレーナーさんやマルゼンさん、ファンの方から元気をもらって、絶対にダービーで勝つと誓ったのに。そんな先のことなんてわからない。考えたってどうにもならないはずだ。

 理由はすぐに見つかった。こうして散りゆく桜の姿を自分に重ねているからだ。自らもいつかこうなってしまうのかと。私の努力は報われないものなのだろうかと。

 

「チヨちゃん、どうしたの?」

「マルゼンさん……!?」

 

 偶然後ろからやって来たマルゼンさんに話しかけられた。こういうことは表情に出さない方がいい。させなくていい心配をさせてしまう。

 

「不安そうな顔をしてるわね」

「あ、えっと、それは……」

「わかってるわ。不安なんでしょ?」

「うっ……」

 

 やっぱり、マルゼンさんはなんでもお見通しか。私がわかりやすいだけかもしれないけど。

 

「はい。桜を見ていたら不安になっちゃって。自分もあんな風になっちゃうのかなって」

 

 バレたならもう素直に話すしかない。

 

「チヨちゃん、私と一緒に走らない?」

「え……!?」

 

 マルゼンさんと一緒に走る……!?

 

「併走トレーニング。こういう時は走ってみるのが1番よ」

「本当にいいんですか……?」

「モチのロンよ! そのための私なんだから遠慮しないの!」

「……ありがとうございます!」

 

 身体が震える。これが緊張か武者震いかはわからない。

 こんなにも早くマルゼンさんと走る機会が訪れるとは思わなかった。ダービーに勝って、その後のG1に勝って、そんな未来でようやく実現することだと考えていた。それが、今日ここで叶うなんて。

 このチャンスをみすみす逃す理由はない。これ以上ない最高の相手だ。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「マルゼンスキーと併走!?」

「距離は日本ダービーと同じ2400mでお願いします」

 

 しばしの休憩を終えて、トレーニングトラックへ戻ってきた。そして、トレーナーさんにマルゼンさんと併走することを伝える。

 やはりというか、トレーナーさんは驚いている。無理もない。相手があのマルゼンさんなんだから。

 

「無理するなよ。こんな時期に怪我なんてしたらダービーに出れなくなる」

「でも、私は全力で走ります! 少しでもマルゼンさんに追いつきたいんです。それが……ダービーで勝つための1歩だと考えてますから」

「……チヨノオーが言うなら止めはしない。頑張れよ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 納得してくれたトレーナーさんに感謝を告げて、スタート位置につく。

 次の機会がいつになるかわからない。少なくとも、ダービーまでの期間はこの1回が最初で最後だろう。だからこそ、この併走は大事だ。

 

「全力で来てね、チヨちゃん」

「……はい!」

 

 マルゼンさんの雰囲気、声色。普段通り明るいものだが、それらから発せられるプレッシャーは重い。少しでも気を抜いたらこの人と走ることに恐怖すら覚えてしまう。考えるまでもなく即座に理解できた。

 深呼吸をする。そうやって少しばかり気持ちが落ち着くと、色々な考えが湧き上がる。

 ──私とマルゼンさんとの実力差は天と地ほど。それでも、この併走をやる意味はある。決して無駄にはならない。

 ──自分も満開の桜のように咲き誇りたい。目立った才能がなくても、平凡であっても、そんな風に誰かの心に残るような活躍をしたい。そのためにも、最終的には越えなければならない相手だ。今はまだ背中を追うことが精一杯だとしても、いつかは、絶対──。

 

「よーい、スタート!」

 

 トレーナーさんの掛け声と同時にスタートダッシュ。

 合図とほぼ同時に前へ駆ける。これなら遅れず、後方に埋もれることなく走れるはず。

 ダービーは人数が多い。群れに埋もれたら危険だ。後方に位置するのは論外。なら前方がベスト。とはいえ先頭はスタミナの消耗が激しいし、2番手はスタミナの消耗に加えて先頭のペース振り回される。だからその後ろ──3、4番手──を維持しながら走るのがベスト。イレギュラーな状況にならない限り、このままレースは進んでいくだろう。

 にしても──。

 

「凄い……!」

 

 マルゼンさんの走りには一切の無駄がない。洗練されたフォーム、圧倒的なスピード。そして、何よりも──笑顔。心の底から走ることを楽しんでいるのが伝わってくる。走りたいように走って、それで無敗だから天才と言わざるを得ない。“怪物”という言葉がこれほど相応しい存在はいないだろう。

 しかし、それに気を取られている場合ではない。私は私の走りをする。それができなければダービーで勝つなんて夢のまた夢だ。

 ペースを維持しながら走り、残り600m。日本ダービーの舞台である東京レース場で言うなら大ケヤキを通過したところ。ここで。

 

「──かっ飛ばすわよ!」

「──ここッ!」

 

 私達のスパートは重なった。

 全力で走る。前へ、前へ、前へ。限界なんて関係ない。ただひたすらに駆ける。全身全霊で、一陣の風のように。

 しかし──。

 

「速すぎる……!」

 

 マルゼンさんは圧倒的だった。持てる力の全てを振り絞って走ってるのに、追いつくことすらできない。ただただ差は広がるばかりだ。その走りはまさに“スーパーカー”そのもの。その異名が嘘偽りではないということを改めて認識した。

 勝てる未来がまるで見えない。天と地ほどの実力差があることは理解していたが、実際に体験すると恐ろしい。誰もマルゼンさんと走りたくないとまで言わせたその理由を身を持って理解した。

 ──それでも、絶対に諦めない。たとえ追いつけなくても、ほんの少しでも差を縮めることなら或いは。私の取柄なんて諦めの悪さくらいだ。それで勝てなければ、これから先のレースで1着を取ることなんてできやしない。

 

「──マルゼンさんにッ! 追いつくッ!」

 

 更にもう1段階ギアを上げる。もはやトレーニングで出すスピードではないけれど、憧れに少しでも追いつきたいという一心が妥協を許さなかった。

 ──私は願いを託されている。マルゼンさんに、トレーナーさんに、家族に、ファンの人たちに。自分をここまで導いてくれた全ての人たちに報いたい。

 ──ゆえに私は夢を叶えなければならない。ライバルに負けてはならない。どんな重圧も、逆境も、全て乗り越えなければならない。

 ──日本ダービーは……それら全てを懸けた特別なレースだから!

 

「ッ!」

 

 一瞬。ほんの一瞬。風に背中を押された。

 それは春一番のように強く、しかし心地良く。青空と太陽の下で咲き誇る満開の桜に囲まれた庭にでもいるんじゃないかと錯覚する暖かさ。闘争心を剥き出しにしながら全力で走っているはずなのに、心は穏やかだ。

 何が起こった? こんな経験は初めてだ。自分の中で何かがひび割れて、世界が変わったような感じ。全てが自分中心に回っている世界だった気がする。全能感すらあった。

 初めての現象に困惑していると、気がつけばゴールを通過していた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 息も絶え絶えで、あまりの疲れからか思わず大の字になる。トレーニングでこれほどの疲労感は初めてだ。本番のレースの時に匹敵する。少しの間は立てそうもない。

 

「チヨちゃん、お疲れさま。私との併走、どうだった?」

「凄いです、マルゼンさんは……全力で走ったのに全然追いつけなかった……」

「そんなことないぞ。チヨノオーは必死で気づかなかったかもしれないけど、ほんの少し縮まったのを見た」

「えぇ、一瞬とんでもないプレッシャーをチヨちゃんから感じたわ。思わず振り向いちゃった」

「そんなことを……!?」

「この領域に至るなんて……フフ、チヨちゃんはやっぱり凄いウマ娘よ」

 

 目を見開いた。

 私が……マルゼンさんとの差を縮めた? 自覚が全くない。ただひたすらマルゼンさんに追いつこうと思って走っていただけだから。

 

「そうですか……えへへ……私、ちゃんと成長してるんだ……」

 

 憧れのマルゼンさんに近づくことができた。それがとても嬉しい。自分の行く道は途方もないものだと思っていたけれど、確実に進んでいる。それをようやく実感できた。

 マルゼンさんと走って良かった。憧れて良かった。

 

「さっきの感覚、絶対に忘れちゃダメよ。チヨちゃんの力になるから」

「知ってるんですか!?」

領域(ゾーン)。時代を創るウマ娘が必ず入るといわれているものよ。ひと度領域に足を踏み入ると感覚は研ぎ澄まされて、普段とは比べ物にならないほど圧倒的なパフォーマンスを発揮できる。私やルドルフはこれをモノにしているわ」

「私もできるようになるでしょうか?」

「それはチヨちゃん次第としか言えないわね。ウマ娘によって条件は違うし、最後まで自由に扱えなかった子もいるから」

「結局のところ、1番の近道は領域に頼らずにチヨノオー自身が強くなるってことだな」

「えぇ、その通りよ」

「ダービーまで1ヶ月、やることは山積みだ。だから、俺達にできることを1つずつこなしていこう、チヨノオー」

「はい!」

 

 みんなの願いと想いを背負って、私は日本ダービーを走る。絶対に勝つ。負けてたまるか。その時こそが、()が咲く時だ。

 桜はいつか散る運命にある。それでも、私はいつまでも満開で在りたい。マルゼンさんのように輝ける存在で在りたい。

 

「ファイ・オーッ! チヨノ・オーッ!」

 

 高らかに叫ぶと同時に、風が吹いた。強く、暖かい風が、背中を押すように吹いた。私の行く道を示しているように──。




 C103の12/30(土)に春一番の合同誌第2弾の頒布を記念して投稿いたしました。
 第2弾では冬をテーマにした短編集となっております。
 ぜひ東リ29bサークル「春一番」のブースへお越しください。
 なお、今回は参加しておりません。ブラック企業を許すな。
 というか、当日に宣伝とか正気か……?


お品書き→ https://x.gd/3rxq1


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