名前を無くした、天権の懐刀   作:久遠とわ

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完成したので投稿。

第4幕最終回です。


_刻晴はそう望むのか?

Side:刻晴

 

「ほぉ…。叔父上…?あの玉衡のような立派な人物に……?」

 

鍾離は刻晴の言葉を聞くと、顎に手を当てて考える。

 

「へぇ…?あはははっ!!そっか!そうだね!うん!いいよっ!良いと思うよっ!」

 

胡桃は刻晴の言葉を聞いて嬉しそうに笑う。

 

 

 

 

 

「___あの玉衡の娘…か。もしかすると彼女、刻晴は……」

 

鍾離は静かにそう呟くと、刻晴の顔の方に視線を向ける。

 

 

 

 

 

「刻晴殿」

 

「はい、なんでしょうか。鍾離さん」

 

鍾離は刻晴に呼びかけ、呼びかけられた刻晴は鍾離の方に顔を向ける。

 

 

 

「“刻晴殿の叔父上”、かつての今代玉衡であった刻晴殿の叔父上。その彼のような立派な人物を目指す…。それは堂主の言う通り、良い目標だと思うぞ?…自らの行動理念や自らの理想を明確にする事。それは重要事項だと言える。それに___」

 

鍾離はそう言うと、刻晴の方に向けて一歩前に踏み出す。

 

「___俺が知る限りでは璃月中の人々、そして歴代七星の中でも、とても勤勉で立派な人であったとよく聞くからな。彼は物事や道理を理解する為、書籍や文献に読みふけるだけでなく若いころからあらゆる場に足を踏み入れ、自らの目で、耳で、そして肌で感じ取る事であらゆる事柄から学び得てきたと聞く。そしてあのようなご老体になったとしても、彼は自らから足を踏み入れて学びを得ようとする姿勢を決して止めようとはしなかった、と…」

 

「…えぇ、そうですね。叔父様は昔からそんな方でした……」

 

刻晴は鍾離の言葉に頷く。

 

 

 

「うむ…。彼は自らの足で立ち上がり、歩く事をやめなかった。そんな彼は“立派な人物”であると思うし、またそのような人物が居たからこそ、彼の周りの人間達はそんな彼の姿を見て奮起し、そうして彼の周りの人間達は一日一日を大切に過ごしていくことで、それがここ数十年の璃月の更なる発展に繋がったと、俺はそう思っている……」

 

鍾離は思い出すかのように、視線を上の方に向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___刻晴」

 

その時、鍾離が刻晴の名を呼び、刻晴の眼を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぇっ…」

 

そうして鍾離に名を呼ばれ、彼に目を見つめられた刻晴は思わず言葉を失う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何とも言えない、不思議な感覚。

彼の黄金の輝きを放つ眼、そうして龍のような鋭い眼光に見えてくる。

 

 

 

 

 

「……」

(…っ)

 

刻晴は息をするのも忘れそうになる。彼がただそこに立っているだけで、思わず頭を垂らし片膝を付けてしまうような威厳が鍾離から溢れていた。

 

そして刻晴は周囲の音、また周りの気配等も目の前の鍾離という男によって、まるで周囲の風景が黄金の雲海に染め上げらていく様な不思議な錯覚、鍾離と二人だけの世界をその場で形成してしまったかのような錯覚を覚える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

(な、なに……?この感じ……)

 

刻晴は少し動悸が早まったのを感じる。

 

今までこんな経験一度もなかった。一体どうしたと言うのだろうか?自分はおかしくなってしまったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はい。なんでしょうか、鍾離さん」

 

だが刻晴はなぜか不思議と冷静になれ、そうして背筋を正し、刻晴は目の前の鍾離に向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

「亡くなってしまった“玉衡”。刻晴の叔父上はとても立派な方であった。そして刻晴は、そんな彼を目指そうとするとの事のようだが___」

 

鍾離の眼が細くなり、そして彼の龍のような眼光が更に鋭くなって刻晴に向けられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___それはおそらく、数多の数の苦難や困難が待ち受け、そしてそれらが容赦なく刻晴の元に降り注いでくることになるだろう…。それ故、それらに対する覚悟を決めなければならない道だと、俺は思う。……だが、それでもその“立派な人物”になりたいと、刻晴はそう望むのか?」

 

鍾離の試すような言葉。そして鋭い眼つき。

 

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

龍の一睨、そう思えるほどの凄まじい威圧が刻晴を襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

だが刻晴は鍾離のその眼に動じることなく、彼の眼を真っ直ぐに見つめ返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___はい、私は“叔父様”のようになりたいです。叔父様のような“立派な人物”になりたいです。そしてその為の覚悟なら、既に私はできています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして刻晴は鍾離の鋭い眼を見据えながらはっきりと答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___そうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍾離は少し顔を下に向けると、また顔を上げて刻晴に視線を注ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___ふっ」

 

そうして鍾離は、僅かに口元を緩めてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……。

 

「___そんな人物を目指すとは、それはとても良い目標だ。そうして刻晴、お前ならお前の叔父上に負けないほどの“立派な人物”になれると、俺はそう思う」

 

 

 

 

 

 

 

「っ…!?…あっ、ありがとうございます。鍾離さん」

 

ぞわぁっ……、と鍾離の放たれた言葉に刻晴の全身は鳥肌が立ったかのような感覚を覚える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ…。刻晴、お前のこれからの活躍、大いに期待する……」

 

そうして鍾離はまるで刻晴の事を期待するかのような眼差しで見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

刻晴は大きく目を見開き、鍾離を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍾離の言葉には不思議な力があった。まるで言霊のようであり、そして彼の口から紡ぎだされる言葉には強い力が宿っているようにも思えた。その姿というのはまるで、____。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___うわぁ、鍾離先生の顔に惚れちゃったのかなぁ?」

 

「うわぁっ!?」

 

「あっはっはっは!!刻晴ったら、凄い反応だね~?」

 

その時、胡桃が悪戯でもするかのように刻晴の耳元まで顔を近づけてからかうような口調でそう言い、そうして胡桃の存在に気づいてなかった刻晴は驚きのあまり、体をビクッとさせて尻餅をつきそうになる。

 

 

 

「く、胡桃っ!いつからそこに!?」

 

刻晴は慌てて胡桃から離れながら、胡桃に向かってそう尋ねる。

 

「んー?とっくの前からいたよ~?」

 

胡桃はそう言ってニッと笑う。

 

「っぅ~!!胡桃!!急に驚かさないでよ!!」

 

「あははっ!ごめんごめん~。だって刻晴ってば、ぼぉーとしてるし、顔もなんか赤くしてるんだもん。ついついからかいたくなっちゃうってものだよ~」

 

「っ!?…よし、胡桃!!万民堂の件は無しね!!」

 

「えぇっ!?ごめん、ごめんってば!!刻晴!!私が悪かったから、それだけは無しにしてぇっ!!」

 

「ふん!謝るんなら最初から言わないで!」

 

胡桃はそう言うと刻晴に向かって必死に頭を下げる。

 

 

 

「ふふっ……」

 

そんな刻晴と胡桃のやり取りを見ていた鍾離は、静かに笑みを零す。

 

 

 

 

 

「___はぁ、よかったぁ…。あっ、そうだ!」

 

胡桃はそう言うと、何かを思いついたかのようにハッと目を見開き、そうしてニッと笑みを浮かべる。

 

 

 

「そうだ!鍾離さん!どうせならいつか今度刻晴に奢ってもらう約束を果たしてもらう時、私と一緒に万民堂に来てもらおうかな~?」

 

胡桃はニヤニヤしながら刻晴に視線を向けてそう話す。

 

「お、俺か?…急だな。まぁ、別に俺は構わんが」

 

鍾離は胡桃の急な提案に少し戸惑いながらも、刻晴の方に視線を向ける。

 

「あら別に私は構わないよ。胡桃の言う事だし、別に構わないわ」

 

刻晴は胡桃の提案を特に気にした様子もなく、そう答える。

 

「そうか、ならば感謝しよう。堂主、それに刻晴殿」

 

「えぇ、どうも。鍾離さん。こちらこそ、今日は本当に色々とありがとうございます」

 

刻晴はそう言うと鍾離に軽く頭を下げる。

 

「いやいや、礼には及ばん。俺は俺の仕事をしたまでだ」

 

そうして鍾離も、刻晴に頭を下げる。

 

 

 

「ふふふ、それじゃあ約束だよ…!!刻晴が万民堂で奢ってもらう時、その時には是非とも鍾離さんには“水産物”や“海鮮料理”を食べて貰うからね~!!」

 

「なっ…!?す、水産物に…、か、海鮮料理だと……!?」

 

その瞬間、胡桃の言葉に鍾離が目を見開き、そして僅かではあるが顔が青くなる。

 

 

 

「うん、どうしたのぉ~?鍾離さ~ん?」

 

「…堂主、俺は堂主を怒らせるようなことをしてしまったか?」

 

鍾離はそう言うと、恐る恐る胡桃に尋ねる。

 

「ん~?別に怒ってないよ~?」

 

胡桃は軽く笑みを浮かべながらそう言う。だがその表情とは裏腹に、胡桃の全身からは途轍もなく黒いオーラが放たれているように見えた。

 

「そ、そうか……」

 

胡桃のその笑みに、鍾離は少したじろぎながらそう呟く。

 

 

 

「うん!そうだよ~?私は別に怒ってないよ。ただ鍾離さんの顔を見て、そう言えば今朝に“見覚えのない請求書”が机の上に置かれていたなぁ~、なんてことを思い出しただけだよ」

 

胡桃はそう言うと、ニコリと笑う。だがその笑顔はどことなく陰りがあり、またその笑顔から僅かに怒りが感じ取られた。

 

 

 

「…っ。そ、その、それは後で、堂主と経費で落とせないか相談しようかと。この前、堂主の役に立ちそうな物を見つけてしまってな……」

 

「えぇっ、私の…?」

 

「あぁ、そうだ…。その、すまない……」

 

その胡桃の言葉、そして笑顔を見て、鍾離の口元が僅かに引きつり、また微かに言葉を震わせ、そうしてまた僅かに目が泳ぐ。

 

 

 

「…ふふっ」

 

そしてそんな二人のやり取りに刻晴は思わず笑みを零す。

 

 

 

「___まぁ、良いよ。この堂主である私は心優しいからね、許してあげるよ。…でもまぁ、この話は往生堂で話し合おうよ、鍾離さん?じっくりと、ね?」

 

胡桃はそう言うと、鍾離に軽くウィンクする。だがそのウィンクからは僅かに殺気が放たれているようにも感じられ、またそのウィンクからは「じっくりとその請求書に関する説明を聞かせてもらうから、覚悟してね?」と、そう胡桃が告げているようにも感じられた。

 

 

 

「そ、そうだな…。分かった、堂主殿……」

 

鍾離はそう呟くと、ほんの僅かに冷や汗を流しながら胡桃に頷く。

 

 

 

「うんうん、そうだね~。鍾離さん。…まぁ、まずは鍾離さんの言う探し物の件から片付けようか?」

 

「あぁ、助かるぞ。堂主」

 

胡桃はそう言うと、鍾離に駆け寄る。鍾離も腕を組みながら頷いた。

 

「___それじゃあね~。刻晴。これから頑張ってね。応援してるよ!!それと、万民堂で奢るという約束!!絶対に忘れないでね~!!」

 

胡桃はそう言うと、刻晴に軽く手を振る。

 

「刻晴殿。俺からも礼を言うぞ。その日が来るのを楽しみにしている」

 

そうして鍾離も刻晴にお礼を言いながら、軽く頭を下げて会釈する。

 

 

 

「えぇ、勿論よ。今日は本当にありがとう、胡桃、それに鍾離さんも。いずれ万民堂で奢ってあげるわ」

 

刻晴はそう答えると、胡桃や鍾離に向かって微笑む。

 

 

 

「ふふっ、楽しみに待ってるね~!!」

 

胡桃はそう答えると鍾離の方に顔を向ける。

 

 

 

 

 

「さてと鍾離さん。探し物って何なのかな~?往生堂の中で探したって話だけど見つからなかったってことは、それは小さい物なの~?それとも___」

 

「ありがとう、堂主。その探し物の件についてなのだが、実は___」

 

胡桃と鍾離の二人は横に並び、そうしてそう言いあいながら往生堂の方へと歩いて行く。

 

 

 

 

 

「……」

 

刻晴は胡桃と鍾離を見送ると、空を見上げる。夕日は沈みかけ、少しずつ空は薄暗くなっていた。

 

「さてと」

 

刻晴はそう呟くと、屋敷への帰路を取り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

刻晴は今日の出来事を思い出す。

 

 

 

それは往生堂での叔父の葬儀、叔父との別れ。

 

そして胡桃が発破をかけるように自分にかけてくれた数々の言葉。そうして叔父との思い出や、それを通じて自分の心に浮かび上がってきた叔父の『立派な人物』という言葉。

 

また鍾離が自分に示してくれた『覚悟』という言葉。これにより彼女の中が決意が固まった。

 

 

 

そうしてこれにより、自分の中で完全に区切りを付ける事ができた。

 

 

 

 

 

「___胡桃、それに鍾離さん、ありがとう。…私は前に進むことができるわ」

 

刻晴はそう呟くと、少し笑みを零す。

 

 

 

 

 

叔父の死は避けられない運命であったことは事実であり、刻晴にはその事を受け止めるしかないのも確かであった。

 

だがある意味、刻晴が胡桃から発破をかけられ、そうして叔父との思い出を振り返り、そして鍾離と会話を交わして自らの意志を固め、そして刻晴は叔父の死に対して一種の『区切り』を付ける事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

叔父の死は確かに避けられない運命であったのかもしれない。

 

 

 

 

 

だがそれでも刻晴はその事実を受け止め、そして前に進む勇気を持つことができた。

 

だからこそ、刻晴はもう一度別れた彼女と彼に感謝する。

 

 

 

胡桃、また鍾離が発破をかけてくれたから、叔父の死を完全に受け入れそて進むべき道、“立派な人物”になるという刻晴の歩むべき道も見えてきたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

そうして往生堂のあった『緋雲の丘地区』から、叔父と暮らしていた屋敷のある『玉京台地区』を歩く刻晴は何げなく空を見上げる。

 

「……」

(遅くなっちゃったわね……)

 

夕日は完全に沈んで空は薄暗くなっており、また夜空は厚い雲に覆われていたために月や星は見えなかった。

 

 

 

「…」

 

闇夜が刻晴に降り注ぐ。

 

 

 

先ほどまでの刻晴であれば、この闇夜と言うのは刻晴の叔父の死と言うと言う不安や恐怖を湧き上げる情景であった。だが今日の刻晴にはそんな闇夜を、叔父の死を乗り越えた刻晴には晴れやかな心で受け入れる事ができた。

 

 

 

 

 

「…」

 

そして歩みを続けていた刻晴は自らの屋敷の近くまで辿り着く。

 

「___あら?」

(あれは…?)

 

刻晴は屋敷の近くまでやって来ると、その屋敷の門の前に誰かがいる事に気付いた。

 

 

 

 

 

「…あっ」

 

そしてその時、闇夜を作り出していた厚い雲が晴れていき月が顔を出し、その月の光がちょうどその人物を照らす。

 

「…あっ、刻晴様」

 

月の光が照らしたその人物。

 

その人物とは金と紫が混ざり合ったかのような独特な色の瞳に、氷のような水色の髪に2本の赤と黒入り交じる角みたいな髪飾りの少女のような女性。そして腰には神に認められた者という証である“氷の神の目”を身に着けた少女のような女性。

 

 

 

「あら、貴女は…“甘雨”よね?」

 

刻晴はその人物、以前に屋敷で叔父を尋ねる為に、叔父の部屋の前で自分と鉢合わせとなる形で出会った事のある少女のような女性、叔父に自らの秘書であると説明を受けた“甘雨”に歩み寄りながら話しかける。

 

 

 

「夜分遅くに申し訳ありません。刻晴様、少しお時間よろしいでしょうか?」

 

そうして甘雨は目の前にやってきた刻晴の問いかけに答えると、丁寧な口調でそう尋ねる。

 

 

 

「えぇ、大丈夫よ。それでなんのご用かしら?」

 

「はい、実は私は“伝言”を預かっておりまして、その伝言をお伝えしに刻晴様の元へと参りました…」

 

「伝言?」

 

刻晴はそう言うと、甘雨の次の言葉を待つ。すると甘雨はコホンと小さく咳ばらいをすると、真剣な面持ちで刻晴に言葉を告げた。

 

「はい、…璃月七星、そしてまた、その璃月七星一同を代表する“天権”様からのお言葉を預かっております」

 

「なっ!?」

(なんですって!?)

 

刻晴は目を見開き、そうして驚愕する。

 

 

 

 

 

「まずは七星全体からの連絡事項です。…『先日より行われていた七星会議において、“玉衡”様より推薦されていた“次代玉衡後継者”である“刻晴”殿の選定承認会議。その最終決定が、本日正式に下った事をここに通達します。___』」

 

「っ…!?」

 

甘雨はそう淡々と刻晴に告げる。だが刻晴にとって、その甘雨の告げたその言葉は驚き以外の何物でもなかった。

 

 

 

 

 

「…」

 

ゴクリと、刻晴は息を呑む。心臓が高鳴り、体が少し震えた。

 

 

 

 

 

「……っ」

 

刻晴はギュッと拳を握りしめる。その顔は緊張によってか引きつり、またその体も小さく震えていた。だがそれでも刻晴はその震えを抑え込み、そして甘雨の次の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

「『___刻晴殿、貴女様を正式に璃月七星、“玉衡”に任命させて頂くことに決定しました』」

 

 

 

 

 

「___っ!!」

 

その甘雨の言葉を聞いて、刻晴は息を呑む。

 

 

 

 

 

「…おめでとうございます、刻晴様」

 

甘雨は少し笑みを浮かべながらそう言うと、頭を下げた。

 

 

 

「……え、えぇ、ありがとう」

 

刻晴はそう呟くと、小さく笑みを浮かべる。

 

 

 

信じられない。

 

いや、これは夢なのかもしれない。

 

 

 

「……っ」

 

だが刻晴は拳を握りしめると、自身の太ももを抓り始める。

 

「___いたっ!?」

 

抓った太ももには痛みを感じ、またその痛みから刻晴はこれが夢ではないことを悟る。

 

「え、ほ、本当に……、私が……。わ、私が……」

(私が…玉衡。そ、それに叔父様の推薦…。わ、私…)

 

刻晴はそう静かに呟く。だがその呟きは震えており、その目には涙が浮かばせる。また心の中でも、驚きや信じられないという気持ちと、それと同時に叔父が推薦してくれたこと、また璃月七星一同が自分の事を認めてくれたことに対する嬉しさとが混ざり合っていた。

 

 

 

 

 

「ふふっ、刻晴様ったら…」

 

そして刻晴の感極まった様子に甘雨は優しく微笑むと、刻晴に向かって言葉を紡ぎ始める。

 

 

 

 

 

「刻晴様。そしてこちらは璃月七星を代表します“天権”様のお言葉となります。……『この度は、“玉衡”の就任、心よりお祝い申し上げます。貴女はその若さでありながら、同年代の者達よりも非常に聡明で、またその心根も素晴らしいものであると聞いたわ。…そして貴女であれば、“玉衡”の責務をしっかりと果たすことができると私は信じているわ。そうして___』」

 

甘雨はそこで言葉を切ると、刻晴に向かって微笑みかける。

 

 

 

 

 

「……『“玉衡”の責務は、とても重いもの。ですが貴女ならば“先代玉衡”の彼がよく語り、そうして彼が私達に自慢していた貴女であれば、その責務をしっかりと果たしてくれると私は信じているわ。だから貴女は、“玉衡”としての責務をしっかりと果たしなさい。それが今代の“玉衡”、璃月七星の“刻晴”に課せられた責務ですわ』、となります」

 

「……っ!!」

 

甘雨はそう刻晴に言葉をかける。その甘雨の言葉は刻晴の心に響き、また刻晴の心を奮い立たせ、そうして叔父が天権に自分の事を自慢していてくれたことを嬉しく思った。

 

 

 

「甘雨……」

 

刻晴はそう呟くと、顔を上げる。するとそこにはこちらを優しく見つめる甘雨の姿があった。

 

「……っ」

 

刻晴はゴクリと息を呑む。

 

 

 

「刻晴様…。改めて玉衡就任、おめでとうございます。そして天権様の命令、また先代玉衡の遺言に従い、一時的となりますが私は璃月七星全体の秘書から、玉衡、刻晴様の専属の秘書として刻晴様を補佐させて頂きます」

 

甘雨はそう言うと、刻晴に一礼する。そして甘雨は頭を上げると、柔らかな微笑みを浮かべた。

 

 

 

「……」

(本当に、私は……)

刻晴はそう思うと、胸が熱くなるのを感じる。

 

 

 

「___えぇ、ありがとう。甘雨。私は玉衡として、私の叔父様や天権様を始めとする皆様方の期待に応えられるよう、しっかりと責務を果たすわ」

 

刻晴はそう答えると、静かに拳を握りしめる。

 

「はい、よろしくお願いしますね。…それでは明日のご予定に関してお知らせします。まず明日は刻晴様の玉衡就任の手続きやそれに関します事務作業等を行うために『月海亭』までご足労頂きます」

 

「『月海亭』?」

 

「はい。お越しいただく際の時刻は___」

 

甘雨はそう刻晴に明日の予定を伝えていく。

 

「___が以上となります。……刻晴様、ご不明な点はございますか?」

 

甘雨は刻晴にそう尋ねる。

 

「いえ、大丈夫よ。ありがとう、甘雨。___」

 

刻晴は甘雨にそう言うと右手を差し出す。

 

 

 

 

 

「___甘雨、これからよろしくね。何かあったら、頼りにさせてもらうわ」

 

刻晴は微笑むと、甘雨に向かってそう言葉を紡ぐ。すると甘雨もにっこりと微笑んだ。

 

 

 

 

 

「はい、こちらこそよろしくお願いしますね。刻晴様」

 

 

 

 

 

甘雨も右手を差し出し、刻晴の右手と甘雨の右手が重なり合う。そうして月光が照らす中、二人は互いに握手を交わしながら微笑み合う。

 

 

 

そうしてその日の翌日、刻晴は甘雨の指示通りに『月海亭』を訪れ、正式に玉衡を拝命された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___そして拝命され玉衡の座に就任した刻晴は、激動の時を迎える事になったのであった。

 

 

 

 

 




これにて第4幕最終回です。

次回の第5幕は、一気に玉衡就任後から現在に至る(第3幕:「千岩演習場、演習強制参加」編)までを、大雑把にでも描写して良ければと思います。

—————
追記1
・表現に一部誤りがあったため修正しました。(話を交わす→会話を交わす)

追記2
・第8幕公開に伴い、8幕1話目のリンクを下記に展開します。
→第8幕:「駆けた黄金の翼、灰色の男の栄枯盛衰」編・第1話「_それは“憧れ”です」
https://syosetu.org/novel/333745/65.html



第5幕から第7幕までは完全に玉衡となった直後の刻晴を中心とした過去編が展開されますが、それらの話は自分の活動報告の『「刻晴過去編」に関する意見の募集について』で事情を説明した通り、想定以上に非常に長くなってしまい、またオリ主の瞬詠の話も実質的に止まってしまいました。

そのため早くオリ主の瞬詠の物語の方を優先して読みたいと言った方向けに、リンクを張り付けておきます。


なお第5幕から第7幕は読まずに第8幕に行っても良いように、事前に構想を練り込んでいました。

そのため上記より、第5幕から第7幕に興味はないが第8幕まで飛ばし読みするのも気が引けるといった方々でも問題なく楽しめると思うので、そういった方々も無理せずに気楽に飛んでみてください。
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