今回は前回の予告通りに第8幕の始まりです。
なお今回の話なのですが、最初の前半部分は第5幕から第7幕の纏めとなります。(活動報告の『「刻晴過去編」に関する意見の募集について』でありましたURLリンク構想関連。本幕は第5幕から第7幕を読まなくても楽しめるようにかつ、また第4幕の終わりから今回の第8幕へと飛んでも違和感の無いように工夫を凝らしたため、第4幕の刻晴が玉衡に就任するまでの話から第8幕へと飛んでも問題ないように描写しました。)
また第4幕の最後の話が気になる方向け、他にも4幕全体が気になる方向けに、それぞれ第4幕の始まりと最終話のリンクを下記に張りますので、興味があれば読んでみてくれると嬉しいです。
・第4幕:「在りし日々、“刻晴”過去【1節】」編・第1話「_『璃月最古の契約』」
【https://syosetu.org/novel/333745/15.html】
・第4幕:「在りし日々、“刻晴”過去【1節】」編・最終話「_刻晴はそう望むのか?」
【https://syosetu.org/novel/333745/21.html】
そうして今回に限ってはまだ刻晴過去編の要素はやや強めですが、終盤辺りでようやく本格的に第8幕に入っていきます。(但し、まだオリ主の瞬詠要素は出てきません。その代わり、“彼の所属している彼らやそれに関する組織”は出てきます。)
それでは、第8幕をお楽しみください。
_それは“憧れ”です
Side:刻晴
「_ふぅ、今日の視察はこれで終わりかしらね」
「_そうですね、刻晴さん。お疲れ様です。あとは月海亭に戻って今回の視察の結果のまとめですね」
「えぇ、そうね。あとそれと、もう着いていると思われる私宛ての書類関係の処理もしないとね」
「そうですね、刻晴さん。それもやらないといけませんね」
甘雨の言葉に刻晴は頷く。
とある日、太陽の暖かな日差しにどこまでも青空が広がりゆく璃月港。
暖かな日差しが璃月港を照りつけ、潮風が心地よく吹きすさぶ中。
刻晴と甘雨はテイワット随一の貿易都市である璃月港、そしてその璃月港自慢の多数の船着き場等がある埠頭の通りを歩いていく。
刻晴が玉衡の座に座ってから、半年以上の月日が経った。
玉衡就任当時の刻晴の評価というのは、若すぎるが故の経験不足、また玉衡に求められる能力や知識がまだ完全に備わっているわけでもなく、そして先代玉衡の叔父と比較すると思慮不足が目立つという点が各所から指摘され、また刻晴自身もその事を毎回痛感するという散々な惨状であった。
まずかつての叔父の直属の部下であった者達からは、刻晴は目の付けどころや仕事のセンス自体は目を見張らせる程のものであったという良い評価はしていた。
だがしかしそれ以上に思慮深さ、そうして物事の大局観というものが備わっておらず、また経験不足から来る判断力の低さ、決断力のなさや先の思慮深さのなさが、玉衡としての判断を誤らせかねない危うさを秘めている事を見抜き、その事が原因で彼らは刻晴を“玉衡”として信頼しきれないでいた。
そしてそれ以外の者達に関しては、彼らと叔父との関係も相まって叔父の孫娘と見ていたが為に刻晴を多少なり大目に見たり贔屓している者や、そんな彼女や彼らに対して冷めた目で見る者に別れた。
また冷めた目で彼女を見る者達の中に至っては実力不足の貴族の娘、血族の繋がりにより玉衡の座に座っただけの娘、そういった刻晴に対しての印象や評価が叔父の部下達の贔屓ぶりも相まって非常に悪かった。
その結果、刻晴に対して真正面から苦言を呈したり、また叔父と刻晴の繋がりについて直接的な言及はしないものの、遠回しに叔父との関係や刻晴の血縁を根拠とした贔屓ぶりを指摘してきたり、そういう陰湿な事を彼らはしてきた。
そうして更には、この調子ではいずれかそこまで遠くない内に刻晴は玉衡の座から降ろされると揶揄する者がいたとの話もあった。
だが、刻晴は折れなかった。
刻晴が並外れた努力家である事、また刻晴が負けず嫌いな性格が起因している事もあるが故、刻晴は周囲の人間達が刻晴に対してそういう風に苦言を呈したり陰湿な事をしてきても、そんな周囲の人間達のことなど気にもとめず、日夜真面目に仕事に励み続け、数多くの経験を積み続けていた。
また数多くの経験を積み続けることによって自分磨きを続け、更には自主的に月海亭の記録室や資料室にあった十年間分の月海亭の政務に関する記録書や月海亭に勤務する者達各員の日報、また総務司を訪れてそこに届けられていた璃月港の住民達の陳情書や投書だけでなく、その総務司を始めとする七星八門各所の部署に保管されている保管室や蔵書等で公務の記録書やそれにまつわる膨大な量の書類に目を通してその全てを頭に叩き込み続けてきた。
そして刻晴は今代や先代の璃月七星達がどういう状況に陥ったらどういう対応をしてきたのか、それらを知り自分の中に取り込み、そしてその膨大な政務の記録書や公務の記録書、また月海亭にあった書類を頭の中に叩き込んだことで、彼女は先代玉衡であった叔父がどのような仕事を、どのような事を意識しながら日々の政務に臨んでいたのかを理解した。
そうしてそれに飽き足らず。
刻晴は身分を隠し、偽装をしながら璃月の様々な仕事を経験していった結果、璃月にいるあらゆる労働者達の気持ちやどういう思いで仕事をこなしているのか、また彼ら璃月の労働者達の誇り。そうして彼らと共に汗を流した経験からその労働者達らにとっては現状どこに不満を抱いていて、どこを改善すべきなのかという事が刻晴は少しずつであるが理解できた。
そうしてまた“玉衡”の権力を用いて、月海亭、そしてその傘下にある総務司や和記庁を始めとする七星八門の公的機関を通じて『多種多様な労働現場で労働者達と汗水を流してきた経験から労働者達の待遇や彼らの環境を改善や改革するための施策、そしてそれと両立させる形で彼女が月海亭の記録室や資料室、また各七星八門の保管室や蔵書等で学び得続けてきた玉衡にふさわしい思慮深さや大局観を持ち合わせた判断力や決断力をを元手に璃月を発展させるための施策、そうしてそれらを両立させた政策』を打ち出して月海亭内に展開し、最終的にはそれら政策や改善案が月海亭にいた大勢の彼ら、また一部の政策ではあるものの同じ七星達にもその政策を認められたのだ。
その結果、刻晴は月海亭での様々な仕事を完璧にこなし、また七星八門での数多くの仕事や案件を携わった結果、刻晴自身の問題点でもあった判断力の低さや決断力のなさ、そして思慮深さのなさという問題も見違えるほどに改善されて、彼女の周囲からの評判も加速度的に上がっていった。
そしてそれは月海亭や七星八門達の職員達の全員が、彼女の秘めていた玉衡としての潜在性に気づいて認識を改める事に繋がり、就任当初の「歴代玉衡、歴代璃月七星で最悪な玉衡の女」という評価から、最終的には「未知数のあらゆる可能性を秘めた若き少女である玉衡」と評価や認識に彼らが変わった事により、大勢の人間が刻晴の事を今代の璃月七星、玉衡として認め始めた。
そうしてそんな彼女を巡って裏で行われていた勢力争いを始めとする出来事、『“刻晴の事を良く思ってないその勢力”と“彼女を認めて支持する者達の勢力”を始めとする月海亭や七星八門の影で密かに行われていた【事変と言うべきそれら】』をも、甘雨達の協力もあって無事に乗り越え、そして改めて彼女は玉衡として認められたのであった。
「………」
(月海亭についたらまずは視察の結果を纏めなきゃ。それに纏め始めた後の20分後辺りには緋雲の丘地区の不動産価値に関する調査結果の報告のため、それを担当している総務司の職員が月海亭にやってくる予定だから、まずは視察結果の纏めを端的に行いつつ、同時並行で___)
璃月港の多数の船着き場のある海岸線の通りを歩く刻晴は、頭の中で月海亭に帰ったらまずやるべき事を整理しつつその通りを歩き続ける。
「ふふっ」
そしてその隣を歩く甘雨は刻晴の顔を見て、笑みを浮かべる。
「…?どうしたの甘雨?なんで私の顔を見て笑っているのかしら?」
すると刻晴は隣を歩く甘雨が、なぜか刻晴の笑っている顔を見て笑みを浮かべている事に気づく。
「ふふっ、いえ…。本当にあっという間でしたと思いまして……」
「えっ、何が…?」
甘雨の言葉に首を傾げる刻晴。そんな刻晴に甘雨は続ける。
「_“迅影の玉衡”。一部の職員さん達の間で貴女がそう呼ばれるようになった事がです」
「っ!!」
甘雨の言葉に刻晴は驚く。そんな刻晴に甘雨は言葉を続ける。
「貴女が玉衡になってから、まだ半年を経っていないのにも関わらず、最初の頃と比べたら見違えるように貴女は成長しました」
「……」
甘雨のその言葉に、刻晴は少し気まずそうにする。そんな刻晴に甘雨は更に続ける。
「以前は月海亭で手伝いをする時は何をするにも少し自信が無さげで…。でも今の貴女は自信に溢れていて、堂々とした立ち振る舞いをしています。どんな問題や難題が立ち塞がったとしても、すぐに刻晴さんは決断を下し、それらを解決してきました」
「え、えぇ。まぁ、そうね…」
刻晴は甘雨の話に少しだけ照れくさそうにしながら頷き、甘雨はそんな刻晴に笑みを浮かべる。
「ふふっ…。それは月海亭の職員や七星八門の職員達と接し、またそこで様々な事を経験し、またそうして毎日夜遅くまで残って月海亭や総務司にあった全ての記録を目に通して、頭にそれらを叩きこむと言ったような努力をした事で、それらから多くの事を学んだからでしょうか?」
「っ!?」
(えっ!?)
刻晴は僅かに目を見開かせる。そして黙って甘雨の話を聞く。
「ふふっ。それに___」
そうしてそんな刻晴に甘雨は笑みを浮かべながら話す。
「___璃月港や璃月各地に赴いて刻晴さん自らが様々な労働環境に身を置いたり、璃月の労働者達と共に汗水を垂らしたりしたからでしょうか…?」
「えっ!?」
(ば、ばれてる!?)
刻晴は甘雨の言葉に驚く。そんな刻晴に甘雨はクスクスと笑う。
「それにそうして様々な労働環境を経験して、そこで働く人々と触れ合ってきたからでしょうか?ねぇ、刻晴さん?」
「…っ」
(や、やっぱりばれてる!?)
刻晴は甘雨の言葉に何も答えず、そうしてただ目があちこちに泳いでいく。そんな刻晴に甘雨は更に続ける。
「ふふふっ、どうなんですか?刻晴さん」
「……」
甘雨の指摘に狼狽える刻晴。
「ふふっ……、やはり図星でしたか」
「あ……い、いや……そ、その……」
刻晴は冷や汗をかきつつ、しかしバレてしまっては仕方がないと観念して、そのまま話していく。
「ま、まぁ……そうね……」
刻晴は目を泳がせながらも甘雨の話に肯定する。そんな刻晴を見て、甘雨は再びクスクス笑う。
「ふふっ、やはりそうだったんですね」
「ま、まぁね…。なによ、甘雨?…なにか問題でもある?文句でもある?」
刻晴は開き直ったように腕を組みつつ、甘雨にそう言う。
「いえ、文句などありません」
そんな刻晴の言葉に甘雨は首を振る。
「ただ嬉しいんです」
「………」
「刻晴さんがあんな短期間でここまで上り詰めた事に」
甘雨は恥ずかし気の様子を見せる刻晴に対して、優しく微笑む。
「そう……。それって歴代玉衡の話?」
そんな甘雨の言葉に刻晴はそっぽを向きつつ、恥ずかしそうに答える。そうして刻晴はそっぽをむいたまま、言葉を続ける。
「いえ、歴代七星の話です。こんな短期間、しかもあのような酷い状況の中で、ここまで駆け上がってみせた刻晴さんに驚いているんです」
「……」
甘雨の言葉に少し機嫌を良くしたのか、はたまた照れ隠しなのか、まだそっぽを向いたままの刻晴。そんな刻晴に甘雨は話を続けていく。
「正直、心配でした。当初やってきた刻晴さんを取り巻く状況と言うのは、ある意味で完全に孤立無援でした…。大多数の人達は決して刻晴さんを敵視していることはありませんが、それでも刻晴さんが失脚するのを見据えて、刻晴さんの次を虎視淡々と狙っている人達は大勢いました」
「ちっ…。えぇ、そうだったわね」
甘雨の言葉に刻晴は不快そうに舌打ちをし、そうして刻晴は少し眉を寄せて嫌そうな顔をする。
「ですが、そのような状況下でも刻晴さんは決して折れず、それどころかそれら全てをはねのけてここまで上り詰めた事は、本当に凄い事なんです。歴代七星でも刻晴さんみたいな状況下でかつ、そうしてここまで短期間に駆け上がった方は本当にごく僅かで、それこそ指で数える程でしたから」
甘雨はそう言うと、本当に嬉しそうに刻晴を褒める。
「そう……。だから何?」
しかし当の刻晴は素っ気なく甘雨に答える。そんな刻晴の言葉に、甘雨はクスクスと笑いつつ言う。
「いえ?…ついさっき、ふと思い出しまして。以前に“先代玉衡”、彼と最期のお話しをした際に出た刻晴さんの話を思い出したんです」
「えっ…?叔父様の、私に対する話……?」
「はい、そうです。刻晴さん」
刻晴は甘雨のその言葉に驚く。そんな刻晴に甘雨は続ける。
「はい。彼は、刻晴さんについてこう語っていました。『刻晴は帝君や仙人達、そうして数多くの人々の思いを受け止めながら成長してきた璃月というこの国が好き、この国家が本当に大好きだとまで言った子だ』。そして『刻晴はもっと誇りのある国にしていきたい、胸を張って誇れる国にしたい…。この長い歴史を紡いできた璃月という国家をもっとより良い国にしていきたいとまで言った純粋な子だ』、と…」
「………」
(叔父様…)
刻晴は甘雨のその言葉に、優しく微笑んでいる先代玉衡であった彼女の叔父の姿を思い出しつつ、その優しい微笑みの温もりに思いを馳せる。
「ですので本当に嬉しかったのです。そんな刻晴さんが潰されずにここまで上り詰め、また先代玉衡が語っていた言葉の通りに本当に璃月の事が大好きで、そしてそれだからこそ敢えて璃月の様々な労働環境に身を置いたり、労働者達と触れ合ったりして…。そうしてそれらの様々な経験を通じて、成長していき、そうして彼ら労働者達の思いや願いを、その身で受け止めて…。そしてそれら全てを玉衡という権力で彼らが彼らなりに行っている活動に全身全霊で応える、そんな誰よりも厳しくて誰よりも優しい璃月七星、“玉衡様”となってくれた事を私はとても嬉しく思います」
甘雨はそう話しつつ、刻晴のその歩みを褒め称える。そんな甘雨に刻晴は少し恥ずかしそうにする。
「あ……ありがとう……」
刻晴は顔を少し赤らめて、甘雨にお礼の言葉を言う。
「ふふっ、どういたしまして」
甘雨はそんな刻晴の言葉に、少しからかうように笑う。そんな甘雨に刻晴は少し顔をムッとさせるが、しかし何も言い返さず、ただ腕を組んでそっぽを向いた。
「……ねぇ、甘雨」
そうしてふと、刻晴は甘雨に声をかける。
「はい、なんでしょうか?」
そんな刻晴の声に、甘雨は笑顔で返事をする。そんな甘雨に刻晴は言う。
「…私は“叔父様”に憧れて、そして叔父様のような“立派な人”になるためにここまで駆け上がってきた。だからこそ、その憧れの叔父様や私を認めてくれた他の七星の皆、彼らの期待に応えるため、任された玉衡という権限を活かして璃月をもっと良い国にしたいという思いながら、こうして私はここまでやってこれた…」
「……」
刻晴の言葉に甘雨は黙って耳を傾ける。そんな甘雨に刻晴は言葉を続ける。
「甘雨…。ふと思ったんだけど、なんとなく貴女って普段の仕事の手際の良さから、ここまで上り詰めるのに私並み、いえ私以上にたゆまぬ努力をしてきたのだと思うのだけれど、甘雨のその“原動力”はなんなのかしら?」
刻晴の言葉に甘雨は優しく微笑む。
「えっ…?ふふっ、それですか……?それでしたら、そんな大した理由などありませんよ……?」
甘雨はそう言うと少し恥ずかそうに頬を赤らめながら、刻晴に言う。
「…ふ~ん?甘雨のその反応、そんな事無いと思うけれど……?」
刻晴は少しからかうような笑みを浮かべる。普段、甘雨にからかわれてきた仕返しのつもりだろうか。刻晴はニヤニヤとしながら甘雨に言う。
「止めてください、刻晴さん。本当に大した理由なんてありませんから…。普段の仕返しのつもりですか、刻晴さん?」
甘雨はそんな刻晴に少し困ったような笑みを浮かべながら言う。
「そんな事無いわ。ただ、私がここまで頑張ってきた原動力は甘雨が知っているのに、その逆に甘雨がそこまで頑張って来れた原動力を私が知らないなんて不公平じゃない?だから、ね…?」
刻晴はニヤニヤとしながら甘雨に言う。
「止めてください…!刻晴さん……!そんな正論を言うなんて、卑怯ですよ………!!」
そうして甘雨は更に顔を赤くさせ、刻晴から少し顔を逸らしながら言う。そんな甘雨に刻晴はからかうように言う。
「ふふっ…、そう?でも本当に気になるわ…?ねっ?教えなさいよ?…これは、玉衡命令よ?」
「玉衡の権限をこんな事に使わないでください!!」
「ふふっ」
「っぅ…」
勝った、とでも言わんばかりな勝ち誇ったような笑顔を浮かべる刻晴に、甘雨は顔を真っ赤にさせて、そっぽを向く。
「わ、わかりました……。教えますよ、刻晴さん……」
そうして甘雨は顔を赤くさせつつも観念したかのように話す。
「えぇ、教えなさい。甘雨。甘雨のその原動力はなんなのかしら?」
刻晴は再びニヤニヤとしながら、甘雨に言う。そんな刻晴に甘雨は少し頬を膨らませながら言う。
「わかりました………」
そうして甘雨は顔を赤くさせたまま、刻晴に話し始める。
「私がここまで駆け上がってきた原動力、それは“憧れ”です」
甘雨のその言葉に刻晴は首をかしげる。そんな刻晴に甘雨は言う。
「憧れ…?」
(甘雨が、憧れる…?色んな事や様々な事が出来る甘雨が……?)
刻晴は疑問を抱きながら甘雨のその言葉に耳を傾ける。そんな刻晴を他所に、甘雨はゆっくりとした口調で話し始める。
「_はい、そうです。刻晴さん…。実は私、“とある御方”にずっと憧れていたんです」
「………」
(“とある御方”…ねぇ……)
刻晴は甘雨の話に静かに耳を傾ける。普段は見せないような少し恥ずかしげな表情をする甘雨に、刻晴は真剣そのものだ。
「…長い事、人々を見守り続けてきた“その御方”。そうして真摯に、誠意を込めて人々と向き合って来た“その御方”の姿。そんな姿に私は心打たれたんです。こんな御方になりたいな、なんて……。そうしてそんな“その御方”に、ずっと憧れていました」
「…ふーん?」
甘雨のその言葉に刻晴は少しだけ目を細めるが、それでも真剣なその表情に変わりは無い。そして同時に少しだけ感慨深そうな表情を浮かべる。
「___あの御方の決断や決定にはいつも感服します。そういう意図で、こういう決定を下すんだなと…。璃月で生きる者達に幸せをもたらす為にそのような決断を下すんだと…。そして、それだけではなく璃月の数多の命に幸せをもたらすため、今後生まれてくる璃月の子供達やその子孫と言った者達の未来までをも考え、常になにが璃月にとって最善であり、また大切な事はなんなのかを“あの御方”は自問自答を繰り返してきました……。ですから___」
甘雨は一旦そこで言葉を切ると、刻晴を見つめて再び話し始める。
「___ですから私はそれに敬服し、そしていつか“あの御方”のようになりたいと思ったのです…。あの、“とても立派な御方”みたいな……。……っ」
甘雨はそこまで話すと、顔を赤くしながら恥ずかしそうにする。そんな甘雨を見て刻晴は呟くように言う。
「…“立派な御方”ね。私の叔父様みたいに、凄く“立派な人”なのね……」
そんな刻晴の言葉に、甘雨は少し驚いたように目を丸くしてから、苦笑いを浮かべる。
「ふふっ……。はい、そうですね。刻晴さんの叔父上、いえそれ以上に偉大な御方です………」
甘雨はそう言うと、刻晴を真っ直ぐ見つめる。そんな甘雨に刻晴は言う。
「凄いのね?“その御方”って……」
そうしてどこか憧憬を抱いたように話す刻晴に、甘雨は苦笑いを浮かべる。
「はい、そうです…。そうして私は“あの御方”のように璃月を愛し、璃月の人々に幸せになってほしいと心から願いながら、日々の仕事と向き合いながらここまで駆け上がって来ました。そしてそんな毎日を過ごしていく過程で私自身も実際に璃月の事を愛し、そうして数多くの思いを受け継いでこの長い歴史を紡いできた璃月を、今の七星の皆さん達を補佐する仕事を通じてより良い国にしていきたいと思いながら、この仕事に励んできました…」
甘雨はそこまで話すと、刻晴をまっすぐ見つめる。
「_だからです、刻晴さん…。実は私、刻晴さんの事を尊敬しているんです」
「えっ?」
甘雨の言葉に驚く刻晴。そんな刻晴を他所に、甘雨は言葉を続ける。
「刻晴さんが玉衡になってから半年近くの月日が経ちました…。私は長い間月海亭に務め、またそうして璃月七星の人達と仕事をしてきましたが、私から見て刻晴さんはその歴代七星の中でもかなり上位に君臨する程、すごく仕事ができる人だと思っています。ですから刻晴さんの事、私は尊敬しています」
「……」
甘雨の言葉に刻晴は言葉を失う。まさか甘雨にそんなことを言われるとは思わなかったからだ。
「えぇっ…。そ、そんな事ないわよ…。私なんてまだまだ…。むしろ他の七星達の方がずっと凄いし……。例えばあの天権の凝光とか……」
甘雨の言葉に、刻晴は少し照れ臭そうに言葉を返す。
そんな刻晴に甘雨は言う。
「いいえ……、そんな事ありませんよ。刻晴さんは私なんかよりもずっとずっと凄いです」
「そっ、そうかしら?」
「はい、なぜなら___」
甘雨はそこで一旦言葉を切ると、刻晴を真っ直ぐ見つめて言う。
「___刻晴さんはこの半年間の間、ただ月海亭等で玉衡としての権限を振るい、そうして数多くの決断を下してきただけでなく、璃月港、また璃月各所に赴いて璃月で働く労働者達の視察や彼らとの交流、またお忍びで彼らと同じ労働者の立場に立って、数多くの労働環境や労働者達の仕事ぶりをその目で実際に見て、そして彼らとの触れ合ってきた。そんな璃月の人々への思い遣りの深さというのは、正しくて長い間真摯に、そうして誠意を込めて人々と向き合って来た“あの御方”の姿と、よく似ているからです」
「っ!?」
甘雨の言葉に刻晴は目を丸くして驚く。まさか甘雨の憧れている“その御方”と自分を重ねて、そのような事を言われるとは思ってもいなかったからだ。
「ですから刻晴さん。そうして一つ一つの環境や一人一人と向き合って来た刻晴さんは、本当に凄いです」
「………」
甘雨は優しく微笑み、刻晴をまっすぐ見つめて言う。そんな甘雨に刻晴は少し顔を赤くさせてそっぽを向くと、そのままボソッと呟く。
「あ……ありがと……」
甘雨はボソッと呟いたそんな刻晴の様子に、クスクスと笑う。
「ふふっ……どういたしまして」
そんな甘雨に刻晴は少し不服そうに頬を膨らませて言う。
「……か、甘雨、もしかしてさっきの仕返しのつもりかしら?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ…?」
甘雨のそんな言葉に刻晴はジト目で甘雨をじ~っと見つめ続ける。そんな刻晴に、甘雨はにこやかに微笑みながら話す。
「ふふっ…。刻晴さん、そんな目で私を見ないでください。照れてしまいます……」
「うるさい!甘雨のバカ!!」
刻晴は顔を赤くさせながら、甘雨に言う。
「ふふっ……」
「っ…。ふんっ……」
しかし甘雨はそんな刻晴を微笑ましそうに見つめるだけだ。そしてそんな甘雨に刻晴は更に顔を赤くしてそっぽを向く。
そうしてそんな時であった。
「___うわぁ、凄い!!大きい!!」
「___かっこいいなぁ!!あの“船”やそこにある“船”も!!」
「___おいこら!!危ないから近づくな!!」
「___危ないぞ!!ガキども!!船に近寄ろうとするんじゃねぇ!!」
「___おい!!その木箱の上から早く降りてこい!!落ちたら危ないぞ!!」
刻晴はふとそんな声が聞こえてくるのに気づき、声の方向に顔を向ける。
「甘雨…、なんだか騒がしいんだけど……」
「そうですね、刻晴さん。なんだか騒がしいですね…。今日はなにかありましたっけ……。あっ…」
刻晴の言葉に甘雨も頷く。そして甘雨が刻晴と同じようにそちらの方に顔を向け、“それら”を見た時に何かを思い出したかのように言う。
「あっ、そうでした……。実は今日、___」
甘雨は埠頭の遠くまでに並ぶように停泊している“とある船達”を見て言う。
「___今日はあそこで停泊している“武装船”、先日から璃月港に集まっていた各武装船が艦隊を組み、そうして“璃月艦隊”として一斉に璃月港から出航をする日でした」
「___えっ、“璃月艦隊”ですって?」
刻晴は首を傾げながら、甘雨に尋ねたのであった。
次回は7幕の続き、「_岩山破蓄!!」の続きとなります。
それではまた、次の投稿まで今しばらくお待ちください。