少年提督と野獣提督   作:ココアライオン

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後日談 第4章 

 随分、早くに眼が覚めたようだ。

身体をベッドから起こして、視線だけで窓へと眼をやる。

カーテンを透けてくる光は淡く、外はまだ薄暗い。それに、肌寒さを感じた。

眠気はもう残っていないし、寝直す気分でも無かった。取りあえず、もう起きよう。

よく眠れた。ベッドを降りてスリッパを履き、ペタペタと足音を鳴らし、洗面台へと向う。

 

 此処の鎮守府に配属されてから暫く経って、体もかなり馴染んで来た様だ。

顔を洗い、歯を磨き、髪を梳き、提督服に着替えた。

腕時計をして、帽子を被る。軽く伸びをしてから、扉に手を掛ける。

廊下の暗がりに出て、窓から朝の空を見遣る。まだ陽はのぼっていない。

雲の無い空も仄かに暗く、鈍い蒼に沈んでいる。ただ、よく晴れていた。

今日も良い天気になるだろう。少し廊下を歩き、外に出る。静かな朝だ。

何をするでも無く埠頭まで歩きながら、仄暗い空を見上げつつ深呼吸した。

こうして一人になると、色々と思い出して背筋に悪寒が走る。よく皆、無事だったものだ。

 

 

 

 空母棲姫、中間棲姫の二人によって、いや、正確に言えば、鎮守府前の沖に出没した“空母水鬼”を含む敵艦隊によって、前に配属されていた鎮守府を瓦礫の山に変えられた。

空母水鬼は何らかの術式を用いて、解体・弱化施術を施されていない空母棲姫を暴走させ、中間棲姫の意識を“海”の意志に繋ぎ、操り、工廠を制圧しようとした。

ただ幸いにも、自分も、召還した艦娘達達も、無傷とはいかないまでも、生き延びた。此処の鎮守府に居る二人の“元帥”の助けが無ければ、どうなっていたか分からない。

鎮守府の職員たちも、艦娘達の迅速な行動のおかげで、怪我人こそ出たものの死者は居ない。こうした職員達も他の鎮守府に配属されることになるとの事だった。

ひとまずはホッとしている。ただ不気味なことに、鎮守府を一つ失った責任の追求が未だに無い事が気になっている。

“野獣”から聞いた話では、この件に関しては、本営の上層部でも相当揉めたらしい。この事態を招いた一因として、武勲を餌にした、過熱した鹵獲推奨の流れが在ったからだ。

それに加え、鹵獲して来た個体に、他の深海棲艦の個体が干渉してくる事態は初めてのことでもあった。

 

 『まぁ、今回は誰が悪いとかじゃかくて、深海棲艦側が新しい力を身に付けて来てたって感じだから。御咎めが無いのも、ま、多少はね?(隠れ潜む脅威)』

野獣は軽く笑いながら言っていたが、これは深刻な問題になり得るのでは無いか。深海棲艦を配下に加え、運用しようとしているこの鎮守府では、特に。

私はそう思ったが、杞憂だった。野獣に不安そうな様子が無かったのも、“彼”が既に対策を取っていたからだった。

 

 彼は、配下に迎えた深海棲艦達に、“ロック”を掛けていた。他者から、精神的な干渉を防ぐプロテクトを構築しているのだ。

本来、この“ロック”の効果は艦娘のみを対象に取るものだが、既に彼は、それを深海棲艦にも応用可能にしていた。

彼の扱う術式は、どれもこれも精緻、精妙、精巧で、対象に取られた者には抗い難く、阻むことも解くことも他者には難しい。

この鎮守府に居る深海棲艦の自我や思考、意志や魂は、“海”の神ですら触れ得ない程に固く、彼に守られている。

同時に、彼女達に反抗の動きが在れば、遠隔であろうと解体術式を適用させる為の、起動術紋の刻印処置も施されていた。

優れたシャーマンである彼は、深海棲艦達の肉体機能を完全に掌握し、生殺与奪の立場に在る一方で、深海棲艦達の意志を敬っている。

こうした対策を用意しているのも、深海棲艦の運用を本営に認めさせる為だったのだろう。そして、その目論見は成功している。

 

 

 私が以前居た鎮守府に拘束されていた、空母棲姫、それから中間棲姫を曳航すべく、送られて来た艦隊には、運用テスト段階であったレ、ヲ級が編成に組み込まれていた。

彼は、白く巨大な艤装獣を召喚しながら本営と情報を共有していた。そして、緊急である事を伝え、レ級の単独行動の許可を要請し、その了承を得ていた。

本来ならば、深海棲艦を単独で動かすことなど許されるはずなど無い。緊急であったことと、彼により、レ級達の肉体と力に枷が掛けられて居るからこそだろう。

上位個体である空母棲姫、中間棲姫、空母水鬼の三体が絡む事態だった故に、本営も状況を重く受け止めたに違い無い。

彼から“ロック”の処置を受けているヲ級は、空母水鬼の扱う術式の影響を受けず、他の艦娘と共に敵艦隊を撃退することに成功している。

鎮守府に残り、追い詰められた私達を助けるために動いたレ級も、清霜を守ってくれた。以前は敵だったとは言え、感謝せねばならない。

深海棲艦に鎮守府を襲われ、また、深海棲艦によって仲間を助けられた訳だから、何だか妙な話だ。

空母棲姫、中間棲姫に二体も、現在は彼の保護下にあり、この鎮守府傍に設立された研究施設に預けられている。

空母水鬼については逃亡を許してしまったそうだが、撃退しただけ御の字だろう。誰も欠ける事無く、今が在るのだ。充分である。

 

 

 つらつらと考えていると、埠頭に着いた。

溜息を吐き出しながら、朝靄の先に広がる、暗い水平線を見詰める。

波の音が近く、遠くに聞こえる。揺れる水面に、空の暗い蒼が影を落としていた。

もう暫くすれば、あの渺茫無涯の果てから、陽が昇る。そして、また沈む。

巡る時の中で吹き溜まる業と縁に、人は急かされ、自然の摂理を超越すべく足掻いている。

 

 深海棲艦の顕現が意味するものとは、こうした人類に対する、自然からの一種の教育なのでは無いかとさえ思える。

どれだけの力を得ようが、人類の企みが自然に対抗し得ることなど無いのだと。深海棲艦という分かり易い脅威を用いた、実物提示教育だ。

人間の創造力には限界が在るが、自然界に宿る可能性には限界が無い。人類には艦娘という抵抗の手段が在るが、勝利が存在しない。

笑える話だ。いや、逆だ。笑えない。潮風の匂いを吸い込み、もう一度、息をゆっくりと吐きだした。

 

 

 あの時。

 中間棲姫を媒介として顕現した、暗紅の積層型立体陣から、“声”が聞こえた時。

 

 球磨や多摩、北上に大井、野分や磯風、それから秋月が見守る中。あの場に居た誰もが度肝を抜かれた。彼は、立体陣を右腕で殴りつけた。いや、違う。

深紫の揺らぎを羅のように羽織った彼は、“海”に何か言葉を返しながら暗紅の積層術陣へと歩み寄り、その右腕を突き入れて見せたのだ。

その刹那、彼の纏っていた深紫の陰影が、濁った墨色に燃え上がった。のぼり雨のように揺らぐ陰影は、艦娘達の影を象り、彼の体から溢れた。

亡霊の群れだ。朧な光で編まれた艦娘達は皆、叫んでいた。仲間を返せ。誇り返せ。私を返せと。声成らぬ声が木霊した。

艦娘達の集団霊に囲まれ、私は悲鳴を上げてしまったかもしれない。周りに居た野分達は、立ち尽くすと言うよりも、呆然としていた。

まるで、御伽噺の中に居るような非現実さに、眼を奪われていた。その時の自分の様子は、よく覚えていない。余裕が無かったからだろう。

だが、積層術陣の向こう側から、墨色の微光を掴んで引き摺り出した彼の冷静な無表情だけは、嫌に印象に残っている。

この世に非ず、法則や道理の及ばない場所に、彼は片腕を突っ込むだけで無く、其処に在る秘儀や神秘とでも言うべき何かをぶっこ抜いて来たのだ。

いや、或いは、何かを捧げたのか。それとも、“海”に何かを差し出したのかもしれない。

それからすぐに、積層術陣は消え失せた。彼も、掴んだ墨色の揺らぎを握り潰し、砕けた微光の粒子を、その右腕に取り込んだ。それからすぐに、艦娘達の集団霊も霧散する。

現実が還って来る光景に、誰も言葉を発することが出来なかった。ほんの少しの静寂の後。「先輩に続きましょう」と。彼は、何事も無かったかのように微笑み、頷いて見せた。

今思い出してみても、何だかとんでも無い状況だったと思う。事実は小説よりも何とかとは、よく言ったものである。

いや。艦娘や深海棲艦の存在も、非現実的と言えば非現実的だから、今更なのかもしれない。

不可思と未踏の果てからやってくるものを、ただ受け入れて来たから、そういう感覚が麻痺しているのだろう。

 

 それは、軍属で無い社会の人々も同じだ。艦娘や深海棲艦の存在も、今では当たり前のものになっている。

人類が劣勢に在り、すぐ傍まで滅びの足音が来ていた頃とは違い、今では、深海棲艦の存在を、何処か遠くに感じている者も少なく無い。

同時に、傍観者で居られる幸せを享受出来ることを、艦娘達に感謝している者も多い。艦娘達への親近の情を持っている人々も確かに居る。

 

 そうした人々の声に応えるポーズとして、此処の鎮守府でも“鎮守府祭”を行う事になった。本営より通達が在ったそうだ。しかも、それなりに大きな規模で開くらしい。

鎮守府を一般に開放し、一般市民と艦娘達との交流を主な目的とした行事であるが、人格を持った艦娘がこれだけ居る鎮守府なら、本営から指示が来ても納得できる。

今日は、彼にも野獣にも大きな予定は無く、この鎮守府祭に向けての会議を行うと聞いている。勿論、私も出席する事になっている。

深呼吸をしようとして、溜息が漏れた。どうなる事やら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議は、野獣の執務室で行われることになった。

野獣の執務室は、バーや耳掻きサロン、キッチン、果ては風呂やら和室などの行き過ぎたスペース拡充の所為で、職務機能が欠乏するという戯けた事態に陥っている。

本営上層部の人が視察に来たりしたら卒倒するような間取りだし、実際、私も初めてこの執務室に足を踏み入れた時、驚きを通り越して感動したものだ。

ちなみに、その時に一緒だった木曾は、“耳掻きなんぞの為に、こんなスペースが必要か?”と不用意な発言をしてしまい、だったら試してみたらという事で、耳掻きの洗礼を受けた。

「うぁあっ……! ひぃっ……、や、止めっ……! 許してsay許し、ああぁっ!!? お、俺にも見えるぅっ……!! 」あの時、木曾が何を垣間見たのかは、永遠の謎だ。

艦娘の肉体感覚に深く干渉出来る彼からの耳掻きは、想像を絶するという奴だったのだろう。今まで聞いた事の無い様な嬌声で喘ぐ木曾の姿は、今でも鮮明に覚えている。

まぁ、木曾であんな調子だったから、此処に居る艦娘達の中にも、苦い思い出を持っている者が居てもおかしくは無い。

会議室が別にあるんだから、会議はそこでやろうと言う案も在った。これは、今日の野獣の秘書艦であった長門の意見である。もっともな意見であった。

だが、会議室よりも野獣の執務室の方が広く、飲み物やら食べ物やらを用意しやすいという事で、結局、野獣の執務室で行われることになったのだ。

 

 現在。執務室の一角には、高価そうなソファテーブルがズラッと連なり、それを囲むようにして、鋲飾りも重厚なブラウンのソファが幾つも並べられていた。

テーブルの上には、お菓子の盛り合わせと、湯気を立てる紅茶がセットされていた。とんでも無く大掛かりな応接セットの様相を呈している。会議と言うよりお茶会だ。

時刻は午前10時過ぎ。今日は決めることも多いので、朝から晩まで、“元帥”三人が顔を突き合わせることになる。大袈裟に見えるセッティングだが、丁度良いのかもしれない。

 

 今、執務室に居るのは、ソファにゆったりと腰掛けて、既に缶ビールを煽っている野獣。その両隣のソファには、秘書艦である長門。

野獣の右向かいには彼が座り、その隣には秘書艦の高雄。私は野獣の左向かいに座り、隣にはファイルと万年筆を手にした野分が控えてくれている。

今日は非番の艦娘も多いのだが、一度に集まってしまっては意見を吸収するどころの騒ぎではなくなってしまうので、一旦、この面子で集まることになったのだ

あとは、司会進行役として大淀がもうじき来てくれることになっていた。今、全員の手元にある注意点などが纏められたファイルは、彼女が用意してくれたものである。

 

 鎮守府祭という行事は、人類が優位に立ってからは、各地で何度か開かれていた。

艦娘達が従順な存在であることをアピールしつつ、戦況がほぼ勝利に固まっている事を示唆するのが目的だったらしい。

当たり前のことだが、“捨て艦”として自我を破壊した艦娘達を表に出すなんて事は絶対に無かった。必ず、自我と人格を持った艦娘を揃えて行われた。

一般の人々を招き、その眼の前で『人類と艦娘達は手を取り合って深海棲艦と戦い、平和を取り戻しつつあるのだ』という、一種のポーズを取るのである。

実際の所は、裏で行われている艦娘を用いた人体実験や、“捨て艦”としての利用、深海棲艦の解剖など、黒い部分を覆い隠す為の、都合の良いイベントである。

 

 その為、鎮守府祭が持っている意味は大きく、本営から細かい指示が入ったりするものだ。だが妙なことに、この鎮守府にはそう言った細かい通達が無かった。

本営の上層部と繋がりがあるらしい野獣が、何らかの手を回したと見るべきだろう。鎮守府祭の展示物、出店などの出し物については、ある程度は野獣達に任せるという形だ。

勿論、決定案の報告は必要だし、あまりに無茶苦茶なものは通らない。“じゃけん、ギリギリを狙いましょうね~(卓絶の着想)”と笑って居た野獣も、理解している筈だ。

休憩所としての喫茶店や、食事処、来客者参加イベントなど、他の鎮守府でも行われたオーソドックスな案については既に本営を通し、了承を得ている。

その為の準備に取り掛かっている艦娘も多く、こうした活き活きとした艦娘達の御蔭で、既にこの鎮守府にはお祭りムードが蔓延していた。

 

 当日の案内やパトロールのシフト、展示する艤装や艦船の模型などの管理、その他細々とした内容についても決めつつ、艦娘達のアイデアを吸い上げようというのが今日の会議だ。

艦娘を何処に、如何いった役割で配置するか、彼女達の意見も聞きつつ、その為の時間のシフトなども決めねばならない。

 

「すみません。お待たせ致しました」 

暫くすると、落ち着いた声と共に、大淀が執務室に現れた。

理知的な雰囲気を纏った彼女は、野獣では無く、彼が召還した艦娘だ。

大淀は彼や野獣、それから私、続いて秘書艦全員に軽く礼をした。

場の空気は、僅かに引き締まるのを感じた。「よーし、OOYDも来たことだし、ボチボチ始めるかぁ!(酔い気味)」

真面目な会議が始まろうとしていたが、その出鼻を挫いたのは、ビールを煽りながら、やおら立ち上がった野獣だった。

「じゃあ、これ」野獣は執務室の隣に在るカウンターバーのスペースへ一人歩いて行って、何かをゴロゴロゴロっと移動させて来た。

 

 大淀の、知性溢れる穏やかな表情が強張った。

長門が貌を引き攣らせ、高雄が真顔のまま、眉間に深い皺を刻んでいる。

彼は特に驚いた様子も無く、柔和な表情を崩していない。

あの余裕は、野獣と付き合いが長いから慣れたのか。

それとも、感性が多少ぶっ飛んでいるのかのどちらかだろう。

私と野分は、口を半開きにしてポカンとしてしまった。

 

 それは大き過ぎる黒板だった。

学校などで使う黒板は横に長いが、野獣が移動させて来たクソデカ黒板も負けていない。

横もそうだが縦幅がかなり在り、野獣の足先から頭のてっぺんまで余裕で在るし、腕を伸ばしても上まで届かない位の大きさだ。

確かに、ネットで閲覧出来る本営の公式ページには、黒板を模したボックスにアナウンスが表示され、その隣にチョークを持った大淀が表示されていたりする。

 

 だが、わざわざそれを再現する必要性については、首を傾げるところだ。「妖精に作ってもらったんだよ。お前の為に(優しさ)。 嬉しいダルォ?」

野獣は大淀に向き直り、微笑んで見せた。大淀は思いっきり困惑した表情になって、野獣の微笑みと、用意されたクソデカ黒板を見比べる。

それから、「いや、あの……、えぇと、あ、ありがとうございます(擦れ声)」と、取りあえずというか、仕方無しと言った感じで、礼を述べた。

その後、長門が、妖精達に要らぬ苦労を掛けさせるなと喚きだしたが、野獣が『か゛わ゛い゛い゛でち゛ゅ゛ね゛ぇぇぇ!!』と言ってみせると、すぐに静かになった。

悔しげに唇を噛み締めながら俯き、右手で頭を抱えつつ「くそ……ッ!!」と、心底忌ま忌ましそうな言葉を漏らしている辺り、きっと何か弱みでも握られているんだろう。

 

「何だよNGTァ! ホラホラ、もっと元気してホラ!

 お前にぴったりのイベントも考えて在るんだからさ!(仕組まれた生贄)」

 

「……碌なもので無いことは眼に見えているな。

 貴様の思い付きでは動かんぞ。一応は、本営からの許可と指示に従う流れなのだからな」

 

「おっ、そうだな!(余裕の笑み)

って言うかさ、かなり挑戦的じゃなぁい? その態度?」

 

 大淀は、このままだと野獣に場を混ぜっ返されてしまい、話が始まらないと踏んだ様だ。

コホンと一つ咳払いをして、小脇に抱えていたファイルを開きつつ、全員を見回した。

「そ、それでは、会議を始めさせて頂きたいと思います」引き攣った笑みを浮かべつつも、大淀は冷静だ。

チョークを手にクソデカ黒板に議題項を書き出しながら、大淀が何とか流れを作ってくれる。

 

 

 彼女の進行は澱みが無い。それに加え、先程の様子と比べて不穏なくらい大人しくなった野獣が、余計な茶々を入れない所為で、スムーズに会議が進んでいく。

細々とした議題項については粛々と決まっていき、艦娘達がどんな出し物をするか、その中身を考える段階になった。此処での意見は、まだ決定では無い。

本営に報告、協議を経て、許可が必要になってくる。ちなみに、もう決定している出し物は、食堂の開放と艦娘達の出店、休憩所としての喫茶店、豪華景品在りのくじ引きなど。

あとは、来客参加型のイベントが数種類である。こうした其々カテゴリーに配属する艦娘と、その内容を決めていく段階になって、会議にも一旦、小休憩が入った。

 

 休憩を挟むということで、大淀が紅茶とコーヒー、お茶を用意してくれる。

何か手伝おうとする野分や長門、高雄に、「大丈夫ですよ」と微笑んでいた。

野獣は一人、新しいビール缶を何処からとも無く取り出して、プシュッと開けている。

秘書艦の長門が注意すらしないのは、既に諦めているからなのだろう。

本営での会議でも、容赦無くビールを呷り、ラーメンを啜る野獣の事だ。

自分が配属されている鎮守府の会議など、ピクニックみたいなノリなのかもしれない。

「ねぇ野獣。そんなにビール呑んで太らないの?」 ちらっと聞いてみる。

 

「大丈夫でしょ? 

 ちょっと健康診断で引っ掛かりかけたけど、ヘーキヘーキ!

 血管と内臓年齢が、1145141919810364364歳って診断されちゃってさぁ!(半笑い)」

 

「何処の大精霊よ……」

 

「違うよ。俺はね、神様。

 二日酔いでゲロった俺の吐瀉物が大宙に昇り、満目に輝く星空になったんだよなぁ(遠い目)」

 

「汚すぎィ!!? そんな神話クラスまで誇張しなくて良いから……。

 まぁ、しょっちゅう呑んでる割に、よくその身体を維持出来るなとは思うけどね」

 

 ソファに座ったままの野獣が笑った。

 

「どうだよ?(誇らしげ) トレーニングは続けてるし、ま、多少はね?

 最近、お腹が河岸段丘みたいになって来たTKOも、見習ってくれよなー(挑発)」

 

 上品な様子で紅茶を啜っていた高雄が、盛大に噴き出した。

野分も噎せて、大淀が飲んでいたコーヒーで溺れかける。大惨事だった。

湯吞みで緑茶を啜っていた長門は、何も言わず、さっと自分の腹部に触れていた。

ちょっと気になったのだろうか。私もお腹に触れてしまう。

座り仕事が多いと、まぁ、どうしても……。苦い貌になるのを堪える。

「だ、大丈夫ですか?」と、心配そうに言う彼に背中を擦られながら、高雄はゲッホッゲホと一頻りやった後、猛然と立ち上がった。

 

「そういうのを提督の前で言うのは止めて頂けませんか!?

 何ですか河岸段丘って!? 私のお腹は、そんな段々になってませんよ!」

 

「嘘吐け、絶対に荒々しい隆起が在るゾ。

 腹はケスタ地形で、胸はモナドロックとか、これもう分かんねぇな(地学苦手先輩)」

 

「私が凄い勃起乳首みたいな言い方はNGですよ!! 止めて下さいよ本当に!!」

 

「んにゃぴ、健康が一番ですよね……(急ぎ過ぎた結論)」

 

「聞いてます!!?」

 

「あっ、そうだ(唐突)。

 おい、OOYDァ! お前、『よどりん☆ジャンケン』の振り付け覚えてきたかぁ?」

 

 激昂する高雄を放置して、ソファに座ったまま足を組みなおした野獣は、大淀に向き直る。

突然の事に、高雄だって“え、何それは?(困惑)”みたいな貌で、大淀の方を見ている。

無論、長門と私だってそうだ。やたら広い執務室が、不穏な程に静まり返った。

穏やかな表情を浮かべてコーヒーを啜り、この状況を見守っているのは彼だけだ。

もしかしたら彼には、この災禍の渦に揉まれる現状が、談笑にでも見えているのかもしれない。

 隣の野分が、「あの……、指令。よどりん☆じゃんけんって何ですか?(小声)」と、聞いて来た。

そんな事、私に聞かれても。「いや、知らないし……」としか答えようが無かった。

野獣の視線を受け止めた大淀も、「私も初耳なんですが、それは……」と、震えた声で答えている。

 

「あ、そっかぁ……。そういや伝えるの忘れてたなぁ……(すっとぼけ)。

 祭りを盛り上げる為に、追加で企画報告上げといたからさ。ホラ、見ろよ見ろよ」

 

 ワザとらしく、“しまったなぁ”みたいな貌をして見せた野獣はソファから立ち上がり、執務机の引き出しから書類の束を取り出し、それを全員に配った。

追加企画案と記されたその書類には、『ふれあい・ながもん』『喫茶・カフェヲレ』『元気一杯!!駆逐艦マイクロビキニ運動会!!』などという協議要請が記されていた。

内容も細かに記入されている。信じられないことに、項目の隣には、“認”という押韻が在るものもチラホラ。

その中には『よどりん☆じゃんけん』の項目もちゃんと在った。全員が、その企画書を見詰めて押し黙る。

静まり返る執務室の中、深刻な表情をした大淀の、スゥゥーーーー……、という、歯の隙間から息を吸い込む音だけが響いている。

 

「この内容、まんまで提出したの?」私は恐る恐る野獣に聞いた。

「そうだよ(笑顔)」という、爽やかな返事が返って来た。

「え、何? 馬鹿?(辛辣)」思わず、私も聞いてしまった。

私の隣で絶句していた野分が、「このひと頭おかしい……(小声)」と戦慄した様に呟いていた。

長門と高雄の二人は、戦慄も怒りも通り越して、「またこんなのかぁ、壊れるなぁ」と、しんみりした様子だ。

 

「失礼じゃなぁい? その言い方ぁ(半笑い)。一応、案は通ってるんだからさ! 

人数と賞品が揃ったら、単純なジャンケン大会でも結構な娯楽になるって、それ一番言われてるから。

振り付けに関しては、ソイツに聞いて、どうぞ」

 

 野獣はひらひらと書類を振って見せてから、彼の方を視線だけで見た。彼は野獣に頷いて見せてから、懐から携帯端末を取り出す。

「先輩が考えてくれたイメージを、映像にしてみました(無慈悲)」 優しげに言う彼は、短い操作を行った後、端末を皆に見えるように持ち替えた。

その大画面・高精彩の携帯端末のディスプレイに、大淀の全身が映し出された。実写じゃない。とんでも無い完成度の、3Dモデルだった。

全員が、悲劇の予感に身体を強張らせるのが分かった。だが、全員の心の準備が始める前に、画面の中の3D大淀は、気持ち悪いぐらい滑らかに動き出した。

同時に、ポップでキュートな音楽が流れると共に、キラキラとした星屑のエフェクトが、3D大淀を包み込んだ。日曜日の朝にやっている様な、女児アニメのノリである。

『よーし、勝負だー☆ よどよどよどりんッ☆ じゃん、けん、ポン☆』という、楽しそうに弾んだ可愛らしい掛け声に合わせて、3D大淀が軽く踊ってターンを決めた。

この場に居た全員が、「うわぁ……」みたいな表情になる。現実の方の大淀は白眼になって、その眼鏡にヒビが入った。だが、まだ悲劇は終わっていなかった。これからだった。

 

「その続きがこっちだゾ」と。半笑いの野獣も端末を取り出し、ディスプレイを此方に向ける。動画が再生されていた。何だか、ちょっとイヤらしい感じのBGMが掛かった。

危険を察知したのだろう。ソファから素早く立ち上がった高雄は、隣に居た彼に、両手でサッと目隠しした。私も、野分に目隠しでもするべきだったのだが、反応が遅れた。

『あっ、負けちゃったぁ☆ うふふ、じゃあ、ちょっと待って下さいね』さっきまでの明るい雰囲気とは一転して、画面のエフェクトが、淫靡な薄ピンク色とハートに代わる。

3D大淀は此方を誘う様な流し目を送りつつ、唇の端をチロッと舐めた。そして、スカートを穿いたままでゆっくりと腰を揺らし、両手でスルスルッと下着を下ろして見せた。

紫色でスケスケの奴だった。一同が、えぇ……(困惑)となる中、扇情的な仕種を続ける3D大淀は、綾取りのように脱いだ下着を持って、くすっと艶美に笑って見せる。

『どうですか? もう一勝負……?』 同姓でも心臓が跳ねる程に艶があり、蕩けるほどに甘い声音だった。其処で一旦、動画が停止する。

野獣が止めたのだ。シークバーの長さ的に、まだ続きが在るようだが、見ない方が良いだろう。

 

 大淀は、ソウル●ェムが壊れたみたいな貌で、野獣の持つ端末を見詰めていた。

 長門も、気の毒そうな貌のまま、大淀と野獣を見比べている。

 

「えぇと、あ、あの……高雄さん?」

 

「ぬぁっ!? お、ぉぁ、はい、失礼致しました! 

ただ今、少々有害な電波を感知しましたので、提督の眼をお守りすべく、ぁ、あの……!」

 

「あぁ、そうだったんですか。すみません。いつも有り難う御座います」

 

 慌てて彼の眼から手を放した高雄と、柔らかい微笑みに天然ボケを混ぜる彼の遣り取りが、やけに遠い。

私も何か言おうとしたが、止めた。上手い言葉が見つからない。隣の野分も赤い貌で俯き、何も言わない。

 

こ の現状を作り出した野獣は、一同を順番に見てから、頷いた。

 

「よし!!(ゴリ押し)」

 

「(よし!! じゃ)ないですよ!?」 

 

大淀の精神が帰って来た。

 

「最初のきゃぴきゃぴしたジャンケンも大概ですけど、

何で負けたらショーツを脱ぐ必要なんか在るんですか(正論)!?

これじゃ多対一の野球拳じゃないですか!? 絶対に私が裸になる流れですよね!?」

 

「そうだよ(首肯)」

 

「そ、そうだよっ!? 認めましたね!? やりませんよ!!」

 

「流石に冗談だゾ。普通に“よどよどよどりんっ☆”ってやってくれたら良いから。

 ビンゴ大会とか、景品絡んでるのに同位者複数の時とかにも、パパパッとやって、終わり!」

 

「絶対に嫌です!!(蒼き鋼の意志)」

 

「あ、そっかぁ。

俺達が丹精込めて作ったOOYDの3Dモデルも、必要無くなったなぁ(分析)。

じゃあ折角だし、供養代わりに(ネットにモデルデータ)流しますね……(無償配布)」

 

「えっ」 大淀の、というか、彼を除くこの場に居た全員の顔が歪んだ。

 

「振り付け覚えてもらう為に作ったけど、

“中身”まで完璧に再現しちゃってもぅ、こっちの穴(意味深)なんかさぁ、凄いんだぜ?

お前らも、見とけよ見とけよ~(公開処刑)」

 

言いながら野獣が携帯端末をポチポチと操作すると、画面の中に居る3D大淀が、ウィンクをしてから踊り出し、上着を脱ぎ出す。ストリップが始まった。

「あーーッ!! 駄目駄目駄目っ!!!」流石に大淀の顔から血の気が引いて、私達に見えない様に大慌てで野獣の持つ携帯端末を手で隠そうとした。

だが、それをさせまいと、野獣が携帯端末を持ったまま頭上に上げる。野獣の方が上背が在るので、必死に手を伸ばしたり、ぴょんぴょん飛ぶが、大淀では端末まで届かない。

完全にいじめっ子だ。そうこうしている内にも、画面の中の3D大淀は次々と景気良く服を脱いでいく。現実の方の大淀が半泣きになった。

 

「あっ、あっ! あのっ! 分かりました! やります! やらせて下さい!! 

お願いします! わっ、わたし、よどりん☆!! ジャンケン大好きィ!!(必死)」

 

「お、頼めるかな?(信頼)」

 

「やりますやります!(喰い気味)」

 

悲鳴染みた大淀の魂の叫びが届いたようで、野獣は携帯端末を下ろしてくれた。

 

「ちょっと向こうで練習して来ても良いゾ。

まぁ、簡単な振り付けだし、大淀だったら余裕でしょ?(慢心)」

 

 野獣は言いながら、短い操作を終えてから、端末を大淀に手渡す。

大淀の方は、もう遣る瀬無いといったふうに項垂れつつ、「はい……」と答えた。

それから、とぼとぼとバーカウンターの方へと去って行った。

後に残されたクソデカ黒板が、哀愁と同時にシュールさを漂わせている。

その大淀の背中を見送り、彼は何だか誇らしさを感じているような、深い頷きをして見せた。

「大淀さんは積極的で、エネルギッシュなところも尊敬しますね」 彼は微笑んでいる。

彼の目は節穴なのか、それとも馬鹿なのか。天然であるならば、尚更性質が悪い。

 

私だけでなく、長門や高雄、それから野分の非難するような視線を受け止める野獣は、疲れ切ったような大淀の背中を何も言わずに見送ってから、私と野分を交互に見た。

「ちょっと大淀が抜けるだに、休憩が明けたら此処は一つ、NWKに司会役をやって貰わねぇか?」 野獣が笑顔を浮かべたあたり、どうやら野分には拒否権は無さそうだった。

 

 

 

 

 休憩が終わり、会議が再開される。クソデカ黒板の隣に立った野分は、居心地の悪そうな貌でチョークを持ち、困惑した様子で議題項を書き足している。

書き足される議題項は、勿論、野獣が追加で提出した企画書の内容であり、認可を得ていないものも、取りあえずといった形で、野分が丁寧な字で記していく。

決めることが増えてしまったが、野獣が上げて認可を得たという企画も、あくまで認可の段階だ。行うか否かについての判断は、此方の自由である。やらないのも手だ。

あれもこれもとやってしまえば、人手も準備時間も足りなくなってしまう。娯楽の側面の強い出し物についても、今までも割と慎重に議論を重ねていた。

何処までやってOKで、どこまでやったらOUTなのかを、見極める必要が在ったからだ。だが、まだ時間にも人員にも余裕が在り、取捨選択の余地は残されている。

 

 

「あの、これで一応全部ですが……えぇと」

野分は一通り議項を書き終え、若干引き攣った貌のままで、集まった面々を見回した。

黒板に書き出された内容を見て、一同も言葉を失っている状態である。

そんな中、野獣はソファから立ち上がり、野分の隣に並んだ。

 

「真面目な部分については大体決まったし、

後は、どんだけ遊び心を詰め込めるかっちゅうのも、会議の……内や(仕事人)」

 

「一理在るが、ちょっと待て。『ふれあいコーナー・ながもん』とは何だ?」

 

 危険を察知したのだろう。いの一番にドスの利いた声で野獣に聞いたのは、長門だった。

私も気になって居た。渋そうな貌で野獣の方を見遣った高雄だってそうだろう。

野分がハラハラとした様子で、野獣と長門を見比べていた。居心地も最悪に違い無い。

穏やかな貌の彼は、何かを思案するように顎に手を当てながら、黒板を見詰めている。

 

「字のまんまだゾ。休憩できる喫茶スペースの隣で、

NGTにはこの鎮守府のマスコットキャラになって貰ってさ、子供達と戯れて貰うから。

一応、YMTとかMSS、それからMTも応援に来てくれるから、へーきへーき」

 

 野獣は言いながら、長門に微笑んで見せた。

 

「取りあえずキャラ作りの為に、

これから暫くは語尾に“もん”つけよっか、じゃあ(演技指導先輩)

ゴリラの着ぐるみも、そろそろ出来る頃だしさ、よしっ! 決まり!」

 

「ふざけるなよ貴様。

そもそも、野分が書き出してくれた内容については、認可の段階だろうが。

私本人の意志と協力が無ければ実現できんのだ。

余り無茶苦茶な企画など、考えるだけ時間の無駄だぞ」

 

 長門はぴしゃりと言い放ち、ふんと鼻を鳴らして見せた。そりゃそうだろう。

このイベントは、艦娘が居て、その協力が在ってこそ意味があるのだ。

だから、マイクロビキニ運動会など、実現する訳が無い。

 

 艦娘から総スカンを食らうような企画など、確かに時間の無駄である。普通の鎮守府なら。

火傷をする様な内容の癖に、断ろうとする艦娘達の弱みを既に握っているのが、この野獣という男だった。

「あっ、そっかぁ……(王手)」と残念そうに呟いた野獣は、今度は別の携帯端末を海パンから引っ張り出して、長門に見せた。

長門が真顔のままで呻いた。ついでに、絶望したように表情を歪めた高雄が、顔を手で抑えて天井を仰いだ。私は、変な笑い声が漏れそうになるのを堪える。

野獣がこちらに見せた携帯端末の画面には、今度は3D長門と、3D高雄が表示されていた。どちらも凄い完成度で、何故か二人共、際どいV時の紐水着を着ている。

高精彩ディスプレイの所為で、何か、色々見えて無い? 中身と言うか……。見え……。見え……。私は思わず、ディスプレイを凝視してしまう。

野分は、ちょっと恥ずかしそうに俯いてそっぽを向き、何も語らない。黙っている。まぁ、何か言おうものなら大火傷必至な状況だ。

彼は、端末の映像には気付いて居ない。落ち着いた様子で、配られたファイルに眼を落とし、何かを思案している。長門と高雄にとっては命拾いしたと言うべきか。

 

「お前は知名度も在るし、ただでさえ強力な艦娘なんだから。

一人ムスッとして腕組んでたら、遊びに来た客が皆怖がっちまうダルォ?」

 

 野獣は携帯端末を仕舞いながら、肩を竦めてながら軽く笑って見せた。

 

「お前も笑顔が似合うんだから、こういう時は、もう良いから笑っとけ。

 それだけで華が在るし、印象も変わって来るんだ。折角の美人が台無しだゾ(気障先輩)。

 な、お前もそう思うよな!?」

 

声を掛けられた彼は、すでに顔を上げて、野獣と長門を見比べていた。

 

「最初は僕も、長門さんは、少し“怖い方”だと思っていました。

 でも、先輩と居る時の長門さんは、凄く表情も豊かで、

少し失礼な言い方かもしれませんが、その……、“可愛い方”だと思うようになりました」

 

 ソファに座ったまま、少し姿勢を正した彼は、ふっと柔らかい微笑みを口許に湛えて、目許を優しげに緩めて見せる。

眼帯をしていても、十分過ぎる程の無垢な魅力と、微かに香るような色気が滲んだ微笑だった。魔性と言っても言い。不味い。変な気分になりそうだ。

頬をさっと朱に染めた野分も、彼から眼を逸らしつつ、小さく唾を飲み込んだ。高雄は何処か苦しそうに、俯いて溜息を堪えている。

「むぅ……、しょ、そうか」と、掠れた声で噛みながら言う長門も、赤い顔でそっぽを向いている。気持ちは分かる。ああいう不意打ちは卑怯だ。

 

「それじゃ、NGT。もう今日から役作りしといてやれよ?(イケボ)」

 

「わ、わかった……もん」

 

「あぁ、何? コイツとにゃんにゃんしたいって?(聞き間違い)」

 

「ち、ちが……! 違うもん! そんな事は言ってないもん!」

 

「よし!! じゃあ、TKOも、語尾に何か付けろ(飛び火)」

 

えぇっ!? と、迷惑そうに声を上げた高雄は、助けを求めるように彼を見た。

その彼は、「いいかもしれませんね」などと言って微笑んだので、高雄が半泣きになった。

 

「もうさ、“ごわす”とかで良いんじゃない?(投げやり)」

 

「ちょっと!! いい加減にしないと、オチン●ンぶっ潰しますよ!?(気炎万丈)」

 

 真っ赤な貌の高雄が吼えて、野分と長門が噴出して、私も咳き込んだ。

彼はよく聞き取れなかったのか。ちょっと怪訝な貌で、高雄と野獣を見比べている。

もう会議をするような空気じゃなくなってしまったが、まぁ、良いか。

まだ時間は在る。こういうすっとぼけた馬鹿騒ぎの中に、得難い日常の妙というものが在るのかもしれない。

そんな風に、ちょっとしみじみと思いかけたときだった。執務室の扉がノックされた。「お、入って、どうぞ」野獣が、扉の向こうに声を掛ける。

何人かの足音が入って来る。ソファに座ったままで、私は扉の方へと向き直って、思わず「わぁっ」と、小さく声を上げてしまった。

吼え猛っていた高雄や野分、それから長門も、同じ様な様子だった。

 

 ビスマルクと、プリンツ・オイゲン、それから、最近になって召還されたU‐511だった。

三人とも、彼が召還した艦娘達である。この鎮守府には、レーベとマックスも居た筈だ。

彼女達はドイツ衣装に身を包んでいるのだが、それが滅茶苦茶可愛くて似合っていた。

 

 テレビでやっていた、ドイツのビール祭りなどで見た事のある衣装だ。

ディアンドルと言う奴か。此方に敬礼してくれている三人とも、物凄く似合っている。

長身美人のビスマルクは勿論、幼い顔立ちのプリンツも、スタイルの良さが際立っていた。

少し恥ずかしげなU‐511も、普段の儚げな雰囲気が和らぎ、可愛らしさが前面に出ている。

ただ、ビスマルクとプリンツは、引き攣った様な貌で、頬を僅かに朱に染めていた。

U‐511はそうでも無いのだが、何だが気まずそうな感じだった。

多分、高雄が大声で吼えた、おちん●んぶっ潰す宣言が聞こえたのだろう。

 

「なんだお前ら? もうお祭り気分か?(呆れ)」 

ソファに深く凭れ掛かりながら、野獣が溜息混じりに言う。

 

「何その言い草!? 

衣装が出来たら着たままで見せに来いって言ったのは貴方でしょ!?」

 

ビスマルクが憤慨する。その隣に居たプリンツが、苦笑を漏らしながら、敬礼を解いた。

それから、衣装の仕上がりを見せる様に、スカートの裾を広げた。

 

「一応、こんな感じで衣装は出来ました。

基本のサイズは、私達が着ているこの三種類になります。

微調整しながら、これから人数分の数を揃えようと思うんですが、ど、どうでしょう?」

 

いつもとは感じの違う格好に、照れ笑うようにはにかんだプリンツは、凄く可憐だった。

「とても良く似合っていますよ。凄く魅力的です」 彼も笑みを零し、三人を順番に見遣る。

その彼の真っ直ぐな言葉に、「もっと褒めても良いのよ?」と、ビスマルクは腕を組んで誇らしげだ。

プリンツも、口許が綻ぶのを堪える様に、頬を人差し指でかきながら俯いた。U‐511は、「ダンケ……」と、儚くも嬉しそうな笑みを浮かべている。

 

 彼女達には鎮守府祭当日、ドイツビールのコーナーを仕切って貰う予定である。

これは野獣の案で、アルコールを振舞う許可については、もう本営から得ているらしい。

ついでに、医療・救護の為のスペシャリストチームや、ドクターヘリの待機なども本営に要請し、その協力を取り付けて在るそうだ。

この鎮守府には、救急病院と同じだけの機能を持った医務室も在るし、余程の事が無い限り対処出来るだろう。

こういう周到さが、飄々とした野獣という男の得体の知れなさを感じさせる。

とは言え、アルコールを扱う許可も得ているので、休憩所としての喫茶スペースはとにかく、食事処などでは結構などんちゃん騒ぎが予想できる。

それを捌く為には人員が必要になる。そして、その人数分の衣装準備を始めてくれているのが彼女達だった。

 

「なかなか良い感じじゃん?(上から目線)

 あとは、接客だな。もうお前らは日本語も完璧な感じなんだ? じゃあ?」

 

「あ、あの……。ゆーは、まだ……。す、少し不安なところが在ります……」

 

恐る恐ると言った感じで、U‐511が手を挙げた。

 

「その、まだ……日本語の訛りに馴れなくて……。

 黒潮さんの話言葉なら聞き取れます。……でも、早口の人だと、難しい……です」

 

「訛りがキツイお客さんが来たりしたら、ちょっと困るかもしれないわね。

 まぁ、注文を取ったりする程度のコミュニケーションだし、大丈夫だとは思うけど……」

 

 不安が無い訳では無い。アルコールが入った客から絡まれる可能性だって在る。

例え人間の肉体を超える艦娘の力を持っていようとも、U‐511は見るからに気弱そうだし、声だって掛け易いだろう。

そういう時こそ憲兵の出番では在るのだが、せっかくの祭りだ。トラブルは回避出来るに越したことは無い。

 

「それに……分からない単語も、まだ、少し在って……。

 さっき高雄さんが仰っていた、……その、“おちんち”って、単語も、初めて聞きました」

 

 いや確かに、大声で叫んでだけどさぁ……。高雄の頬が、羞恥にさっと染まった。

ビスマルクはU‐511に何か言おうとして、止めた。恐らく、大火傷をするだろう事を察したのだろう。

プリンツの方は顔を真っ赤にして俯いた。困り果てた様な野分と眼が合った。……何よ。そんな顔で見詰められても、どうしようも無いわよ。

フォローと言うか、軌道修正の仕様が無い。ただでさえ場の空気が凍り付いているのに、彼が不思議そうな貌で、「え、オピンピン?(純真)」と聞き返した。

そういえば、彼も高雄の言葉を聞き逃してたなぁ……(余計な火種)。この状況を、野獣が、黙って見ている筈が無かった。

 

「おいTKOァ! ティンポって何でごわすよ?(トドメの一撃)」

 

「野獣止めるもん! 混ぜっ返すんじゃないもん!!」 

赤い顔をした長門が、野獣にストップを掛ける。

だが、もう遅い。U‐511は、真剣そのものと言った貌で高雄を見詰めていた。

高雄は、困り果てた貌で視線を彷徨わせている。下手な事は言えない。

 

 高雄に向けられたビスマルクとプリンツの縋る様な眼差しは、どうか上手く誤魔化してくれと、言外に懇願している。

「あの……、教えて下さい。もっと、日本語の事……知りたい、です」というU‐511の言葉に、そんなの知らなくて良いから(良心)と、全員の心が一つになったと思う。

暫くの膠着状態が続くかと思ったが、別にそんな事は無かった。「あ、そうだ!(生贄の選定)。NWKは知ってるかな?」野獣が、野分の方を見た。

 

 もじもじしていた野分の表情が、今まで見た事ないくらいの驚愕に歪んだ。

野分は私の初期艦で、普段は真面目で冷静な、頼りになる駆逐艦だった。

「え、えぇ!? わ、私ですかっ……!?」あんな取り乱した野分を見るのは初めてだ。

U‐511が野分の方を見た。ターゲットが外れた高雄は、凄く申し訳なさそうな貌で野分を見詰めている。

野分は眼を泳がせながら、必死に思考を巡らせている。そして、覚悟を決めた様だ。ふぅ、と軽く息を吐き出した。

真面目な貌に戻って姿勢を正し、背筋を伸ばして、U‐511に向き直った。それから、チョークを持って、クソデカ黒板に絵を書き始めた。

この野分の行動を、この場に居た誰が予想出来ただろう。流石に、さっきまでは面白がっていた野獣も面食らうというか、鼻白んでいた。

 

 大胆で、それでいて繊細なタッチで描かれたのは、勿論、あれだ。

しかも、通常形態(意味深)、戦闘モード(意味深)の二種類が描かれている。

更に、正面と、横からの視点で描かれている。計4本だ。しかし、絵上手いなぁ。

チョーク一本で、男性の持つ肉感、力強さ、滾る血潮の熱さが伝わってくる絵だった。

しかも無修正。そういえば、秋雲の手伝いを良くしていたらしいが、練習してたのかな?

そんな茶々を入れられる空気では無い。終始、野分が真剣な貌だったからだ。

焦った様子の野獣が「やべぇよ、やべぇよ……(小声)」と私に耳打ちしてくるが、そんなもの見れば分かる。

だが、“真面目空間・ノワッチワールド(固有結界)”とでも言うべき空気に呑み込まれ、誰も動けなかった。

芸術的とさえ言える肉棒を描き終えた野分は、コホンと軽く一息吐いて、ポカンとした様子のU‐511に向き直る。

ビスマルクとプリンツが、『マジかよこいつ……』みたいな貌をしていた。気持ちは凄くよくわかる。

 

「此方が、男性のおち、おちん、……その。おちちん……。おち……」

 

「申し訳無いけど、マジレスはNG。そんな図解までしなくて良いから(降参)」

チョークで黒板を指しつつ、真面目な顔を赤くしながら、一生懸命口をパクパクさせる野分に、野獣が参った様に呟いた。

それと同時だったろうか。続いて、執務室の扉がドバァンと派手に開かれた。全員の肩が跳ねる。変な声が漏れそうだった。

 

「いざぁ……♀!!(レ)」

ノックも無しにテテテテッと駆け込んで来たのは、メイド服を着込んだレ級だった。

メイド服の上から、ネコミミの付いた黒フードを羽織っている。凄くよく似合っていた。

やんちゃそうで無邪気な笑顔も相まって、かなり可愛い。深海棲艦だと失念しそうになる。

長門も何だかトキメいて居るような貌をしているし、野獣も、「へぇ、ええやん!」と笑っていた。

ただ、この鎮守府に来て日が浅い私や野分は、流石に身体を強張らせてしまう。深海棲艦の上位個体と接触する鎮守府など、此処くらいのものである。

そう言えば、さっきの企画書にも、『喫茶カフェヲレ』なる表記があったのを思い出した。私が、野獣の方を一瞥すると眼が合った。

 

「まさか、深海棲艦まで祭りに駆り出す気なの?」小声で聞く。

 

「流石に其処まで嵌めを外したりはしないゾ。

まぁコイツ等も、その辺は弁まえてるからね。大丈夫大丈夫!

レ級達には、採寸取るモデルになって貰ったんだゾ」

 

 野獣が言うと同時だったか、レ級を追うようにして、天龍と木曾、それから不知火が現れた。メイドコス作りは、天龍達が手伝ってくれているらしい。

三人とも、黒と白を基調にした、シンプルなメイド服姿だ。頭飾りもカチューシャもしていない。彼女達も、野獣から呼び出しが在ったのだろう。

不知火はいつもの真面目な貌だが、天龍と木曾は思いっきり貌をしかめている。恥ずかしいんだろう。顔が赤い。

不知火や天龍、それに木曾も、元が美人だから普通に似合っている。ただ三人共、ちょっと眼つきが鋭すぎるのがネックだろうか。

不機嫌そうな態度のせいで妙な威圧感が在り、何と言うか、可愛い格好の癖に、全体的に物騒な雰囲気を纏っているのだ。

ビスマルク達も天龍達を見て、素直に可愛いとも言えず、似合っているとも言えず、何とも言えない表情になった。

露骨に怯えた様子のU‐511。頬を引き攣らせている高雄と長門、気まずそうな野分。ニコニコ微笑んでいる彼に、ニヤニヤと笑う野獣。

私とプリンツは、乾いたぎこち無い笑みを浮かべている。楽しそうなのはレ級だけだ。

 

「どうじゃ!?(レ)」 と言って満面の笑顔を見せるあたり、着せて貰ったメイド服について何か一言欲しいようだ。

不知火と天龍、木曾の三人は、何か文句あんのかよ?(威圧)みたいな空気を纏いつつ、野獣を睨んでいる。

しかし、黒板に描かれた、芸術的とさえ言える4本の♂シンボルに気付き、不知火がずっこけそうになり、天龍は眼を逸らし、木曾が大慌てで俯いた。

 

「いつもと雰囲気が違って、とても可愛らしいですね」彼は、レ級だけでなく、全員に微笑みながら言う。

レ級は「シシシシシ♪」と笑いながらも、照れた顔を隠すみたいに、ぎゅっぎゅっとフードを目深く被った。

 

「陽炎と黒潮から、少し簡素過ぎるという意見が出ました。

メイドの服の種類には、もう少しバリエーションが在った方が良いでしょうか?」

 

 彼の言葉に応えた不知火もほんの少し頬が赤い。

褒められて嬉しいんだろう。しかし、冷静な様子だ。

 

「お前らはアレだな。

メイド服着たら、何かの特殊部隊みたいだな!(溌剌とした笑顔)」

ソファに深く座りなおした野獣は、ここでも直球勝負だった。

 

「何その最低な褒め言葉……」思わず、私は野獣をねめつけてしまう。

 

「うるせぇんだよ野獣。

 着てまんま仕上がり見せに来いって言ったのはお前だろ。

 つーか、何をデカデカと黒板に書き出してんだよ。ちゃんと会議しろよ」

 

 ちょっと恥ずかしそうな天龍が、不味そうに顔を歪めて言う。

 野獣も、不本意そうに貌を顰めた。

 

「ゆーちゃんがオピンポの事を知りたいって言ったから、皆で知恵を出し合ってたんだYO!!(事実の齟齬)

なぁ、えぇ!? おいKS!! ちょっとバビッと男らしく言ってくれや! ウェア!!」

 

 野獣は、天龍達の後ろの方で俯いていた、一番余裕の無さそうな木曾を狙い撃ちした。

全員が木曾を見た。元凶を作り出した高雄は、今に自爆しそうな貌だった。

飛び火を恐れているのだろう長門は、わざとらしい深刻な貌のままで黙ったままだ。

木曾の応えに期待し、U‐511と彼は、その瞳を無邪気に輝かせていた。

ビスマルクとプリンツは戦々恐々とした様子で成り行きを見守っている。最悪の状況だ。

「わ、悪ぃ……。お、俺も、難しくてわかんねぇ……(フェードアウト)」

俯いたままの木曾が半泣きになった。そのフォローに入ったのは、レ級だった。

 

「だらしねぇし……(レ)。ちと、来い(レ)」

 

 レ級はやれやれと肩をすくめながら、U‐511の傍に歩み寄った。

ついでに、右手で木曾の手を引き、左手でU‐511の手を握る。U‐511が身体を強張らせた。

そりゃあ怖いだろう。気持ちは分かる。もともとは殺戮の化身だし、レ級とは暴力と災難の象徴だった。

ただレ級の方は、その紫水晶の様な瞳に☆を浮かべ、キリッとした表情を浮かべて、力強く頷いて見せた。

 

「もっとエッチを学ぶべき!(レ)」

そう言って、レ級は木曾とU‐511を連れて、執務室から去ろうとした。

「ちょっと待ちなさい!! 何処に行くの!?」ビスマルクが慌てて止める。

レ級は『ん?』みたいな感じで振り返り、ビスマルクを安心させるように頷いた。

 

「日本語の勉♀強しに行くべ!

ケツの穴はな、蕾が気持ち良いぞ?(レ)」

 

「何のアドバイスよ!? いきなりお尻とか駄目よ! ゆーちゃんこわれる!!」

ビスマルクが叫ぶ。

 

「ビスマルクも……どうじゃ!?(レ)」

 

「お、そうだな! NGTも鍛えて来いよ?(何処とは言って無い)」

 

「しないもん!!(激怒)」

 悪ノリし始めた野獣に、長門が怒鳴った時だった。

 

「フッ、随分待たせたようだな(威風堂々)」 

 ペンギンの着ぐるみを着た武蔵がノックもせずに乱入して来て、執務室が静まり返った。

一同が、いや誰も待ってませんけど……、みたいな貌になっている。

興奮気味に眼を輝かせているのはレ級だけだ。「シブヤン海の様には行かないぜ?」

自信に満ちた武蔵に続き、猫の着ぐるみを来て、恥ずかしげな貌の大和が入って来た。

その後に、カタツムリに似た大掛かりな着ぐるみを纏った陸奥が続いた。陸奥の目には光が灯っていなかった。

其処へ、「ファッ!?」 よどよど☆よどりんじゃんけん練習を終えた大淀が、カウンターバースペースから戻って来て、魂が抜けた様な貌になった。

 

 無理も無いと思う。一気に人口密度が増しただけでなく、混沌とし過ぎて収拾がつきそうに無いのも一目で分かるレベルだ。

メイド服を着込んだ不知火達、ディアンドル姿のビスマルク達、巨大な猫とペンギンにカタツムリ。

其処に加え、クソデカ黒板には雄雄しいフランクフルトが4本、豁然として

デカデカと描かれているのだ。あー、もう。滅茶苦茶だよ。

既に祭り熱気を先取りするどころか、行き過ぎて何かの儀式場みたいになっているこの惨状に、大淀が卒倒しそうになっていた。

 

 私達は、何の会議をしてたんだっけ……。

虚空へ問いかけそうになった時だ。野獣の持つ携帯端末から、電子音が響いた。

野獣は端末を操作して、ディスプレイに視線を走らせ、ふむふむを頷いている。

そして、ニヤッと口の端を歪めて見せた。あれは、何か面白いものを見つけた貌だ。

嫌な予感がしたのは、多分私だけじゃない。

 

「AKSから連絡が在ったゾ。

幾つかのイベント用アトラクションが、一応テストプレイの段階まで来たみたいだから。

 この際だから取りあえず、お前らもプレイヤーになっとこうか?(悲劇の引き金)」

 

 多分、まだまだこの騒々しさは増して行くんだろう。

 本当に、楽しい鎮守府だと思った。(小学生並の感想)

 


















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