9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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≡5 兼愛

 地球とシムリアの『共存』、その一歩目となる食事会にて。

 その男は唐突に現れた。

 

「やあやあシムリアの皆さん、遠い星からはるばるようこそ。オレ―――ジブンはしがない地球の老人です。名前も身分も特に無いんで、気軽に『九尾さん』とでも呼んでくれ」

 

 思わず身構えるシムリアの代表とその一同。

 廊下の先から歩いてきただけの人物に対して過剰にも思える反応は、けれど彼らからすれば当然のものだ。

 

 金髪に狐面、自分達(シムリア)にも似た民族衣装の地球人。

 地球では呪術師と呼ばれる、呪力(ロロルカ)を扱う力を持つ者。

 だが―――戦士たちは戦慄する。

 その内に秘められし力の規格。

 まるで一個の災害が服を着て歩いているかの如き、圧倒的存在感。

 

「―――っ」

 

 息を呑む音が重なって響く。

 肌を刺すような迫力。

 骨を軋ませる圧迫感。

 心臓に氷の杭を打ち込まれたみたいだ。

 体は凍るように冷たくなっていくのに、脳髄だけがやけに熱をもって、満足に呼吸が続けられない。

 

 そんなシムリア人たちを前に。

 不敵に佇む狐面の男が、ゆらり、その肉体を駆動させる―――。

 

「……あれ。オレ、何か失礼働いちゃった?」

 

 その不思議そうに首を傾けるだけの動作に、場を支配していた緊張は少し弛んだ。

 すっかり氷解とはいかないものの、先が絶対零度なら今は平和な雪国くらいだ。

 そんな空気の中。

 集団を代表して、その場で唯一動けた者―――ダブラが一歩前に出る。

 

 敵対のためではなく、敵意がないことを示す為の前進。

 それに狐面の男が応え、にこやかに笑う。

 

「おお、キミが噂のダブラ代表さんか。地球へようこそ、カッコいい角ですネ」

「……歓迎、感謝する」

 

 どこかぎこちないものの、友好的な挨拶。

 がしり。

 両者の柔らかな握手で、ダブラの後ろに居たシムリア人たちの警戒は今度こそ完全に霧散した。

 と、狐面の奥から覗く瞳がダブラの背後を見やる。

 

「んで、耳飾りのお洒落なそちらの人は『造営官』さんでよかったかな?」

「ええ。ジャバロマと申します」

 

 今度はジャバロマとも握手を交わす狐面。

 だが……少し唐突ぎみに、狐面の表情が強張った。

 

「よろしく、ジャバロマ……さん。えーっと、オレ八十超えてるんだけど、流石に年上ってことはない……です、よね?」

「はい? え、ええ。驚きましたね。その、貴方は地球の中でも特別長寿な種族、ということですか?」

「あー、ソイツは術式……ロロルカ? の関係で。まあ色々複雑だし、出来ればお互い敬語はナシでいきたいんだけど、どう?」

「どう、と言われましても……」

 

 ジャバロマが柔和な顔立ちを困惑に淀ませる。

 そんな彼への助け船は、狐面の背後から現れた。

 

 げしり。

 狐面の男に蹴りを入れながら、白髪の少女が乱暴に会話に割って入ったのだ。

 

「……ジジイのバカ。お客サマが困ってんだろーが。帰った帰った」

 

 乱入者の名は五条(ごじょう)(れい)

 普段から遠慮のない愛弟子へ、師匠もまた遠慮なしにぼやく。

 

「えー、まだ全員と握手し終わってないんだけど。偉い人とだけ挨拶するなんて不公平っぽいじゃん。それに折角なら、オレもタコパに参戦とかしたいんだが?」

 

 だが、怜の遠慮のなさ、容赦のなさは師匠である狐面の比ではなく。

 

「あのさ。ジジイのせいで地球人が全員バカだと思われてもいいワケ?」

「……はい、よくないです。年寄りは大人しく引っ込みます……」

 

 正論と共にぎろりと睨まれて、頭の軽さを自覚する老人はすごすごと引き下がるしかないのだった。

 

 現れたときの圧倒的存在感と、反抗期の娘に言い伏せられる情けない父親のような今の姿。

 男の立場(ポジション)が分からない、と益々困惑するシムリア人たち。

 そんな衆人環視の中、追い払われた狐はふと何かに思い至ったように振り向いて。

 

「あ、裏方の手伝いくらいはいいよな?」

「逆に邪魔になるだけでしょ普通に考えて。いいから帰れボケ老人!」

「いたた、分かったって。それじゃ、弟子が怖いのでこの辺で。()()()シムリアの皆さん!」

 

 げし、と再び尻を蹴られ、涙ながらにその場を後にするのだった。

 

 尾のように金髪を揺らしながら去っていく背。

 嵐のような男だった……と、場の誰もがそう思った。

 

 だが……数時間後。その判断は早計だったと彼らは知ることとなる。

 なにせ―――彼が嵐を引き起こすのは、これからだったのだから。

 

 

 

 

≡伍≡

 

 

 

 

「―――という訳で、また会ったねシムリアの皆さん。今日からナウナクスでお世話になります、地球からの難民第一号です。ま、名前も身分も特に無いんで、『九尾さん』とでも呼んでくれ」

 

 食事会も終わり、シムリア人たちが帰還したナウナクスにて。

 つい先日『共生』が決定した議事堂の中心で、狐面の男は楽し気に笑った。

 

 集った全員が絶句する。

 冗談のような内容、悪い夢のような光景……されど確かに肌を焦がす、隠しきれない圧倒的な武力。

 それを前にして、感情を呑み下しきれなかったルメルの戦士・オスキが叫ぶ。

 矛先は男を連れてきた双子の弟。

 

「どういう事だよクロス!」

「……聞いての通りだ。本人が難民を希望していたから受け入れた」

「説明になってねーっつーの!」

 

 だん、とオスキが激昂して机を叩く。

 だがクロスは動じず、黙して目を伏せるのみ。

 普段通りの無表情(ポーカーフェイス)、その胸中はいかばかりか……。

 

(正直、かなり苦しいが……ここはこれで押し通すしかない)

 

 いや、クロスも割と頭を悩ませていた。

 

 そう。

 クロスもオスキたちも、同じく「振り回される」側。

 彼等を「振り回す」のは当然―――議事堂じゅうの注目を一身に受ける狐面の男である。

 棘を超えて槍めいた視線たち、そこに込められた警戒・猜疑・忌避・敵意……それらの負の感情に気付いているのか居ないのか。

 男は尾のような金髪を背に揺らし、朗々と語り出す。

 

「えー、皆さん不安に思っておられるだろうが、安心してくれ。オレはキミたちに一切危害を加えられない。『加えない』じゃなくて『加えられない』。そういう風にダブラ代表・クロス特使両方と『縛り』を結んだからな」

 

 がしり、と両手で示すは握手のジェスチャー。

 物怖じせず説明を続ける姿はどこか教師のようだ。

 だからだろうか……誰もが二の句が継げない状況の中、男だけが一人語り続ける。

 

「『縛り』。呪術における重要な因子のひとつだ」

 

 ぴ、と男が立てた指は三つ。

 

 一。ナウナクス内に居る間、シムリア星人に一切の危害を加えない。

 二。ナウナクスを傷付けない。

 三。以上を条件とし、ナウナクス内に難民として受け入れてもらう。

 

「『縛り』の事は知ってるかい? 知らない? まあ簡単に言えば、破ったら即座に(のろい)を受ける呪術契約だな。ダブラ代表・クロス特使の両方が、常にオレの心臓を握ってる、と考えてもらっていい」

 

 そう、何でもないように。

 本当に何でもないように言うものだから、さかしまに、その言葉には妙な真実味が宿ってしまっていて。

 

 シムリア人たちが思わずダブラ、クロスに視線を飛ばし……両名が頷く。

 それを裏付けとして十分と見て、狐面の男は何が楽しいのか快活に笑った。

 

「まあそう言うコトで、オレは空気と同じくらい無害ってワケ。どう扱うかはキミたち一人一人にお任せするが、ま、同じ『難民』どうし仲良くしてくれると嬉しいな」

 

 そうやって。

 冗談みたいな理屈と笑顔で、謎の『難民』は宇宙船(ナウナクス)に乗り込んできたのだった。

 

 

 

 

≡伍≡

 

 

 

 

 『難民』の受け入れ決定後。

 議事堂から程近いナウナクスの廊下にて、ガン、と壁を殴りつける音が響いた。

 八つ当たりめいて拳を振るったのはオスキ。

 彼は先程の憎たらしい狐面を思い出し、複雑な苛立ちを言葉で吐き出す。

 

「ふざけやがって、何が難民だ。どう考えてもルメル(こっち)の内情を探るための地球の密偵(スパイ)じゃねえか!」

 

 そんなオスキを、彼の友人で戦士仲間であるダパが窘める。

 

「落ち着けオスキ。一応名目は『難民』なんだぜ。俺たちの立場で受け入れない訳にも……」

「名目だけはな! それに、俺はまだ共存の件だって……!」

「……いや、もう無理だろ。アイツはドゥーラどころじゃない、ダブラ級だ。どっちが強いかまでは分からねえが、ぶつかればお互い無事じゃ済まねえって。強硬策を唱える連中も殆ど消えちまったしよ」

 

 ダパの言葉は正論だ。

 正論故にオスキは押し黙り、正論だからこそその憤りは増していく。

 と、そんな会話に混ざるのは、今まで事態を静観していた三人目の戦士仲間、シャック。

 

「……でもようダパ。アイツってウチの難民なんだろ? なら実質、味方にダブラが増えたようなもんじゃ……」

「バカ、ンな訳ねえだろシャック! 難民なんて偽装に過ぎねえ、アイツは地球の密偵、戦争になればあっち側に付くに決まってるだろうがっ」

「なら、猶更受け入れるしかねえだろオスキ。徒に事を荒立てるのは避けるべきだ」

 

 ダパの冷静な意見によって、その場は辛うじて収まったように見えた……。

 

 

 そんなやりとりを、物陰からひっそりと聞いていた者が居た。

 

(……存外、上手くいっているな)

 

 それはこの騒動の仕掛け人であるクロス当人。

 彼は気配を殺し、強硬派の中心であるオスキの反応を観察していたのだ。

 

(予定通り、あの男は抑止力として働いている。やはり戦士たちと接触させたのは正解だった……)

 

 クロスの目的、狐面の男を使った強硬派への牽制という目的は充分に達成されたとみて間違いない。

 『共存』実現のための進歩を考えれば、払った対価は安すぎるくらいだ。

 

(とはいえ、『難民になりたい』というのは予想外に過ぎたが)

 

 地球側にも『狐面の男』という抑止力が要る……そんなクロスの要望に、かの男は快く応えてくれた。

 その代わり、「ナウナクスに難民として受け入れてもらう」ことを条件に。

 

 意味不明どころか一見矛盾する両者だが、じっさい両立させる方法はある。

 簡単だ。

 「あの男は戦争になれば地球側に付く」……と、そうシムリア側に思わせておけばいいのだ。

 

 そしてそのためには、特に策を弄する必要もない。

 言うまでもなく……当然、誰も余所者を信用などしないからだ。

 それもあんな奇天烈な方法で懐に入ってくれば、厭でも警戒せざるを得ない。

 それはオスキたちの態度が証明している。

 

「……だが、貴方はこれからどうするつもりだ?」

 

 かの狐面を思い出しながら、クロスは思わず呟く。

 彼の目的は本人曰く、交流を通して『難民』と『シムリア人』について知ること。

 だがこうやって警戒されている以上、満足に交流など出来ないハズ。

 何か考えがあるのか……それとも、何も考えていないのか。

 暫く様子を見るべきだな―――と、クロスは新たな頭痛の種に眉間を抑えた。

 

 

 

 

≡伍≡

 

 

 

 

 ナウナクス内の広場にて。

 そんな件の問題児は―――。

 

「うーん。思ったより歓迎されてないな!」

 

 当然、何も考えていなかった。

 

 狐面の男、その言葉に一切の噓偽りはない。

 彼の目的は『難民』という立場で『シムリア人』と交流し、あまり知らないそのふたつについて体感すること。それ以外は何一つ考えていない。

 要するに、知見を深めるため身一つで故郷を出る気儘な旅人の気分(マインド)だ。

 そんなこんなで、いつものように即断即決ド真ん中ストレートを突き抜けた彼だったのだが……。

 

「あのー」

 

 近くにいたシムリア人に話しかけると、サッと慌てて距離を取られる。

 

「なんか仕事とか欲しいんだけどー」

 

 ならば反対側、と首を向けても結果は同じ。

 完全に腫れ物状態、誰ひとりとして言葉ひとつ交わしてはくれない。

 

 乗船から約三時間。

 ずっとこの調子で、とうとう男は崩れ落ちた。

 

「困った。マジで避けられてる……やっぱお面が悪いのか? ひょっとことかおかめのほうがウケがよかったのかねぇ……?」

 

 いじいじと床に「の」の字を書く御年八十五歳。

 道行くシムリア人にぎょっとした目を向けられながら、彼は仮面の下で考える。

 

(あるいは……これが『難民(よそもの)』としての苦難なのかねぇ)

 

 シムリアの社会にとって男は異物だ。

 今まで無くても回っていたのに、そこによく分からない異物を加えろと言われたって、納得できる者は少ないだろう。

 そういう反感や無関心は、難民(かれ)に苦難として襲いかかってくる。

 

(……うん。まずはこの状況をどうにかしねえと、シムリアの人たちを知る、なんて夢のまた夢だな)

 

 決意し、すっくと立ちあがる。

 

 ……とはいえ、どうするか。

 こういう時智慧を授けてくれる友人たちも今は居ない。

 孤立無援、四面楚歌。

 なるほどこれが『難民』か……としみじみ頷く彼の下へ、けれど近付く影がひとつ。

 

 じりじりと。

 おっかなびっくり近付いてきたその人物に、狐面は考え事をやめ視線を向けた。

 

「―――おや。オレに何か用かい?」

「!」

 

 びくぅ! と肩を跳ねさせる三つ目のシムリア人。

 その頭は狐面よりも大幅に低く。

 つまり―――それは子供、幼い少年であった。

 

(ふむ。地球人とシムリア人の成長速度が同じとして、小学生、十歳前後ってトコか?)

 

 そんなシムリア人の子供は、狐面を見上げて硬直していた。

 震える体にあるのは怯え、か。

 その喉は未知の存在を前に引き攣っており、問いに答えを返せるようには見えない。

 果たして……その緊張を解くように、狐面の男はしゃがんで視線を合わせ、笑いながらおどけた声を出した。

 

「黙ってちゃ折角の勇気が台無しだぜリトル・ヒーロー。ホラ、おじいちゃん怒らないから言ってみな?」

 

 にかり、豪気ながらも爽やかな笑顔。

 それが功を奏したか、少年は震えながらも声を取り戻す。

 

「ラ、ラガクがいけって……『さわれたら仲間にいれてやる』って……」

 

 それで狐面の男は、だいたいの事情を理解した。

 少年の背後……物陰に隠れてこちらの様子を窺っている、同年代の男子たち。

 この少年は彼等にそそのかされて狐面に接触を試みたのだろう。

 ちらり、と狐面の男は遠巻きの視線を確認し。

 

「ほう。なら―――」

 

 少年の手を取って、自分の胸にポンと当てさせた。

 

「わ」

 

 まるで狐面自身を殴らせるような仕草。

 焦る少年に、狐面の男は「よくやった」と言わんばかりの悪戯っぽい笑顔を向ける。

 

「コレでミッション達成だな。オレは名無しの九尾さんだ。キミ、名前は?」

「デ、デン!」

「よろしくなデン。んで、ラガクってのはあの子か?」

 

 先程から覗き見している子供たちを指さす狐面。

 バレている、と知って蜘蛛の子を散らすように逃げ出す子供たちの中で、リーダー格と見られる男子だけが逃げ遅れ、その場に取り残される。

 そんな彼の姿を三つの目で検めて、少年・デンは頷いた。

 

「う、うん。『戦士』になるなら、おまえみたいにオクビョーモノじゃダメだって……どきょうを見せてみろって……」

「……ふむ。じゃ、報酬を貰いにいかなきゃな。オレも一緒に行っていいか? デン」

 

 言って、狐面の男は少年の手を取り歩き出す。

 当然、金縛りにあったかのようにその場に立ちすくむ活発そうな男子の下へ。

 やはり十歳前後らしい少年、デンよりも元気そうな彼は、近付いてきた狐面を見上げ精一杯の虚勢を張る。

 

「な、なんだよ!」

 

 だが、狐面はそれを柳のような微笑で受け止め……代わりに傍らのデンを身構える少年と引き合わせた。

 

「ラガクだよな? ちゃんと見てたか、デンの雄姿」

「え……見てたけど」

「なら、デンに言うことあるよな? 約束なんだろ?」

 

 虚をつかれたラガクが、素直に視線を下げデンを見る。

 そうして彼は数秒沈黙したのち。

 

「……おまえスゲーなデン! このヘンなヤツをてなづけちまうなんて!」

 

 爆発するように、そうやって目を輝かせながら両手を広げた。

 予想外の反応に、デン少年の目が丸くなる。

 

「え―――」

 

 だが予想外はそこで終わらず。

 

「そうだ、デンは凄いぞ。オレも手懐けられちまいました」

「え、えぇー!?」

 

 狐面の男がそんな風に笑いかけるものだから、ラガクの感心しようはいっそう大袈裟になって、デンは動揺を隠せないのであった。

 と、固まったデンと入れ替わるように。

 ラガクが子供らしい好奇心で狐面に問いかける。

 

「なーヘンなヤツー、名前はー!?」

「あー、名前は無いんだよなあコレが。九尾さんでもお面の人でも、何でも好きに呼んでくれ」

「ナニソレー、変なのー」

 

 子供らしい純粋な感想。

 そんなラガクとは同年代ながら、臆病とも思慮深いとも言えるデンは、申し訳なさげに名無しの狐へ理由を尋ねる。

 

「な、なんで名前がないの……?」

「うーん、覚悟の証として棄てたというか、行政的にもそういうことになったんだから従っとくかというか……ま、そうだな。ココはひとつ、『難民だから』ってコトにしといてくれ」

 

 いいこと思いついた、なんて呟きとは裏腹に……その顔はどこか寂しそうだった、ようにデンには見えた。

 と、そんなデンとは違い遠慮ナシのガキ大将が快活に叫ぶ。

 

「だったらキュウだ! キュウって呼んでやる!」

「お、ありがとうラガク。素敵な名前だ」

「ぼ、僕はキュウビ兄ちゃんで……」

「デンもありがとう。ただオレお兄ちゃんって年齢(トシ)じゃないんで、『じいさん』とかのが嬉しいかな」

「ナニソレー。キュウ、全然じいちゃんじゃないじゃん。ボロ爺とかはもっとしわくちゃでちっさいぜー?」

「あー、まあ、地球人ならそういう場合もあるってコトでここはひとつ。……ウン、まあ嘘は吐いてないよな、実際オレだけじゃないんだし」

 

 ぶつぶつと言い訳めいたことを呟きながら、男は面の下で柔らかく目を細めた。

 

(うん、子供はどこでも変わらんね。元気な笑顔にちょっと安心だ)

 

 先程まで難民として遠巻きにされていた男は、随分と久しぶりに思える会話に相好を崩す。

 遠い宇宙を隔てていても、子供の純真さは変わらない。

 そんな共通点と気安い会話が、己の中にあった境界を溶かしていくのを、男は静かに感じていた。

 

 とはいえ会話は終わらない。

 子供の体力と好奇心が底無しなのも、また変わらない真理なのだから。

 

「ふーん。じゃあさー、キュウは何さい?」

「えーと、確か八十五だったかな」

「はちじゅうー!? 見えねー、うそついてんじゃねーのー!?」

「ちょ、ちょっとラガク、シツレイだよ!」

「デン、代わりに怒ってくれてありがとな。でも悪い、オレは失礼とか気にしないんだ。年齢に説得力(かしこさ)が付いて来てねーのは事実だし? そもそもオレ的には、子供には遠慮してほしくないんだよな……オレの弟子とか遠慮なく尻蹴っ飛ばしてくるけど、そういうのもひっくるめて可愛いもんさ。なんで、デンももうちょい好き勝手やっていいんだぜ? ま、人の為に怒れるその優しさは間違いなく美徳だけどな」

 

 そうやって、狐面の男は子供の好奇心に真っ正面から付き合い続け……。

 

 暫くすると、狐面の男は公園で一番人気の遊具状態になっていた。

 蟻のように男へ群がる子供たち。

 手を引く男子や宝物を自慢する女子はおろか、遊具によじ登るように男の首元にしがみついた勇者まで居る。

 理由は物珍しさと面白さ。

 そして自分たちを子供と無碍にしない男への好感と、身を預けるに値する安心感。

 中には偶に親が来て引き剥がされる者も居たが、自分から離れる者は少なかった。

 子供たちはその剥き出しの本能(センサー)で以て、男が無害な存在であると、大人たちよりも早く理解したのだ。

 

 と、そんな最新の遊具(アトラクション)に近付いて来る、場違いな大人の姿があった。

 

「―――何やってんだおまえら! ソイツから離れろ!」

 

 ルメルの『戦士』、オスキだ。

 普段の面子、ダパとシャックを引き連れ現れた彼は、怒鳴り声をあげて群がった子供たちを追い払う。

 蜘蛛の子を散らすように遊具から離れる少年少女。

 残った僅かな子供―――彼の首元にコアラのようにしがみついていた少年が、オスキに乱暴に引き剥がされ床に放り出される。

 

「何すんだよオスキ!」

「ラガク、おまえコイツが何なのか分かってんのか……!?」

「? キュウはキュウだろー?」

「違う、コイツは地球人の密偵(スパイ)だ! 危ねえから近寄るんじゃねえ!」

 

 危機感のない子供たちを怒鳴りつける……否、叱りつけるオスキ。

 その迫力に子供たちは縮みあがり……。

 

 幼い彼等を庇うように、狐面の男はオスキの視界に割り込んだ。

 

「ヘイ青年。オレに用でもあるのかい?」

「っ、ああ。今すぐこの船から出て行け地球人!」

 

 真っ向から浴びせられるオスキの怒声。

 それをどこ吹く風と受け流し、狐面の男はどこか他人事めいた態度で応対する。

 

「ソイツは困ったな。オレは難民、ここを追い出されちゃ行くところもないんだし……」

「嘘ついてんじゃねえ! どうせ地球の密偵(スパイ)だろうが! 裏でどんな工作をするのかは知らねえが、そんな奴を馬鹿みたいに放置しとくワケねえだろ!」

「ふむ。一応『縛り』の件は説明したと思うが、抜けがあったかな?」

「何がシバリだ。信用できるか、そんなの!」

 

 微塵の焦りも見せない男の態度は、オスキにとっては火に油だ。

 どんどんと冷静さを失っていくオスキ。

 衝突はもはや不可避だが……狐面の男の五体には、『戦闘不可』という見えない(しばり)が巻き付いている。

 

「うーん、オレもまだ追い出されたくはない、が……」

 

 事を荒立てるのは得策ではない。

 ここが我儘を通す限界か、と男が頭を掻いたときだった。

 

「キュウビさん……」

「キュウ、出ていっちゃうのか……?」

 

 自分に懐いてくれた子供たちの悲しそうな声。

 それが、男に抵抗の理由を与えた。

 

「……よし」

 

 決断は早かった。

 切り替えは一瞬だった。

 その男はいつだって、やると決めたらその瞬間から全速力を出せる生き物なのだから。

 

 かくして狐面の男は、自分を追い出そうとヒートアップするルメルの戦士に向き直る。

 

「そうだな―――青年。キミ、名前は?」

「……オスキだ」

「じゃあこうしよう、オスキ。オマエは一日一回、オレと地球式の『力比べ』をする。オマエが勝ったらオレは(ここ)から出ていこう。だがオレが勝ったら、その日一日はオレを追い出すことを諦めてもらう。これを『縛り』として勝負する。

 どうだ? コレならオマエも『縛り』の効力を知ることが出来るし、上手くやれば気に入らない余所者を排除できるぜ?」

 

 『縛り』の都合上、殴り合いを演じる訳にはいかない。

 だがルールありでの『力比べ』なら、その縛りをすり抜けられる。

 

 そんな男の思惑がどこまで伝わっていたのか。

 それは重要ではない。

 なにせオスキにとって、男の提案を断る理由はない。

 どうせ最後には強硬手段に出るつもりだった。その間にひとつ段階が挟まっただけだ。

 

「……後悔するなよ」

「ありがたい。じゃ、今日は三択だな。直感で選んでくれ。『腕相撲』『指相撲』『押し相撲』。どれがいい?」

 

 シムリア人のオスキには聞き慣れない響き。

 少し迷ってから、どれも同じことだと勘で選ぶ。

 

「……『腕相撲』だ!」

「よしきた。じゃ、ルール説明だ」

 

 ルール説明を終え、ダパとシャックに手頃な台を持って来て貰う。

 胸より低い箱の土俵(リング)

 それを挟んで狐面の男を睨みながら、オスキは必死で勝利をイメージする。

 

(要するに、シンプルな腕力比べじゃねえか。俺のほうがガタイもいい、腕も太い。ロロルカの量やスピードとかで負けてても、組み合っての腕力勝負なら負けるわけねえ……!)

「頑張れよーオスキー」

「負けるなオスキー」

「うるせえ! 集中させろバカ!」

 

 ダパとシャックの応援も今は煩わしい。

 というかついてきただけの彼らの応援には真剣みが無くて鬱陶しい。

 

 オスキとて、狐面(てき)の強さは織り込み済み。

 正確な戦力差が読めている訳ではないが、まともに戦えば勝ち目は薄いと痛いくらいに感じている。

 だが……自分の得意分野である腕力だけなら、あるいは。

 

 台の上で互いに肘を立て、腕を組む。

 やはり腕の太さ、体格の差は歴然だ。

 筋骨隆々なオスキに対し、狐面の男は筋肉質ではあるもののどちらかといえば細身。

 生まれ持った骨格(フレーム)の差、種族の差だろう。こればかりは修行ではどうにもならない。

 これなら……と少しだけ余裕を取り戻すオスキに対し、狐面の男はやはり平静そのものの様子で、傍の子供に指示など飛ばしていた。

 

「よし、じゃあデン。レフェリーはオマエに任せる。好きな時に『レディー、ファイッ!』って言ってくれ。ソレが試合開始の合図だ」

「ぼ、ぼくでいいの?」

「応。頼んだぜ、デン」

 

 それに対してはオスキも異論はない。

 合図など誰がしても同じだし、それが居合わせた子供ならまず公平に違いないだろう。

 

 ゴングは少年(デン)に託された。

 既に腕は組み合っている。

 いつ戦いが始まってもおかしくない状況。

 今か今かと合図をまつオスキの心境は、西部劇の決闘に似ている。

 どくどくどく、意志と無関係に加速する鼓動。

 組んだ腕は互いに噛み付いているようで、その五本の牙に神経を集中させる。

 じわり、緊張からか発汗する。

 たらり、頬を伝う一筋の汗。

 それが顎にまで流れ、雫となって落ち、台の上で弾けたその瞬間―――。

 

「れ、レディー・ファイ!」

 

 ゴングが鳴った。

 瞬間、爆発するはオスキの呪力(ロロルカ)

 

「―――おおッ!」

 

 自画自賛するほどの反応速度。

 膨張する筋肉と全身より噴き出すロロルカの激流。

 一瞬でギアをトップまで持っていく、歴戦の戦士の瞬発力。

 

(先手必勝!! 調子に乗りやがって、その油断を後悔させて―――)

 

 全筋力、全体重、全呪力(ロロルカ)を乗せた初動。

 押し切れる、と確信し吊り上がる頬。

 そうして、オスキは。

 

 倒した、と錯覚した細身の腕が、開始位置から一ミリも動いていないことに気が付いた。

 

 山……!?

 

 脳を襲った幻視(イメージ)はそれ。

 雄大な自然と組み合っているようだ。

 どれだけ力を込めても、体重をかけても、握った(やま)はびくともしない。

 さかしまに安心感さえ感じてしまう不動の(かいな)

 その持ち主は、ふわり、何の圧力も感じていなさそうに軽やかに笑う。

 

「お、中々やるなオスキ。良い呪力強化術……この場合はロロルカ強化術か? 肉体も鍛え上げられている。実はコツコツ修行するタイプだったり?」

「ぐ、ぬぅうううああああ……ッ!」

 

 噴き出る脂汗、浮かび上がる血管、外聞など気にせず振り絞る全力。

 こんなのが現実と認めてなるものか、と彼の全身が叫んでいる。

 たった一本の腕を否定するため、その全てを薪に燃え上がっている。

 だが……動かない。

 ぎしぎしと箱が、オスキの腕が軋んでなお、その男の腕は不動を貫く。

 

 そうして、やはりどこまでも軽やかに。

 

「とはいえ……年季の差、ってヤツだな」

 

 ずしゃ! と。

 気付いたときには、オスキの手の甲が土俵(リング)に打ち付けられた後だった。

 いや、打ち付けられてはいない。

 それは『傷付けない』という縛りに沿うため、寸止めしたあとで優しく手の甲に(だい)を付けたのだ。

 破壊音は風圧と、オスキが反対の手で力み過ぎて箱を砕いた音。

 

 一瞬だった。

 呆気なかった。

 まるで最初からそうだったかのように、オスキの腕は倒されていた。

 

「――――――ぇ、は?」

 

 オスキが味わった感覚を例えるなら、天地(セカイ)が横倒しになったのに近い。

 絶対的な感触。抵抗など不可能な力と速度。

 蟻と山、天地と見紛う実力差。

 自分が負けたことを理解した彼の体から、自然と力が抜けていく。

 

 そうやって呆然と膝を突いたオスキへ。

 組んでいた腕を解いた狐面の男は、にかり、と気持ちいいほどの勝者の笑みで手を差し出した。

 

「ルメルにもこういう『力比べ』はあるのか? 次はそっちの流儀でやるのもいいな」

 

 誰の目から見ても瞭然の決着。

 だが……余りにも幕引きが呆気なかったからだろう。

 誰が歓声を上げるより早く、心が屈するより早く。オスキは反射的に反発していた。

 

「ッ、うるせえ、もう一度別の方法で勝負だ! 今のは、オ、オマエに有利な競技だったに違いねえ! そういう能力だったんだろ、他の競技なら負けねえ!」

「オイオイ、一日一回の『縛り(ルール)』だぜ?」

「そんなの関係あるか! 何なら力づくで追い出して―――」

 

 ガッ、と詰め寄ったオスキが狐面の腕を摑む。

 掟破りの実力行使。

 冷静でない彼は、自分でも混乱したままに暴力を振るおうとして……。

 

 びきり、と。

 オスキの右腕に電流のような痛みが走り、だらりと力なく垂れ下がった。

 

「な、なんだ!? 腕が……!」

 

 腕が動かない。

 脳の信号が断線したのではない。伝達はされているが、凍り付いたように動かない。

 ギシギシと錆び付いたように軋む腕。

 それに混乱するオスキの耳へ、教師然とした男の声が滑り込んでくる。

 

「ふむ、『縛り』を破った(ペナルティ)だな。ま、この程度なら、一日腕が痺れて使えなくなる程度だろ」

 

 安心しろ、と男は笑った。

 仮面で目元を隠した男は、けれどどこまでも爽やかに。

 

「明日も挑戦待ってるぜ、オスキ。あ、そっちの二人はどうする?」

 

 唐突に矛先を向けられ、ぶんぶんと首を横に振るダパとシャック(そっちのふたり)

 そんな情けない友人と、それ以上に無様な己の姿を検めて、オスキはぎり、と歯噛みした後。

 

「……くそっ、行くぞシャック、ダパ!」

「待てよオスキ!」

「覚えてろー!」

 

 そうやって、本当に悔しそうに背を向けて逃げていくのだった。

 

「ああ覚えとくぜオスキ、シャックにダパ! 明日も来いよー!」

 

 そんな背に空気を読まず投げつけられる男の言葉。

 若々しい老人は逃げていく背を見送った後、どこか嬉しそうに呟いた。

 

「いやあ、元気がよくて大変結構。割と優秀な『戦士』と見たね」

 

 彼にとってこの程度の諍いは笑顔を消す理由になどなりはしない。

 そもそも彼は『難民』を体験しにきたのだ。

 自ら望んだ待遇に不満を漏らすなど愚の骨頂。

 寧ろ真正面から自分の相手をしてくれたオスキには「率直で勇敢」と好感を抱いたくらいだ。

 

(やはり難民、受け入れてくれる子供達(やつ)も居れば反発する若者(やつ)も居る、か……またひとつ詳しくなったな。やっぱ知識は肌で感じるに限る)

 

 しみじみ頷く狐面の男。

 そんな男へ駆け寄ってくる者達が居た。

 そう、オスキに追い払われた子供達である。

 

「キュウー!」

「ん、どしたラガク」

「オスキに勝つなんてやるなー! おれも『ウデズモウ』やりたーい!」

「勿論いいぜ。後で『指相撲』と『押し相撲』も教えてやろう。何なら本来の『相撲』もな」

「ぼ、ぼくも……!」

「お、デンもか。レフェリーありがとな。いいホイッスルだったぜ」

「う、うん!」

 

 戻ってくる、和気あいあいとした雰囲気。

 そうして狐面の男は、優しい笑顔で子供たちと戯れる―――。

 

「―――じゃ、まずは小指一本からだ。言っとくが、オレは手加減だけはできなくてな。なにせ呪術師やってると、過剰な自信は死に繋がりかねん。『戦士』もそうだろ? だから……ま、できれば泣かないでくれよ、子供たち?」

 

 ―――その後。

 あまりの白熱と狂騒と阿鼻叫喚ぶりに周囲の大人たちも惹き付けられ、おっかなびっくりと参加し始めた『腕相撲大会』は、その奇妙な難民がシムリア人たちに受け入れられるための最初の一歩になったのだった。




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