「ここは……?」
ふと気づくと、華やかなパーティー会場にいた。右手にはグラスを持ち、どの輪からも絶妙に離れた位置に突っ立っていた。ああそうだ。乾杯をして、どこかの会話に入っていたのだ。すっかり盛り上がっているようだし、俺も参加せねば。
「どうしたんですか? さ、行きましょう?」
また気がつけば、彼女が隣にいた。若草色のドレスに包まれ、俺と同じようにグラスを持っている。彼女の名前はサトノダイヤモンド。俺の元担当ウマ娘であり、今日この日から妻になる。高名なサトノ家ではダイヤの他にも同じ日に婚約するウマ娘たちが多くおり、合同で盛大なパーティーを開いてもらえた、というわけだ。中でも最初にサトノのジンクスを打ち破り、G1勝利を手にしたダイヤは主役の一人。しかも有マ記念にも出走、勝利したという事実は、絶大な人気も兼ね備えていた証拠。彼女のトレーナーであった俺も、これから話題の中心になる。
「トレーナーさん?」
「ん? あ、いや、なんでも」
「もう、心配させないでくださいよ〜」
一瞬、違和感が脳裏を走り抜けていったが、すぐにいなくなった。何か致命的なことを見落としているような感覚があった気がしたのだが。
ダイヤのドレス姿はとても美しかった。当時彼女が着ていた勝負服に色の系統を寄せつつ、全く異なったデザインで、確かにこのパーティーの主役の一人であることを示していた。
「しかし、こんな形でパーティーを開いてもらえるなんて」
「これがサトノ家流ですから。今日夫婦になる人たちは、あの舞台に立って愛の誓いをするんです。緊張、していますか?」
「あー……まあ、してるかもな」
「大丈夫です、クラちゃんが先にやってくれますから。こういう時も、クラちゃんはすごく上手くやって、いいお手本になってくれるんです」
そうだ。ダイヤが卒業してから、それほど時間は経っていなかったはず。確かにダイヤとの関係は親密ではあったが、それはトレーナーと担当ウマ娘という関係の範疇での話。思えばこの数年は相当に経つのが早かった。
ぎゅっ、とダイヤが俺の手を握ってくる。その力加減は本物で、冷静に見えてダイヤも緊張しているということが伝わってきた。家の人間大勢の前で、自分が人生の大きなターニングポイントを迎えることを宣言するのだから、体も強張ってしかるべきだろう。
「トレーナーさん。予行演習、してもよろしいですか?」
「予行演習?」
「クラちゃんが今進めているのは、いわば誓いの儀式です。誠実な将来を誓い合って、口づけをする……それが私たちが、これから行うことです」
「そんなに緊張することか?」
「何を言ってるんですか! 口づけをするのは私からなんですっ。だから……その、受け入れてもらえます、よね?」
どうやら誓いを立てるのはウマ娘の方から、ということらしい。有望なウマ娘を多く輩出し続けるサトノ家ならではだ。ダイヤが周りの目を気にしながら、そっとかかとを浮かせてこちらに寄りかかってくる。彼女の背丈は決して小さくないのだが、さすがに人間の男には及ばない。俺がそっとかがむと、そっと彼女の唇が頬に届いた。
「……もう!」
「えっ?」
「からかわないでください、これじゃ予行演習にならないじゃないですかっ」
「そうなのか」
「誓いのキスなんですから……唇どうし、ですよ?」
「……確かにそうだ」
「次はこちらを向いてくださいね? 行きますよ……」
そのタイミングでサトノクラウンの番が終わり、俺たちが呼ばれた。結局予行演習はできず。いきなりぶっつけ本番だ。さっき案外すんなりできたわけだし、いくらなんでもそう難しくないだろうと思っていたが、案外ダイヤは緊張していた。昔から大胆に距離を詰めてくる子だと思っていたが、それでも今日は人生に一度あるかないかという特別な日。並び歩き舞台に立つダイヤの足取りは少し強張っていた。
「行きますよ」
「……ああ」
小声でダイヤがささやいてきたのに応じて、彼女が寄りかかってくるのを受け入れる。どくん、どくん、と彼女の鼓動が伝わってくる。そして、いよいよ。
というところで、目が覚めた。はっとして飛び起きてみると、そこはいつも通り自宅のベッドの上。なんだ夢か、となると同時に、今さっきまで見ていたものが初夢だと気づく。新年一発目からとんでもないものを見てしまった。
「けど……どうして俺はあんなにサトノ家のことを……」
確かに彼女の担当トレーナーの仕事を通じて、サトノ家の内情については少し詳しくなったが、無論元からのサトノ家の人たちには及ばない。それにあまり担当のプライベートに踏み込むのはよくないと線引きをして、あえて知ろうとしなかったこともあった。その一つが、ウマ娘たち誰もが直面する「今後」について。もうすぐトレセン学園を卒業するダイヤが今後どうするかという話も、まだ本人の心の中にしまわれたままだ。
「まあ、ダイヤのことだから……ん?」
その時。いつも整理整頓しているはずのデスクの引き出しから、紙が一枚はみ出しているのが見えた。少し離れていて何の書類かよく分からなかったので、近づいてみる。
「……」
婚姻届だった。ダイヤだけでなく、俺の名前もいつの間にか記された。
俺の家を知らないはずのダイヤが、どうしてこれを?