ずるいでござる!それがしもチンチンほしいでござる! 作:アサルトゲーマー
「はえ~。この獣には雌にもちんちんがござるのかぁ」
静かな図書室でポツリと呟く声があった。それはどこか甘い響きを持った声で、無垢な少女を思わせるものだった。その言葉を発した人物は、椅子に座って動物図鑑を広げて眺めていた。そこに載っているのは頑丈な顎を持ち、死肉を貪るスカベンジャー。スポッテッドハイエナである。
彼女はハイエナについて書かれたページを見ながら、そう言ったのだ。その発言を聞いた周りの生徒達はギョッとした顔を浮かべるが、すぐに平静を取り戻す。そして聞こえなかったふりをして、それぞれの本へと視線を落とした。
今図鑑を興味深げに眺めている少女の名前は新保あたご。彼女は今年高校に入学したばかりの新入生だ。身長は150センチ足らず、まるで小学生のような体つきをしている。しかし顔立ちはとても整っており、幼さの中に大人の色香のようなものを感じさせた。長い黒髪をポニーテールにして纏めており、その姿からは活発な印象を受ける。大きな瞳は黒目がちで大きく、まるで宝石のように輝いていた。肌は白く透き通っており、シミ一つない綺麗な肌をしていた。鼻筋はスッと通っており、小さな唇は桜色に色づいている。誰もが認める美少女であった。
そんな彼女が何故このような発言をしたのかと言うと、頭の中までは少女ではなかったからだ。彼女の頭の中にあるのは、男性の意識である。しかもただの男性ではなく、いわゆる戦場を潜り抜けてきた屈強な兵なのだ。
「いや、でっけえでござる……」
とはいっても平和な時代に生まれて十余年。泥や血に塗れながら槍を振り回した記憶など、遠い昔のことである。今や趣味は鍛練と
「これ雄よりちんちんでっけえでござるな」
そんな彼女の口から飛び出す言葉にしては、あまりに品がなかったが。『この肥大化した男性器のようなものが社会的地位を……』などといった説明書きを目で追っていると、ふと陰が覆った。
「あたごさん?何読んでるんです?」
振り返るとそこには一人の女子生徒が立っていた。髪を短く切りそろえた、天井に頭が付くほどの長身の生徒だ。
「
「はい、華子さんですよ」
にぱっと人好きのする笑顔を浮かべたのは、あたごの友人である平山華子だ。彼女もまた新入生であり、同じく高校一年生の少女である。身長は2メートル弱もあり、驚愕するほどの大女だ。中性的で、切れ長の目と長いまつげが特徴的な美人顔である。髪の色は銀色に近い茶で、肌も抜けるように白い。全体的に色素が薄く儚げな雰囲気を漂わせている少女だ。しかし中身は明るく元気いっぱいのスポーツ少女である。運動神経抜群で、成績優秀。そのうえ甘え上手。その性格から男女問わず人気がある人物であった。
華子はあたごの隣に腰かけると、机の上に広げられた図鑑を覗き込む。
「むっ!これはマダラハイエナですね!」
「存じておられたか」
「ええ、メスにこんなのが付いている動物はハイエナくらいですからね」
華子はそう言いながら図鑑のメスを指さして言う。
「ところでどうしてハイエナを?」
「いやなに、このちんちんに興味がござって」
「ち」
華子の顔が一瞬にして真っ赤に染まる。そして慌てた様子で周囲を見渡した。数人の生徒がこちらをチラチラと見ていて、その事実がさらに彼女を慌てさせる。
「あ、あ、あたごさん!?そんな不純な動機で図鑑を!?」
「不純とは聞き捨てなりませんぞ。それがしはぴゅあな気持ちでちんちんを眺めていたのでござる」
「ピュアッ!?」
あたごの言葉に思わず声が裏返ってしまう華子だったが、何とか気を取り直すと再び問いかける。
「そ、そうなんですか……てっきり変な性癖でもあるのかと……」
「それは何でござろう?」
首を傾げる仕草は非常に可愛らしいのだが、その内容は酷いものである。しかしあたごはそれに気付かないのか、キョトンとした顔で聞き返した。すると華子が言いづらそうにしながらも口を開く。
「……あの、その、動物のアレを見て、興奮するとか……」
「…………?」
「あっごめんなさい。あたごさんはピュアです……」
不思議そうに首を傾げ続けるあたごに、何かを察した様子の華子。彼女はそれ以上深く突っ込むことはせず、話題を変えることにしたようだ。
「もっと別の動物に興味ありませんか?例えばエルクとか!」
「その、えるく?の雌にちんちんは」
「付いてませんよっ!」
立ち上がった華子が勢いのまま机を叩く。机がまっぷたつに割れて、図鑑が天井まで飛び上がった。
■■■
「とまあ。今日はそんなことがあった次第でござる。めっちゃ先生に怒られたでござるよ」
「帰りが遅かったのはそういう……」
あたごと向かい合って話す少女は呆れ顔でそう返すと、持っていたお玉を鍋に戻した。
彼女の名前は弓張
その印象を裏切らず、引っ込み思案な性格をしており、あまり自己主張が得意ではなかった。常におどおどとしており、自信なさげな表情を浮かべているのが常である。
そんな彼女だが、あたごに対しては強気に出ることが多い。というのも幼い頃から一緒に育ってきたため、遠慮がないのである。今も呆れた様子を隠しもせずに溜息を吐いた。
「あたごちゃんの頭が残念すぎる……そんなにちんちんが好きなの?」
「好き嫌いで聞かれると困るでござる」
「何その素直になれない女子みたいな反応」
台所には食欲をそそる香りが漂っていた。今日の夕食は鶏と牛蒡の筑前煮だ。双葉が「できたよー」と声をかけると、あたごが目を輝かせながら米を盛り始める。そして二人で手を合わせると、早速食べ始めた。
「んー、美味でござるなぁ」
「うん、我ながら上手くいったかも」
幸せそうに頬張る二人。その姿は仲の良い姉妹のようだ。しばらく無言で食事を続けていたが、不意にあたごが思い出したように口を開いた。
「そういえば今日は泊っていくでござるか?」
「あたごちゃんがいいなら」
「双葉殿のために我が家の門戸は常に開かれておりますぞ」
「それじゃあお世話になります」
ぺこりとお辞儀。そして顔を上げるとにっこりと微笑んだ。
「双葉殿のご両親から娘をよろしくと頼まれたでござるからな」
「その言い方だと嫁ぐみたいじゃん」
そう言って笑う双葉につられて、あたごも笑った。そうして談笑しながら食事を続けているうちに、時間はあっという間に過ぎていくのだった。風呂を済ませた後、二人は畳張りの寝室に布団を並べて横になる。部屋の中は広さの割に物が少なく、まるで時代劇のセットみたいだなぁと双葉は思った。そしてぼんやりと天井を眺めながら呟く。
「あたごちゃんの部屋って殺風景だよね」
「木剣を飾っておるではござらんか」
「部屋の隅に置いたのを飾ってるって言われてもね」
床の間には木製の剣がいくつか立てかけられているが、どう見ても無造作に置かれた感が拭えない。双葉は呆れたように言い放った。
しばらく無言の時間が流れる。聞こえてくるのは二人の息遣いだけであり、それ以外は何も聞こえない。月明かりがあるだけの静かな夜だった。
そんな静寂を破ったのは双葉の方だった。彼女は寝返りを打つと、じっとあたごの顔を見つめる。その視線に気付いた彼女が振り向くと、見つめ合う形になった。
「どうしたでござる?」
あたごの問いかけに双葉は「なんでもない」と答えると、背を向けるように寝返りを打った。そしてそのまま目を瞑ると眠りにつくのだった。
翌日になると、二人は揃って洗面所に立っていた。顔を洗い、歯を磨き、髪を整え、着替えをする。あたごの雑なポニーテールを双葉が手直ししながら他愛もない会話を交わす。
「今日は休みだけど何するの?」
「図書館でも訪ねようかと」
「勉強?」
「それがしの目当てはちんちんでござるよ」
「またちんちん……。あんなのの何がいいの?ブニブニしてるし気持ち悪いし」
(なーんか触ったことがあるような口ぶりでござるな?)
双葉の言い方に苦笑いしつつも、あたごは特に何も言わなかった。他人の性事情に首を突っ込むべきではないと父からしっかりと言い含められているからだ。驚愕すべきことに頭ちんちんのあたごにもプライバシーという概念は存在していたのである。
ともあれ、留守を任せて家を出たあたごは交通機関を乗り継いで目的地へと向かうことにする。電車の中でも、バスに乗ってからも彼女は特にすることがなく手持無沙汰であった。そんな彼女は窓から見える景色を見てふと呟く。
「ちんちん欲しいでござるな……」
隣に座っていた休日出勤サラリーマンがぎょっとした顔で横を見たが、彼女が気が付くことはなかった。なぜならその思考は、もうちんちんのことでいっぱいだったからだ。
あたごは一人っ子で、母は身体が弱く、父は一途。これ以上きょうだいが増えることがないことは肌で理解している。そして女の体では家業か血筋か、どちらかしか選べない。
あたごの父は腕の良い刀鍛冶である。古くから続く家業であり、あたごも当然継ごうとした。しかし鍛冶場に祀られた
その例外とは、おぼこであること。
つまり、子を作ろうとするとおぼこを捨てることになり、鍛冶場に入れなくなる。当然家業は継げない。
家業を継ごうとすると、子を作れなくなる。血は継げない。
信心深いあたごに禁を破るなどという選択肢は存在せず、なんとかして双方両立する手段を模索し。
そして辿り着いた回答が「なんとかしてちんちんを手に入れよう」であった。あたごは頭がおかしかった。
■■■
「で、何か収穫はあった?」
「えろ本を探していると思われて
「残念な子を見るような目で見られてなかった?」
「すごい!双葉殿はなんでもお見通しでござるな!」
双葉は額に手を当てて天を仰いだ。それは呆れなのか、諦めなのか。どちらとも取れる仕草であった。
ふう、と溜め息を一つ。それから一冊の本を取り出した。それは所々日に焼けた、煤けていて、かつ見るからにボロボロの本である。
「それは何でござろう?」
「うちの蔵から出てきた妖しい本。いわゆる
「しゅん…?」
「え、もしかして春本がわかんないの?」
あたごはコクンと頷く。この喋り方で春本が通じないの?えろ本は分かるのに?
双葉は困惑した。それと同時に、あたごも知らないエロ知識を持っているという事実に赤面する。
「あっ、あっ、……。エロ本です。大昔の」
なるべく平静を装って、双葉は本を押し付けた。真っ赤な顔を見られないようにそっぽを向きながら、あたごの反応を待つ。
そんな彼女を怪訝に思いながらも、あたごは本を開いた。そこには崩し字と思わしき文体で描かれた文章と共に、所々に挿絵があった。
「これは……」
「私にはさっぱり読めないけど、まあ、絵を見る限りでは……ね?」
ね?の部分に万感の思いが籠もっている。双葉は恥ずかしさを誤魔化すように、わざとらしく鼻を鳴らした。
「まあ流石にあたごちゃんでも読めないよね」
「どうも妖と人の交わりを描いたものでござるな」
「読めるのっ!?」
「うむ。このあたりに化生という字がござろう」
「……適当に書いた線にしか見えない」
「実に達筆でござる」
顎に手を当ててウンウンと頷くあたご。しかしふとした途端に動きを止め、本を指でなぞる。
「むっ、ここに」
「何?お釈迦様を誑かそうとした魔物でも出た?」
「
ぴ、とあたごが指をさした先には特徴的な図形。五つの円が中央の小さい円を囲むように配置されており、それぞれの大きな円の間には小さな六角形が配置されている。中央の円から放射状に線が伸び、大きな円と小さな六角形を繋いる、どことなく花を連想させる意匠だ。
「この紋様、どこかで見覚えがあるでござるな……」
「家紋とか?」
「うむ、そうであろうな」
そう言ってあたごは頷く。そして本をぱたりと閉じた。
「で、家紋がどうかしたの?」
「この本をしたためた人物につながるのではなかろうかと考えた次第でござるよ」
「……そんなの見つけてどうするの?」
その言葉を聞いてあたごは腕を組み。そして元気たっぷりに胸を張った。
「ちんちんを知るでござる!」
「……」
あたごの勢いに双葉は引いた。
■■■
次の月曜日。あたごは学校の図書室で、大きな本と
家紋がわかれば手がかりもあろうとウキウキで家紋大全を広げたところまでは良かったものの、家紋の膨大な数に圧倒されてしまい、どこから調べたものかと悩んでいたのだ。
二つの本を往復する視線にふと影が覆う。顔を上げると、蛍光灯を天使の輪代わりにした巨大な少女。
「あたごさん、こんにちは!今日は調べ物ですか?」
「華子殿」
つい先週机を真っ二つにしたパワー系図書室少女、華子である。彼女の手には参考書が握られていた。華子はあたごの卓上を覗き込むと、キョトンとした顔。
「家紋ですか?」
「そうでござるよ。この書物に描かれたものを探しているのでござる」
「なんですかこの本」
「しゅんぽん?だそうで」
ぴしりと音を打ったような静寂。図書室を利用していたまばらな生徒たちの視線が一瞬にして集まり、そして散った。注目を集めた理由に気付いていない様子のあたごは、不思議そうに首を傾げる。
彫像のように固まっていた華子の顔が、熱湯に浸けられた水銀温度計のように赤くなる。やがて赤が耳にまで達したかと思うと、沸騰した
「華子殿、図書室ではお静かに……」
「できませんよぉ!なんで堂々とそんなもの広げてるんですか!仕舞ってください!!」
「見比べながらじゃないと判らんのでござるもん」
「ござるもん!?じゃなくて写しを用意してきてくださいよ!」
「おお、そう言われてみれば」
「もー!次やったら出禁ですからね!」
首根っこをつかまれ、ぺいっと図書室から捨てられたあたご。追撃のエロ本投擲をしれっと捕球し、頭を掻く。
「華子殿は相変わらず固いでござるな」
「いやフツーにあたごが悪いッスよ」
後ろから少女の声。振り返ると平均的な身長をもつクラスメイトがいた。
「おや、
「少なくともエロ本じゃー無いッス」
きゃらきゃらと笑う彼女の名は日野江真昼。あたごの友人のひとりであり、校則違反の常習犯。スカート丈はいつでも短めで、パンツが見えそうなほどに短くしたそれからは健康的な太ももが見えている。
気の強そうなつり目、毛先にゆるくパーマを当てた茶髪、ぴょんこぴょんこと陽気な歩容。常に笑顔で、悪ふざけが大好きな元気系ギャルである。
「ホントは勉強でもしようとこっちまで来たんスけどね、なんか面白そうなコトしてたからあたごと華子を見てたんスよね」
「面白そうなこと?」
「気づいてないのウケる」
ワハハ、と声を上げる真昼。あたごは不思議そうに首を傾げた。
「あ、そうそう。忘れる前に言っとくッス。あのエロ本のマーク、華子ん家で見たことあるッスよ」
「華子殿の?そうと分かれば」
「感謝するでござるよ真昼殿!」と元気に踵を返して図書室へ戻るあたご。あっと言う間もなく例の本を抱えたまま入室したため、数秒も掛からずに文字通り摘まみ出された。パワー系図書委員の辞書に容赦の文字はないのだ。
それを見ていた真昼は、やはりきゃらきゃらと笑うのだった。
そして放課後。あたごは華子を連れてカフェを訪れていた。
「加賀梅鉢、ですね。これ」
妙な味のある力強く描かれた写し。あたごの描いたそれを見て、華子はポツリと洩らした。
「やはり知っているのでござるか」
「この家紋は蔵を掃除するときによく目にしますからね。親に教えてもらったんです」
「なるほど……。ところで
「
「
何かのとんちだろうかとあたごは首を傾げた。華子も何をそんなに不思議そうにしているのかと首を傾げた。
どこぞの民族人形のような蔵を頭の中で浮かべ始めたところで注文していた飲み物が届く。二人はいったん思考を打ち切り、それぞれの飲み物を受け取った。
温かい飲み物でほっと一息。それからあたごは例の本を出した。
「ひえっ」
「何を驚いているのでござるか?」
「いきなりそんな本出されたら誰だって驚きます…!」
「なんと。ではこれよりこのしゅんぽん?を開くでござるよ」
「宣言すればいいってものじゃないです…!」
ごもっともな指摘に、あたごは頭を傾げながらも表紙を開いた。家紋と共に
「あ、ほんとにウチの家紋ですね。ところでこの字は?え~~~っと……人、交り、族…?」
「華子殿は少しはできるようですな。それがしも鼻が高いですぞ」
「どういう立場で鼻を高くしているんですか?」
あれがこれで、それがあれで、と解読していく華子。ぐぬぬと拳を握りながらしばらく経ち、お手上げだと言わんばかりに椅子の背もたれに身体を預けた。座ってなおテーブルライトに頭が付くほどの長身を受け止めた椅子がギシリと軋み、その後ろに座っていた有閑マダムが驚きでケーキを少し零した。
「まだまだでござるなあ」
「む~。じゃあ、あたごさんは読めるんですか?」
「もちろん。それでは順に読んでいきますぞ」
化生、人、その二つの交わり。そこに書かれているのは非現実的なことであった。本家から枝分かれした家の者が妖と恋に落ち、その性生活を赤裸々に描いたものであるとあたごは解説した。
指を立てて得意げに語るあたごは、ぱたりと何も言わなくなった華子に気づき、顔を見た。赤くなったり、青くなったり、白くなったり。理髪店の前に置けばちょうどよさそうな百面相をしていた。
「あの……その、あたごさん」
「どうなされた」
「その本、アタシが持ち帰っても……?」
「申し訳ない。この本は双葉殿より拝借しているのでござるよ。それがしの一存では是とは言えませぬ」
「う、そ、そうですか」
今度は黙り込む。いつにもましておかしな様子でござるな?と自分のことを棚上げして
「あたごさんは。この本に書かれていることを知ったうえで、アタシに何を聞くつもりなんですか?」
妙な重苦しい雰囲気。いつも柔らかなオーラを発していた華子から刃のような視線が伸びる。
あたごはそれを感じたうえで、真っ向から剣を受けるように視線を合わせた。
「それはですな」
ごくりと焼き菓子を飲み下す音。そこであたごは質問する内容を考えていないことに気が付いた。
あたごは行き当たりばったりで生きているので当然と言えば当然である。
一瞬の空白。剣客同士が
他方あたごは質問する内容の選別を放り出し、最終目標を語ることに決めた。つまり。
「本にあるように、それがしも生やしたいのでござるよ」
この始末である。
え。一文字分だけ言葉を発して再び固まる華子。ゴルゴーン*1に見つめられながら金の針*2で刺されると、きっとこうなるだろうな、というリアクションを見せた彼女はピシリと固まったまま。
説明不足でござろうか?と余計な親切心を覗かせたあたごが本の頁を捲る。そこには胸の膨らんだ人物の股座に棒が描かれている挿絵があった。
「ここにあるように、女人の股にちんち」
「わー!止まって!それ以上は言わなくて結構ですっ!」
「華子殿…かふぇーで騒ぐのはどうかと思うでござる」
「誰のせいだと……!」
もしかして、それがしなんかやっちゃったでござるか?と言わんばかりのキョトン顔。華子は半ばほど持ち上がった腰を椅子に沈め、はぁーっと大きく息を吐いた。
「つまり。あたごさんはその……アレが欲しかったってことですか?」
「具体的に言えば子種を作れるようになりたいのでござるな」
「具体的に言わなくてもけっこうです!」
「なにゆえ…」
そして少しの静寂。あたごはさっきの焼き直しのごとく苦汁を飲み、焼き菓子を口に放り込む。そんな彼女を見て完全に気勢をそがれた様子の華子は、両手で顔を覆ってモゴモゴと口を動かした。
「ないですよ。そんな都合よく、その、アレ
「……?」
今日何度目かの首を傾げるあたご。今の返答に変なところがあっただろうかと華子は瞼をしばたかせた。
「今の返答。まるで他の事ならできるような口ぶりでござったが」
その一言で、墓穴を掘ったことに気が付く。さっと血の気が引くように顔から赤みが失せ、代わりに汗がたらりと垂れた。
「あっ!いや、あの!」
「ああ、違うでござる。別に華子殿を困らせようとしたわけでは」
両手を突き出して腕を左右に振る華子。あまりのスピードに風でテーブルが揺さぶられ、カップと焼き菓子の皿が踊った。
「もしや姿を丸々変えてしまうような術があるのでは?と勘ぐった次第で」
「ぐわーーーー!!ありませんそんなの!!ないんです!!」
頭を抱えて絶叫する。有閑マダムがこいつらやべーなという目で見ていた。
(これ以上問答していれば絶対にボロが出る!)
焦った華子は「そういえば急用がありました!!!」と椅子を吹き飛ばしながら立ち上がり、ものすごい速度で伝票を奪って「今日は私が出しますね!!!!」と叫んでレジまで走っていった。
急用ならしょうがないでござるな、と能天気な考えでゆっくり立ち上がり、吹き飛んだ椅子を元の位置に戻して席に戻る。
そこには口がほとんど付けられていない華子の飲み物と、そこそこの量の焼き菓子が残っていた。
「ふぅーむ。これを全部片づけるとなると骨が折れますな」
ざくり。あたごの口に焼き菓子の味が広がる。
■■■
「で、華子ちゃんとのデートはどうだったッスか?」
「急用があるとかでめっちゃ急いで帰っちゃったでござるよ」
「ワハハ。そりゃエロ本なんか持ち込んだらそうなるッスよ」
キャラクター紹介
・平山華子
妖怪変化の血筋。大鹿(エルク)の血を強く継いでいる。
親戚にハイエナの血を継いでいる女性がいるらしい。