ずるいでござる!それがしもチンチンほしいでござる! 作:アサルトゲーマー
「ずるいでござる……」
ムーディーな青い光溢れる場所で、甘い響きのある声がポツリと漏れた。その声の持ち主である少女は目の前のガラス壁に手を添え、額を押し付けるようにした姿勢のまま動かない。
彼女は、目の前の水槽で泳ぐ魚たちに昏い感情を向けていた。
ここは水族館。巨大な水槽と特殊な光源による幻想的な空間の中で、様々な種類の魚類が泳いでいる光景を見ることができる場所であり、休日には家族連れやカップルなどが多く訪れる人気スポットでもある。
そんな場所に美しい少女の姿があった。身長は150センチ足らず、まるで小学生のような体つきをしている。しかし顔立ちはとても整っており、幼さの中に大人の色香のようなものを感じさせた。長い黒髪をポニーテールにして纏めており、その姿からは活発な印象を受ける。大きな瞳は黒目がちで大きく、まるで宝石のよう。
しかしその瞳は憂いで満ちていて、その伏せられた瞼から覗く瞳が、むしろ色気を醸し出している。
彼女の目の前の水槽には、大きなナポレオンフィッシュが大きな体を揺らしながら漂うように泳ぐ姿があった。それはとても優雅で、見るものの目を奪う魅力を持っているだろう。しかし彼女はそれを見つめながら、魚とは違う何かを見つめていた。
下唇を噛み、「どうしてそれがしは、ああなれないのか」と不甲斐なさそうに呟く。
それを後ろから見ていた双葉は「またやってるよ」と、額を抑えて特大のため息をついた。
「ナポレオンフィッシュは一番大きなやつがオスになるから。よしんばあたごちゃんが魚でも体格的にメスだよ」
「!!!!!!」
顔をバッとあげ、べそをかきそうな幼子のように振り返った小さな幼馴染。
「双葉殿は意地が悪いでござる!魚くらい自由に嫉ませてほしいでござる!」
「幼馴染が魚にガチめの嫉妬してる私の身にもなってほしいかな…」
ぷんすかと怒るあたごを落ち着けるように、その頭を撫でる。さらさらとした指通りのいい髪だ。双葉はこの髪が大好きであった。だからついつい頭を撫でまわしてしまう。
あたごもまんざらでもない様子で、目を細めて受け入れている。その顔を見ていると、なんだか。
「は!流されるところでござった!」
「流されちゃいなよ、もう。後でアイス買ってあげるから」
「……む、そ、それならまあ」
あたごはちょろかった。簡単に誘拐されそう。双葉は思った。
「それで、なんでここに来ようと思ったのでござるか?」
館内を回りながら、あたごが尋ねる。彼女はこの水族館に来たのは初めてらしく、物珍しそうにきょろきょろとしていた。その様子はまるで小動物のようで可愛らしい。
「実はね、ここの売店に売ってるぬいぐるみが欲しかったんだ」
そう言って双葉はあたごの手を取り、通路の奥にあるショップを指さした。そこは巨大ぬいぐるみを扱っているお店で、主に魚やペンギンをモチーフとしたものが売られている。中でもオレンジ色と白色の縞模様の魚が目を引いた。
「限定品の、すーぱーくまのみ君!すごく手触りいいんだって」
「ふむ、確かにこれは気持ちよさそうにござるな……」
「でしょー?」
二人で駆け寄り、すーぱーくまのみ君を触る。ふわふわと柔らかい感触に思わず頬が緩んだ。あたごも似たような表情をしており、二人して顔を見合わせる。
「おお」「ふふ」
このふわふわした感触を味わった後では、この虚ろな目ですら可愛らしいものに見えてしまうのだから不思議だ。二人はしばらくの間、その柔らかな感触を楽しんだ後に名残惜し気に手を離した。
「もちもちふわふわでござった……」
「買って帰れば今日から顔をうずめ放題!私は買って帰るけどあたごちゃんは?」
「食べ物の人形を部屋に置く趣味はござらん。腹が減るので」
「クマノミを好奇心以外で食べる人はいないよ」
そんなわけで双葉の分だけ購入決定。あたごが出口近くで待っていると、顔をすーぱーくまのみ君にうずめた双葉が出てきた。心なしか足取りが軽い。
「えへへ、買っちゃった」
「これでそれがしが抱き枕にされる機会も減りそうですな」
「それとこれは別だよ」
「んもー、双葉殿はいつまでたっても甘えん坊でござるな」
そんな会話をしながら出口から外へ出ると、タコクラゲの水槽が出迎えてくれた。照明によって青く照らされた透明な水の中を、触手がゆらゆらと漂っている様子は非常に神秘的に見える。
双葉がその美しさに目を奪われていると、なにやらあたごの様子がおかしいことに気が付いた。
「ぐぬぬぬぬ……!」
「今度は何に嫉妬してるの?」
「この種の
「どこでそんな情報集めてくるの」
「変な
「あたごちゃんに変って称されるの相当だよね」
変な幼馴染に変と称されるギャル。一体どんな人なんだろう?双葉はモヤっとした気持ちを抱えながら、再びすーぱーくまのみ君に顔をうずめた。
■■■
「知ってるッスか?ギンブナって繁殖するのにオスがいらないんスよ」
「ななななっ!なんとっ!ではつまり処女受胎…!」
「ワハハ。そう言うとなんか神話みたいッス」
こんな人である。
■■■
「で、なんですーぱーくまのみ君に抱き着いてるの?」
「抱き心地がよさそうで、つい」
「『食べ物の人形を部屋に置く趣味はござらん。キリッ!』とか言ってたじゃん。あの硬派なあたごちゃんはどこ行っちゃったの?」
時は流れて就寝時。寝巻姿の双葉とあたごは同じ布団で横になっていた。その布団も、巨大なすーぱーくまのみ君で6割方埋まっている。そして残る4割を二人が取り合うようにして使っていた。
「じゃあすーぱーくまのみ君貸してあげるから、あたごちゃん貸してね」
「腕一本で良いでござるか?」
「すーぱーくまのみ君はそんなに安い魚じゃないよ。これはもう強制接収だね」
ぬいぐるみに抱き着いているあたごの、さらに後ろから抱き着く。そのまま手を回してお腹をさすさすと撫でたり揉んだりすると、くすぐったそうに身を捩じらせた。
「なんか手つき、やらしくないでござるか?」
「気のせいだよ」
「それもそうでござるな」
「納得しちゃうか~」
しばらくそんなやり取りをしていると、眠気がやってきたのかあくびをするあたご。そんな彼女を見て、双葉もつられて欠伸をした。時計を見ると21時過ぎ。あたご的には寝る時間である。
「毎度思うけどあたごちゃんの生活サイクルおばあちゃんじゃない?」
「朝起き千
「それをいうなら千両と百両じゃん。何でショボくしたの」
そんなことを言いながらも、二人の瞼はゆっくりと下がっていく。やがてどちらからともなく寝息を立て始めたのだった。
──あたごの朝は早い。彼女は日の出と共に起床すると、冷水で顔を洗って目を覚ます。その後、麻紐で髪を束ねて中庭に出て、木刀を握る。
大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐く。それを
一撃一撃が必殺とすら思える鋭さで振るわれるそれは、見る者の心を奪うだろう。見物人の居ない中庭は、いっそ野暮だと感じられるほどだった。
あたごは父が好きだ。父の打つ剣が好きだ。あたごは剣は不得手だったが、父の作る剣に相応しくあるよう努力した。
父の剣を振るいたい。父の剣に相応しくありたい。……父の剣を継ぎたい。だから求めるように叫ぶのだ。
「ちんちん欲しいっ!」
「うるさーい!朝っぱらからちんちん連呼しながら木刀振り回さないでよ!」
「ちんちんは振り回せないでござる!!」
「単語だけ拾わないで!!」
当然、周りから見れば奇行の類であった。
朝の鍛錬が終われば朝食である。今日のメニューは白米となめこ汁、焼き鯖といった和食である。双葉とあたごは向かい合って座り、いただきますと手を合わせると箸を手に取った。
「今日の放課後は何か予定ある?」
「華子殿に話を伺おうかと」
「カコ……ああ!あのデッカい人!一応聞いておくけどなんのために?」
「それはもう、ちん」
「おさかな一切れあげるね」
「もがもがが」
食事中に相応しくないワードを双葉の鯖攻勢が封じる。あたごは不満そうに頬を膨らませたが、鯖が美味しかったのですぐに笑顔になった。
■■■
あたごは勤勉である。自らが生まれ持った常識と、現代の常識が食い違うことを理解し、その解消に努め。苦手意識のあった算術も指を折らずに出来るようになった。
地理については前世から大得意だし、古典についても同様。音楽については少し調子はずれなところがあるが、それでも一般の範疇に収まる程度だ。
そんなあたごでもついていけない教科が存在した。
「Hai!それでは
「
「オゥ!ちょっと発音がオカシーでしたね!あとで拙者と発音オベンキョーしましょう!」
そう、英語である。自らの常識、凝り固まった文法と発音への理解が災いして、英語の発音と成績は壊滅的だった。
あたご達が通う学校では、アイルランドから招いた外国人講師からネイティブな発音を学べるようになっている。
その教師の名はグラス・
細く滑らかな金髪は肩で切り揃えられ、瞳は深い英知を宿していた。身長はほどほどに高く、スタイルが良いためモデルのような印象すら受ける、生徒からの人気者。
ただし喋り方があたご級のアレであり、一人称が拙者という謎のキャラ付けも相まってネタキャラ認定されている。本人曰く時代劇マニア。
「HUNTとは、何かを狩るホカに、何かを探し求めるトイウ意味がアリマス!
「む?それがしはいつもちんちんを探し求めているでござるよ」
「とんでもビッチデース!」
AHAHAHA!と笑うグラスにつられてクラスメイトの何人かが声をあげて笑った。そんな笑い声の中、双葉は幼馴染の奇行に頭を抱える。
「ワハハ。やっぱり面白いッスね、あたごは」
きゃらきゃらと笑う声が隣から聞こえてきて、双葉は顔を上げた。そこには楽しそうにしている茶髪のギャルの姿。
「知ってるッスか双葉、アノールトカゲってホルモン処理で性転換できるんスよ」
「あっこいつ」
双葉は、あたごの言っていた『変な
「それデハ次の単語イキマショー!MAYBE!」
「
「ワォ!拙者は風景じゃアリマセンデスよ!*2MAYBEとは多分、という意味デス!
そう言ってグラスは微笑む。あたごは少し悩んだ後、口を開いた。
「それがしには多分ちんちんがござらん」
「ンー!それはMAYBEではナクDEFINITELY*3デスネー!」
クラスのあちこちが噴き出す中、隣から聞こえるきゃらきゃらとした笑い声。
双葉はまたもや頭を抱えた。
「あたごちゃん!さっきのアレはないよ!」
授業終わりのお昼休み。お弁当を持っていつものように屋上へ向かおうとしたあたごを呼び止めたのは、クラスメイト兼、幼馴染兼、つっこみ役の双葉であった。
アレとは?と首を傾げるあたご。そんな彼女の両肩を掴んで、双葉は言う。
「もっと!慎みを!持って!クラスでシモの話をするのは恥ずかしいことなの!」
「ああ、つまりちんち」
「慎みー!」
ついには頭を抱えて叫ぶ。そして困ったように頭を掻くあたご。
「ま~ま~。そのぐらいにしてご飯にしようよ~。ボクもうお腹すいちゃった」
「
そんな二人のやりとりをのんびりとした口調で仲裁したのは、同じくクラスの友人で、小学生の頃から付き合いのある出雲眠子。彼女は眠そうな目を擦りながら二人の間に割って入ると、お腹をさすりつつ天を仰いだ。
背丈は低く、手足も細い。どこもかしこも小さくて、袖に至ってはかなり余ってしまってる。胸も端的に言って板だし、腰回りもほっそりしていて、あたごより年下に見える。
そんな彼女の視線の先には最後の鐘から五分ほど針を進めた時計がある。それを確認して双葉もお腹に手をやると、ぐうと返事があった。
「……そうだね。屋上いこっか」
「やったあ」
そんな訳で三人は連れ立って屋上へと向かうことにした。階段を上り、踊り場を通り過ぎ、扉を開ける。すると、ふわりと春の風が頬を撫でていった。
空は快晴。雲ひとつなく、澄んだ青空が広がっている。真新しいコンクリート張りの床からは太陽の熱が伝わってきて、まだ少し肌寒い季節なのに、汗ばむほどに暖かい。
「いい天気だね」
「絶好の昼寝びよりでござる」
「あ~それボクのセリフ~!」
てこてこと駆け出した眠子は給水塔の裏からパラソルを引っ張り出してくると、そこにレジャーシートを敷いて寝転ぶ。そして、ほら、とばかりに両手を広げて、早くおいでと二人を呼んだ。
「毎度思うんだけど、準備いいよね」
「えっへん。ボクは寝ることには妥協しないのだ」
「褒めてないよ」
呆れつつも双葉も靴を脱いで、その上に座った。あたごもそれに倣って腰を下ろす。岩盤浴!などと嘯く眠子を起こし、三人揃って弁当箱を開けた。
あたごは稲荷寿司に唐揚げ、それから卵焼きにきんぴら牛蒡といった全体的に茶色いチョイス。
双葉はタコさんウインナーにポテトサラダ、それからミニハンバーグにプチトマトという可愛らしいもの。
最後に眠子が開けた弁当箱の中には、食パンが2枚入っていた。
「うわぁ」
思わずといった具合に漏れた声は双葉のものだった。
「なにこれ」
「具なしサンドイッチ~?」
「何も挟んでいないからイッチでござるな」
あ、うまいこと言ったねえ!と笑う眠子。へへへと照れ笑いするあたごを横目で見やりながら、双葉は呆れたように肩を落とした。
前回はライスなしカレー、前々回は味噌汁の素とお湯、さらにその前はバナナ。とにかく雑な昼ご飯に、どうして睡眠への熱意をこっちに持ってこられないのかと双葉は疑問を禁じ得ない。
「眠子ちゃん、ご飯はしっかり食べなよ」
「全くその通りでござるな」
「う~ん、でもな~」
もさもさと音を立てて食パンをかじる眠子。
「ボクは夜中に食べてるからいいの」
「夜食?太ったり……とかはなさそうだね」
トマトを口に放りこみながら双葉。眠子の頭のてっぺんから足の先までを眺める。どこもかしこもちっちゃいのに、その割には血色が良く、その言葉を嘘と断じることはできなかった。
「ボクは太らないから大丈夫~」
「う、羨ましい」
双葉は食べたら食べただけ体に出る体質だ。近頃は身体にくっきりと凹凸が出てきて、それを気にする年頃である。
「それを言ったらそれがしもでござるな」
身体の大きな双葉殿が羨ましいでござる、とあたご。彼女はわりと健啖でありながら背は低く、これまた胸も尻も薄い。身体には鍛えてついたであろう薄らとした筋肉が覗いているが、それも平均ほどの身長をもつ双葉と押し合いしても勝てるかどうか。
言葉を選んで言えば、こぢんまりとしたスレンダーな体格だ。
「あたごちゃんは毎朝動いてるからね」
「サムラーイ!って感じだね~。ところであの掛け声はまだやってるの?」
「………」
「だよね~」
げんなりとした様子の双葉を見て眠子はにへらと笑った。そのままもぐもぐと食パンを食べ終えると、コロンと仰向けに転がる。
あったか~いと嬉しそうな声を上げながら持参したクッションを枕にしつつ。しばらく空を眺めた後、ゆっくりと目を閉じた。
「おやすみなさーい」
数秒後には寝息を立てはじめる眠子。それを見て二人は顔を見合わせた。
「本当によく寝るよね」
「名は体を表す、というやつでござるな」
ふわ、と大あくびをする双葉。それを見たあたごが「おや」と声を上げた。
「眠気が残っていたようでござるな」
「ん……そうみたい」
ぽかぽかと温かく、風もほどほどで、非常に心地良い環境であるがゆえに睡魔が迫ってきたようだった。ちょうどいい満腹感も相まって、うつらうつらと舟をこぎだす双葉。
彼女の様子を見たあたごは、優しく自らの膝へ導いた。膝枕の状態になると、双葉はそのまま眠りに落ちていく。すう、すうと穏やかな寝息が聞こえてくるまでそう時間はかからなかった。
すやすやと眠りこける二人を見たあたごは小さく微笑むと、二人の髪をそっと撫でた。さらさらとした手触りの良い髪が指の間を通り抜けていく。そうして優しい時間が流れようとしていた。
「あ…あたごが二児のママになってるッス。頭でもぶつけたッスか」
「それがしが目指すところは
「あ、いつものあたごだったッス」
そんな空気もギャルの登場で吹き飛んだが。
・キャラクター紹介
出雲眠子
獏の一族。誰かの夢を食べることができる。
双葉の夢があらゆる意味でスゴいので高い頻度でいただいているらしい。
ちょっとだけ他人の眠気を操ることもできる。