五条悟の死は、多大なる衝撃を術師側に与えた。最早あの五条悟で勝てずして、誰が宿儺に勝てるのだろう。希望を失う者、希望を失わない者。どちらもいるが、少なくとも希望の芽が一つ潰えたのは間違いない。
(何を私は間違えたんだ…?)
この状況で最も精神的にダメージを負っていたのは、家入硝子である。
実は、家入硝子はこの状況を、自分の責任だと感じていた。しかし、それも仕方のないことである。家入の思考はこうだ。
(私はあいつらに何かしてやれたんじゃないか?夏油と五条が決別しなければここまで酷いことにはなっていないはず。あいつらの仲を保つことくらいできたんじゃ)
過去には戻れないと分かっていても、私の思考は止まることを知らない。自分の今までの行動に対して後悔の念が積み重なる。
それでも。私にとってあの青春の時間は大切なもので、あれを間違っているとは思えなかった。何度も後悔をする度に、淡く爽やかな記憶が付いて回る。
ポケットに手を回す。もう一つ煙草を付けるべく。
「空、か…」
箱の中身は空だった。箱をゴミ箱に放り捨て、ため息を漏らす。思い出が思考を駆け巡る。
「そういえば気になってたんだけどさ、夏油。あんたって領域展開できるの?」
「…急にどうしたんだ」
高専のとある一室にて。家入硝子と夏油傑は五条を除いて会話を行なっていた。
「いや、ただの興味」
家入はタバコに火をつける。副流煙が夏油の周りをゆらりと回る。
「じゃあ別に言わなくてもいいな」
冗談半分で夏油傑はそんなこと言う。その斜に構えたような態度が家入にとっては怒りの原因になったらしい。まだ火の熱を保った煙草を持って夏油傑に近づく。
「ちょっと待ってくれないか家入、君もしかして押し付けようとか考えてるんじゃないだろうな」
家入の返答は無し。残念ながら、完璧な当たり予想らしい。早口で夏油が話す間にも、家入は無言で夏油に近づく。
「許してくれ、言うから、言うから」
家入としては最悪言ってくれなくても勘弁してやろうと考えたが、存外にも家入には「覇気」というものがあるらしい。夏油から発言を引き出した。
「…悟には言わないでくれよ、負ける気がするから」
「言わない。縛ってもいいよ」
「ならいいんだ。実際のところ、私は領域展開を使える」
家入にとっては意外な返答だった。じゃあ使えばいいのに、家入はそう思った。
「ちなみにコツとかってあったりする?」
「君がコツとか言い出すのか、感覚派代表さん」
「聞くだけでもいいから」
「そうだなぁ、君流に言うなら…」
「五条悟が死んだ、か…どこまで行っても信じられない話だね」
記憶を振り返る内にいつの間にか、私は人気のないところに来ていた。ビルの屋上だ。ポツリポツリと、雨が降る。
(最悪のタイミングで雨が降っちまった…)
いつ止むかな、とスマホの予報を見る。
『天気 曇り 雨の気配なし』
「あれ」
じゃあ、今頬に伝ってる液体はーーー
「あ」
私、泣いてたんだ。
「そっか」
「もう、あいつらには会えないのか」
「何も出来ずに、死なせたのか…」
やっと、今になって心の奥底にその事実が響いてきた。私はもうあの二人に会うことはできない。
「結局、一回も治療できず仕舞いか…」
「あいつら全然怪我してこないし、五条に至っては反転術式使えちゃうし…」
「全然あいつらの役に立ってないじゃん」
私だって何かしなくっちゃ。何かしなくっちゃ、あいつらと青春を共有できたことのお礼にならない。あんな掛け替えの無い思い出を貰っておいて、返還もできないなんて。
過去は呪いとなる。が、それ以上に、過去は力となることもある。
「やらなきゃ」
悲しさも虚しさも飛び越して、悔しさがやってきた。私ならできるはずだ。私は家入硝子。反転術式のアウトプットができる高専最高の治癒士。
私以外にこの絶望的状況をひっくり返せるジョーカーはいない。私は気付けば、バイクに乗っていた。
新宿のとある地点。一級術師冥々の鴉によるリアルタイム観戦機能に、異物が映る。白衣を着た、一人の人物。
「五条、悟」
視界の先に、体が半分となった五条悟が映る。見ればわかる。見れば分かってしまう。生きている可能性は、0。
どんな処置も無駄であることを、医者である私の勘が囁く。五条悟の上体に近づく。脈は測るまでもない。心臓も同様。
勢いのままきてみたはいいものの、何をやればいいのかすら分からない。
「私がいてもいなくても、変わんないじゃん…!」
溢れる涙を無視しながら反転術式を死体に掛ける。当然、何の意味も無い。
「くそっ、くそっ!!!今まで何の為に反転術式やってきたんだお前!!」
何度やっても、何も起きない。つまるところ、私が来た意味はなかった、らしい。
「…なぁっ、五条。お前と夏油が会話してるの見るの、私結構好きだったんだ」
五条悟の手を握り、願うようにする。
「喧嘩するほど何とやら、って感じがしてさ…」
「もうお前らは決別したし、そんな平和な会話は見れないんだと思う。それはいい。それは別にいいよ」
「私のこと眼中にないのだっていいよ。そもそも向かうジャンルが違うわけだし」
「でも、両方死ぬのは違うだろ!!」
「なあ、せめて、お前だけでも生きてくれよ、五条…」
「領域展開のコツぅ?」
「教えて、五条」
「感覚派のお前に言ったところで出来るわけねーだろ」
「聞くだけでいいから」
「あーでも、お前流に言うなら」
「そうだなぁ、君流に言うなら…」
「「ギューッとやって、バン」」
「じゃね?」
「かな」
「ギューッとやって、バン」
呟きながら、手と手を合わせる。まるで仏のように。そのまま左手が下向きになるように回転。人差し指と親指だけを立てる。
「ギューっとやって、」
「バン」
すぅ、と息を吸い、一言。
「領域展開」
『
水色のガラスに包まれたような風景が周りに広がる。空は青く、青すぎるほど。風が心地よく吹き、さざなみの音が薄ら聴こえる。
家入硝子は感覚派である。そのため、家入硝子は自身の領域展開にたった今縛りを加えたことに何となく気づいていた。
本来の領域展開『青の澄家』は、家入硝子の思うがままに、驚異的な回復をもたらすことが出来る領域。しかも、その領域の回復先は生命に留まることを知らず、物体にすら影響するようになる…はずだった。
『なあ、せめて、お前だけでも生きてくれよ、五条…』
この言葉が縛りとなって、『五条悟にしか効果を発揮しなくなる領域展開』へと姿を変貌させた。そして、この『一個人のみを指定する縛り』は強力であることは言うまでもない。
「家入硝子は反転術式のアウトプットができる、呪力の核心を掴んでいる人物」
という要素、
「呪力の核心は死に近づくことで掴むことがある」
という要素、
「強力な縛り」
という要素。
これら三要素が揃った結果、彼女の領域展開は別物になっていた。効果は単純明快。
『領域内にいる人物の蘇生』
呪術において禁忌と言ってもいい、死という絶対観念への干渉である。こんなことはあり得ない。そんな「あり得ない」が、たった今、「可能」になった。
意外なことに、五条悟、夏油傑、家入硝子の3人組の中で最も才能に溢れる人物は、家入硝子だったのだ。
体が欠損しているなら代わりを生成し、魂が欠損しているなら魂を作り。人格が失われているなら再生させ、全盛期の姿でないならそれを再現する。
世界のルールに干渉するということの異常さは、述べるまでもないだろう。
五条悟の体は再生し、心臓が鼓動を始める。
「五条、起きな。私が世界に干渉してやったんだぞ」
「家入…お前まじか」
生き返った自分の体を見て、五条が最初に発した言葉はこれである。五条も絶句していた。家入硝子のやってのけたことの破天荒さに。
「悪いけど、これ一回きりっぽいから。お前以外に使えないし。だから死ぬなよ」
目を擦りながら私は笑う。私の視界には五体満足で立っている五条悟がいるのだ。
「ああ。さっきは悪いところを見せちゃったけどね…家入に呼ばれたんじゃ仕方ない。傑も早く行けよって感じだったぜ」
「大丈夫。お前は最強だから」
「うん。知ってる。俺…僕は最強だ」
直後、五条悟は姿を消す。実は、家入硝子が気づいていないことが、たった一つある。『青の澄家』は蘇生対象者を状態、五条で言えば宿儺との戦闘前まで回復させるが、厳密に言えば回復どころか、進化している。
理由はシンプル。
実際に死んだことのある奴が、どれほど呪力のことについて掴めると思うか、という話だ。
『死の淵』で、反転術式や黒閃のコツを掴むことができるようになるのである。実際に死んだら、どうなってしまうのだろう。
ましてやその『死んだことのある奴』が五条悟だったなら、どうなってしまうのだろう。
「やあ、宿儺」
「悪いけど君はもう僕に追いつけない」
両面宿儺が五条悟を見る。何が起きているのかと、宿儺も現状を信じられないかのような目で見る。宿儺が何かを言うより先に、五条悟は宣言した。
「極の番」
続きませーん。一発ネタなので粗を指摘されると何も言えなくなります。(蘇生中宿儺どこいんねん、等)よろしくお願いします。