死にゲーネタに好きなモノ全部盛りしたらネタ詰まりを起こしたため、仁王の雰囲気をベースに書き直してみた物。
短編用に説明や描写をカットしているため、ソウルライク系のゲームをプレイしたことがない方には優しくない文章になっています。たぶん。

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欲張っては、いけない(戒め)


死にゲーの練習ネタのようなナニか。

 まるで腐敗した血液のように赤黒く染まった空、妖気に犯され瘴気を放つ木々、数多の人間の負の感情が染み込んだ影響なのか汚泥のように穢れた大地。

 人を襲い、恐怖を喰らい糧とする『鬼』が跋扈する『常世』と呼ばれるその領域を、身軽さを重視した鎧に身を包んだ若者が刀を片手に歩いていた。

 

 

 彼の青年の名は『無銘彼方』

 

 人類の敵である鬼を斬り、貴重なエネルギー資源である『アムリタ』を獲ることを役目とする『誉れ人』の育成を手掛ける『九十九学園』に所属する学生であり──この世界が“前世でプレイしていた死にゲー要素を主軸とした乙女ゲーム”の世界であることを知る転生者であった。

 

 

「……やっぱり、あるな。こうして俺が殺された場所に『結晶塚』ができてるってことは、見えないだけで俺にも『精霊』の加護があるってことか」

 

 とある戦国時代をモチーフとした高難易度アクションゲームの影響を大きく受けたこのゲームは、プレイヤーが敵にやられてしまった場所に所持していたアムリタが結晶塚という形で残される。

 そのときプレイヤーが選択していた精霊が結晶塚の上でアムリタを守護るように回収されるのを待っていてくれているのだが……結晶塚の上はもちろん、周囲を見渡しても精霊らしきモノの存在は見当たらないし気配すらも感じない。

 

「う~む。学生が鬼と戦うことの理由付けとして“精神が瑞々しい若者のほうが精霊と感応できる”なんて設定があったけど……そりゃ、俺、転生者だもんなぁ。精神の鮮度なんてカッサカサだって話だわ」

 

 同級生とは親子ほどにも精神の年齢が離れていることもあって、彼方は自分が精霊の存在を感じることができないことには納得している。

 見ることも感じることもできないのに、こうして加護を与えてくれるのだ。これで文句を言うのはさすがに贅沢……というよりも無作法だろうと考えていた。

 

 

 アムリタを回収するために結晶塚に手をかざす──前に、彼方は片膝をついて頭を下げる。

 

 

 鬼に殺されたときに落としたアムリタを保護してくれるだけでなく、精霊たちは人間の精神が鬼に喰われてしまうことも防いでくれるのだ。

 

 常世の領域で鬼に殺されても人間は外に吐き出されるだけで死ぬことはない。が、医学的に身体に問題がなくても戦闘はおろか日常生活にすら戻れなくなる者がいる。

 手足などの身体の一部が動かせなくなるだけならばまだ救いがあるほうだろう。最悪の場合、体験した死の恐怖に心が耐えきれず自分が“生きている”ということを思い出せず眠り続けることになるからだ。

 

 転生者である彼方は一度“本物の死”を乗り越えているため精霊の加護を得る前から常に目覚めはバッチリであったが、鬼に殺されたときのアムリタの喪失だけはどうにもならない。

 こうしてミスをしたあとも回収して持ち帰るためのチャンスを与えてくれるだけでも助かるし、精霊が与えてくれる加護は()()()()()プレイヤーに有利なものばかりであることを彼方は覚えている。

 

 

 メインキャラクターへの憑依転生ではなく、気楽なモブキャラでありながら運良く精霊に気に入られた。それだけでも僥倖であると本心からの感謝の祈りを捧げる彼方。

 

 そんな彼方の姿を結晶塚の上でフワフワと浮遊しながら恍惚とした笑みで眺めているのは和服を着た幼い少女。

 

 

 それは彼方が前世で暮らしていた日本でもお馴染みの妖怪である幸運の象徴『座敷童子』そのものなのだが──。

 

 

 

 

 

「コフゥ、コフゥ……」

 

「ま、そりゃいるよなって話だわ。牛鬼の大斧持ち、それもアムリタの一部が高質化して甲冑みたいになってるレア敵ときたもんだ。ゲームの序盤なら素材オイチイって喜ぶところなんだけど──なァッ!!」

 

「──雄ォォォォッ!!」

 

 

 結晶塚からアムリタの回収を忘れず、牛鬼が咆哮と共に振り下ろす大斧から地面を転がるようにして逃れる彼方。

 こうした大振りの攻撃はゲームでは反撃のチャンスだったのだが、回避行動中の無敵時間などという都合の良いシステムが存在しないこの世界では勝手が違う。

 

 前回の常世探索でこの場で牛鬼と戦ったときには、ステップで避けてからのカウンターを試みた。結果、大斧が大地に叩きつけられたときの震動で動作が鈍ったたころに弾けた石の礫がショットガンのように彼方に襲いかかったのだ。

 それが運悪く眼球に当たってしまい、怯んだところを横凪ぎに胴体を真っ二つ。もともと死にゲーとしてデザインされていたゲームが原作であること、そして半端な防御力では意味がないと軽装であったことが重なり一撃で常世から「ペッ!」されることになった。

 

 

「ブフゥ……ッ!」

 

「おーおー、なんとも得意気なこって。さぁて、どうしたもんかねぇ?」

 

 

 己がモブキャラである自覚を持つ彼方に油断や慢心はない。ゲームではプレイヤースキルだけで狩っていた牛鬼も、こうして転生して戦うとなれば苦戦は必至だろうと『毒気弾』というスキルを習得しており、それ使うことで戦闘を有利に運ぶことも考えた。

 そして思惑通りに、毒の煙幕玉をぶつけられた牛鬼はふたつの状態異常『毒』と『目潰し』となり、徐々に体力を消耗する中で彼方の姿を見失うことも確認済みである。そのあと牛鬼が大斧を力任せにデタラメに振り回し始めたため近寄ることが困難になり、結局倒すことを諦めて逃げ出したことも含めて。

 

(下手にデバフに頼ると相手の動きが読めなくなるのが困りもの、か? 仕切り直しを狙うなら一度毒気弾を使って距離をあけるってのも手だが、あまり時間を使うとアムリタの気配に誘われて鬼の増援がくるかもしれない。雑魚の足軽亡者が一体くるだけでも勝ち目はかなり下がる、というかゼロになるな。と、なれば)

 

 敵の分断は死にゲーの基本である。ならば戦闘中に敵が増える可能性はなるべく排除したいのが元プレイヤーとしての本音だろう。

 正攻法による短期決戦。幸いにして多くの死にゲーで採用されている“致命傷を与える一撃”というシステムはこのゲームにも存在しており、この世界でもソレが使えることは検証済みである。

 

 

「雄ォォォォッ!!」

 

 

 斜め下からの斬り上げをひとつ、ふたつとステップで回避し、上からの振り下ろしは大袈裟にローリングでやり過ごす。が。

 

 

「ゴァッ!!」

 

「が……ッ!?」

 

 

 震動、衝撃波、石礫を警戒して動作が大きくなったことが仇となり、続く横一文字の凪ぎ払いへの反応が間に合わない。

 

 咄嗟に刀を構えて受けるものの、ゲームのようにスタミナゲージが削れて終わりとはいかないのだ。成人男性の身長など余裕で届かない身の丈を有する牛鬼であれば当然その腕力も相応のモノであり、彼方の身体は蹴飛ばされた空き缶のように吹っ飛ばされた。

 もちろん彼方も牛鬼の大斧を受けきれないことなど承知している。間に合わないと理解した瞬間から全身の霊力を高めて防御力を強化することでダメージを最小限に抑えることに成功していた。むしろ、大斧の受け止めた刀が折れないかのほうが心配だったぐらいだろう。

 

 

「ふぅー……。ダメだな、じっくりタイミングを狙うとか、そんなことしてる余裕なんかねぇや。ここはひとつ、精霊さまの加護を信じて──推して参るッ!!」

 

 

 増援を警戒するならば、もとより長期戦は不利。

 

 人間の肉体にとって鬼の攻撃は全てが必殺の領域ならば、受け身にまわれば必ず命を削りきられる。

 

 勝利を欲するならばあえて死地に飛び込むのが死にゲーの醍醐味であると、彼方は次の打ち合いを決着とするべく真っ向から牛鬼へと駆け出した。

 

 

 そして、そんな彼方の姿を見て──背後では実体を持たない少女が満足そうに微笑んでいる。

 

 

「雄ォォォォッ!!」

 

 

 力自慢の牛鬼に小細工などという発想はない。正面から向かってくるならばそのまま叩き切ってやろうと大斧を振り下ろすが……。

 

 

「──ふッ!!」

 

「ゴォッ!?」

 

 

 重装備で固めた誉れ人を、鎧ごと両断するほどの力が込められたその一撃を、彼方は見事に弾いてみせた。

 

 ソレは防御のために使う霊力までも振り絞っての賭けである。もしタイミングが少しでもズレて失敗すれば、常世の瘴気に一瞬で全身が蝕まれて指一本すら動かせなくなったところを悠々と叩き潰されて終わっていたことだろう。

 そこには少なからず打算もあった。身体を潰される激痛と死の恐怖はあるが、心さえ折れなければ何度でも立ち上がることができるのだから躊躇うほどのことではないと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 霊気と妖気、ふたつの大きな力がぶつかり合い弾け飛び、大量のアムリタの粒子が周囲に漂う。

 体勢を崩された側である牛鬼にそれらを再び吸収する余裕などないが、体勢を崩した側である彼方は一呼吸の間でそれら全てを無理やり奪い尽くした。

 

 

「その首ッ! 貰い受けるッ!!」

 

「ボ──」

 

 

 白刃一閃。内心では弾き返しを狙った瞬間に「アレ? ゲームと違ってパリィでも武器って壊れるんじゃね?」とビクビクしていたりもしたが……ともかく、彼方が筋力と霊力をありったけ注ぎ込んだ渾身の一撃は、見事に牛鬼の首を斬り飛ばすに至った。

 

 

 しかし。

 

 

「が……ッ!? は、ぁ……ぐぅ……ッ!! ……ってぇなぁ……。やっぱりモブキャラなんてこんなもんか。ま、これはこれで安心材料ではあるけれど」

 

 こうしたアムリタの使い方は知識として知っているからこそ可能な無茶でしかなく、外見とは違い魂の鮮度が不足している彼方では相応の対価を支払うことになるのは当然の流れであろう。

 戦闘のイロハを、霊気の扱いを全く知らない者から見ても一目で理解できるほど彼方の右腕は瘴気に喰い荒らされていた。精神の未熟な誉れ人であれば良くて右腕の再起不能、最悪の場合は己の腕の肉の中で蟲が蠢く痛みと幻覚に襲われることになるレベルの汚染である。

 

「ふぅ……。指、動かない。腕も……ダメだな、肩すら満足に反応しねぇわ。こりゃしばらくは探索ムリかもなぁ。アムリタ回収できただけでも儲け物だと割り切るか。さて」

 

 死にゲーで退き時を間違えば稼ぎを失う。欲張ることなく丁寧に利益を確定させるのが弱い時期の鉄則であることを知る彼方は常世から脱出するべく歩き始める。

 

 が。

 

 

 

 

 ──影の刃よ 『禍りなさい』

 

 

 

 

「でぇッ!?」

 

 足元に広がった闇が鋭い牙のように変化して襲いかかるのと、耳に届いた声に反応して彼方が地面を転がるのはほぼ同時であった。

 

 そして、その事象を引き起こした張本人は。

 

 

「アラッ! いい反応をするじゃないの~♪ ちゃんと本気で殺すつもりだったのだけど、直撃どころか掠りもしないなんてオドロキだわ~。ボウヤってば、そんなボロボロの状態でアタシの影の刃を避けるなんて、なかなかやるじゃな~い♪」

 

 

「……そりゃ、どうも」

 

 先ほどの牛鬼とは比較しようとすら思えない、精霊の加護がなければ呼吸するだけでも命を奪われるほど重く深い桁違いの妖気。

 オネェ言葉を扱う細身のイケメン敵キャラといえば、だいたいは主人公の引き立て役となるイロモノのやられ役か──もしくは主人公より圧倒的な格上として一方的に蹂躙してくる強キャラと相場は決まっている。

 

(最悪とかいうレベルじゃねーし。いや、設定的には常世を自由に移動できるから序盤の浅いトコに出てきてもあり得ない話じゃないんだろうけどさぁ。フツー、こんな所でモブキャラの前に出てくるか? ()()()()()()()()D()L()C()()()がさぁ)

 

 一縷の望みとして見逃して貰える可能性を考えるが……本気で殺すつもりだったという発言から、彼方はその選択肢は無いものとして身構える。

 刀を口で咥え、辛うじて無事である左手で『憑刃・風魔』という武器に風属性を宿すエンチャントスキルを発動する。絶望的にステータスが足りていないため勝率などゼロに等しいが、悪あがきとして目の前のボス鬼の弱点となる属性を選んだのだ。

 

 

「……ふぅ~ん? 実力の差が理解できてない、ってワケじゃなさそうだけど」

 

「まぁ、ね。アンタが俺を見逃してくれるなら喜んで逃げ出すけれど?」

 

「そうねぇ、ボウヤがアタシに勝てたら考えてあげてもいいわよ♪」

 

「牛鬼相手に死にかけてるザコに求めるモンじゃないでしょそーゆーのは──さぁッ!!」

 

 

 全力の踏み込み。

 

 もちろん届かないのは承知の上である。目の前からボス鬼が消えた瞬間に合わせ、振り向くのと同時に刀を横に振り抜いた! 

 

「まァ!?」

 

「ぎぃッ!? マジ、かよ……ッ!!」

 

 彼方の狙い通り、背後に回り込んで突進してきたボス鬼へのカウンターは成功した。

 ただし。弱点である角に刀が直撃したにも関わらず傷ひとつ与えることが叶わなかったし、むしろ彼方の攻撃力とボス鬼の防御力に差があまりにも隔絶しているために左腕が反動でイカれそうになったが。

 

「イイわぁ、とぉ~ってもイイわよボウヤッ! 久しぶりに、いいえ、もしかしたらここまでワクワクしちゃってるのアタシ初めてカモ♪ さぁ──影の刃よ、禍れッ!!」

 

(くぅッ! タン、タン、タタンッ! タンタタタンッ!!)

 

 ある意味ではこれも知識チートなのかもしれない。前世の記憶を頼るという不正行為でタイミングを合わせ、影の刃をギリギリではあるものの次々と回避する。

 直撃は論外、ほんの少し触れただけでもモブキャラらしいステータスしか持ち合わせていない彼方にはオーバーキルとなるだろう。一撃を耐えられるのは主人公クラスのキャラクターにのみ許された特権なのである。

 

「──そこだッ!!」

 

 攻撃が通用しないことを思い知らされたが、それはそれ。負けることは仕方ないとしても、強敵を相手に諦め癖が染みつくのだけは避けなければならない。

 実力不足だろうとも、気概は常に必殺必倒。利き腕が使えなくても刺突であれば──せめて1ダメージくらいは効果があってほしいと儚い願いを込めて。

 

 もちろん、鬼との戦いはそんなに甘くない。無情にもガキンッ! という金属同士が衝突する音が常世に響き、彼方はボス鬼が登場したときよりもさらに渋い表情を見せた。

 

「いや……それはダメだろ。なんで格下相手に抜刀してるんですかアンタは。人間相手にそんな、鬼として恥ずかしくないの?」

 

「ないわね。生きるために足掻くボウヤの姿は美しいもの。そして、そんなボウヤに敬意を表して屠ってこそアタシの美しさもより引き立つのよ?」

 

 このボス鬼は原作では体力が減少すると攻撃のパターンが変化するタイプであった。そのため戦闘開始からなるべく早い段階で弱点である角を折り、いくつかの攻撃スキルを使えないようにしてから削るのが定石だったのだが……状況は、ただただ彼方にとって悪いほうへと転がっていく。

 

 

 一瞬の思考。そして判断。

 

 ゲーム通りの立ち回りが望めないのであれば、こちらもゲームでは使えなかった手札を用いて攻略すればいいだけのこと。

 

 

 彼方は一瞬だけ力を込めてそのまま押し切るように見せかけ、刀を手放して距離をつめる。

 

 それに対してボス鬼は咄嗟に後ろに下がった。無理に攻める必要はないという余裕の現れなのか、この状況で無策のまま前に出るワケがないと警戒されたのかはわからない。

 だが、彼方にしてみれば時間さえ稼げればそれでよかったのだ。身体をひねって鞭のように右腕を振るうと、瘴気で蝕まれたままのところへ無理やり霊気を流し込んで肘から先を破裂させた! 

 

 相手のボス鬼は原作ではナルシストという設定があり、美しさにこだわるような発言があったことからこの世界でも同じである可能性が高い。

 ならば、人間如きの血で美しい自分の顔が汚れることを嫌うはず。爆ぜた血肉を避けるために生まれた隙を使い、落とした刀を足で器用に蹴りあげて掴み追撃を狙う。

 

 モブキャラである己は窮地に追い込まれるのも当たり前だろうと、彼方はその辺りの小細工は文字通りの意味で死ぬほど練習を重ねてきたのだ。

 腕を失う激痛も、それを自らの意思で行ったという吐き気を催す不快感も、気合いと根性で捩じ伏せて左手に意識を集中させれば……思惑通り刀を再び構え、風のエンチャントの効果が残っていることも確認できた! 

 

 さぁ、あとはもう一度踏み込めば──。

 

 

 

 

「かッ……あ……ひゅ……ぅ?」

 

 

 

 

 どろり、とした感触と生暖かいモノが胸元に広がる。地面に倒れ伏すまでに、目眩ましが失敗して喉を切り裂かれたことを自覚するための時間は充分に残されていたらしい。

 まぁ、圧倒的格上の鬼が相手では。モブキャラの自分ではこれでも良く戦えたほうだろうと、彼方は心穏やかに意識を手放した。過去の経験から2日間ほどは満足に動けず、その間に結晶塚のアムリタは何割か失われるだろうなと考えながら。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「……あのコ、初対面のハズよね? アレだけ美しく煌めいてるボウヤをこのアタシが忘れるなんてあり得ないし、そもそも人間相手に抜刀して戦ったのも500年ぶりくらいだし。でも、それならどうしてあのコはアタシの影の刃を()()()()()()()()()()()()()?」

 

 先ほどまで戦っていた誉れ人の少年。その霊気が常世の外へ無事流れ出ていったのを確認しながら、その鬼は少年の異常さと異質さについて考えていた。

 自分の情報が、影を支配し操る術式に関する対処法が人間たちの世界である『現世』に伝わっている可能性はあるだろう。それをなんらかの方法であの少年が知っていた、そんな偶然も絶対に無いとは言い切れない。

 

 だが、知識として知っているというだけであそこまでスムーズに対応できるものだろうか? それならば、あの少年が普通だというのなら、今日までに1度くらいは自分が討伐されていてもおかしくはないハズだ。

 

「ちょっとドキドキしちゃったわよね、アレ。独りで楽しむ演舞とは違う、パートナーと息を合わせてのダンスみたいで……ウフッ♪ 自信マンマンで挑んできた誉れ人の魂が絶望の色で満たされた瞬間もステキだけど、やっぱりああして泥臭いぐらいに情熱的に求められるのも最ッ高だわッ!」

 

 鬼と人間という種族の壁があろうとも同じ男同士であれば伝わる愛と友情があるのだと自らの肩を抱いてクネクネと悶える鬼の姿は、控え目に言って不気味でしかない。

 

「だからこそ、わからないわね。アタシの思い違いでなければ、誉れ人の質はどんどん劣化するばかりだったし。いっそのこと危機感を取り戻させるためにも現世に乗り込んであげちゃおうかしら? な~んて考えていたんだ・け・ど。あんなコが現役で誉れ人やってるなら余計な心配はしなくてダイジョーブなのかしら。ねぇ──神霊『冥界童女』ちゃん?」

 

 

 鬼の問いかけに答えるように、少年が蓄えていたアムリタが結晶化したその上に浮遊する少女がニヤリと笑った。

 

 

 アムリタとの感応能力が高い誉れ人の中には、精霊と呼ばれる存在の加護を受け入れるだけの器を持つ者が存在する。そうした誉れ人は特定の武器や属性の術式の扱いに高い適性を持つようになり、特に『朱雀』や『青龍』といった強力な精霊から加護を与えられた者は、現代の腑抜けた誉れ人であっても苦戦は免れない。

 そして、そんな強力な精霊のさらに上位存在として君臨するのが『神霊』である。強すぎる薬が毒となるように、そのあまりにも強すぎる加護に耐えられるだけの器がなければ体内のアムリタが暴走して人外の存在へと成り果てることすらある。

 

 

 故に、神霊の加護を得られる誉れ人の出現は千年の時を生きる鬼の感覚でも非常に稀なことであり、場合によっては『封印』ではなく『消滅』させられることさえ警戒しなければならない。の、だが。

 

 

「こんな表層、いつものアタシならわざわざお散歩しようだなんて思わないのに。これもぜ~んぶアンタの仕込みってワケなのかしら? 鬼のアタシが言うのもなんだけど、アンタ、性格悪すぎよ。ステキな出会いには感謝するけれど、ちょっとだけあのボウヤに同情しちゃうわ……」

 

 姿形が瓜二つである神霊・座敷童子が誉れ人に“幸運と成功”をもたらすのであれば、この冥界童女は“苦難と成長”をもたらす存在である。引き寄せられた試練を乗り越えた先には必ずそれ相応の成長が約束されているのだが……それはあくまで結果論でしかない。

 その正体は、本来ならばゴールまで真っ直ぐ進むだけの道のりを気まぐれにトラップ満載の迷宮に作り替え、理不尽な困難の中でどうにか前に進もうともがき苦しむ誉れ人の姿を眺めては興奮して恍惚とした表情を見せる変態メスガキ女神なのである。

 

 その理不尽な加護により怨霊的な存在に取り憑かれたと勘違いをしてお祓いをする者もいたが、恐ろしいことに冥界童女は紛れもなく人間という存在を愛する“善なる神”であるため効果は全く無い。

 

 ただ。

 

(性癖が腐っているとはいえ、このおチビちゃんは正真正銘の神霊。加護を与えた誉れ人がクリアできる前提で試練を押しつける。それはつまり、あのボウヤが鬼神であるこのアタシを倒せるだけのポテンシャルを秘めてるってコトになるのよねぇ)

 

 先ほどの少年は間違いなく『弱い』誉れ人であった。

 

 鬼神である己を前にして折れぬ心の強さを、最善を尽くさんと足掻く気概を美しいと感じたのも世辞ではないが、それと才能を感じるかは別の話である。

 だが事実としてこの性悪な神霊のお気に入りであり、手加減していたとはいえ真面目に殺すつもりであったこちらの攻撃に対応してみせたのだ。

 

 特に、初手でこちらの弱点であるアムリタを蓄えた角に一撃を当てたことは無視できない。本気で回避が間に合わない、惚れ惚れするほど美しいタイミング。予知能力の類いを持っていると言われても納得してしまうほど完璧だった。

 

(だけど、それなら牛鬼程度に苦戦するハズないわよねぇ? となれば、残された可能性は……やっぱり努力の積み重ね、なのかしら。え? ウソでしょ? 凡人が努力だけで鬼神を相手にあれだけの動きができるとか笑うしかないんだけど? あー、でも)

 

 

 チラリ、と結晶塚を見れば相変わらず冥界童女はニヤニヤと笑い続けている。なるほど凡人であることを自覚しながら高みを目指して歩き続ける誉れ人となれば、このメスガキ神霊に気に入られて取り憑かれたとしても不思議ではない。

 

 

「いいわ、アナタの企みに付き合ってあげる。誉れ人がみ~んなヨワヨワちゃんばかりで退屈していたところなんだもの、あのボウヤが凡人のままどこまでアタシを満足させてくれるのか気になっちゃって仕方ないわ。あぁ、本当に楽しみね……あのボウヤの心が折れたとき、その魂はどれほど鮮やかな絶望で彩られるのかしら? 本当に、楽しみで楽しみで仕方ないわぁ……♪」

 

 頬を汚していた少年の血糊を指先で拭いとり、そのままペロリと舐めて味を確かめる鬼神。口の中に広がる蕩けるように甘い血の味に、数百年ぶりに現れた『獲物』の存在が夢幻ではないことを喜びながら、それは常世の深層へと姿を消すのであった。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 静寂が支配する常世の闇の中。メスガキ女神こと冥界童女は彼方が残したアムリタ結晶をひとつ拾い上げると、ウットリとした表情でそれに口付ける。

 

 殺されても殺されても魂が濁ることなく鬼に挑み続ける誉れ人からしか得られない、決して天然自然の中では産まれない高純度のアムリタ結晶のなんと愛おしいことだろうか。

 生きるために戦う、生きたいから生きる、日々の暮らしを楽しむため守るため奪われないために、誉れ人としての使命や名声など知ったことではないとただただ自己を高め続ける無銘彼方という人間は実に面白い。

 

 

 凡人凡庸、大いに結構。

 

 この生き意地の汚さこそが『誉れ』である。

 

 

 どれほど才能に恵まれていようとも、どれほど強力な精霊の加護を与えられていようとも、心が折れれば全ては無意味。

 常世で死しても現世にて復活できるというお膳立てがあるにも関わらず、痛みと恐怖に耐えられないからと魂を手放すような誉れ人に価値など無い。

 

 冥界童女は人間を愛しているが、ほかの神霊や多くの精霊のように彼らを守護らねばならぬという意識は欠片ほどにも持ち合わせていなかった。

 弱肉強食は自然の摂理であり、鬼たちが常世から現世へと溢れだして人間が滅びることになったとしても構わないとすら考えている。その結果、人々の信仰心が世界から失われ己という存在が人間と共に滅びることになったとしても、だ。

 

 

 だがこの人間なら心配いらない。この人間の心は決して折れない。鬼神を相手に弄ばれ殺されてさえ残されたアムリタ結晶に絶望は混ざっていないのだ、これほど強靭な精神力の持ち主であれば──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 結晶塚の上で、冥界童女は微笑みを絶やすことなく誉れ人の迎えを待つ。次はどんな形で彼の成長を願い『祝福』を与えようか、そのとき彼の魂はどれほどの輝きを見せてくれるのだろうか、全身がときめきで満たされるのを楽しみながら。

 

 

 

 

 特別な産まれでもなく、特殊な力を持つこともない無銘彼方の名が表舞台の記録に残ることはなかった。

 これより1年後に起きた人間と鬼との大戦でも、中心となって活躍したのは伝説の『黄龍の巫女』と同じ力に目覚めたひとりの少女と、彼女を支える『四神の誉れ人』の少年たちであると人々は信じていた。

 

 だが、鬼たちは知っている。

 

 そして、鬼たちは忘れない。

 

 真に恐れるべきは才能に溢れた強者などではなかったのだ。泥にまみれ、血を流し、命に届く痛みと恐怖を刻まれてもなお折れず、曲がらず、退かず、己が非力な存在であることを理解したまま、富も名声も使命も関係なく、何度でも何度でも何度でも『鬼を斬る』ただそれだけのために挑んでくる弱者こそが畏怖すべき天敵なのだと。




短編で物語を綺麗にまとめることができる人はすごくすごいと思いました!
(小学生並みの感想)

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