伝説   作:いつかこう


原作:理想のヒモ生活
タグ:R-15
ウップサーラ王国で無事終えた結婚式の後、善次郎とフレアは初夜を迎えた。
他愛のない深夜のピロートークの際中、複雑な思いに駆られる善次郎。
そしてふと、善次郎はこの先のフレアの未来が思い浮かび、それを彼女に語り始める……。

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理想のヒモ生活のSSです。
なかなか出ない原作15巻にやきもきして、以前遊びで書きかけて止まっていたSSを刊行祈願として投稿しようと文章いじってたら急に15巻出たので刊行記念になりました。(やっぱり原作は自分好みで面白いです)
16巻は早く出ますように……。



伝説

体の火照りと心臓の鼓動が、少しずつ収まっていく。

 

汗ばんだ自分の肌に、もう一人の……異性の肌が張り付いている。

その温かさ、脈打つ心臓の鼓動、吐息、匂い。

全てが心地よく、愛おしい。

 

荒っぽい海の男達の獣のような体臭は黄金の木の葉号()の中で嫌と言うほど嗅いできたが、好きな男の匂いがこれほど好ましく感じられるとは思ってもみなかった。

鼻腔をくすぐる薫りを堪能しながら、目を閉じてその胸に顔を埋める。

 

幸せの中に、少しだけ喪失感がある。

もう自分はこれまでの自分とは違う。

そしてもう二度と、過去の自分には戻れない。

 

それでも……心にも肉体的にも……痛みがあっても、それよりも遥かに喜びが優っていた。

自分は身も心も、この殿方の妻になったのだ。

そう思うだけで、また幸福感がじんわりと胸の奥から湧き上がってくる。

それは女戦士になる事に挑戦する許可を勝ち取った日や、黄金の木の葉号(大陸間航行船)の(お飾りとはいえ)船長に就任した日、初めて草竜を狩りその肉を皆に振る舞った日ともまた違う、独特の幸せだった。

 

『〈女の幸せ〉という言葉には反発心しか沸いてこなかったけれど……こういう幸せも確かにあるのね……。』

 

だからと言ってフレアの幸せ……人生に求めるものの基準が変わる訳では無いが、価値観の幅や理解は少し広がった気がする。

 

そう思えるのも恐らく、相手が善次郎だったからこそだ。

もし戦えば例え素手同士でも間違いなくフレアが勝ち、その事は善次郎も重々承知だろうに、にも拘わらず行為中……いやその前からの、まるで壊れ物を扱うかの様な優しい愛撫と気遣う言葉。

それが嬉しかったし、そう扱われる事が、意外にも嫌では無かった。

欲望を満たすだけの男……特に船員達の荒っぽい武勇伝(情事)……女からしてみれば身勝手この上ない行為を嫌と言うほど耳にし、ある意味スレた耳年増になっていた自分が想像し覚悟していたのとは全く違う経験だった。

 

愛おしい。善次郎が、たまらなく愛おしい。

また幸せの波が、じんわりと全身を伝っていく。

鼻の奥がツンとして、じわっと涙が浮かぶ。

けれどそれは、満たされた想いがもたらすものだった。

 

「眠れないんで…眠れないのかい、フレア?」

 

フレアの身じろぎや気配を感じたのだろうか、気遣いに溢れた優しげな声が頭上から聴こえる。

 

「はい…」

 

そう答えながら、より深く胸に顔を埋める。

気遣わせてしまったならもうしょうがない。

今は素直な気持ちのまま、夫に甘えよう。

 

「えっと、その……大丈夫?」

「少し……お話がしたいです。よろしいですか?」

「はい。ああ、いや、うん、もちろん」

 

クスッ

 

思わず笑みがこぼれてしまう。

出来るだけ素の言葉遣いで接して欲しいという自分の願いを思い出して、慌てて訂正する(さま)が可愛らしい。

フレアは夜目が効く。

暗闇の中微かに浮かぶ、少しバツの悪そうな善次郎の顔を見て、ちょっとイタズラ心が湧き上がる。

 

「凄かった……です」

「えっ?」

「黄金の木の葉号で大しけにあった時より、絶望的な気持ちになりました」

「えっ、あっ、そ……そ、その、ごめん」

「クスッ ごめんなさいゼンジロウ様。冗談で……いえ、凄かったのは本当ですけど、絶望じゃなくて嬉しくて……ですよ?」

 

自分の冗談に善次郎が思いのほか動揺したのに気づいたフレアは内心しまったと焦ったが、それを微塵も感じさせずフォローする。

フレアが知る(よし)も無いが、善次郎がドギマギしたのは彼女の言葉が本妻……アウラとの初夜で言われた事を彷彿とさせたからというのも大きかった。

だがさすがにそれを口にする程、善次郎も無神経では無い。

フレアの言葉に善次郎がああ、うんと生返事をした後、微妙に気まずい沈黙が訪れる。

 

一時の興奮から頭が冷えた(賢者タイムの)善次郎は、罪悪感や自己嫌悪を含んだ複雑な心境に(さいな)まれていた。

この世界で数年を王族として過ごしそれなりにこちらの流儀を覚えて受け入れてきたとはいえ、善次郎には現代日本人の一般的な常識や価値観が染み付いている。

 

今夜結ばれたフレアは若く美しく魅力に満ち溢れた異国の第一王女。

女王である(アウラ)から後押しされ政治的思惑で娶った側室とはいえ、出会った頃からその人格を尊敬し、そしてそれなりに長い時を一緒に過ごし少なくない好意を抱くようになった。

しかも彼女はどうやら本当に自分を好きになってくれたらしい。

だから我を忘れしばらくその身体に溺れてしまうのは男として当然……と簡単に割り切れる様な性格ではない。

 

『……向こうの世界でだって、複数の異性と平気で付き合える性格の持ち主はたくさんいたのにな。よく芸能人のゴシップニュースで騒がれたっけ。いっそ自分もそういう性格だったなら……いやいやいや。』

 

そうであったなら、アウラとの深い信頼関係も絆も生まれなかっただろう。

今の善次郎には、それはもう何よりかけがえのないものだ。

もしドライな、単なる子種を得るためだけの関係だったとしたら。

善吉と善乃の事を思うと、そういう思考が沸く事すら唾棄したくなる。

しかし、なら、今のこの状況は。再び自己嫌悪が湧き……。

 

「ゼンジロウ様?」

「えっ?な、なんでしょう……いや、ゴホン、な、なんだい?」

 

今……と言いかけてフレアは言葉を飲み込んだ。

 

「……いえ。すいません、もうお眠りになりたいのでは?」

「あ、いや、ちょっとボーッとしてたね。ごめん、まだ全然大丈夫だよ」

「本当ですか?もし無理に……」

「本当だよ。それに、俺ももう少しフレアと話がしたかったしね」

「ふふっ、ありがとうございます。なら遠慮なく甘えさせてもらいますね」

 

そう言って、再び善次郎の胸に顔を(うず)める。

 

『……危なかった。』

 

フレアは善次郎に気づかれないよう、静かに息を吐いた。

 

今、他の女(アウラ陛下)の事を考えていたでしょう。

 

もしそんな事を言ってしまえば、それがどれほど善次郎に負担を掛けてしまうか。

同時に、自分がそんな意地悪な言葉をかける衝動に駆られた事に少し驚いた。

こんな、いかにもな嫉妬の感情が湧き上がるなんて。

 

ああ……自分は確かにこの殿方を愛しているのだ。

 

肩書きと血統魔法を抜いてしまえばウップサーラ王国では……いや恐らく世界の殆どの国で、剣も振るえぬ惰弱な男として軽く見られる筈の青年を。

王族としては危ういほどに腹芸が出来ず、愚直に約束を守ってくれる王配を。

世間の常識から大きく外れた、破天荒な女性(自分)の生き様に全く眉を(ひそ)めず、むしろ心からの敬意を表し応援してくれる稀有な男性を。

自分は打算だけではなく、本当に愛している。軽い動揺と喜びで心が揺らめく。

 

「ゼンジロウ様」

「ん?」

「ゼンジロウ様と出逢えて、私は本当に幸せです。嵐に巻き込まれた黄金の木葉号がカープァ王国に漂流したのも、今となっては精霊のお導きの様に思えます」

「……」

 

なんと答えて良いのか分からない善次郎は、狡いと思いつつ沈黙する。

あの歓迎の夜会でフレアが衝動的に行った求婚は、正直なところ善次郎にとって迷惑この上なかった。

側室を娶る事が確定事項だったとしても、可能な限り先延ばしにしたかったのが本音だ。

まあ嫌だけれども絶対やらなければいけない事に対して強制的に決断を迫られたのは、今となってはかえって良かったと考えられなくもないが。

救いなのは、このフレアという少女が自分の夢や野心に周囲を巻き込む事を躊躇わないはた(・・)迷惑さはあるものの、基本的に常識人であり本当に尊敬出来る人格である事だ。

こちらの世界では淑女としてありえない非常識人と認定されるようだが、善次郎にとっては比較的容易に受け入れられる価値観の持ち主だ。自分が巻き込まれさえしなければ。

 

『巻き込まれたんだけどね……』

 

心の中で自分で自分に突っ込む。

そしてまた、そう思う自分に自己嫌悪を感じる。

アプローチはフレアからだったとしても、それを受け入れたのはアウラであり、自分だ。

受け入れた理由もまた、フレアの求婚と同じく打算にまみれた代物だ。

逃げようのない状況に追い込まれたから仕方なく、などと全ての責任をフレアに押し付けるのはさすがに無しだろう。

 

『王族としての責務……か』

 

自分がそれを十全に背負える器では無いことぐらい重々承知だが、アウラや子供達のためにも出来る限り背負う覚悟は決めたつもりだ。

そして打算から始まったものであれ、側室という自分が生まれ育った環境ではあり得ないカテゴリーの存在であれ、フレアの幸福もまた、夫である自分が出来る限り守り叶えてあげたいと思う。

もちろん、アウラやカープァ王国の不利益にならない範囲でだが。

 

『いやでも、本当に凄いよなあ……』

 

あらためて思う。

社会通念的に、まだ男尊女卑が疑問を持たれる事もなくごく自然にまかり通る世界。

(ゼンジロウが古いタイプの日本人だったら、まだその感覚も受け入れやすかったかもしれない。)

そんな逆境の中、10代後半のうら若き女性…そう言えばフレアは内心ムッとするかもしれないが…でありながら国の最新鋭大陸航行船の船長の座を勝ち取り、大海原を乗り越え全く文化の違う南大陸まで辿り着き、さらに我が身を投げ出し今後の自国、ひいては世界の趨勢にすら大きな影響を与えるかもしれない即断をした。

善次郎個人にとってそれは酷く厄介な選択と決心を迫られた迷惑ごとだったが、その行動力と決断力は本当に尊敬する。

常に受け身で周囲の状況に流されっぱなしの自分とは違い、フレアは強い意志を持って自分で自分の運命を切り開いている。

 

……もしフレアが自分の世界に生まれていたら、どれほど生き生きと自由に世界中を飛び回っていたろう。

きっとあちらの世界でも、なにかドでかい事を成し遂げたに違いない。

世界中の秘境を旅する女冒険家だろうか。世界初の女性単独ヨット世界一周だろうか。世界を股にかけるグローバル企業の敏腕女社長だろうか。深海探検家だろうか。ひょっとしたら、宇宙飛行士になる夢に邁進していたかもしれない。

どんなジャンルであれ自分の野心を隠す事も妥協する事もせず、命を輝かし尽くしたことだろう。

そして自分は全く接点を持たず、テレビやネットでフレアの活躍を見て凄い女性がいるなあ、半ブラック企業で命じられるまま死人みたいに働いている俺とは大違いだと嘆息して、すぐに忘れた事だろう。

 

そしてふと、善次郎はある事に思い至った。

それは恐らくフレアも喜ぶ事で、彼女の為した…そしてこれから為すであろう数多(あまた)の冒険を想えば、むしろ必然の未来のように思えた。

 

「フレア」

「はい?」

「一つ予言……いや、確信を持って言える事を話そうか」

「はい」

 

少しいたずらっぽく、けれど真剣な口調。

これまで見知ったゼンジロウとは少し違う雰囲気に釣られて、フレアも少し身を固くして次の言葉を待つ。

 

「フレアの名前は、伝説になるよ」

「…………は?」

 

あまりに意外な言葉に、フレアは新妻が初夜の床で発するにはあまり相応しくない…素で間抜けな声を発してしまった。

けれど善次郎はそれに構わず、続きを話す。

 

「フレアが成し遂げた、恐らく女性初の大陸横断航海は、それだけで歴史書に載るレベルだ」

「……! あ、ありがとう……ございます。で、でも私はただのお飾りの船長で……」

「まあ船の操舵や航海の指示に関しては正直そうかもしれない。でも大切なのは、フレアが自分の強い意志で船長の立場を勝ち取り、そして実際に航海に出た事だよ。それはとてつもない…多分フレアが自分で思っている以上に凄い事だ。単に国益の事だけじゃない。この世界の女性の意識変革の大きな第一歩になりうる偉業だ。」

「えっと……その、すいません、話しが大きすぎて私……ピンときてません」

「それは……」

 

それは自分…地球人善次郎が、向こうの歴史とその流れをある程度知っているから言える事だ。

授業で習った事やテレビやネットでの受け売り。

本格的に歴史を勉強したり研究する人からすれば失笑するような、うろ覚えの知識。

それをさも自分の考察みたいに語るのは少し罪悪感もあるが、まあ今は棚に置いておこう。

 

「フレアはこれからも、船に乗って様々な冒険をするつもりだろう?きっと、そのフレアの冒険を元にした物語がたくさん産まれるよ。奥に留まる事を良しとせず、自分の運命を自分で切り拓いた北の王国の王女様。隣には誰よりも信頼出来る忠義の女戦士スカジ。固い絆で結ばれた主従が荒くれ男達を率いて世界を股にかける大冒険を繰り広げる。子供たちはそれを読んでフレアに、冒険に憧れる。きっと本気で冒険家を目指す子も現れるだろうな。そして色んなジャンルで、同じような気持ちを抱く女性達に勇気を与えていくだろう。」

「も、もう、ゼンジロウ様ったら。おやめください、照れてしまいます」

 

フレアは文字通り耳まで真っ赤に……暗がりの中で善次郎には見えないが……なった。

善次郎が語ってくれた事は、実はフレアが密かに夢想していたことでもあるのだ。

だがさすがに恥ずかしくて誰にも…姉弟(彼から言わせれば兄妹)であり最も自分に理解を示してくれるイングウェイにも、心から頼りにしているスカジにも打ち明けた事が無い。

まさかその子供じみた妄想を、初夜の寝物語で夫の口から聞く事になるとは。

嬉しさと恥ずかしさで身をよじりそうになる。

 

『ほんとにこの方は…なぜこれほど的確に私が欲しているものを与えてくださるのかしら。あの小憎(こにく)らしい騎士様から謝罪の言葉を引き出してくださった事といい、本当に……ああ、まるで願いを叶えてくれる精霊が人の姿を取って私の前に現れたかの様……』

 

……その最後の想いは奇しくもアウラが善次郎に語った言葉と重なっていたが、もちろんフレアが知る由もない。

もし言葉にしたら、善次郎はどんな表情をしただろうか。

 

『ああ、そうだ……』

 

善次郎はフレアに語りながら、自分でもこの世界の未来が見えてくる気がした。

その脳裏には、流石にこの場でその名を声に出して挙げるほど朴念仁ではないが……フレアだけではなく愛する正妻と、そして…あの赤毛の王女の姿も思い浮かんだ。

恐らく彼女達は揃って、歴史に残る伝説的な偉人になるはずだ。

 

この世界は向こうの世界の大航海時代と産業革命期が一度に来たような、激しい大転換期に差し掛かろうとしている。

それは同時に、良くも悪くも人々の意識自体を急激に変えていく。

彼女たちはその旗頭として担ぎ上げられ、時に称賛を、時に憎悪を浴びながら、否応なくその名を高めていくだろう。

 

……そして自分も、彼女達を際立たせる舞台装置の様な役割を果たす事になるのだろう。

つまり自惚れでも何でもなく、自分もまたこの世界の歴史に記される存在になるのだ。

不思議な感覚だ。

こちらの世界の血を引いているとはいえ、自分のメンタルは完全に向こうの世界の…現代日本のものだ。

どう考えても平凡な、半ブラック企業勤めのサラリーマンだった自分。

それが既に異世界の大国の女王との間に二人の子を授かり、今また極北の王国の第一王女と契りを結んだ。

そして恐らく、まだ幾人かの側室を持つ事になるだろう。

きっと読者的な受けは悪い…と言うかそれ以前に注目を浴びないだろうが、歴史学者からはそれなりに興味深い存在になるはずだ。

 

正直勘弁してほしい。

 

もし自分がその考察を読めたら、実像と全く違う『誰だこいつ?』と首を傾げるような別人がそこにいるのだろう。

こんなのは自分じゃないと叫びたくなるような。

そう考えて、自分が向こうの世界で知っている偉人、歴史上の人物達の事を想う。

彼らもまた、どれほど状況証拠や残された言葉から押し測ろうと、本人や親しい人物からは到底容認出来ない姿で伝わっているのではないか。

特にまだ伝える手段が非常に限定されていた時代では。

 

自分が想像する〈航海王女フレア姫の大冒険記〉を(つたな)い即興で語りながら、善次郎は頭の片隅でそんな事を考えていた。

そしてフレアは恥ずかしさに悶えながらも夫の口から紡がれる自身の冒険が本当に叶うように感じながら、いつしか幸せな眠りにつき、その続きを夢の中で楽しむのだった。

 

ーーーーーー-------

 

チュンチュン……チチチチチ……

 

翌日早朝。雀のような鳥の囀りが聞こえ、豪奢なカーテン越しに朝日が差し込む寝室。

胸に(すが)りついたままスヤスヤと安らかな寝息を立てているフレアの横顔を見ながら、善次郎は……。

 

『恥ずかしいいいいい!!』

 

右腕は…フレアの腕枕になっているので左手だけで顔を覆い、新妻(フレア)を起こさない様に超人的努力で体の動きを抑えながら悶絶していた。

 

深夜の…それも初夜のテンションがそうさせたのか。自分は何を話してたんだろう。

らしく無いキザの極み、恥ずかしいセリフのオンパレードの己の妄想語り。

……フレアは恥ずかしがりながらも喜んでいる様に思えた。だから自分も調子に乗って語り続けた。

しかしそれが演技でないと、自信を持って言えるか?

生粋(きっすい)の王族であり、その立場にふさわしい腹芸を見事にこなせるフレアが本気で本当の感情を隠せば、自分がそれを見抜く事は絶対に出来ないだろう。

『え……何言ってるのこの人……いつまで続くの、これ?』とか冷ややかな気持ちを押し隠して自分が望む様な反応を演じてたんだったりしたら。

 

『うわあああああああ!!恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいいいい!』

 

彼女が起きたら俺はどんな顔をすれば良いんだろう……!?

 

南大陸屈指の大国の王女の王配であり北方王国の第一王女を側室に持った異界生まれの王族、という字面(じづら)を見ればとんでもない存在でありながら、根はあくまでも平々凡々な元日本のサラリーマンという善次郎は、彼が思う以上に素直に喜んだ新妻(フレア)の心境も知らず、 己のやらかしに頭を抱えるのだった。

 

ーーーーーーー-------

 

【付記】

 

時は移り……善次郎達が生きた時代が分厚い歴史書の1ページ…と言うにはあまりに重大な歴史の転換点(ヒストリカル・ターニングポイント)として記されるようになった頃。

 

フレアは善次郎の予言通り、大人気物語の主人公として語り継がられていた。

【航海王女フレア姫の世界冒険記】は子供から大人まで知らないものはいない冒険活劇の定番中の定番だ。

もちろん史実を下敷きにした他のあらゆる歴史物語と同じく、作中のエピソードの殆どは真実から程遠いか、もしくは完全な創作だったが。

(後年、ある有名作家の手でフレアとスカジの身分と性別を超えたラブロマンスという本人達……特にスカジが知ったら卒倒しそうなスピンオフ物語も生まれ一時代を築いた)

それでも確かにフレアの世界を股にかけた大冒険譚は浪漫と空想力を掻き立て、多くの人々……(こと)に少女達の人生に大きな影響を与えていた。

 

そして……善次郎もまた、彼自身の自己評価や望みとは関係なしに好奇心旺盛な創作者達の格好の素材(オモチャ)になった。

まあ善次郎の人格や能力がどうあれ、この世界が最も激しく変革した時代に綺羅星のごとく現れ活躍した伝説の女性達……その内の数人の夫であったという立場は否定しようがない。

さらにその素性は、世界の歴史上最も偉大だったと称される女帝アウラの婿として望まれ召喚された異世界人である。

しかも血統は、かって許されざる恋の果てに異世界へ逃避行したカープァ王家第一王子の子孫であるという。

そして世界大変革のきっかけになったビー玉を異世界から持ち込み、新型双燃紙はじめ大なり小なり歴史を変える数多の発明のアイデアを提供した人物ともなれば、そんな創作意欲を駆り立てる素材(設定てんこ盛りのオモチャ)彼ら(創作者達)が見逃すはずはないのだ。

善次郎は、己の妻や側室達やその他の関わった女性達に負けず劣らずの、誰もが知っている歴史上の超有名人の一人となった。

いくら善次郎が「いや自分の功績なんて、全部向こうの世界の物や知識をそのまま持ってきただけで……」と弁明したくとも、もはや偉人(死人)に口無しである。

 

後年の舞台や映画では、その時代時代の希代の名役者や超絶美形俳優達が、様々な解釈の元に善次郎を演じた。

時に世界に革命をもたらした大英雄として。時に暗躍し世界を混乱に陥れた闇の策謀家として。

時に女王アウラとの愛に殉じ生涯を支え続けた理想の伴侶として。

時にフレアとスカジの道ならぬ恋を邪魔し純血を散らす非道の悪役として。

(超有名作品の影響で半ば歴史的事実(司馬史観)化したフレア×スカジを信じたい層にとって善次郎は格好の憎まれ役となり、熱狂的なフレスカ支持派により善次郎の墓標が荒らされるという大事件まで発生した)

 

更に後年、文明の爛熟期に入ると善次郎は異界の大魔王になったり女垂らしの凄腕テクのドンファンになったり超絶辣腕の闇の帝王になったり手からビームを放ったり二段階変身したり女体(TS)化したりとそれはもう好き放題弄り倒されるのだが、幸いな事にそのレベルになるのは既に彼がこの世を去って長い時が過ぎ、その子孫達もクレームを入れるほど彼を身近な存在に感じられない歴史上の人物として認識している、遠い未来の事である。

 

ちなみに、一次資料を読み漁り数多くの取材をし鋭い考察力で最も善次郎の実像に迫った、とある無名の歴史小説家の作品は不評であまり売れなかった。

ざっと読み飛ばしたある著名評論家の書評はこうである。

 

《異世界の知識と本人の聡明さによってこの世界に変革の巨大な爪痕を残した伝説的で偉大な人物が実はとても平凡で事なかれ主義の小心者だったという着想は面白いが、意外性を求めるあまりリアリティが無い》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以前オバロのSSをいくつか投稿してたのですが、最後に投稿した期日を見たら2018年……嘘やろ。あ、いや時たま覗いたりしてたけど改めてビックリ。時の経つのが早すぎますやん。

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