マルメロ家の日常2024~   作:大野 紫咲

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憑依を使って戦うゲームの実況を、動画で見ていた龍神の青雨。
人間の紫咲に、自分も憑依がしてみたいと頼み込むが、同じく龍神の満津羽はそこまで気乗りしない様子。
同意を得て紫咲の体に初の憑依をしてみる事になるが、結果は果たして……?
ほのぼのギャグコメディです。
改ページありのピクシブ版はこちら→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=23905988

今後発刊予定の龍神×人間ラブコメファンタジー「うちの俺様くん」にも収録予定です。
なお、作中に出てくるゲームのモデルになっているのは「野狗子」ですが、設定などをちゃっかりぼんやり変えております。

作者本人による朗読動画はこちらから。
https://youtu.be/HrIRX9mHUZU?si=JL-boMk1KO6d5Mqt


憑依と遊戯ととんだ仕返し

 それは夜羽と恵李朱が魔法学校に行っている間、いつものようにのんびりと、紫咲(むらさき)が龍神の青雨(せいう)満津羽(みつは)達と共に、動画サイトを見ている時だった。

 いかに専業主婦が贅沢だと言われようと、外に出るのも憚られるほど寒い冬、炬燵に入って茶や菓子で温もりながら冷え切った心と体を癒していく時間は、何物にも代え難い。菓子を摘んでだらけながら紫咲の隣で背を預けて寄りかかった満津羽が、眠そうに欠伸をしているのもいつもの事だが、狐耳を生やした子供姿で紫咲の膝に陣取った青雨は、近頃その動画投稿サイトの内容に思うところがあるらしい。件の動画というのは、最近流行りのアクションゲームを実況者が毎日投稿してくれているもので、内容の面白さも相まって青雨や満津羽も飽きずに眺めているのだが、あまりにその中のキャラクターに紫咲が夢中になっているのが、青雨は面白くないらしかった。

 青雨を抱き締めながら、きらきらと画面の中の激しい戦闘に目を輝かせている紫咲を見上げ、青雨は思わず半目になる。

 

「その、憑依をして闘う、というのはそんなに強いのか」

「う〜ん、強いし、やっぱり人の心が全く分からなかった妖怪が人間と心を通わせてタッグを組んでくれるっていうのは、やっぱエモいと思うんだよねえ」

「実況者のげえむとやらが上手いのはわかるが……このような化け物退治なら俺の方が強い」

「そ、そりゃそうでしょう……セイくんは神様だもん、強いに決まってるよ」

「おい、そいつのくだらない焼き餅は放っておけ。肝心な台詞が聞こえないだろう」

 

 いつの間にか起きてちゃっかり隣に座った満津羽が、真剣な顔で画面に齧り付いている。青雨の親神である満弦音(みつね)の双子の弟である満津羽は、青雨よりも長く生きているし師匠同然の神のはずなのだが、その見た目の若さや言動の幼さもあって、側で見ていると年の離れた兄のようだ。ゲームの中では、謎の主人公が憑依した相棒のキャラと、禍々しい触手を呈する化け物とが、闇夜に輝く近代的なネオンの下で闘っている。主人公も敵も、共に古き時代から現代に生き残った魑魅魍魎という設定らしいが、主人公の方は相棒キャラに憑依して敵を駆逐するうちに、様々な事を経験して次第に人間への情が芽生えていく。尚且つ相棒とも意思疎通を図りながら戦闘できるというのがストーリーのウリなようで、どれほど多角的に双方の視点から物語の謎を分析できるか・どの程度主人公と相棒との絆を深められるかも攻略の鍵になってくる。

 それが見ていて面白いところなのだが、紫咲を見守りながら暮らす龍神の青雨としては、今紫咲が画面の中の得体の知れない主人公に入れ込んでいるのは、何だか悔しいらしい。

 黒々とした満津羽のボブの髪を隣で見ながら、赤褐色の長髪を背中に流した青雨がすかさず瞳を上げて反論した。

 

「焼き餅は焼いていない。ただ事実を言っているだけだ」

「そういうのを焼き餅というんだ、馬鹿が。まあ、俺様ぐらいになると、この程度で気持ちが揺らぐ事など全くないがな!」

「そうか? その割には、さっきから台詞が聞こえないと言いつつ満津羽の声の方が大きい気がするんだが……」

「ちょっとちょっと、二人とも喧嘩してる間に決着ついちゃうよ?」

 

 慌てて紫咲が注意を促したあたりで、丁度戦闘が終わる。本日の配信はここまでのようだ。新たな章をクリアし、また新たな謎が生まれたところで動画は終了している。新鮮さが薄れないうちにと、実況を見た感想や考察を日記につけた紫咲は、いつもなら昼寝をしてしまう時間帯の時計を見上げて、少し休憩してからゆっくりと立ち上がった。ぴょこんと、青雨の耳と尻尾が立ち上がる。

 

「お腹空いたし、今日はまだ体動きそうだから、スコーンでもおやつに焼こうか」

「あの“外側が硬くて中身がふわふわ”のことか」

「もう『スコーン』って単語で覚えちゃった方が早い気がするけど……」

 

 青雨は、小麦や発酵の香りが珍しいのか、紫咲の焼くパンが好物だった。近頃はパン屋に行く機会に恵まれているので、紫咲が自分で焼く機会はめっきり減ってしまったが、焼きたてがふわふわなパンの名称を“ふわふわ”だと思い込んでいた青雨は、その名残が抜けないらしい。どう考えても歯応えがふわふわとは言い難いスコーンはどうなるのかと思っていたら、結局はそういう呼び方になってしまったようだ。

 満津羽にも手伝ってもらいながら、手早く材料と刻んだナッツとココアを混ぜ、生地を食べやすい大きさに切ってオーブンで焼く。漂ってくるいい香りを吸い込みながら待つこと約二十分。今回は上手く焼けたようで、膨らみも高さも十分だ。お腹いっぱいになるまでスコーンを堪能した紫咲は、美味しそうに頬張っていた二人の龍神の反応にも満足しながら、ごろりと座椅子に横になった。そのお腹の上を、子供姿の青雨がよじよじと登ってくる。小さいからなのか、はたまた神通力のおかげか、上に乗られても苦しくはない。

 

「それで、憑依というのは、そんなに強いのだろうか」

 

 青雨の翡翠色の丸い瞳が、真剣な気持ちを滲ませながら問いかけてくる。よほど引きずっているらしい。思わずぱちくりと瞳を瞬かせた紫咲は、その柔らかな前髪を撫でながら、思わず小さく笑ってから考えた。

 

「そうねえ……出来たらカッコいいかもしれないけど、でもそういうのって、憑依される側の精神力とか体力によるものが大きいんじゃない? 正直なところ。セイくんは強い神様だから、直生(なお)くんとかならともかく、私に憑いてみてもあんまりメリットはないと思うんだけど」

「そういうものなのか」

 

 紫咲が直生の名前を挙げたのは、彼が役者なのもあって日頃から丈夫であり、なおかつ何だかんだで幼い頃から神との関わりが強かったからなのだが、青雨はそのあたりの条件をあまり気にしてはいないらしい。こてんと首を傾げる青雨に、満津羽も赤い瞳を胡散臭そうに眇めながらスコーンを囓る。

 

「まったく、お前まだそんな事を言ってるのか……大体、どこぞの者とも知れない妖怪だの魑魅魍魎の類いならともかく、由緒正しき神である俺様達が、下等生物である人間にわざわざ格下げしてまで憑依するなど考えるにも値しないだろう。僕ら単体の方が、身軽だし楽だ」

「だがあの夏、満弦音は依り代として直生を選んだ」

「あれは特別だっ。直生は神子(しんし)としての才覚があったし、だいたい兄様が何年、自分が封じられた木生根(きふね)の地の外へ出たいと望んでいたと思ってる。兄様の考える事は絶対に決まっているだろうがっ」

 

 ちゃっかり自分の身内の事は棚に上げている満津羽に、紫咲は思わず吹き出しそうになった。それでも青雨はまだ粘って追求を続ける。

 

「それに、昔から神降ろしの儀はあるだろう」

「あれは神職や霊力が高い人間の話だ。お前だって人間の巫女と番った経験があるなら分かっているだろうが」

「それはそうだが、少しくらい夢見てみてもいいと思わないか。今は神代ではないのだし」

「お前なあ……」

 

 まさか青雨から夢を見るなどという言葉が出るとは思っていなかったようで、満津羽が本格的に呆れて物を見る目つきになった。ふぁさふぁさと赤い狐の尾を振る青雨の視線に耐えかねたのか、満津羽は半分そっぽを向くようにして言った。

 

「……まあ、お前とその女の絆が十分なら、憑いてみるくらいなら問題ないんじゃないか」

「ほんとうか」

「え……ちょ、ちょっと待って。なんか突然カラオケ屋に行くみたいなノリで決まってるけど、私にセイくんが憑依するって、私の体の中にセイくんの魂が一緒に入るって事だよね?」

「そうだが。俺ら神や霊獣の類は元々目に見えぬものだし、主も常人には見えない俺たちと、普段当たり前のように話したり暮らしたりしているだろう。その深度が今より少し深まるようなものだ。何も怖がる事はない」

「え……あ、いや、そうかもしれないけど、そのぅ……恥ずかしくない?」

「なぜだ」

 

 曇りなき眼が、ぱちりと紫咲の眼前で瞬いてみせる。先ほどのゲームで見た光景を、紫咲は思い出していた。自分の中に相手が憑依するという事は、肉体はおろか、心まで丸裸にされてしまうという事だ。上手い人間なら見られたくない本心などを隠せるのだろうが、そんな器用な真似ができる自信は紫咲にはなかった。特に想い人、ならぬ想い神の事をどんな風に慕っているのか、あまつさえどんな風にこの体へ触れられたいと思っているのか、そんな事まで知られてしまったらと思うと、抵抗があるとまでは言わなくとも、かなり恥ずかしいのは事実だ。じわじわと顔が熱くなってくる。

 が、まさかそんな事を直接口に出すわけにもいくまい。照れてもじもじと視線を逸らしながら起き上がる紫咲の膝で、青雨はただ不思議そうに首を傾げている。本気で分かっていないらしい。耐えかねて満津羽が溜息を吐いた。

 

「相変わらず、自分の興味関心の為なら相手の事情に鈍い奴だなお前は……そういうところ、兄様とそっくりだ」

「そう……なのか。紫咲が嫌なら、無理にとは言わないが」

「お前みたいに何でもかんでも開けっぴろげな奴ばかりじゃないんだ、心の隅々を覗かれて嫌な奴もいるだろう」

「なるほど。ぷらいばしぃのしんがい、というやつか。そういえば、前に直生に憑こうとしたらそう言われて断られた事があった」

「既にやろうとしてたのかよッ!」

 

 友人である直生にも憑依を試みようとしていた経験があるようで、満津羽は思わずツッコミを入れ、紫咲は苦笑していた。ぺたりと座って、青雨は紫咲の両手を握る。小さな手は幼子のそれだが、今の青雨は霊力節減の為に子供姿に化けているだけで、本来の人型姿は道ゆく人が十人とも振り返りそうな美形の男だ。もちろん、中身も見た目の印象に違わず清らかな性格をしている。

 

「紫咲は、俺に心を覗かれるのが嫌なのか。だいじょうぶだ。無理には立ち入らない」

「や、セイくんになら全部見られたって平気だけど……でも、どのくらい好きとか知られちゃうのは、恥ずかしいなぁと」

「俺は主のことが好きで、主は俺のことが好きだ。好きなら、何も恥ずかしい事はなくないか」

「そうなんだけどぉ……!」

 

 神からその辺の人間にへりくだる必要などあるまいに、青雨は自分を見出してくれる紫咲の事を、今では律儀に「(あるじ)」と呼ぶ。日々、自分の傍で生きる姿をじっと見つめてくれる青雨の事を、紫咲は照れて見つめ返してから、握られた掌に視線を落とす。

 

「じゃあ、ちょっとだけ試してみる? ほんとに、憑依したからって何が出来るわけでもないと思うけど……」

「それでいい。主と一つになれれば、それで十分だ。念のため、ここへ横になっておくといい。万が一、俺が中に入って気分が悪くなったとしても、これなら大丈夫だろう」

「げ……っ、な、中に入るとか言うな、はしたない! 破廉恥だろうッ」

「……? 他意はないのだが……どのへんが破廉恥なんだ」

 

 何故か満津羽の方が、勝手に色々と想像したらしく声を裏返らせて顔を赤くしている。笑いながら横になった紫咲は、少し緊張しながらも、出来るだけ体の力を抜くように意識しながら目を閉じた。ふわっと、体の中に涼しく、それでいてあたたかい何かが流れ込んでくる。

 

『紫咲……聞こえるか』

「セイくんだ。ここにいるの?」

『ああ。少しばかり、体を借りるぞ』

 

 ぱちりと、紫咲の意志とは関係ないところで瞳が開く。何だかんだで心配そうに覗き込んでいた満津羽は、紫咲と目が合って慌ててばっと飛び退きながら言った。

 

「お、おい。セイ、そこに居るんだろ。どうなんだ」

「……」

「……おい?」

「……動けない」

「はあ!? ふざけてんのかっ」

 

 満津羽が素っ頓狂な声を上げる。口調は青雨のまま、どこかぼんやりとした瞳で、紫咲は手を持ち上げて掲げながら言った。

 

「本当に、全く動けないんだ……主の体が、まさかこんなにも、気や体力が不足していようとは」

『ごめえええん! 本当にごめんなさい! 不健康な主で!』

「いや、紫咲が気にする事はない……元々、人と神の親和性は低いのに、無理やり入ろうと言い出したのは俺の方だ。神としては並ではない力を持っているはずだと言うのに、このように軽い主の体すら、動かすだけの能も俺にはないとは。俺の方が面目ない」

『えっと、つまり、もう少し丈夫な人……たとえば直生くんとか相手なら、上手くいったかもしれないって事だよね?』

 

 紫咲が体の内側で尋ねた事を、念話として聞き取った満津羽が、おかっぱの頭でこくりと頷いた。

 

「ああ。強い神の力は純度が高いが、それ故に俗っぽい人間の体とは交わりにくい。直生の場合は青雨と神使の契約も結んだ事だし、兄様による神懸かりも過去に起こっていたぐらいだから、憑依で青雨と一体化できる可能性は高いだろうが、お前の場合はまあ……これも、ある程度は予想がついた事だ」

 

 どこか、同情めいた目線を投げられている。紫咲の中に入った青雨は、何とか指先を動かそうと試みながら満津羽を見上げた。

 

「く……っ、少しくらいは動けなければ、紫咲を守る事すら叶わないではないか。これでは神の名折れだ。どうにか少しでも慣れ……っ」

「おいおい、兄様の分け御霊の分際で、あんまりみっともない真似をするなっ!」

 

 どうにか寝返りを打った青雨は、這いつくばったままでソファから移動しようとする。が、神聖な神にとってはよっぽどこの体が重すぎるようで、蛇のようにずるずると体を動かして移動するも、リビングの入り口にさえ行けずに力尽きてしまった。

 

『ここまで来ると、申し訳なさ通り越してもはやショックなんだけど……』

「ふんっ。だらしのない弟弟子めっ。と言いたいところだが、神と人間の適合性など、高い方が珍しい。お前がそれほど気に病む事では……いやしかし、流石にこのザマは俺様も吃驚(びっくり)だ。青雨のように、人間にアホほど懐いている神でも動かせんとは。もう少し、創作ではなく体力作りに重点を置いてもよいのではないか」

『満津羽くんに真剣に驚かれると、ますますそんな気がするよ!』

 

 いつもふざけている龍神から真顔でアドバイスをされると、事の深刻さが身に染みてくる紫咲なのであった。そんな紫咲を体の内側に置いたままで、青雨の方はと言えば、毛足の柔らかなカーペットに頬を付けたままうとうとしている。

 

「それにしても、この間お前達が買った、新しいかーぺっととやらは柔らかいな……それに、主の心の内側は、あたたかくて心地いい……このまま、ここで、昼寝を……」

『わーっ、セイくん寝ないで! このまま私の体で寝られたら、流石に風邪引いちゃうから!』

 

 おそらく青雨本人の体ならば、布団も被らずに床で寝る程度の事ではぴんぴんしているだろうが、紫咲の体ではそれすら耐えられないだろう。どうにかして起こさなければ、と内側で紫咲が慌てていると、不意に横からどかんっ、と誰かにぶつかられるような衝撃があり、同時に青雨の存在が突き飛ばされながら出て行く感覚がした。

 

『ん……? ん???』

「わっはっはァ、さすが俺様だな! 弟弟子一人追っ払って、俺様が代わりに乗っ取るなど造作もないわ!」

『ええーっ! 今度は、みっちゃんが私の中に!?』

 

 追い出された青雨はと言えば、体を取り戻してカーペットの上に鞠のように転がりながら、きょとんとしている。子供サイズだと体の大きさも小さい上に、その大部分が獣耳と尻尾の毛でもふもふしているので、毛糸玉がその辺に転がしてあるようだ。

 

「なんだ。動けるではないか」

 

 造作もないように、満津羽が紫咲の体のまま、すっくと立ち上がって掌を握ったり広げたりしているので、青雨は驚きながら翡翠色の澄んだ目を見開いた。驚いたのは、内側で体を委ねている紫咲も同じである。先程とは違い、体は憑依前の怠さを残したままではあるが、どことなく力が湧き上がってくるのを感じ取っていた。

 

『え……え? どういう事?』

「そういえば、洗濯機が止まったままだったな。俺様が干してやろう」

『えっ、ちょっ、みっちゃん、いいよ無理しなくて……!』

 

 慌てて紫咲が止めようとするも、意志に反して足と体がずんずん動いていく。とんでもない早さだ。せっかちな満津羽は、とてつもない速度で鼻歌を歌いながら洗濯機の洗濯物を順に出して回収すると、その足でまたせっせこと歩いて台所へ向かった。室内干しの為のピンチハンガーへ、紫咲の見よう見まねで次々と洗濯物を吊るし、残った物やタオルは、大きな物干しとハンガーへ順に掛けていく。その手際の良さと言ったら、神様なのによく紫咲の家事を見ているものだと、驚かされるほどだった。

 

「神様なのに、はおかしいだろう。普通、神と言ったらよく人間の暮らしぶりを見ているものじゃないのか。まあ、俺様は青雨ほどお人好しではないからわからんが。それに、今はお前の思考回路と繋がっているおかげで、多少は家事の段取りがわかりやすい。よくもまあ、こんな煩雑な物を同時に考えていられるものだな」

『え、いや、そんな……ありが、とう……?』

 

 思いがけず褒められた事に喜びながらも、紫咲は満津羽と感覚を同化させる事に集中するのが精一杯だ。その後ろを短い脚でちょこちょこと走り回りながら、青雨も紫咲を見上げる。

 

「すごいな。満津羽はやはり、俺の兄神だからこんなにも自在に彼女の体を操れるのか」

「ふんっ。高位な神の偉大さがわかったかっ。……と言いたいところだが、これは恐らく、俺様が貴船の神の弟だからというよりは、僕自身の特性によるものと言えるだろう。たとえ兄様が憑依したとしても、結果は青雨と同じだ。それはな。僕が兄様とは違い、とっくに世の穢れに染まりきり、より“人”に近い要素で構成された神だからなんだよ」

『……』

 

 自嘲的な言葉に、紫咲は口をつぐむ。満津羽は、食器やタッパーを効率よく水受け皿から棚へと移し、片付けの手を止めないままで喋り続けた。ついでにコンロへやかんをかけた満津羽は、珈琲用の匙で粉を計ると、それをフィルターに入れながら考え込む。

 

「格の合わない人間に神が憑依するというのは、お前達の世界で言うと……そうだな。フロッピーディスクしか読めないようなおんぼろパソコンに、最新型のブルーレイを投入しようとしているようなものか? とにかく、読み取る媒体が合わなければ、干渉する事こそなかれ、神の力をその身に宿して引き出すなどできん。その点で言えば、端から俺様はおんぼろの規格外もいいところだ。お前のような粗末な器でも、多少は共鳴し合うという事だな」

『でも……それって、すごくない? 別に、フロッピーとかカセットとか、古い時代のものが古いからよくないって事にはならないでしょ。確かに、今は使わないかもしれないけど。だって、逆にそこまで満津羽くんが俗世に近付いてくれたから初めて、貧弱すぎる私と共鳴できるって事じゃない? それってもう、運命の人じゃん』

「ああ。そういう事だ。満津羽、お前はすごいのだぞ」

「な……っ!? 何を言うんだ、お前らは!」

 

 口々に紫咲と青雨が褒めそやすので、満津羽は動揺のあまり、珈琲に入れる湯を零しそうになっていた。乱暴にやかんをコンロに置き、使い終わったフィルターを流し台に捨てながら満津羽が叫ぶ。見かけは紫咲だが。

 

「お、俺様はなあ! さしたる浄化も出来ず、龍神たる神力も低く、兄様のお役にも立てない堕落した神で……!」

『みっちゃんが近くに居てくれるなら、私はむしろ堕落した神でよかったけど』

「そうだ。お前はその体だから、出来る事がたくさんある。紫咲が、この身で我が家を支えてくれるのと同じようにな」

 

 念話を通してこくこくと頷き合う紫咲と青雨に、紫咲へ憑依した満津羽の頬がどんどん赤くなっていく。

 

「な……っ、お前らはまたふざけた事を! 俺様を甘やかそうって魂胆だな!」

『えっ、駄目なの?』

「だ……べ、別に、駄目ではないが……って、駄目に決まっているだろーう! これ以上神としての威信が失墜したらどうするっ。まったく、油断も隙もならぬ人間とおとぼけ龍神め。もういいっ、俺様は外に出るっ。これではお八つも食べられぬではないかっ」

「そうだ、満津羽。最後に俺と代わってくれ」

「はあ? 別にいいが、今代わったってさっきと同じ事だぞ」

 

 そう言うや否や、紫咲の体から満津羽が抜けて、再び青雨の波動が入り込んで来るのを感じる。目眩がして頭を押さえると、次に顔を上げた時には、目の前には既に満津羽の姿があった。紫咲に憑依した青雨は多少ふらふらしているが、先程とは違い、どうにか立っている事はできるようだ。

 

「うむ……少し感覚が同化して、慣れてきたか」

「まったく。俺様なら多少は家事の助けくらいにはなれるがな。そのザマで、一体何ができるって……」

 

 言うんだ、という満津羽の言葉は続かなかった。青雨が小柄な紫咲の体のまま、ぎゅっと満津羽の胸元に抱きついたからだ。泡を食ったように、ぱくぱくと口を開けたり閉じたりして満津羽が固まる。

 

「なっ……な……っ」

「これは、どうだ。紫咲が感謝や好意を伝える時に、よくやっている事だ。ぎゅっ、だ。俺もよくやる。幸せな物質が分泌され、癒しの効果もあるそうだ」

 

 ハグという単語が出てこない青雨に、紫咲は可愛いやら可笑しいやらで内心吹き出しそうになっているが、満津羽は当然それどころではない。完全に、なされるがままで泡を吹きそうになっている。目を閉じたまま、紫咲に同化した青雨は言った。

 

「満津羽にもずっとしてやりたかったが、お前は俺を見るとすぐに逃げるだろう。だから、これならば逃げられないと考えた。……満津羽、いつもありがとう。これからも、ずっとみんなの傍にいてくれ」

 

 身動きを取れる取れない以前に、満津羽が動けなくなってしまったのは言うまでもない。羞恥からか、頭から煙を出して動けなくなっている満津羽のぬくもりを感じ取りながら、紫咲も青雨の内側でくつくつと笑った。やっとの事で、満津羽が言葉を絞り出す。

 

「ず……ずるいぞ、お前。こっ、この女の体を使われたら、俺様には本気で振り解けないではないかっ」

「ああ。それもわかっていた。満津羽は優しいからな。それに、満津羽に対する俺と紫咲の本心は同じだ。何も問題はない」

「だーッ、わかったッ! わかったからッ! せめて、お前もここに出てこい! ……も、貰ってばっかりでは性に合わんからなっ。ただ一方的にぎゅっとやらをされるだけでは、神の名が廃る。まったく、お前は幾つだ、青雨? いくら長命な龍の分際とは言え、もう子供と言えるような歳ではないだろう」

 

 腕を解かれてから、紫咲の横に現れた青雨を見下ろす満津羽の目は、いつの間にか不出来な我が子や愛弟子を見るかのように、呆れて優しく微笑んでいた。青雨は、小柄な体を満津羽の足元へ抱き寄せたまま頭を撫でられ、珍しく目を限界まで細めながら嬉しそうにぶんぶんと尻尾を振っている。その様子を微笑ましく見守っていた紫咲の方へ、ふと満津羽が視線を投げた。

 

「お……お前も、来い」

「へっ? いいの?」

「一匹だけ優遇するのは、神としては不平等だからな……うん。そ、それに、お前には憑依に巻き込んで色々と世話を掛けた。こんな事でも、癒し効果……? とやらがあるのなら、何かしらの礼にはなるだろう」

 

 必死で逸らそうと泳いでいる、紅色の瞳が落ち着かない。満津羽は何やら一生懸命言い訳を探しているようだが、ハグするのに理由は要るだろうか、と紫咲は思う。思えど、無条件に相手に手を伸ばすには、まだ少し恥ずかしいのだろう。

 紫咲は、幸せな気持ちで大好きな神々の両腕に抱かれていた。

 

【挿絵表示】

 




奥付
タイトル:憑依と遊戯ととんだ仕返し
著者:マルメロ
サークル名:マルメロとくるみの木
連絡先:[email protected]
発行日:二〇二五年二月一日(OperationVR- EXTRA#13)
印刷:なし(ウェブ掲載のみ)
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