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それから後。折角だからお祝いに何か美味しいものを食べようという事で、リアルの方の夫に、私達は和食料理店に連れて行ってもらった。チェーンの奴だけど。
休日だったので店内は程よく混んでおり、暖簾の装飾に区切られた奥のボックス席に座りながら、頼んだ料理が来るのを待っていると、隣から視線が集中するのを感じた。
夜翰さんは私の向かい側に座っているので、隣にいるのは兼さんに決まっているのだが、なんだか美容室を出た直後よりも、眺める目線に遠慮がないというか、見つめる瞳がずーっと柔らかいというか。
独り言のような声がさっきからずっと聞こえてくるので、ほっぺたが熱くなってきそうだ。
「綺麗だなあ」
「……」
「綺麗だな」
「……」
「きれーだよなぁ」
「もう。わかったってば。嬉しいけど、そんなに言われたらちょっと恥ずかしいよ」
「んな事言ってもよ、思ってる事が勝手に口から出ちまうんだから仕方ないだろ。それに、こういうのは幾ら言われても嬉しいもんじゃねえのか」
「そうなんだけど!」
そんなに綺麗を連発してくれるとは思わなくて、私は隣に座ったままぱたぱたと両手を振り、気恥ずかしさから笑って俯いた。
夜翰さんは、桜柄の湯呑みを傾けながら、呆れたような目をしている。
「馬鹿の一つ覚えって知ってる?」
「オレが馬鹿だって言いたいのかよ」
「もうちょっと、語彙力とか言い方ってモンがあるでしょ。お得意の俳句とかさあ」
「馬鹿野郎。俳句はいいが、そんな短い文で主の魅力を全部言い尽くせるもんかよ」
「うわー……なんか、うわあ……兼さんって素直になると天然タラシだ、これ」
二人の会話を聞きながら、有り難くももうそろそろ頭から煙が出るんじゃないだろうかと思っていると、料理が運ばれてきた。
この手のメニューではお馴染みの、キャベツと揚げ物の組み合わせに舌なめずりしながら両手を合わせていると、兼さんと夜翰さんが、意外そうな表情になりながら二人でぱちぱちと目を見合わせている。
「? どうしたの」
「あ、いや……主も揚げ物食うんだな、と思って……」
「そっか、普段あまりにも食べないから、兼さんは見慣れてないのか」
「ボクもそんな頻繁に見る訳じゃないけどね。揚げ物、体力的にもキツいから、最近サキは家でもしないし。お惣菜でたまに買ってるっけ?」
「そうそう。スーパーの少しじわっとした衣も、あれはあれで好きなんだけどさ……たまにでいいから食べたくなるのよ。こう、噛んだ瞬間にバリバリィって音が立つような、本格の揚げ物を……!」
そしてもちろん、それは体調的にも体力的にも元気という条件が揃わなければ叶わない。冬場という風邪引きシーズンには、まず起こり得ない奇跡。
そんな中、多少無理をしてとはいえ辿り着けた、秘宝とも言えしヒレカツの感触を、私は齧り付いた口内で存分に味わっていた。
元々食べるスピードが遅いので、お腹が幾ら減っていようと上品にゆっくり食べている感じになるし、それで特に困る事もない。
が、今日は髪を切ったばかりなので、食べている姿が殊更丸見えになる。それを意識しながら、片側の髪を耳の横に掛けて、なるべく大口を開けないようにカツを齧っていると、やはり隣から視線を感じる。
「……そんなに私が食べるとこ見てるの楽しい?」
「主って美味そうに食うよなあ、と思って」
「そうかな……美味そうにって言うと、瞬く間に山盛りの唐揚げを平らげてく君達の方が、わかりやすく美味しそうって感じじゃない?」
「そりゃ、勢いで言えばそうかもしれねえが。主は何ていうか、一口入れる度に幸せそうに食うだろう、こういう時」
「だって、幸せだもの。美味しいものを、好きな人と味わって食べれるのはいつだって幸せだよ」
採血の後は不思議と腹が減るものだが、髪も体の栄養の一部分なのか、店に来る前はそうでもなかったのに、食べ始めるとお腹が空いて、いつもは食べ切れない量まで綺麗に完食してしまった。
丁寧に手を合わせた私を、何故か隣で見ていた兼さんと夜翰さんまでもが、満足そうな顔をして見つめている。
「……ふたりとも、やけに嬉しそうだね」
「だって、主が幸せそうに食べるもんなあ」
「ね。食べてるところ見るだけで安心するなんて、条件反射としてはどうなんだって思っちゃうけど」
「なんか、相当ご心配をお掛けしていたようで……」
体調が悪い時とか、家だと炬燵に這いつくばるようにして食べてる事もあるので、無理もないかもしれない。毎日背筋を伸ばして楽しく食べられたらいいんだけど、食べるって意外とエネルギーを使う行為なのだ。
「しかも今日からは、食ってるところまでよく見えるしな」
「え!」
「髪が短くなった分、表情が見えやすくなったんだよね。長いのに慣れてたから、こんなにわかるんだってびっくりしたぐらい」
「ええ……! それはちょっと恥ずかしいんですけど!」
見られているのも恥ずかしいと言えば恥ずかしいが、そんな表情まで丸見えにされていると思うと……。
確かに、もう自分の顔を隠すものが何もない。調子が良い時ならいいけれど、逆に言えば、具合が悪い時や疲れた時の顔を、一瞬だけ隠しておけるようなものもなくなってしまった。取り繕いや誤魔化しは効かないという事だ。
食事を終えてレジに並びながら、心許なさに短くなってしまった顔の横の毛を思わず引っ張ると、兼さんが言った。
「まあ、見せとけよ。オレらに見られて恥ずかしいもんなんてねえだろう」
「恥ずかしいものはあるよ!? ……あるけど、恥ずかしいだけで、ダメではない……よね?」
「そうそう。主が余裕ない所とか、参ってる所とか見られた方がオレらは得だろう。何てったって、ただでさえあんたは無理ばっかするんだからよ。なー夜翰?」
「まあね。別にちょっとくらい髪で表情が隠れてたって、今更見間違えたりなんてしないけど……よく見えるならそれに越した事はない」
「本気で言ってる??? 余裕ないって事は、みっともない所とか当たり散らしてる所もよく見えるって事だよ? 幻滅するよ?」
「そういう部分が何一つねえ人間の方がむしろゾッとするが……?」
「もう見慣れてるよ」
さらりとそう言われてしまうと、反論の余地もない。なんとまあ、懐の広い一人と一振だこと。ただでさえその寛大さに甘えがちな生活をしているのに、尚更甘えるなんて許されるのだろうかと思う。
「それにまあ、いくらボクらが見てたところで、無茶するって決めたら無茶通すしね、この人。ちょっとくらい恥ずかしい所を見られてた方が、反省して大人しくなるんじゃない?」
「うう……」
言っておくが、他の人から見たら多少の疲労が溜まる範疇の事くらいで、頭がおかしくなるような無理は生活上で全くしていない。と思う。それでもこう言われてしまうのは、たった少しの無茶でもその後の体調にずっと長く影響したり、日常生活に難儀する程動けなくなる事が多いからだ。
だが、多少しんどくとも耐えなければ終わらない家事や書けない作品というものも多いもので……何とか工面していくしかない。「いくら見ていても結局無茶をする」と夜翰さんが言うのは、多分そういう事なのだろう。
「まあ、前よりは安心して見ていられるようにはなったよ? たまにボクが見てない所で倒れてるからビビるけど、それは兼さんとかボク以外の人らが何とかしてくれてるし」
「ありがとう……」
「ボクだって、結構考えるんだ。あんたが、体が治るまでやりたい事を全部我慢しながらじっとしてるのと、多少無茶しながらやりたい事を通すのと、どっちの方があんたの心が死なずに済むんだろうって」
「夜翰さん……」
基本的に皆、私の事を心配してくれる子は「無理をするな」の一辺倒だけれど、それは決して私の気持ちを考えてない訳じゃない。
駐車場に出て、まっすぐ前を向くひたむきな眼差しを、私は見上げた。綺麗な江戸紫のボブに、昼間の太陽から春の光が落ちる。きっと桜の季節になったら、その髪に舞い降りた淡い色の花びらが、よく似合う事だろう。
「でも、まあ、あんたは上手くやってると思うよ。持てる物を使ってさ。時々は頑張るけど、本当に無理をする前に、きちんと立ち止まって自分を見てる。それでいいと思う。今年は……っていうかこれからも、あんたが目の前の事を、応えられる範囲内で頑張っていける年にしていこうね。誰が見てなくても、ボクは見てるから」
「うん。ありがと!」
そう言って思わず手を握ると、想像の中から抜け出たみたいに、桜の花びらが本当にふわりと降ってきて夜翰さんの髪に留まった。ここは現実世界にある飲食店の駐車場で、あたりに公園や桜の木なんてないし、だとすると発生源は一つしかない。
おもむろに振り返ると、柔らかな微笑みで、ちらちらと溢れるように桜を降らせている兼さんの姿がそこにある。私と夜翰さんは、思わず二人で笑った。
「兼さん、ひょっとして、ショートの髪の方が好きだった?」
「えっ? や、その……オレは主なら何だって似合うと思ってるんであって、別に長さに拘りはないが」
本人は本気でそう思ってくれているみたいだが、新しくなった髪型を、ここまで喜んでくれると私も嬉しい。歩み寄ってくる兼さんを待っていると、彼は羽織の下から手を伸ばして、ゆっくりと私の頭を撫でた。
「うん……何ていうか、前もきれーだったけど、縺れてるとこがなくなって、重さもなくなった分、もっと綺麗になった。なんつうか、可愛いんじゃなくて、綺麗だ」
「……ありがとう」
息が止まるような気がした。今更のように、嬉しさで瞳がじわじわ濡れてくる。
地面に落ちた自分の影は、長かった髪がなくなった分、頭の形が顕わになって随分とすっきりしている。大柄かつ見事な長髪をしている兼さんとは対照的だけれど、たとえ憧れた髪とは違っても、強くてカッコいい人間にはなれなくても、この自分でこれからも審神者を頑張っていけそうだと思った。
「ほんとに、すぐ泣くなあ」
悲しくて泣いている訳ではない事を表情で見知った兼さんは、呆れたような顔で私の目元をそっと拭った。その感触がくすぐったくて小さく笑うと、彼は意外そうな顔で指先をふと止め——私の髪に留まった桜の花びらを一つ手に取りながら、それを髪に当てて、顔を赤くしながら小さく呟いた。
「やっぱ、可愛いかもしんねえ」
「今さっき綺麗だって言わなかったッ!?」
「るせえよ、褒める言葉なんて何種類あったっていいだろ別に!」
「さっきは綺麗しかまともに口に出せなかったくせにッ!」
「言わなかっただけで思ってなかった訳じゃねえよッ!」
即座に突っ込んだ夜翰さんと兼さんが、またぎゃーぎゃー言い合っている。
それは控えめに言って自爆と言うのでは……? と思いつつも、二人の掛け合いの可笑しさに私はくすくす笑いながら、未だ慣れない自分の髪に触って、やっぱりこんな風に切れてよかったなあ、と思った。
たかが髪、されど髪だけど、自分にとってはやはり大きな一歩だったりしますよね。
ちなみに私は、久方ぶりのショートが寒すぎて最近家でも襟巻きが欠かせません。気に入ってるし乾くの楽になっていいのですが、寒さだけが率直に言って辛いです。早く慣れたい←
ちなみに、実は前回の同じタイトルの話はここにあったりします↓
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15527336
この時はまだ兼さんと出逢ってないので、夜翰さんだけの出演ですが、これと読み比べると夜翰さんものすごく成長したよな、と思ってじーんときました。大人になったなあ。