学生時代に戻り、学校の学園祭らしき場所にいた紫咲。
ちょっとした出来事から小さな付喪神らしきものに憑かれてしまうが、気にせずそれを連れながら学園祭を回る事に。
その途中、夜翰が教室での出し物に出ているらしいという噂を耳にした紫咲は……?
ここは夢だなあ、と珍しくぼんやり把握しながら、私はある学校の中にいた。
体を見るとどうやら学生服を着ていて、意識は大人なのに、設定上は高校生くらいの時分に戻っているようだ。夢では何の脈絡もなくこういう事がよく起こる。
辺りを見渡すと、そこは広々とした和風建築を改築したような一軒家で、あちこちにパーティーのような手作りの紙飾りや装飾品が並んでいて、随分と目も耳も賑やかだ。学校の面々とお客さんらが一体になって泊まり込みながら、料理や飲み物で打ち上げじみた大騒ぎをしていた。なかなか学校の敷地にはあるまじき建物だが、これも出し物の一環なのだろうか。
ぼんやり見ていると、建物の中で遊んでいた子供達や学生達を集めた悪い大人が、こんな事を言い始めた。
「よ〜し! 今から俺がこわ〜い話をしてやろう!」
「きゃ〜! やだぁ〜!」
「
友人らしき子が、私の腕を取る。きゃあきゃあ言いながらも、みんな楽しそうだ。怖いもの嫌いな友達に巻き込まれ、何故か私もその場に同席する事になってしまった。
元々の知り合いなのか、子供達を前に嬉々として出し物の準備をする大人たちは、近所のおじさんおばさんみたいな親しさを醸し出していて、一人が巧みに怪談を話している間、他の人がこっそりと脅かしの仕込みに回ったりしている。もしかしなくてもこの人達随分前から気合い入れて準備してきたな? という気配がバレバレだ。というか、学生の為の学園祭なのに、大人がこんな率先して楽しんでるのはいいのだろうか。
半ば呆れながら様子を見守っていると、話をしていたおじさんが、いかにもクライマックスという所で楽しげににたぁと口元を歪ませた。
「そんな話をしているうちに、振り返ってみると……ほうら。そこには本物のおばけが……」
「きゃあ〜〜〜〜!!!!」
同時に、私の肩をぽんっと誰かが叩く気配がした。視界をふわりと白い布が横切り、ありがちな手口に最大級の子供達の悲鳴が上がる。
(はいはい、よくあるやつね……)
が、おじさんと大人達の顔を見ていたら、これから脅かそうとしている事はあまりにも筒抜けだったので、途中から完全に私は冷めてしまっていた。振り返りも動じもしない。そもそも夢なんだから、怖い事が起こりそうと私が思えば本当に起こってしまう世界だし、ここで本気でビビってしまうようでは、夢の思うツボだ。
という訳で、私は呆れ果てたまま、誰かが驚かそうと背中にくっつけた「何か」をそのままにして、ずかずかと建物を出て行った。
「お、おい!」
(あ〜、鬱陶しい)
あまりの無反応に驚いた大人の声が何人か追っ掛けてくる気がしたが、ずらりと校舎の外の道に並んだ屋台の群れを見て、そんな事はすぐ気にならなくなった。
色とりどりのカラフルな提灯に、意匠を凝らした看板。人出が多く、喧騒が盛り上がりを伝えてくる。どこの屋台も学生ならではの手作り感があるのが微笑ましいが、それにしたって出し物のレベルが高い。
「いいなあ」
まったく、外に出たらこんなに沢山お店が並んでいるのに、あんな建物に篭ってお話会に興じているだけなんて、勿体無くないんだろうか。
それに、幽霊役にされた子だって随分と迷惑だ。別に脅かしたくもないだろうに、あんなバスタオルを被せられて、私の背後にこっそりくっつくように言われて……
(……ん?)
そこまで考えてから、肩口の気配がまだ消えていない事に気付く。変に冷めたままであの場にいるのが居た堪れなかったし、脅かし役も可哀想だったので、そのまんま連れて出て来てしまったが、多分まだ背中にくっついている。“人ではない何か”が。
(……まあいいか!)
周囲の雰囲気があまりにも明るいので、ホラーな展開も気にならなくなってきた。
黙って出て来たのは、本当はちょっと振り返るのが怖かったせいもあるのだが、審神者の勘的に邪悪な気配は感じない。肩にくっついていても全然重くないし、おそらくは子供かぬいぐるみだろう。
話し掛けたら答えてくれるかなあ、などと暢気に思いながら歩いていた時、屋根付きの小さな工房のような場所に、綺麗な風鈴が沢山ぶら下がっているのが見えて、私は思わず足を止めた。
「うわあ……」
見上げると、竹で作られた屋根の軒先に下がった風鈴が、一陣の風に揺れた。
ちりりん、と澄んだ音色がいくつもぶつかり合って奏でる旋律に耳を傾け、斜陽に反射する透明な傘と透き通ったガラスの色柄に目を奪われている時に、何故か私は思い出した。
そう。これは学園祭。同じ学校の違う学年には夜翰さんも通っていて、今なら会えるかもしれないっていう事を。
風鈴の工房には、ガラスを吹いたり色付けできたりする体験活動があるらしいが、立て看板を見ると時間帯が決まっている。もしかしたら、夜翰さんと一緒に出来たりしないかな。
「ねえ、ここの工房って、学園祭の終わりまで開いてるんだっけ。風鈴作り体験の時間、何時までか知ってる?」
「う〜ん……? んん〜〜……」
人畜無害そうな話題が見つかったので、思わず背中に話し掛けてしまったのだが、眠そうな子供の声が返って来るのみだった。よし、無害判定だ。この雰囲気、特に怪しい霊ではないに違いない。
むんずと背中に憑いていたものを掴んで前に持って来ると、眠そうな顔で私の手の中に収まっていたのは——あれだ。小説に名前を書いたら、著作権的にアレな気がするけど、某有名な会社の某有名な白い犬のキャラクターだった。耳がふわふわして長いからうさぎっぽく見えるけど、キャラクター設定上は犬だったはず……ってそんな事はどうでもいい。
なんでこの犬っころが私の夢の中にいて、しかも学園祭でおばけの役までやらされているのか。可哀想に。
「大丈夫?」
「う〜ん……むにゃ……」
「もう眠いんでしょう。私が連れ帰ってあげるから、ねんねしな」
揺らさないようにそ〜っと腕の中に抱えると、白い犬は警戒心なく仰向けにひっくり返ったまま、ぱたりと目を閉じて眠ってしまった。かわいい。
(可愛いけど……この子を落ち着く場所まで届けないと、流石に回れないなぁ)
ふわふわした毛を撫でながら、私は考える。人混みがすごいから、抱き抱えたまま誰かにぶつかったらこの子が起きてしまうかもしれないし、お昼寝するなら煩い場所でない方がいいだろう。どこかの教室に行こう。
それにしても、あのお喋り小屋の大人達、怪談で子供を脅かすフリをして、体よく犬の世話を押し付けたかっただけじゃないだろうな。
どうにか外から校舎の方面へ続く道を歩いていると、傍の派手なギャルっぽい子らが集まったコスメの屋台から、こんな噂話が聞こえてきた。
「ねえ、二年の教室でさ〜、ファッションショーやってるの知ってる〜?」
「知ってる〜! 夜翰が出てるやつでしょ? めっかわなコスプレとか色々しまくってて、超ヤバかったらしいじゃん」
「マジ? 確かあそこって、クラスで作ったオリジナルの衣装とかコスメとか、自分達で試着して展示してて、気に入った奴はうちらも買えるんだよね? めっちゃハイレベルじゃね?」
「そうそう。朝から行列ついててヤバかったし。でもさー、物もいいんだろうけど、何てったってモデルがあの夜翰なんだからさぁ、そりゃ爆売れっしょ」
「めっちゃ顔キレーだもんねー。あれ本当に男の子なん?」
「本人は、クラス全員にほぼ無理やりモデル押し付けられて出ずっぱりで、超嫌がってたらしいけどね。きゃはは」
(なんですとぉ!?)
全私がガタッと音を立てて立ち上がりそうになるところを、必死の理性で抑えた。
なんだその素晴らしい催しは。見たすぎる。発案者は神か?
ていうか、あのデフォルトで人間不信全開ツンデレ少年みたいな夜翰さんが、クラスの子と協力して、いやいやながら出し物に参加しているだと……? そのシチュエーションだけで充分に美味しい。絶対に見たい。
と興奮しながら思った私は、腕の中で眠る犬を見て、我に返った。
(まあ、この子を放り出す訳にいかないし、今回は無理か……)
無理やり笑みを作って、私は暮れ始めた青とオレンジの空を舞う烏の群れを見上げながら、少しずつ減ってきた人波を縫って校舎の方へ戻った。流石に閉会が近付くと、教室での出し物も減ってくるから、校舎の方は人が少ないようだ。
しかし、「今回は」と言ったって、次に機会があるのかどうか。
夜翰さんが二年生ということは、彼より歳上というリアルでの設定を反映するだに、私は恐らくこの夢の中では最高学年のはずだ。卒業すれば、もう学校の出し物という場面で彼を見る機会もないだろう。それがやけに寂しい。
(せめて学園祭のプログラムだけでも……)
そう思って、諦め悪く道中にあったプリンターでプログラムを印刷しようと試みたものの、何故か途中で他の人に割り込まれてしまって上手くいかず、手元に残ったのは、表紙が印刷された紙一枚だけだった。しかも裏には、何かの屋台に使われたらしき経費の一覧や数字がずらりと印刷されている。
(……これ、さっきの人達のじゃね? 私が見てもいい奴?)
思いっきり業者の機密情報な気がするが、貰ってしまったものはしょうがないので、仕方なくそれを持ったまま空き教室に辿り着くと、そこでは友人と先輩が待っていた。どうやら彼女らは、実行委員会として仕事をしていたようだ。
「あ、おかえり〜。どうしたの、そのわんこ?」
「なんか、途中で拾って……迷子みたいなんだけど、色々聞く前に寝ちゃって」
「そっか。じゃあ、しばらくはここで保護しよっか」
犬好きの先輩が、すぐさま預かって世話をしてくれている。
犬っ子を託せてほっとしていると、もう一人の友達が、私の手元を見て言った。
「ん? その紙に書いてあるやつ、◯◯のクラスで搬入した資材の出納簿だよね? それなら大丈夫だよ、さっき係の奴が計算とチェック終わったって報告に来たから! うちらの仕事もこれで最後だし、早めに終わってラッキーだったね」
「あ……そ、そう……?」
犬を連れて学園祭を歩いていただけだけど、どうやら私も実行部隊の一員だったらしい事を、彼女の言葉から知る。でもどうやらやるべき仕事は終わったらしいという事で、拍子抜けしつつも胸を撫で下ろしていると、友人がにやっとしながら思いがけない事を言い出した。
「ねえ、閉会式までまだもう少し時間あるし、今から夜翰のクラス見に行って来なよ。時間があったら見に行くって、約束したんでしょ?」
「え、ええっ!?」
そんな事になっていたのか。夢の中の話だから記憶にない。というか、そもそもこの夢の私と夜翰さんは、知り合いなんだろうか。顔見知りのレベル? 先輩と後輩? それとも、付き合っている……? 何もわからない。
テンパりながら時計を見上げると、今の時刻は16時50分だ。閉会式は、確か17時半。
「間に合うかなぁ……」
「行くだけ行ってみなって。教室の前まで行ってみなきゃ、まだショーやってるかどうかもわかんないよ」
「そうだけど、閉会式ギリギリまで催しやるってクラスはないだろうし、もう終わってるんじゃ……」
出し物が終わって皆撤収作業を始めている中、知り合いも誰もいない後輩の教室の前へ先輩がひょこひょこ行って、誰だこいつみたいな目で見られながら、何も知らずにうろうろしているのが一番しんどくないだろうか。シチュエーション的に。
どうしても勇気を挫かれてしょんぼりしていると、いつの間にか目を覚ました白い犬は、眠ってだいぶ元気になったのか、背負っていた荷物の紐を解いて先輩と遊びながら、こっちに向かって励ますようにぴょこぴょこ手を振っていた。
私は知っている。夜翰さんが、他人と協力するような偽善者ぶりを嫌っておきながら、本当は仲間思いで、誰よりも熱くて、一生懸命な子である事を。
クラスの人達に、折角の衣装を一番映える人に来てファッションショーに出て欲しいと言われた時も、嵐のように文句を言いつつ、何だかんだ断れなかったのであろう様子が目に浮かぶ。それでいて、いざステージに立ったら、あの子はこれ以上なく周り中の目を虜にして、それに密かにほくそ笑みながら、内心馬鹿にするように嘲笑いながらも、大活躍しているのだろう。
綺麗な容姿。凛とした表情。まるで全ての衣装が彼の為に誂えられたかのように、きらきらと輝く瞬間がありありと想像できる。
「見たかったなぁ……」
もし長くそこに留まれるなら、私は時間が許す限り、教室までダッシュしただろう。たとえ催し物が終わっていたとしても、たった一目でも彼に会えたらそれで嬉しいという希望を捨てずに、やっぱり自分の足で二年の教室まで向かう事を選んだだろう。
だけど、結局夜翰さんに相見える事は叶わなかった。なぜなら——