マルメロ家の日常2024~   作:大野 紫咲

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夜翰と一緒の学園祭にいる夢を、紫咲が見た後のお話。

現実世界で目が覚めてから夜翰に夢の話をした紫咲は、同じ学生時代を夜翰と共に過ごせなかったのが残念だった事や、「夢創作の中でだけ共に過ごす事を許される」二人の特殊な関係性や罪悪感ついて、思うところを吐露する。
しかし夜翰の気持ちは揺らぐ事はなかった。それどころか、自分が悪者になれば紫咲の迷いは消えるのではないかと考えた夜翰は、わざと紫咲を困らせるような甘い言葉で迫ってきて……!?


憑かれた学園祭(後編)

***

 

「ちょっと待ってよッ、結局夢の中のボクには会ってないってコト!?」

「うん……そこで目が覚めちゃった」

 

 思わず声を荒げた夜翰(ヨハネ)さんが、昼間のリビングで私と炬燵に座りながら、やや呆れたような顔でルイボスティーを啜る。

 

「ここまで引っ張っておいて、どういう結末なのかと思ったら……」

「聞いて損した?」

「そんな事言ってないでしょ」

「だってそういう顔してるから」

 

 バカ、と言いながら、夜翰さんが軽く私の頭を指先で突く。

 

「あんたが目覚めるなり『私、夜翰さんの連絡先知らない』って半泣きになってたって夜羽(よるは)達が言うから、一体どういう夢なのかと思って慌てて飛んで来たんだよ。まあ、あんまり酷い内容じゃなくて良かったけど」

「いや、だってさ……知ってる人が幸せな夢に出て来たから、素で『早くLINEして教えなきゃ!』って気持ちになったんだもん。でも……」

 

 ここはリアルでありながら、半分は架空の世界。

 私は創造の力を使えば夜翰さんと会えるけれど、夜翰さんは元々セブンスコードというゲームの中の、二次元の存在だ。よって、連絡先など存在しよう筈もない。それなのに、普通の友達か恋人に話し掛ける時のように「早く連絡しなきゃ!」と寝ぼけて思ってしまった事が、嬉しいような寂しいような気持ちになり、隣にいた夜羽くん達を驚かせてしまった。

 座椅子で隣に座り、俯いた私と掌の指をゆっくり絡めながら、夜翰さんが少し困った顔で背を屈めて、視線を合わせる。

 

「確かに、ボクのSNSや携帯の番号は知らないかもしれない。具体的にはね。でも」

「でも?」

「その代わり、あんたが心で呼べば、ボクはいつでも側に駆け付けられるでしょ。それって連絡先知ってるよりすごい事だと思うんだけど。違う?」

 

 普段、夜翰さんは私のすぐ隣……というか、魔法使いの夜羽くんと恵李朱(えりす)くんが、魔法のゲートですぐ隣に繋げてくれた世界にいる。

 元々はセブンスコードの世界にいた彼だけど、今はそちらで副業しながらも、オメガバースの世界でダンサー兼モデルという新たなお仕事を見つけて、パートナーの直生(なお)くんと一緒に鈴木家で暮らしている。

 よって、基本的には空いた時間にうちに遊びに来てくれている感じなのだが、どうしても来てくれとなったら、作者権限で時空の壁を問わず側に呼ぶ事は出来る。私にしか見えないし、物理的に触れたり声を聞いたりする事はできないけれど、ある意味最強のお守りかもしれない。

 

「……うん。そだよね」

「だったらそんなしょぼくれた顔しない事。ボクはいつだってここに居るんだから、ちゃんと現実を見てよね。それに……」

 

 私の鼻先をつついた夜翰さんは、覗き込んでいた深く澄んだ青紫の瞳を、ふいにバツが悪そうに逸らしながら、ぼそっと呟いた。

 

「……そんなに珍しい衣装が見たいんだったら、アリス服だろうがバニーだろうが、あんたの前でならいくらでも着たげるし」

「本当!?」

「あんたの前だけだからね!? 間違っても直生とかに見せたりしない事! あいつ絶対エロいとか何とか騒いで煩いんだから! 人の事下品な目でばっかり見やがって」

「それは夜翰さんが本当にセクシーだから仕方ないんじゃないかn……げふんごふん。わ、わかった。直生くん流の褒め言葉だとは思うけど、その時は暫く私だけで楽しんでおくね?」

 

 話の途中でキツい目で睨まれたので、私は慌ててこくこく頷いておいた。

 まあ、夜翰さんって可愛いしスタイルもいいし堂々としてるから、何着ても必殺力高めな分、直生くんが発狂してしまうのも無理はないと思うが……夜翰さん的に、褒め方には一家言あるのだろう。

 

「それにしても、学園祭で服作るなんてなかなかの学校だね。被服専門学科でもあったのかな」

「ね。食べ物とか手作り雑貨とかも売ってたみたいだし、もしかしたら商業高校とかだったのかもしれない」

 

 行った事ないけどなあ、と私は背もたれに体を預けて、どことなく懐かしい雰囲気を思い返しながらも、夜翰さんに聞いてみた。

 

「ねえ」

「うん?」

「もし私と夜翰さんが本当に同じ学校にいて、学園祭で行けたら見に行くって約束してたとして、私が時間になっても夜翰さんのクラスまで来なかったら、夜翰さん怒るかな……?」

「そりゃ怒るでしょ」

 

 彼らしい即答だった。反射的にそう答えたようだが、少し間を挟んで考えてから、夜翰さんはソファに背を預けて、炬燵の中の脚を組み替える。

 

「ていうか、あんたは実行委員だったみたいだし、仕事したり他の友人と回る時間も必要だろうから、忙しくって来れないんだったら、残念だけど別に責めないと思うよ。でも、あんたが『今更行っても遅すぎるかも』とか『恥ずかしい思いするかもしれない』とか勝手に考えて、それで時間があるのに来なかったんだとしたら、それは怒る」

「ふふ。夜翰さんらしい答えだね」

「まあ、実際終了40分前じゃかなり判断に迷う所だったと思うから微妙だけどね……。その上、あんたが迷子の犬の保護してウロウロし回って、疲れ切ってる所に漸くポッと時間が出来たみたいな状況じゃ、怒るに怒れそうもないし……あ〜〜ッもう! なんでこんな中途半端な夢見るんだよ!」

 

 しまいには夢自体に八つ当たりを始めるので、思わず笑い出してしまった。

 

「私だって、目が覚めなかったら行きたかったよ」

「でもあんた、体裁を気にしてちょっと迷っただろ?」

「う、それは……」

「夢の中の話にあーだこーだ言ったって仕方がないけどさ。だいたい、恥ずかしい事なんか何一つないでしょ。もしあんたが教室の前まで来て、その日の出し物が全部終わってたとしても、それはあんたのせいじゃない」

「そうなんだけどさ……」

 

 本当は少し、寂しかったのだ。みんなの中で注目されてキラキラしてる夜翰さんを見るのが、すごく楽しみで、同じくらい怖かった。多分そこが、彼にとって本来あるべき居場所なのだとわかってしまうから。

 夢の中じゃ一学年差に収まっていたけれど、実際の私たちは、八つも年が離れている。結婚しながらも好きな相手が沢山いるという、こんな頓珍漢な私と付き合うなんて、いくら架空の世界かつ同意があるとはいえ、夜翰さん側からすれば世間体の悪い話だろう。少なくとも“日常”っぽくはない。

 本当は、人並みに同世代くらいの好きな子を見つけて、青春して、その子と付き合って、お互いの家族とも顔合わせして、場合によっては結婚して……誰にでも堂々と顔向けできる人生が、待っていたはずなのに。

 

「そういう気持ちがあるから、こんな“もしも”の夢を見るのかもね」

「夢は夢なんだから。そもそも、ボクこんなキラキラした学校生活送ってないよ。あんたも知ってるでしょ」

 

 どちらかというと容姿でちやほやされる事に、居心地の悪さを覚えたり苦戦したりした事もあったらしい夜翰さんだから、言っている事はわかる。美しいだけの学生生活なんて、私にとっても夜翰さんにとっても、ただの想像上の話だ。

 実際の夜翰さんの青春といえば、記憶に新しいものは、オメガバース世界にやって来た時、直生くんと共に初めてミュージックビデオへダンサー出演した時のあれこれだ。当時を思い出しているのか、夜翰さんは若干複雑そうな表情を浮かべている。

 

「だいたい、青春はもう直生で懲り懲りなんだけど……」

「まあ、君達は大人になってから青春してたよね。二人とも、全力でぶつかり合って一緒にいる事を決めたんだから。そして二人とも、オメガバースの世界にいる限りは、一家公認で正々堂々と家族になれるでしょ。でも、私の場合は何ていうか、不倫ではないけどちょっとズルな気がする」

「ズルでも何でも、一緒にいられるならそれでいいと思うよ。あんたといい直生といい、複数人いっぺんに愛する事を許してくれるなんて、そんな相手と人生で巡り合う事、そうそうないでしょ? ……“ふつう”が、必ずしも人を救う訳じゃない。ボクはそう思う」

 

 淡々として言うけれど、幾ら私が迷っても、呆れたり投げ出したりする事なく、こんな風に言葉を返してくれる彼の事を、優しい人だと思う。

 握っていた手を軽く揺すると、夜翰さんはそんな私の事を見て、ふと何かを考え込む。そして——一瞬でにやりと表情を切り替えると、見慣れたちょっと邪悪な笑みを浮かべた。今ではすっかりいい子になって鳴りを顰めているけれど、かつてカジノで視覚を改竄する能力を使って荒稼ぎしていた時の、イカサマ女王の顔だ。

 驚いた私の頭を引き寄せると、夜翰さんはそのまま耳元へ唇を近付ける。

 

「元々ボクは、一回SOATから賭場に堕ちた人間だからね? あんたさえ覚悟出来るなら、イカサマは得意だよ。全部ボクのせいにしてしまえば、あんたが気に病む事は何もなくなるんじゃない? ……どう? 一生ボクに甘い夢で騙され続ける覚悟はある?」

 

 自分が悪者になるから全部忘れてしまえと囁く、蠱惑的な音色が、髪を短くしたばかりの耳には、遮る物もなくよく響いた。あまり私の前でカッコをつけない夜翰さんにしては、とんでもない甘言だ。一瞬で頭がパニックになる。

 

「あっ、えっ……!」

「こんな事で誰かを騙した事なんて今までないんだから、大変だよ? 金の代わりに気持ちを賭けなきゃなんない。乗るか反るか。下手したらあんたがビットした心は一生返って来ないけど、それでもいい?」

 

 傷付いたとしても、幸せになったとしても、きっとひどく心乱されて、揺れ動く毎日を送る事になる。それは今までだってそうだけど、夜翰さんなりの覚悟が籠った、彼らしい言葉だった。

 あまりの真剣な迫力に、嬉しいのと恥ずかしいのがない混ぜになって、ついじりっと後ろに下がってしまう。

 

「そ、それ、成功したら百倍くらいになって返ってくる?」

「こら、逃げない。さあどうかな。それはボクの腕次第だけど。運にはいい時も悪い時もある。たとえボロ負けだったとしても、二人してどうにか楽しく幸せでいられたら、それでいいと思えない?」

「……」

「……実際の金絡みの話じゃないからね?」

「わかってるって!」

 

 通せんぼをするように、ソファの背もたれと自分の間に腕を使って私を閉じ込めた夜翰さんは、慌てる私を眺めながら愉快そうに口角を上げた。ああ、これあれだ。完全に意地悪を楽しんでる時の顔だ。戯れだとわかっていて、私の反応で遊んでいる。

 夜翰さんがふっと小さく笑って、私を離さないまま、吐息ごと触れそうな程近い顔の側で囁いた。

 

「それで? 覚悟は?」

「……あ、あります」

「いい子だ。だったら、大人しく騙されておく事。よそ見したら許さないからね?」

 

 電脳世界の外ではコルニアの能力を使えないはずの瞳が、こちらを強く見つめたまま、妖しく桃色に光った気がした。何色であろうが、この熱心な瞳に捉えられ続けている限り、私は一生その魅力から逃れられないのだろう、と確信が強まる。

 まるで私が妹か年下の彼女でもあるかのように、軽々とそう言った夜翰さんは、漸く満足そうに私を解放してくれた。

 

「ていうか、夜翰さんって本当に私より八つも年下なの!?」

「さあ? どうだろうね。それもあんたを騙す為の嘘かもしれないよ?」

「ここに来て年齢詐称はなかなかシャレにならないよ!? いや何歳の夜翰さんも好きだけど!」

 

 本気で唇を尖らせる私を見て、夜翰さんはくすくすと楽しそうに笑っている。

 揶揄われてばかりなのが悔しくて、私はちょっと困らせてやろうと、ジト目で見上げながら拗ねてみせた。

 

「……じゃー、私が好きなのも嘘?」

「はあ? そっから言わないと分かんないワケ?」

 

 呆れたような、驚いたような顔で片方の眉を跳ね上げた夜翰さんは、今更だと言うように私の顔を両手で挟むと、真正面から瞳を覗き込んでくる。それを強気に見返していると、彼はちょっと怒ったように目の光を鋭くした。

 

「……それとも、ここにお仕置きされたい?」

 

 イエスともノーとも答えないうちに、両頬をあたたかな手に挟まれたまま、唇を噛まれるように奪われる。噛まれるようにと言っても、激しく吸われたり、ちょっとだけ歯を立てられたり、全然痛くない甘噛みみたいなものだけど、それでも普段のキスにスパイスを加えるには十分すぎるほどだ。

 星粒みたいにちらりと覗いた綺麗な歯列が、マーキングするように、下唇をそうっと柔らかく食む。ツンと尖った刺激が焦らすみたいに食い込む度、座っているのに息が上がってしまいそうになり、そんな私の前で、肩に手を置いて口付けていた夜翰さんが、小さく余裕の笑いを零すのがわかった。

 

「っもぉ……! まだ何も言ってないのに!」

「へーえ? ドMなサキなら、『して欲しい』って言うと思ったけど? 違うの?」

「ちっ……! もおおおお!」

 

 二、三年の付き合いで私の事など勝手知ったるとばかりに得意げな顔が、憎らしいやら頼もしいやらで、さっきから私はジタバタする事しか出来ない。

 優しいキスで力が抜けた体が、とすんと座椅子の面に押し倒される。

 ふふん、と得意げに笑った夜翰さんが、押し倒した私の濡れた唇を、小さく指先でつついた。

 

「最近は、サキにも頼もしい仲間やパートナーが色々増えたからね。時々は、誰があんたとここまで一緒にやって来たのか、体に教えておかないと忘れられそうだ」

「ほぼ数日おきに一緒に寝たりお風呂入ったりイチャイチャしたりしてるのに、どうやって忘れるの!?!? 無理だよ!」

「……バカ。たまにはちょっとくらいあんたを独り占めしてもいいでしょって意味なのに、それすら察せないわけ?」

 

 最後の言葉が、ちょっとだけ照れている。思わず目を見開くと、照れ隠しのようにまたちゅっと口付けが降ってきた。

 唇だけでは飽き足りなくなったのか、私の体を抱き締めたまま、ほんのりとした口付けと甘噛みは、首筋にも及んだ。ぎゅっと両腕を背中に回しながら、私は文句を言う。

 

「髪が短くなったから、そこに跡を付けたら外から丸見えだって、夜翰さんが自分で言ったのに」

「大丈夫。残るような跡は付いてない」

「何ていうか、優しく吸われたり噛まれたりする方が、変にキスマーク付けられるよりぞわぞわするよぉ……」

「へえ? だったら尚更良かった」

 

 くすくす、と肌のすぐ側で笑う気配がくすぐったい。

 まるで、幾ら吸っても舌で辿っても愛しくて飽き足らない、と言われているかのような感触を、首筋いっぱいに感じながら、あたたかな春先の午後、夜翰さんの“独り占め”はもう暫く続いたのだった。




久しぶりにドS夜翰さんが書けて楽しかったです←
こんな事言うんだ、と書いていて改めてびっくりしましたが、彼らしく自信に満ちた後半の台詞のオンパレードに、とても嬉しい気持ちにさせられました。
正直、今まで書いたエッセイまがいの夢小説の中では、一番夢小説らしい夜翰さんの台詞だったんじゃないかと思います←

本当は5000字くらいに収まればいいと思っていましたが、何かこう、実際の正直な心情だったり悩みだったりを反映させると、日常系小説ってズラズラ長くなりがちなんですよね……。
これを削ったら読みやすくなるんだろうな……
と思いつつも、そんな部分を紐解いて自分で自分を解体しているのが、ある意味一番楽しい作業でもあるので、これからも夢小説は長くなりがちになるのだと思います。
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