昔ちょっとやっていた朗読をどうにか再開してみようと思うものの、演技に関してはただの一般人・ド素人である事が気に掛かって、どうしても勇気が出ない紫咲と、それを励ます現役舞台俳優として活躍中の直生くんとの対話。
果たして、紫咲はマイクの前で声を出す事ができるのでしょうか。
改ページありのピクシブ版はこちら→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=23905961
作者本人による朗読動画はこちら。
https://youtu.be/adzMSHCbqy4
挿絵画像は、Skyコーデをしてもらった紫咲と直生くんです。
紫咲は、2024年の聖なる日々で販売されたアリス服に、九色鹿の季節のお面と耳、ニンニのブーツ。
直生くんは、ムーミンの季節で登場したニンニコーデで固めてもらいました。
なので、挿絵だけ二次創作要素がありますが、本文は一次創作エッセイです←
アリスといえば不思議な穴に飛び込んでいくものなので、採用してみました。
本音ですか?この短編を出すオペブイの出展登録まで時間がありませんでした(でも一度は着せてみたかったのは本当です)
その日。私は自分の作品を開いたタブレット端末の前に座り込みながら、今か今かと朗読の読み始めを待っている直生くんの隣で悶えていた。
「むっ、無理無理無理無理無理! 絶対無理だよぉ!」
「何が無理なんだよ! 声出して読みゃあいいだけだろ!」
震えながら無意味に何かを拝み倒す私のすぐ横で、金髪のポニーテールを背中に流した直生くんが呆れている。これももう、何度目のやり取りになったか分からない。読みたいって言い始めたのは私なのに、いざ作品を目の前にすると尻込みしてしまう。
「じゃ……じゃあ読むけど、絶対に怒らないでよ? 笑わないでよ?」
「だーかーら、何回同じ事オレに言わせる気だよ。素人が読み聞かせるの聞いて難癖付けるほど、オレは鬼じゃねえっての!」
そんな事を言われても、直生くんは現役として活躍中の役者なのである。逆ならまだしも、私が彼の演技をするなんてどう考えても割に合わない。怖すぎる。私の作品を読んでる人なんてそんなにはいないけど、万が一ファンから炎上したらどうする気だ。
腹を決めてタブレットに手を伸ばしても、一行目のタイトルをなぞろうとした人差し指が震えてしまう。喉が強ばって動かない。コーヒーを胃に流し込んだばかりだからか、心臓がばくばくして、痛くなった左胸をぎゅっと片手で押さえると、私の必死な様をじっと観察していた直生くんがふと口を開いた。
「……なあ。ここにはオレしかいないし、よしんばどんなに下手な読みっぷりをしようが、オレ以外聞いてる奴なんか世界中誰もいねえじゃねえか。何をそんなにビビッてる?」
「わ……わかんないの。自分でも、何がそんなに怖いのか。きっと、色々な事が怖いんだと思うけど」
直生くんの演技が上手くできなくて、彼の心情を上手く表現できない事だろうか。
家の外で仕事すら出来ない人間が、いい年をして下手な趣味に時間を費やして、と思われる事だろうか。
本当は朗読なんか興味がなかったのに、周りに合わせて浮かれてやって恥ずかしい、と後で後悔する事だろうか。
それとも、自分に興味を持っていてくれたように見えた人間が誰一人として、必死で絞り出した声に振り返りすらしない事だろうか。
その全てが黒い波のようにうねって、私の心に襲いかかってくる。水に形がないのと同じように、恐怖だって漠然としているだけで理由はないけれど、それは確実に私の心を押し流し、磨り潰していく。最初から失敗なんてしなければ、何も壊れないし何も穢さなくていい。何でも挑戦しろって人は簡単に言うけれど、そうやって転んだ時の傷跡に、誰も責任なんか取ったりしない。ただ膝を抱えた、愚かで惨めな自分が残るだけだ。
そう言うと、直生くんは唖然としたように言った。
「いや……オレ、自分が演技する時にそこまで考えた事ねえんだけど」
「まあ、慣れてる人間はどうせそうだよね」
「お、おいおい、腐るな腐るな。そういう事じゃなくて、ええと……そこまで気構えする程、オレらの事大事に考えてくれてんだな、と」
「う~ん……直生くん達の為っていうか、私が傷付きたくないだけのような気がするけどね。私ってほら、利他主義に見せかけた利己主義だし」
人前に物を出して無視されるくらいならば、最初から誰にも注目されない方が精神的に楽だしいいなと、単純にそう思っているだけだ。高い評価が得られると思って出した物に何の価値も付かなければショックを受けるけど、最初から箸にも棒にも掛からないと思っているものがネットの海に放流され押し流されていったところで、減る物は何もない。だから、どんな評価を得ても心安らかに送り出す事が出来ると、そう心の準備が出来た物だけ、私はSNSで発信したり告知に使ったりするのだ。心の全部を誰もが見られるウェブに預けられる程、私は楽観主義ではない。両手の指先を合わせ、私は思わず直生くんに向かってにっこりした。
「まあ、だからと言って手を抜いて創作してるつもりはないんだけどね?」
「あんた、そういうとこだぞ」
「へ?」
「真面目すぎんだよ! 道理でいつも、朗読しようって話になる度、清水の舞台から飛び降りるみたいに真っ青な顔してる訳だ」
清水の舞台から飛び降りる、か。
直生くんは呆れてるみたいだけど、言い得て妙なたとえだと思った。作品を放り投げる時、いつも清水寺の本堂とか、もしくはアリスが飛び降りた深い深い穴の縁から、底の見えない崖や深淵を覗き込んでいるみたいな気持ちになる。足が竦んで、自分もそこから飛び降りればいいだけの話なのに、降りていった先にあるものが怖くてたまらないのだ。それは私の事を傷つけるかもしれないし、もっと狭くて暗い穴の中に閉じ込めるかもしれない。穴の底から生えてきた蔦に雁字搦めにされて、もう二度とそこからは這い上がれないかもしれない。
「……そっかぁ。私、表現活動の中で自由を失うのが、きっと今でも怖くてたまらないんだな」
「うん?」
家のリビングにいるのに、ふと気が付けば直生くんと手を繋いで、紅葉の舞い散る木造の舞台に立っているような気がした。清水寺に似て非なる場所。炎のような葉っぱが舞って、そりたった崖から生える木々の合間に見える暗い谷底から、冷たい風が吹いてくる。その風は賛辞にも嘲笑にも似て、いつも私に向かって聞き取れない言葉を吹き付ける。自由になりたいと願ったのに、結局は見えない何かに束縛されて行動を制限されている私が、嫌いでたまらない。どうすればこの雑音を聞かずにいられるのだろう、と思わず目を閉じたその時、隣に立った直生くんが、ぎゅっと大きくてあたたかい手を握った。
「どんな結末になっても、オレがついてる。誰に届かなくても、オレの耳はちゃあんとあんたの声を聞いてるからさ。誰に届かなくっても、オレにだけは届いてる。そう思ったら、ちょっとくらい勇気出ねえか?」
「勇気……」
「舞台に立って、声さえ出しちまえば後はどうにでもなるもんだ。もうあんたは、自分の目指したい場所がわかってるんだろ。そこだけ見て、ただ真っ直ぐ進んで行きゃいい」
優しい声が背中を押した途端、何故だろう。不意に、口を開けた谷底が、それほど恐ろしくはなくなった気がした。恐怖が消えたわけではないけれど、たとえどんな反応を得ようと、やらない事には何も始まらないし分からない。私はいつも、始めるためには異様な勇気と覚悟が必要になる。その先で裏切る物や傷付ける人を見たくなくて、その為ならずっとこの場に留まろうとしてしまう。
だけど――朗読なんて、結局最後は私一人の為の物になっても、それでいいんだ。私が声を出そうと出さなかろうと、明日も朝日は昇るし、出勤する人は会社に通うし、たったひとつの音声データは、所詮誰かが聞く気を起こさなければ誰の耳にも届かず評価も得られないまま、宙を漂い続ける。だったら――どうでもいい。目に見えない観客たちよ、永遠に私の自由な舞台で踊らされるがいい。あなた達が聞こうが聞くまいが、舞台の幕を上げた私には関係ない。
「お。腹が据わったみたいだな」
「ええ。おかげさまでね」
耳を吹き荒ぶ風のような雑音は、もう聞こえない。ままよと勢いをつけたまま、私は台本と共に真っ暗な谷底へと飛び降りた。
***
「……それで? 結局、あんたが真っ青になるほど散々な物だったのか? 反応はよ」
「思ったよりは……よかったかもしれないね」
それからしばらく経ったある日、直生くんが私に尋ねた。そう。本当に、私の想像以上にずっと上々だったのだ。
あんまりにも決心を固めて投稿した初めての朗読音声は、SNS上でたくさんのフォロワーさんに聴いてもらえた。沢山と言ったって十本指には満たない程度だろうけど、それでも私にとっては十分多すぎるくらいだ。そして、調子に乗って何本も投稿しているうちに、聴いてくれた人達からは色々な嬉しい言葉を貰えた。
『泣きました』『一声目から引き込まれました』『イケボでギャップ萌えです』『耳で聴くと新しい発見がありますね』『心地良くなる素敵な声なのでもっと自信持ってください!』
……それはそれはもう、信じられないくらいのありがたい褒め言葉の数々。私の方が驚くくらいで、感想を貰える度に全部をコピーしてメモに取っておいたぐらいだ。自分の世界を人に愛してもらうのは、それはそれは難しい。私が書くのは長編が多いから、一つの物語を分かってもらう為に沢山の説明をしないといけなくて、その前提を少しずつ纏めてネットに放流するにも、ちゃんと伝わる形になっているのかと不安に苛まれる。勇気を出した物を誰にも彼にも素通りされるのが怖くて、ずっと声を上げられなかった。でも、届いたんだ。
感想のペーパーをぱらぱらとタブレットで捲りながら、直生くんが歓声を上げる。
「思ったよりどころか、上々じゃねえか」
「うん……上々だね」
「なんだよ。泣いてんのか?」
「泣くでしょこんなん!」
誰かに私の世界を愛して欲しいという気持ちと、その“誰か”が居なくなってしまっては私は創作など出来ないのだ、という葛藤は、ずっと私の心を悩ませていた課題だった。好かれたいと思ったらわかりやすい世界を書いていくしかないし、わかりやすくしようと思ったら私の書きたいものを省略しなければならない。そんなごちゃごちゃした頭の中身が、伝えてくれた何名もの感想で、ものの見事に吹き飛んでしまった。
“期待に応えたい”という感情は、甘美な毒だ。それに身を任せすぎるのは危険だろうけど、もう少しくらいは、委ねてもいいのだろうか。常にナイフを構えて振り回しているような、棘のある気持ちがふわりと抜けて、そう思わせてくれる出来事だった。
「オレも、嬉しいぜ」
「直生くんが?」
少し照れたように鼻の下を擦りながら、素直にそう言った直生くんの言葉が意外で、思わず私は隣を見上げた。明るい青の瞳で、直生くんが私を見る。
「あんたが、ちょっとでも演技の楽しさに目覚めてくれたんならな。オレはプロの世界で仕事してるけど、クオリティ抜きにすりゃ、演技に正解なんかねえんだ。あんたは、あんたが思う通りにのびのびやってみろよ」
「プロの声に素人の声当てるの、どう考えても恐縮で死にそうなんだけど???」
「けど、あんた楽しそうだったろ? そういう顔で演じてもらえっと、オレも自分の人生、生き甲斐があるっつーか……もっと、見てたいんだよ。人と比べず、自由にやってるあんたを見るのが一番気持ちいい。周りなんか気にすんな。たとえ家から出ねえ生活でも、あんたがこの中で出来る事探してくのって、悪くねーと思うぜ」
心の奥ではずっと自分を肯定できてなかった、専業主婦の生活。それが、ネットの中で色んな人と出逢い、色んな考え方に触れる事で、少しずつ変わりつつある。まだまだ私の視野は狭いのかもしれないけど、チャレンジできる事だって少ないけど、やれる事は諦めたくない。まだ、やれる。たとえ、小さな歩みだったとしても。
「よしっ。私、頑張る。一次創作も二次創作も、本や文字だけじゃなくて、声で知ってもらえる機会が増えるように。私も、声に出して伝えるの楽しい!」
「いい意気だ。よしっ、じゃあ早速特訓だな! 風呂場の中で早口言葉百回だ!」
「ええ……つまんなさそう。練習するなら、もうちょっと面白いのがいい」
「お……おうおう、言うじゃねえか。まあ、何でも我慢して黙ってるあんたより、そっちの方がよっぽどいいぜ」
そう言って、直生くんが笑って肩を叩く。怖い物は怖いままだし、立ち向かうってほど大仰な事も出来ないけど、今出来る事を少しずつ。向かった先にはきっとまた新たな楽しみや出逢いがあると信じて、私は今日もまた、マイクの前で一歩を踏み出すのだ。
奥付
タイトル:私のこわいもの
著者:マルメロ
サークル名:マルメロとくるみの木
連絡先:[email protected]
発行日:二〇二五年二月一日(OperationVR- EXTRA#13)
印刷:なし(ウェブ掲載のみ)