「こいつがオートマタ共を製造してんのか」
道を塞ぐおうるを退け鋼鉄大陸の深部へと侵入したレンゲは、地下の大広間の中央に鎮座する球体状の特級神名特異体、”完全なるケセド”に向き合いゆっくりと近付いていく。
他の預言者と違って製造能力に特化されている分本体であるケセドには戦闘力はおろか自力での移動能力すら与えられておらず、故にそれを守る為に構えていたオウルも撃退されてしまっている。
ならばただ破壊されるのを待つだけかと思えば、当然そんなことはない。
「…はっ、新品の玩具を出してくれるとは気が利いてんな?」
ケセドの左右に2体の
巨大なキャノン砲から放たれた榴弾とブラスターから放たれる高密度のエネルギー球。
その2種の攻撃に対して、レンゲは釈魂刀の刀身の腹で榴弾の方を炸裂させないように絶妙な力加減で釈魂刀を引きながら衝撃を殺し受け止め、逆に押し返すようにして榴弾を片方のケテルへと返しながら迫るもう1つのエネルギー球を真っ二つに切り裂いてレンゲの後方で2つに別れたエネルギーが爆発する。
跳ね返した榴弾を受けたケテルが怯み、もう片方のケテルはケセドを庇うように前に出ようとするが、それよりも早く駆け抜けたレンゲが釈魂刀でケセドに斬りかかろうとし───空気を蹴って後ろに下がり、直後に一瞬前までレンゲがいた位置を熱線が通過する。
レンゲが熱線が飛んできた方向を見ると、そこには大きな口部を開いているビナーが部屋の端の柱に巻きついていた。
さらに、頭上から降ってきたビームを避けたレンゲが上を見上げれば、ゲブラが天井に爪を食い込ませ張り付いている。
「さっき見た奴…とはまた別の個体か?」
これこそが”完全なるケセド”の力の一端、預言者のコピーすら製造可能な生成能力。
但し、本来の預言者達に搭載されているコアはアイン、ソフ、オウルが長きに渡って調整し専用にカスタマイズした特別性であるため、ケセドがコピーした預言者の持つコアの性能では本物の預言者と比べれば出力でも解析能力でも劣ってしまう上、装甲もまた一般的なオートマタやドローンを製造する際に使う合金の流用であるため耐久力すらそこまで高くは無いという圧倒的な劣化品に過ぎない。
極め付けにそれらを運用する為にケセド本体のリソースを分配している為一度に動かせる預言者のコピーすら限られると欠点も多いが、それでも防衛戦においては脅威的な戦力であることに変わりはないのだ。
「まあ前の連中よりかは弱そうだし…問題ねぇ!」
が、それに臆することもなくレンゲはケセドへと飛びかかり、割って入ろうとしてきた片方のケテルの四脚を流れるように切り落として脚を奪い、武装を乱射しながら天井から落ちてきたゲブラの弾幕を釈魂刀で弾き返し、空気を蹴り直角に上へと跳ね上がりながらゲブラの頭部から最後尾までを一刀両断。
真横に薙ぎ払ってきたビナーの熱線を切り払い、残っていたケテルが放ってきた榴弾をビナーの方へ撃ち返して怯ませ、その隙にケセドへと急接近する。
レンゲが目の前に迫ってきた事で焦ったケセドは自身の真下にあった穴へと自らを投下、落下しながら大量の武装ドローンを製造してレンゲへと差し向ける。
「しゃらくせぇ!」
ドローン郡の武装から放たれる弾幕を穴の内壁を駆けながら回避、時折釈魂刀によってドローンをまとめて切り捨てながら、ケセドが長大な縦穴を落下するよりも速く駆け下りてその距離を縮めていく。
ならばとケセドは新たにコクマーのコピーを製造、コクマーの巨体が縦穴を塞ぎレンゲを止めようとするが、振り下ろされた釈魂刀は一撃でコクマーの装甲をぶち抜いてその下へとレンゲが抜ける。
「玩具遊びは、終わりだぁ!」
迫るレンゲを撃退しようとケセドはまた別の預言者を製造しようとするが、それよりも早く釈魂刀がケセドへと届く。
”完全なるケセド”のコアを覆う外殻はアイン、ソフ、オウルが丹精込めて作り上げた他の預言者と比べても特別製と言って差し支えない程に強靭で、物理的な強度、硬度で言えばこれに並ぶ物質など存在しないだろうと太鼓判を押している。
例え世界が滅ぶようなエネルギーを受けても内部を守り抜けるというコンセプトで作り上げられたケセドの屈強な外殻は───釈魂刀の「硬度を無視してあらゆる物体を切り避ける」という性質により容易く打ち破られ、刃が内部のコアをも切り裂いた。
それとほぼ同時に縦穴の底へと辿り着き、切り捨てられてコクマーやケセドの残骸が落下の衝撃で地下にクレーターを作る。
「…あ?これも直るのか」
しかし、切り裂かれたケセドのコアは自ら修復を開始し、同時に周囲にオートマタを製造している。
コアを切り裂かれる直前、ケセドは預言者のバックアップ機能を”完全なるネツァク”へと譲渡し、預言者の修復をネツァクに任せることで自らが完全に破壊され他の預言者達も倒されることを防いでいた。
オウルが繰り出していたサソリ(仮)と同様釈魂刀の対象の再生を阻害する効果が発揮されていないことに眉を顰めるレンゲだったが、ケセドに辿り着くまでに確認していた連絡を思い出し、製造されていたオートマタを瞬殺すると配布されていた解析装置を修復途中のケセドのコアに接続し───ケセドのコアは光を失って強制的に機能を遮断される。
「ううん、もっとグダつくと思ったんだけど割とあっさり止まるんだな…にしても、このプログラムリオ部長達だけで作ったのか?Keyの奴が噛んでるんだったら…いや、今は他の手伝いか…ちょっと落ちて来すぎちまったか…?」
かなり長い距離を落ちてきた為か上を見上げても天井の見えない高い高い穴をまた登り直さなければ行けないことに辟易としながら、レンゲはまた縦穴を駆け上がって行った。
特異現象捜査部による鋼鉄大陸突入班の内、正面からの突入を試みていた正面突入班は絶えず鋼鉄大陸から送られてくる大地を埋め尽くすようなオートマタの大軍と空を覆う武装ドローン郡、そしてそれらを指揮するように後方から支援を行っている特級神名特異体、ホドの激しい抵抗によって膠着状態にあったのだが…
「あれ?数減ってきた?」
「…確かに増援が途切れていますね。他の突入班が元を断ったのでしょうか」
「ラッキー、大変そうなところ片付けてくれたなら幾分か楽出来るや」
「フブキちゃ〜ん?」
「冗談だよ…」
背中合わせにオートマタの処理をしていたフブキとシュンは一向に絶える気配の無かったオートマタとドローン郡がようやく目に見えて数を減らし始めたことで気勢を取り戻し、シュンに笑顔から繰り出される圧を受けて仕方なく前に出ると、
「『簡易領域:マクロ』」
フブキを中心に半径70mにもなる巨大な簡易領域が生成され、次の瞬間にはその範囲内にひしめいていた数百のオートマタとドローン郡がすべて正確無比な銃撃によって破壊されていた。
さらにフブキはオートマタの大軍の後方に構えていたホドへと向かって駆け出し、道中を阻もうとするオートマタを破壊し、空中から弾幕を張ってくるドローンを回避しながら撃ち落とし、あっという間に簡易領域の範囲内に入るまでホドに接近する。
ホドは鎖のような触手を薙ぎ払い迎撃するも、スライディングで触手の下を抜けたフブキはそのままホドの横をすり抜けるようにして回り込み、ホドも咄嗟に振り返ってしまう。
「私ばっかり気にしてて良いの〜?」
「『
ホドが回り込んだフブキに気を取られた瞬間、ホドの背後から突撃してきたカラスがホドの胴体を貫き、その内部から吹き飛ばされたコアをフブキがキャッチし解析装置を接続、即座にコアの機能を遮断する。
「シュンさんナイス〜」
「軍勢も途絶えて指揮官を務めていたホドも無力化された以上ここも直ぐに制圧されるでしょう。私たちは…」
「一旦戻って休憩」
「しませんよ〜?子供達が頑張っているのですから私たちも鋼鉄大陸に突入しますからね〜?」
「は、はーい…」
そうして半ば引き摺られるようにシュンに連れられ鋼鉄大陸へと侵入していくフブキを遠方から見送るのは、本陣で全体の指揮を行っていたリオ。
忙しなく手を動かしキーボードを叩きながら、リオは自らの横で解析を行っている物々しいコンピュータにチラリと横目を向けた。
「…そちらはどうかしら?」
『順調ですよ。今のところ鋼鉄大陸に存在する預言者…特級神名特異体の内ビナー、ケセド、ティファレト、ホド、イェソドのコアを掌握しています。
「…ネツァクはまだしも、
『…確保したコアからデータを回収しました。あれは最後の預言者、本来は”マルクト”の名が与えられる筈の存在ですが、その名はあの馬鹿が既に名乗っていましたので、代わりに”Adonai Melek”という名を共有しているようですね』
「”Adonai Melek”…”主は王である”、ねえ」
コンピュータ…Keyからの話に怪訝な様子のリオだったが、直ぐに思考を切り替えてKeyの手助けにより遮断、解析出来たコアの情報に目を向け、遠隔で鋼鉄大陸を停止できないかを試みる。
「貴方の演算能力でも鋼鉄大陸は掌握出来ないの?」
『
「つまり後3つ…ケテルとゲブラとコクマーのコアを確保すれば良いと」
『ええ…あと
「…言っておくけれど、余計な事はしないでちょうだい。今回の作戦を成功させる為に必要なこと以外の行動は認めないわ」
そのKeyの物言いに何か含みを感じたリオは改めて釘を刺すものの、当のKeyは気にした様子もなく解析作業を続け、会話用のスピーカーからは小さく返事が帰ってくる。
『勿論、貴方達に不利になるようなことはしませんよ』
『ソフ!た、大変!オウルが、制圧されちゃった…!』
「はあ!?オウル、死んだの!?」
『い、いや…行動不能にはされてるみたいだけど、トドメは刺されてなくて…でも、大怪我してるって、オウルちゃんが飼ってる子が救援信号を送ってきて…!それに、名も無き神々の王女が介入してきてる…!ビナーちゃんと、ケセドちゃんと、ティファレトちゃんとホドちゃん、イェソドちゃんが
「…チッ、Keyの奴。まだ私達にちょっかいかけてくる気?」
『そ、ソフ…』
「あーもう!イライラする!そっちはそっちで何とかして!私は侵入者をぶっ潰してくる!」
『え?ちょっ…』
アインからの連絡を切ったソフは指を鳴らすと、どこからともなく跳躍してきたケテル…ケセドが作ったコピーではなく本物のコアを持った個体…の上に乗ると、指示を出して目的地へと向かわせる。
施設を薙ぎ倒しながら目的地へと到着すると、一見誰もいないように見える廃墟を見渡すと、ソフは声を張り上げた。
「隠れてんのは分かってんの!さっさと出てきなよ!全員潰してやるから!」
「…バレてるんだけど」
「まあ敵の本拠地だし仕方ないでしょう…『玉犬:渾』」
物陰に隠れていたカズサとヒナだったが、補足されている事が分かるや否やヒナが即座に掌印を結び、影から現れた玉犬がケテルの脚の1つを鋭い爪で切りつける。
しかしかなり強度が高いのか、浅くはない傷を付けるものの大したダメージにはなっていない。
そして反撃とばかりにケテルは脚を振り上げ、地面に叩きつけた衝撃で玉犬を吹き飛ばす。
「ほら、出てきなよコソ泥共。あんたらなんかお姉様が相手するまでもないんだから」
ソフが見ている方向にケテルがブラスターを放ち、吹き飛んだ壁の奥からヒナとカズサが転がり出てくる。
「っ、『蝦蟇』!」
転がりながらも掌印を結んだヒナが影から鵺を呼び出すと、ケテルの脚の下をくぐり抜け背後に回り込んだ蝦蟇は背中からソフに跳びかかろうとして───不快な音を巻き散らかしながら空中を流れた黒い
「何あれ気持ち悪っ…」
「小型の、ドローン?」
「『ドローンスウォーム』…蟻がどれだけ群れても大怪獣は殺せないけど、鼠くらいだったらそうでもないよね?」
ケテルの上に乗るソフの周囲を数百、数千、或いは数万にも登る大量の小型ドローンが渦を巻き、それらはまるで1つの生命のように一糸乱れぬ統制で動き離れた場所から見れば一繋ぎの黒い蛇のようにも見える。
鳥や虫の超密集した群れを想起させるその光景にカズサは露骨に嫌そうな声を挙げ、ヒナもまた生理的な嫌悪を覚えたのか鳥肌が立っている。
「なんだっけなぁ。キヴォトスのアニメは見せてもらったことあるけど、大量の虫にたかられて大型動物が骨だけになるやつ無かったっけ?まあなんでも良いか。今からあんたらにもその気持ちを体験してもらうんだから!」
「…ヒナ、あのドローンなんたらって奴頼んでいい?」
「…ちょいちょい
八握剣異戒神将 死路虚
メレクに返り討ちに合い致命傷を負ったクロコがプレナパテスとの接続が切れる前にヒナからコピーしていた十種影法術で召喚した最強の式神。
歴代の十種影法術使いの中で空崎ヒナに受肉したKeyを除いて誰一人として調伏した事はなく、基本的に相手を調伏の儀に巻き込む道連れ形式でしか戦闘に顕現出来ない虎の子。
調伏の儀の参加者は、砂狼クロコと
王国のアーカイブにより死路虚の情報を得ているメレクは、即座に破壊する為に死路虚に行動を許す前に4つの子機と槍のような部品を一纏めにし、超高出力の光線を放って死路虚を穿った。
極太の光線は死路虚の膝上から胸元辺りまでを消滅させ、光線の範囲に飲まれていなかった首と四肢の端が飛び散り───
ガコンッ
「!」
首の上で死路虚のヘイローが回転すると、消し飛んだ死路虚の身体が瞬き一つの時間もなく即座に再生し、着地した死路虚はメレクへと一瞬で距離を詰めて無骨な剣を振り払う。
それを掌で受け止めたメレクだが、確かに致命傷を与えた筈なのに何事も無かったかのように復活した死路虚に動揺が隠せていなかった。
(確実に死に至らしめる破壊を与えたはず…致命傷?そもそもこの式神には致命傷という概念はないのですか?死路虚の破壊条件は…まさか、全身を完全に消滅させること?)
十種影法術の他の式神は身体を引き裂かれたりする程度で破壊されていた事からメレクは判断を誤る。
メレクが検索した王国のアーカイブに記録されているこれまでの死路虚が破壊された事例はKeyの『
どちらも過剰火力によって死路虚を消滅させている。
それによって明確な死路虚を破壊できる火力のラインが分からなかったのだ。
(死路虚の破壊に必要なのは火力ではなく攻撃範囲。死路虚の肉体を消せるだけの威力があるのならそれで全身を巻き込めるようにしなければならない)
剣を捕まれ固定されていた死路虚は剣を離してメレクの脇腹を狙って蹴り付けるが、メレクの強靱過ぎる肉体は小揺るぎすらせずにそれを無傷で受け止め、反撃に繰り出されたメレクの蹴りが死路虚の上半身と下半身を真っ二つに千切れ飛ばす。
ガコンッ
しかし瞬時に死路虚は再生し、メレクが掴んでいた剣が消滅すると再び死路虚の手元に出現、さらに剣は銃へと形状を変化させ、空中から死路虚が撃ち下ろす。
分解した4つの子機を並べて盾にすることで銃撃を凌いだメレクは子機の内の1つを死路虚へ突撃させビット状の子機の先端が死路虚に突き刺さり、さらにゼロ距離から光線を放って吹き飛ばす。
(…また預言者が
メレクは自らの周囲に複数の光を浮かべるが、当初9個あった光は4個にまで減ってしまっている。
ため息を吐きながらメレクはその中から
これならば威力も攻撃範囲も充分、瓦礫の中から身体を起こした死路虚に火球が直撃し…巨大な爆発と火柱が巻き起こる。
火柱は天まで届き上空の曇天に穴を開けるほどで、その爆発がどれだけの威力だったかを物語っている。
全方位に広がった灼熱は鋼鉄大陸を広く焼くが、範囲内にはせいぜいオートマタやドローンなど破壊されても支障がないものしかないことを確認していたメレクは爆煙に背を向け死路虚を召喚して逃走したクロコを追いかけようとして───
「っ!何故…!?」
振り向いたメレクは槍のようなパーツを手に背後から奇襲してきた…全身に火傷を負い身体の一部を炭化させながらも健在の死路虚の振り下ろす剣を受け止める。
力の拮抗は一瞬、膂力で遥かに勝るメレクが槍を振り払い死路虚を弾き飛ばしそこに4つの子機に指示を出し追撃の光線を放つが、
ガコンッ
光線を受けてなお、頭上のヘイローを回転させた死路虚は構わずに再びメレクに襲いかかり、メレクは再度槍で受けようとする。
死路虚の剣が槍へと迫り…剣は槍を何の抵抗もなく切断し、メレクは咄嗟に身体を逸らしながら飛び退いて刃を回避するも、避けきれなかったのかメレクの身体には袈裟斬りに浅い傷が付けられ僅かに血が垂れている。
ガコンッ
メレクもまた自らのヘイローを回転させ傷を回復させながら、死路虚について考察する。
(…我の、肉体と
メレクの子機から放たれる光線は端的に言えば超高熱のエネルギーの熱量による攻撃であり、初撃で死路虚は光線に適応し、二撃目を受けた際に『熱』という攻撃に適応していた。
故に、火球による攻撃を耐え切ることが出来たのだ。
戸惑うメレクだが、死路虚は容赦なく追撃して剣を振るってくる。
今の死路虚の攻撃をまともに受けるのはマズイと判断したメレクはその剣戟を演算により最適化した動きで巧みに回避し、距離を引き剥がすために死路虚の胸を蹴りつけた。
(…手応えが弱くなっていますね)
が、蹴りは死路虚を後方に吹き飛ばすことには成功したものの20m程吹き飛ばされたところで死路虚は空中で回転しながら着地し、先程は身体が千切れていた筈なのに五体満足で立っている。
ガコンッ
そして今度はメレクの周囲を遠回りに円を描くように駆け出し、途中で急に曲がって急襲してくる。
そうして大振りに振るってくる剣を姿勢を低くして避けたメレクは下から死路虚の胴体を蹴り上げ───欠損させるどころか吹き飛びすらしなかった死路虚が反撃にかかと落としをメレクの頭部に叩き込み、メレクの身体が地面に叩きつけられる。
「がはっ…くっ…!」
肉体の頑強性がまるで通じず痛烈な打撃を受け血を吐くメレクだが、追撃に死路虚が突き立てようとしてきた剣を横に転がって回避し、子機を突撃させることで死路虚を自分から引き離す。
子機に連れ去られるようにして引きずり回される死路虚だったが、子機を掴むと膂力で押さえ込み、地面に叩きつけて粉砕する。
その間に体勢を立て直したメレクは自身の周囲に光を浮かべその中から
更に
「『炎の柱』」
すると天から1本の巨大な塔のような炎が落下し、氷山ごと死路虚を飲み込む。
攻撃はそれだけでは終わらず、メレクの指先の発光体が青色に変化した。
「はじまりの大渦」
炎の柱を取り巻くようにどこからともなく水流が生じ、巨大な渦が内部のものをミキサーのように引き裂いていく。
最後に発光体は黄色く輝き、空へと迸って穴が空いていた曇天が再び空を覆い尽くして黒雲となり、雲の奥で激しく光が瞬いて…
「『偉大なる成就』」
天から降り注いだ巨大な雷が渦潮ごとその中の全てを打ち砕いた。
「ハァ…ハァ…これならば…」
今メレクが引き出せる最大出力の連撃。
どれも系統の違う数種類の攻撃ならば死路虚とて破壊できただろうとメレクが考えたのも束の間───
ガコンッ
雷撃で生じた煙の奥から現れた死路虚が、剣を振るう。
メレクは咄嗟に剣を持つ右手を受け止めることでそれを防ぐが、死路虚は空いていたもう片方の左手を突き入れ、それを胸に直撃を受けたメレクは殴り飛ばされて背中から背後の建物の壁に叩きつけられた。
「ぐあっ…が…」
(…何故…破壊されていない…『炎の柱』は既に熱に適応されているからまだしも…いや、『はじまりの大渦』も、『偉大なる成就』もどちらもケテルのコアから引き出した技…一連の攻撃を一種のものとしてまとめて適応したというのですか?)
メレクの適応は、所詮死路虚の猿真似に過ぎない。
例えばクロコとの戦いでは自ら刃を肉に埋めたくなるほどの強力な魅力の秘儀を持った刀の遺物と、音を聞くと自害しようとしてしまう笛の遺物。
これはどちらも強力な精神に干渉する遺物だが、メレクはこれらに対してそれぞれ別の適応をして耐性を獲得していた。
しかし、死路虚の適応ならばどちらか片方に適応した時点で『精神干渉への適応』を行いもう片方の遺物も無効化できるだろう。
死路虚は最初の『炎の柱』を受けた時点での適応で根底を同じくするその後の攻撃への耐性も獲得していた。
コクマーの炎も、ゲブラの氷も、ケテルの光も使い、適応されている。
残るメレクが引き出せる預言者のコアはもうネツァクしか残っていないが、ネツァクのリソースはキヴォトスを覆う大結界の侵食にその殆どが注ぎ込まれている為にメレクが力を引き出せる余裕は残っていない。
(打撃は先程の手応えからして適応されている。子機の光線も預言者達の力も今引き出せるものは全て死路虚には通じない。このままでは、打つ手が無い──まさか、負ける?)
瓦礫を背にへたり込むメレクは前方からゆっくりと歩み寄ってくる死路虚と目が合った。
その目は、電子生命体である自身ですら出来ないような、文字通り機械的でただ調伏の儀の試練として儀式の参加者を鏖殺しようとする『システム』そのものであるかのような冷たい目線。
それを見て、メレクは初めて自身の中から浮かび上がってくるものがあることを感じていた。
アリスとの戦いでもクロコとの戦いでも、メレクは怪我をすることはあっても臆することは無かった。
それは、絶対に自分が勝つことが出来るという自信があったからだ。
だが、ここに来て初めて”敗北”という2文字が脳裏に浮かんだ瞬間───
(痛い…怖い…)
負ければ全てを失うかもしれないという恐怖。
予測してしまった喪失感。
それが、初めてメレクを臆させた。