ボンゴレ本部がある町に住む少女から見た沢田綱吉の話。沢田以外全員モブです。


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タイトルはディ◯ニーをちょっと意識しました。


リザと魔法の城

 石の外壁をブーゲンビリアが赤く染め、ジャスミンが香るようになると、この町には観光客がやってくる。数軒しかない宿屋はすべて満室となって、橋の向こうの宿屋にまで溢れた彼らは、何千年も前に作られたという古い町をカメラ片手に歩きまわった。彼らはにこやかに挨拶をしてくれるので、子供たちも元気よく挨拶を返す。生まれ育った場所の魅力を尋ねられれば、子供たちは口を揃えてこう返していた。

「この道の先に行くとね、古いお城があるんだよ」

 ページの端が何箇所も折られたガイドブックを開き直して、彼らはそんな場所は載っていないよ、と笑顔を曇らせながら戸惑う。

「霧が出ているけど、一本道だから行けばわかるよ」

 怪訝な顔をしながらも、彼らはゆるやかな坂を登っていく。その道の先に古城があるのは本当だ。代々の領主が暮らす城である。霧も進めば進むほど濃くなるので、何も嘘はついていない。ただ、領主が暮らす城に辿り着けるのはこの町の住民だけで、外部の者は深い霧の中で『この先、崖に注意』の看板と出会うことになる。

 立て看板に青ざめて引き返す姿を想像して、子供たちは笑う。これは娯楽の少ない小さな町で行われる、夏のいたずらであった。

 ジュゼッペの宿屋の息子とラポの土産屋の娘と共に観光客を揶揄ったエリザベッタ・ブルーニは、去年の夏ぶりのおふざけに満足して、意気揚々と帰宅した。

「おかえりなさい、リザ。なんだか楽しそうね」

 愛称を呼ぶのは母親だ。キッチンにはラザニアの良い香りが充満していて、リザは母の腰に抱きつくようにして料理風景を眺めた。

「今日のラザニアはなに?」

「魚よ」

「デザートは?」

「ケーキがあるわよ」

「昨日も食べたのに」

 可愛くないことを言うと、サラダの支度をしている母の手が止まり、ちらりと娘を見下ろす。

「あら、フルーツのトッピングはいらないかしら」

「それなら食べるわ。ディナーは何時?」

「十八時よ」

 母の口元が柔らかく歪んだのを見留めて、いまだ、と思った。

「霧はどうしてお城を隠してしまうの?」

「この町を守るためよ」

「どうやってお城を隠しているの?」

「魔法の霧なのよ」

 今日もダメだった。大人はこうして子供を欺き、町のほとんどの子供は親の言うことを鵜呑みにする。リザが知りたいのはこんな子供騙しではなく、何から城を守り、どのような原理で霧が人を判別し、巨大な城を隠すのかという、真実なのに。

 小さな石の町を出て行った兄なら知っているだろうか。

 父が切り盛りするブルーニの花屋を、リザは大きくなったら継ぎたいと考えている。母の料理はなんでも美味しく、仲の良い友人もいて、兄が出て行ってしまった寂しさを除けば生活に不自由はない。それでもリザの心は満たされない。枯渇の原因である好奇心は、魔法の城と、そこに暮らす若き領主に奪われている。

 夜は、一杯のミルクを飲んでから眠りにつく。冬には蜂蜜、夏はバニラエッセンスを少々。体の内側が温まると寝つきが良くなり、マグカップを下げに来た母が、リザの肩までオオフラミンゴ色のシーツをかけてくれる。

 その夜も、壁紙に住む動物たちと雲の枕がリザを安眠に誘ってくれるはずだった。まだ暗い時間、窓の外の月の鈍い光を夢と現実の狭間で眺めていると、月を覆い隠すほどの濃い霧が窓いっぱいに広がっていった。リザはぐっと体を固くした。息をひそめて気配を消す。そして目を凝らした。

 霧の中を何者かが歩いている。一人ではない。その正体を見破ろうと必死である。また一人歩いていく。この小さな町の住人は限られている。凝と見る。

 次に窓の外を通ったのは、兄であった。町を出てローマで就職したはずの兄。もう何ヶ月も顔を見ていないけれど、そのシルエットを見逃したりはしない。歩き方も兄であった。そしてもう一人──あれはきっと、古城の主であり、この町の領主、沢田綱吉に違いない。

 次に眼が覚めたときには、濃霧も兄と領主の姿も跡形もなく消えていた。窓からは月灯りではなく陽光が差し込み、頭の下にあったはずの枕は床に落ちている。リザは捲れ上がっているワンピースの裾を整え、ぼうっとした頭で部屋を出た。

 洗顔を済ませてからダイニングに顔を出すと、父は店に向かうところであった。朝食に用意されているビスケットを齧っていると、母がテーブルにあった一枚のハガキをリザに見るように言った。

 ハガキの差出人は、兄であった。昨夜、濃霧の中を歩いていた兄である。

 ──来週、そっちに帰るよ。城で働くことにしたから。

 リザはその走り書きを何度も読み返した。

 兄は来週にならないと帰ってこない。つまり彼はまだローマにいて、この町にはいないのだ。

 頭の中に充満していた霧がさぁっと晴れていき、リザは背もたれに体を預けた。ひどい緊張から解放された気分だけれど、昨夜の出来事が夢だとわかったことで活力が戻ってきた。

 今日は何人の観光客にいたずらを仕掛けようか。

 

 午前中に標的とした二人組の旅行客は橋の向こうから来ていたから戻ってきても見つからずに済んだものの、ジュゼッペの宿屋の息子が、今日から自宅に宿泊予定のカップルにいたずらを仕掛けたことが判明すると、それはもう大変だった。見た目は立て札と背の高い柵に守られ、実際には城があるのだから崖に転落することはないだろうに、火山の噴火か大地震かのように彼の父親は激昂し、被害者のカップルが止めに入る勢いにリザも泣いて謝った。

 この町はローマに行くにはバスと電車を乗り換えないといけない。まだ七歳のリザではとてもたどり着けない都会には、兄が言うにはたくさんの人がいて、食べ物も本も洋服も、この町を埋め尽くしても溢れてしまうほどあるらしい。なのに、この町にあるものは限られている。ローマが都会であればこの町は田舎と呼べる。都会から来た人たちに、リザはこの何もない石の町の魅力は古城であると答えてきた。そこに嘘はない。この町にはなくとも、あの城にはあるのだから。

 春の麗らかな日に城の庭で開かれる茶会は、リザを含め女の子たちの夢である。美味しいフルーツジュースにコーヒーと紅茶、多種多様なスイーツに領主の故郷の味であるという緑茶と繊細な菓子。何より若く、イタリア人とは異なる優しい顔立ちをした領主が、アーモンドの花弁で染めたシャツで歓迎してくれるのだ。

 去年の夏に食べさせてくれたジェラートは、きっとローマのジェラートにだって負けないだろう。

 リザにとって、領主が住まう城はそれだけで魔法の城なのだ。

 この町にはなくとも、あの城には夢と憧れが詰まっている。

 こんなことになるなら、大人しく兄が帰ってくるのを待っていれば良かったと、リザは後悔しながら窓の外に視線を逃した。今日は、兄がハガキを寄越してちょうど一週間目にあたる土曜日だ。最寄りのバス停に迎えに行きたかったけれど、父も母も、待っていれば帰ってくるよ、と言って連れて行ってくれなかった。次のバスの時間まであと一時間はあるだろうと、リザは太陽を見上げた。

 霧が、城を覆い外部の者から隠している濃霧が、ゆっくりと町に降りてきている。

 霧が降りて来てる! と声を上げると、大人はすぐにカーテンを閉めた。

 この町には、城から霧が降りてくると家の中に入らなければいけない、という暗黙のルールがある。大人は霧に攫われてしまうから、と子供を脅すけれど、リザはそんなことは起こらないだろうと予想立てている。あの霧には秘密があるのだ。大人だけが知る、外部の人間には漏らすことのできない秘密が。

 霧が晴れるのを待つあいだ、ジュゼッペがお茶と焼菓子を出してくれた。兄のために母が色々と用意しているのを知るリザは、お茶だけにして菓子は食べなかった。

 家に戻ると、兄はすでに帰宅していた。去年のクリスマスに帰ってきたきりだった家族との再会に、こっぴどく叱られたことなどすっかり忘れた。

 母と兄は、リザが帰ってくるまでお茶を待っていてくれたようだ。ジュゼッペの家で食べなかったのは正解だった。父はまだ仕事中だから夜にまた同じ話をするだろうけれど、早く都会の話を聞きたくて、率先してお茶の支度をしようとすると、玄関のベルが鳴った。

 早く帰ってもらおうと扉を開けると、そこに立っていたのは領主であった。

「やあ、リザ。お兄さんが帰って来たと聞いたんだけど、いまいいかな」

 冬の夜に母が作ってくれる、たっぷりの蜂蜜を入れたミルク色のスーツを着た領主は、リザが憧れる柔和な微笑みを浮かべて、リザの眼の奥にある憧憬を掬い取るように腰をかがめた。

「もちろんよ」

 その姿を見るまで早く帰って欲しかったのに、今となっては、どうやって彼を長くこの家にとどめておくかを考えている。

「ありがとう。目元が赤いね、何かあった?」

「なんでもないの。平気よ」

 彼にはいたずらがバレて叱られたなんて知られたくはなかった。

 手を繋いで兄の元まで移動し、リザは母の手伝いのためにキッチンへと急いだ。コーヒーを淹れるのは母の担当なので、リザは母と作ったワインを入れて焼くクッキー──チャンベッリーネテン・ヴィーノ──を持って、兄と領主の元へと引き返した。お盆でコーヒーと一緒に運んでは、お手伝いを褒めてはもらえないからだ。

 キッチンからは早足でも、客間に繋がる廊下からはゆっくりと歩く。お転婆な娘だと思われないように。そうやってクッキーを運ぶリザの眼に、それは飛び込んできた。領主の口元に浮かぶ、リザや町の住民に向ける微笑みとは別のものが、リザの足をその場に縫い付けた。

 椅子に座る領主の足元で、兄が膝を折っている。領主の右手を取り、領主の証であるという空色の指輪にくちづけをした。

 後ろから聞こえてくる母の足音に、リザは金縛りから解放された。

 手作りのクッキーを領主は喜び、上手に焼けたことを褒めてくれた。まだ帰らないでと駄々をこねれば、もう一杯コーヒーをおかわりして、リザを膝に乗せてお姫様のように甘やかしてくれる。

「ねぇ、ねぇ、ツナさん」

「駄目でしょう、領主様と呼びなさい」

「気にしないで。いいよリザ、そのままで」

 にこやかで、偉ぶらず、同年代の男の子よりも紳士的な領主に少女の憧れを抱くのは当たり前のことで、銀髪が美しい人や肩車をしてくれる爽やかでかっこいい人もいるけれど、リザにとって領主は、春の陽だまりで、あった。

 

 リザがふたたび深夜に目覚めたのは、兄が帰宅した日から一ヶ月が経った夏の末のことで、何かの気配を感じて瞼を持ち上げると、窓の外に影のようなものが蠢いていた。すぐに霧だとわかった。そしてベッドを抜け出した。

 忍足で両親が眠る寝室の前を通り過ぎた。夏の夜のなまぬるい外気はパジャマワンピースを着たままのリザを誘い出した。

 霧はまだ坂の上でたむろしており、まるでリザが来るのを待っているようであった。リザは駆け出した。霧はゆるやかな坂を登って古城に戻っていく。その動きには生き物の意志が宿っている。母の言うとおり魔法で動いているならば、魔法の正体をつきとめるべく、リザは霧を追いかけ、とうとう城門にまでたどり着いた。

「──領主様?」

 その人は、木造りのベンチに腰かけていたけれど、すぐに誰かわからなかったのは闇夜の暗さのせいではない。彼が似合わない色のスーツを着ていたせいだ。

 あれと同じものを、リザは一度だけ見たことがある。

 リザの祖父の葬式に、領主は二人の部下を連れてやってきた。小さな町の小さな葬式は私服姿の参列者で溢れていて、リザもおろしたてのワンピースを着ていたのに、春の陽だまりであるはずの彼のスーツの色は、父曰く彼らの正装だと言う。あまり似合っていなかったからこそ印象に残っていて、次に町におりてきた彼が淡いレモン色のシャツに渡り鳥のネクタイピンをしていたのが何だかとても嬉しかった。

「こんばんは、リザ。こんな時間にお散歩かな」

「だって、眼が覚めてしまったんだもの。あなたはこんな時間に何をしているのかしら」

「好奇心旺盛な君が、霧を追いかけてくるだろうと思ってね」

 領主の前に立ったリザは、改めてお別れ色のスーツを凝視した。

「似合っていないわ、そのスーツ」

「──そう?」

「アーモンドの花びら色のシャツとか、蜂蜜をたっぷり入れたミルク色のスーツとか、レモン色のシャツとか、素敵なものがたくさんあるのに、どうしてそんな色を着るの? ツナさんらしくないわ」

「これは──俺たちの仕事着なんだけど──」

 領主は自分のスーツをまじまじと見つめてから、続けて言った。

「君には、普段着のほうが似合って見える?」

「当たり前じゃない。仕事着が必要なら、一緒にファリーナの仕立て屋に行きましょう。私がとびきりのお洋服を選んであげる」

 そんな色のスーツはぜんぶ捨てるべきよ、と付け加えると、領主は肩を震わせて笑い出した。夜だからと必死で声を抑えているけれど、声の代わりに涙が出てしまったのか、彼は何度か目尻を拭った。

「ありがとう、リザ」

 帰り道は、抱き上げられたところまでしか覚えていない。朝に目覚めればベッドの上で、送ってもらっている最中に寝てしまったのかもしれない。

 その日を境にリザは夏のいたずらから卒業することにした。霧と魔法の城についても大人に質問するのをやめた。両親はリザの変化に気づいても口には出さず、尋ねてこないのでリザからも話さなかった。話したところで、夜中の散歩を怒られるだろうから。

 大人たちだけが知る秘密を教えてくれとリザがせがむと、彼はリザの大好きな優しい微笑みで、意地悪なことを言った。

 秘密を知るということは、リザも大人の仲間入りをするということだよ。そしたらもう君を甘やかすことはできないよ。だっこもおひざも卒業だ。それでもいいの?

 ──それは駄目!

 大慌てのリザに笑みを深めた彼は、それならご両親に見つかる前に帰ろうね、と言って送ってくれたのだった。

 結局、何も知ることは出来なかったけれど、領主は最後にひとつだけ約束をしてくれた。それは十八歳の成人を迎えた暁には、すべてを教えてくれるというものだった。

 リザが成人するまであと十一年。領主がこの約束を忘れていても、リザが覚えている。

 

 

 幼いころはこの世の色んな物事に興味を持って、あれは何、これは何、と両親に尋ねて、町の大人にも誰かれかまわず訊いてまわるような少女であった。太陽と月が空の上で衝突しない理由や、植物も生き物なのに人や猫のようにおしゃべりしない理由を知りたがったが、一番興味があったのは、この町の領主が住む古城を隠してしまう霧の秘密である。

 領主との約束を守って、七歳のあの夏の夜からリザはこの町の秘密を探るのをやめた。けれども、生活していれば自然とわかってしまうこともある。

 外部に城の存在を隠すのは、領主が宵闇色のスーツを着ていることに関係があって、この町の犯罪発生率が異常に低い──せいぜい夫婦喧嘩の流血騒動がここ数年の大事件──ことにも、定期的に城を訪問する外部の人間がいることにも、リザは気付き始めている。これらは恋人よりもリザを大人にした。

 仕事で怪我を負った兄がブルーニの花屋を継ぐことになり、リザは魔法の城でメイドの仕事をすることに決めた。次の誕生日がくれば十七歳になる春、領主はインディゴブルーのスーツでリザを出迎えた。秘密は、まだ知らない。




イタリア男のスタイリングをネットで色々見るのが楽しいので沢田にも色んな洋服を着てほしいです。あとこの町の少女は沢田、獄寺、山本の誰かが初恋の人かもしれない。歳が近いランボもありですね。他のメンバーは本部と外を行き来していそう。ボンゴレ(マフィア)を一番憎んでいる骸の霧がファミリーの防壁になっていたら熱いな〜と思いながら書きました。

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