主従の間に芽生えてしまった歯止めの効かない愛情は光をも割断する   作:てりのとりやき

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                      」

「マスコンバート。

 サクリファイス。

 カウントセット。

 魔力放出、開始」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 どこかの宇宙の、どこかの星の上。

 冬の終わり。

 草原。

 突き抜けるような青空の下で、花が咲き誇る。

 無限に等しいほどの花があった。

 青や。赤、黄、橙、紫……。花々が柔らかな風に揺られ、芳しい香りで春の昼下がりを祝福している。

 それを呆然と眺め続ける女もまた、そこには居た。

 

「……」

 

 女の意志や精神といったものはどこまでも澄み切っていて、クリアな状態だった。健全な精神が神経系の中で走り、肉体と魂の境目がないことが女には直感から理解できる。

 背中を覆う黒い髪。

 黒い瞳。病的に白い肌。痩せた体躯……。

 女──メフトは、花畑の中で呆然と地にへたり込み、ただただ世界を見つめ続けた。

 

「私が…………魔法では、なくなって、いる……」

 

 無限(・・)の魔(・・)力放(・・)出が(・・)無く(・・)なっ(・・)ていた(・・・)。

 魔法存在としての核が、今の女には存在しなかった。あるのは心臓の脈動と、脳の仕組みが成立させる人間としての精神だけ。 

 宇宙規模の戦闘が起きたはずだ。

 その末に自らの肉体も魔法存在としての形状も捨て去り、神域到達魔法と同化し、この宇宙を破壊すると決めたはずだった。もう後戻りはできない──はずだったのに。

 

「肉体の再構築……魔法存在を、人間として成立させる……?」 

「メフトさま」

「──っ」

 

 慣れ親しんだ声音に、嬉々で震える少女の声に、思わず顔を振り上げる。

 ――長い…………本当に長い、髪だった。

 腰を越え、膝を過ぎ、踝よりも長く。地面に毛先が流れ落ち、柔らかく土で汚れるほどに伸びた髪。

 生まれてから一度も切ったことがないかのように。

 だけど丁寧に丁寧に手入れを欠かさなかったからこその色艶を纏う、銀色の、髪。

 

「……ローロ、なの……?」 

 

 少女には両腕があった。

 欠けた指はなかった。

 両の眼は確かな瞳孔の動きで、焦点をこちらへと結んでいた。

 ──そこにいたのは、19歳には到底見えない程度には幼い少女だった。

 

「私はもう、ローロ・ワンでも、マギステルシア・ファウストでもありません」

「────」

 

 最後(・・)の質(・・)量転換(・・・)。そし(・・)て融合(・・・)、再構築(・・・)。

 これまでの質量喪失分を補うからこその、年齢退行。

 その時、メフトは自身が戦う理由も、選択を後悔し続けた宿業の全ても、何もかもを失った。

 ローロも、マギステルシアも、つまりは死んだのだ。その上で再び受肉し、一つの個体として存在することを選んだ。

 

「だけどあなたを大好きな私です」

「   」

 

 言葉が、何一つ出てこなかった。

 女の全てが硬直していた。

 その皮の内に詰まる肉と筋と臓腑と血液の脈動すべてが、命の全てが時を止めてしまった。

 

「私の幸せを勝手に決めないでください」

「……っ」

 

 どれほど想われているのだろう。

 どれだけ苦しめてしまったのだろう。

 何を言えば。

 何を言えば──。

 

「だけどそれはメフトさまにも同じことです。あなたの幸せを、私が勝手に決めることはできない」

 

 ただ見つめることしか出来なかった。

 

「だから探しましょう? これからの時間をかけて、積み重ねて、織り合わせて……二人で。一緒に、いろんなことを乗り越えていきたいのです」

 

 眩いばかりの笑顔を浮かべる少女を。

 心の底から笑うことが出来る、人として存在する少女を。 

 

 

 

 

 

 

 

「メフトさま。一緒に歳を取っても、いいですか?」

「──」

 

 少女は本当の意味で、本気で、メフトを背負うつもりでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 小さな手を差し伸べて、愛するだけが少女の愛情ではなかった。

 

「あなたの髪が伸びすぎたら、私が切ってもいいですか?」

 

 共に、成長していくこと。

 

「私の髪を、あなたと同じ長さに切ってくれますか?」

 

 共に、捨てていくこと。

 

「老いても。死ぬまで一緒にいて……いいですか?」

 

 共に、添い遂げ続けること。

 相互に、どちらともが愛し合うことの真実。少女には確信として形としてそれを描くことが出来ていた。

 

「……生きて、いい、の?」

 

 今、ここには、柔らかな肉体を持った少女が一人いる。痩せた女が一人いる。

 少女は手を差し出した姿勢のまま待ち続ける。

 女は、ただただ茫然と少女を見上げることしかできない。

 

「……生きても……いいの…………?」

 

 物質として確かに存在しやがては朽ちていくことを、勝者としてかつての神として、少女は選んだ。その選択が正しかったのか間違っていたのかを知る者は、まだここには存在(・・)しない(・・・)。

 未来は確かに確定した。

 過去は、間違いをも間違えなかった。

 現在はこのようにして不透明だ。

 だけど、それでいいのだと、少女の笑顔がそう語る。その笑顔こそを女は信じたかった。

 ……信じるという自身の行いに、心臓よりも果てしなく深い奥底から自然と湧き上がった思いに、一切の理屈や理論が無いことを理解し。 

 

「……っ!」

 

 そして。

 気づくと。

 女は涙を零しながら、

 ぐちゃぐちゃになった顔で、

 それでも少女の手を取って──。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……いっぱいある、から」

「ええ」

 

 私はあなたの言葉を微笑みと共に聞きます。

 

「あなたに話したいこと、これから聞きたいことも」

「はい」

 

 二人で。限りある永遠の中で。

 

「ねえ…………だから、聞いてくれる?」

「もちろんです。メフトさま」

 

 いつまでも。

 

「……ありがとう」

 

 時の砂を少しずつ流してゆける幸福がここにはありますから。

 

「私ね、                      

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 もうすぐ春が歌いだす。

 あなたが口ずさむなら私は楽器を手に取ろう。

 あなたが奏でるなら、私は終わりまで歌おう。

 私達はまだ幼く、何もかもに無知で、……だから「そばにいるよ」と隣のあなたに笑いかけられる。

 そう在れる今を信じて疑わない。

 

 

〈終〉

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