主従の間に芽生えてしまった歯止めの効かない愛情は光をも割断する   作:てりのとりやき

82 / 82
                      」

「マスコンバート。

 サクリファイス。

 カウントセット。

 魔力放出、開始」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 どこかの宇宙の、どこかの星の上。

 冬の終わり。

 草原。

 突き抜けるような青空の下で、花が咲き誇る。

 無限に等しいほどの花があった。

 青や。赤、黄、橙、紫……。花々が柔らかな風に揺られ、芳しい香りで春の昼下がりを祝福している。

 それを呆然と眺め続ける女もまた、そこには居た。

 

「……」

 

 女の意志や精神といったものはどこまでも澄み切っていて、クリアな状態だった。健全な精神が神経系の中で走り、肉体と魂の境目がないことが女には直感から理解できる。

 背中を覆う黒い髪。

 黒い瞳。病的に白い肌。痩せた体躯……。

 女──メフトは、花畑の中で呆然と地にへたり込み、ただただ世界を見つめ続けた。

 

「私が…………魔法では、なくなって、いる……」

 

 無限(・・)の魔(・・)力放(・・)出が(・・)無く(・・)なっ(・・)ていた(・・・)

 魔法存在としての核が、今の女には存在しなかった。あるのは心臓の脈動と、脳の仕組みが成立させる人間としての精神だけ。 

 宇宙規模の戦闘が起きたはずだ。

 その末に自らの肉体も魔法存在としての形状も捨て去り、神域到達魔法と同化し、この宇宙を破壊すると決めたはずだった。もう後戻りはできない──はずだったのに。

 

「肉体の再構築……魔法存在を、人間として成立させる……?」 

「メフトさま」

「──っ」

 

 慣れ親しんだ声音に、嬉々で震える少女の声に、思わず顔を振り上げる。

 ――長い…………本当に長い、髪だった。

 腰を越え、膝を過ぎ、踝よりも長く。地面に毛先が流れ落ち、柔らかく土で汚れるほどに伸びた髪。

 生まれてから一度も切ったことがないかのように。

 だけど丁寧に丁寧に手入れを欠かさなかったからこその色艶を纏う、銀色の、髪。

 

「……ローロ、なの……?」 

 

 少女には両腕があった。

 欠けた指はなかった。

 両の眼は確かな瞳孔の動きで、焦点をこちらへと結んでいた。

 ──そこにいたのは、19歳には到底見えない程度には幼い少女だった。

 

「私はもう、ローロ・ワンでも、マギステルシア・ファウストでもありません」

「────」

 

 最後(・・)の質(・・)量転換(・・・)そし(・・)て融合(・・・)再構築(・・・)

 これまでの質量喪失分を補うからこその、年齢退行。

 その時、メフトは自身が戦う理由も、選択を後悔し続けた宿業の全ても、何もかもを失った。

 ローロも、マギステルシアも、つまりは死んだのだ。その上で再び受肉し、一つの個体として存在することを選んだ。

 

「だけどあなたを大好きな私です」

「   」

 

 言葉が、何一つ出てこなかった。

 女の全てが硬直していた。

 その皮の内に詰まる肉と筋と臓腑と血液の脈動すべてが、命の全てが時を止めてしまった。

 

「私の幸せを勝手に決めないでください」

「……っ」

 

 どれほど想われているのだろう。

 どれだけ苦しめてしまったのだろう。

 何を言えば。

 何を言えば──。

 

「だけどそれはメフトさまにも同じことです。あなたの幸せを、私が勝手に決めることはできない」

 

 ただ見つめることしか出来なかった。

 

「だから探しましょう? これからの時間をかけて、積み重ねて、織り合わせて……二人で。一緒に、いろんなことを乗り越えていきたいのです」

 

 眩いばかりの笑顔を浮かべる少女を。

 心の底から笑うことが出来る、人として存在する少女を。 

 

 

 

 

 

 

 

「メフトさま。一緒に歳を取っても、いいですか?」

「──」

 

 少女は本当の意味で、本気で、メフトを背負うつもりでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 小さな手を差し伸べて、愛するだけが少女の愛情ではなかった。

 

「あなたの髪が伸びすぎたら、私が切ってもいいですか?」

 

 共に、成長していくこと。

 

「私の髪を、あなたと同じ長さに切ってくれますか?」

 

 共に、捨てていくこと。

 

「老いても。死ぬまで一緒にいて……いいですか?」

 

 共に、添い遂げ続けること。

 相互に、どちらともが愛し合うことの真実。少女には確信として形としてそれを描くことが出来ていた。

 

「……生きて、いい、の?」

 

 今、ここには、柔らかな肉体を持った少女が一人いる。痩せた女が一人いる。

 少女は手を差し出した姿勢のまま待ち続ける。

 女は、ただただ茫然と少女を見上げることしかできない。

 

「……生きても……いいの…………?」

 

 物質として確かに存在しやがては朽ちていくことを、勝者としてかつての神として、少女は選んだ。その選択が正しかったのか間違っていたのかを知る者は、まだここには存在(・・)しない(・・・)

 未来は確かに確定した。

 過去は、間違いをも間違えなかった。

 現在はこのようにして不透明だ。

 だけど、それでいいのだと、少女の笑顔がそう語る。その笑顔こそを女は信じたかった。

 ……信じるという自身の行いに、心臓よりも果てしなく深い奥底から自然と湧き上がった思いに、一切の理屈や理論が無いことを理解し。 

 

「……っ!」

 

 そして。

 気づくと。

 女は涙を零しながら、

 ぐちゃぐちゃになった顔で、

 それでも少女の手を取って──。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……いっぱいある、から」

「ええ」

 

 私はあなたの言葉を微笑みと共に聞きます。

 

「あなたに話したいこと、これから聞きたいことも」

「はい」

 

 二人で。限りある永遠の中で。

 

「ねえ…………だから、聞いてくれる?」

「もちろんです。メフトさま」

 

 いつまでも。

 

「……ありがとう」

 

 時の砂を少しずつ流してゆける幸福がここにはありますから。

 

「私ね、                      

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 もうすぐ春が歌いだす。

 あなたが口ずさむなら私は楽器を手に取ろう。

 あなたが奏でるなら、私は終わりまで歌おう。

 私達はまだ幼く、何もかもに無知で、……だから「そばにいるよ」と隣のあなたに笑いかけられる。

 そう在れる今を信じて疑わない。

 

 

〈終〉

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

侍は迷宮を歩く(作者:DRたぬき)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

*完結しました*▼西洋の大陸に存在する街、大都サルヴィ。▼この都市には迷宮が存在し、またそこはいまだかつて踏破されたことが無い。▼冒険者は迷宮を目指し深部へと踏み込み、まだ見ぬ宝と名誉を求める。▼冒険者の一人、三船宗一郎もまた仲間を伴って迷宮を探索していたが。▼彼は今、仲間を失っていた。▼仲間なくして迷宮探索は成らず。かくして彼は「迷宮で死んだ冒険者の死体回…


総合評価:1380/評価:8.08/完結:210話/更新日時:2026年03月17日(火) 00:16 小説情報

田んぼによくいるオバケエビ(ホウネンエビ)が古代の海っぽい異世界に転生して進化し続けた結果ヤベェことになる話(作者:大豆島そうめん)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

 すまない、タイトルのまんまなんだ。


総合評価:6332/評価:8.89/連載:12話/更新日時:2025年11月03日(月) 09:36 小説情報

自分の事をNTRエロゲの竿役だと思っているおじさんVS幼少期から光源氏(動詞)されたが嫌いになるわけないシスター(作者:心理的継続性を持つおじさん)(オリジナルファンタジー/コメディ)

今更転生自覚おじさん「やべぇ…NTRエロゲの竿役おじさんじゃん。作品としては楽しめるけど、現実はNGなんだよね。主人公君と結ばれて幸せにおなり。ってことで身を引くね」▼幼少期の頃から光源氏(動詞)されたが生活のほとんどを握られていたり、欲しいものは言えば買ってくれたり、ちょっかい掛けても怒らない為に嫌いではないし、なんなら結婚するんだろうなと思ってそれなりに…


総合評価:7323/評価:8.53/連載:27話/更新日時:2026年05月12日(火) 13:47 小説情報

【書籍化】異世界転生周回プレイもの(作者:にーしち)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

主人公「なぜ俺が選ばれたんですか?」▼女神様「貴方には素養があります。私の願いを叶えるのに必要不可欠な素養が」▼主人公「それは......?」▼女神様「貴方がどんなゲームも100%達成トロコンしないと納得できず千回だろうと一万回だろうと周回して全てを遊び倒す究極クソ廃人だからです」▼主人公「なるほど!」▼※カクヨムでも連載中です▼※2026年7月20日、オー…


総合評価:29859/評価:9.16/連載:32話/更新日時:2026年07月28日(火) 20:15 小説情報

TSエルフ、赤ん坊を拾う(作者:面相ゆつ)(オリジナルファンタジー/日常)

ちょっとした事情で故郷を離れたTS薬師エルフさんが森で赤ん坊を拾って子育てやら何やらでわちゃわちゃする話。▼


総合評価:5106/評価:8.83/連載:47話/更新日時:2026年07月28日(火) 08:37 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>