兎狩り   作:バグ乳バブ乳ブラ弟子橋本環奈


オリジナル現代/ノンジャンル
タグ:R-15 残酷な描写
原作 カニ鯖 レイラギ
zuki 脱兎 怪文書

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zuki脱兎 その3

 ある日、人類の一部が兎になった。

 人間の耳がなくなり、代わりに兎の耳と尻尾が生える。聴覚が鋭くなり、常人離れした脚力を発揮する。

 ……が、それ故に。兎達は人間として見られなくなった。少なくとも法には。

 兎は未知の要素が多く、研究価値が非常に高い。つまるところ、金になる。例えそれが、死体だったとしても。

 マフィアや密猟者集団、そういった団体による"兎狩り"が行われ始めた。誘拐や殺人が、当然のように行われた。ただそれは罪に問われない。兎が現れてから日が浅いのもあるが、そもそも法は兎達を人間と見ていなかったからだ。

 

 脱兎も、人間から兎になった者の1人だった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 暗い暗い森の中。制服姿の脱兎は木々の間を俊敏に駆け回る。

 いつもと変わらぬはずの制服姿。しかしスカートの下の仙骨あたりには妙な膨らみがあり、更には頭からは白く長い耳が垂れるように生えていた。

 視界には誰も映らない。しかし確かに何かに怯えるように表情を暗く染めながら、息を切らして駆け回る。

 愛すべき従兄弟のzukiの側から泣く泣く離れ、人気のない森へと姿を眩ました脱兎。が、どうやら完全に隠れ通すのは無理だったらしく、嗅ぎつけてきた密猟者がこの森へと来ていた。

 幸いにも、兎は人間より遥かに俊敏に移動できる。それが森の中というならば容易に撒けるだろう。

 が、意識が偏っているときにこそ伏兵とは効果的なものである。

 

 ガチャン

 

「〜〜〜!?!?」

 

 突如脱兎の片足を襲う激痛。予想外の痛みに脱兎は耐えきれず、移動していた速度そのままの勢いに地面に転がる。

 激痛が襲いかかる足を、脱兎は出来うる限り動かさないように姿勢を変えて確認する。

 

「ひぅ……!」

 

 脱兎の足を止めたのは、密猟者が仕掛けたであろうトラバサミだった。人間より遥かに強い勢いで踏まれ起動したソレは、脱兎の足に深く食い込み、痛みを齎していた。

 

「はやく…はやくはずれてぇ…!」

 

 脱兎は歯を食いしばってなんとか痛みを堪えながら、トラバサミを外そうと四苦八苦する。しかし、兎になるまでは今まで普通の女子高生と過ごし、兎となった後はすぐに森に逃げたがゆえにトラバサミの外し方なんて知識は持ち合わせていなかった。

 両の手で懸命にトラバサミを外そうとする脱兎。しかし外れず、逆に悪戯に触ることで食い込みが強くなる。

 鼻をツンとつく鉄のような血の匂い。鋭敏になっている聴覚が拾う森のざわめき。なかなる気配を見せない強い痛み。それらが脱兎の焦りを加速される。

 

 ガサッ

 

「!!」

 

 森のざわめきを貫くように脱兎の耳に届く音。これまで何度も聞いた、人の足音。

 

「いぃいやっ!いやだっ!!」

 

 脱兎はこの森に身を隠すまで、何人かの兎と出会ってきた。その悉くが、密猟者の餌食になった。

 容赦なく撃ち殺され、その遺体を回収された。必死の抵抗の後、力尽きて生きたまま捉えられた。

 遺体をはバラバラにされ、貴重な研究資料へと届けられた。生きたまま捉えられたものは兎の詳細な情報を調べるための非人道的な実験の被験体にされた。

 そんな末路を見てきたが故の、命乞いのような焦りの絶叫を見せながら、トラバサミを外そうとしていた。

 だんだんと近づいてくる足音。早くも遅くもならないその足音は、脱兎にとって絶望のカウントダウンを刻まれているかのようだった。

 

そして、足跡のカウントダウンは終わりを迎え、その主が姿を現す。

 

「…………見つけたぞ、姉貴」

 

「フーッ!!フーッ!!フーッ……ふぇ?」

 

 カウントダウンの末に掛けられた声は、脱兎にとって非常に馴染みのある声だった。聞くことはないと思ったその声を聞き、思わず荒い吐息の中から腑抜けた声を漏らしてしまった。

 脱兎のもとに現れたのは、脱兎が兎になって最も切り捨てることを惜しんだ存在、zukiだった。

 

「外すぞ」

 

 zukiはスッと脱兎のもとへとしゃがむと、脱兎の足を痛めつけるトラバサミを触り、外し始める。

 

「〜ッ!〜〜〜ッ!」

 

 鋭いトラバサミが肉を離す感覚。その痛みに脱兎は悶絶するもなんとか声を押し殺す。

 しかしその甲斐あり、zukiは拙くも脱兎の足からトラバサミを外すことに成功する。

 

「よし。姉貴、歩ける?」

 

 zukiの問い掛けに対して、脱兎は頑張って起きあがろうとする。が、足の痛みと恐怖感とその解放による腰抜けから、立ち上がることができず、zukiに向かってふるふると首を振る。

 

「……しゃーないか」

 

 そういうと、zukiは脱兎に向けて背を向けるようにして、しゃがみ込む。そして、両手を後ろに回すと、脱兎に来るように手で招く。

 脱兎はそれを見ると、なんとか地面を這いずるようにしてzukiのところへと移動する。

 脱兎の手が、zukiの背中に触れる。それは、久方ぶりに感じた人の温もり。手のひらから伝わる熱は、脱兎の冷え切った心を甘く溶かす。そんな感覚がした。

 

「……うし。近くに仮拠点の小屋がある。そこで姉貴の手当てをするぞ」

 

「……うん」

 

 すっくと立ち上がったzukiはそう宣言すると、少し駆け足気味に歩き始める。

 揺れるzukiの背中。揺れに応じて足から垂れる血液。けれど脱兎は、これ以上なく居心地の良さを感じていた。別れる前より、たくましくなったように感じる背中、そして筋肉の熱、鼻腔をくすぐる匂い、zukiの命を感じる心拍。

 

「……どうやって、見つけたの?」

 

「あんま喋んなよ、怪我人なんだから」

 

「うん…」

 

 歩くzukiに脱兎は問いかけるも、その場では軽く一蹴される。

 ……数刻足跡と音を地面に刻み込んだのちに、zukiは独り言のようにこぼした。

 

「…………探したんだよ。あれからずっと。お前急にいなくなるから」

 

 脱兎がいなくなった日から、zukiは行動し続けた。SNSやニュースから兎の情報を探し続け、しらみつぶしに可能性がある場所へと赴き続ける。

 zukiもまた、多くの兎と出会ってきた。密猟者を共に撃退することもあれば、脱兎を探すzukiを逃がすべくあえて密猟者に捕まった優しい兎もいた。

 執念。それによってzukiは脱兎を探り当て、いまここで背に背負うことに成功したのだった。

 それを聞いた脱兎の顔を、zukiは見ることはなかった。

 今、脱兎の心拍数が上がっているのは、果たして出血のせいだろうか?それともzukiの発言に恥ずかしくなったからか?あるいは双方か?

 ……ただ、今脱兎の頭を支配しつつあったのは、ある衝動だった。

 

「…………これでよし。あんまし動かすなよ」

 

「…………」

 

 小屋に到着した2人。zukiは脱兎をベッドに腰掛けさせると、その足の応急処置を行う。

 綺麗に洗い、消毒し、包帯で外気に触れないようにする。少しばかり手慣れた様子のzukiの姿に、脱兎は自分の知らないzukiの側面を垣間見、どこか気持ちがざわめいた。

 

「うおっ、血ついてる。着替えなきゃだな…」

 

 血が流れる脱兎を背負い続けていたからか、脱兎の足があった場所にはそこそこ広く血が染み込んでいた。zukiはそれを認識すると、着替えるべくおもむろに服を脱ぐ。

 脱兎の目に映る、zukiの素肌。服で抑えられていたzukiの体臭。服という遮蔽物がなくなりよく聞こえるzukiから発せられる音。

 ーーー抑え続けられた脱兎の理性、その枷が心の内でギチギチと悲鳴を上げる。そのうちバキ、バキとヒビが入っていく。

 

 ーーー限界だった。脱兎は引き出しから服を取り出す上裸のzukiへと、火照る体の赴くまま手を伸ばすーーー。

 

ぎゅうっ

 

「……姉貴?」

 

 手を伸ばした脱兎は、そのままzukiのお腹の方へと手を伸ばし、力の限りzukiを抱きしめた。

 どちらかといえば、脱兎は性欲が強い人間であった。兎となった後は、それが顕著になった面がある。

 がしかし、同時に兎の寂しがり屋という面も強くなっていた。少なくともこの場においては、性欲よりも、2度と埋まらないと思っていた寂しさという心の穴、それを懸命に埋める欲求が軽く超えていたのだった。

 

「zuki…!zuki…!こわかったよぉ…!!」

 

「…………」

 

 限界まで振り絞った抱擁の中、大粒の真珠を目尻をこぼし、zukiの名前を呼び続ける。

 ……なんでもなかった頃の日常なら、気持ち悪いなどと吐き捨てて引き剥がしていただろうか?しかし、今のzukiには、そんな気持ちは毛頭なかった。

 それは脱兎の今の様子を見てそう思わないから?それは違う。zukiもまたーーー

 

 ぎゅっ

 

「!?」

 

 zukiは手を止めて、そのまま背中に手を回して脱兎を抱き返す。脱兎の抱擁に比べればそこに込める力は弱い。が、それが感情に比例するかと言われれば否だ。

 その証拠に、zukiが脱兎へと添える手は過剰なまでに震えていた。

 

「そんなに…そんなに泣くぐらいだったら、勝手にいなくなるなよ」

 

「うんっ!ごめんね…!!」

 

 そのままzukiと脱兎は、お互いに手を回した状態で動かず、しばらくお互いの存在を確かめ、逃がさないようにした。

 

 十分にお互いの存在を確かめ合った2人は、小屋にあったベッドで体を休めていた。

 1人用のシングルベッドの上で、狭いながらも2人は身を寄せ合って横になっていた。

 zukiは既に夢の世界に落ちていた。脱兎を見つける過程というのは、想像以上に彼を消耗させていたのかもしれない。

 対して脱兎は、未だ眠れずにいた。

 野生となっていた中ですぐに寝て体力を温存する術は身につけている為、寝ようと思えばすぐ眠ることができた。が、しかし。久しぶりの地面以外の寝床、それに加え待ち焦がれていたzukiという存在が、脱兎を夢の世界へ誘うのを拒ませていた。

 とはいえ、出血により低血圧になっている。眠気も限界に迫っていた。

 ーーーそんな時だった。

 

「!」

 

 彼女の耳が、音をとらえた。小屋の中の、zukiの音ではない。小屋の外から聞こえる、自然にないような音。

 

 ーーーーー足音。

 

「………………」

 

 脱兎は、ゆっくりと布団から抜け出す。ぬくもりが体を離れ、体を冷やすひんやりとする空気が肌を撫でる。

 ……いや、冷やされているのは、体だけじゃなくて……

 そう思ったところで考えるのを止めた。

 足音を鳴らさないよう、ゆっくり。トラバサミで怪我した足がつんのめりながら歩き、小屋の扉に手をかける。

 

「ごめんなさい。ありがとっ」

 

 その呟きは、扉を開いた際の隙間風に流されていった。

 

 

 

 まだ朝日も拝むことのできない早朝の先駆け時。寝ていたzukiは飛び起きるようにガバリと身を起こす。

 暗い小屋の中。ベッド上、周りを見渡す。……待ち焦がれていたはずの存在である脱兎の姿はない。

 ……警鐘のような、虫の知らせなような、漠然とした嫌な予感というものだった。

 外へと飛び出す。火が出ておらず、まだ空気は温まっていない。突き刺すような寒さが肌を切る感覚がするも、それを無視して走り続ける。

 真っ暗な森の中だ。具体的な場所もわからない。ただし直感だけがzukiを突き動かし続けていた。

 

「おわっ!?」

 

 突如、何かに躓いてzukiは地面へとダイブするようにこける。

 罠……かと思ったが、トラバサミやトラップワイヤーなどのように、足の動きは制限されていない。

 木の根にでもつまづいたか?そう思いふたたび立ち上がろうとしたzuki。すると、zukiの手が何かぬるっとしたものに濡れていたことに気づいた。

 

 ーーー日が昇った。水平に存在する朝日の光が、zukiを照らし出す。その光を元手に、zukiは再度状況を確認した。

 ……手を濡らしていたのは、血だった。バッと振り返って木の根だと思われるものがあった場所を見る。

 

「おえっ」

 

 人の死体だった。zukiは思わず吐き気を覚える。なにも食べていないおかげか、盛大に吐くことはなかったが、胃液が消化器官を刺激する感覚を覚える。

 zukiはふと、我に帰る。人の死体は、一目で脱兎のものではないとわかった。しかしその服装や銃やトラップといった持ち物が近くに転がっていたことから、死体が密猟者であるとわかった。

 では、これはいったい、誰が殺したのか。

 

「あ……あ……」

 

 zukiの鼓膜をわずかに震わせる、人間の呻き声。その方向へとゆっくりと身を動かす。

 

「フーッ……フーッ……フーッ……!!」

 

「あ……がっ…あ……!」

 

 音を頼りに移動した先でzukiが見たのは、地面に倒れ呻き声をあげる密猟者。そして、密猟者の首を絞め、呻き声を上げる要因を作り出していた脱兎の姿だった。

 朝日に照らされる脱兎の体には、幾つもの銃創があり、それに伴い多くの血を流していた。

美しい真っ白な耳は、脱兎自身の血で赤く染まり、白より赤の面積が多くなっていた。

 

「がっ……あっ…………………………」

 

 数分が経つ。密猟者の声は消えゆく灯火のように段々と小さくなっていき、最後にはフッと消えるように命を落とした。

 

「はーっ…!はーっ…!」

 

 脱兎は荒く呼吸をしながら、密猟者の首から手を離す。その指先は震えており、額には脂汗が滲んでいる。

 

「…………姉貴!」

 

 少し呆然とその光景を見ていたzukiだが、少しの逡巡の後に正気を取り戻し、脱兎の元へと駆け寄る。

 zukiが駆け寄ると、脱兎の体はぐらりと揺れて、その体をzukiに預けた。

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

 

 その顔には生気が消え掛かっていた。顔は蒼白で、柔らかな唇は青白い。呼吸は酸素を求めて浅く早く行われて、その吐息は幾ばくか体温を感じづらい。

 医者ではないzukiにでも、脱兎の状態が嫌でもわかった。

 

「はぁっ…はぁっ…zuki…へいき…?」

 

「平気ってお前…!!」

 

 そんな状態のまま、問いかける脱兎の言葉に、思わず声を荒げる。荒げた口調のまま、その感情のまま、次の句を口にする。

 

「平気なわけないだろ……!!」

 

 怒りに染まっているはずのその声は、脱兎の予想より遥かに小さく、弱々しく垂れる耳に届いた。

 平気なはずはなかった。やっとその存在を感じることができた。これからも感じ続けられると思っていた。けれど、朝日に照らされた真実は、これから永劫の別れを告げようとしていた。

 脱兎の体を支える腕に力が困る。目が熱くなり、迎える事実と否定したい心が脳でスパークを起こす。

 

「はぁっ…はぁっ…そっかぁ……はぁっ…はぁっ…ごめんねぇ…」

 

「〜〜〜〜〜ッ!!」

 

 息絶え絶えの中、脱兎は困り眉でそんな言葉をこぼす。その言葉に、zukiは何かを言おうとして必死に抑える。

 まだまだ話したいことがあったはずだ。一緒に何かをしようと思っていたはずだ。何かを成そうとしていたはずだ。

 それらが今、掴んでいるはずなのにスルスルと手から零れ落ちていく感覚に、zukiはいも言われぬ感情を覚えていた。

 

「はぁっ…はぁっ…ねぇ…はぁっ…はぁっ…、んっ、最期に…はぁっ…はぁっ…お願いしてもいい…?」

 

「………………なんだよ」

 

 最期。その物言いに言いたいことは百は思いつく。そんな言葉を丸っと頭のゴミ箱に捨てて、zukiは脱兎の言葉を届け入れる。

 

「私の耳…可愛いでしょ…はぁっ…はぁっ…撫でてもいいよ…」

 

「ーーーーー」

 

 最期に言いたいのそれかよ。そんな風に思いながら、zukiは支えていない方の手を脱兎の頭に伸ばす。

 はて、どうして自分の手はこんなにも震えているのか?そんな現実逃避混じりの感想を抱きつつ、脱兎の頭に触れる。

 頭に触れる。既に凝固した血の感触、その奥にサラサラとした柔らかな髪の感触。

 手を滑らせる。ゆっくりと髪の感触を指先に覚えさせるようにしながら、耳へと手を動かす。

 耳を撫でる。やはり赤い部分は不快な感触を与える。しかし白い部分を撫でてみると、髪とは違ったふわふわの感触。とうに本人から失われた体温を、そのふわふわの感触の中に閉じ込めているようだった。

 zukiは脱兎の頭を、兎の耳を撫で続けていた。楽しむように、覚えるように、2度とこの手から忘れないように。

 

 ーーーどれぐらい撫で続けていただろうか。zukiはふと、脱兎の顔を見てみる。

 

「ーーーーー」

 

 脱兎は、既に息を引き取っていた。血の気のない蒼白な顔。しかしその表情は、息絶え絶えで苦しそうなものではなく、どこか安らかに感じた。

 

「………………」

 

 zukiはそんな脱兎の遺体を持ち上げ、歩き始める。

この森で脱兎を運ぶのは2度目だった。1度目に比べ、その荷物は遥かに冷たく、遥かに重く、しかし変わらず落としてはならないものだった。

 

 ーーーーーzukiは兎についての情報を集める中で、ある情報を手にしていた。

 

 兎を食らうと、兎になる。

 

 その情報の真偽はわからない。しかし兎を食べた者がいたらしい。もっとも、その兎を食べた人間はとうに死んだらしいが。

 

 小屋についた。脱兎の体をテーブルの上にゆっくりと置く。

 べちゃり。脱兎の服に染み込んでいた血が、そんな音をテーブルの上に響かせる。

 脱兎以外の血は不要。zukiは脱兎の服を脱がせ…………るには、脱兎の体はもう動かなさすぎた。仕方なく、鋏でその服を切った。一糸纏わぬ姿となった脱兎の体を、小屋に置いてあった飲水用の水で丁寧に洗い流した。

 何かに使えるかも。そう思って持っていた使い捨てのメス。それを脱兎の肉に滑らせる。

露出する赤。やがて白が見え、その白の下に、目的のものがあった。

 とうに鳴りを潜めた、筋肉の塊。生命の根幹である臓器が。周りの管を切っていく。本来ならば勢いよく液体が飛び散るはずだが、機能を停止してるが故に、残存した液体が垂れる程度だった。

 ……食欲をそそる匂いはしない。が、その匂いはzukiの使命感を大きくプッシュする。今ならまだ後戻りはできる?いいや、こんな状況に陥ったからには、もう既に後戻りはできないのだ。

 

「…………姉貴、いただきます」

 

 鼻の奥を刺激する臭いの中、zukiはそう呟くと、一気に歯を突き立てた。

 

 

 

 ーーーーー夕焼けに照らされる、人影が一つあった。

 180を超える背丈、まだまだあどけない顔立ちの少年。その頭には、かつて居たはずの少女と同じような、純白の耳を垂れさせ、ズボンの穴から純白の丸い尻尾を露出していた。

 ズボンの腰には、一つの巾着。風が吹くと、中の砂のようなものがサラサラと少年の鼓膜と心を癒す。

 

「………………」

 

 少年は、無意識に自身の耳を撫でる。手に伝わってくる感触は、かつて忘れないようにしたものと非常に似通っていた。

 

 ーーーzukiは忘れない。脱兎の存在を。

 

 ーーーzukiは背負い続けていく。脱兎という兎を。

 

 ーーーzukiは生きていく。脱兎という兎として。


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