あなたが欲しいものはなんですか?

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あなたが欲しいもの。

「ねえ、欲しいものってある?」

 

 ふと、隣で歩いていた蘭は、暗くなった帰り道で白い息を吐きだした。夜の静寂は、彼女の声の輪郭をハッキリとさせていた。

 俺は夜空を見ながら少し考えて、欲しいものを思いつく。 

 

「んー、そうだな、蘭が欲しいぃたい痛い痛い!」

「っそういうのを聞いてるんじゃないから。真面目な話」

 

 軽い冗談を言ったつもりだったのだがそれが悪かったらしく、蘭に手の甲をつねられる。彼女の怒りが痛みとして伝わってくる。寒いから余計に痛い。

 俺のこと、睨みつけてるんだろうなぁ。空を見上げながらその表情を想像する。すげえ怖い。

 でもそうじゃなかった。

 前を向いている蘭を恐る恐る見てみると、ちょっと頬が赤かった。目つきも怖くない。あれ、なんか思ってたのと違う。もっとこう、怒ってる感あると思ったのに。

 なんでそんな表情してるんだろう。

 

「顔、赤いけどどうしたの?」

「別に、なんでもないし」

 

 蘭はぷいっとそっぽを向いてしまう。

 

「……怒ってます?」俺は思わず敬語になる。

「怒ってない」

「えっと、じゃあ――」

 

 怒っていないのであれば、あと一つしかないと思った。

 頬を赤らめる理由は限られるから。

 

「照れてます?」

 

 そっぽを向いていた蘭は勢いよくこっちを向く。頬はまだ赤いままだった。

 

「てっ、照れてないから!」

「お、この反応は当たりですな」

「当たりじゃないから! モカみたいに言うの、やめて」

「はいはい、当たりじゃない当たりじゃない。いてっ」

 

 蘭にスネあたりを軽く蹴られる。地味に痛いところなのでやめてください。

 

「なんかムカついた」

「もう、暴力はよくないよ?」

「うるさい。だいたいあんたが変なこと言うからでしょ」

「くっ、それを言われると何も言い返せねぇ……!」

「冗談でもああいう事言わないで。言うんだったら……本気のときにしてよ」

 

 蘭は地面を見つめながら一言をこぼした。

 それは、頬の赤みのようにとても熱かった。

 俺は視線をそらす。心のなかにちょっとした罪悪感が芽生えていた。

 

「なんかその、ごめん」

 

 こう言うしかなかった。違うことを言うのはもっと悪い気がした。

 

「分かったならいいの。で、話を戻すけど」

 

 蘭は顔を上げて、空気を切り替えるように言った。

 

「欲しいもの、だったっけ」

 

 話が脱線してしまったが、本題はこれだったはずだ。

 蘭はうなずく。

 

「うん。もうすぐクリスマスだし、プレゼントでも用意しようかなって思って」

「ああ、なるほど」

 

 あと二週間経てばクリスマスになる。そろそろプレゼントを準備する時期ではあるだろう。

 しかし、欲しいものか。

 

「そういうこと。なにかある?」

「うーん、そうだな」

 

 俺は腕を組みながら、もう一度夜空を見上げて考える。

 正直、蘭からのプレゼントだったらなんでもいい。俺のために選んでくれたという気持ちが嬉しいからだ。

 でも、蘭が求めてるのはそういう言葉じゃないだろう。何が欲しいか、ハッキリ言ったほうが良いはずだ。

 

「うーん」

 

 夜空を見上げていた目線はどんどんと下がっていき、やがてアスファルトを見つめる。俺と蘭の足が地面を踏みしめていた。

 俺が唸っていると蘭は言う。

 

「浮かばない?」

 

 蘭を見ると首を傾げていた。

 

「うん。なかなか思いつかなくてさ」

「そう、決めるのは今じゃなくてもいいから。決まったら連絡して」

「分かった。毎日蘭とプレゼントのことを考えるよ。いてっ」

 

 また蘭にスネあたりを軽く蹴られる。

 

「一言余計。そんなに焦らなくていいから」

「はいすいません、プレゼントのことをほどほどに考えます」

「それでいいの」

 

 蘭は俺の様子をうかがいながら、言いにくそうに言葉を続ける。

 

「まぁ、その……そんなに悩んでるんだったら、一緒に探してあげてもいいけど」

「え、いいの!?」

 

 俺の声は暗い夜道を照らす明かりみたいになった。

 その言葉に微笑みを含んだ蘭の声が返される。

 

「そんなに意外?」

「だってライブ近いんでしょ。練習の方を優先するかと思って」

 

 蘭の背中にはギターケースが背負われている。今日はライブの練習を行ってきた帰りだ。俺は邪魔にならないようにロビーで時間を潰していただけだけど。

 蘭はちょっと驚いた表情をする。

 

「そんな練習漬けにしないってば。ちゃんと休みの日も作ってあるからその日に行くつもり。こっちの都合に合わせることになっちゃうけど」

「大丈夫、その心配には及ばないぜ!」

 

 サムズアップで問題ないと意思表示する。ついでにウィンクもしておく。俺はいつでも予定が空いてる暇人だ、むしろ予定はウェルカムである。くそ、こう思ってる自分が少し悲しい。

 

「それ、自信満々に言うセリフ?」

「くっ、その言葉は俺に効くぜ。痛いよ……蘭」

 

 俺はよろめきながら胸あたりを掴む。もちろん痛くない。

 蘭は動じず、俺が苦しむ姿を目を細めて見ていた。

 

「はいはい、痛いの痛いの飛んでけ」

「すごい適当!」

「これくらいがちょうどいいでしょ」

「はい、そのとおりです」真面目にやられてもちょっと困る。

「ならいいでしょ。行く日はあとで連絡するから」

「了解。いつでも待ってる」

 

 そんなことを言いながら、暗くなった帰り道を二人で歩く。

 ふと、冷たい夜風が俺たちの間を吹き抜けた。俺は身体をブルっと震わせて、上着に身体を沈み込ませる。

 

「うーっ、寒い。さすが十二月だなぁ」

 

 俺が寒がっていると蘭はこっちに顔を向ける。なにか疑問を持っているような表情をしていた。

 

「あんたってさ」少し間があってから蘭は首を横に振る。「ううん、やっぱりなんでもない」

「え、なに、気になる」

「なんでもないってば」

 

 また蘭はそっぽを向いてしまう。

 

「ひょっとして、俺の口がまた変なこと言いやがりましたか?」

「言ってないけど、あんたが変なのはいつものことでしょ」

「ああ、確かに。じゃなくて」納得してどうする。「えー、教えてくれないの?」

「そう言ってるでしょ」

「どうしても?」

「どうしても」

「分かった、じゃあ聞かないや」

 

 蘭の口ぶりからだとたぶん怒っていない。本当に怒っているときは冗談言わないし。俺がいつも変なの云々は冗談だよね?

 じゃあ蘭は何を言おうとしたんだろう。それを聞こうとしても教えてくれない。蘭が教えないと言ったら土下座しても教えてくれないので、聞くのは諦めることにした。

 だから俺はちょっと違うことを聞くことにする。

 蘭が俺に聞いたように。

 

「その代わりにさ、蘭が欲しいものを教えてよ」

「えっ……?」

 

 蘭はこっちに向き直る。目を丸くして驚いていた。

 

「なんでそんなにびっくりしてるんだよ」

「だって……聞かれないと思ってたから」

「えっ、俺、聞かない人に見える?」

「うん」

「うんって……」即答だった。日々の言動って大事だなぁ。

「だからその、嬉しい。聞いてくれて」

 

 蘭は顔をわずかに紅潮させ、うつむき加減になって言った。

 驚かせるつもりはなかったけれど、蘭が嬉しいって言っているならそれでいいか。

 自分の頬が緩むのを感じていた。

 

「欲しいものは決まってるの?」

「うん、もう決まってる。あたしは――」




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