突如転移した少年、木崎守は褒められたがりだった。
褒められることが生きがいだった。
その為なら何でもできた……わけでもない。
でも褒められたいのは本当だ。
これはそんな彼が異世界を奔走する物語である。
あまり褒められて育たなかった少年、
それは気まぐれに人助けをしたときのことである。
通学中道端にいたぼけ老人のお爺さんに道を聞かれて教えた。
するとお爺さんは言った。
「おぉ……ありがとのぅ……お前さん、優しい子じゃのぅ……ありがとのぅ……」
肩をとんとんと叩かれて、優しい子と言われ、感謝された。
それだけのことだった。
だけどそれが、俺には何よりも嬉しかった。
どうしたことだろう。
いつもならぼけた爺さんなんて無視していたのに。
ただの気まぐれで行ったことで俺は褒められてしまった。
その時気づいたのだ。
俺はきっと嫌な人間なのだろうと。
だから今まで誰にも褒めてもらえなかったのだ。
勉強ができても。スポーツができても。家事が出来ても。褒められることはなかった。
どれだけ頑張っても褒められなかった。
なのに、ただ単純な道を教えたくらいで見知らぬ老人にとはいえ褒めてもらえた。
俺は気づいた。俺はなんて馬鹿だったんだろうと。
褒められるために頑張る方向を間違えていたのだ。
俺がするべきだったのは自身の向上ではない。
人助けなのだ。
どんな小さなことでもいい。
人を見て、困っていたら助ける。
そうすると驚くほど感謝された。
「守くん、優しいんだね」
「守! サンキューな! めっちゃ助かったわ!」
「守さん、いつもありがとうございます」
「守……ありがと」
「守よぉ、お前ってばホントチョーいい奴だな!」
物運びを手伝っただけだった。
簡単な数学を教えただけだった。
寂しそうな子に声をかけただけだった。
ナンパされてたのを助けただけだった。
誤解を解いただけだった。
それだけでこうまでも褒められ、感謝された。
気分がよかった。
人生が明るくなった気がした。
俺はこれからも周りの人を助けて感謝されて生きるんだ。
そう思った。
明くる日、俺は教室ごと異世界に召喚された。
◇◆◇
「あぁ……死んだ」
異世界に召喚されて一日経った頃だった。
俺は暗い森の中で一人地べたに寝転がっていた。
足が痛い。
見るのも痛々しい。
俺の右足は膝から先が切断されていた。
怪物の仕業だ。
足がなくなった。
俺はクラスメイトに見捨てられ、人身御供となった。
助けてと、俺は叫んだ。
それに対してクラスメイトは言った。
「ひぃぃ! いやっいやぁぁあああ!!」
「守っ、すまんっ! すまない! ごめんなぁッ!」
「………………」
「守っ! 待って! 守を助けないとっ!」
「バカ言ってんじゃねぇ! ありゃもう無理だ! お前が死んじまう!」
発狂して逃げる子。
謝るだけで何もしてくれない子。
見なかったことにする子。
助けようとしてくれたけど無力だった子。
その子を連れて無理やり逃げた子。
みんな俺のパーティーメンバーだった子らだ。
全部で三十人だった俺のクラスは転生後、五つのグループに分けられた。
カースト上位の女子だけのグループ、陽キャ男子のグループ、クラス一のイケメンと彼を慕う女の子のグループ、ヲタク男女のグループ、そして俺らのあぶれ者のグループだ。
俺たちはそれぞれ分かれて遺跡を探索することになった。
遺跡と俺たちは仮称しているがその実態は分からない。
ヲタクグループの子らはこれを異世界召喚だと言っていた。
だが、俺たちがクラスごと転移した場所は召喚者などいない、だだっ広い遺跡のような空間に魔方陣が描かれているだけの場所だった。
俺たちは困惑し、動揺し、一通り不安を出し切った後、助かる為に行動を開始した。
少し調べると、部屋にはどこかへ続くトンネルが五つあることが分かった。
どこへ通じているかは分からない。
全員で一つずつ虱潰しで探索する案もあった。
だが、
「無理だ。僕たちには食料がない。今すぐ手分けして探索に当たるべきだ」
イケメンくんがそう言った。
それにみんなが賛成した。
この時点でお腹が空いていた子もいたからだ。
それは俺が持ってきていたお弁当を分けてあげたことで事なきを得た。
「守さん……あの、ありがとうございます」
どういたしまして、そう返したのはイケメンくんを慕っている子の一人だった。
俺の弁当なんて男料理のなんでもないチャーハンだったけど、これだけ喜んでくれるなら作った甲斐があるというものだ。
なにより、ここで自分を顧みず食料を分け与えれば褒めてもらえると思った。
予想通り感謝が貰えたのだから俺は満足である。
しかし根本が解決していないのは同じこと。
そうして俺たちはグループごとに分かれて探索することになったのだ。
トンネルはかなり長く、暗かった。
一寸先は闇で、走るに走れず、壁伝いに歩いていくしかなかった。
そうして体感一キロは歩いたかという頃、トンネルの先に光が見えた。
「ここは……」
「森……?」
物運びの子と寂しがり屋な子がそれぞれ呟いた。
そう、そこは見渡す限り緑の森だった。
天井まで草木が生い茂っている。
空が見えない辺りまだ遺跡の中なのだろう。
俺たちは恐る恐る道なき道を進んだ。
「な、なにしてるんだ?」
迷子にならないように木にしるしをつけてるんだよ、と数学の子に答えた。
「お前やっぱり頭いいんだな! 頼りになるぜ」
こんなとこでも褒められた。
この子は頻繁に褒めてくれるから好きだ。
……そうやって褒められて調子に乗ってしまったのかもしれない。
意気揚々と俺たちが森の奥へと進むと、おそらくこのだだっ広い空間の中央にあたる場所にそれはいた。
『………………』
とても綺麗な黒い毛並みの怪物だった。
顔は犬のようであったが、その顔が三つあり、その体躯は傷だらけであったがブルドーザーほどもあった。
紛うことなき怪物だ。
「ひっ、んんっっ!?」
驚いて叫びそうだったナンパの子の口を塞ぎつつ、俺はみんなに音をたてないようにジェスチャーをした。
よく見れば獣は中央に鎮座するように横たわっていて、眠っているようにも見える。
これを起こしてはならない。
そう俺の本能が告げていた。
「なんなんだ、あれ……」
誤解の子が慄いている。
いや、怯えているのはみんな同じだ。
俺もそう。
これはヲタクくんたちの異世界という説が現実味を帯びてくる。
とにかく今あれを起こすのはまずい。
そう思ってみんなで引き返そうとした時だった。
──ぐぅぅぅぅ~~
お腹が鳴った。
誰の?
──俺のだ。
やってしまった。
『グガ……グルゥ? ──グルがァァァアアアアア!!!』
化け物の三つ首の一つ、両目に傷を負った顔が鎌首をもたげ目を覚ました。
そうして一度二度と鼻を鳴らして、こちらを向いて咆哮した。
瞬間、その咆哮に答えるように俺は叫んだ。
「走れぇぇぇぇぇええええ!!!」
「きゃぁああああ!!??」
「クソッ!!!」
「っ」
「えっ、えっ」
「馬鹿野郎! 死ぬぞ!」
俺たちは速攻で引き返した。
幸い化け物は残り二つの頭がまだ目覚め切っていないようで追いかけては来なかった。
しかし足を止めるわけにはいかない。
とにかく今は広場まで戻ろう。
そうみんなが考えて走った。
そして目印を追って戻った先には……通ってきたはずの入り口がなかった。
「どういうことだよ……? おいっ、目印をつけてたんじゃないのか!?」
わからない。
目印は確かにここが入り口であったことを示している。
だが、遺跡は小細工をした俺をあざ笑うようにそこに何もない壁を示していた。
「この、役立た──」
「やめろ、今は言い争っている場合じゃない」
不穏な言葉が出る前に誤解の子が止めた。
その通りだ。
俺も動揺している場合じゃない。
考えろ。
今すべきことはなんだ。
……そうか!
「違う出口……?」
「……そんなものが本当にあるんですか?」
あるはずだ。
ここにはモンスターがいて、異世界である可能性が高い。
であるならばこの遺跡のような場所は自然ではなくダンジョン、そう考えるのが自然だ。
「ダンジョン……ゲームとかでよくあるやつか」
「なるほどな」
入り口が塞がれるなんてのはまさにゲームあるあるだろう。
ここがゲームのような世界だと仮定して、これが脱術ゲームであるならば出口は必ずある。
そしてそれはおそらく……
「……あの化け物の先、ここの反対側、だな」
「そうか! ……って、じゃあまたあのクソ犬の方に戻らなきゃいけないってことか!?」
そういうことになる。
「や、やめようよ、死んじゃうよっ」
「でも、このままここで右往左往してても明日には空腹で動けなくなるでしょうね」
「でもっ!」
「……あたしは、すぐに出口に向かうべきだと思う。……ここどこにも食べ物がないんだよ」
道中で散々探したから分かるんだ、ナンパの子は言った。
みんなが重苦しい顔をする。
その言葉が決め手だった。
もはや他に選択肢はない。
俺たちはできるだけ中央を迂回して出口を目指すことを決めた。
初めは壁伝いに進めばいいのではないかと誰かが言ったが、ある程度壁伝いに進んでもまったくと言っていいほど角が見えてこない。
壁は円形ではなく平面系。
おそらくこの空間は立方体なのだろう。
だとすればこのまま壁伝いに行っては日が暮れる。
そう数学の子が言った。
……数学は苦手だったろうに、彼も成長しているということだろうか。
結局、俺たちはある程度中心からずれた場所から壁から垂直にまっすぐ進むことになった。
代り映えのない森を進んでいく。
みんな慣れない散策で疲労が溜まってきている。
女の子なんてそれが特に顕著だ。
物運びの子を数学の子が、寂しがりやな子を誤解の子が、そしてナンパの子を俺が気遣う形で森の中を進んだ。
そうして歩き続けて、初めに気づいたのはナンパの子だった。
「あ、あれ……!」
見えてきたのは、壁。
木々の葉っぱの隙間からゴールが見えてきたのだ。
俺たちは見えてきた希望に喜んで走った。
なけなしの体力を投げうって走った。
そして、
「な、なんで……!」
そこには、一匹と形容すべきか迷う三つ首の怪物がいた。
「出口で待ち伏せなんてずるじゃねぇか……!」
「……どうしますか?」
「どうしようもないだろ、これは」
万事休すだ。
怪物は最初同様眠ったように横たわっている。
……先ほどの失敗が蘇る。
またいつ俺の腹が鳴らないとも限らない。
周囲を見渡す。
そこには各々絶望したみんなの顔があった。
決断は速やかに。
俺は囮になることを決めた。
「えっ、何言ってるの……? ちょっと!」
「何してんだあの馬鹿!」
背後で小声で叫ぶ声を聞きながら、俺は怪物が彼らに気づかないように慎重に近づき、拾っていた石を投げた。
──コツンと痛痒すら与えない威力で石ころが怪物の頭の一つにぶつかった。
次の瞬間、
『ガァァァアアアアアア!!』
怒り狂ったように怪物が目を覚ました。
すぐさま下手人である俺を視界に入れ、様子見しているのかゆっくりとこちらに歩いてきた。
それを見て作戦の成功を確信しつつ、念のために。
「頭が三つもあったところでどうせ言葉を理解する知能もないんだろう?」
そう、通じないであろう煽りを吐いた。
しかし、言葉は通じずとも馬鹿にされているのは伝わったのか。
矮小な存在にプライドを侮辱され、怒り狂ったように遠吠えを吐き、闘牛のようにこちらに走り出した。
「今だ、行け!」
同時に叫び、俺は真反対の方向に走る。
「ッ、いくぞ!」
「っ、うん!」
みんながこちらをちらちらと見ながらも出口へと向かう。
全速力だ。
しかし、俺の視線が読まれたのか。
怪物は俺から一瞬で視線を外して出口に向かうみんなに走り出した。
──まずい!
そう考えたとき、ぽてっと少女が転んだ。
寂しがり屋の少女だ。
「あっ、あっ……」
「──何してんだ!」
それを、横合いから誤解の子がかっさらって出口へ向かった。
だが、出口へ向かったところで……そこに逃げる場所なんてなく。
怪物が出口に辿り着いた彼らに飛びついた。
「きゃぁぁぁああああああああ!!
………………あれ?」
目を瞑って叫んだ少女は訪れない痛みに困惑し目を開いた。
すると、そこには透明なバリアのような存在に進行を阻まれている怪物の姿があった。
──怪物は、出口の先へはいけないのだ。
俗に言う安全エリアだった。
彼らが感じたのは歓喜。
彼らは危機を脱したのだ。
──ただ一人を除いて。
どうする。
俺は考えた。
しかし打開策はない。
怪物がみんなに気を取られている間に考えなければ。
考えて、考えて、考えて。
「どうしようも、ない……」
そんな結論に落ち着いた。
至極まっとうな結論だと思う。
誰が一対一でこの怪物を避けて出口を潜れるというのだろう。
『グルルルルルルゥゥ……』
怪物がこちらを向いた。
その目は屈辱に怒っているように見える。
低く、威嚇するように唸っていた。
あ、死んだな。
そう思った。
次の瞬間、俺の頭から思考が消えた。
「うぉぉぉぉおおおおおおお!!」
恐怖か蛮勇か、俺は怪物に向かって走り始めた。
今までにない力が出た。
怪物の動きがゆっくりに見えた。
走馬灯?
死ぬのか?
わからない。
でも──避けられる。
不思議とそう思った。
『グルァ!』
怪物の爪を避けて、その大きいが故にお留守な腹の下をくぐった。
スライディングする要領で通り抜ける。
今だけはサッカーを頑張っててよかったと思った。
あるいは野球のおかげかもしれない。
どうでもいい。
──助かる。
そう思った。
次の瞬間だった。
「……え?」
足がよろけた。
躓いた?
そんなわけない。
こんな土壇場でそんなドジ踏んだりしない。
なら、なんで。
その答えは、
「……ああ」
「ひぃぃ! いやっいやぁぁあああ!!」
鋭利なもので切り落とされたような綺麗な断面をした足がそこに転がっていた。
見たくない。
見たくなかったが、俺はゆっくりと自分の下半身を見た。
そこには、膝から先がなかった。
右足がない。
それでも、まだ、死なないはずだ。
だから、
「たすけて……はっ……ぁっ……引っ張ってくれ……」
俺は恥を忍んで頼み込んだ。
もしかしたら生まれて初めての懇願だったかもしれない。
死にたくなかった。
だからみっともなくお願いした。
でも、
「守っ、すまんっ! すまない! ごめんなぁッ!」
「………………」
まず数学の子と寂しがり屋の子は目を背けた。
なんで。
こっちを見ろよ。
安全圏から少し出て手を差し出すだけでいいんだよ。
「守っ! 待って! 守を助けないとっ!」
「バカ言ってんじゃねぇ! ありゃもう無理だ! お前が死んじまう!」
助けようとしてくれるナンパの子を誤解の子が止めた。
どうしてだよ。
まだ助けるんだよ。
死にたくないんだ。
足が切り落とされたくらいで人は死なないっ。
そんなこともわからないのか!
「は、はやくたすけ…………あ……」
ドシン、ドシン、やけに重い足音がした。
「いやっ、もういやぁ……」
「っ、行こう、これ以上見てられない」
「…………はい」
勝手なことを言うな。
誰か俺を助けろ。
誰でもいい。
「もう無理だ、分かるだろ」
「で、でも…………」
「オレらが殺したわけじゃない。あいつは
「…………っ、うん」
何、言ってんだ。
良い奴?
違う。
違うってば。
違うんだよ。
そんなことの為に俺はお前たちを助けたんじゃない。
褒めて貰う為だ。
俺が優秀で、素晴らしくて、生きてて良いんだってそう思う為だ。
そうじゃなきゃ助けなかった。
その為に助けたんだ。
決して、そんな見て見ぬふりをされるためじゃない。
そんな憐れみの目を向けられるためじゃない。
そんな都合のいい道具を見る目で見られるためじゃない。
俺が死ぬくらいなら、お前たちが死ね。
だって……だって、散々助けてきてやっただろう?
今だよ。恩を返してもらうなら今だ。
だからはやく、俺を助けろよ……!
ああ……やっぱり俺って嫌な奴なんだな。
「「「「「…………」」」」」
行くな。
行かないで。
いかないでくれよ……。
遠ざかっていく。
見えなくなっていく。
そうして視界に陰が下りた。
上から粘着質のある液体が垂れてくる。
……臭いな。
顔にかかった。
『グルルルルゥゥ……』
獣の唾液だ。
そりゃ臭いだろう。
あぁこれは……。
「あぁ……死んだ」
俺はどこか達観した心境で呟いた。
『グルァア!』
三つの首それぞれが咆哮し唾を飛ばす。
大きな口。
その中の牙が丸見えだ。
あれに嚙み砕かれたら痛いだろうな。
……そういえば、こいつ顔中傷だらけだな。
こんな奴にこんな傷をつけられる奴がここにはいるのか?
どんな化け物だ。
……みんなは大丈夫だろうか。
この先、ここから出られたとして生きていけるだろうか。
わからないけど、どうせなら幸せになってくれたらいいな。
その方が、俺に感謝してくれそうだ。
お墓なんか作ってくれたりして。
毎年感謝してくれるかもしれない。
命の恩人なんて言われてさ。
はは。
そんなわけ、ないのにね。
きっとすぐに俺なんて忘れられるんだろうな。
それは、悲しい。
それは、悔しい。
でも……。
でも、なんだ。
助けられてよかった?
後悔はない?
そんなことない。
そんなことはないけれど。
でも、それでも。
「あぁ……褒められたいなぁ……」
俺が死んでからじゃ嫌だ。
今がいい。
生きているうちに褒められたい。
褒められたいんだ。
生きてていいって思いたい。
それは生きていたいからだ。
死にたくないからだ。
……ふと、いつまで経っても喰われないことに気づく。
目の前には相変わらず唸っている獣がいる。
俺の足を奪った獣だ。
なぜ、食い殺さないのだろうか。
弄んでいる?
間近で見ると、やっぱり思う。
綺麗な黒毛だ。
手入れをされているわけでもないだろうに。
あるいはダンジョンの支配者かなんかがこいつを飼っているんだろうか。
こいつも、一人なんだよな。
いや、一匹か?
こんなところで一匹で獲物を待って。
寂しくないんだろうか?
あの寂しがり屋の子みたいに。
「なぁ」
『……グルルルゥ』
なんだ、とでも言いたげに獣は一つ唸った。
まさか本当に言葉が分かるのか?
あるいは数学の子くらいの知能はあるのかもしれない。
それは彼にもこの獣にも失礼な話か。
「お前、ここで独りなのか?」
『……グルァ』
もしかしたら、あるいは。
そんな微かな希望が脳裏をかすめて。
それは、生き残ることではなかった。
ただ、もしかしたら。
そんな切望が我慢できなくて。
「……頑張ったな」
『グルゥ?』
「お前、こんなに傷つくくらい頑張ったんだろ」
俺は、褒めた。
ゆっくりとその美しい毛並みを撫でた。
「お前の毛は綺麗だな、それにカッコいい」
『グルァ』
当然だというように鳴いた。
「……今まで、よく頑張ったな」
『……』
「──お前はいい子だ」
俺がそう投げかけると。
『──ッアォーン──‼‼』
三つ首の化け物。
否、その子は歓喜に震えるように鳴いた。哭いた。泣いた。
泣いていた。
涙を流しているわけじゃない。
だけど、その遠吠えは、どこか悲しみと寂しさを孕んでいて。
どこか、俺を見ているようだった。
その子は俺を見て、すり寄るように顔を寄せ、そのまま俺を中心にとぐろを巻くように地面に寝転がった。
呑気なものだ。
俺は今にも出血多量でショック死しそうなのに。
……ああ、そろそろ限界かもしれない。
俺は遠のく意識に思考を手放した。
もし、起きた後も生きていたら、その時は───。
これは、俺が異世界で褒められる為に奔走する、ただそれだけの物語だ。
──異世界転移者は褒められたい──