守護悪魔のツバサ   作:こばタリアン

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不穏な空気

 トレマーズ遊園地の中央には山がある。山と言っても人工的に作られたもので、その高さは高層ビルと同じくらいかそれ以上、およそ三百メートルくらいあるだろう。その巨大な山がこの遊園地の名物だった。

 山の周辺や頂上で花火が上がるため、花火大会の三時間前はこの山に登ることができず、夜になるとこの山に近づく客は誰ひとりいない。そもそも山の近くよりも遠くから離れて見た方が花火はきれいに見えるのだ。

 

 それなのに、山の頂上には人影らしきものがある。それも二人分。花火が上がる五分前のことである。この時間は一階に警備員が数人配置されているだけで遊園地の係員すらめったに頂上には上がらないというのに、その“男”二人は頂上から遊園地を見下ろしていた。

 山の頂上には数千発分の花火が置かれていたが、男たちはそれには一切触れてはいなかった。二人は別の目的でこんなところにきていた。

 男たちはどちらも黒いフードを深く被っており、顔が確認できない状態だった。

 ふと遊園地を見下ろしていた、左隣に立っている男よりも頭ひとつ分小さい小柄の男が口を開いた。

 

「本当にこの山は高いな……いったいこの山を建てるのにどれくらいの予算がかかるんだろうな?」

 男は、そんな素朴な疑問を口にした。そして

「山だけではない。この広大な遊園地全てもだ。お前はわかるか? “ラヴァル”」

 そう言って、左隣に立っている少し背の高い男を“ラヴァル”と呼び、その疑問を問いかけた。

 

「………………。」

 しかし“ラヴァル”と呼ばれた男は、一言も話しだそうとはしなかった。だが話は聞いているようで、目だけは小柄の男の方を見つめていた。

「クックッ、相変わらずだんまりか。お前はいつになったら口を開くのだろうな」

 そう言うと小柄の男は再び遊園地内の方を見回し始めた。男が見ているのは、多種多様のアトラクションではない。イルミネーションを飾られた施設でもない。

 

 男は“人間”を見ていた。

 

 山の頂上の淵に建てられている柵の前で、花火を見るために集まった人混みを見下ろしていた。友達同士、家族連れ、カップル、それら大勢の人種がこの遊園地に集まっている。人々は今日という日を楽しんでおり、みんなの表情は笑顔で満ちていた。

 男の表情はどうだろうか。

 

 男は笑っていた。口を限界まで吊り上げ、異様なほどに顔を歪ませていた。

 

 だが、その目は決して笑ってはいない。計り知れない怒りすら、瞳に秘めていた。

「クックックックッ……見ろよ、ラヴァル。人間共がこんな馬鹿げたイベントのために集まっている……」

「…………。」

 だがやはりラヴァルは何も答えなかった。しかし首を横に向け、右隣にいる小柄の男に目線は向けていた。小柄の男はラヴァルの方には顔を向けず、人混みを見ながら話を続けた。

「クズどもが……お前らのような無能がわらわらと集まりやがって……」

 すると、小柄の男の口元の笑みは突如消えた。遊園地の広場に集まっている群衆を見下すと、そして男は

憎しみを込めて叫んだ。

 

「生きている価値のないゴミどもは死ね! 今すぐにでも殺してやろうか!」

 

 山の頂上にいる男の叫びは群衆に届かない。聞こえているのは隣で男を見詰めるラヴァルだけだった。

 少しずつ落ち着きを取り戻していく男の口元には再び笑みが戻った。

「まぁ……これから俺たちの役に立つ存在になるかもしれないからな。今だけは許してやる……今だけはな」

 そう言うと男は柵から離れ、今度は頂上に備え付けられていた花火の発射装置を見た。

「そろそろ始まる時間だな」

 男がそう呟いた瞬間、遊園地内のアナウンスから花火大会の開始が告げられた。そして発射装置の一つから花火が打ち上げられ、それは上空で大きく広がった。一瞬で夜空に上がった花火は数秒で消え、それを合図に山の頂上、周辺から次々と打ち上げられる。

「こんなに近くでやられるとうるさくてたまらねぇな」

 そう言って小柄の男は小指で両耳に突っ込んだ。まだ柵の近くにいたラヴァルは、音が気にならないのか耳を塞ぐことなく上空の花火を仰ぎ見る。

 そして小柄の男は、ふと何かを思い出したのか、耳から指を離してラヴァルの方を見た。

 

「そう言えばラヴァル、さっき発覚したっていう“裏切り者”の始末は終わったのか?」

 

 問いかけられたラヴァルは男の方を見ると、彼は手を耳にあてた。通信機でも耳につけているのだろうか、しばらくその状態を維持し、数秒後ラヴァルは耳から手を離した。

 そしてラヴァルは小柄の男に無言のまま首を縦に振った。それを見た男は安心した表現を浮かべた。

「そうか……ご苦労だったな。お前の部下はまだ役に立つな」

 そう言うと小柄の男はさっきのような怪しげな笑みでまたもクックックッと笑った。

「それにしても馬鹿なやつだよなぁ。俺たちを裏切ればどんな末路を辿るのか分かっているくせに」

 男はラヴァルから目線を離し、再び花火の発射装置に目を向けた。

 そうこうしているうちに花火が上がってから十分が経過していた。小柄の男は飽きたのかあぐらをかき、あくびを挟みながらじっと発射装置を見つめている。そしてそろそろだろうと思った男は、さっきからずっと上空の花火を見ているラヴァルに声をかけた。

 

「おいラヴァル、時間が近づいてきたぞ。そんなもの見てないで、早いとこ“準備”をしろ。」

 そう言われたラヴァルは一度小柄の男に目を向けた。

 

 

 そして彼は上空に両手をかざし、その状態を維持した。

 

 

「使うタイミングは分かっているな? 絶対にミスるなよ。今後に大きく関わってくるんだからな」

 小柄の男はラヴァルにそう念を押した。ラヴァルは何かに集中しているのか、男の言葉に何も反応を示さなかった。

 

 

 だが、彼の手が、うっすらとだが光り始めたのだ。それが少しずつ大きくなり、頂上の中心部分は明るくなっていく。

 

 その様子を小柄の男は、ただぼんやりと眺めるだけだった。

 

 

 

 

 

 花火が打ち上げ始め、それを男たちが頂上で確認しているときのこと。この遊園地は一部の場所では森のようにたくさん木々が植えられている箇所がある。一部と言ってもそこには植物園などもあってそれなりに広くなっている。

 昼間は 人が多く集まる場所のひとつではあるが、この時間になると人はほとんどいなかった。木々が邪魔して花火が見えにくいという理由もある。

 

 だが、そんな人気のないはずの場所に、一つの人影があった。それは森に設置されているライトが少ない奥の方にいた。

 しかし立ってはいなかった。いや、立てれないといった方がよいだろう。

 

 その人物は身体中の骨全てが折られているかのようにボロボロに傷つき、両足が切断されていたからだ。

 

 顔立ちからして男だろう。しかしその顔も何度も殴打されたのか腫れあがっており見るも無惨な姿となっていた。そんな状態でも辛うじて意識があったのか息はしていた。男はゆっくりと目を開け、周りに誰もいないことを確認した。

 

(…………誰も……いないみたい……だな)

 

 彼は少し安心したのかゆっくりと息を吐いた。しかし改めて身体中の痛みを感じたとき、さきほどの出来事を思い出した。

 

 それは奴らを“裏切った”ための制裁だった。

 身体中を痛めつけられ、逃げられないように両足を切り落とされ、生き地獄を味あわされた。それはあまりにもすさまじい惨状で、今では痛みすら感じない状態だった。

 

(くそっ……あいつら………元とはいえ仲間であった私に……こんな……仕打ちを………)

 

 一方的に痛めつけられたことがよっぽどくやしかったのか、男は下唇を血がにじむまで噛んだ。

 

(しかし……なぜ私の行動が……読まれていたのだ……? 奴らに……そんなことをできる者は……いないはず……)

 

 男は自分の行動に誤りでもあったのかと思考を巡らすが、今はそれどころではないと察し考え直した。

 

(いや……問題はこの……体だ…………。これはもう……だめだ…………何とかしてここから……逃げなければ…………)

 

 しかし足を切り落とされているため立つことはできず、それどころか身体中を激しく叩きのめされたためか指一本すら動かせない状態だった。

 

 

(……くそ…………意識が……遠く…………なって……は……早く……しない…………と…………)

 

 

 男はしばらくの間体を動かそうと試みるが、やがて体がビクンっと震えたのち、動かなくなった。

 

 

 そのころはちょうど、花火大会もフィナーレにさしかかっている頃だった。

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