守護悪魔のツバサ   作:こばタリアン

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第一章 崩壊する平凡
夢から現実へ


 東京の市部の一つにある「大金井市」。ここは東京の中央部にありながら大半が住宅街でしめられているため、多種多様の商店などはあまり建てられていない。

 それでも電車や車、自転車などの交通手段を活用すれば少し離れたところのデパートや遊園地のある都会にでることができる。それに街にはちゃんと病院や学校、コンビニといった必要な建造物もある。

 

 そんな大金井市が誇る自慢は、なんといっても「平和」であることだ。昔から、この街では何一つ大きな事件が発生していない。さすがに事故や小さな喧嘩騒ぎはたまに起こるが、窃盗や殺人といった恐ろしい事例はここ最近テレビや新聞には報道されておらず、付近からもそのような話は聞かない。

 

 「何の心配もなく暮らせる街」。

 それが「大金井市」である。

 

 その街に設けている“紫谷高校”から徒歩二十分ほど先にある住宅街に、本城直人は住んでいる。まわりの家とあまりようすが変わらない二階建て住宅。量産化を図ったかのようなシンプルなデザインの住居に、彼は住んでいた。

 

 直人は今二階の自室のベッドの上で熟睡していた。現在の時刻は朝の八時前である。今日は火曜日なので、本来なら学校に登校するべくとっくに起きて支度している時間だが、そこはゴールデンウイーク、まだまだ寝ていても問題はなかった。

 彼は気持ち良さそうな顔をして夢の世界を堪能していた。昨日遊園地から帰ると、ずいぶん疲労が残っていたのかすんなり就寝することができた。

 

 そんな至福の時間も終わりを告げることになる。時計の針が八時を指したとき、昨晩セットした目覚まし時計が部屋中に響き渡るようにして鳴り渡ったからだ。

 その音で直人の意識は現実世界に戻されるも、まだ寝足りないのかその重いまぶたは開けなかった。

(……うるさいなぁ。もう少し寝かせろよ……)

 彼は布団から目覚まし時計の置いてある小さな棚に手を伸ばす。

 しかし手探りで探したため時計にぶつけてしまい、棚から落としてしまった。

 そのせいで音の根源はベッドから離れて、もう手を伸ばしただけでは届くことはできない。

 

(ああ……面倒くさいな……)

 ベッドから動きたくない直人は布団を顔の位置まであげて覆い被した。それでも耳障りな音は消えることはなくストレスが溜まるばかりだった。

(もう……早くやんでくれよ……)

 直人は音がやむのを待とうかとするがそれは我慢できないと思い却下した。しかしベッドから起き上がりたくもない。どうしようかと寝ぼけ気味の頭で思考を巡らすも良い案は思いつかなかった。

(…………はぁ)

 考えるのも面倒になり、ため息がでる始末だった。

 

 そのとき、ふと彼はこんなことを望んだ。

 

(頼むから来てくれぇ……時計……。俺の手の中に……)

 

 そんなわらにもすがる思いで念じる始末。手を時計の方に向けて掲げ、時計が宙を浮いてこちらに引き寄せるイメージをしてみる。

 

(…………アホらし……)

 

 さすがに寝ぼけ気味の直人も一連の行動はばかばかしいと思い至り、観念したのか渋々布団から出ようと起き上がる動作を始める。

 

 

 だがそのとき、彼はあることに気づいた。

 

 

(…………あれ?)

 

 

 直人が時計に向かって伸ばした右手を見ると、手の中に未だベルが鳴り響いている目覚まし時計が握られていたのだ。

 

(ん? ……………んん?)

 確かに時計は手の届かない位置まで転がり落ちた。ベッドの上からではどれだけ伸ばしても取ることはできないはず。

 

 

 なのに例の時計は直人の手の中に収まっていたのだ。

 

 

(…………)

 彼はひとしきり考え込む。今のこの不可解な現象について。

 

 そして彼は思い至った。

 

(…………まっ、いっか)

 直人はアラームのセットを止めると、何事もなかったかのように再び布団にもぐり込んだ。

 あれは何かの間違いだろう。起きたばかりの彼の思考はそれしか考えることができなかった。そうしてまぶたを閉じて、再度夢の世界へ旅立とうとする。

 しかしひとつ問題が起きた。

(…………眠くない)

 数分間、騒音であるアラームのベルを聞き続けたためか、すっかり眠気が吹っ飛んでしまっていた。いくら目をつむっても眠りにつくには至らなかった。

 

 そんなとき、下の階から登ってくる足音がした。その音の主は急いでいるのか階段の板張りをドタドタと鳴らしている。足音が直人の部屋の扉の前で止まる。そしてドアが勢いよく開かれた。

 

 

「お兄ちゃん朝だよ! いつまで寝てるのよ!」

 

 

 直人の部屋に現れたのは、妹の乃音だった。彼女は祝日でもその長い金色の髪をツインテールにまとめ、朝食を作っていたのか犬の柄のエプロンを着けていた。

「おお乃音……おはよう……」

 直人はまたも布団から右手を出して乃音に軽く手を振る。

「おはようじゃないよ! いつも目覚ましセットしても一人で起きたためしがないじゃない。たまには一人で起きて朝食の支度でも手伝ってよ!」

 乃音は直人が目を覚ますようわざと大きな声でそう伝える。しかしここ最近朝は乃音に起こされてばかりだったため、彼女の愚痴は本心であろう。

「ごめんごめん。でも、毎日こんなかわいいお姫様に起こしてもらえるなんて俺は幸せ者だよなぁ」

 直人は朝一番のきざったらしい台詞を言った。

「え? も、もう! そんなこと言っても許してあげないんだから」

 そう言いながら乃音は顔を赤くして両手を頬に当てた。彼女はこの手の台詞に弱いところがあるため、怒っているときはこう言うと機嫌を直すことが多い。しかしあまり言い過ぎると胡散臭く聞こえてきてしまうので使用頻度は控えなくてはいけない。

「朝ごはんできたから早く降りてきてね。今日は大切な日なんだから」

 すっかりご機嫌を取り戻した乃音は、鼻歌交じりに部屋を出て階段を降りていく。

 直人はベッドから降りて伸びをすると、あくびをひと噛みする。

(……さっきのはちょっと恥ずかしかったな)

 直人は自ら言っておきながら、先ほどの“臭い台詞”を後悔していた。しかしそれは自分の本当の気持ちを伝えたことに変わりなかったので、やがて“言ってやった”というポジティブな思考に切り替わった。

「よし! 早いとこ行かないとまた乃音に怒られるな」

 直人は急ぐようにして部屋から出ようとドアノブを握る。

 

 そのとき、ふとあることを思い出した。

 

 それはさっき、いつの間にか目覚まし時計が自分の手の中に収まっていたことだ。

 

 先程はあまり気にしなかったが、眠気が覚めた今では疑問に思うばかりだった。

 直人は部屋の中に目線を戻し、時計を見た。どこにでもある目覚まし時計。あの現象はいったい何だったのか。

 少し考え込む直人だが、再び一階から乃音の呼ぶ声が聞こえため時計から目を離し部屋を出た。

 

 

 しかし階段を降りる途中でもなぜか気になり、直人は右手を覗き込むのであった。

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