ツーリングの途中、ふと立ち寄った大衆食堂。そこはかつての担当ウマ娘・マチカネタンホイザの実家だった。思わぬ再会に話が弾む。学園卒業後、さらに成長した彼女を見て、彼女がいたからこそ今トレーナーとしてやっていけているということを、再認識するのだった。

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思いがけぬ定食【マチカネタンホイザ】

『んじゃ、飯食ったら駅前集合で』

「分かった、すまん迷惑かけて」

『心配すんな、気ぃつけろよ』

 

 年始早々、冷たい風が頬を撫でるお昼時。俺は大学時代の友達とツーリングを楽しんでいた。ところが国道1号線を西に走り、三重や京都の山道を抜けて大阪に入るか入らないかという時に渋滞に巻き込まれ、信号に阻まれて俺だけはぐれてしまった。渋滞を避けようと前の方で別の道から迂回しようという話が出たようだが、俺には伝わらず。結局合流場所だけ決めて、昼も俺一人で食べることになった。

 年末の大一番、有マ記念をもって秋のG1シーズンも終わり、ここからは春の天皇賞や新たな世代のクラシック戦線に向けて、多くのトレーナーとウマ娘が準備期間に入る。トレセン学園では冬休みとなり、ほとんどのウマ娘たちが実家に帰ったり、あるいは他のウマ娘たちやトレーナーと年末年始を過ごす。俺の担当は実家に帰る選択をし、クリスマスに慰労会を兼ねて一緒にご飯を食べてから旅立つ彼女を見送った。俺も実家でまったりしようかと思っていたのだが、そこに久々に誘いが来てバイクを走らせている、というわけである。

 

「ん……よさげな飯屋」

 

 せっかく一人で飯を食うならと、普段なら行かないだろうお店を探してみる。いつもなら忙しくて、外食するにしてもファストフードばかりだが、たまたまぽつりとある定食屋が目に留まった。勇気が出ずになかなか入ろうとはなれないが、どういうわけか惹かれるものを感じて暖簾をくぐる。

 

「いらっしゃーい、……お? トレーナー?」

「……タンホイザ!?」

「いやいや、いや~。まさかこんなに急に再会できるとはっ」

 

 そこはタンホイザの家族が切り盛りしている大衆食堂だった。そういえば実家がこのあたりだと言っていたような。可愛らしいパステルカラーの服の上から割烹着を着た彼女の顔を見ると、すぐに昔の思い出がつい昨日のことのように思い出された。

 

「こんなとこで会えるとは」

「それはこっちのセリフです~。トレーナーこそどうしてここに?」

「実は……」

 

 かくかくしかじかと事情を話す。言われてみればタンホイザはこのあたり出身だったと思い出したものの、彼女が学生だった頃に一度、この実家兼大衆食堂にお邪魔したきり。京都レース場も近いと言えば近いのだが、いかんせん地理的センスがなく全く頭から抜け落ちていた。タンホイザのレースに付き添う中で、京都レース場にあまり行かなかったというのもある。

 

「なるほど、なるほど。つまりここに来たのは、本当に偶然ってことですね? ふっふーん」

「あぁ。本当にびっくりした」

「積もる話もありましょう、ささっ、ご注文は?」

 

 店内はお昼時とあって常連客らしき人たちでにぎわっていた。俺は厨房が目の前のカウンター席に通されて、何の迷いもなくタンホイザが隣に座ってくる。担当していた頃からフレンドリーというか、他の子たちより距離感の近かった彼女だが、学生の時と大人になった今では大違いだ。ふわふわして見るだけでほっこりするようなその雰囲気は変わらないのに、腕がぶつかるくらいのこの距離に来られると、さすがにそわそわしてしまう。

 

「え? あ、うーん……」

「ちなみにおすすめはねえ、お好み焼き定食かな」

「粉ものとご飯?」

「アジフライもついてきますよぅ、トレーナーだしちょっとお安くしちゃおっかな?」

「なるほど」

「お好み焼きは私が焼きますよい」

 

 やたらと押しが強いお好み焼き定食を注文する。意気揚々とタンホイザが厨房へ入ってゆく。彼女が卒業してからというもの、ずっとトレーナーの仕事にかかりきりで会えていなかったとはいえ、彼女は明らかにウキウキしていた。それだけ今でも好印象を持ってもらえているというのは、トレーナー冥利に尽きるというやつだろう。

 ウマ娘は本能で走りたい、強くなりたい、誰より先にゴールしたいと考える子たちが多いから、トレーナーとしてはたまには厳しいことを言わなければならない。これ以上やればケガのリスクがあるから引き上げようと提案することもあるし、逆にもっと追い込めと突き放すこともある。タンホイザは自分が「ごく普通のウマ娘」であるという思いがあるからこそ、他の子たちよりも厳しいトレーニングを多く自分に課していた。どちらかというと、俺がやりすぎだと止める側だった。そんな彼女が今、ごく普通の大衆食堂のお姉さんとして、一般の人たちの生活に溶け込んでいる事実を目の当たりにして驚いた。同時に、タンホイザらしいなとも思った。

 

「ほい、お待たせしましたアジフライ……違った、お好み焼き定食ですっ」

「いやアジフライでかっ」

「当店名物ですよう」

「お好み焼きは?」

「お好み焼きは……今頑張って修行してますっ。もうだいぶおいしいですけど、名物にはあともう一歩」

「……ん、めちゃくちゃおいしい」

「よかったぁ、トレーナーにおいしく食べてほしくて頑張りましたからね、ええ」

 

 そういえば前にこのタンホイザの実家にお邪魔させてもらった時も、ご飯がおいしかった記憶がある。男一人が仕事場とワンルームマンションを往復する生活を送っていれば、食事なんてついおろそかになってしまうものだが、久々に手作りの温かいご飯にありつけて涙が出そうになった記憶がある。あれから十年弱。タンホイザを担当していた当時新人だった俺も、そろそろ中堅と呼ばれるくらいの歳になった。あの頃から成長できているだろうか。頼りになるトレーナーになれているだろうか。そんなことを考えつつ、また美味しいご飯を頬張る。

 

「トレーナーは、今も続けてるんです?」

「ああ。あの時はまあ……確かにいろいろへこむこともあったけど、逆にやめる理由もなかったしな。無我夢中でやって、ここまで来たって感じかな」

「担当は増えました? その顔つきを見るに、名トレーナーになってそうですねえ」

「増えたよ。おかげさまでな」

「へ?」

「タンホイザが初担当でよかったよ。君の評判は今でもあるし、マチカネタンホイザっていうウマ娘を目指して、ひたむきに努力しようって子もたくさん入ってきてる。努力をひたすら続けられるっていうのも、一つ立派な才能だからな」

「そ、そんなもんです? えへへ……」

 

 いつも明るいムードメーカーで、励まし方もユニークだったタンホイザ。そんな彼女が後悔の言葉をぼやいたことが、二度だけある。トゥインクルシリーズを引退した当日と、卒業式当日。本当に、本当に小さな声だったが、「G1を勝ってみたかった」と確かに言っていた。それが今でも忘れられない。今トレーナーとしてやっている原動力がそこな気もする。

 

「昔見てきただろ? 才能だけでも案外何とかなってしまうくらい、才能溢れるウマ娘もいる。でもそんな子は本当に一握りだ。ほとんどの子たちにとっては、結局どれだけ自分にムチを入れて努力ができるかにかかってる」

「むむむ……」

「それにトレセン学園にいる子たちはみんな思春期だ。大人の言うことが素直に聞けないこともあるかもしれない。そういう意味では、自分からひたむきに努力して、それを苦にせず、俺の指示も聞いた上でおかしいと思ったら質問してくれていた。タンホイザはすごくいい子だ」

「いやいや、そんな……それに、私だってもう大人ですよぅ」

 

 彼女はあと一歩、G1という栄光に手が届かなかった。だがその時に出走していた子たちとどうしようもない差があったとは思わない。すごく高いレベルで実力が拮抗していて、最後の最後、自分でも気づけない、変えようがないくらいの一瞬の判断と、その時の運が勝負の分かれ目になっていた。どうすればその判断力を身につけ、運を引き寄せられるのか。それはトレーナーとウマ娘という関係がある限り、永遠の課題であるようにも思う。

 

「そっか、そうだよな。元気そうで、何よりだ」

「トレーナーこそ」

 

 卒業後はどうするかまだ決められない、一度実家に帰ってゆっくり考えてみたい。彼女はそう言っていた。トレーナーである自分が担当の進路に口出しするのはどうかと思ったし、自分で決めるという確固たる意思があるなら任せようと言えるだけの信頼が、俺と彼女の間にはあった。そして今、誰かのご飯を作ることで笑顔を作り、こつこつと頑張っている。

 

「ごちそうさま。おいしかった」

「ありゃ? もう一枚いりません?」

「いや、もう一枚はちょっと……さすがに腹いっぱいだし」

「そうですか、そうですか」

 

 この食堂にはどこか、帰ってくるべき場所に帰ってきたかのような安心感があった。かつての担当とたわいもない話をしているだけで、夢のような時間はすぐに過ぎてゆく。いつしか、友達との約束の時間ギリギリになっていた。もうちょっと彼女の作ったご飯を味わいたかったが、こればかりは仕方ない。

 

「楽しかったですよ、トレーナー?」

「俺もだ。こんなに偶然会えるなんて、思ってなかった」

「また来てくださいね? ここで、待ってますから」

「ああ。京都に来た時は、また寄るよ」

「約束ですからね?」

 

 会計を済ませ、お釣りをもらったその手をぎゅっと両手で握られた。あの頃と変わらないにっこり笑顔を向けて、かと思えば急に真剣な顔になり、

 

「……むむん!」

 

 とおまじないをかけてきた。彼女にしかできないおまじないも、やはり懐かしい。

 店を出てから、バイクにまたがって国道に出るまで、彼女はずっとこちらに向かって手を振っていた。いつまで手を振ってくれるんだろうと想いながら、俺も何度も彼女の方を振り返っていた。


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