黒崎コユキのルビコン珍道中!   作:一旦しーた

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Vol:9『黒い鳥』

「先生!! ウォルター先生ってば!!」

 

「どうした、621」

 

 無骨な格納庫に、あまり似つかわしくない少女の可愛らしい声が、通信先どころか機体からすら漏れ出て聞こえるレベルで反響する。

 通信先の男はそれももう慣れているのか、溜息もつかずにそれを聞き流す。

 

「どーしたもこーしたもないですよ!! 防衛ミッションって聞いてたから防衛用にカンペキ〜にアセンを組んでいったんですけど!? あんな強いのとタイマンすることになるなんて聞いてなかったんですけど!!」

 

 少女オリジナルのピンクと白を基調にした派手なカラーリングのACがぐわんぐわんと揺れる。実際には揺れているように見えるぐらいなだけだが、少女の声量はそれぐらいには大きすぎた。

 

「……以前にも言ったように『不測の予測』は常に頭に入れておけ。何が起こってもおかしくないのが戦場だ」

 

「限度ってものがあるんじゃないんですかねぇ!! なんかもうちょっと予想できるような――――!!」

 

 ギャーギャーと甲高い叫び声が格納庫に響く。強化人間『C4-621』識別名レイヴン《黒崎コユキ》とその飼い主『ハンドラー・ウォルター』の会話はいつもこんな調子だ。

 最初の方こそ『こんな仕事もうやってられませんよ!』だの『運が良かっただけで次はもう無理ですから!』だの、お金のためと言いつつ嫌々だったのが、いつの間にやら。タラタラ文句を垂れつつも、きっちり依頼をこなす、立派な一人の独立傭兵へと成長していた。

 

「しかし、お前ももう一人前だな。単騎とはいえあれ程のACを一人で退けるようになるとは」

 

「え、えへへ? そうですかねぇ? まぁ? 踏んできた場数が違うんですかね!! にはははは!!」

 

 その飼い主の方も、飼い犬の扱いにも手慣れた様子。少女の笑い声と、その飼い主の小さな溜息だけが通信越しに聞こえていた。

 こうしてまた出撃してはなんだかんだ依頼を完遂し、また内容に文句を言っては……それが日常になっていた。

 

「それじゃあ先生。次の依頼はなんですか? どんな仕事でもこの『黒い鳥(レイヴン)』黒崎コユキがこなして見せますって! にははは!!」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 目を覚ました。

 正確には、『起きたら目が開く』なんて人体の機能は既に捨てているので、あくまで感覚としてだが。

 意識が覚醒すると周囲の景色が映る。炎上する都市、炎上するAC、MTの残骸。そして周りにはコーラルの影響で燃えるような赤い空と、それすらを飲み込む真っ黒な(そら)だけがある。

 

「……レイヴン。休憩は終わりましたか?」

 

「……まぁ、はい……なんかいい夢を見れた気はしますね」

 

「……それはよかったです、レイヴン。それじゃあ、いきましょうか」

 

 エアとの会話を終え、ザイレムのメインエンジンを破壊するために機体に火を灯す。

 聞こえるのは頭に響くエアの声と、ブースターの駆動音だけ。もう聞き慣れた音だが、今はそれがなんだか物寂しい。

 それも当たり前。もう自分たち以外にはもう誰もいないのだ。

 キモい態度の苛つく第二隊長はもちろん。鼻につく戦友も、ちょっと苦手な姉御とそのAIも、いつも見守ってくれていたちょっと頑固なおじさんも。もう誰も。

 

「後悔していますか、レイヴン」

 

 そんな様子を察したのかエアが声をかけてくる。なんとできた友達だろう。頭の中に住んでいるというのだけがちょっと難点だが。

 

「にはは。まぁしてないと言ったら嘘ですけどねぇ。カーラ姉さんも、チャティさんも別に嫌いじゃなかったですし。なんならまぁ、別に好きでしたよ、うん」

 

「……」

 

 そんなことをぽつぽつと語りながら、ザイレムのラムジェットエンジンを装備したブレードで切り裂き破壊する。それを邪魔する人は、もういない。

 

「でもまぁ、他でもない自分で選んだことですから。みんなと一緒に事をなしたかったし、なにより先生の意思は継ぎたかったけど」

 

 最後のエンジンを壊しながら私は続ける。

 

「でも、やっぱり前は向いてたいなって。私ってほら、ろくな人間じゃないし。でもだからこそ抗いたいなって。私みたいな人間でもより良い未来を選べるなら、その可能性があるのなら。私もそれを信じたい」

 

「レイヴン……」

 

「だからこう言いますよ『後悔はないです』って」

 

 そう言いながら爆発炎上するザイレムを見守る。エアがザイレムの高度が下がりつつあることを報告している最中。エンジン上部に影を一つ見つけてしまった。

 エアが叫ぶ。それが何かなんて言われずとも察しがつくというものだろう。

 

「まぁ止めに来ますよね、先生」

 

 赤黒いACがこちらを見ていた。それは赤い光を撒き散らし、こちらへと銃口を向ける。

 

「あーわかってはいたけど、こっちの通信は聞こえてないですよねえ。なんなら、そっちの身体だってもうどうなってるかわかったもんじゃないですね。もしかして〜……私とお揃いだったりしちゃって!! にははは!!!」

 

 当たったら芯まで溶けそうな太いビームを躱して、アサルトブーストで一息に距離を詰める。肉薄し、機体がすれ違う。

 瞬間レーザーブレードを起動するも、急上昇で避けられる。ヤバいのが飛んできそう。ロックの警告音を聞きながら急いで距離を離す。

 

「ちょーーっとなんですかそれぇっ!? そんな物騒なものがあるだなんて私教えてもらってないんですけど!? それ使えてたら、もっと今まで楽になってた仕事あったんじゃないですか! もーー!!」

 

 ガァン、とSG(ショットガン)の弾が展開した全方位シールドに弾かれる。怖いけどやはり近接戦しかない。元より私はそれしか能がない。

 

「大いなる力だ……! なんて調子乗ってた私に責任だ義務だなんて説教くれたの覚えてないんですか」

 

シールドの隙を縫い、SGを懐に叩き込む。動きが止まった一瞬を見逃さずに持っている全てを叩き込む。聞き慣れた落ち着く声が通信越しに聞こえる。この声に導かれて私はここまで成長して、そして私は背を向けた。

 

「今更なんて虫のいいって思うかもしれないけど、それでも辛いもんは辛いんですからね。私ってそんなにメンタルつよくないんですから!」

 

 肩のミサイルを全て叩き込むも、信じられない速度で躱され、代わりに信じられない長さのブレードが機体に突き刺さる。致命的ではないにせよ、小さくないダメージを食らって、死と隣り合わせなのを嫌というほど実感させられる。

 でも私はまだ生きている。

 

「聞こえてますか? 聞こえてますか? 先生。ここまで来られたのは全部先生のおかげなんですよ」

 

 赤黒い閃光が頬をかすめる。SGの弾ける音が耳にこだまする。

 

「……にはは、そんなになってまで私のことですか。今の私に、この人生に意味を与えてくれたのは貴方だっていうのに」

 

 薙ぎ払うビームが機体を溶かす。切り裂くブレードの音が耳をつんざく。

 

「そうだなぁ……もしも違う未来が許されるのなら、先生が隣にいて私のわがままをなんでも許してくれて。それを怒ってくれるエアみたいな先輩がいてくれたりなんかしちゃって~……みたいに考えちゃうかも」

 

 赤色(せきしょく)のアサルトアーマーを躱し、お返しにと同じ技を返す。そしてまた動けなくなった機体に、最後のブレードが突き刺さる。機体からブースターの光が消え、機体が爆発に包まれながら甲板へと落下していく。

 

「先生。先生のおかげなんですよ。おかげでここまで強くなれて、未来を信じられるまでなったんです」

 

 機体が動かなくなってなお銃口をこちらに向ける先生を、立ち尽くして見守っている。

 

「……そうか」

 

 炎上する機体から、その銃口から、光が消えるのを確認する。迫りくる大気圏から脱出するために、私は先生に背を向けた。

 

「ありがとう先生。私に意味を与えてくれて。ありがとう先生。私を想ってくれて」

 

 

「さようなら、先生」

 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 

「……」

 

 目が覚めた。

 パチリと目を開いて周りを見渡すと、どうみてもシャーレのオフィス。状況的にソファで休憩中に寝ちゃっていたようだった。

 未だ状況を思い出せずキョロキョロとしていると、ガチャと給湯室のドアが開いて先生が入ってきた。

 

「あぁ、おはようコユキ。休憩は終わった?」

 

「……まぁ、はい。なんかいい夢を見れた気がしますね。あんまり覚えてはないですけど?」

 

「それならよかった。ちょうど飲み物を入れたところだけど、よかったら目覚ましにどう? コーヒーでよければだけど」

 

「うーん……私ココアがいいです!」

 

「ははは……でもまぁまだストックあったはずだし、ちょっと待ってね。入れてくるよ」

 

 先生は苦笑いしながら給湯室へと戻っていた。

 いい夢を見た。とは言ったものの、内容についてはこれっぽっちも覚えておらず、ただ漠然とした満足感だけが、胸を支配していただけなのだったが。

 ただ一つだけ……その想いを抱きながら身体を起こし、足早で給湯室へと向かう。

 ガチャとドアを開けると、その向こうには戸棚からココアを取り出す先生の姿。

 

「えっと、コユキ? ココアはまだだけど、どうかした?」

 

「いえ、そのえっと。なんと言いますか……なんだか少しだけ、先生と会えたのが嬉しくて」

 

 自分でも何を言ってるのかよく分からないが、胸に残っていた一抹の寂しさを抱えて、先生のことをジッと見つめた。

 ……少しだけ困惑した先生の表情を見ると、その寂しさもお湯に溶けるココアのように消えていく。

 

「う~ん……にははは!! やっぱりなんでもないです!」

 

「……? それならいいけれど」

 

 そしてココアを入れてくれた先生と共に給湯室を出て、二人で向き合うようにテーブルを挟んで座る。

 

「それじゃあコユキ、例のことだけど」

 

 例のこと? と頭に一瞬はてなが浮かんだが、ココアを一口飲むのと一緒に思い出した。そういえばモモトークで先生から何か頼み事があると言われてシャーレにやってきたのだった。仕事を終わらせる先生を待っている間にいつの間にか寝ちゃっていたようだが。

 

「また依頼ですね! どんな仕事でもこのレイヴンにお任せ下さい!!」

 

「依頼? レイヴン」

 

 口に出したあとで自分でも疑問符を浮かべる。依頼はともかくレイヴンなんてどこから出てきたのだろう。

 

「えぇ……今とっさに口から出たんですけど。なんでしょうねレイヴンって……」

 

 困惑する私が面白かったのか、先生は『あはは』と笑いながら私の方を見ていた。少し恥ずかしくなって私は話の続きを促した。

 

「ごめんごめん、それじゃあ話の続き……いや」

 

 

「依頼内容を説明するよ、レイヴン」




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