エアリスがセフィロスのことを「おにいちゃん」呼びしているのは、以前どこかで読んだセフィロスとエアリスが異母兄弟設定のほのぼの作品で、エアリスの「お兄ちゃん」呼びに萌えたからです。
Ⅰ ソルジャー
声が聞こえる。
「いやだ」 「やめて」 「しにたくない」
「こわい」 「ころさないで」 「ばけものめ」
「どうして」 「せめてこどもだけでも」 「いたい」
「たすけて」 「いたい」
「あつい」「にげ……」「 」
「セフィロス!」
唐突にはっきりと聞こえた声。自分の名前を呼ぶ声だ。
「何故、村人たちを殺した?」
ハリネズミのような黒髪の、おそらく二十歳かそれに届かないくらいの年齢に見える男が、幅広の剣をこちらに向けながら叫ぶ。
何のことを言っているのか、セフィロスにはわからない。
憎悪の目線を向ける男の顔が、どこか悲しいもののように思えた。怒りながら、泣いているようにも見えた。
なぜそんな表情でこちらを見るのか、わからない。
「セフィロス」
誰かの、優しい声が囁く。
「かわいい、わたしのセフィロス」
甘い声に、思考が解けていく。
「あなたは、あんな奴らのことを気にしなくていいの」
血に濡れた刀が、重い。
「さあ、すべて母さんに任せて」
自分を母だという女の声は、夢の中で誰かに謝っていた
四歳になったエアリスはとても活動的な少女に成長していた。行動が制限され、神羅ビルの研究フロアから出してもらえない彼女は、研究員や親の目を盗んではよく脱走をしている。そのたびに研究員やタークス達が総出で探し回り、見つかり次第説教をされているのだが、彼女は一切懲りた様子もなく、また同じことを繰り返している
「エアリス」
今日も、こっそり抜け出そうとしたエアリスの首根っこを掴んで引き留めたのは、セフィロスだ。普段の研究着ではなく、兵士の訓練着を着ているということは、なんらかの訓練帰りなのだろう。左手でエアリスを掴みながら、右手で肩にかけたタオルを掴み、汗を拭いていた。
「あ、おにいちゃん!」
嬉しそうにこちらにしがみつくエアリスだが、セフィロスは汗臭い自分を少し気にしてか、『やめろ』と言ってエアリスをすぐに引きはがす。
「シャワーを浴びてくる。エアリスはガスト博士やイファルナさんのところに、戻ろうね」
シャワー室へ向かう後ろ姿をとっさに追いかけようとしたエアリス。そんな彼女を、今度はスーツ姿の男が捕まえた。
それに気づいたセフィロスは呆れた視線をエアリスに向けると、速足でシャワー室へ向かう。
エアリスを捕まえた男――ヴィンセントは、そんなセフィロスの背中を目で追った後、エアリスに視線を移した。
「また抜け出したのか」
「ヴィンセント!」
呆れた目線を向けるヴィンセントに、エアリスは無邪気な笑顔を向ける。肝が据わっているのか、幼いからこちらの気持ちや考えを理解していないのか。
そんなエアリスはセフィロスの後をついて行きたがった。
――ずいぶんと懐いたものだ。
血のつながりはないと理解していながらも、エアリスはセフィロスのことを『おにいちゃん』と呼んで慕う。そんなエアリスに、セフィロスはうれしいような気恥ずかしいような、複雑な感情を抱いているようだ。
二人が一緒にいる姿は微笑ましい。しかし、その姿を見て、素直に顔をほころばせることもできない自分に、ヴィンセントは気づいていた。
ヴィンセントの脳裏に、セフィロスが叩きだした記録が浮かぶ。最年少で高位召喚獣を召喚。最短詠唱で高位魔法を発動。シミュレーションルーム内の記録とはいえ、たった一人で複数の兵士を相手取り、殲滅。
その姿を見た瞬間、嫌な汗が流れた。災厄となった、大人の姿のセフィロスが浮かんでは消える。
――まだ、大丈夫だ。そんな未来にはさせない
ぐっと奥歯を噛む。そんなヴィンセントを、エアリスは不思議そうな表情で見上げていた。
「どうしたの?」
「あ、ああ。なんでもない」
《ソルジャー計画》
未来は、着実に《あるべき方向》へと動いている。
しかし、今は違う。あの時とは決定的に違う。
ガスト博士は生存し、イファルナは健康体。ヴィンセントはタークスとして、あちこちに根回しをできる立場にいる。セフィロスにあんな未来を歩ませてはいけない。
すべてを憎み、破壊し、人であることを捨てた彼を姿が、浮かんでは消える。これから知ってしまう真実を知る前に、彼を引き留めなければいけない。
ただ、世界を救いたいという以上に、ヴィンセントはセフィロスに対して、破滅の道を歩んでほしくはないと思っていた。
母に会いたいと悲しそうに言う子供が、こちらの手を握り柔らかく微笑む子供が、災厄であっていいはずなどないのだから。
「ねえ、ヴィンセント」
エアリスがヴィンセントの服の袖を引っ張る。
「どうした?」
エアリスと目線を合わせるために膝を折ると、エアリスは少し不安そうに言う。
「おにいちゃん、どこにもいかないよね?」
「どうして、そう思う?」
セトラの力か、それとも彼女自身の聡さなのか。
「おにいちゃん、つれていかれるの。私たちをおいて、どこか、いっちゃう」
子供らしい、説明の少ない話し方。
彼女の言葉に、ヴィンセントはただならぬ何かを感じた。
「《ナニ》が、セフィロスをつれていくんだ?」
ヴィンセントがこのとき《誰》と言わず《ナニ》と言ったことに言及することはなく、エアリスはこてりと首をかしげながら『うーん』と、かわいらしく何かを考える仕草をした。
「うーんと、おかあさん?」
「お母さん?」
「おにいちゃんの、おかあさん。でも、おにいちゃんの、おかあさんじゃないの」
その言葉を聞いて、ヴィンセントは思わずエアリスの両肩を掴み、彼女に問いかけた。
「その、セフィロスの母親だという女について、他に何か知っていることは?」
あまりの剣幕にエアリスはほんの少したじろいでから、ぽつりぽつりと口を開いた。
「遠くから、来た」
「遠く?」
「そう。ずっと遠くから来て、星、ねらってる」
「……」
「《今度》は、絶対に成功させようとしている。そんなの、させちゃだめ」
そう話すエアリスは四歳の子供とは思えないほど大人びていていた。
「エアリス、もしかして……」
「エアリス! ここにいたのか!」
ヴィンセントの問いはガスト博士にかき消される。
「あ、おとうさん!」
父親の元へ向かうエアリスは、たしかに四歳のエアリスの姿をしていた。
セフィロスを最強の兵士へ成長させる計画は着々と進んでいる。
《神羅の英雄》《最強のソルジャー》
その称号が彼の身に重くのしかかる。
どこまで未来を変えることができたのか、この先彼がどんな未来に進むのか、ヴィンセントにはわからない。
もちろん、ヴィンセントはセフィロスを《兵器》として扱う計画に反対をしている。しかし、兵器としても扱われない実験体の行く先は――。
――もう少し、保険をかけておいた方がいいか
ヴィンセントはある日こっそりとスラムへと足を運んだ。
頭の中にある地図をたどりながら、ある家にたどり着く。扉をノックし、出迎えた人物を見た。
そこにいるのは見覚えのある――しかし、記憶よりも幾分か若い顔だ。
「エルミナ・ゲインズブール。頼みがある」