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今回はちょっと不穏な影が……
Ⅲ 特別な存在
視界が、暗い。
口から、血の味がする。体中が痛い。呼吸をすることすら、苦しい。目の前がぼやけていく。手足が冷えていく。そうして感覚が消えていくのに、苦しさだけは残っていた。
「耐えろ、セフィロス。まだ限界ではないはずだ」
宝条の声。
「耐えれば耐えるほど、秘められた力が目覚めるぞ。ククク」
秘められた力、それは何なのか? セフィロスにはわからない。わからないことだらけだ。
どうして、自分はずっとこんな場所で過ごしているのか。どうして、こんな研究や実験を行わなければならないのか。外に出てはいけないのか?
人々は、セフィロスのことを《特別な存在》だという。
人とほとんどかかわったことがないセフィロスにも、多数の人間のデータから自分が優れた力を持っているということを知っていた。
しかし、それだけだ。ほんのすこし、他より魔法が使えて、力が強くて、体が丈夫。それだけのはずだ。
なのに、なぜ、研究員たちは――宝条は自分にこうまで執着するのか?
――どうして? わからない。知らない。
自問自答して答えが出るはずはない。
薄れゆく意識の中、誰かの声が聞こえる。自分を呼ぶ声だ。
誰の声だろう? すごく大好きな声のような気がした。
「宝条」
赤い瞳が、宝条を射抜くようににらみつけた。
憎悪の瞳で宝条を睨むヴィンセントの腕の中には、ぐったりした様子のセフィロスがいる。
「一体、なにをした?」
「セフィロスの力を引き出す実験だよ」
「そんなことで、この子にあんな酷いことをしたのか!」
内出血で変色した手足、血に汚れた服。唇は紫色になりそこからは苦しそうな呼吸音が聞こえる。
早く手当てをしなければならないと、ヴィンセントは彼を抱き上げる。それを、宝条は不快そうににらみつけた。
「何をするつもりだ」
「手当をする」
「そんなものケアルのひとつやふたつかけてやれば、それには十分だ」
その言葉にヴィンセントは宝条へこらえきれない殺気を向けるが、宝条はどこ吹く風とばかりに受け流していた。これ以上は無駄だ。それよりもセフィロスの治療が先だと、ヴィンセントは足早にセフィロスを治療室へ連れていく。その背中を見ながら、宝条は舌打ちをした。
ケアルをかけてやり、傷口を消毒し清潔なガーゼをつける。ついでに服を脱がし、新しいものに変えてやった。内出血で変色した皮膚に冷えたタオルを当てると、セフィロスがぼんやりと目を開けた。
「あれ? 俺……?」
「気が付いたか?」
「ヴィンス?」
ぼんやりした目を向けるセフィロスは、自分の腕に巻かれた包帯に気づくと、小さくため息をついた。
「しっぱい、しました」
「……」
「もういちど、やりなおし」
「しなくていい」
おもわず、強い声がでた。セフィロスが目を見開く。失敗を責められたと思ったのだろうか。そうではないと言い聞かせるように、ヴィンセントはなるべく優しい表情と声でセフィロスに言う。
「無理に、辛い状況に耐えることはしなくていいんだ」
「でも……」
「セフィロス。もし、エアリスが辛い目にあっていたら、嫌だろう?」
ヴィンセントの言葉に、セフィロスはうなずいた。
そういう部分は分かる子で良かった。
「私も同じように、セフィロスが辛い思いをしているのが嫌なんだ。わかってくれるか?」
また、セフィロスはうなずくとゆっくりと目を閉じる。少し遅れて、規則的な呼吸が聞こえた。
セフィロスの手当てを終えたヴィンセントは、眠るセフィロスの髪をやさしくなでる。
そうしていると、一瞬、ぐらりと世界が揺れた。
――なんだ、これは……?
目眩がする。セフィロスが眠る寝台に、身体を預けるようにして倒れこむ。
『無様だな』
背後から声が聞こえる。セフィロスの声だ。しかし、これは目の前の、少年のセフィロスの声ではない。時間が巻き戻る前に聞いた、大人になったセフィロスの声だ。
『そのざまで、私が救えると思うのか?』
すぐ、耳元でこえがする。それと同時にさらりとした銀髪が、ヴィンセントの耳元をなでた。身体が動かないまま、寝台の上に流れる長い髪を、ヴィンセントは睨みつけた。
「そんなもの、やってみなければ……わからないだろう」
どうにか言葉をつぐむ。大人のセフィロスが体を起こしたのか、視界から長い髪が消えた。すると今度は革の手袋に包まれた手が、後ろからヴィンセントの顔を掴み、無理矢理上げさせた。彼の視界には青白い顔をした少年のセフィロスの姿。
『お前の力など、大したものではない。知っているだろう? 目の前の存在が、どんな力を持っているのかを。そんな相手が、お前を必要とすると思うか?』
「この子を救うのは、力を振りかざして守るということだけではない。この子の心を守り、救いたいんだ」
『ほう? ただ、自分の罪から逃れたいだけの男が、どうやって私を救うというんだ?』
セフィロスの言葉に、ヴィンセントは言葉を詰まらせる。たしかに、彼の言うことは間違っていない。セフィロスを救いたいと思ったのは、罪悪感からだ。
『お前は、自分が楽になるために、私を利用している。そうだろう』
違う。そうは言いきれない。
「ああ、確かに、そうだ。……だが、私は、それ以上に……セフィロスを、大切に思っている」
『戯言を』
「お前には、わからないだろうな」
――人間であることをやめてしまった、セフィロスには、きっとこの気持ちはわからない
それが、とても悲しいことのように思えた。
そのことに気づいたヴィンセントはふうと息を吐き、身体から力を抜く。大人のセフィロスに向けていた感情から、怒りが消えた。その代わりに、ただ悲しみだけが残る。
背後にいるセフィロスが、なにやら不満そうな声を出す。
『いつかお前は後悔する』
革の感触が離れると同時にめまいも去った。
はあはあと、息を整え、ヴィンセントはセフィロスを見る。彼は相変わらず規則的な呼吸を刻んでいた。
――あれは、なんだったのか?
目の前の子供が見せたのだろうか? いや、そんなはずはない――そう思いたい。
ならば、時間が巻き戻る前の世界の名残? もしくは、自分の罪悪感が見せた幻影か? 考えながら、セフィロスの頬に触れる。子供特有の柔らかい皮膚は触り心地がいい。
成長して子ども扱いされることに抵抗が出てきたのか、セフィロスはたまにヴィンセントから撫でられることを嫌がることが増えてきた。
それを寂しく思いながら、これも成長したということであると自分に言い聞かせている。
――まるで、セフィロスの親みたいなことを考えているな
自分の親も自分に対してそんなことをおもったことがあったのだろうか? ぼんやりとヴィンセントはそんなことを考えていた。
《彼》は一体《何》だったのか?