ヴィンセント逆行   作:キザキすい

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今回はタイトルの通り、母親の話です。


Ⅳ 母親

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 しゅんとうつむいているセフィロスは、ヴィンセントに回復魔法をかけてもらっている最中。彼らの周りは、壊れた機械や割れたガラスが散乱している。しかし、幸いにも怪我人はセフィロスだけのようだ。セフィロス自身の怪我も、大したことはない。

 大きな音がしたので気になったのだろう。エアリスがこちらに顔を出したが、あぶないからとガスト博士に抱きかかえられて元居た部屋に戻されてしまった。

 あれはきっとまたここに来るぞ。そんなことを研究員の一人が言った。

 

 ――私もそう思う

 

 ヴィンセントと同じ考えの人間は多いのだろう。慌てて研究員とタークスが機械やガラス等の片づけを始めた。

 セフィロスの足元にはひび割れたマテリアが一つ。ひびの入ったマテリアで魔法を放とうとしたところ、魔法が暴発し、研究室内のシミュレーションルームを破壊してしまったのだ。

 このままここにいては邪魔になるだろうと、ヴィンセントはセフィロスを抱え、救護室に引っ込む。大した怪我ではないのだから、抱きかかえるのはやめてほしいと文句を言っているセフィロスを椅子に座らせると、他に怪我がないか確認した。

 

「ヴィンスは心配性ですね」

「そうか?」

「いつも、俺のことを心配しています」

 

 それはそうだろう。なにせ、ヴィンセントは未来を知っている。

 その気持ちを隠して『セフィロスは危なっかしいから』と答える。

 

「それに……」

「それに?」

 

 ヴィンセントが途中までつぶやいた言葉を拾ったセフィロスが首をかしげる。ヴィンセントは、まくったセフィロスの服の袖を戻しながら答えた。

 

「研究に没頭して、周りが見えなくなって、寝食をおろそかにするルクレツィアの世話も、私の仕事だったからな。その時から、癖になっているんだろう」

 

 すこし落とされた声でされた話に、セフィロスは目を輝かせた。

 

「母さんの話、もっと聞きたいです」

 

 セフィロスの言葉にうなずきながら、ヴィンセントはどこまで話していいか考えた。幸い、セフィロスが破壊したシミュレーションルームの片づけに人手が割かれているため、こちらを気にする人間はいない。

 

「そうだな。美しくて、優しい人だ。そして……昔のことを、気にし過ぎているところがある」

「昔のこと?」

「いろいろあったんだ」

 

 それ以上は踏み込んではいけないと思ったのだろう。セフィロスは《昔のこと》について聞くのはやめた。

 かわりに、ヴィンセントは話せる限り、セフィロスにルクレツィアのことを話した。

 

「彼女は神羅の研究員をしていた。セフィロスと出会った屋敷があるだろう? あそこで研究をしていたんだ」

 

 どんな研究をしていたかまでは言えなかったが、優秀な研究員であったこと、あの屋敷の近くにある丘が彼女のお気に入りであること、そこで一緒にサンドイッチを食べたこと。いろいろな話をした。

 

 ――絶対に、この子を彼女に会わせよう

 

 いつになるかはわからない。けれど、彼が闇に飲まれる前に、会わせなければいけない。ヴィンセントは、そう決意した。

 すると、救護室の扉があいた。

 

「おにいちゃん! 大丈夫?」

 

 エアリスだ。やはり、あの惨状を見てジッとしていることなんて、できなかったのだろう。椅子に座るセフィロスにぴったりくっついて心配そうに彼を見上げる。

 

「平気。怪我も大したことないし、全部ヴィンスが治してくれた」

「よかったぁ!」

 

 いつものようにセフィロスにじゃれつくエアリスと、そんな彼女をやさしい目で眺めるセフィロス。

 さて、そろそろここにあと一人か二人の人間が来る頃だ。狭い救護室に入りきるだろうかとヴィンセントが考えた時、扉があいた。

 

「エアリス!」

 

 入ってきたのはイファルナ。

 

「勝手にどこかに行かないでって何度言ったらわかるの」

 

 聞きなれた説教が始まり、しゅんとした表情のエアリス。見慣れた母娘の様子に、セフィロスとヴィンセントは顔を見合わせて、苦笑いを浮かべた。

 そうしてようやくお説教も終盤というころ、ガスト博士が救護室に入ってきた。今度は父親からの小言を聞かされる。それを察したエアリスはうんざりした表情で父親を見上げていた。

 

 

 

 

 

 ルクレツィアは夢を見ていた。

 

 声が聞こえる。

 

 ――あなたは 自分の子供を 見捨てた

 

 あざ笑うような声。

 

 ――母親なのに なんて 無力

 

 直接心に呼びかけてくる声を振り払おうとするが、無駄だとばかりに、声は嗤う。耳をふさいでも、声はちっとも小さくならない。それどころか、もっと声を感じさせようとばかりに、大きくなる気さえする。

 

 ――あの子は あなたには勿体ない 私があの子を

 

 声がそう言った途端、初めてルクレツィアは声に反抗した。

 

『やめて! たしかに、私はあの子に何もしてあげられなかった。それでも、私は、あの子を愛しているの。あの子を……』

 ――あの子を想うのは 苦しいでしょう

『ええ、とても』

 ――親であることなんて やめてしまえばいいでしょう

『嫌……』

 ――そうすれば 苦しみから逃れられる

 

『それでも、嫌』

 

 唇をかみ、胸に手を当てる。

 

『この苦しみが、私の罪の証だから』

 

 一度も抱くことがなかったあの子。けれど、たしかに自分の胎の中にいたあの子。この苦しみが、あの子と自分を縛り付けるものならば、決して失いたくないとルクレツィアは思っていた。

 

『セフィロス』

 

 愛おしい息子の名前をつぶやく。どうか、あの子に幸福な未来が待っているように。いつか、あの子に会える日が来るように。

 きっと彼はひどい母親である自分を許しはしないだろう。それでもいい。

 どんな罵倒も蔑みも恨みも、すべて受けとめる覚悟があった。

 

『でも……』

 

 できることなら、一度だけでいい。彼を抱きしめたかった。

 

 まだ、生まれたばかりのセフィロスを思い浮かべる。

 いつのまにか《あの声》は聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

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