Ⅰ セフィロス
どれくらい眠っていただろうか。
ほんの少しだったような気がするが、長い間だったような気もする。
ゆっくりと身体を起こす。先ほどよりは幾分体が軽く(とはいっても、まだ熱で寝込んでいる時並みに重いが)、視界もクリアになった。
まずは情報を集めようと、掴んだままの白衣と携帯電話をそのままに外へ出る。万が一見つかりそうになった時には白衣を羽織れば研究員に紛れることができるからだ。
ゆっくりと人の気配を探りながら進むと、ここにはそれなりの人数の人間がいることがわかる。外を見ると、村人らしき人間が見えた。放火により焼失した村には見えない。本当に、過去の世界に来てしまったようだ。
――本当にここが過去の世界ならば
未来に起こる悲劇を止めることができるかもしれない。
体力の限界が来て、ヴィンセントはその場に座り込む。瞼が重い。頭がぼーっとする。
――あの電話でガスト博士の死を回避できるとは限らない。ほかにももっと、やることが……。それは……。
何をすればよかったのか。
そんな思いを最後に、ヴィンセントはまた少しだけ意識を手放した。
――ヴィンセント
声が聞こえる。
――私は、あなたに……
ああ、知っている。君は、私に生きていてほしかった。
――ヴィンセント……
声が、遠くなる。おもわず、そこに向かって手を伸ばした。
ぼやける視界の中、彼女がこちらを覗き込んでいた気がした。
「ルクレツィア」
「……? 人違いですよ」
「!?」
いきなり至近距離で声をかけられ、ヴィンセントはハッと前を見る。
白銀の髪、ライフストリームに似た色の瞳、細い瞳孔。白い肌。不思議そうにこちらを見ているのは、未来でこの村を焼き払う男――セフィロスだ。
まだ十にも満たない年齢の彼は不思議そうにヴィンセントを見ている。
「初めて見る人ですね。あたらしい《ハカセ》ですか?」
じっとこちらを見る少年に、ヴィンセントは首を横に振る。
「いや、私は――」
なんと説明すればいいのか。そんな時、ふいにざわめきが聞こえた。
「セフィロスが――」
「また――」
「――探せ……」
「早く、見つ……だ」
とぎれとぎれの声を聴いていると、サッとセフィロスが顔を青ざめさせる。まるっきり親に悪戯がバレた子供の顔だ。
――いったい何をやらかしたのやら
ヴィンセントはひょいと彼を抱き上げると、近くのカードリーダーに白衣に入っていたカードをかざした。ここは関係者以外はいることができない研究室だ。まさか、研究員たちはそんな場所にセフィロスが入り込んだとは思うまい。
ばたばたと走り回る足音が遠のいたのを確認し、ヴィンセントはセフィロスに問う。
「セフィロス、君は一体、なにをしたんだ?」
セフィロスと目線を合わせて、優しく問いかける。
「怒らないから、言ってみなさい」
ヴィンセントの言葉に、セフィロスはおずおずと口を開く。
「ガスト博士が」
「ガスト博士?」
「何の話をしているか分からなかったのですが、研究員たちが、ガスト博士の名前を言っているのが聞こえて、もしかしたら、戻ってきてくれたのかもって」
悲しそうな表情。
きっと、そんなことはないと分かっているのだろう。けれど、小さな希望にすがらずにはいられなかった。
ヴィンセントはセフィロスの頭をやさしくなでる。
「そうか。ガスト博士は、君にとてもよくしてくれたんだな」
こくりと、セフィロスはうなずいた。
そんな彼の腕に、いくつもの注射の痕を見つけた。紫色に変色して、痛々しい。
「これは?」
「けんきゅう? じっけん? です」
こんな幼気な子供に何をやっているんだ!!
そう叫びだしたい気持ちを、脳裏に浮かんだマッドサイエンティストの顔に銃弾を打ち付けることで耐える。
大丈夫だ。ほんの少し冷静になれた。
やさしく、変色した皮膚に触れる。
「辛くはないかい?」
「……これは、必要なことだと」
答えになっていない。
「……なにか、望みや、やってみたいことはないのか?」
「やってみたい、こと」
頷くヴィンセントに、セフィロスはぽつりとつぶやいた。
「普通の、暮らし」
「普通の暮らし?」
「俺は、特別な子だと言われてずっとここにいます。けれど、特別なんかじゃなくていいから、俺は、普通の暮らしがしてみたいです。親と一緒に、ご飯をたべたり、でかけたり、そんなことを、してみたいです」
親か。
ヴィンセントの脳裏に二人の人間が浮かぶ。そこでふと思い出したことがあった。
セフィロスはジェノバを自分の母親だと思っていた。そして、絶望した彼は、ジェノバという母にすがった。
もし、ジェノバを母親だと認識しなかったら? 彼はジェノバにすがることはないかもしれない。
ヴィンセント個人として、セフィロスに心から同情しながら、タークスとしてのヴィンセントが冷静に伝える。『これはチャンスだ』と。
「セフィロス、私は、君のお母さんの友達なんだ」
間違えた。
いや、この言葉は正しい。一応。
しかし、セリフが完全に子供をかどわかそうとする誘拐犯のそれである。ここでセフィロスに不信感を抱かせてはいけないのに……。
どうにか挽回するべきかとセフィロスを見る。
彼は、期待のこもったまなざしでこちらを見ていた。
――まさか、信じたのか?
一応、親しい中であるということは事実なので、問題はないのだが。
――今日会ったばかりの人間に『お母さんのともだちなんだ』と言われて、信じるとは、将来が大分不安になるぞ。
愛した女性の子供という部分を差し引いても、目の前の少年は、自分が守らなければいけない存在のように感じた。
「あの、母のことを、教えてください」
「そうだな」
話そうとして、ふと気づく。ここで彼に『母親はルクレツィアと言う女性』と話しても、研究員の誰か(とくに宝条)が『母親はジェノバ』と教えるかもしれない。そうなっては、意味がない。
――あまりいい方法とは言えないが
また犯罪者のようなことを言う羽目になるとは……。タークスとしての汚れ仕事に躊躇はないつもりだが、幼気な子供を誑かすのは気が引ける。やらねばならないから、やるしかないが。
「それはいいが、一つ約束して欲しい」
「やくそく?」
「ああ。ここにいる、博士や研究員たちに、君の母親のことを聞かないこと。それが条件だ」
「どうしてですか?」
「どうしてもだ」
うまい言い訳が思い浮かばなかった。さあ、どう出るか?
身構えたが、セフィロスはあっさりと結論を出す。
「博士や研究員には聞きません。約束します」
「いい子だ。……君の母親の名前はルクレツィア。ここの研究員だった」
「どんな人だったんですか? 写真とか、ありませんか?」
あいにく彼女の写真は持ち歩いていない。持っている白衣についていたネームプレートに写真はついているが、小さいうえに不鮮明だ。彼女のものと思われる携帯を操作してみる。なにか彼女の手掛かりがないだろうかと、写真フォルダを見ていると、いつか二人でピクニックをした時の写真が出てきた。ヴィンセントの隣で微笑む彼女――その写真を、ヴィンセントは見せた。
「この人が、君の母親だ」
「……俺の、母さん」
誰も教えてくれなかった、血縁の手掛かりを得て、セフィロスは顔をほころばせる。
「母さんは、今どこに?」
「いまは、……体を悪くして、会えないんだ」
「じっけんの、せい?」
聡い子だ。きっと彼は、ここで行われている行為が、人間の肉体の負担になる行為であると、気づいているのだろう。ヴィンセントはうなずく。
「すぐに会わすことはできないけど、いつか会わせると約束しよう」
「はい」
書いた後に思ったけど、セフィロスがニブルヘイムからミッドガルに移ったのっていつくらいでしょうか?
たぶん、ガスト博士いなくなった後ですよね←
パラレルワールドということで許してください