セフィロスの護衛をするようになってから今日で丁度二十日。
今日が、ガストが宝条に殺された日だ。
ぐっと握りしめた携帯は、タークスから渡されたものだ。ヴェルドから、何かあったらこちらに連絡すると言われている。
「ヴィンセントさん」
実験を終えたセフィロスがこちらに来る。研究員たちは、『実験に協力してくれたら、ヴィンセントと遊んでいい』とセフィロスに言うと、反抗的な態度をしなくなるなどと話しながら、研究を進めていた。
セフィロスを実験動物にするダシに使われているのは甚だ不本意だが、自由に動けない現在、余計な口出しをするつもりはない。なるべく研究員たちを油断させてから、隙をついて一気にことを進めなければならない。
今日は何をするのかと、楽しそうにこちらを見上げるセフィロスは、ついさっき、大の大人でも一人では相手にできないレベルのモンスターをたった一人で仕留めてきたところだ。
ここの施設では機械が古いから、あと二月ほどで拠点をミッドガルへ移す予定だ。
「そうだな。……今日は」
最近覚えたボードゲームでもしようかと考えたところ、ポケットに入れた携帯が鳴った。
セフィロスに「失礼」と声をかけてから取り出す。この着信音はヴェルドからの連絡だ。
『古代種の末裔と、ガスト博士を《保護》した』
簡潔な連絡。それが意味するのは、確かに未来が変わった証拠だ。
「そうか」
震えそうになる声をどうにか落ち着かせて、それだけ答えると、通話を切る。
「セフィロス」
「?」
「ガスト博士が、見つかった」
セフィロスの瞳が驚愕に見開かれる。
「本当ですか?」
「ああ、本当だ」
「あの、えっと」
「すぐには会えない。けれど、きっと会わせる。約束しよう」
その言葉に、セフィロスは嬉しそうに何度もうなずいた。それを見て、ヴィンセントは胸の中で、なにかチリチリと刺激するものを感じた。
――おや?
セフィロスがうれしそうだ。なのに、それが妙に面白くない。
ふと思った。ガスト博士が見つかった。つまり、自分はお役御免と言うことになるのだろうか?
――そうなれば、別方面から未来を変えるために動けるが
なんだか、それはとても嫌なことのように思えた。なぜだろうか?
「ヴィンセントさん?」
難しい表情で考え込むヴィンセントを、セフィロスは心配そうに見上げる。
「あ、ああ、なんでもない」
どうにかぎこちない笑みでごまかし、胸の中の感情を押し殺す。
心をごまかすように、スーツのポケットに触れた。そこにあるものを思い出し、ヴィンセントはセフィロスを呼ぶ。
「セフィロス」
「はい」
「これを渡しておこう」
それはルクレツィアの写真と、彼女が持っていた携帯、ネームプレートだ。
「これは、君が持っていてくれ」
「え……」
「彼女の持ち物は残念ながらこれしかない」
もう少しルクレツィアの持ち物を彼に渡しておきたかったが、彼女の私物はいつの間にやら処分されていて、のこっているのはこの時間に巻き戻った時に拾った彼女の携帯やネームプレートだけだった。せめて、顔をしっかり覚えていてほしいと、ヴィンセントが持っていたルクレツィアの写真も一緒に渡す。
「これは、彼女の息子である君に持っていてほしい」
「ありがとうございます」
セフィロスは、渡されたそれらを、両手で大切そうに受け取った。
研究所の移転は完全に済んではいないが、ヴィンセントとセフィロスは一足先にミッドガルの神羅ビルへ送り届けられた。
万が一にも脱走しないように厳重に監視された上で……である。
まさしく護送という言葉が似あう状態の中、ヴィンセントはこれからのことを考えた。
ヴェルドによると、ガスト博士は宝条に撃たれそうになったところ、間一髪、ヴェルドの命令でガスト博士たちを監視していたタークスに助けられたという。とっさにタークスが宝条の腕を押さえたため、銃弾はガスト博士の足元に向かったという。
その後どんな取引がなされたかはわからないが、身の安全を保障するという条件で、神羅ビルに来ることを承諾したのだという。
常にスタッフに監視されたうえで、研究フロアの一室に軟禁状態だというが、非人道的な人体実験をされていた《前回》と比べると破格の待遇だろう。
――ヴェルドには頭が上がらないな
そういえば、巻き戻る前の時間軸で自分が目覚めた時、ヴェルドはタークスから姿を消し、ツォンが主任になっていた。
――なぜだったか? たしかそんな話をリーブとしたような……
ぼんやりと霞が買った記憶を掘り起こしてみると、ふいに横から重みが。
そちらを見ると、移動中何もできなくて飽きたのか、セフィロスが寝息を立てていた。
――一応、生きてはいたようだから、ヴェルドの件は後で考えるとしよう
まずは、ガスト博士とセフィロスを合わせなければならない。彼がセフィロスを《何》だと思っているかは知らないが、最悪なヒューマンエラーの責任を取ってもらわなければいけないことは確かだ。
こちらによりかかる子供の寝顔を眺めながら、ヴィンセントはこれからのことを考えた。
神羅ビルに到着後、セフィロスは研究員に連れられて研究フロアの一室へ。どうやら、まだガスト博士たちには会わせてもらえないようだ。
ヴィンセントはガスト博士らの監視をしているタークスに接触し、彼ら親子が軟禁させられている部屋へと案内させた。
「こちらです」
無機質な声を出すタークスの男は、どうやらヴェルドからヴィンセントに協力するように命令をされているらしい。想像以上に上手く事が進むのはいいことだが、ここで気を引き締めなければいけないと、ヴィンセントは深呼吸をしてから、カードキーをかざし扉を開く。
そこには、知らされた通りの人物がいた。
ガスト博士、エアリスにどこか似た女性、そして彼女の腕に抱かれている赤ん坊。
ガスト博士はこちらを警戒していたようだが、ヴィンセントの姿を見てほんの少し警戒を解く。ヴィンセントはジェノバプロジェクトに反対をしていた人物だからだ。
「君は……」
ガスト博士が何か言おうとする前に、ヴィンセントは口を開いた。
「あなたはなぜ、セフィロスから逃げた?」
彼がもし逃げずに、セフィロスと向き合っていれば、あの悲劇は起こらなかったかもしれない。
静かな怒気を押さえながら、ヴィンセントはジッとガスト博士を見る。
ガスト博士はしばらくだまってから、重い口を開いた。
「あわせる顔がなかったからです」
「ジェノバが、古代種ではなかったからか?」
「あなたは、そこまで知っているのですね」
へなへなと倒れこむようにガスト博士はその場に座り込む。うつむいていて顔が見えない。
「取り返しのつかないことをしてしまったと思いました。彼は、我々科学者に人生を狂わされた被害者――そんな彼に、この私がどんな言葉をかけてやればいいのか、わかりませんでした」
「それで、逃げて、本物の古代種を見つけ出し、彼女と家庭を築き、すべて忘れようとしたのか?」
「いいえ……信じてはもらえないかもしれませんが私なりに彼の中のジェノバを抑える方法を探していました」
「見つかったのか?」
ガスト博士は首を横に振る。
「……あの」
エアリスによく似た女性――イファルナが口を開いた瞬間、彼女の腕の中にいる赤ん坊が泣きだした。
火が付いた泣き声を上げる赤ん坊――エアリスを横目に見ると、ガストが顔をあげて、イファルナと共にエアリスをあやしだす。
その横顔は、遠い記憶の中にある
どろどろとした、嫌な感情がヴィンセントのなかに生まれる。なぜ、彼はあのような顔をするのか? どうして、あのような顔をした男が、あの子を――。
ふうと深い息を吐く。ガスト博士がこちらを見る。何か言おうと口を開くが、それを無視して、ヴィンセントは背を向けた。
「念のために言っておくが、私はあなたたちの敵ではないが、味方でもない。もちろん、あなたたちをここから逃がす気などない。……この部屋から逃げようなどとは思わないことだ」
あえて冷たい声でそう言い放つと、ガスト博士は眉間にしわを寄せてうつむく。ほんの少しだけ振り向いてそれだけを確認すると、ヴィンセントは部屋から出た。
――ガスト博士は、あのような顔でセフィロスと接していたのだろうか?
ゆるりと首を横に振り、一瞬頭に浮かんだ父親の顔を振り払う。
「ヴィンセントさん」
黙ったままうつむくヴィンセントを心配したタークスの男が声をかけてくる。それに対し『大丈夫だ』と軽く片手をあげながら返事をする。
今は、あの寂しがりやな子供を抱きしめたい気持ちでいた。
「一瞬頭に浮かんだ父親の顔を振り払う」の《父親の顔》は、ご自由に想像してください。