イファルナたちが神羅の兵士に連れてこられた先は、無機質な部屋。扉は専用のカードキーが無いと開閉しない仕組みらしく、先ほどからどうにか開かないか試しているが、うんともすんとも言わない。
腕の中のエアリスはおとなしく眠っている。こんな状況で眠っていることができるなんて、肝が据わっているのか、状況が分かっていないだけなのか。
「申し訳ありません」
うつむいた夫――ガストが謝る。イファルナは緩く首を横に振った。
「いいえ、私たちは大丈夫よ。どうにか隙をついて、ここを出ましょう」
「そうですね」
小声で話していると、扉が開いた。入ってきたのは黒いスーツを着た男。ガストが撃たれそうになった際に、宝条を妨害した男と同じスーツを着ている。
男は赤い瞳でガストを見た。
背筋が冷える。
彼の中には、何かある。それはジェノバとは違い、星に徒なす存在ではない。しかし、普通の人間の身に容れていい存在ではない。だが目の前の男は、その力を何らかの方法で抑えている様子で、禁断症状なども無いように見えた。
それ以上に気になるのは、冷たい瞳。ガストに敵意があるわけではない。ただ、憎悪――いや、軽蔑の念が込められているようにも感じた。
「あなたはなぜ、セフィロスから逃げた?」
セフィロス。かつて、ガストから聞いたことのある名前。彼が自身の罪だと言っていたことを思い出す。
取り返しのつかないことをしてしまったと、彼は頭を抱えていた。うつむいた顔から、ぽたぽたと雫が落ちていたのを思い出す。その話を聞いたイファルナは、肝が冷えるのを感じた。あの化け物が、この世に解き放たれてしまったのだと、恐怖した。
冷たい声で淡々とガストへと質問を繰り返す男に、何かを言おうとイファルナが口を開く。その瞬間、腕の中のエアリスが泣き出した。
彼女をあやしていると、すかさずガストもエアリスをあやす。どうか、この優しい夫で優しい父親である彼を追い詰めないでほしい。イファルナが男を見ると彼はこちらに背を向けて冷たく言い放つ。
「念のために言っておくが、私はあなたたちの敵ではないが、味方でもない。もちろん、あなたたちをここから逃がす気などない。……この部屋から逃げようなどとは思わないことだ」
その言葉に、ガストはうつむき、眉間にしわを寄せた。
エアリスがようやく泣き止んだ後、ガストはポツリと漏らした。
「合わせる顔がなかった」
「え?」
「たしかに、私はそう言いました。そして、それは本心でもあります。けれど、もう一つ、彼に思うことがあるのです」
ガストはエアリスを見、次にイファルナを見て、ゆっくりと口を開いた。
「私は、セフィロスが恐ろしかった」
ガストは過去のことを話し始めた。
彼は、ジェノバが古代種ではないと知った後、《彼女》が何者であるかを調べた。そして出てきた答えは、《宇宙から飛来した災厄》。
ジェノバの擬態能力を知ったとき、ガストは背筋が冷えた。セフィロスは礼儀正しく、落ち着いていて、素直な性格の子供だ。だが、それが、研究員の――ガストの記憶を読み取り、まるでずっとそばにいたような隣人の姿をとっているだけだとしたら?
『ガスト博士』
そう呼びながら、こちらに駆け寄ってくる子供の姿が、一瞬言葉にできない恐ろしい化けのものようにも思えてしまった。
大人より少し高い体温の手が、ガストの手に触れる。柔らかな頬、好奇心のこもった大きな瞳、高い声、丸みを帯びた未成熟な身体。まさしく、《人間の子供そのもの》の姿をしている。
そうやって、ジェノバは人々に近づき、そして――――
「セフィロスが恐ろしい化け物に見えてしまう時と、ただの子供に見えてくる時があった。いつか、私はセフィロスに対し、ひどい態度をとってしまうのではないかと思いました。その前に、私は、彼のもとから去らないといけないと……」
そこまで話して、ガストは深く息を吐いた。
「虫のいい話だとは分かっています。でも、できることなら、私はもう一度セフィロスに会って、謝りたい」
そんな彼の背を、イファルナは優しくなでた。
「その時は、私も連れて行ってください」
「イファルナ……」
「あなた一人では、心細いでしょうから」
言いながら、自分の中にあるもう一つの想いを胸にしまう。
イファルナはセトラの生き残りとして、あの災厄をもう一度封じなければならない。
災厄の子供が、ただの子供か、化け物か、見極めなければならなかった。
いつの間にか泣き止んだエアリスを見ながら、イファルナは思う。
――どうか、この子には、辛い使命が与えられることが無いように。
一方そのころ。新しい研究所で検査を終えたセフィロスは、椅子に座りながら暇そうに足をぷらぷら揺らしていた。せわしなく動く白衣の人間を眺めながら、そこに目立つ黒い服が混じっていないか眺めている。
――ヴィンス、まだかな
ここしばらくでヴィンセントに対してすっかり打ち解けたセフィロスはヴィンセントのことを愛称の《ヴィンス》と呼ぶようになっていた。
――セフィロス
声が聞こえた。多分、女の声。セフィロスはあたりを見回す。この部屋にいる研究員に女性は何人かいるが、顔見知りの彼女らとは全く違う声だ。
聞いたことがないはずなのに、どこか懐かしい。
――誰だ?
幻聴か?
今日の検査であちこちを調べまくられた結果少し疲れているのだろうか? セフィロスは椅子の背もたれに寄り掛かる。
――早く帰ってこないかな
――きっと、彼もいなくなるわ
――そんなことはない。ヴィンスは約束を守る人だ
――でも、あの人はいなくなったでしょう?
――……。
――あなたの心を埋めることができるのは、私だけ……。ほら、私に……
不意に、世界が遠くなるような感じがした。
目に見えているものが、まるで透明な壁一枚を隔てたように、離れ――そして、音が聞こえなくなってくる。
――あれ?
それと同時に身体がぬるま湯の中に沈んだような、心地のいいぬくもりのある浮遊感を覚えた。
――俺は……?
そんな時、強く肩を掴まれる。ハッと顔をあげる。遠くに行ったと思っていた世界が、生々しい現実となってセフィロスの前に飛び込んできた。遠くなっていたと思われた研究員の喧騒が近い。
そんな中、セフィロスの視界を埋めているのは一人の男。
「セフィロス、大丈夫か? 顔色が悪い」
「ヴィンス?」
「ああ。今日は長距離の移動に慣れない検査だったのだろう。疲れたのか?」
心配そうにこちらを覗き込むヴィンセントに、セフィロスは少し迷ってからうなずいた。
「はい。多分、疲れているんだと思います。なんだか……」
先ほどまで感じていたことを話そうとした。なのに、何が起きたのかわからない。セフィロスは首をかしげる。寝て起きて、夢を見たような感覚があるのに夢の内容を思い出せないような、そんな感じだ。
「……居眠りを、していたのかもしれません」
「先に部屋へ戻っていても良かっただろう」
「どこで寝泊まりをするのか、教えてもらっていません」
「……」
苦い顔をするヴィンセント。きっと心の中で研究員に対して悪態でもついているのだろう。
「ヴィンス、俺は大丈夫ですよ」
「眠くなるほど疲れているのなら、大丈夫ではないだろう。今日は早めに寝なさい」
そう言いながら、ヴィンセントはセフィロスの身体をひょいと横抱きにする。疲れているこちらを気遣っての行動だと分かるが、これはちょっと気恥ずかしい。
「ヴィンス、おろしてください。自分で歩けます」
「歩いている間に眠ってしまったらどうするんだ」
「そんなことしません」
「ついさっきまで居眠りをしていたんだろう? 今はおとなしく私に甘えなさい」
じたばたと手足を動かしてもヴィンセントは気にした風もなく、セフィロスを抱き上げたまま移動する。途中でセフィロスはあきらめておとなしくヴィンセントの腕に収まる。
自分のものらしき部屋に通され、ヴィンセントはセフィロスをベッドに腰掛けさせた。すると、ヴィンセントはセフィロスを抱きしめ、優しく頭をなでながら『お休みセフィロス』と言うと、ゆっくりと身体を離す。
ヴィンセントはよくこうやってセフィロスを抱きしめる。頭をなでる。小さな子ども扱いされているようで最初は複雑な気持であったが、慣れてくるにつれ気にならなくなった。それよりも、昔本で読んだ《家族》の姿とどこか似ているようで、気恥ずかしくも心地いいこの行為を、セフィロスは少しだけ気に入っていた。
「おやすみなさい、ヴィンス」
いいながら、布団の中に潜り込む。ヴィンセントが部屋の明かりを消すとともに、セフィロスは目を閉じる。
思ったよりも疲労がたまっていたせいか、夢も見ずに深く眠った。