セフィロスとられて面白くないヴィンセント
ガスト博士とセフィロスの面会がかなったのは、二月近くがたってからのことである。宝条はなんとしてもガスト博士に会わせたくなかったらしい――と思ったのだが、どうやらガスト博士自身もしり込みしている部分があったらしい。
――もし逃げるようなら、縄で縛ってでも連れてくる
などと思っていたが、『逃げるのでは?』という心配は杞憂に終わった。
緊張した様子で姿を現したガスト博士を見て、セフィロスはパッと顔をほころばせた。
なぜだろうか? ほんの少し不快な気持ちだ。
この気持ちは今に始まったことではない。数日前、ガスト博士との面会の日時を伝えられてから、その時を指折り数えて待つセフィロスを見てからずっとこうなのだ。
――嫉妬、だろうな
ずっとその言葉から目を背けていたが、そろそろ認めてしまった方がいいのかもしれない。
ほんの少し前まで、セフィロスの一番は自分だと思っていたのに、その座をセフィロスを捨てて逃げた男に奪われそうになっている。そんな状況、面白くないに決まっている。
「ガスト博士!」
うれしそうにガスト博士の元へ駆け寄るセフィロスを見ながら、ヴィンセントは必至で不機嫌な感情が表に出ないように耐えていた。
「セフィロス、大きくなりましたね」
ガスト博士がセフィロスの頭をなでるとセフィロスは顔をほころばせる。
「セフィロス、すみません。私は、あなたに取り返しのつかないことをしました」
突然、謝罪しながらこちらを抱きしめるガスト博士に、セフィロスは目を白黒させていた。
「ガスト博士?」
「ずっと、辛かったでしょう」
「……俺は、ガスト博士がいてくれて、ヴィンスがいてくれるなら、それで良いんです」
ガスト博士の背に腕を回しながらも、セフィロスの表情はどこか痛々しい。
ゆっくりとセフィロスから身体を離しながら、ガスト博士は悲しそうな目でセフィロスを見ていた。
優しく頬をなでながら、まっすぐにセフィロスを見る。
「セフィロス、君には、きっと過酷な運命が待ち受けている。ですが、その運命に負けない強さを持ってください。そして、君には味方になってくれる人がいることを、忘れないでください」
その言葉に、セフィロスはこくりと頷いた。
「そうだ、セフィロス。あなたに紹介したい方がいます」
ガスト博士は背後で様子をうかがっていたイファルナを前に出す。少し表情が硬い彼女は、腕の中でおとなしくしているエアリスを抱きながら、ジッとセフィロスを見ていた。
「こんにちは、セフィロス。私は、イファルナよ」
「こ、こんにちは」
人見知りをしている子供のような表情でイファルナを見るセフィロス。彼女の表情が少し固いせいか、セフィロスは緊張しているようだ。
「イファルナは私の妻で、腕の中にいるこの子はエアリス。私の娘です」
ガスト博士がそう紹介すると、イファルナはセフィロスと目線を合わせ、にこりと微笑んだ。それにつられて、セフィロスもぎこちない笑みを返す。
「緊張しているでしょう? ごめんなさいね」
「えっと……」
「あなた、いきなり妻だ娘だと紹介されても困りますよ」
立ち上がりながらそう言うイファルナの言葉に、ガスト博士は『ははは』と乾いた笑いを浮かべる。見かねたヴィンセントがセフィロスのそばに立った。
するとぱちりと今まで眠っていたエアリスが目を覚ます。彼女は「うー」とか「あー」などと声をあげながら手足を動かしていた。
「どうしたのかしら?」
彼女の視線が少し下――セフィロスの方へ向かっていることに気づいたイファルナ。彼女は再び腰を下ろし、セフィロスに目線を合わせる。
するとエアリスはきゃっきゃと笑いながらセフィロスに手を伸ばした。
それにはイファルナは目を見開く。
「エアリスは、セフィロスに挨拶をしているようですね」
ガスト博士の言葉に、セフィロスはエアリスに少し顔を近づけた。
「こんにちは、エアリス」
すると、さらに楽しそうにエアリスはきゃっきゃと笑う。
「なんだか、嬉しそう」
イファルナの顔からは、どこか固い緊張がすっかりと消えていた。
今日一日はしゃいでいたからか、夕食を終えシャワーを浴びた後に、寝間着を切る途中から舟をこぎ始めたセフィロス。そんな彼を抱き上げて、ベッドの上におろしながら、ヴィンセントは彼の寝顔を見る。
あの後、イファルナはこっそりとヴィンセントを呼び止めた。
「私は、セトラの末裔として、空から来た災厄を封じるつもりでした。けれど……」
そこで言葉を切ってから、彼女は迷うように言った。
「彼は、本当に危険な存在なのでしょうか? そうは、見えないのです」
セフィロスをみて、楽しそうにしていた赤ん坊のエアリスの顔を見る。彼女はヴィンセントにも笑顔を見せていた。
「なんだか、この子が、あの子が危険ではない存在だと言っているような気がしてならないんです」
前の時間軸でエアリスを殺したのはセフィロス――いや、セフィロスに擬態したジェノバだ。直接セフィロスが手を下したわけではないが、彼が殺したも同然だろう。それなのに、彼女はセフィロスを危険な存在だと認識していない。
――これは、彼がジェノバに支配される未来が遠ざかっているのだろうか。
セフィロスの手を握りながら、どうか彼の未来が光あるものであるようにと、ヴィンセントは祈った。
セフィロスは夢を見ていた。
誰かがずっとセフィロスを呼んでいる。そこに行かなければいけない。
声のする方へ足を進めていると、腕を掴まれた。
『そっち、行っちゃ、ダメ』
セフィロスの腕をつかむ彼女は、会ったことがない女性だ。けれど、どこかで見たことがあるような気がする。
『ヴィンセント、悲しむよ』
『悲しむ? なぜですか?』
『あそこに行くと、ヴィンセント達と、会えなくなる』
何を知っているのだろうか? どこかで見たことがある女性の顔を見る。
あ、と気づいた。
イファルナに似ているのだ。
『もしかして……』
自分の中に浮かんだ彼女の名前を口にしようとした瞬間、夢の世界が崩れ落ちた。
がらがらと崩れ落ちた地面と共に、セフィロスは下へ下へと落ちていく。
そういえば以前こんなふうに穴の中に落ちていく少女が主人公の話をヴィンセントから聞かされた。そんなことを思いながら、ゆっくりと落ちていくと、突然地面に降り立った。
薄暗い、洞窟の中だ。上を見上げると岩肌の天井が見える。先ほどまで上から落ちてきていたのに、夢の中とは本当に滅茶苦茶な世界だ。
たしか、穴の中に落ちた少女は大きくなる薬だとか小さくなる薬だとかを飲んだり、ウサギを追いかけたりして先へと進んでいた。
自分も先へ進むべきかと、足を進めていく。すると開けた場所に出た。
そこで涙を流す女性の姿を見る。
『ごめんなさい。ごめんなさい』
何を謝っているのだろう?
セフィロスは近づいて女性を見た。
彼女の顔を見て、目を見開く。
『かあさん』
そうつぶやいた声が聞こえたのか、彼女はハッとこちらを向く。
そこで、目が覚めた。
――あの夢は何だったのだろう?
ぼんやりと白い天井を眺めながら、セフィロスは考える。しかし、答えは出ない。
ベッドの横にある引き出しから、母の写真を取り出す。
――母さんは、何を謝っていたのだろう?
そういえば、ガスト博士も、自分に謝っていた。
繰り返される実験と研究。自分に謝罪する母とガスト博士。この先に何があるのだろうか?
ぞくりと背筋が冷える。そこから先へは行ってはいけないと、自分の中で誰かが警告していた。