いやほんとマジですんませんでしたm(_ _)m
最近はテストだとか風邪だとかが重なり……いいわけですね。はい。すみません。
更新を心待ちにしてくださった皆様には大変申し訳ない気持ちで一杯です。しかも今回は残念クオリティの上過去最高文字数と言う……ぶっちゃけ二話に分ければよかったと若干後悔しております。
それでは、本編の方をどうぞ。
「えへへ。お兄ちゃん♪」
黒衣を纏いながらも仮面を付けずに素顔を晒したままの状態の『黒』ーークロメがこの上なく頬を緩ませて、ライに甘えていた。
ライの膝の上に腰掛けて抱き着くようにして胸板に頬をくっつけたりと、ベタベタである。
その甘えっぷりは飼い主に懐き切った猫を連想させて大変愛らしいのだが……“事情”を知るライにしてみれば笑い事ではない。
(はぁ……)
心中でため息。
別にクロメに対する愛情が薄れたわけでも、彼女の行動に疲れたりしたわけではない。
そのため息は自身への自嘲を多分に含んだものだった。
(本当に、何をやってるんだろうな……僕は)
昨夜のクロメの暴走は、容易に予想できた筈なのだ。自分に重度の依存心を抱いている彼女が、自分が何も言わずに離れた時どうなってしまうかなど。そしてその後、彼女がどういう行動を取るのかも。
一度“そうなって”しまえば任務に支障が出る可能性があったからこそ、これまで気を付けてきたのだ。なのに、それを自らの過失で失敗してしまうなど、無様であるとしか言い様がない。
ーー本当なら、無邪気に擦り寄るクロメを力尽くでも引き剥がすべきなのだろう。これ以上自分に依存させないために。彼女自身が未来を選択し、生きて行くためにも。
だが、それができなかった。本来ならば時と共に庇護者の手から離れて行くのだろうが、彼らを取り巻く環境がそれを許さなかった。一度離れてしまえば、もう二度と道を同じくすることは出来ないだろうと容易に予測できてしまったから。
無意識の内に、自らの喉を撫でていた。
ーー自らを一度は破滅させ、更には友の未来さえも歪ませた忌まわしき力、『ギアス』。
人を孤独にするという王の力。その力は、一度は生き絶えたライの中に未だ宿っている。何よりも嫌悪しながらも何よりも多用したが故に、その力の気配は容易に感じ取ることができる。
今尚己の中で胎動するその力はしかし、使うことは出来ない。
何故かはライにも分からない。実際に使おうとしたわけではない。だが、「使えない」ということは漠然と理解していた。どうしてだか、“使える”と思えないのだ。
もしかしたらそれはライが転生などという体験をしたことにも関わってくるのかもしれないが、どの道ライには興味がない。元よりあってはならない力。存在すること自体が禁忌であるような呪われたものなのだ。ない方がいい。
少なくともライはそう考えている。その力が原因で全てを失ってしまったからこそ、誰よりもその力の危険性を理解していると自負できる。ーーそれなのに、
(僕は今、何を考えた?『ギアスがあれば』と、どうしてそう愚かなことを思い浮かべることができた!?)
その声で、その言葉で、一体どれほどの命を容易く奪って来たのか、知らないわけではないのに。
(……どうしようもなく愚かだな、僕は)
己に対して幾ら罵倒しようと、込み上げてくるのは虚無感のみ。何の意味もない。
(いっそ、最初から僕がいなければーー)
と、そう考えた時だった。
「お兄ちゃん?」
名前を呼ばれた。たったそれだけ。そう、たったそれだけのことなのだ。
なのに、どうしてだか得体の知れない感覚が背中を走り抜ける。例えるなら、そう……自分の思考を見透かされたかのような、そんな居心地の悪い感覚。
「……どうしたんだ?」
自身の心に生じた僅かな動揺を押し殺して、意識して何時も通りの声音で問い返す。
「ねぇ、お兄ちゃん。今、何を考えたの?」
ライを見上げるクロメに変わった点は見受けられない。
表情も、顔色も、声音も……唯一点、姉であるアカメと違う真っ黒な双眸が、怖いくらいに澄んでいることを除けば。
「……別に、何も考えてないよ」
「嘘」
即答で否定される。普段ならライの言葉を疑うようなことなどしないクロメが、である。
「ねぇ、お兄ちゃん」
何時も通りの声。何時も通りの顔だけどその瞳はライの全てを見透かすような、それでいて全てを呑み込むかのような妖しい光を放っているように見えた。
クロメの手が頬を撫でる。クロメ自身の体温が掌を通して伝わってくる。
「私はね、お兄ちゃんのことなら何でも分かるの。今どんなことを考えてるのかも、何が好きで何が嫌いなのかも。だって、ずっとずっとお兄ちゃんのこと見てきたから。何時も何時もお兄ちゃんのことを考えてきたから。………………でも、お兄ちゃんはそうじゃないんだよね」
「え…………?」
その言葉の意味が分からずに、思わず首を傾げる。
確かに、昔こそライはアカメやクロメのことを何よりも優先して考えてきたし、だからこそ帝国の暗殺者育成機関に売られた時も危険を冒して三人が共にいることができるようにした。が、時が流れて帝国を裏切り、革命軍へと着き、こうして潜入任務をこなすようになって、色々と二人のこと以外にも考えることが多くなった。
別にそれで二人のことを疎かにしていたわけではないが、二人のことを常に念頭に置いて動くことはかつてと比べれば少なくなったことは事実である。ーーだが、クロメのその言葉は、そんな“上っ面”のことについて言っているわけではない気がした。
「私はーー」
クロメが何かを口にしようとした時だった。
『ライゼル様。スピアです。お時間よろしいでしょうか?』
ライの部下であるスピアが訪ねてきた。
クロメの様子は明らかにおかしいが、それを追求するには時と場所が悪い。何より、此処でクロメのーー『黒』の素顔を見られるのは不味い。
「クロメ。とりあえず今は変装して退いてくれ。素顔を見られるのは不味い」
「うん。分かったよ、お兄ちゃん」
ニコリと笑って、一度だけ抱き着いて名残惜しそうにライの膝の上から降り、仮面を付け更にフードをスッポリと被る。これでクロメだと分かる人間はいないだろう。
(ーーあれ?)
しかしーーそこでふと、ライは内心で首を傾げた。
何と言うか……上手く言葉にできないが、先程までのクロメと雰囲気のような物が違うような気がしたのだ。
クロメが過剰に甘えてくるのは暴走後の副作用と言うか習性のようなものなのは兄であるライが一番良く分かっている。が、先程のそれとは根本的に何かが違うような気がしたのだ。
『ライゼル様?』
今までに覚えのない不可解なクロメの様子に没頭しかけたライの思考をスピアの声が引き戻した。
何時までも返答のないライの様子に訝しんでいる様子である。
「あ、ああ。済まない。入っていいぞ」
慌てて意識を切り替えて、ライはライゼルの仮面を被る。
クロメのそれが素顔と正体を隠すための物理的な仮面だとするならば、ライのそれは己の真実を隠し通すための精神的な仮面と言えるだろう。
青年の言葉に「失礼します」と言って、スピアが入室してくる。
無駄なことに時間をかけるのはライのーーライゼルの好むところではない。早速本題に入ろうと口を開く。
まさか彼女も自分と世間話をするためにわざわざ此処へ来るわけが無いだろうし。
「それで?今回は何用だ?」
「……ライゼル様は相変わらず人と会話を楽しむということをしませんね」
「?何か言ったか?」
「いいえ、何も言ってませんよ。それで今回の用件なのですがーー」
彼女にしては珍しく、小さな声でボソボソと呟くように何ごとか言っていたようなので聞き返したところ、何故か憮然とした表情で返されてしまった。
その様子を訝しく思ったが、まずはスピアの用件を聞いてから疑問を解消することにした。
「内政官のショウイ殿が『話がしたい』、と面会を求めてこられました」
「何?」
思わず、眉を顰める。
ショウイ。その名に聞き覚えがないわけではない。顔も知っている。
しかし、彼が何故自分に面会を求めてきたのかその意図をライゼルは計れないでいた。
怪訝な顔をするライゼルを見兼ねたのか黒が音もなく近付き、聞こえるか聞こえないかの極小さな声量で耳元に囁いた。
「(多分、“あの時”のことでお礼を言いたいんだと思うよ)」
「ふむ……礼、ね」
それにしても昨日の今日で些か無用心とも言えるが。文官と武官とでは物事の捉え方が違うのか、それとも何か他に別の思惑があるのかーー
(……まぁ、いい)
「通してやれ。その間に茶の用意でもしておこう」
「よろしいのですか?ショウイ殿は良識派と言われていますが、万が一の場合もーー」
「ほう?珍しいな。お前が他人を疑うようなことを言うとは」
皮肉でもなんでもなく、本心から驚いたようにライゼルは言う。
彼から見たスピアと言う女性は、清廉潔白、品行方正を地で行く性格であり、他人を貶めるようなことは滅多なことでは口には出さない。ライゼルの記憶にある限りではかつてエスデスの軍に対して「理性も秩序もないケダモノの集まり」と眉を顰めながら酷評した時ぐらいのものである。あるいは大臣に対してもそうかもしれないが、どちらも表立って批判できる相手ではないため、そう口には出せないのが現状ではあるのだが。
「……ライゼル様は一体普段私のことをどのような目で見ておられるのですか……」
「固いところもあるが文武両道の自慢の副官……だけでは不服か?」
ジト目で苦言を呈されたので間髪入れずにそう言うと、今度は何故か俯いてしまった。
「…………全くもぅ……不意打ち気味にそんなことを時々仰るから困るんです………………」
「何だ?言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」
「何でもありません!それでは、これ以上ショウイ殿をお待たせするのも失礼なので、迎えに行って参ります!」
「あ、ああ……」
、突如としてスピアは怒ってーーと言うより拗ねてーー退室して行った。
ライゼルとしては呆然と頷くより他はない。何せ、未だに理由が全く分からないのだ。
バタンッ、と勢い良く閉められた扉を見詰めながら首を傾げる。
そんな彼の様子に、黙っていられなくなったのか傍に寄り添う黒ことクロメが唐突に口を開いた。
「……お兄ちゃん、それって天然なの?」
「何の話だ、何の」
「…………お兄ちゃんの鈍感」
「何でそうなる…………」
妹からも謂れのない酷評を受けて、疲れたように肩を落とすライゼルであった。
「ライゼル将軍。先日の一件、誠に礼を言う」
「礼を言われるほどのことではない。国の未来を憂うものとして、当然のことをしたまでのこと」
スピアの案内の下、ライゼルのいる執務室に通された男性ーー内政官ショウイの話は、感謝の言葉から始まった。
あらかじめ予想できていたことであるため、対して間を置くことなく返すことができた。が、その言葉をそのままの額面通りに受け取ることはなく、怜悧な蒼の瞳でショウイを観察していた。
遥か昔、照魔鏡とまで称された観察眼を活用して、ショウイの言葉からその真意を探り出す。彼と言う人間の器を見定める。
「それでも礼を言わせて欲しい。貴方が口添えしてくれたおかげで、この命は繋がれているのだからな」
「大袈裟だな」
そう口にしつつも、ライゼルは少しだけ驚いていた。
彼は嘘を付いていない。ただ純粋な思いでこの場に来て自身に頭を下げて礼を言っているのだ。自分よりも遥かに年若い自分に向かって。
表に出ることはないが、ライゼルは彼に対する評価を一段落上げた。
「大袈裟などではない。私は文字通り君に命を救われたのだ。ーーその代わりと言ってはなんだが、私は君を全力で支援しようと思う」
ーーその言葉に、ライゼルは目を鋭く細め、同席していたスピアは驚きに目を見開いた。傍に侍る黒のことは仮面で表情が伺えないが、驚いていると言う雰囲気は伝わった。
「……正気か?皇帝に対する謀反と取れるぞ」
心無し声のトーンを低くして、警告するようにライゼルは言う。
そもそも大臣に睨まれているライゼルに加担するなど普通ならあり得ない。何故なら、大臣に敵対する=死と言う構図は誰であっても容易に理解できる事柄である。
誰だって命は惜しい。それなのに今回のこの発言。これはある意味帝国を敵に回すことに等しい。
今の帝国は、大臣が支配しているのも同然なのだから。
「正気だとも。君だって知っているはずだ!今のこの国の内情を!」
ライゼルの言葉に頷き、激情を顕に立ち上がる。
「皇帝陛下は大臣の言いなりになり、その大臣は権力を以て暴虐に限りを尽くし、国の有権者はそのおこぼれに与る者共ばかり!政府は腐り切り、民は疲弊し切っている!このままでは千年続いた帝国の滅亡もそう遠い未来の話ではない!腐り切ったこの世界を変えるためには力が必要なのだ!そのための旗印こそがライゼル将軍!貴方だ」
「…………」
「貴方は知らないかもしれないが、既に今のこの国を憂う者達にとっても、将軍は希望となりつつある。後は貴方の一声でーー」
「……笑えない冗談だな」
白熱するショウイの話に冷水をぶっかけるように言って、ライゼルは若干温くなった紅茶を啜った。
……どうやら、知らない内に大分時間が経っていたらしい。
ため息を一つついて、ライゼルは口を開いた。
「ショウイ殿が本気だということは分かった。それに賛同者がいることもな。ーーが、残念ながら私は卿をまだ信用していない。何せ昨日の今日だ。大臣に唆されて私の言質を取ろうとしているやもしれぬ」
「そんなことはーー」
「まぁ待て。私は卿について何も知らぬ。故に、見定める必要があろう?契約には何事も信頼関係が必要だと思うが?」
「………………分かった。今日のところはこれで失礼するとしよう」
ライゼルの言葉に一理あると思ったのか、落胆したように肩を落としながらショウイは晴れやかに笑って見せた。
「では、今後はその目でしっかりと見定めてもらいたい。罪には罰が必要なのだ。帝国を腐らせる大臣に正義の鉄槌を下すのは、ライゼル将軍に他ならないと私は考えている」
「買い被り過ぎだな」
唇を吊り上げて苦笑を浮かべるようにしながら、ライゼルはそう言った。
「それだけ期待しているということだ。それから、大臣と敵対する覚悟がある者は私以外にもいることを覚えておいて欲しい」
それだけ言って、ショウイは退室して行った。
後に残されたのは三人は、しばしの間沈黙していた。
(大臣と敵対する覚悟がある者がいる、か……)
ーー知っているさ、そんなこと。
何故ならば、そうなるように仕向けたのは他ならぬライゼルなのだから。
「それにしても驚きました」
「何がだ?」
「ショウイ殿のことですよ。何時の間にお知り合いになられていたのですか?昨日の今日と仰っていましたが、昨日何かあったのですか?」
不思議そうに疑問をぶつけてくるスピアに「ああ、言っていなかったか?」と首を傾げつつ、ライゼルはあっさりと昨日起こった出来事を教えた。
勿論、簡潔に纏めて、ではあるが。
「ショウイ殿が皇帝陛下の決定に口を挟んだのだ」
「ゆ、勇気がありますね、ショウイ殿……」
何せ、現在の皇帝は大臣の言いなり。従って、皇帝の執る政治は大臣にとって都合のいい傀儡政治なのは周知の事実。
その皇帝の政策に口出しするのは大臣に反対するに等しいのだ。
よくもまぁそんな自殺行為をできたものだと素直に感心する。
「彼自身は善良な内政官だからな。大臣の圧政に我慢できなかったのだろう。ーーまぁそれで当然の如く大臣の反感をかってな。罰として処刑判決を下されたところを口八丁で誤魔化して助けた、というわけでだ」
「自分で言いますか……それにしても」
呆れたように言ったところでスピアは言葉を区切ってジト目でライゼルを見遣った。
「相変わらず平然と危険を冒しますね、貴方は。ライゼル様自身が『謀反の疑いあり』と判断されてその場で処刑されかねませんでしたよ」
心なしか、背後の黒からも同じようなジト目を送られているような気がするライゼルである。
どうにも居心地が悪かったので、一応、こう付け加えておいた。
「私は大将軍殿の“お気に入り”だからな。難癖付けて処刑などできんだろう」
「貴方はもう少し、御自分の身を大事にするべきです」
しかし効果は薄かったようで、強い口調でそう言われてしまった。
やれやれ、と肩を竦めつつ、ライゼルは窓の外へと視線を遣った。
……今頃はキバットがナイトレイドのアジトでみんなに話終えている頃だろう。
首を斬り落とすことに快楽を見出す危険人物。ライゼルとの交戦で手傷は負わせたものの、致命傷には程遠い。
だが、それでも傷を癒すために行動は控えるはず。その間は無理に探し回る必要はないーーと、あの場で“そう思っておいた”。
ほんの刹那のような邂逅だったが、その間の戦闘行為でライゼルは既に帝具「スペクテッド」の能力は見切っていた。
(帝具スペクテッド。その能力は五視の力。奴自身の話によればその内二つは既に判明している)
洞視。相手の表情から思考を読み取る力。
未来視。筋肉の機微で相手の次の行動を読み取る力。
(…………それと、“僕”自身の体験からもう一つ)
忌々しい思いと溢れ出しそうになる危険な感情を理性の檻に強引に閉じ込めて、虚空を睨む。
幻視ーーその力は恐らく、相手にとって“最も大切な存在”を見せる。
あの時、自分が見た人はーー
「ーーさま。ーーライゼル様!」
「ーーッ、ああ。スピアか。どうした?」
自身を呼ぶ声に、思考の海に沈んでいた意識を引っ張り出される。
どうやらかなり考え込んでいたのか、自身を見詰める見慣れた女性の顔が、心配するような色を帯びていた。
「『どうした?』ではありませんよ。一体どうしたんですか?心此処に在らずと行った感じでしたけど……私が呼びかけても反応しませんでしたし……」
「……ふっ。すまぬな。少々考え事をしていた」
事実を言うわけにはいかないので、そう誤魔化すしかない。
「考え事ですか?……と言うと、先程のショウイ殿の話ですか?」
幸い、そんなライゼルの言葉に上手い具合に誤魔化されてくれたようで、そう言ってくる。実際、彼女の考えが間違っているわけではないのだが、ライゼルにとっては特に意外と言うわけではない。ーーが、そのことをわざわざ指摘するつもりはない。
「まぁそんなところだ」
表情を変えることなく特に否定も肯定もしない言い回しでこの話を自然に打ち切ると、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干して立ち上がる。
そのままの扉の方へと歩み寄る。
「どちらへ?」
「気分転換がてら危険種の討伐でもしに郊外へ行く。ーー折角だ。お前も来るか?スピア」
「差し支えなければ、是非」
「決まりだな。では早速準備して行くとするか」
そう言って、ライゼルは扉のドアノブに手をかけた。
「んー、どうやら“あの男”は部屋から出るつもりはないようだな」
時計塔の屋根に上に器用に佇みながら、ロングコートを身に纏った男は呟く。
男の名はザンク。通称「首斬りザンク」と呼ばれる狂気の殺人鬼。ーーそして、夜中に街を散歩していたライと偶然鉢合わせてその逆鱗に触れてしまった男でもある。
傷はまだ完治しきってはいないものの、別にこの程度ならば戦闘行為に影響はしない。
「あの男がいないのなら、心置きなく俺は首斬りに専念できるな」
ニタリと唇が笑みの形を形作り、不気味に笑うザンク。
その額には、大きな目玉ーー帝具スペクテッドが装着されていた。帝具の瞳で街を見回し、更に笑みを深くする。
その視線の先には、何時かの手配書で見た人物が映し出されていた。
「辻斬りに加えて殺し屋まで闊歩するとは、物騒な街だねぇ、此処は」
愉快愉快と笑いながら、ザンクは映し出された“獲物”の品定めを行っていた。
「……決めた」
手配書でその姿を見た時から気になっていた。ザンク自身も噂でよく聞く名前でもある。
「美味しいものは、先に頂いてしまおう」
その視線の先には黒い長髪を風に揺らす、刀を携えた紅い瞳の少女が、見知らぬ顔の少年と共にいた。
首斬りザンクの始末のため、ナイトレイドは二人一組となり帝都へと来ていた。
ナイトレイドの新米、タツミはアカメとペアを組んで人気のない街中を散策していた。
「しっかしすげぇな。此処まで来るのに誰とも合わないなんて」
辺りを見回しながら感心したようにタツミはそう言う。
「兄さんの主な任務内容には私達が入り込めない宮殿内での情報収集だが、それとは別に私達の任務を速やかに実行できるようになるために裏から手を回すのも兄さんの仕事だ」
今回で言うならば、帝都警備隊の巡回経路がその最たる例だろう。
キバットを介してライが与えた情報は相手の帝具の能力を含め、様々である。
心なしか自慢げに胸を反らすアカメに苦笑いを一つ。何時もは感情を読み取りづらいこの少女だが、兄が関わると途端に年相応の少女のような表情を見せる。
「へぇ……。それにしても、全然出てこねぇな」
街を散策し始めてからもうすぐ一時間が経過しようかと言う頃だ。
「キバットの話では兄さんに手傷を負わされたらしいからな。二人でいることを警戒しているのかもしれない」
「ふぅん……」
単純にライが読み違えた可能性もあるんじゃ……と思ったが口にはしない。口にした瞬間アカメの村雨に一刀両断されそうな気がするので。此処数日で口は災いの元と言うことを理解しているのである。……なお、某糸使いがタツミの理解に一役かっているというわけではない。ないったらない。
「なら、一旦別れてみるのはどうだ?」
「……相手は帝具持ち。今のタツミでは無理だ」
無表情で首を横に振る。表情の変化が乏しいので初対面の相手には誤解されるのだが、その実彼女は非常に仲間思いなのである。
そんな彼女が仲間を危険に晒すような行動を易々と許可するわけがないのは分かっている。もとより了解が取れるとは思っていないわけだし。
そういうわけなのでタツミは潔く諦めて、アカメと共に大人しく標的探しをすることにした。ーーのだが。
「……流石にそうホイホイ簡単に出てくるわけねぇよな」
「根気よく行くしかないな」
辺りの店は全部締め切っているおかげで、指名手配中のアカメも堂々と街中を歩くことができる。
そんな二人は標的探しを一時休憩し、店の前の長椅子に腰かけていた。
ぼやくタツミに携帯食料をパクつきながらアカメがそう言う。
アカメの言葉はもっともなので、「そうだよなぁ」と適当に返しーー不意に、タツミが体を震わせた。
「ちょっと失礼」
そう言って立ち上がったタツミに、
「トイレだな」
「…………」
何の遠慮もなくストレートに言い直されて沈黙。
殺し屋とは言え女の子の前なので気を使ったわけなのだが、まさか向こうからその気遣いを無駄にされるとは思ってもいなかったタツミである。
「……はぁ」
尿意を開放し、ホッと一息つきながらも自嘲するように笑う。
「緊張してんなぁ、俺」
半強制的とは言えナイトレイドに加入してから任務をこなしてきたが、帝具使いとの戦闘はこれが初めてである。いや、まだ戦闘になると決まったわけではないのだが。
しかも相手は首斬りを楽しむ危険人物。酔っ払って隙だらけだったオーガの時とは条件が違う。
こちらにはアカメがいるーーそう無意識の内に自分とそう歳の変わらない少女に頼っている自分が嫌になる。
はぁ、ともう一度ため息をついて、ズボンを引き上げる。ーーと、不意に視線を感じて振り返る。
「ーーえっ?」
その瞬間、思考が停止する。
あり得ない、と思いながらも目の前にある現実がその考えを否定している。
何故なら、そこにあるものは、視線の先に佇む人はーー
「サヨ……?」
ーー死んだはずの、タツミの幼馴染みの少女、サヨだったのだから。
タツミのその声が聞こえたのかそうでないのか、サヨは何も言わずに去って行く。
「ま、待ってくれ!!」
大慌てでタツミはサヨを追って走り出す。その時、ナイトレイドのことは勿論、ライから伝えられた敵の帝具の能力のことも頭になかったーー
「遅いぞタツミ」
しばらくして、タツミの帰りが遅いことを不思議に思ったアカメが通路を覗きに来た。ーーが、そこにタツミの姿はない。
姿どころか、気配さえも。
「…………!」
自分達が分断されたと気付くのに、そう時間はかからなかった。
むしろ、アカメの経験と事前情報から考えればその考えに行き着くのは当然とも言えた。
そして、聞かされていた相手の帝具の能力から考えて、タツミはーー
村雨を握り締め、アカメはすぐさま走り出した。
何故か言葉を発しないサヨの姿を追いかけていたタツミは、ようやく立ち止まった彼女の前で息を切らしながらもう一度彼女の姿を確認する。
意志の強さを感じさせる勝気そうな顔も、身に纏う着物も、全てがタツミの記憶にある通りのサヨそのものだ。
「間違いない。サヨだ……」
言いながら、無警戒にタツミは佇む彼女に近付いて行く。
ーー実際の彼女はタツミと再会する前に帝国の貴族であるアリアによって嬲り殺しにされており、その遺体もナイトレイドのアジトのすぐ傍に丁重に埋葬されている。しかし、“大切な人”との再会と言う状況にタツミは正常な思考を奪われていた。
どれほど過去を克服した気になっても、人の心はそう簡単には変わらない。時間によって癒されるのは上辺の傷だけで、その奥底に刻み付けられたトラウマまでは癒えない傷として残り続けるように。
大切な人の死を受け容れるには、余りに時間が足りず、またそうするにはタツミはまだ幼かった。
「なんだよ……生きてたんじゃねぇかよ」
間近に見て、ますますその確信を強くする。
物心つく前からずっと一緒に育ってきた幼馴染みを自分が見間違えるはずがない。
「兎に角、よかった!」
瞳に涙まで浮かべて、力強くサヨの体を抱き締める。
だが、幸福に満ちたその瞬間はーー一瞬にして瓦解する。
「熱烈だなぁ」
聞き覚えのない男の声。
「我ながらいいモン視せて上げたらしい……」
「え?」
抱き締めていたサヨの華奢な体はゴツゴツとした筋肉質な男の体に変貌する。
見上げるほどの巨体の男の顔は、やはり見覚えはなく、
「こんばんは」
聞いた声もやはり聞き覚えはなかった。
唇を吊り上げて不気味に笑う男を力強く抱き締めている自分ーー途端に気持ち悪くなった。
「うげぇ!?サヨが怪しいオッサンに!?」
嫌な汗を垂れ流しながら弾かれるように離れる。
「オッサンよりもこう呼んでくれ」
両腕に装着した二本の剣を展開して、胸の前で交差させるように構える。
「親しみを込めて、『首斬りザンク』と」
一瞬、何を言われたのか分からずに、呆然とするタツミだが、徐々に思考が追い付き、理解が及ぶ。
そして、理解が及んだ次に生まれたのは、自分の大切な人を利用されたと言う純粋な怒りだった。
「お前が……」
剣を抜き放ち、構える。
しかし、それでもまだタツミは冷静さを失ってはいなかった。短い間とはいえ徹底的に体に叩き込まれたライの教えが功を奏したと言える。
怒りに侵されながらも冷静な部分で考える。相手は帝具持ち。自分一人では厳しい相手だが、分断された仲間を待てば勝機はあるはず。ーーだが、
「『分断された仲間を待てば……。だがそんな猶予があるか……』と、考えたろ」
「!」
考えていることが読まれたーーそれと同時に、事前に聞かされた情報が思い浮かぶ。
(そうか!アイツの帝具は心を読む力があるってーー)
「ピンポーン!なんだ、知っているのなら話は早いな。この帝具“スペクテッド”の五視の能力の一つ、“洞視”表情などから相手の考えていることが分かるのさ。観察力が鋭い、の究極系だな」
「いいのかよ?敵に自分の帝具の能力を教えたりなんかして」
「別に構わんさ。知ったところで対策の仕様もないだろ?」
確かに、表情から思考を読み取る力に対抗するなら顔を隠すぐらいしかないが、それだと自分の視界を遮る結果になる以上対して有効とは言えない。
ブラートのインクルシオなどの鎧の帝具ならばまだ分からないが、生憎今は此処にはいない。
「お近付きの印に干し首やろうか?」
「いるか!」
そんなもん貰ってどうしろというのか。
反射的にツッコミを入れながら、ふと思ったことを尋ねた。
「しっかしよく喋る奴だな」
「趣味はお喋りだからな。ちなみに……お前を見付けたのは“遠視”の力。夜だろうが霧だろうが遥か遠くまではっきり見通せる!」
「!」
ザンクが話しているその隙を狙って放った必殺の斬撃は、話を止めることもせずに呆気なく回避される。
攻撃後の隙を突いての攻撃を警戒して距離を取ったタツミに対してザンクは大人しく見送り、相変わらず話しかける。
「愉快だなぁ。トークの隙を突けばどうにかなると思ってるのか?」
ザンクの言葉は、寸分違わずタツミの考えていたことと同じで、ゾクリ、と冷たい汗が背中を伝う。
反射的に思ってしまったのだ。ーー自分ではコイツを倒せない、と。
「無理無理。お前の心全てが見えている」
額の眼球ーー帝具スペクテッドを指さしながらのその台詞に、タツミの体は一瞬竦み、
「うーーおおおおおおおおおお!!!」
内心の怯えを振り切るように雄叫びを上げて突進して行く。
だが、それでもザンクは慌てない。当然だ。心が読める以上、相手がどんな策略を練っていようと全てが筒抜けの状態なのだ。
読まれた策に、なんの価値もない。
「思い切り踏み込んで上段からの斬撃」
斬ッ、と力強く踏み込んで放ったタツミの斬撃が空を斬る。
「返す刀で切り上げ」
後ろへ下がった相手を追うように更に踏み込んでの切り上げは呆気なく防がれる。
「下段……は、フェイクで」
フェイントを入れたその攻撃は、
「喉笛を狙っての突き」
しゃがみ込まれて回避され、その上腹部を切り裂かれた。
「と……思っていただろう?」
薄ら寒い感覚が全身に広がり、タツミはその場で膝を着いた。
(強ぇ……今までの相手とは段違いだ……!)
自身の動きの全てが筒抜けの状態で、更にその思考をわざわざ口に出して言い当てられる。
静かな諦めが、タツミの心を支配して行く。
じわりと広がる傷口の痛みに思わず這いつくばるタツミに向けて、唐突にザンクが口を開いた。
「首を斬られた時の表情ってさぁ……たまらなくイイんだよなぁ」
それはまるで楽しむように、嘲るように。
「意外に多いのはキョトンとした顔でさ。『えっ?』っていう感じの……」
人の命を命と思わない、狂気に満ちたその言葉は、タツミの心に火を灯すのには十分で。
己の悦楽のために人を殺し続ける男への怒りが憎悪へ変わるのも不思議ではなかった。
余りの激情に痛みさえも忘れり、立ち上がって剣を構える。
「お前はどんな表情をするのかなぁ?愉快愉快」
「テメェ斬られる程、ヤワな首じゃねぇ!!」
そうして、首斬りと殺し屋は激突した。
一方その頃、タツミと分断されたアカメはーー
「タツミ……何処へ消えたんだ……?」
人気もない街で姿を消したタツミを探していた。だが、結果は芳しくなく、やや途方に暮れている時だった。
「タツミの居場所が知りたいのか?」
何処までも尊大で威厳に満ちた声。
ある種特徴的なその声には、聞き覚えがあった。
「お前は……」
勇ましくザンクへと再度戦いを挑んだタツミだが、有効打どころか掠り傷さえ負わせることが出来ずに苦戦を強いられていた。
再び鮮血が宙を舞い、地面に落ちて赤く染め上げる。
これで斬られたのは何度目だろうか?なす術もなくズタズタにされているタツミだが、その瞳に諦めはなく、なおも強気にザンクを睨み付けていた。
「いいねぇ。若いってのは真っ直ぐだねぇ」
被虐的な嗤いを浮かべながら、ザンクはタツミを嘲笑うように告げる。
「気に入った!俺の干し首コレクションに加えてやろうか?」
歯を食い縛り、せめて心だけは屈してなるものかとタツミはザンクを睨み付けた。ーーと、不意にザンクの猛攻が止んだ。
既にタツミは満身創痍。焦らずともすぐに始末できると思ったのか。それとも、何か別の思惑があるのか。ーーどちらにせよ、ロクなものではなさそうだが。
「愉快愉快。我ながら程よい傷を負わせたな」
「な……に……?」
肩で息をしながらその言葉の真意を問う。
「お前みたいな目をした奴の命乞いは心地いいからな。じっくりやらせてもらったのさ」
それはつまり、最初からそのためだけに手加減されて死なない程度に切り刻まれたわけか、と言われるまでもなくタツミは理解した。
理解してーー猛烈に腹が立って来た。
先程までとはベクトルの違う怒り。誰しも当然のように持っているものを、思い切り刺激されたからだ。
「さぁ……嘆願しろよ。仲間が来るまでの時間稼ぎになるかもしれんぞ」
被虐的な笑みを浮かべてそう言うザンク。対するタツミはペッ、と血が入り交じった唾を吐き捨てた。
コートの袖口で乱暴に口元を拭い去って、
「……ふざけんなよ」
ポツリと、そう呟いた。
「テメェみたいな首を斬るしか能のない腐れドブ鼠に命乞いなんてするわけねぇだろ!!!」
タツミ、怒りの咆哮に思わず固まるザンク。彼にとっても予想外だったのだろう。
てっきり命乞いをしてくると思った相手が、まさかブチ切れるとは思いもしなかったに違いない。
固まるザンクを余所に、真っ直ぐに剣を構える。
心が読まれている以上、色々と考えたところで無駄なこと。だったら、もう余計なことは考えなくていい。
シンプルに、ただひたすら一直線にーーこの一撃に、全てを懸けて!!
タツミの覚悟は、わざわざ心を視るまでもなくその構えを見れば伝わってくる。
「ほう」と感心したようにザンクは笑った。
「勇ましいねぇ。傷が痛いだろうに。特別にこの首斬りの達人が介錯してやろう」
ザンクの言葉には耳を貸さずに、地面を蹴る。
「いくぞ!!」
爆発的な加速力はザンクの予想よりも遥かに早く、結果、浅かったとは言え頬に切り傷を負わせた。
が、その代償とでも言うのか、交錯する間にタツミ自身も背中を横一文字に切り付けられていた。
しかし、それでもタツミは満足げに笑って、先程のお返しとばかりに嘲笑うように言ってやる。
「何が……首斬りの達人だ。斬り損なってんじゃねぇか……笑わせんな、ヘボ野郎」
安い挑発だ。しかも相手は満身創痍。負け惜しみとも言える言葉はしかし、ザンクにとっての“誇り”とも言える『首斬りの腕』を馬鹿にされたことで、一瞬で頭に血を登らせて激昂した。
「貴様ッ!!」
双剣を構えて止めを刺そうと向かってくるザンクの目の前に、上空から飛来した一本の刀が突き刺さった。
続いて舞い降りてくるのは、黒い長髪に紅い瞳の少女ーーナイトレイド、アカメ。
重さを感じさせずに地面に着地すると刀、村雨を引き抜いて、ザンクへ突き付けるように構えた。
「いい悪態だ。精神的にはお前の勝ちだな」
不敵に言い放つアカメ。彼らの勝敗が分かったのは別に少し前から覗いていたわけではなく、今の状況を見れば普通に分かることだろう。
「アカメ……!」
「ようやく見付けた。キバットには感謝だな」
振り向きつつ地面に倒れ伏すタツミにホッとしたように言って、次にその有様を見て表情を凍らせた。
「……待っていろ」
村雨の柄が軋む程に強く握り締めて、冷たい怒気をまき散らしながら一歩、また一歩とザンクとの距離を縮めて行く。
「すぐに終わらせて手当てしてやる」
仲間思いの彼女はこの時、非常に頭に来ていたのだった。
「……ふん。悪名高いアカメと妖刀村雨。愉快愉快。会いたかったぞ」
「奇遇だな。私も会いたかったぞ。任務だからな」
ザンクの挑発に同じく挑発で返して、油断なく刀を構えるアカメ。……任務だからな、のフレーズにどことなく私情が混じっているように感じるのは、タツミの思い過ごしなのだろう。そうに違いない。
「前菜を片付けたら俺の方から行くつもりだったんだが、そっちから来てくれるとはな。嬉しいぞ。主菜を探す手間が省けてなぁ」
相変わらず軽口を叩きながら、帝具の能力の一つ、“透視”を以て服を透過し、隠し武器の類がないことを確認する。
「アカメ……分かってるだろうけど、アイツの帝具は……」
「心を覗いてくる、だろう?確かに厄介な能力だが……動きに対応できなければ意味はない」
言うや否や地面を蹴り付け一気に加速する。
一瞬で接近し、斬り付けるーーが、防がれる。すぐさま返す刀で再び斬撃を見舞うも、これも防がれる。
そのまま高速で一合二合三合……と剣を合わせる。
心を覗かれようと、動きに対応できなければ意味が無いことは、既にタツミが立証済み。更に付け加えるならアカメの場合、一撃掠るだけでも即死させることができる。
村雨の能力故に、一瞬の気の緩みさえも許されない。その上アカメ自身も相当の使い手。
この戦いは一見するとアカメが不利に思えるものの、蓋を開けてみればほぼ互角の条件なのである。
アカメが振るった刀を双剣で受け止めた一秒にも満たない僅かな硬直時間に蹴りを叩き込む。
年頃の少女としてはやや長身の部類に入るとは言え、同性の中でもかなり大柄な男を蹴り一つで柱に叩き付ける有様はシュールとも言えるが、当人達にとっては笑ってもいられない。ーー何せ、一瞬の油断が命取りになる戦い。これは殺し合いなのだから。
勢い良く柱に叩き付けられたザンクをそのまま見送ることはせず、追撃で神速の突きを放つも、間一髪ザンクはこれを躱す。
だが安心してもいられない。なんとアカメはその細腕の何処にそんな力が秘められているのか、柱に突き刺さった刀を強引に動かし、“柱諸共”ザンクを切り裂かんと横殴りの一閃を放つ。
しかし相手もそれ相応の実力者。これも回避して、お互い一度仕切り直そうと距離を取る。
「は、速ぇ……」
満身創痍で地面に倒れたままのタツミは今の一連の攻防を見ていることしかできなかったが、それでも目で追えない部分が幾つもあった。
(あれが、帝具持ち同士の戦い……!)
ーー古来より帝具には、その強力な性能故に変わらず伝えられるある“鉄則”がある。
その規格外とも言える性能故に、殺意を持ってぶつかれば、例外なくどちらかに犠牲者が生まれる。
つまりーー帝具使い手同士が争えば、どちらかが必ず死ぬ。
ザンクとアカメは互いに帝具持ち。両者相打ちはあれど、両者生存の道はない。
(アカメ……!)
帝具もなく、戦う力も今はないタツミには、仲間の勝利を祈ることしかできなかった。
ふぅ、と肺に溜まった空気を吐き出して、改めて彼我の差を考える。
心を覗かれた状態で、両者互角。
(ならば……)
軽く息を吸い込んでーーふっ、と己の意識を無に帰した。
明鏡止水、と言う言葉がある。これは、一切の邪念や妄念、雑念を排して心を空っぽにした状態のことである。武術の世界においてはある種の奥義とも言える無念無想もほぼ同意。
『無意識・無殺意』の攻撃とは言葉で言うほど簡単ではない。そうであれば、武の境地とは成り得ない。
その境地を、アカメは十代の若さで会得していた。
「ほう。無心になったか。凄いな!」
心を読めるが故にアカメの状態をすぐさま察知し、自らも武人の端くれであるが故にその境地に至ったアカメを賞賛する。
「だが、このスペクテッドには未来視がある!」
相変わらずベラベラと、自分の帝具の能力を自分を殺そうとする相手に教える。
「筋肉の機微で……相手の次の行動が分かる」
それは余裕の表れなのか、それともーー
ーーザンクの言葉を裏付けるように、無念無想で放った、文字通り何も考えずに放った斬撃は、ザンクの双剣が危なげなく防いでいた。相手の能力は既に知っている。だからこそ動揺もなく離脱しようとしたアカメの動きよりも一瞬速く、ザンクの斬撃がアカメの太腿を浅く斬り裂いていた。
それに驚いたのはアカメではなく、タツミの方。
(アカメが傷を負うなんて、初めて見た……)
彼女の強さは、一度殺されかけたからよく知っている。その壮絶な過去に裏打ちされた強さも身に染みて。
だからか彼女が傷を負ったことは少なからずタツミの中に動揺を広げた。
一度距離が離れたことで少なからず余裕ができたのか、剣を突き付けた体制のまま「ふー」と疲れを吐き出すように息をついた。
「やれやれ……その刀、掠り傷も許されないってのは狡いねぇ」
ザンクの言葉に、律儀にアカメも応答する。
「私も心や動きを視られている……お互い様だ」
アカメの応答に気を良くしたのか、ザンクは再び口を開いた。
「なぁアカメ。お前、『声』はどうしている?」
「……『声』?」
怪訝そうにする彼女に同意を求めるように、ザンクは言葉を紡ぐ。
「ホラ……黙っていると聞こえてくるコレだよ」
それは、今に至るまで男を悩ませ、苦しませ続けていた亡者の幻聴。
男を恨み、早く地獄へ来いと怨嗟の声を響かせ続ける男に殺されてきた人間達の声。
「俺を恨んで、早く地獄へ来いって言い続けている」
笑いながらそう言う男はどう見てもマトモではなくて、明らかに狂っていた。
タツミはただ黙るしかなくて、アカメは黙って聞いているだけだった。
「刑場で毎日斬ってた時から聞こえたが、最近は特にヒデェ」
耳を塞いでも聞こえるその怨嗟の声に、何度眠れる夜を過ごしたのか分からない。
「俺は喋って誤魔化しているが、お前はどう対処してーー」
「ーー聞こえない」
男は何も、最初から異常者だったわけではなかった。ただ職務に忠実なだけの、誠実な男だった。
それが帝国の処刑場に務めることになったのが、この男の最大の不運なのだろう。
無実を主張する人間を斬り続けて、何の罪悪感も抱かないほど彼は残酷ではなかったし、犯した罪を平然と無視できるほど彼の精神は図太くなかった。
罪の意識に苛まれ続け、遂には幻聴が聞こえるほど追い込まれた男の心は摩耗し、壊れてしまった。
それが今の狂気の辻斬り、『首斬りザンク』へと繋がってしまった。
彼の問は、暗殺者として何人もの人々を手にかけてきたアカメに対して、シンパシーを感じたのかもしれない。自分との境遇を重ね合わせ、理解者が欲しかったのかもしれない。
「私には……そんな声は、聞こえない」
紅い瞳には何の動揺も迷いも浮かんでいない。ただただ何処までも澄んだ色が広がっていた。
「……なんと」
思わず、呻く。
「お前ほどの殺し屋なら、この悩み、分かち合えると思ったんだが……」
男の額で、目が開く。
五視の力を持つ帝具スペクテッドの瞳が、
「悲しいねぇ!!」
今再び見開かれた。
今度は何が来るのかと咄嗟に身構えたアカメの身体を、衝撃が襲った。
「え……あ……」
言葉にならない声が、唇から漏れ出す。
「おい!?アカメ!どうしたんだよアカメ!?」
明らかにアカメの状態がおかしい。敵の前で呆然として立ち尽くす彼女など、どう見ても正常ではない。
考えられる要因は、ただ一つ。
「まさか……」
「幻視」
タツミの予想を裏付けるように、ザンクが解説する。
「その者にとって最も大切な者が目の前に浮かび上がる」
ーー頭の中では分かっていた。
キバットが伝えに来た情報の中に、ライが実際に体感した能力と、その他の能力の予想で聞いていはいた。
だが、自分がそうであったように、一番大切な人がそこにいるという状況は、麻薬のように思考を奪う。
頭で理解していてもーータツミにサヨが斬れないように。
「アカメ!!見えてるのは幻だ!惑わされるな!」
ましてや、普段のアカメを見ていれば誰が一番大切かなど容易に理解出来る。
だが、彼女が見ているであろうその人物は偽者なのだ。
あらん限りの声を張り上げて、タツミはアカメに呼びかける。ーーが、
「無駄だ。一人にしか効果はないとは言え、催眠効果は絶大」
そして……
「最愛の者を手に掛けるなど、どんな手練であっても不可能……」
ゆっくりと歩み寄り、ザンクはアカメを殺すために剣を振り上げてーー
ーー瞬間、呆然と立ち尽くすアカメの姿が、銀髪の青年の姿とダブった。
「ッ!?!?」
意図せずして体が硬直する。
「何だ……?」
ザンクの身体が硬直したことを不審に思ったタツミが思わず呟いたその時だった。
「ーーッ!」
呆然と立ち尽くしていたはずのアカメが、突然息を吹き返したように刀を一閃したのは。
間一髪回避できたのは、奇跡以外の何者でもなかった。
それ程までに彼女の斬撃は鋭く、そして何の躊躇も迷いもなかった。
「な、何故だ!?一番愛する者の姿が見えたはずだ!」
ザンクの言葉に、迷いなく、アカメは答えた。
「最愛だからこそ……その姿を利用するお前が許せなかったんだ」
「な……ッ」
ーーそれは、単純な信頼とも愛情とも違う。
互いが絶対に裏切らないと心の底から信じているが故の、言うなれば、絶対的な“絆”。
「お前が考える程、私達の絆は脆くない!」
力強く断じたアカメに怯むように、ザンクは一歩、後ろへ下がった。
そしてその瞬間、
「うぐっ、き、傷口が……」
ザンクが思わず痛みに呻く。それまでは戦闘での高揚感が痛みを打ち消していたとは言え、あれ程激しい動きをしたのだから、治り切っていない傷口が開くのは当然とも言える。
「勝負あったな。傷を負っているその体では、満足に戦えないだろう……」
「くっ!」
地面が陥没するほどに強く踏み込んで、刀を構えて走り出す。
「まずは武器を葬る」
「ぬうああああ!!!死んでたまるかあああああああああああ!!!!!」
男の生への執着は、痛みという肉体の感覚を一時的に遮断し、男に剣を振るわせる。
二人は衝突し、激しい連激の応酬となる。
(先に殺す!未来の動きが見える俺が有利!!)
だがーーザンクの攻撃は既に見切られ、掠り傷一つ与えられない。
アカメ自身も易々とその命に刀が届くとは考えていない。ならば、邪魔な障害を取り除いてしまえばいい。
ピシッ、と金属に罅の入る致命的とも言える音が響く。
(いかん……剣が折れる!?即座に殺し切れん!なます切りにする前に剣が……!!)
そうこうしている内に、剣に入った罅は徐々に広がって行きーー
下段からの切り上げに遂に耐え切れずに腕が跳ね上げられ、剣が無惨に砕け散る。
そこに残ったのは、無防備な体勢を晒すザンクと、妖刀を構えたアカメ。
「葬る」
斬ッ、と急所の喉を切り裂かれた。
血を吐き出し、地面に崩れ落ちるザンクを見て思わず「やった!」と歓声を上げるタツミ。
(今回は助けられたけど、俺ももっと強くならないとな……)
決意を新たにするタツミを尻目に、アカメは倒れたザンクへと口を開いた。
「これでもう、呻き声は聞こえないだろう」
ーーもう随分と忘れていた静寂の世界。ずっと頭を悩ませ続けていた死者の幻聴もそこにはなく、ただただ静かな世界がそこにはあった。
(音が……止んだ……)
「……ゆ、愉快愉快……」
皮肉にも、死の間際になってようやく男は悩みから解放されたのだ。
「ありがとよ……アカメ」
自らを殺し、そして同時に救ってくれた殺し屋の少女に礼を言って、男は息絶えるのだった。
何と言うか今回は色々と詰め込みすぎました。
本来ならエスデス初登場まで書きたかったのですが、その前に作者が真っ白に燃え尽きまして。……ぶっちゃけ限界です。
そんなわけで中途半端に終わらせました。……嗚呼、有言実行がまるでできてない。ごめんなさい。ホントゴメンなさい(ToT)
本来ならザンクの幕引きはライにやらせるつもりでしたが、この作品でアカメが全然活躍してない上に口癖の「葬る」も言っていなかったために彼女が決着を付けることになりました。
……当初の予定ではブチギレたライがダキバに変身して圧倒的な力でザンク蹂躙する予定だったんですが。世の中ままなりませんね。
つらつらと文章書き連ねた結果無駄に長くなった上に大して上手くもないという。もう、自分の文才のなさに慟哭です。
それと、話は変わりますが、特別編の募集、これ以上でないようなら今ある分からアンケートとなりますが、それでよろしいですか?
ちなみに、今ある意見だと、
ナイトレイド全員アニマル化(某三名以外の動物も書いてくれると助かります)
ライ過去編(キバの入手当時のこと)
ライvsブラート
作者から、シスターズとの有り得たかもしれないIFストーリー
そんなもんより本編かけよ
こんなところでしょうか?意見の方は活動報告の方にどんどん書き込んでくださって結構です。……だいぶ遅筆にはなりますが、頑張って書きます。
次回、エスデス登場……させます。多分。
駄文ですが、感想及びアドバイスや意見その他、いつでもどこでもお待ちしておりますので、どんどん書き込んでください。でないと寂しくて作者のラビットハートが砕けます。
それではみなさん。また次回。