激しい頭痛を感じ、目を覚ました。酷い吐き気と嫌悪感が絶え間なく襲いかかってくる。自分の身に一体何が起こったのか、まるで分からない。『分からない』と言うよりも、『はっきりと思い出せない』が正しいだろうか。
記憶はある。自分は艦娘、栄光ある第一航空戦隊、航空母艦の加賀。
作戦行動中に敵艦隊に奇襲を受け、隊列が乱れ、敵戦艦の砲撃をまともに食らってしまった──そこで記憶は途切れている。
自分の左腕には点滴の針が刺さっており、空っぽになった輸血瓶が見える。
どうやら、誰かに助けて貰ったようだ。
点滴の針を引き抜き、不要となった包帯を取りながら上体を起こす。辺りを見回すと、点滴用の道具に、診察台が無数確認できる。そして、自分が今まで寝ていたのも、診察台だった。
おそらくは診察所だろう。最も、この場所を医療施設と呼ぶには、些か汚すぎるが。抜けた穴に汚れた壁、使ったまま放置されたであろう血の付いた医療器具に、捨て置かれた大量の注射器の残骸。ドアのガラスは所々割れている。戦場での一時的な野戦病院なのだろうか。いや、にしては辺りが静かすぎる。衛生兵もいなければ、自分以外の患者と思しき人も見つからない。
診察台から降り、少し身体を動かす。どれくらいの間寝ていたのかは分からないが、鈍っていてはまずいと思っていたのだが、想像していたよりもよく動く。いや、前よりも動かしやすい気すらしてくる。
どうなっているのか全く分からないが、今一番優先すべき事は自分の艤装を見つけることだ。自分の半身でもある艤装がなければ、艦娘としての存在意義がなくなってしまう。
少し歩いて探してみるが、どこにも見つからなかった。その代わりに見つけたのが、誰かの書き置きだった。余程急いでいたのだろう。何が書いてあるのか、全く読み解けない。そもそも日本語ですらない。
そのほかには何も無く、扉が二つだけ。しかも片方は開かない。奥からも人の気配は感じられず、もう片方の鍵の掛かっていない扉を開ける。
その瞬間、風に乗ってすさまじい腐臭が漂ってきた。死の臭いだ。先ほどからの不快感がさらに増し、胃の中のものが逆流しかけるのを気力でこらえる。
この先で人が死んでいる可能性がある以上、敵が近くにいるのは明白。臨戦態勢を取りながら、目の前の階段を下りていく。艤装どころか、まともな武器すらないが、ただ黙っている訳にはいかない。
下の階にたどり着くと、より一層臭いが強く、そして濃くなった。それに加え、聞きなれない音が聞こえてくる。
慎重に部屋の内部を探ると、薄暗い室内の奥の方に人影が辛うじて確認できた。
見慣れない格好に、見慣れない獲物。そして、その下にあるのは────
「どこもかしこも獣ばかり……か。まったく、その通りだ」
異様な形のノコギリを振り下ろし、足元の何かを引き裂きながら男は呟いた。
そして、次なる獲物を見つけ、此方に唯ならぬ殺気を向ける。
深海棲艦とは質が違う、怨念や復讐と言った類いのものではない。ただ此方を殺す為だけのもの。
艤装があれば兎も角、素手で挑むのは無謀と判断し、両手を上げながら男の前へと歩いていく。
「……む?
と、途端に色濃い殺気が消え、男は構えていたノコギリを下ろしていた。
意思の疎通は可能のようだ。
「──まともな者、という言葉の意味は分からないけれど、私は正気のつもりよ」
「ほう……見たところ、貴女も異邦人のようだが」
異邦。この男の顔つきから見ても、やはりここは外国のようだ。
運良く作戦海域から近い国に流されたのだろうか。
「言葉通りの意味だ。この街にまともな人間はもう数えるほどしか残っていない。今宵は獣狩りの夜だ。ここも時期に危険になるだろう」
「……獣狩り?」
「私もよくは知らないがこの街、古都ヤーナムに古くから蔓延っている風土病らしい」
曰く、このヤーナムという街では古くから『血の医療』と呼ばれる謎に包まれた治療法があり、その『血の医療』とともに古くから『獣の病』という、文字通り人が獣に成り果ててしまう風土病が流行っているらしい。
そして、その『獣の病』によって獣と化したモノを狩る『狩人』。
話を聞く中で、少し引っかかる物があった。『血の医療』を受ければ、どんなに酷い怪我でも即座に治ってしまうらしい。それは、まるで──
「貴女には何処かに避難して貰いたいが、この街の人間はよそ者を毛嫌いしていてな……この診療所も、獣狩りの夜の間は開ける事はできないと言っていたし……うむ……」
「
まだ自分の艤装を見つけていない。艤装がなければ深海棲艦と戦うという自分の本分を果たせない。それだけは、耐えられない。
それに少し、気になる事ができてしまった。もし彼に着いていく事ができれば、艤装を探すのと並行してそちらを調べる事もできるかもしれない。
そんな淡い期待をこめ、彼に頼んだ。
「危険だ。獣は貴女の思っている程甘くはない」
そう言って、先程刻んでいたものを指す。転がっているのは、自分の倍はあろう体躯の動物。犬のようで、狼のようで、人のようで、そのどれでもないように思えるそれは、正しく『獣』と称するのが適切だろう。
「このような獣が蔓延っているだけでは無い。この街の住人も血に酔い、血に犯され、既に獣と化している。それに貴女、夢は見ないのだろう?」
「……夢?」
「ああいや、気にしなくていい。しかし、安全な場所もない以上、何処か避難所を見つけるまでは共に行動する他ないか……」
何やら唸っているが、どうやら同行は可能のようだ。
──そういえば、何故自分はこの男と会話ができているのだろうか。日本語以外は、簡単な英単語しか話せないのに。
「少し待っていて欲しい。その格好では、この夜では目立ってしまうだろう。手持ちには無いが、ある場所に女性用の狩装束がしまってあったはずだ。直ぐに用意しよう」
そう言って自分の後方、上階への階段がある部屋に入っていき、床に突き刺さったランタンに近づくと、そのまま消えてしまった。
まるで男の存在が
動揺しつつ、自分もそのランタンの灯りへ近づいてみる。さっきまでは無かったはずだが、まるで最初からあったかのように灯るランタン。
その灯りの周りから、小さな何かが数体、沸いて出てきた。
とても痩せこけた小人、と表現するにはあまりにも気味の悪いそれに対して、小さな悲鳴をあげてしまったが、どうやら敵意はないらしい。
小刻みに動きながらこちらに手を振ったり、祈るかのように指を絡ませて掲げたりしている。
そんな中の一体が、灯りを指して手を招いている。灯りに近づけ、ということなのだろうか。
生唾を飲み込み、覚悟を決めてその灯りに手を近づけた。
艦娘
綺麗な海を取り戻すべく、敵と戦う少女たち
かつての戦争で活躍した艦艇の生き写しだというが、真相は昏い海の底である
少女たちが求める水平線の先は朝焼けか、それとも呪いか
一瞬、意識が飛び、全てが切り替わった。今までの事が夢だったかのように。或いは、夢を見ているかのように。
廃墟寸前の医療施設から一転、古びた家とそこへ続く道、庭と墓標。見上げれば汚れた天井の代わりに、どこまでも曇天が広がっている。
「君も新しい狩人かね」
自分の背後から、車椅子に乗った老人が声をかけてきた。いつの間に現れたのだろうか、気配は感じ取れなかった。その老人は右足が無く、木の棒を義足とし、車椅子に乗っているというのに杖を突いている。
その場から動くことも無く、老人は再び話し始めた。
「ようこそ、狩人の夢に。ただ一時とて、ここが君の「家」になる。私は……ゲールマン。君たち狩人の、助言者だ」
狩人の夢、と老人は言った。やはり夢を見ているのだろうか。
しかし狩人。狩人と言えば先程の男の事だが、何か関係があるのだろうか。それに、『君も』『君たち』と言っていた。
「私は狩人ではないわ」
「いいや。ここに居るなら、君は狩人だよ。今は何も分からないだろうが、難しく考えることはない。君はただ、獣を狩ればよい。それが、結局は君の目的にかなう」
「獣を、狩る……それが……」
「狩人とはそういうものだよ。直に慣れる……この場所は元々、狩人の隠れ家だった」
「隠れ家?」
「そうだ。血によって、狩人の武器と、肉体を変質させる。狩人の業の工房だよ。もっとも、今は幾つかの器具は失われているがね……」
決して老人の言うことに納得した訳ではないが、ここがなんなのか、これから先どうすればいいのか、全く手掛かりが無いのも事実。
この老人は私の事を『狩人』と言った。そして、この老人は『狩人の助言者』。ならば、私にとって有益な、
「なら、その失われた器具を見つければいいのね」
「ああ。見つけたなら、あとは君の自由にしていい。使うも使わないも、自由だ。残っているものも、全て自由に使うとよい。今宵はもう一人、狩人も居ることだ。暫くは彼と行動し、狩りというものを教えて貰うといい」
そう言って、老人は工房の方を指さした。そこから出てきたのはやはり、先程出会った男であった。革製の衣服を持って、工房から続く階段を降りてくる。そしてその後ろから長身の女性が狩人の後を追って歩いてくる。
その長身に、まるでお人形のような可愛らしい衣装は、まるで彼女の為だけに存在しているかのように似合っている。
「ああ、全て自由に使うとよい……君さえよければ、あの人形もね……」
老人が言い終わるのと同時に、狩人達が階段を降りきった。狩人は私がここに居ることに多少驚いているようだ。
「貴女、何故ここに?」
「……私にも分からないけれど、いつの間にか貴方と同じ『狩人』になっていたようね」
振り返ると、既に老人は去ったのか、姿は消えている。
狩人は少し思考すると、妙に納得したような顔をした。
「老ゲールマンには会ったのだな」
「ええ、少し会話した程度だけれど」
「そうか」
狩人はそれだけ言って、手に持っていた衣服を手渡した。
裾の長い厚い革のコートに、同じく革製のブーツ。厚い布で縫われたズボンに、古めかしい帽子、そしてこれは……なんの布だろうか。
「着方は人形に任せる」
「はい、狩人様。どうぞこちらへ、新しい狩人様」
そう言って工房の方へ手招きする人形と呼ばれる女性。彼女についていき、工房の中へ入る。
「改めまして──初めまして、狩人様。私は人形。この夢で、貴女様方のお世話をするものです」
お人形のようだとは思ったが、まさか本当に人形だったとは。
よく見れば、彼女の手は球体状の関節になっている。
人形が動いている、その事に静かに驚くが、自分たちも似たようなものだ。それにここは『夢』。多少現実離れしていることくらい珍しくはないだろう。そう考えることにした。
人形の言われるがままに、ヤーナムでの標準的な狩装束というものを着込んでいく。用途の分からなった布は獣の返り血から顔を守る為のマスクだったらしい。
ズボンやブーツはあまり履き慣れていないが、それでもかなり動きやすい。素早く動く為の、最低限の防御機能。陸上での戦闘を行うならば、こちらの方が都合がいいだろう。
コートには高所から安全に降りるためのロープや、ナイフが仕込んである。ナイフを使った戦闘も、一通りはできるが自信はない。使う事が無いことを祈る。
「これで完了です。衣服と履物はこちらへ仕舞って起きますので、必要になった時にはこちらから」
「ええ、分かったわ」
そう言って、人形は木製の大きな箱の中へ脱いだ衣服と履物をしまった。
「では、外へ参りましょう。狩人様がお待ちです」
狩人からは武器を受け取った。獣狩りに使用される『仕掛け武器』の斧と散弾銃だった。
散弾を獣に撃ち込み、怯んだところを斧で仕留めるのが良いらしい。
そして、斧の柄には伸縮機構が仕掛けられていた。単純ではあるが、リーチが二倍以上に伸びるため、獣から離れていても攻撃を当てる事ができる。これが、この斧が『仕掛け武器』と呼ばれる所以。
重いことには重いが、普段身につけている艤装に比べれば大したことも無い。慣れれば難なく振るうこともできるだろう。長物はあまり得意では無いため、暫くは無様に振り回すのが関の山だろうが。
弓矢は無いのだろうか。
「一つ、いいかしら」
「ああ」
「弓と矢はあるかしら?」
「────」
狩人は一瞬呆けたのち、静かに言った。
「無い」
「……そう」
無いのならば仕方ない。
それからは輸血液による傷の治療、血を触媒とする水銀弾の使い方、現状などを教えてもらい、水銀弾緊急補充用の道具を貰った。
そして足元に三人出てきた使者からは、小さな玉を受け取った。
良く観察してみると、蕩けた模様のせいで分かりにくかったが間違いなく人の目玉だった。血走っていて、瞳孔が蕩けた、人の瞳だったのだ。
反射的にその瞳を落としてしまったが、足元の使者の一人が掴み取り、もう一度差し出してくる。
「……それが、私に必要なの?」
使者に向かって聞くと、三人の使者は揃って頷いた。
嫌悪感が凄まじいが、渋々受け取りポケットへ仕舞う。
ともかく、準備は整った。無くした艤装と、僅かな疑念を解きにヤーナムの街へ。
「では、手を。試した事は無いがもしかしたら共に同じ目的地へ行けるかもしれない」
差し出された手を取ると、狩人は空いたもう片方の手を墓標前の使者にかざした。
狩人の夢と現実の行き来の仕方は人形から聞いている。階段横の墓標にいる使者が案内をしてくれるらしい。
行先は──
「『オドンの地下墓』へ」
狩人がどこか場所の名前を唱えると、また自分が薄れていくのを感じ、ついに意識が飛んだ。
獣狩りの斧
狩人が獣狩に用いる、工房の「仕掛け武器」の一つ
斧の特性はそのままに、変形により状況対応力を高めており
重い一撃「重打」とリゲイン量の高さが特徴となる
元がどうあれ、獣は既に人ではない
だがある種の狩人は、処刑の意味で好んで斧を用いたという
血に酔った狩人の瞳
血に酔った狩人の瞳。瞳孔が崩れ、蕩けており
それは獣の病の特徴でもある
血に酔った狩人は、悪夢に囚われるという
悪夢の中を永遠に彷徨い、獣を狩り続ける
ただ狩人であったが故に
夢から目覚めると、そこは墓地だった。しかし、自分が知っている墓地とは違い、かなり荒らされているように見える。
ただ荒らされているのではなく、粉々に砕け散った墓標、壁や地面に残る爪痕からここで獣狩りが行われた事が分かる。
狩人は何も言わない。恐らくは彼が関係しているのだろうが、とても問い質す気にはならなかった。
狩人は真新しい墓標の横を通り抜け、階段を登った先の門を開けた。それをただ黙ってついて行く。
進んでいくと、水の溜まった広間に着いた。
折れた木材や積み上げられた土嚢、棄てられた椅子、そして排水口。この場所は下水道かなにかなのだろうか。そう思うと、今足元を濡らしている水に酷い嫌悪を感じずにはいられなかった。
真上に繋がる梯子が一本架かっているだけで他に道は無く、それを登るしか先には進めない。
「先行する。上の安全を確認したら合図する。それまで待て」
「……わかったわ」
「獣には気をつけろ」
そう言って狩人は梯子を登って行った。
数秒の後、狩人から登ってこいと合図が送られてきたので梯子を登っていく。
登りきった先は、想像していたような場所とは違い、書斎のような部屋だった。地下墓地に続く用水路とこの書斎が繋がっていることには多少の違和感がある。狩人と手分けして少し探索してみるが、上に続く階段の他には、走り書き殴り書きでまともに読むことができない紙と内容が理解できない本くらいしかない。
唯一読み取ることができたのは、机の上に置かれていたメモ用紙1枚だけ。それも、肝心の内容は結局意味が分からなかったが。
ビルゲンワースの蜘蛛が、あらゆる儀式を隠している。
見えぬ我らの主も。ひどいことだ。頭の震えがとまらない。
ビルゲンワース。聞いた事は無い。蜘蛛が儀式を隠す……見えない主……頭の震え……やはり分からない。
このメモを狩人に渡すが、狩人もこれらの単語に覚えはないようだった。
これの他には、狩人が工房で使える道具を一つ見つけたくらいで、それ以上は何も無いようだ。
「上へ行きましょうか」
「そうだな」
緩やかな螺旋状の階段を登ると、重厚な扉が現れた。鍵の類いは無いようで、狩人が力任せにそれを開ける。
扉の先は、見たことの無いような場所だった。石造りで、大量のツボとそこからお香が焚かれている。
狩人が小さく、「教会か」と呟いていたので、ここはこの地の教会なのだろう。座り込んでいた赤い外套を纏う浪人から話を聞いたところ、ここはオドン教会という場所らしい。獣が嫌う香を沢山貯蔵してあるため、しばらくは安全だそうだ。
狩人にここに残るよう提案されたが、少なくとも艤装を見つけ出さない限りは帰るに帰れない。この街について調べたいこともあるが、何よりこの場所には少し嫌なものを感じる。舐め回すかのような視線、嫌悪感。立ち寄ることはともかく、長居はしたくない。
その旨を伝えると、溜息混じりに狩人は了承した。
先へ進む狩人に着いていく。特にこれといった道は無く、目の前の長い階段を上って行くしかないだろう。門が閉まっているようだが、開けることはできるのだろうか。
そんな事を考えていたから反応が遅れた。
出入口横の捨てられた荷車の影に潜んでいた大男の杖による打撃を狩人がモロに食らい、倒れてしまった。咄嗟に動けず、次の標的と言わんばかりにこちらを伺っている。
動かなきゃ。そう思っても、身体は言う事を聞かなかった。突然の会敵に、慣れない戦闘距離。そして、相手が異形ではなく、人間であるということ。今までと全く違う戦闘に追いつけず、ただ意識だけが加速され、目の前に迫る大男に対しただ呆然としていた。
はぐれてしまった艦隊のみんなはどうなったのだろうか。無事に帰投できたのだろうか。赤城さんは、瑞鶴は──彼女たちは今何をしているのだろうか。作戦行動中行方不明となった私を探しているのだろうか。
私の代わりに、飛龍か蒼龍を連れて、海域奪取のために戦っているのだろうか。
まだ死ねない。死にたくない。そんな一心で、大男の一撃を避けようとした。
「それでいい。生きようとする意識こそが重要だ」
その言葉と同時に乾いた銃声が鳴り響いた。
予想外の
その隙に狩人が素早く近付き、獣のように指を立て、その手で大男の腹を裂き、内蔵を抉り出した。
大男は呻き声を上げながら絶命し、返り血によって血塗れとなった狩人が振り返る。
あまりの光景に絶句してしまうが、気を強く保ち狩人に礼を言う。
「ありがとう。助かったわ」
「気にするな、最初は皆そんなものだ。だが、生きようとする
「……えぇ、そうね」
「……戻るか?」
「いえ、もう大丈夫よ。心配ないわ」
「そうか。ならば、一匹は任せて良いな?」
そう言いながら階段の先を見上げる狩人。その視線の先を見ると、そこに転がっている大男と同じ格好をしたものが今度は二人、階段を降りてきていた。明確な敵意を感じる。同じく、自分たちを殺しに来たのだろう。
「えぇ。今度はしっかりやってみせるわ。相手が人間であろうと」
「いや、人ではない。獣だ」
「──そうね。獣だったわね」
狩人が動き出し、その後に続く。階段の上という地の利を取られているが、ならばこちらも上を取ればいい。迫り来る大男の攻撃を狩人は独特なステップで躱し、背後から強力な一撃を叩き込み、隙を付かれた敵がよろけた所を先程と同じく、しかし背後から背中を切り裂き内蔵を抉り出した。
こちらは前転で攻撃を躱し、素早く地の利を取り、散弾で無理やり隙を作り、走って近付き斧でひたすら切りつけた。やがて大男は動かなくなり、何回も振り下ろした斧が首を落としたところでようやく、身体が止まった。
息切れが止まらない。落ち着けない。今までもやってきたことと変わらないはずなのに、目の前の事実が重くのしかかってくる。
深海棲艦も、獣も。変わらない敵のはずなのに。
実感してしまった。
「初めてにしては上々だが、あまり力み過ぎるな」
「……」
返事をする気力もなかった。息を整えているうちに狩人は辺りの散策を終えていたようで、目の前の門はこちら側からは開けれないという事がわかったらしい。ひとまずオドン教会まで戻り、次は教会内の脇の出入口を出た先の広場へ。手掛かりなどひとつもない状態なので、文字通り虱潰しに歩き回っていくようだ。
広場には、先程のように二人の大男が徘徊していた。その二人を、また先程のように狩人と手分けして処理していく。
まだこの手で肉を切り裂き、潰す感覚は慣れないが、それでも先程よりは落ち着いて片付ける事ができた。
広場を散策する狩人の後を着いていく。ふと、なにか見つけたらしい狩人は墓標の裏手に回っていった。自分はその少し後ろで待機している。何を見つけたのだろうか、帽子と顔を覆う布を外しているように見えるが。
狩人の方へ意識を割きすぎていたのだろうか。それとも無意識下で敵は居ないものと思い込んでしまったのだろうか。
まだ何者かが残っていたことに気付いたのは、攻撃を受けてからだった。
最も警戒していたところで、なにが居たかなど、気が付くはずもないのだけれど。
「──!?」
身体に激痛が走る。縛られたかのように身動きが取れない。叫ぼうにも声が出ない。1秒も経たないうちに足は地を離れ、身体はオドン教会へと吸い寄せられていく。
訳が分からない。脳が思考を拒否している。
見えないなにかと目が合った。
あまりの出来事に脳が叫び、血を吐いた。
そして、見えない何かは自分を持つ手の力を更に強め、ゆっくりと握り潰す。
意識が無くなる瞬間、誰かの声が聞こえたような気がした。
輸血液
血の医療で使用される特別な血液。HPを回復する
ヤーナム独特の血の医療を受けたものは
以後、同様の輸血により生きる力、その感覚を得る
故にヤーナムの民の多くは、血の常習者である
水銀弾
獣狩りの銃で使用される特別な弾丸
通常の弾丸では、獣に対する効果は期待できないため
触媒となる水銀に狩人の血を混ぜ、これを弾丸としたもの
その威力は血の性質に依存する部分が大きい
気が付いたら、オドン教会に居た。
何が起こったのだろうか。あの巨大な何かは……その事を考える度に脳が拒絶する。『頭の震え』とはこのことをいうのだろうか。
どうやってオドン教会に戻ってきたのかも分からない。あの浪人ならば何か知っているだろうか。
「──え?」
居ない。獣避けの香はそのままだが、それを管理しているはずの浪人が居ないのだ。
外に出たのだろうか。とりあえず元の場所に戻り、狩人と合流を──
「な──」
オドン教会から下の広場に出るための出入口がない。埋められているのでは無く、元々存在していなかったかのようだ。
「何故……」
考えてみても何も分からない。ならば動くしかない。
窓から零れる明るい光を見るに、おそらくは夜が明けて朝を迎えたのだろう。何にせよ、好都合だった。
そうして、唯一となった正面の出入口から外に出た。
「──どうなっているの?」
さっき通ったばかりの場所かと思いきや、様子がおかしい。地はせり上がり──いや、波のように建造物を飲み込んでいた。
極めつけは、空。浮かんでいるのは、酷く崩れ、蕩けてた太陽とは思えない何かだった。
オドン教会前の広間に似ているが、違う場所のように思えてしまう。
──キリがない。一先ず、狩人との合流を急ぐべきだと判断し、階段を駆け上る。
階段の上に人影を見つけた。服装や被り物、武器が違うことから別人だろうが、きっと彼も狩人なのだろう。ちょうどいい、ここがどうなっているのか、彼に聞いて──
銃を、向けている。
誰に?
「ッ!」
身を引くと同時に銃声が響いた。階段を転がり落ちながら、自分に向けられていたことを理解した。
息を整え起き上がる。相手は狩人のようだが、もう人と獣の区別も付いていないのだろう。
敵対狩人は階段を降りながら仕掛け武器と思われる棍棒のような鉈を変形させる。
こちらも斧の柄を伸ばし、構えた。
敵対狩人が武器を振りかぶる。
刃が分かれ、重い鉄の蛇腹剣のように延びたそれは、しかし振り下ろされる事はなかった。
風切り音と共に、敵対狩人の後頭部に一本の矢が突き刺さった。
その一撃で狩人は絶命し、頭部から血を吹き出しながら倒れ、その姿を消した。
「アンタ、まともな狩人かね?」
頭上から声がする。見上げれば、階段を覆うように盛り上がった地形から出来た地面の橋に男がいる。妙な弓に矢を番え、こちらを狙っているようだった。
敵対の意思は無いことを示すため両手を上げると、男は弓を下ろして橋から飛び降り、着地して階段を降りてくる。身に纏う装束は酷く破れ、ただ肌に巻きついているようなものだが、あえてわざとそういう風にしているように感じる。
「貴方は?」
「シモン。アンタの事はいい」
シモンと名乗った男は、弓を剣に変形させてから懐にしまった。
弓……。狩人は無いと言っていたが、弓を使っている人はいた。予備はないのだろうか。あれば譲って欲しい。
「ここは狩人の悪夢。血に酔った狩人が、最後に囚われる場所さ」
その言葉に、先程消えた狩人を思い出す。彼は血に酔い、獣狩りの悪夢に囚われていたのだろうか。
消えたということは、悪夢から醒めたという事なのだろうか。
「悪い事は言わない、ああなりたくなかったら囚われないうちに戻りたまえよ」
それともなにか、悪夢に興味があるのかね?
その問いには、答えられなかった。
こんな所には居たくない。早く帰りたいと思っているのに、奥底でこの先を求めている。隠された蜜を求めている。
「ほう、それはそれは……。悪夢の内に秘密を感じ、それを知らずにいられない……。あんたもう、ビルゲンワースの立派な末裔というわけだ。そういう狩人なら、この悪夢は甘露にもなる。だが、注意することだな。秘密には、常に隠す者がいる。それが恥なら、尚更というものさ」
この場所には、何かが隠されているらしい。それが艦娘である加賀が、自分が求めている物なのか。
「餞別だ。アンタ、弓兵だろう?」
そう言って、先程懐にしまった弓に変形する剣と矢を数本渡された。
「何故?」
「まあ、分かるもんさ、この弓剣を見た時のアンタの反応だけで十分に。予備で持っていたやつだから俺の事は気にしなくていい」
「そう。助かるわ」
斧を置き、受け取った曲剣──弓剣を持つ。それは不思議と手に馴染んだ。仕掛けを作動させ、曲剣を弓に変形させる。
矢を番え、引き絞ると、矢が延びた。矢にも伸縮の仕掛けが施されているらしい。
「お気に召したようで何よりだ。じゃあアンタ、せいぜい血に飲まれないよう気をつける事だ」
そう言い残して、シモンは去った。
録にお礼もできなかったが、使える武器を貰えたのは有難かった。
「狩人の悪夢……その先の秘密……」
全く覚えはないが、何故か惹かれてしまう。
失くした艤装や、血の医療の謎も、この先にあるのだろうか。
獣狩りの斧を背負い、弓剣を手に、悪夢を漂う。秘密の先に、帰る場所を探して。
シモンの弓剣
医療教会、最初期の狩人として知られる、シモンの狩り武器
銃器を忌み嫌った彼のために、教会の工房が誂えた特注品であり
曲がった剣の大きな刃は、仕掛けにより弓に転じる
だが僅かばかりの友の他は、皆、狩人シモンを嘲った
弓で獣に挑むなどと
獣肉断ち
古い狩人が用いた「仕掛け武器」
硬い獣肉をすら断ち切るための分厚い鉄の鉈は
仕掛けにより刃が分かれ、重い鞭のように振るうこともできる
無骨で、力に任せるその武器は、洗練とは言い難い
故に古狩人の狩りは凄惨で、その姿は赤黒い血に塗れていた
もう、何度絶えたか覚えていない。扱える武器を持っている、安全な距離から射抜くことができる。そんなものは対して意味を持たなかった。
背後から奇襲されて死に、犬に噛み殺され、獣にも狩人にも囲まれながら体の形が残らなくなるまで嬲られた。
爆撃され、燃やされ、斬られ、折られ、撃たれ、噛まれ千切られ潰され喰われて殺された。その度にそれは夢だったかのように目覚め、今度は殺し返した。
頭を射抜き、首を刎ね、切り刻み、滅多刺しにして狩り殺した。
何度も何度も何度も何度も殺し、殺された。殺し、殺されながら辿り着いた死体溜まりでは、おぞましく醜い血に塗れたその中で、美しい聖剣を掲げる狩人に会った。何度も殺され、ようやくその臓物を抉りだし、首を落とした。
「狩人よ、光の糸を見たことがあるかね? とても細く儚い。だがそれは、血と獣の香りの中で、ただ私のよすがだった。真実それが何ものかなど、決して知りたくはなかったのだよ……」
嗚咽混じりに吐き出されたその言葉、そして獣と化しても尚、輝く大剣を手に狩人として狩りを全うしようとした彼に敬意を払い、最期は彼の大剣で介錯をした。
死体溜まりを超え、大聖堂の大仕掛けを起動した先の実験棟では、頭部が肥大化し、理性を失った患者に嬲られて殺された。棚に仕掛けられた罠にかかり、全身に酸を浴びて死んだ。一回り大きい患者にガードル台で頭を潰されて死んだ。
また同じように目覚めては暴れる患者たちを殺して回った。
実験棟では、血の医療と上位者なる物に関する研究が行われているようだった。
そこら中に散らばった蔵書を調べてみれば、血の医療に用いられる輸血液の効力などが書き連ねられていた。
曰く、患部に直接血を輸血する事で、傷を治す物なのだそうだ。そして、特殊な製法で造られた血は色が抜け、効力が上がるらしい。
その効果はまるで、負傷した艦娘に使われる修復材のようだった。
深海棲艦との戦闘で傷を負った艦娘を癒す修復材。それは軽傷から、助かるはずもない重症まで治すことができる。
任務の報酬や遠征の報酬で得られるそれの製法は誰も知らない。ただ大本営から与えられるだけなのだ。
「考えすぎ、かしら」
一度抱いた疑念を捨てる事はできず、そのまま実験棟を登っていく。
登っていくに連れて、患者たちの様子も変わっていった。頭部の消えた者、頭部だけとなった者。
その中の何人かが、妙な事を言っていた。
「恐ろしい、恐ろしいのです……この湿った、暗闇が……暗闇の底から…… ウアアアアアアッ!」
「ああ、マリア様、マリア様、お願いします。手を握っていてください……そうでないと、もう……溺れちまうよ……」
「……聞こえる……耳をすませば……水の音が聞こえる……」
「ねえ、あなた。海の音は不思議ね。嵐のようで、雨のようで、でもゆっくりと、滴るように、私の底から響いてくるの……。私の底から、やってくるの……でもゆっくりと、滴るようにね……」
湿った暗闇、水、海、溺れる。まるで何者かが患者たちを暗い海の底に引きずり込もうとしているかのように聞こえる。
そして、海。海は艦娘である自分とも深く関係している。
点と点が、繋がりかけていた。
「ああ、アンタ。どうだい、酷いものだろう。血を恵み、獣を祓う医療教会の、これが実態と言うわけだ。
だが、こんなものは、秘密ではない。
アンタ悪夢に、悪夢の秘密に興味があるんだろう?
だったらひとつ、忠告だ。
時計塔のマリアを殺したまえ。
その先にこそ、秘密が隠されている……」
シモンに言われるがまま、閉ざされていた巨大な扉をこじ開ける。
その先には向日葵のような大樹があり、それを囲うように花が咲き乱れていた。
そして、大樹に祈りを捧げている大きな何か。ナメクジのようで、人のようで、どちらでもない。
これが、上位者というものなのだろうか。或いは患者たちの成れの果てだろうか。
何度か殺され、その度に殺して、ようやく最後の一匹を仕留めた。
足元に鍵が転がっている。その一匹が持っていたようだ。
その鍵を使って奥への扉を開く。
扉の先は広間になっていた。巨大な時計仕掛けから光が差し込んでいる。その下では、誰かが椅子に座っていた。
いや、座って死んでいた。血を吐いた跡に、滴る血。そして小さなテーブルに置かれたグラスと写真。
「死体漁りとは、感心しないな」
死体を調べようとした手を強く引かれ、死んでいた女の顔が目の前に近づく。
とても綺麗な、まるで人形のような美しさと儚さだった。
不意に手を離され、数歩後ずさると、女も椅子から立ち上がる。柄に短刀が取り付けられている、特殊な形の刀を握ると、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
ここまで多くの狩人を狩って来たが、こんなにも強く鋭い殺気を放つ相手は居なかった。
距離は離れているというのに、常に喉元に刀身を突きつけられているかのように感じる。
「だが、分かるよ。秘密は甘いものだ。だからこそ、恐ろしい死が必要なのさ……」
女──時計塔のマリアは短刀の根元を握り、鋭い金属音と共に刀を二振りに分けた。
こちらも曲剣を弓に変形させ、矢を番え狙いを定める。
「愚かな好奇を忘れるようなね」
双刃に裂かれ、喉を貫かれ、腹を斬られ、血刃に斬られ、首を落とされ、血に焼かれ、心臓を貫かれて、死んだ。何回死んだかは、もう覚えていない。
何時までも続くと思われた攻防は、弓剣の突きがマリアの心臓を貫いた事で終わりを迎えた。
消えた彼女の跡には大時計を模した丸い板──星見盤が落ちている。
それを拾うと時計塔の大仕掛けが起動した。
巨大な時計が幾度も廻り、長針と短針の間に1つの道が開かれた。
何となく、この先には行ってはいけない気がする。
隠された、知るべきではない事。艦娘である自分は知らなくていいような事。
「後戻りはできないわ」
シモンに言われたからでは無い。鎮守府に帰るため、赤城の元へ帰るため、その手掛かりを探さなければならない。覚悟を決め、先へ進む。
針の間を抜けると、湿った雨の音と、暗い海の匂い。そして──
「──ああ」
やはり、そうだったのか。
違える筈もない、この匂い。ここには深海棲艦がいる。
どのような経緯で発生したのかは分からないが、
「頭にきました」
伸縮の仕掛けを施された水銀の矢を自らの脚に突き刺し、鏃に血を吸わせ、弓で射る。
矢はたちまち艦載機へと変わり、飛翔する。
何故艦載機を発艦させることができたのか。それは恐らく、体に流れている『血』が関係しているのだろう。
その場で索敵しているうちに早速一匹見つけた。時計塔から抜けた先の一本道を異形が足を引きずって歩いている。
それを上空から機銃で打ち抜き、残骸となったそれに近づいてみる。
深海棲艦──にしてはずいぶんと老いている。深海棲艦の気配を確かに感じるが、違うものでもあるかのようにも思える。
──と、死体を観察していると不意に、それが動き出した。
何事もなかったかのように、老いたそれは立ち上がると、再び足を引きずりながら歩き始めた。
「ビルゲンワース……ビルゲンワース……
冒涜的殺戮者……貪欲な血狂い共め……
奴らに報いを……母なるゴースの怒りを……
憐れなる、老いた赤子に救いを……
どうか、救いのあらんことを……
……奴らに報いを……
赤子の赤子、ずっと先の赤子まで、永遠に血に呪われるがいい……
不吉に産まれ、望まれず暗澹と生きるがいい……
……憐れなる、老いた赤子に救いを……
ついにゴースの腐臭、母の愛が届きますように……」
何かを呟きながら、時計塔へ向かう老いた異形。切り伏せても機銃で撃ちぬこうとも爆撃しようとも起き上がり、歩き始めるそれを相手にするのは時間の無駄と判断し、先に進むことにする。
新たに五本の矢に血を吸わせ、そのすべてを艦載機として発艦させた。
一航戦・加賀の航空部隊が辺りを縦横無尽に飛び回る。
索敵しているうちに、この場所の全貌が見えてきた。
海に沈んだ村、漁村。
そして、その漁村に巣食う獣。深海棲艦。
奴らは砲や魚雷等の艤装を持たず、素手や槍、錨をもって村を徘徊している。
犬のように、或いは駆逐艦のように素早く動き回る個体、呪詛を呟き、呪いを振りまく個体もいる。
住民と思しき人影はない。深海棲艦によって壊滅させられたのか、それとも、始めから
なんにせよ、この漁村と深海棲艦が深く関係しているのは間違いない。
そして、深海棲艦は敵だ。
漁村の各所で爆撃が起き、爆炎が上がる。
民家の中、下、井戸の中、叩けば叩くほど湧いてくる。
それら全てを作業のように処理していく。
艦載機が落とす爆撃の雨の中を歩き、先へ進む。坂道を登りきった先には古い灯台があった。その灯台下から、崖に囲まれた海岸が見える。
「……あれは?」
海岸に横たわる、白く巨大な
ともかく、もう少しで海に出ることはできそうだった。
鯨のことは頭の片隅に追いやり、先を急ぐ。
道中、架け橋を渡っていると不意に鐘の音が聴こえてきた。
その不吉な鐘の音と共に、まるで行く手を阻むかのように一人の狩人が現れた。獣の皮を被り、獣の臓物を浴びた血濡れの狩人。
血濡れの狩人は右手に持つ槌を自らのはらわたに突き刺し、槌に血を吸わせ、血そのものを武器とした。
「秘密を探る愚か者には、恐ろしい死を──」
導き
かつて月光の聖剣と共に、狩人ルドウイークが見出したカレル
リゲイン量を高める効果がある
目を閉じた暗闇に、あるいは虚空に、彼は光の小人を見出し
いたずらに瞬き舞うそれに「導き」の意味を与えたという
故に、ルドウイークは心折れぬ。ただ狩りの中でならば
瀉血の槌
医療教会の刺客、狩人ブラドーの狂った狩武器
はらわたの、心の底に溜まった血を吸い
おぞましい本性を露わにする
それはまた、悪い血を外に出す唯一の方法だ
地下牢に籠もったブラドーは、そう信じ続けていた
刺客を退け、洞窟を奥へ奥へと進んでいく。
あの獣の皮を被った狩人は実体ではないらしく、殺してもまた鐘の音と共に蘇り、追いかけてくる。
本体の場所も不明。幸い足が遅いので、足止めだけして放置し、先へ進むことを選んだ。
洞窟の中にも、相変わらず深海棲艦は湧いている。
洞窟の中で爆撃すれば、生き埋めになる可能性があるため、剣と弓で一匹ずつ始末して下層へと下っていく。
下層の足元は地面のほとんどがナメクジで埋まっていた。
そして、そのナメクジの上に転がっている無数の大きな貝。
その中から出てきたモノは、この漁村で見てきた中で最も自分の知る深海棲艦らしい姿をしていた。
「潜水ヨ級……」
貝を引きずりながら襲いかかってくるヨ級に弓剣を突き刺す。
絶命したヨ級は水に溶けるように消えた。そして、それを皮切りに周りの貝殻から次々と身体を出すヨ級。
それら全てを切り裂き、貫き、射抜いた。
洞窟を更に進むと、流れる風が少し強くなった。出口が近づいてきたのだろうか。と、進んでいくと、道が途切れてしまった。目の前にあるのは縦穴だけだ。
風はこの奥から吹いている。
松明で穴の奥を照らしながら安全を確認する。
問題は無さそうだったので穴へ飛び込む。
下層へ降り、その光景に絶句した。
光が差し込み、風が吹いている抜け穴に向かって、多くのヨ級が手を合わせ祈り、あるいは懺悔するかのように平伏していた。
それぞれの個体、その全てが同様に洞窟の外へ向かって手を合わせていたのだ。
これだけの数がもし一斉に襲いかかってくるような事があれば、全てを捌き切る自身はない。
しかし、その考えとは裏腹にヨ級は動く素振りを見せない。
警戒しつつ、ヨ級の間を通って洞窟の外へ出た。
洞窟を抜けた先は、上の灯台下から見えた海岸だった。横たわる白く巨大な『なにか』も確認することができる。
その『なにか』の中で、蠢いている。
『なにか』の中から這い出た『老いた赤子』は
それは、今までのような戦闘ではない。一方的な狩りそのものだった。
老いた赤子は加賀に近付くことすら叶わず、絶え間なく降り注ぐ爆撃に蹂躙される。
感傷などない。
遂に老いた赤子は倒れ、骸となったその頭蓋を踏み砕いた。
これで、終わり──いいえ。
「まだ、終わっていない」
足元の残骸から、老いた赤子が産まれてきた『なにか』に目を向ける。
『なにか』の腹の上に、黒いモヤが浮き上がっている。
弓剣を弓から剣へ戻し、そのモヤを斬り伏せた。
「ああ、ゴースの赤子が、海に還る……
呪いと海に底は無く、故に全てを受け入れる……」
何かが頭の内側に響いてくるが、上手く聞き取れない。
段々と意識が遠のいていき、得物を握ることすら出来ない。
身体から力が抜けその場に倒れ、意識を手放してしまった。
ゴースの寄生虫
海岸に打ち棄てられた上位者ゴースの遺体
その中に大量に巣食う、ごく小さな寄生虫
人に宿るものではない
ただ握りしめて殴る、武器とも呼べぬ一匹だが
この虫は「苗床」の精霊を刺激するという
誰かが必死に呼びかける声によって、沈んでいた意識が浮上する。
長い永い夢から目覚めるような感覚。僅かに開くことのできた瞼の隙間から、眩しい太陽が目を焼き付けた。
「────! ─────!」
あぁ、この声は聞き覚えがある。五航戦の、反抗的な方。瑞鶴。
「────! ───ん!」
ボヤけていた声も、時間の経過と共に聞こえるようになってきた。
久しぶりに見た日の光にも、ようやく慣れてきた。
「……久しぶりね、瑞鶴」
「─か、─んぱいしたんだから」
痛む節々を無理やり動かして上半身を起こし、辺りを眺める。
何処かの海岸のようだ。自分の周りには、身に付けていた艤装が散らばっている。海の方から、何人かの艦娘がこちらに向かってくるのが見て取れる。捜索部隊だろう。
「迷惑かけたわね」
「──無事でよかった。帰りましょう、赤城さんも蒼龍さんも飛龍さんも翔鶴姉ぇも、みんな待ってる」
「ええ、そうね」
瑞鶴の肩を借り、海へ向かって歩き出す。
何かを、踏んだ。硬く、奇妙な何かを。
その何かに吸い込まれるかのように瑞鶴の手を抜け出し、砂に埋もれた何かを掘り出す。
「────」
「加賀さん? なんですか、それ」
掘り出した物は、妙な形をした、装飾の多い曲剣だった。
それを手に取り、思い耽る。ああ、夢ではなかった、と。
「……私の狩り物よ」
「借り物?」
「……帰りましょう」
弓などの艤装は他の艦娘達に任せたが、その曲剣だけは、手放さなかった。
……呪う者、呪う者。幾らいても足りはしない
呪いと海に底は無く、故にすべてがやってくる
さあ、呪詛を。彼らと共に哭いておくれ
我らと共に哭いておくれ……
……さあ、呪詛を
すべての血の無きものたちよ
すべての血の無きものたちよ
我らに耳をすましたまえ……