ある若き名優の死について。

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或いは──


ある若き名優の死

 拝啓、今は遠い地におります私の太陽であった貴女様へ。寒さが厳しい時期となりましたが、そちらは如何でしょうか。などと手紙のように書きはしましたけれど、これはあくまでも自ら死を迎える間際に自分の想いを綴るだけのものでしかなく、特にあの方に送るものではないのですが。むしろ送ってあの方に見られでもしたら顔から火が出て死んでしまうかもしれません。これから私は死ぬのですが、それくらいの気持ちです。

 

 さて、何から語るべきかとかと迷いましたが、やはりここは私の太陽でもあったあの方との出会いから始めましょうか。

 私は幼い時分より内向的な性格で、本だけが友達とも言えるようなそんな人間で、他人と何かをすることのない無味乾燥とした人生を歩んできました。それが変わったのが、高校二年の頃。急に行けなくなった妹からライブのチケットを譲り受けた時です。

 その時受けた衝撃は、それはもう素晴らしいものでした。少し目が痛くなる程のライトに照らされたステージはとても眩しく、けれどそこに立つ皆様はより眩しく思えました。その中でもギターを奏でるあの方に一際目を奪われてしまいました。確かに後に見たRoseliaのギターの方などに比べると幾ばくか拙いものではありましたが、楽しそうにギターを弾くその姿を見てるだけでこちらも楽しくなっていく感覚は、当時の私にとってはとても印象深いものでした。他のバンドメンバーの方々もとても明るく元気を貰えるものでしたが、やはり私にとってはあの方が太陽のように思えたんです。

 

 そして、そこからあの方のファン──子猫ちゃんになるにはそう時間はかかりませんでした。あの方のグッズは全て購入し、出演する劇にも行けるものは全て行きました。拙い言葉ですがファンレターなども幾つか書かせていただいたこともありましたね。そういった生活を何年か続けるうちにいつしかあの方は舞台の方でプロとして名を馳せ始めました。それに伴ってあの方を追い続ける難易度というのは上がっていき、否が応でも私は社会という輪に組み込まれることになりました。私の職場は内向的な人間でも働きやすく、それでも多少なりとも苦しい出来事などもありましたが、あの方を一目見られると思えば全てを乗り越えていけると思い日々を過ごしておりました。

 朝起きてあの方を想い家を出て、昼はあの方を想い労働に精を出し、夜はあの方を想い眠りにつく。そして休日はあの方の劇やライブ、もしくはグッズを巡るか自主制作。そんな生活をしている内、気づけば私の生活の全てがあの方に染まりきり、あの方を太陽と思うようになりました。一人暮らしであったこともあり家族とも疎遠であった私を止める者は誰もおらず、無論いたとしても止まるつもりはありませんでしたが、私はどんどんとあの方に堕ちていきました。子猫ちゃんとなり、あの方の光を浴びて、偶にあの方と触れ合わさせて頂く機会すらある。それだけが私の生きがいだと、心の底から思いながら。

 

 ですかそんな折、私がよく見るSNSに一つの投稿がなされました。それはあの方がお付き合いをしているというもので。

 別に、そのことは構わないのです。あの方とて人間であり、番を探す本能というのは持って当然のことなのですから。えぇ、それは仕方ないと割り切って忘れようとしました。ですがメディアは踊り続け、目を閉じても閉じてもあの方の情報が流れ続けて、遂にはそれを面白おかしく凌辱する輩までもが湧き始めたのです。それ故にあの方も活動を制限されてしまいました。その時の私の心情は本当に酷く、毎日吐くことが当然となり食事も碌に摂ることすら出来ませんでした。それはまさしく今の季節と同じ冬のようなもので、耐え難いほどの悪意という名の吹雪の中を迷い続けていたのです。そう、社会通念上に反することを考える程度には。

 そして、それを照らしてくれたのも太陽であるあの方。あの方は私よりも深く吹雪の中を彷徨っていた筈なのにそれでも屈することなく、自らの足で立ち上がり仲間やご友人、お付き合いしている方と共にこの問題を乗り越えたそうです。その軌跡を見てみたかったという気持ちがない訳ではありませんが、私はあくまで子猫ちゃんであり、傍観者でしか有りません。この話も掌を返したメディアの言葉ですし、どこまでが本当なのやら。

 

 それはともかく、あの方は辛く苦しい冬を乗り越えて自ら春へと辿り着かれました。そのことは、祝福するべきことではあったのでしょう。ですが、私の心は未だに冬に囚われておりました。太陽で空は晴れども積もり積もった悪意というのはそう簡単に融けてはくれなかったのです。

 その心に折り合いをつける為、私はあの方の晴れの場へと赴きました。壇上に立つあの方はいつにも増して麗しく、終ぞ恋愛を知らなかった私でさえ憧れに近いものを抱きました。それと同時に、旦那様となる方へ熱い視線を向けるあの方を見て、私はあることについて確信を得たのです。──私という子猫ちゃんにとっての太陽である、あの若き名優は死んでしまったのだと。

 勿論これが酷い八つ当たりに近いものなのは理解していました。ですがそれでもあの方は子猫ちゃんにとってだけの太陽であって欲しかったのです。そんな思いを抱き、私は決別の為にあの方に花を渡そうとしました。例え私にとっては死んだ太陽であれど、それは私の我儘でしかないのですから、私が去るべきだと。そう思ってあの方に別れの意やあの方がよくお使いになる「儚い」という言葉が使われている花言葉のアネモネの花をお送りしようとしました。ですが、そこで粗相をしてしまったのです。少々恥ずかしいですが、そういうのも含めて人生の終わりに相応しいと思い綴らせて頂きます。お目汚しになりますが、少しお付き合いください。

 それは、ある程度場が進み、あの方に花を渡そうとする際のことでした。あの方の元へ向かう最中、慣れない靴を履いていたせいか、つい足をもつらせ、テーブルに残されたワインや軽食を零してしまったのです。幸いあの方のドレスに掛かることはなかったのですが、軽食に使われたビーンズを踏み潰した感覚は今でも忘れられません。それでも、あの方は優しくて、自分のドレスが汚れることも厭わず私を助け起こしてくれて私の頬を撫でながら「大丈夫かい?」と優しく声を掛けてくださったのです。その在り方があの方が太陽であった時と重なり、けれど再び旦那様と話し合うその姿に太陽の死も再度認識してしまう自己矛盾に苛まれてしまって、恥ずかしい話ですがその場から逃げ出してしまったのです。

 

 そして、今に至ります。未だに冬の強い風は窓を軋ませていて、それが私の心の中の冬と繋がり、心が震えそうほど恐怖に蝕まれているのはこれから死を目前にしているからなのでしょうか。そういえば、私が死ぬ理由をまだ書いていませんでしたね。もしこれを見つけた方がいましたら、こうはならないように反面教師にしてくださると幸いです。ただあの方には見せないという点さえ守ってくださればこの手記は好きにして頂いて構いません。焼くなり警察に届けるなりご自由にどうぞ。私は何も悪いことなどしておりませんが。

 さて、私が死ぬ理由についてですが、まぁ単純な話で太陽が死んだこの世界で冬に凍えて生きるのが辛かったのです。春へと向かってしまった太陽は最早私のいる冬の地には何処にもなく、けれど全てを忘れてしまうにはあの光は暖かく、眩しすぎたのです。そんな世界に私はどう生きていけばいいのか分からず、悩んで悩んで悩んで悩んで悩み抜いた末に──自ら命を絶つことに決めました。

 家族には申し訳ないと思っています。お父さん、お母さん、このような親不孝者でごめんなさい。可愛い可愛い妹へ、疎ましい姉でごめんなさい。もし生きることが辛くなったとしてもこんなことはしてはいけませんよ。お姉ちゃんとの約束です。

 

 さて、おおよそ書き残したいことも書き終えたのでこれでおしまいにしようと思います。私が行くのはどうせ地獄でしょうが、巡り巡ってまたもう一度あの太陽に出会えることを信じまして、さようなら。

 




とある殺人犯が自殺する際に遺した、微かな真実と数多の嘘にまみれた手記。

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