トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇2021年12月 幻想殺し

 

 12月に入り、街はクリスマス一色に染まっていた。

 駅前の商店街には明るいクリスマスソングが流れ、コンビニもスーパーもデルフィーニが働く店でさえも、入り口付近にクリスマスコーナーを設置している。お店はもちろんだが、普通の住居も電飾で盛大に祝っているところもあった。小さなサンタクロースが幾人も家の壁を登っている装飾を見たときは、つい苦笑いが零れた。

 

「日本人って、クリスチャンはそこまでいないでしょうに」

 

 デルフィーニはため息交じりに呟いた。

 どうやら、同居人のマグルもクリスマスに脳を汚染されているらしい。わざわざ「もうすぐクリスマスだから、ちょっとお出かけ行こう!」と都心まで引っ張られてきてしまった。休日ゆえにそこそこ混雑している電車を乗り継ぎ、いまは地下鉄に乗っていた。ゴブリンの掘った鉱山よりも舗装された地下道を轟音で走っていく。窓の向こうは代わり映えのない黒い壁が高速に過ぎていき、自分たちの顔を反射していた。つまらなそうな自分の顔と、楽しそうに微笑んでいるマグルの顔を映している。

 

「あんたもさ、クリスチャンじゃないでしょ。ミサに行ってるところ見たことないわ」

「違うよ」

 

 マグルはあっさりと言い切った。

 

「というか、日本人の大多数は決まった信仰心なんてないんじゃないかな。クリスマスも楽しむし、お正月になったら神社やお寺にお参りに行くし――……」

 

 マグルはのんきな声で指を折り数えていく。

 

「だから、ほとんどの日本人は無宗教なんだ」

「それにしては、食事のたびに『イタダキマス』って祈りをささげているじゃない」

 

 デルフィーニはため息交じりに指摘した。

 すると、マグルは困ったように眉を寄せた。

 

「あれは命をいただくよっていう感謝の言葉なんじゃないかな?」

「祈りよ」

 

 デルフィーニはわずかに声を強めた。

 

「これから食べるものに対する感謝の祈り。そうでなければ、オオトリ様なんて神様はいないでしょう?」

 

 卵から産まれることができなかった神様を想起しながら説明すれば、マグルは「確かに」なんて相槌を打っていた。

 

(まったく……なんで、日本人に日本の文化を説明しているのやら)

 

 デルフィーニが呆れていると、今度はマグルからこんな質問が飛んできた。

 

「そういえば、魔法族はキリスト教徒なの? 映画では、クリスマスを豪勢に祝っていたけど?」

「一応はね」

 

 デルフィーニは退屈そうに肩をすくめた。

 

「洗礼名もあるわ。もっとも、日曜日に教会へ通う魔法族は少ないけど」

「映画には、そういう場面が出てこなかったよ」

「つまらないでしょ、そういうことを大衆娯楽作品で描いても。それで察しなさい」

 

 そう言ったとき、ちょうど電車が減速する。無機質なアナウンスが「押上」と停車する駅を読み上げていた。

 

「ほら、この駅でしょ」

 

 デルフィーニは話は終わりとばかりに立ち上がり、さっそうと電車を降りた。

 

「で、何を買うの?」

「実家に贈るプレゼントと、デルフィーへのプレゼントかな。それから、クリスマスツリーを見て、水族館に行って、ちょっと美味しいごはんなんか食べるのも良いかなーって」

「……ふーん」

 

 デルフィーニは腕組みをしながら鼻を鳴らした。

 

「あんたにしては、いろいろ考えているみたいじゃん。いいわ、私をエスコートする権利をあげる」

「? ありがとう」

 

 マグルは分かっているんだか分かっていないんだか不明瞭な笑みを浮かべたまま、すたすたとエスカレーターへ進んでいった。

 

「で、私になにを捧げようとしているのかしら?」

「これから冬も本番だし、コートとかどうかな? ほら、いまのコートって私のお古を魔法で背丈を伸ばして着ているでしょ? でも、その前にお母さんへのプレゼントかな」

「……む」

 

 デルフィーニは改札を出ながら、わずかに唇を尖らせる。

 

「私より母親の方が大事なわけ?」

「どちらが大切ってわけではないけど……お母さんは実家で一人暮らしだから」

 

 マグルは先を進んでいたが、ふと思い出したように顔をこちらに向けた。

 

「デルフィーのお母さんって、ベラトリックス・レストレンジであってるんだっけ?」

「…………忌々しいことにね」

「どうして?」

 

 マグルは純粋な目でこちらを見上げてくる。

 

「ベラトリックスって純血の魔女だよね?」

「純血(そこ)しか取り柄のない最低な魔女よ。偉大なるお父様の足元にも及ばないわ」

 

 かすかに棘のある声で答えれば、マグルは黙り込んでしまった。すでにスカイツリーに続くエスカレーターに乗り、華やかなクリスマスツリーと賑やかなクリスマスソング、楽し気な買い物客たちに囲まれているのに、自分たちの周りだけ重たい空気が漂ってしまっていた。

 

(……何よ、私は悪くないわ)

 

 エスカレーターの手すりにつかまりながら、デルフィーニは思った。

 

(先に地雷を踏み抜いてきたのは、マグルの方じゃない)

 

 あえて母親の話題は避けてきたが、ここに来て投下されるとは思ってもいなかった。だけど、それ以上言うことはできなかった。あまりに掘り下げられたら、それこそ罵詈雑言が口から流れ出てしまう。

 

「……先に、水族館行こうか!」

 

 エスカレーターをいくつか乗り継いだあと、マグルは無理するような明るい口調で提案してきた。デルフィーニが何も答えないでいると、強引に手を引っ張ってきた。いまは買い物をする気にはなれなかったので、デルフィーニもおとなしく従うことにする。

 

「水族館って行ったことある?」

「いいえ。でも、知識はあるわ。マグルが水生生物を水槽に閉じ込め、外から眺める場所よね」

「間違ってはいないけど……ちょっと語弊があるような……」

「実際そうじゃない」

 

 わざわざ魚やら何やらを閉じ込め、眺めることに何の意味があるのだろう?

 そう思っていると、マグルは難しそうに眉をしかめた。

 

「ごめん……興味ない?」

「率直に言えばね」

「…………」

 

 マグルは黙り込む。水族館の入場待機列に並びながら、どこか寂しそうな顔でうつむいていた。

 デルフィーニの心に、小匙一杯分ほどの後悔が芽生えた。さすがにズケズケと素直な意見を言い過ぎてしまったかもしれない。彼女は服従の呪文をかけずとも、自分をかくまっている貴重なマグルだ。ここで反旗を翻され、家から放り出されたら面倒だ。そう考えると、デルフィーニはご機嫌を取ることにした――が、その前に、念のため彼女の心の内を詳しく知るため、無言でとある呪文を使うことにする。

 

(『開心せよ(レジリメンス)』)

 

 デルフィーニは彼女を覗き込んで思考を読み取り――つい、噴き出した。

 

「えっ!?」

 

 マグルは弾かれたようにこちらを見上げてくる。

 

「なに? なにかあった?」

「あんた……あんたさ、私が隣にいるっていうのに……なにを考えてるのよ」

 

 マグルが考えていたのは、ドラえもんだった。

 

「『タイムマシンがあったら、地雷を踏む前に戻れたのに』とか考えてるでしょ?」

「な、なんでそれを!?」

「あんたの顔で分かるわよ」

 

 デルフィーニは、マグルの額を指で軽く弾いた。

 

「私が隣にいるんだから、タイムマシンじゃなくて逆転時計(タイムターナー)がまっさきに思い浮かぶはずよね? まったく、私よりネコ型ロボットの方が頼りがいがあるってこと?」

「そ、そういうことじゃないよ!」

「そもそも、タイムマシンを使っても意味ないから」

 

 マグルが額をさする姿を横目で見ながら、デルフィーニは言葉を続けた。

 

「タイムマシンや逆転時計(タイムターナー)で過去に戻っても、過去の自分が消えるわけじゃない。あくまで、未来の自分が過去にお邪魔するだけ。未来の自分が上手く接触しないと、自分自身が消えることになりかねないわ」

「でも、ドラえもんが未来の自分を連れて、のび太の宿題をやっていたときは自分同士で仲良く――……ごめん、仲良くしてなかった」

「あくまで状況次第だけどね。それに、それは未来の自分を連れてきた話でしょ。過去の改変じゃないわ」

 

 宿題を解いたと思って寝たら、1時間おきに呼び出され、同じ問題を解くなんて気が狂いそうだ。そんなことを4回も繰り返す頃には、怒りが爆発するのは当然の結果だろう。

 

(でも、自分を増やす発想は悪くないわ。影分身と近いものがあるもの。タイムマシンはないけど、逆転時計(タイムターナー)があれば……)

 

 デルフィーニは思考の海に沈んでいく。

 随分考え込んでいたようで、いつのまにか購入していたチケットを手に、一枚の絵のような水槽の前に立っていた。でも、水の中を漂う魚よりも自身がいま思いついてしまったばかりの魔法理論の方に考えが引きずられてしまう。

 そんな自分を引き戻したのは、マグルの口から零れた呟きだった。

 

「……ごめん、ちょっと嫌なことを話すかもしれない」

 

 マグルは声を潜めるように言った。彼女にしては珍しく、物憂げな表情をしていた。

 

「ベラトリックスが子をもうけたのは、ヴォル――……例のあの人への忠誠心と恋心からだと思う。あなたへの愛があったかどうかは、正直なところ分からない」

 

 彼女はそう言いながら、スマートフォンを起動させた。電子書籍のアプリを流れるように開き、こちらに読んでいる本を見せてくる。黄色の表紙にはこう綴られていた――「呪いの子」と。

 

「アルバスたちが二回目に過去を改編した世界で、あなたはオーグリー様と呼ばれていた。あなたのお父さんが支配する世界で……でも、私はどうも釈然としないの」

「なにがおかしいの?」

「どうして、あなたのお父さんは子どもを作ったのかなって」

 

 静かに、しかし、はっきりと彼女は尋ねてくる。

 デルフィーニはすぐに答えようとしたが、言い淀んでしまった。ベラトリックスとの間に愛があったからだ、というのは間違っている。闇の帝王は誰かを愛することはなかった。それは自分でも知っている。愛する人との間に子どもを作りたいという一般論は、この時点で破綻していた。それでも、すぐにこう返した。

 

「後継者が欲しかったからでしょ。どれほど偉大な王国であっても、次代がないと続かないもの」

「普通はね。でも、それはちょっと理屈が通らないの。だって、あなたのお父さんは永遠に生きようとしていたのよ。永遠に統治するつもりなら、後継者なんていらないわ」

 

 彼女は薄暗い空間に向かって歩きながら言った。

 宇宙のように真っ暗な空間に、星のようなクラゲが浮かんでいる。マグルは星々の合間で歩きを止め、一番大きな水槽の前でクラゲを眺めながら言葉を続けた。

 

「2つ、思いついたの。1つ目は転生かな」

「……」

 

 「異世界転生」なんて軽口を叩ける空気ではなかった。

 彼女の一言で、デルフィーニは何を言いたいのか全容を察してしまえる程度には理解力が高かった。否、正確には高くなってしまっていた。

 

「お父様の魂は永遠でも、肉体は永遠ではないってことね」

 

 デルフィーニがそう呟けば、マグルが頷く気配が伝わってきた。

 

「マグル、話を続けなさい」

「……例のあの人は墓場で復活したけど、そこからまた年を取ると思う。ダンブルドアが老いていく様を知っているだろうし、魂の老いがなくなっても、肉体の老いからは逃れられないんじゃないかなって」

「それには同意するわ」

 

 この数か月間、マグルの作品を山ほど浴びるように読んできた。いくつかの作品で「老いた身体を捨て、新しい身体に魂を移し替える」といった描写が出てきていたことを思い出す。その際、大切になってくるのは肉体の相性だ。肉体の相性が悪ければ、魂が拒否反応を起こしてしまう。せっかく肉体を変えても、すぐに変える必要が出てきてしまっては元も子もない。

 これは、魔法族でも同じだろう。

 例えば、ハリー・ポッターに敗れ、ヴォルデモートは魂だけになってしまったが、14年間ずっと魂の状態だったわけではない。魔法族の後頭部や野生の蛇に憑依することもあった。しかし、ヴォルデモートが憑依した蛇はすぐに弱り、命を落としてしまう。蛇の身体がヴォルデモートの魂を受け付けなかったのだ。

 

「魂を移し替えるのであれば、若くて半分血の繋がった肉体が良い。理にかなっているわね、さすがお父様。私はスペアってことかしら。とても光栄だわ」

 

 デルフィーニは笑おうとしたが、乾いた声しか出なかった。

 少し前の自分であれば、胸を張って笑えていただろう。「偉大なる父のためになるのであれば、自分の身体を喜んで差し出す」と、迷いなく言えたはずだ。

 ところが、いまは言えなくなっていた。

 身体を差し出してしまえば、マグルの文化に触れることができなくなってしまう。そもそも、自分の魂はどこへ消えてしまうのだろう? 死の世界に旅立つのだろうか? 消滅してしまうのだろうか? そう考えると、足がすくんだ。

 

「……私は予備の器、か……」

「でもね、デルフィー。私はもう一つの仮説を推したいんだ。仮説と言っても、途中までは同じだけど」

 

 マグルは指が触れるほどの隣にたたずみ、先ほどよりも少しばかり明るい声色で言った。

 

「もう1つはね、最初こそ『魂の予備の器』として作ったけど、本当は血の繋がった家族が欲しかったんじゃないかなって」

「お父様が家族を望むなんてありえない」

「そうとも言い切れないわ」

 

 水槽だけがライトアップされた世界で、マグルは作られた海を漂うクラゲを見つめながら言った。

 

「あなたのお父さんは、最初は家族を探していたもの。ホグワーツに入ってからずっと、ずっと。……結果として裏切られてしまったわけだけど、その想いは胸の奥に、たぶん本人も気づかないほど奥底に眠っていたんじゃないかな」

「そういうことはあるのかしら」

「そうだと信じたいな。この間、ネットの記事で見たの――『メローピーが愛情をもって育てていれば、ヴォルデモートにはならなかった』って」

 

 だからさ、と彼女は続けた。

 

「始まりは、変わらなかったんだよ。トム・リドルは、どこにでもいる子どもみたいに、無条件の愛を注いでくれる家族が欲しかったんだ。でも、そうはならなかった。70年、80年、本当の愛のない状態が続いたら、自分しか愛さなくなるのは当然かなって思うんだ」

「……それで?」

「つまりね、そんな極限の状態で無条件に純粋な愛を向けてくれる存在――子どもが産まれたら、それがたとえ自分のスペアだと理解していても、少なからず何か感じるものはあるんじゃないかなって思う」

「ありえないわ」

 

 人工の海を見つめながら、デルフィーニは幻想(ゆめ)を否定した。

 

「私だったら、スペアにそのような感情は向けない。道具以上の情を向けてしまったら、転生できなくなるもの」

「でもね、そうなるとおかしいと思うの。『呪いの子』の改変された世界で、あなたがオーグリー様として生きていたことが」

「どういうこと?」

 

 デルフィーニが尋ねると、マグルは悪戯っぽく笑った。

 

「あの時点で、あなたは22歳とかそのあたりでしょ? あの世界線だと隠される心配がないから、たぶんホグワーツに通ったはず。いえ、もしかしたら家庭教育を受けていたかもしれないけど……どちらにせよ、十分立派な大人よね? その点、ヴォルデモートは90歳を越えているわ。身体は老いぼれているはずだし、とっくに転生していても不思議ではないって思ったの」

「なるほどね。それを先延ばしにした理由は、私に情が移っていたからだと考えたのね」

 

 デルフィーニは笑った。今度は押し殺すように、くっくっと笑った。

 

「でもね、マグル。それは違うわ。魔法族の平均寿命は137歳よ。つまり、90歳はまだまだ現役ってこと」

「そうなの!?」

 

 マグルはびっくりしたように瞬きしていた。あまりにも驚いたものだから、まわりの客たちから不審な目を向けられる。彼女は「ごめんなさい」と周囲に謝りながら、しゅんっと小さくなった。

 

「転生まで、あと20年はあるわ。説は立証できないわよ」

「そんな……」

「でもね、なかなか面白かったわ」

 

 デルフィーニは、かつかつと足音を立てながら次の水槽へと歩む。

 ここに来るまでよりも軽く、それでいて、どこか厳かな足取りで。

 

「家族か……」

 

 キャンディみたいに素敵な響きを口のなかで転がした。

 

(だけど、たぶん……お父様は誰も愛せないわ)

 

 魂の根底にその気持ちがあったとしても、それを引き出せることはないだろう。

 分霊箱を作るため、ヴォルデモートの魂は8つに引き裂かれてしまっている。魂が破壊されるたびに人間性も欠落し、怒りっぽくなった。トム・リドル時代に身につけていた口のうまさや相手の心に付け入る達者な一面は薄れ、莫大な力に頼ることが多くなったように見受けられる。

 

(あそこまで魂が損傷していたのであれば、人間性が回復することは不可能。つまり、私がどれほど愛を向けても……愛されることはない。やり直すのであれば、もっと前。子ども時代まで遡らないと……)

 

 そこまで考え、首を横に振った。

 そんな時代まで遡ってしまったら、歴史が大きく変わってしまう。それこそ、ヴォルデモートは生まれない。生まれたところで、ハリー・ポッターはもちろん、自分自身の誕生も危うくなってくる。

 

(それは嫌かな。私は消えたくないもの)

 

 デルフィーニは足を止め、マグルが駆けてくるのを待った。思ったより歩調を速めたせいで、マグルとはぐれてしまったのだ。それでも、目を凝らせば暗がりのなか、マグルが急ぎ足で近寄って来るのが見て取れた。

 

(馬鹿な人ね。でも、あんな人がお父様の隣にいれば……お父様は、本当に偉大な魔法使いになれたかもしれない)

 

 ふと、そんな幻想(ゆめ)を見た。

 現実のトム・リドルは、ハリー・ポッターに滅ぼされ、たった一人であっけないほど寂しく死んでいく――魂を分割した罪で、この世とあの世の狭間から旅立つこともできず、醜い赤子のまま弱々しく泣くだけの存在になり果てた。

 でも、もし彼が幼少期に本当の愛を知っていたのであれば、誰かに滅ぼされることもなく、魂を分割するほど生に固執せず、ダンブルドアに匹敵する偉大な魔法使いになれただろう。

 

(でも、そうはならなかった。だから、この話はこれでおしまい)

 

 自分とマグルが逆転時計(タイムターナー)を使って、幼少期のトム・リドルを引き取れば良い。だが、マグルはそれを良しとしない。ここで服従の呪文を使ってしまえば、呪文が解けたときにすべてが崩れてしまう。

 

(お父様を蘇らせるのは、難しいのかもしれない。復活させたところで、愛してくれないことが分かってしまった)

 

 ならば、自分は何のために生きているのだろう?

 この先、どのような道を選択すれば良いのだろう?

 誰にも必要とされていないのであれば、いっそのこと命を絶ってしまえば――そう考えたとき、胸の奥がぎゅっと締め付けられ、苦々しく息を吐いた。

 

(お馬鹿なデルフィーニア。あなた、死にたくないのね)

 

 お父さんに会いたい。

 お父さんに会って、愛してもらいたい。それが叶わないなら、いっそ殺して欲しい。

 生まれてからずっと、それだけを胸に生きてきた。アズカバンに放り込まれたときは、生きる目的が奪われて、毎日死にたがっていた。でも、死ねなかった。最後の最後で踏み出せず、脱獄の道が見えてしまってからは「死にたい」なんて思わなくなっていた。

 

 つまり「ヴォルデモート卿の復活」という夢が失われた以上、自分は再び死を渇望するはずなのだ。

 にもかかわらず、いまの自分は「死にたくない」と強烈に感じている。

 

「ご、ごめん。次の展示に行きたいんだよね。クラゲ、ゆっくり見過ぎちゃった」

 

 ようやく追いついてきたマグルは、いつもと変わらぬ顔をしていた。

 デルフィーニはそんなマグルに一言、こう告げずにはいられなかった。

 

「あんたのせいだから」

「な、なにが!?」

 

 その問いには答えず、くるりと背を向ける。

 

(あんたのせいで死ぬのが怖くなったなんて、口が裂けても言えないわ。たかが、マグルのせいで)

 

 銀髪をたなびかせながら、言葉を飲み込んだ。

 その代わり、軽くなった唇はこんな言葉を紡いでいた。

 

「それにしても、マグルはよくこんな場所を考えついたものね。建築物の一角に海を集めるなんて」

「そうだね。空に浮かぶ水族館って素敵だよね」

「素敵かどうかはノーコメントにしておくわ」

 

 デルフィーニはそう言うと、マグルを連れ立って次の航海へと進んだ。

 今度は足取り軽やかに、交わされる会話もふわふわと漂うとりとめのないものへと。いわゆる、新しく始まった日常へと戻って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、彼女たちは気が付かなかった。

 

「あいつ……まさか……」

 

 デルフィーニの姿を唖然と見送る黒い影があったことに。

 

 

 

 

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