自分探しの旅。お題目としてこうも曖昧なものはないだろう。
最近は、意識が高い大学生が大義名分を得たといわんばかりに主張することが多いその言葉。
大抵は己が住む地域から遠く離れた場所へと赴き、何かの「気づき」を得る。それを意気揚々と掲げて、夏休み明け等で再開した友人たちに向けてこう述べるのだ。
『この旅に行ったことで、新たな自分を見つけることが出来た』
俺は、その言葉を信じられなかった。信じてたまるものか。だって、そうだろう?その旅路を知るのは当人だけで、我々は過程をすっ飛ばして結論だけを告げられたに過ぎない。
実際がどうであれ、その真贋を見破る術を自分は持ち合わせていないのだ。たかだか思春期と大人の狭間を往復している様な奴らが語る悟りなんぞに一銭の価値もある筈がないのだ。
その論理を少なくとも、数日前までは提唱していたのだが──
「その張本人が自分探しの旅をしてるんだから、救えねぇ……」
実際問題として、俺は地元から遠く離れた島へと赴いていた。フェリーを介さなければ到達できない程度には海で隔たれており、他国という程には果てしなく遠方という訳でもない距離感の島。
自分と同じ便に乗っていた人は老人ばかりで、若者は自分以外誰一人として見受けられない。新年となってまだ数日しか経っていないが、冬休みを利用してここを訪れるような若人はいなかったらしい。
白妙の砂浜に寄せては返す波は透き通っており、夏場であれば裸足のまま駆け出していただろう。空を仰げば鴎が滑空しており、阻むものがない蒼空を謳歌しているようだった。
都会の喧騒に疲れた者であれば大いに喜ぶであろうロケーションではあるが、若者が選ぶにしては枯れすぎてはいないだろうか。
己の杜撰さが招いた事態ではあるが、これを実行した過去の自分を殴りたい気分だった。こう、もう少し選ぶ余地があっただろうに。
「卒業旅行と言ったら、普通テーマパークとかだろ……」
聞いてて虚しいだけの言葉は、海風に掻き消された。島々に旅行して許されているのは夏の南国とかだけだ。こんな冬の海風が堪えるようなところに何故来てしまったのか。
けれど、しょうがないじゃないか。そんないかにもみたいな所、こんな屁理屈を捏ね繰り回しているような傾奇者が行こうと思うはずがない。
ああいう所は団体行動に適正があって、且つそれを現実にできる人望がある奴の選択肢だ。俺には生涯縁がないだろうさ。
かと言ってギリギリまだ高校生で来年度から大学生へと進学するような経歴の奴が、人数少ない孤島に普通旅行しに行くかと問われたら返す言葉もないのだが。
自身の短慮さに溜息しかでない。このまま未来の己に投げ出してしまいたいが、その後回しにする癖が現状を作り出しているのだから救えない。
「一応、最低限の旅行に必要そうなものは用意したが……」
着替えから始まって歯磨きや財布など、本当に最低限頑張ればどうにかなりそうな物品を持ち込んでいたのは不幸中の幸いだった。
最悪、金銭さえあれば今時のコンビニで足りないものは補えるのだから、財布だけ持つのが真の意味での必要最低限なのだろうか。
いや、しっかりと事前準備しておけばいいだけの話だ。経験値と先見性の無さが如実に表れているだけなのだ、これは。
だから持つのが億劫だから持ってくるんじゃなかったとか考えるな。直ぐに楽観的な方向性に思考が委ねられてしまうのは悪い癖だ。
いい加減正さなければと常々思ってはいるのだが、負のループからは抜け出せそうにもなさそうだ。
「さて、これからどうしたもんか……」
通常なら旅路に求める動機は千差万別だ。有名な観光地に訪れたい、ご当地グルメに舌鼓を打ちたい、日頃の疲労を労わりたい。
どれも立派な理由だと、計画的で非常に素晴らしいと思う。
中には『計画を立てないことが計画』として気が向くままに流離う剛の者もいるらしいが、そういう人たちの方がむしろ入念な下準備をしている。
要は、目的に応じてそれに適した荷物というものがある筈だ。
ここで自身の服装を振り返ってみるといい。事前に天気を調べなかったことが丸わかりの薄着にコートを羽織っただけの姿、大して物が詰め込め無さそうな小型のリュック。
目的を推察するまでもなくノープラン野郎だった。かの著名な名探偵でなかろうと推理は容易だろう。
「そもそも何処だよ、ここは……」
俺は見知らぬ島へと来ていた。いや、島の名前だけは知っているのだが、その実情は理解から程遠い。
前情報なしで電車を乗り継いだ挙句に適当な乗船券を買って辿り着いたのは、のどかな空気を体感できるただただ普通の島だった。
ここら一体の島々の中では規模も大きく、芸術の島としてシーズンによっては大いに盛り上がる場所、らしい。
この謳い文句は、上陸して直ぐの場所にでかでかと設置されていた看板の内容をまんま引用しただけだった。
正直流し読みしただけでは大して中身を理解することはできず、前調べすらしてなかったことの証左でもあった。
つまり、俺はこの島自体を目的に訪れたかったわけではないということだ。
「……折角来たんだし、観光するだけして帰るか」
フェリー代を支払って、得たのがくたびれ儲けでは洒落にならない。せめて、何かそれ相応にマシだと思えるような何かを見つけなければ。
まだ青臭さが抜けない思想に従い、俺は最初で最後になるであろう自分探しの旅とやらを始めたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「やっと着いた……」
フェリー乗り場の目の前にあった店で借りた電動チャリに跨り、俺はこの島一番の美術館に来ていた。
海辺に近い位置に居を構えるこの観光施設は、長期休みの時期には観光客が多数訪れる芸術の中心地として有名とのことだ。
そんな場所であれば理由の後付けに成り得るだろうと、俺はこの場所を選択していた。
「しっかし、めちゃくちゃ眺めがいいな……」
電動によるアシストがなければ断念していたであろう登り坂を漕ぎ越えた先には、陽光に煌めく海岸が待ち構えていた。
都会っ子である自分にとって海とはあまり縁の無い生活を送っているものだから、雄大な自然の姿を堪能できることに言い表せない感動を覚えた。
海岸沿いに配置されたここ一帯は、さぞ景観に重きを置いたのだろう。その演出は実際に俺の心を掴んでいた。
遮蔽物がないが故に寒風がまるで突き刺さったかのように感じる。夏であれば、この海風も心地好い涼しさを演出するのだろうか。
それとも、それすらも無為にするほどのカンカン照りが取って代わるだけなのだろうか。
こうして季節に思いを馳せるのも、旅行の醍醐味なのだろうか。なんてらしくも無いことを考える。
「おし、せっかく来たんだ。絵画に穴が空くぐらい見てやろ……」
なんだかんだ言いつつも、綺麗な風景を見たらテンションが上がるのが一般人の感性だ。そのまま意気揚々と美術館の建物へと向かった。
これまでは経年劣化で罅が入ったコンクリート道だったのに対して、こっちはレンガで丁寧に舗装されていた。流石はこの島でも目玉の施設というべきか。
荒れた山道を掻き分けて進むのも趣があっていいが、やはり都会っ子にはこちらの方が有難いものだ。
一歩、また一歩と、着実に歩みを進めていく。近代的な建物をもう眼前へと迫っており、一分と経たずに入室することができるだろう。
しかし、整備された一本道を進むにつれて違和感はどんどんと増していた。何故かって?人が全く見当たらないのだ。
これには、思わず首を傾げた。島にある観光施設ではあるが、あれだけの謳い文句を掲げておきながら誰も訪れないなんてことがあるのだろうか。
そういえば、この美術エリアに向かっていってすれ違ったのは警備員のおじちゃんだけ。妙に嫌な予感を覚えて慌てて入場口の方へと駆け寄ると、残酷な事実を知ることとなった。
「閉まっている……?」
どうやら観光シーズンにしか営業しないらしく、この時期は滅多に人も訪れないことから閉館しているとのことだ。
ここにも計画性の無さが波及していた。これには思わずがっくりと肩を落とした。ここまで踏んだり蹴ったりなことはあるだろうか。こちとら、わざわざ自転車借りてまで峠を幾つも乗り越えてきたんだぞ。
幸いなことに屋外の展示物は特に制限なく見て回ることができるらしく、それで妥協することにした。ただでさえ鑑賞できる数が激減したのだ。一つ一つをじっくりと吟味しつつ楽しまねば。
幸いだったのは、屋外の展示エリアは封鎖されておらず無料で入場できたことだろうか。必死に自転車を走らせて何も見れませんでした、的なオチは回避できたようで何よりだ。
せめて爪痕は残していこう。敗戦処理であることが否定できなくなりつつあるが、少しでも補填できるようにせねば。
必死にペダルを回したというのに、筋肉に課せられた疲労が妙に邪魔くさい。費用対効果に釣り合っていなすぎる。
正門と美術館を繋ぐ一本道から逸れると、そこには青々とした芝生で一面が覆われた広場があった。そして、あからさまに目立つ物体を目にすることになった。
「なんだこのオブジェ……?」
ネガティブ一色の思考を引きずりながら向かった先は、摩訶不思議な場所だったようだ。それはもう、へんてこな造形物が広々としたエリアに点在していた。
まるで幼稚園児がクレヨンで殴り書きしたかのように輪郭がぐにゃぐにゃしているものもあれば、ただただ無機質な物体が鎮座するだけで意図が掴めないものもあった。
「猫と……てんとう虫か?おっ、看板が置かれ──いや蛙かよ!?」
青と赤で構築された生物が蛙と誰が思うだろうか。猫は髭があることから辛うじて判別できたが、よりによって蛙か。もうちょいマシな組み合わせがあるだろう。犬とか、ネズミとか。
万年帰宅部に所属している様な奴に芸術性が備わっている筈もなかった。美術の成績なぞ3だったら後はどうでもいいと匙を投げていたツケがまさかこのようなタイミングで帰ってくるとは。
いや、これは義務教育レベルではカバーしきれないな。何でここを選んだんだ、1時間前の俺よ。
他にもやれ双頭のラクダだの、蛇が絡みついたソファだの。挙句には読書に勤しむのっぺらぼうが、中央を占拠する始末だった。
芸術とは理解の対義語なのだと、悟る他なかった。理解叶ったとしたら、それは正気を失った時なのだろうさ。
これには乾いた笑いしか出てこなかった。今後生涯で美術館に行く可能性が潰えた瞬間でもあった。いや、そうなってもしょうがないだろ。
「いよいよやることなくなったか。……ん?」
本気で匙を投げて港へと凱旋を果たそうかと血迷っていた時に、何か奇妙な音が聞こえた気がした。
冷静に耳を澄ませてみると、ぱしゃり。機械音のようなものを聞き分けることが出来た。
音源を探ってみればちょうど最後に見ていたオブジェの反対側からのようだ。
「こうなったらとことん見てやるからな。どれどれ……」
トーテムのような物体を軸に周囲を半周すれば、謎の効果音が発せられた要因が目に入った。
どうやら先客がいたらしい。軽く見る限りでは、熱心にアート作品を自前のカメラで撮影しているようだった。
ベージュのダッフルコートを着込み、薄茶色のベレー帽をちょこんと乗せたその姿は、素直にお洒落な少女という第一印象だった。マゼンタの一眼レフを構える姿は、初見でも様になっていると感じた。
「うーん、こっちかな。いや、やっぱりこうした方が……」
此方に人がいる事に気が付かないほど、彼女は眼前のオブジェに注目していた。やや姿勢を屈ませてレンズの向きを斜めに調整する姿は、さながら職人のようですらあった。
ぱしゃり。彼女はまた一つ、残したいと感じた瞬間を捉えたのだろう。軽く操作をして画面を覗き込んだ後、やがて向日葵のような笑顔を浮かべた。
その姿は、この場にあるどの芸術よりも綺麗だと感じた。
いやいや、なんちゅう恥ずかしいこと考えているんだ。無意識に浮かんだ感情に思わず羞恥の感情を覚える。相手は初対面の相手だというのに、まさかこれが一目惚れ……?
そんな風に馬鹿なことを考えて動揺しているうちに、彼女は一仕事終えたのだろう。満足げにカメラストラップで首にぶら下げて、芝生の上に置いていたリュックサックを持ち上げた。
そしてそのまま次の場所へと向かおうと、くるりとその場で振り返る。
それはとどのつまり、背後を位置取っていた自分と相対することを意味していた。
「あっ」
「……えっ?」
彼女側もようやく俺の存在を認知したのだろう。きょとんとした表情を浮かべた後に、徐々に羞恥と焦燥が入り混じった雰囲気が浮かび始める。
やや慌てたように前髪を整えた後で、彼女は改めて俺に向き合った。彼女もまさか誰かに目撃されるとは思わず油断していたのだろう。
いざこうして対面すると、存外背が低く感じた。先程まではその堂々とした風格に麻痺していたのかもしれなかった。
「こんにちは、貴方も一人旅なんですか?」
「ええ。ふと思い立っての弾丸旅行ですよ。どうやらそちらもお仲間ですかね?」
「そうなんです。たまたま地元の商店街でやってた福引で旅行券当てちゃって」
まさか一人用だとは思わなくて、冬休みを利用して来ちゃいました。そう苦笑しながら理由を明かす彼女は、何処か照れくさそうだった。
理由は語るまでもなく、先程までの所作を目撃してしまったことだろう。不可抗力とは言え、悪いことをしてしまった。
「いやー、お恥ずかしいところを見られちゃいましたね。誰も来ないと思って油断してました」
「俺もまさか他に観光客がいると想像すらしてなかったですよ。シャッター音が聞こえなかったら、気づかないで帰ってましたね」
「そうだったんですね。じゃあ、このカメラには感謝かな?こうして同じ観光客と交流が持てましたから」
そう言って彼女は大切そうに首元に預けていたカメラを持ち上げる。その仕草から彼女が心優しい人だというのは十分に伝わってきた。
踏んだり蹴ったりではあったが、彼女と会えただけでも美術館へ向かう価値はあったのかもしれない。最も、美術館側はそんな付加価値を想定などしていなかっただろうが。
自分のことは終わりとばかりに、今度は俺自身について彼女は尋ねてくる。
「そういう貴方は、なんでこの島へ来たんですか?」
「あー、えっとその……。実は、自分探しの旅」
「え?」
「そりゃそんな反応になるよな……」
案の定彼女は目をきょとんとさせた。誰だって初対面の相手にこんな返答されたら正気を疑うだろうさ。
別にそれっぽい理由をでっち上げてしまえば良かったのだろうが、初対面の相手にそこまで気遣うのも面倒で正直に語ってしまっていた。
不幸中の幸いだったのは、それに対して彼女が馬鹿にしてくることがなかったことだろうか。こればっかりは彼女の善性に感謝だな。
「ちょっと忘れたくなるようなことがありまして。現実逃避する為に当てもなくブラブラしてた感じです」
「そうですか……」
そう。俺はこの島に来る理由はなかったが、住んでいた場所を離れたい理由があったということだ。だから、向かう先は何処でも良かった。
俺の物言いに何か引っ掛かることがあったのか、彼女は神妙な面持ちになる。まぁ、こんな対処に困るようなこと言われたんだ。それも当然か。
沈黙としては実際のところ数秒ほどしか無かったはずだ。それを破ったのは彼女の方からだった。
「……よしっ。折角だし、良かったら一緒にこの島を見て回りませんか?」
「え、さっき会ったばかりだけどいいんですか?」
「勿論!嫌だったらこんなこと言いませんよ」
屈託のない笑顔を彼女はこちらへと向ける。これが陽キャの光力か、眩しい。そんなおちゃらけたことを思いつつも、この提案に対して少しばかり考えてみた。
正直なところ、有難い提案ではあった。ある意味で旅行の目的が達せられている身としては、次の行動指針が欲しかったのだ。
だったらこれも旅先の御縁。乗っかるべきだろう。
「一人旅にも丁度飽き飽きしてたんだ、お願いしてもいいかな?」
「じゃあ、決まりだね!あたしは、山吹沙綾。貴方は?」
彼女────山吹沙綾の笑顔は、この場にあるどんな芸術よりも見ていて飽きないな。なんて、現金なことを思い浮かべる。
まぁ、他の芸術作品が圏外であるが故の消去法なのが実情だが、些細なことだろう。
興奮故か口調が砕けているのもまた愛嬌だろうか。それすらも可愛いと思わせる要素になり得るのだから、女子というのはズルい生き物だ。
★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「美術館の近場に飲食店があって良かったですね」
「本当ですね。館内には入れないから、港の方に一旦戻らないとダメかと思いましたよ」
「海の家みたいに浜辺に隣接する感じだけど、基本的に年中営業してるみたいですね」
「あたし達みたいに美術館目当てで来た人がお腹を空かせて食べるんでしょうね」
「場合によっては、休業日に来た人の受け皿的な」
「……あたしは今日が休館だって知ってましたからね?」
「マジですか。てっきり俺と同じうっかりさんかと。……お、きたきた。いただきまーす!」
「違いますから。せっかくこの島に来たから屋外エリアだけでも見ていこうと思っただけですからね?……いただきます」
「じゃあ、観光スポットとか網羅している感じです?……あっ、この海鮮丼美味しい」
「ネットで検索して分かる限りでは、ですけどね。……本当だ、シラスがほんのり塩気があって美味しい!」
「じゃあ、山吹さん的に次何処を回りたい場所とかあります?……鰤の身がしっかりしてるな、流石は地産地消」
「それならこの島ってあちこちにアート作品が展示されているんで、それを回りつつ近場のお店に寄って行くとかどうですか?……このお味噌汁も魚介の出汁が効いててホッとする味だ」
「元よりこっちに選択肢なんてないし、そうしましょうか。……美味しかった、ご馳走様でした」
「それなら早速自転車で回りましょうか。……ご馳走様です」
★★☆☆☆☆☆☆☆☆
「自分より一つ年上だったんですね。やっぱり敬語のままが良いですか?」
「いや別に?特にこだわりは無いから、山吹さんが好きに決めて良いよ。とりあえず俺は敬語外そうかな」
「そう?じゃあこっちもちょっと砕けた感じでいくね。旅先で敬語ってのも寂しいし」
「けど、さっき自己紹介してた時に一瞬敬語砕けてたよ?」
「えっ、いつの間に!?」
「名前名乗ってた時辺りかな。これまでのやりとりから、山吹さんが真面目なのは十分伝わってるから大丈夫だよ」
「うわぁ、すっごい恥ずかしい……」
「まぁまぁ。とりあえずさっきの駄菓子屋で買った塩アイスでも食べようぜ?」
「そうする……。あっ、これ美味しい!」
「日持ちが絶望的なのを除けばお土産に欲しいなこれ」
「甘塩っぱいものって無限にいけそうですよね〜」
「この調子でどんどん行こうか」
「おー!」
★★★☆☆☆☆☆☆☆
「なんだ、このゴミ箱のオブジェ。人二人分ぐらいの高さがないか?」
「大きいねぇ。なんか、トリックアートみたい」
「中には特売のチラシとか英字新聞がくしゃくしゃになって入ってるな」
「この二つが入ってるゴミ箱がある家庭ってどんな感じなんだろう?」
「やっぱりあれだろ。父親がイギリス人で母親が日本人的な」
「逆もあるかもね。ふふ、なんか良いなぁ」
「これを見て、何か喜ぶ要素あったか?」
「海で隔たれた別々の土地で生まれ育った二人が出会って、愛を育んで結ばれる。そう考えると、素敵に感じない?」
「その発想はなかった。芸術ってすげぇな、受け取り手によって想像することが全然違う」
「ちょっとロマンチスト過ぎたかもしれないけどね。作者の説明を見る感じ、そんな意図一ミリもなさそうだし」
「それでも、俺はその考え方良いと思うぞ。そのセンス大事にしてて欲しい」
「……ありがとね」
★★★★☆☆☆☆☆☆
「カメラを持ってきたけど、物とか風景ばっかり撮ってても面白くないんだよね~」
「え、あれだけノリノリで撮影してて?」
「それはそれ、これはこれ、ってこと!撮ること自体も勿論楽しいけど、思い出を残すために撮ってるからね」
「……いいね、なんかそういうの」
「分かる!?旅行が終わって写真を見返した時に、『ああ、こんな事もあったね』って語り合う瞬間が一番楽しいんだよねぇ」
「じゃあ、もっと色んな写真を撮らないとな。次は何処に行きたい?」
「そうだなぁ。……あっ、此処とかどう?」
★★★★★☆☆☆☆☆
「山吹さんって、別に一人旅が趣味とかじゃなかったんだ」
「そ。だから最初はこの旅行券が当たった時に、誰か別の人にあげようとしたんだ。でも色んな友人に聞いて回っても、当てたのはあたしだから自分で行けば良いじゃんの一点張りでさ」
「みんな山吹さんの人柄を知っているから断ったんでしょ。今日会ったばかりだけど、自分より他人を優先してるタイプなの丸分かりだし」
「……そんな分かりやすい?」
「うん、見るからにお姉ちゃん気質。さては妹か弟とかいるでしょ」
「確かにいるけど。……えっ、そんなにあからさまかな?」
「バレバレ。一緒に歩いてて時々危なくないか後方を振り返ってたり、昼食食べている時も俺が食べてるの確認してから口にしてたし」
「……確かにしてたけど」
「家族想いなんだな。これからもよろしくね、お姉ちゃん?」
「キミは違うでしょ!?」
★★★★★★☆☆☆☆
「あっ、このランチョンマット可愛い!」
「ジーンズの後ろ部分を模しているのか……。あ、ポッケにフォーク差し込めた」
「オシャレだよねぇ。地元に戻ったらカフェ巡りとかしてみようかな」
「いいな、それ。近場に美味しい珈琲屋ないかな……」
「あたしの地元にも友達の家族が経営してるカフェがあるんだよね」
「知り合いの店ってなんかカッコいいな。何かサービスとかしてくれるのか?」
「いつもはないけど、たまに新商品の試作で作ったケーキとか安く出してもらえたりするよ」
「羨ましいなー。……俺は周辺の店とか全然知らないから開拓してみるか」
「良いんじゃないかな。……あっ、頼んでたコーヒーとケーキだ!」
「ありがとうございます。お、このガトーショコラの中身チョコでとろとろだ」
「こっちのチーズケーキもベリーソースがかけられてて美味しそう!」
「じゃ、せーの」
「「いただきます!」」
★★★★★★★☆☆☆
あっという間の1日だった。山吹さんと出会った時は正午を跨いだばかりだったが、いつのまにか空はオレンジ色に塗り変わっている。借りていた自転車も既に返却していて、後はフェリーに乗って本州に帰港するだけとなっていた。
……帰るだけなのだが、俺は都会っ子であるが為に田舎のアクセスの不便さを理解しきれていなかったのだ。それをフェリーの時刻表を見ることで否が応でも悟らされた。
「……あ」
「どうしたの?」
「フェリーの最終便、もう無くなってた」
「はい!?え、嘘でしょ!?」
「俺今日は野宿になりそうだわ、ははは……」
まるでなんてことないと言わんばかりに軽く笑う。実際のところ、その程度の誤魔化し方で見逃してくれる筈もなかった。彼女はぎょっとして叫んでいた。
「いやいや、今一月で完全に冬だよ!?しかも島だから海風が凄いんだよ!?」
「ま、まぁ?夜風を凌げる場所さえ見つければどうにかなるだろ」
「自分でも無理って思ってるでしょ!?ダメだって!風邪引いちゃうよ!」
「……風邪で済むといいなぁ」
ぶっちゃけやせ我慢である。可愛い子を眼前にして完全に無駄な虚勢を張っていただけだった。それも彼女にはお見通しだったのだろう。彼女はまるで自分のことのように心配してくれた。それでも現実は厳しいのだ。
「いや、でもこの島の宿は全て閉まっているし、フェリーは最終便が出た後だから諦めるしか……」
「だからってこのままあたしだけ布団で寝るのは後味が悪すぎるよ……」
確かに俺が逆の立場なら、一緒に外で夜を明かすのを付き合うまである。田舎で酔っ払いに絡まれるみたいなトラブルはないだろうが、女性が外で凍えているのを承知でいて平常心を保てるほど俺は人間性を捨ててない。
まぁ、心配をかけるような事態を引き起こしたのは自分なので、どの口が言うか問題ではあるが。
もういっそのこと土下座してでも彼女には宿へと向かってもらおうかと考えている一方で、彼女は何か踏ん切りがついたのか大きく頷いた。
「……よしっ!こうなったらもうやるしかないよね!」
「えっ、何を?」
「あたしが今日泊まる予定の宿においでよ。民宿だからスペースあるだろうし、何とかできないか頼み込んでみよ!」
「……えっ?」
「それじゃあ、民宿へゴー!」
決まりと言わんばかりに、彼女は港とは逆向きに歩き始める。どうやら彼女と同じ宿に泊まるのは決定事項らしい。
「………………えっ?」
拒否権は落ちてないですか?……そこに無ければ無い?そうですか……。
有難い話だ。だが、同時にかなり気まずい状況でもある。なんだかんだで親しくなったはなったが、今日会ったばかりの女性と同じ部屋で泊まるとか新手の拷問だろうか?
「何突っ立ってるの?早くこっち来てー!」
「……はぁい」
倫理観よりも生存本能が大事だと言い聞かせて、俺は情けなくとも彼女についていくことになった。最後の最後まで閉まらない一日だった。
★★★★★★★★☆☆
「管理してるお婆ちゃんがまだ起きてて助かった〜。これでキミの宿問題は解決だね!」
「……おう」
港での一騒動の割にはあっさり問題解決してしまった。いや民宿のおばあちゃん、本当にそれでいいのか。
代金も通常時の値段で大丈夫とのことで、この臨機応変さに救われた身としては複雑な心境だ。
部屋の方へと案内されると、古き良き古民家のイメージそのものだった。一軒家を丸々貸し出しているらしく、都会っ子にとっては知らぬ筈の郷愁を思い起こさせた。
畳の広間には敷布団が二つ用意されており、管理人に余分な仕事を増やしてしまったことに申し訳なさを覚える。やっぱり明日多めに代金支払おう、うん。
「あたしは窓際の方にするね。庭の景色が最高だから、ここは譲らないよ!」
「俺はどっちでも構わないよ。山吹さんは命の恩人だからな、好きにしてくれ」
「えぇ?そこまで言わなくても……」
俺の褒め言葉に照れくさそうに頬をかく彼女。実際のところ、日没後の気温は洒落にならないほど冷え込んだので事実に違いなかった。
各自で荷物を置いて座布団の上で一息つくと、今日の旅路で蓄積していた疲労感がどっと押し寄せてくるのを感じる。
そして、少しばかり冷静になったことで、前々から浮かんでいた疑問を彼女に投げかけるチャンスでもあった。
「……なんで初対面の俺を同じ宿に泊めようとしたんだ?」
「えー、どうしたの急に。そんなに野宿したかったの?」
「いや、流石にこんな冬の時期に野垂れ死は御免被るな。……いやそうじゃなくてさ」
何処かはぐらかす様な意図を感じ取った俺は、一歩ばかり前に身を乗り出した。その距離は一メートルに満たないまで狭められたが、それ以上に気になることがあった。
彼女の綺麗な蒼い瞳をじっと見つめる。彼女もまた、俺の眼を覗き込む。
「旅先で出会った異性をなんの警戒もせずに寝床に招くなんて、正気の沙汰じゃねえからな?」
「本当に危ない人からはそんな台詞出てこないよ。今日一日でキミが優しくてヘタレだってことぐらい十二分に分かるから」
「……お前なぁ」
酷い言われようである。異議申し立てしたい気分だったが、それで話を逸らしたら負けな気がした。
俺の強気な姿勢に誤魔化せないことを悟ったのか、彼女は折れた。顔をやや横に逸らしてポツポツと語り出した。
「強いて言えば、なんとなく?」
「なんとなくって……」
「本当に何か考えがあった訳じゃないんだよ?たまたま旅先で君に出会って、偶然にも意気投合して」
内心を整理するように、今日の思い出を振り返るように。ゆっくりと彼女は理由を明かしていく。
相棒であるカメラへと目線を向けた彼女の横顔は、何処となく憂いを帯びていた。昼間の快活さとは裏腹に見せるそのギャップに、妙な気恥ずかしさを覚える。
そんな心情などいざ知らず、彼女はそのまま奥底に抱えこんでいた心情を吐露する。
「そうして、いざお別れってなりそうになったらさ。その、手放したく、なくなっちゃったの」
「……」
なんだその殺し文句は。これは勘違いしても許されるレベルだろう。自分の顔の良さを自覚した物言いか、これが?
直球的な言い回しで放たれた言葉の破壊力は、いとも容易く俺の心を撃ち貫いていた。
負けだ。完敗だ。こんなの、惚れる一択だろう。
よくよく見ると、彼女の頬もまた朱色に染め上げられていた。
「……よくこんなドストレートな台詞言えるなぁ」
「……言っててちょっと思ったけども。あー、意識したらめちゃくちゃ恥ずかしくなって来たー!」
「……シャワーでも浴びて、頭冷やしてきたら?」
「……うん、そうするね」
意気地なしな俺は、休戦協定とは建前の逃亡宣言を発令するのだった。彼女の目線が何処か不満げに見えたのが俺の願望が見せた幻だったのかは、考えないことにした。
★★★★★★★★★☆
休戦とは再び争いが起こることを前提にしているのだと、数十分前の自分に告げてやりたい。
確かにお互いの思考をクールダウンできたが、彼女は大幅な強化を経て帰還したらしい。
「いやー、民宿のお風呂も良いねぇ」
「そうですね」
「キミも結構長い時間入ってたし、気に入ったの?」
「そうですね」
いや、お風呂上がりの女子、火力高過ぎない?普段束ねている髪を下ろした時の火力やばくない?この子がさっき限りなく告白に近い発言かましたの?
水シャワーで風邪覚悟で頭を冷やしてきたと言うのに、瞬間火力の暴力の前には無力だった。年齢即ち彼女いない歴には毒だろう、こんなの。
彼女もまた話の取っ掛かりを探していたのだろう。思い出したかのように彼女は訪ねてきた。
「そういえばさ。なんで自分探しの旅をしていたのか、聞いてもいい?」
「自分探しの理由か?……まぁ、山吹さんにならいいか」
問われたのは出会った時に言った何気ない一言の理由だった。今更隠すようなことでもなかったので、教えることにした。
「半年前ぐらいに、長年住んでいた地元を離れて引っ越したんだ」
「そっか。それは確かに大変だね」
「まぁね。……そこからは、よくある話さ。半端な時期に転入しちゃったから、周囲に馴染めなくて孤立。数ヶ月後には卒業式を終えて、今度からは大学生ってわけ」
魔が悪いどころの話じゃない。家庭の事情だったとはいえ、可能だったら拒否したかった。けれど、未だに未成年の俺には親の庇護下を離れる選択肢なんて選べやしなかった。
「元々人と話しかけたりするのが苦手でな。残り半年だけの関係だと思ったら面倒になって、あっという間にボッチの完成ってわけだ」
「あー、確かに受験シーズンとかになるともっと人が来なくなるしね」
「そういうこと。で、冬休みは家でひたすらゲームでもするかって考えてたら、指定校が決まって余裕な奴らの会話を教室で聴いたんだよ。春休みに卒業旅行で自分探しをしてくる、って宣言してるのを」
きっかけなんて、その程度。全てが周囲の他人由来の旅行だった。
「……羨ましくなったから、自分もやろうとしたの?」
「違う違う。別に羨ましいとかそういうことを考えた訳じゃないんだけどさ。……単純に知りたかったんだ、そんなので自分って見つかる物なのかなって」
そう。別に友達がいないことを悲しんだ訳じゃない。代わりに、疑問を覚えたのだ。
「多分、何だかんだで灰色の学生生活に嫌気が刺してたんだろうな。特に親しくも無い奴に対して謎の反骨精神を発揮して、遠路はるばるこの島を訪れたって訳」
本当にこの島を選んだのは偶然だった。格安の飛行機に乗って訪れた先で、そこから一番早く乗れるフェリーがここへと誘っただけ。それが、こんな奇縁を結んだ。
「不安なんだ。このままでいいのかって。大学に進学しても友人に恵まれる保証はないから」
「……」
「だから山吹さんと知り合えたのは嬉しかったよ。旅先の人だからってうじうじ考えなくて気軽に話せたしね」
「そっか……」
それで満足したのか、彼女はこれ以上を掘り下げることはなかった。その気遣いは有難かった。
それから何をやったのかあまり覚えていない。旅先置いてあった折り紙で鶴を作ってみたが、あまりのぐにゃぐにゃさに苦笑いを浮かべたり。二人なのに何故かトランプでババ抜きをして、ポーカーフェイスが苦手な彼女が連敗して拗ねてしまったり。
突出して何かがあったわけではないが、そのすべてが等しくきらきらしていた。
結局、お互いが眠りにつく頃にはふわふわしていた空気なんて忘れ去られていて。疲労感に捕まってあっという間に夢の世界へと引っ張られていったのだった。
★★★★★★★★★★
「この旅も終わりか」
「そうだね。あっという間の一泊二日だったなぁ」
日付は跨いで次の日。俺たちは島からフェリーを利用して本州へと戻ってきていた。ここから俺たちはお互いの街へと帰還することになる。
それはつまり、彼女との別れが引き延ばせない時間になってしまったということだった。
「まさかこんな楽しくなるとは思っていなかったよ。つくづく、旅行ってのは不思議だな」
「そうだね。あたしも、一生忘れられない思い出になったよ」
思い出。そう。あれだけ楽しかった時間が数歩踏み出すだけで過去になる。
寂しくないと言えば、当然嘘になる。できることなら、このままずっと彼女と色んな場所を巡ってみたかった。
けれど、それは夢物語。現実はいつだって俺たちを夢から醒まそうとしてくるのだ。
「……そろそろ電車の時間だし、行こうか」
連絡先は既に交換していた。流石にここでヘタレるわけにはいかなかったので、搾りかすみたいな勇気を振り絞った俺を褒めてほしかった。
告白はしなかった。できなかった。それとなくこちらから想いを告げようとしたが、それを避けるように話題を変えてきたのだ。
やっぱりあれは勘違いだったのか、それとも別の理由か。それを断定することはできなかったが、無理強いだけはしたくなかった。
一歩、前に踏み出す。あの電車に乗ったら、またいつもの日常に戻る。そう考えると、足は途方もない程重く感じた。
いや、そうじゃなかった。彼女だ。山吹さんが、俺のコートの裾を掴んでいたのが本当の理由だった。
「……ごめん。最後に聞いてほしいことがあるの」
「……うん」
前進するのをやめて、彼女の方へと振り返る。彼女は頬を紅潮させながらも、今度こそ誤魔化すのをやめていた。
「最初は、ただ同じ観光客ってだけだったの。それが話しているうちに不思議としっくりときて、一緒にあちこち回る時間が凄いきらきらしてた」
彼女は昨日からの時間を慈しむように微笑む。それだけ尊い記憶だったと証明するかのように。
「けどやっぱり時間はあっという間で。いつの間にかお別れの時間が来ちゃって。キミが泊まる場所がないって話になった時、実はちょっと嬉しかったんだ。まだキミと一緒にいられるかも、ってね?」
あの時の真意を明かしてくれたが、他のどんな理由よりも嬉しいものだった。
「……だから、言うね。どんな遠くにいたって、この気持ちは変わらないから」
……ああ、やっぱり自分から言えばよかったかな。女子に勇気を出させるなんて、男子失格だ。
「あたしは、キミのことが―――」
☆彡
「……それで?遠距離恋愛をするかの如く、盛大な告白をかました山吹沙綾さん?」
「いや、本当に恥ずかしいから。お願い、掘り返さないで……」
「まーさか、隣町に住んでて徒歩でも余裕で立ち寄れる位置にいたなんて、ねぇ?」
「いや違うの。旅行が終わる前に告らないといけないって考えが先行しちゃって、何処に住んでるとか頭からすっぽ抜けてたの」
忘れられない眩しさを放つ旅から、早くも一週間が経過していた。晴れて恋人になった俺たちは、―――近距離恋愛をしていた。
偶然も偶然。同じ県の同じ市に住んでいたのだ。これには驚愕と共に笑いを堪えきれなったものだ。
「途中からおかしいと思ったんだよな。電車を乗り換えるたびに同じ電車に乗っているんだからさ」
「フェリーや新幹線は良いとして、在来線で会うのはもうだめじゃん。違うじゃん」
「お互いの最寄駅が隣だって知った時の、沙綾の驚いた顔よ」
俺の言葉責めがよっぽど効いたのか、沙綾は顔を真っ赤にして俯いた。そんな愛しい
「彼女の可愛い所が沢山見れて、俺は嬉しいよ」
「あー、もう。忘れて!あの告白やり直すから、お願い!」
「なんで一世一代の大告白を忘れなきゃいけないのさ。一生忘れないよ」
「そんなぁ……」
遠回しな突き放しに沙綾は遠い目をする。いや、された方は普通に嬉しいから忘れるわけがない。
「そんなに忘れてほしいなら、これから一緒に楽しい思い出を増やしていこうぜ。出会った旅路が霞むぐらい、もっと」
「……本当にそれで忘れてくれる?」
ぷるぷると震えながら、ジト目でこちらをにらむ彼女。それに対して俺はまたしても凄くイイ笑顔を浮かべて、こう返答した。
「安心しろ。俺から忘れようとすることは、絶っ対ないから」
「そ、そんな力強く言わなくても……」
「それじゃあ、社内に持ち帰って前向きに検討させていただきます」
「それ絶対やらないやつじゃん……」
「ま、少なくともこれから朝食にパンが増えそうだな、店員さん?」
「今後とも、やまぶきベーカリーをどうぞ、ご贔屓、に……」
がくり。今度こそ沙綾はカウンターに撃沈する。周囲にお客さんがいないのを把握した上での行動だろう。抜け目ない。優しい優しい俺は、彼女をそっとしておくことにした。だって、そうだろう?
彼女が羞恥で悶える姿が面白過ぎて一生弄っていたい、だなんて。当の本人に勘付かれたら拗ねてしまいそうなことを考えていたのだから。普段はしっかり者の彼女だからこそ、彼氏の前ぐらいは気を緩めてもいいんだって思ってほしいから。
沙綾の頭を軽く撫でながら、俺は奇跡みたいな出会いに感謝していた。
俺は『自分で己自身を見つけること』はできなかったけれど、『自分を見つけてくれる人』を得たのだった。
それはきっと他の何よりも得難いもので。この旅路で得た一番の宝物だ。
この作品の裏話として執筆期間に作者が四国へ弾丸ソロ聖地巡礼旅行をしていたので、その記録を設定に何割か落とし込んでいます。
勿論、こんな美少女はいませんでしたがね。HAHAHA。
企画者様に関しては、こんなぎりぎりの滑り込みセーフでの投稿で本当に申し訳ないです。
まさか筆が乗りに乗って15000文字オーバーするとは、想像すらしてなかった……
毎回参加しようとしてはネタだけ考えては間に合わずを繰り返していたので、今度は間に合ったようで良かったです。
次はもっと余裕をもって書きます!!!!(鋼の意思)