リバースマン ~憧れの同級生との素敵な嘔吐生活~ 作:vurebis
家に帰った俺と京香はソファーに並んで座っていた。
「うん。問題なさそう」
むき出しになった腕の素体を撫でながら異常がない事を確認した京香は人工皮膚を着けてくれる。
石川さんの事で詰められると思っていた。だからこんなに優しくされるのは正直予想外だった。
「良かったの?」
「ん? 何が?」
確認というか、怒っているか知りたくてつい聞いてしまう。
「いや、石川さんの事。あんなところ見たくなかったと思うし……」
「あぁ、薫ちゃんとの距離が近かったもんね。あんまり気にしてないよ」
「そうなんだ……てっきり怒られるかと」
帰って来た答えはあまりにもあっさりだった。何て言うか、京香らしくない。
「健太君が薫ちゃんを守ったんでしょ? 確かに慌てた健太君は可愛かったし、薫ちゃんとの会話も楽しかったけど、人助けした人を怒れないよ」
「そっか……人助けか……」
こんな体になって普通の生活ができないと思っていた。
そう思っていたのに、まさか人助けなんて出来るとは思っても見なかった。
それに今日の事はこの体が無ければ出来なかった事だ。
俺の中に確かな満足感と達成感がある。生前では味わえなかった感覚。
「今健太君いい顔してる……」
俺の顔を覗き込む京香が楽しそうに笑う。
「健太君、これからどうしたい?」
「どうしたいって……?」
俺の疑問に京香は人差し指を立てて続ける。
「私との気持ちいい嘔吐生活を生きる意味にするか……」
ねっとり誘惑するような声と共に中指も立てられる。
「今日みたいな人助けをこれからの生きる意味にするか……」
二つ目を言って京香は身を乗り出し、俺の膝の上に座る。されるがままの俺は生唾を飲み込む。
「二つに一つだよ」
「二つに、一つ……」
立てた指をちらちらと動かしながら京香は挑発するように言う。
京香の言葉を繰り返すことしかできない俺は京香の指を見つめる。
俺はどうしたいのか。俺は何者なのか。周りの人間はそんな俺をそう思うのか……。
そしてこのまま嘔吐をし続けるのか、俺の力を人の為に使うのか……。
俺の答えは、聞かれるまでもなく一つしかない。
「どっちも、がいい……!」
俺は迷いながらではあるが、京香の指を二本とも掴んだ。Kb
「うふふ。やっぱり健太君は欲張りさんね」
俺の答えを聞いた京香は満足そうに微笑むと、俺の膝から離れ、立ち上がって、俺の腕を引っ張る。俺の体は強引に持ち上げられる。
「ぅぉお⁉」
無理やり立たされた俺を京香が抱きかかえて受け止める。
「ふふ。地下行こっか」
※ ※ ※
京香に手を引かれ、早歩きに廊下を歩く。
「あのっ! 俺今から何されるの⁉」
強引に引っ張る京香の背に声をかける。心なしか京香の足取りは軽い。
「何って改造よ」
くるっと回って俺の方を向いた京香は子供の様に無邪気に笑っている。
「か、改造⁉」
サラッと答えた京香の顔とは対照的に俺は目を見開く。
「そう。健太君の体をもう一回改造するの」
「改造……」
「今日、健太君、薫ちゃんを助けたでしょ? それみたいに健太君にしか出来ない人助けで、他の人に健太君の存在を認めさせればいいと思うの」
「認めさせる?」
「そう。健太君が居なきゃダメにしちゃえばいいんだよ。ちょうど健太君が私にそう思ってるみたいにね。そうしたら健太君の存在意義も出来上がる」
口角を美しく歪める京香は俺の頬をゆっくりと撫でる。
「私が出来るのはその準備」
「準備……」
「どう? 改造してみたい? 断るなら今のうち。だよ?」
京香に改めて問われる。
俺の瞳を覗き込む京香の真っ黒な瞳は綺麗で、俺の息が止まった。数秒見つめ合っただけでまともな思考ではいられなくなりそうな、それほど魅力的だった。
京香の目から視線を逸らすことができないまま俺はゆっくり首肯する。
俺の反応を見て目を細めた京香に手を引かれ、地下室に案内される。
「さ、ここに横になって?」
指差された手術台の様なベッドに言われるまま横になる。
京香に軽く聞かされた説明ではあくまで「人助け」の為の改造らしい。
見た目が変わったりとかはしないそうだ。曰く「健太君じゃなくなっちゃうのは嫌」らしい。
「こうかな?」
頭の位置を京香のすぐ近くに移動させ、京香の顔を見上げる、
「うん。いい感じ。この後意識が途切れるけど絶対にまた会えるから安心してね」
軽く頷いて瞳を閉じる。
「それじゃ、改造開始っ!」
京香が枕元に置いてあるキーボードを叩く音が聞こえた途端、俺の意識一瞬にしては深い闇に落ちていった。
眠っている間夢を見た。京香と一緒にどこかの野原でピクニックに行く夢。
俺の体は生身の人間で、京香が用意したサンドイッチを食べても吐くことは無かった。多分これは俺がオートマタの体になる前に「京香ともし付き合えたなら」と妄想していた景色。
その景色を素体むき出しの俺が俯瞰で見ている。一目見ると誰もがうらやむ穏やかな休日。
この後膝枕をしてもらったり、軽く運動したりとか、そんな感じになるだろう。
そんな最高の景色を俺は顔をしかめて見ていた。
絶対的に「足りない」と感じている。
その満たされない何かを抱えたまま俺が見ている夢は光に包まれて消えていく。
「……たくん。……健太君」
光の中で聞こえる京香の声。その声に返事をしようと口を開ける。
「っはぁ!」
体を大きく揺らし上体を勢いよく起こす。
「良かった。ちゃんと起きれたね。体はどう?」
「うん。大丈夫そう」
首を回しながら答える。
「結構うまくいったよ」
「そっか。良かった。俺の体どうなったの?」
軽く腕や腹のあたりを見るが見た目に変化はない。
「ふふ。これ飲んでみて?」
京香に手渡されたのは小さなカプセル。薬程の大きさのそれは中に赤色の液体が入っている。
「なにこれ?」
「健太君の体を本当の姿にするカプセル、かな」
「なるほど……?」
よく分からない説明だが毒なんかではないはずだ。掌に乗っているカプセルを京香の言われるままに飲み込んでみる。
喉に引っかかる嫌な感覚がはっきりと伝わってくる。それがどんどん胃袋に向かって行き、胃に落ちた時、じわじわと胃袋から全身へと熱を帯びていく。
「なっんだこれ⁉ 体が……熱いっ?」
「さ、立ち上がってベッドから降りて……」
俺から一歩引いた京香はベッドのすぐ側の床を指差す。
「うっ、うん」
腹から湧き出る熱にうめき声をあげながら俺はベッドから降りて京香が指差した場所に立つ。
「今健太君の体は熱暴走を始めてるの。いい子だから熱いけどもうちょっとその場に居てね」
「良い子って、これどんどん熱くなってるけど⁉」
体の温度が上がっていくにつれて焦る俺を無視して京香は俺にフルフェイスのヘルメットを渡す。ぱっと見バイク用の物にも見えるが、何かコードの様な物が伸びている。
「顔は生身だからこれ被ってないと死んじゃうかも」
「えぇ⁉ 死⁉ 早く言ってよっ」
慌ててヘルメットを受け取る。突然言い放たれた死という直接的な言葉に動揺しながら急いで被る。
「うふふっ。冗談よ死にはしないわ。慌てる健太君が見たかったからつい言っちゃった。可愛い……」
京香の独り言は聞こえているが無視して、尚も熱くなり続ける腹をふと見下ろす。
すると胃袋がある所。体の最も熱い箇所の辺りが、円形に赤く光を帯びていた。更にその熱で俺の全身を覆っているシリコンの人工皮膚が溶け始めている。
「なにこれ⁉ 京香さん! どうなってるの⁉」
次第に赤い円から放射状に赤い線が全身に駆け巡る。
「安心して健太君。代わりの皮膚はいくらでもあるから」
「じゃなくてこっち!」
京香の方に向かって叫びながら何度も腹にある赤い光を指差す。こうしている間にもシリコンが溶け、胸のあたりまでの骨格がむき出しになっている。
「全身に熱暴走させる成分がある潤滑液を行き届くようにしてあるの。そろそろ末端にまでのびる頃よ」
京香の言う通り赤い線が体の隅にまで伸びようとしている。
赤く光り始めた所から次々と人工皮膚が溶けてゆき、ドロドロになったシリコンが床に落ち、粘度の高い音を上げ、べっとりと広がる。
肩まで伸びた一本の赤い線は一気に螺旋描いて腕を覆う。まるで赤いバネが腕に巻き付いている様だ。それが指先まで伸びきると、元の人間らしい見た目は完全に消え去り、赤く光る無機質な素体だけが残っていた。
足も腕同様に赤い線が巻き付くように覆い、細い合金の骨組みだけが赤く照らされる。
あまりにも早く全身に広がる熱暴走をただ黙って見ている事しか出来なかった。
体から出る熱で周りの景色を歪めながら、唯一熱を帯びていない顔を京香に向ける。ヘルメット越しに見える京香の顔はどこか誇らしそうにも見える。
「こんな姿、誰にも見せられないね?」
姿鏡を見せながら煽る様にねっとりと声を掛けてくる京香。嫌でも自分の体が目に入る。
「これは……」
胃袋のあたりから伸びた赤い潤滑液は放射状に全身に駆け巡り、赤く照らされる体の肩幅は、普通の人間と程あるのに腰のあたりに向かってひどく細くなっている。逆三角を描くような上半身に繋がっている下半身は、腰骨の様な骨格から二本の骨格からなる細い足が伸びている。
体を確かめるように全身を触っている腕も細く、まるで映画に出てくる殺戮ロボットの様だ。
とても人間には見えないアンバランスな体だ。
「やっぱり俺は人じゃないのか……」
さっきまで見ていた夢を思い出し、ふとそんな言葉が漏れる。
「人間じゃないから、人間には出来ないことも出来る」
俺の独り言に答えるように京香が自身の身長ほどの鉄の棒を俺に向ける。
「これ、折ってみて」
「え?」
「騙されたと思って。ね?」
渋々受け取り棒を軽く握る。こんなのちょっと改造されたからと言ってどうにか出来る硬さではないだろう。これを腕力だけで折れたならそれこそ映画だ。
「いくよ……せーのっ!」
京香に掛け声をかけ、鉄の棒に力を入れた途端、
――ッパン!
甲高い音をたてながら簡単に鉄がへし折れた。
「ええぇ……」
「大成功ねっ!」
目を疑いたくなる現実に、自分の手を見つめて引く俺と、飛び上がって大喜びの京香。明らかなテンションの差がそこにはあった。
「じゃ、そろそろだから、これ持ってて?」
そういって差し出されたのは片手で持てるサイズのバケツ。中身は入っていない。
「え? なんでバケツ?」
「まぁ、すぐに分かるから。体が冷め始めたらヘルメット取っておいた方が良いかも……」
京香が再び俺を放って話を進めているがとにかくヘルメットに手をかける。
体中の赤い線がだんだんと輝きを失い、これまで体の熱から生まれた陽炎で歪んでいた俺の視界がはっきりとしてくる。
「そろそろかな……それ取ってもいいよ」
熱暴走が終わっていくタイミングに合わせてヘルメットを取る。
駆け寄ってくる京香を視界の端に捉え、渡されたバケツを見る。
「京香さん、これ何に使うの? ……っい⁉」
俺が京香に問うた瞬間、側頭部にバットで殴られたような鈍い痛みが走る。
「あぁ、始まったぁ!」
冷めた俺の肩を担いで床に跪かせる京香は昂ぶった声を出す。
「今から健太君、吐いちゃうんだよ」
「え⁉ ここで吐くの⁉」
いつもトイレで囁かれる甘い声を俺の耳元で発しながらバケツを指差す京香。
さすがに便器と違ってバケツに吐くのは……。今すぐにでも場所の変更を申し出たいが、そんな事をしていたら間違いなく出る。それが一番ヤバい。
「出来るよね? しないと健太君……動かなくなっちゃうよ?」
そしていつもの様に京香の言葉の熱が下がる。
この声を聞くと京香の言う通りにしないといけない。そう体が覚えつつある。
もちろん今回も俺は京香の言う通りにバケツに顔を突っ込む。特に吐き気も無いが、とにかく言われた通りにする。俺に出来る事はそれだけ。
「ふふふ。いい子……。そろそろ来ると思うよ」
壁に掛けられた時計を見ながら京香が俺の頭を優しく撫でる。
「あと五秒……四……三……ニ……一……」
京香が秒読みをする。俺の体がどうなるのか全く分からない。分からないが京香の秒読みがやけに頭に響いて、体の奥からゾクゾクと震えが湧き出てくる。
「……」
黙ることしか出来ない。というより京香の声を脳内で噛みしめる。何度も響いて、カウントダウンがゼロになった時一体俺はどうなってしまうのかという一種の好奇心と期待で胸が満たされている。
「……ゼぇロ」
京香がねっとりとカウントダウンを終える。
そう認識した時、すでに素体がむき出しの俺の体は大きく痙攣し、バケツに向かって大口を開け赤い吐瀉物をぶちまけていた。
「あはははははは! 気持ちい? 気持ちいいよね健太君!」
壊れたように笑う京香は俺の背中を擦る。熱が残っている体の中心部を気にする様子もなく触る彼女に戦慄を覚えると同時に背中の感覚を愛おしく感じる。
「うぇ……ゴホッゴホッ」
咳き込むと喉の奥から赤い液体が霧の様に出て、バケツの側面に細かな水玉模様を残す。
「はぁ……。はぁ……。俺の体どうなって……それになんで俺は吐いたの……?」
「ちゃんと全部教えてあげるからいい子にしてて? 初めてだからまだ出るかも? そのままバケツと睨めっこしてて」
聴覚だけを京香に向け、それ以外はバケツの中に集中する。あ、またちょっと出た。
「あのカプセルはシード。健太君の体を熱暴走させて、オートマタの体にかかっているリミッターを焼き切るの。リミッターってのは日常の生活をする上で支障が無い位の力に調整させる機能ね? 健太君のリミッターはここ。お腹ね?」
ちゃんと聞くように努力をしていたが、興奮気味で早口の京香の話は正直何も頭に入ってこない。丁度俺の気が遠くなって来たところで京香は俺の腹を撫でた。
「っ! つまりどういうこと?」
体を跳ねさせながら京香の方を向く。
目が合った京香が頬を膨らませる。
「もう。吐いた健太君は見たいけど、今は私じゃなくてバケツの方を見て」
顔をバケツの方に押し退けられる。見るのもうんざりしてきた赤い吐瀉物と再び見つめ合う。
「簡単に言うとリミットを解除させて身体能力を引き上げる薬を飲んだってこと。健太君が今吐いたのは、生身の胃袋がシードの成分に耐えられなくなったから。大体五分ってとこね。一回飲んだらしばらくは飲んじゃダメだよ?」
簡単に説明を求めたはずだが、京香はまた早口になってしまった。何となく理解したのは、
飲んだらとんでもない力が出るという事。
連続で飲んだら何かヤバそうだという事。
この熱暴走は五分ほどで切れるという事。
「うん……何となく分かったよ。ありがとう。もう、良いかな?」
バケツに反響する俺の声。小さな声なはずだがやけに大きく聞こえる。
「うん。もういいかも? バケツ貰うね」
手を差し出した京香にバケツを渡し、やっと俺はゆっくりと自分の体を眺めることが出来た。
見れば見る程人間では無い体。体と言うより機体とかの表現の方がしっくりくる気がする。
「この体、どうすればいい?」
バケツを作業台の上に置いた京香は、隣に置いてあった肌色の人口皮膚を持って俺に渡す。
「はい。代わりの皮膚。これも改造して服を着るみたいに着れるよ」
渡された肌色の布切れの様な物体の端を持ち広げる。人の形になってるそれはまるでウエットスーツの様にも見える。
「着るって、皮膚を?」
「そう。着るの。新感覚でしょ?」
「出来れば体感したくないなぁ……」
「じゃあ、その体でお買い物行く?」
「はい、着ます……」
渋々大きく空いた背中の方から足を通し、皮膚を着る。少々手間取ったが、何とか着ることが出来た。
「着れた……」
「良く出来ました。手首にしこりがあるからそれを押して」
「しこり……? これか」
右手の内側の手首にコリコリとしたモノを見つける。そのままそのしこりを押し込むと、
―――プシュッ
という音が背中から聞こえ、背中の皮膚がピッタリ体に吸い付く。その後。背中から空気が抜ける音と共に皮膚が体に密着し。いつもの自分の姿に戻る。
ただし全裸である。
「はい。健太君元通り! お疲れ様!」
局部の無い体ではあるが全裸の俺に無邪気に駆け寄る京香に思わず退いてしまう。
「ちょっとっ! ふ、服! 服は⁉」
狼狽える俺にお構いなく近づき、前に構えた俺の両手を握る京香。
「今更恥ずかしがってるの? 可愛い……。私は健太君の中までじっくり見ちゃってるんだよ?」
ニヤリと艶めかしく微笑む京香。この笑顔を見せられると俺はどうしてもイケナイ事をしている気分になる。
だが京香の前では努めて冷静に。自分にそう言い聞かせる。
「その時俺の意識無いよ……」
俺の声なんて聞こえていないとばかりにリビングに向かって俺を引っ張る京香。
「健太君が壊れちゃわなくて良かった。さ、健太君、ご飯にしよ」
そのまま俺と京香は部屋を後にしてリビングへと向かった。
改造っていいですよね。
素敵。