木造の家の中で、機械が鳴り響く音を聞きながら男二人は研究を続けていた。
「これで最後じゃの」
どうやら機械での最後の調べ物が完了したようで、ベルが機械の画面に表示された結果を紙に書きこんでいった。
「とりあえず、こんなものでよいじゃろう。それにしても遅いのじゃ」
最後の結果を紙に書き終えたベルは、まだ戻って来ていない二人を心配する。
「そうですね。何かあったのでしょうか?」
アートとベルはコミとミランダが向かった方を注視していると、二人が戻ってきた。笑顔のミランダと疲れた顔をしているコミ、何かがあったのだろうかと疲れた顔をしているコミに男二人は心配する。
「どうしたのじゃコミ。あの女に何かされたのかの?」
「どうしたんですかコミさん。もしかして良くない結果が?」
二人の素朴な疑問にコミではなくミランダが答えた。
「不思議なくらい、身体の方は何もおかしな所はなかったわ。しかし、コミちゃ――」
身体に問題ないと言う彼女だったが、その後に何かを話そうとするとコミが勢いよくミランダの口を両手で塞ぐのだった。
「待ってください! それだけはダメです!」
口を塞がれたミランダは、コミの手首を掴み、ゆっくりと下ろした。
「大丈夫よ。そこまでは言わないわ。だから落ち着いて」
「本当ですか?」
不審そうにしているコミにミランダは笑顔で頷く。
「……分かりました」
コミは腕に力を入れるのを止めて腕を下ろした。
「絶対ですよ!」
「分かっているわよ」
そんな二人のやり取りを見ていた男二人は唖然としていた。
「とっとにかく大丈夫そうですね。ベル博士」
「そっそうじゃな」
なんとなくで納得をしようとしている二人にミランダが話しかける。
「そっちは、どうだった?」
「どうだったとは?」
「決まっているじゃない。コミちゃんから聞いたんだけど、他にも調べ物があったんでしょ? その結果よ」
「どれも、同じ、じゃった」
「え?」
「内包されているエネルギーが全て同じ、じゃったのじゃ」
「調べたのは、機械の横に置いてあるもの全部よね。それの中身が同じ……とんでもないわね」
「そうなのじゃ。おそらく古代人は、このエネルギーを使って暮らしていたのかもしれん」
「ベル博士。それがマホウということですか?」
ベルの発言にコミが確認をとる。
「間違いないじゃろう」
「まって、そういえば、マホウについて何も聞いていないわ。先に聞させてくれる?」
「説明しようとしたら、いなくなったのは誰じゃったかの?」
「そのことについては、謝るわ」
ミランダは手を前に合わせ頭を下げる。
「まあ、いいのじゃ」
少し納得していないような顔をしたベルがミランダを許して説明を始める。
「マホウというのはじゃの。実際に見てもらった方がいいかもしれん。口で話しても理解できぬからの。コミ、お願いするのじゃ」
コミは目をつぶり、詠唱する。すると、コミの体を中心にして半透明な半円の障壁が展開される。
ミランダにとって常識外の出来事が起こり、彼女は口を開けて固まる。
「まあ、このような物じゃな」
「いっ、一体どういう原理なのよ」
「わしにも分からん」
「ふっ、触れても大丈夫なのかしら?」
「大丈夫じゃろう。あの時、アートが触れても大丈夫じゃったし」
「もし不安であれば、僕が先に触れますね。それで問題なければ、大丈夫じゃないでしょうか?」
アートはそう言いながらコミの障壁に触れようとすると、そのまま手が素通りした。
「あれ? あの獣はぶつかったのに……」
襲ってきた黒い霧の獣はコミの障壁にぶつかったはずなのに、自分の手が素通りし、すり抜けていることにアートは困惑する。
「どうじゃろうの。コミ、ペンを投げるがよいかの?」
彼女は、突然ペンを投げるというベルに理解していなさそうな顔で頷く。
ベルがペンを強く障壁に向かって投げると、はじかれて床に転がった。
「どうやら、コミに害ある行動をとると、はじかれるようじゃな」
「不思議ね。確かにベル博士が言ったことが理解できるわ。こんな現象、口で説明しても、ただのほら吹きにしか聞こえないわね」
三人が障壁について意見を述べているとコミが手を上げる。
「どうしたんですか? コミさん」
「疲れてきたので、これ消して大丈夫ですか?」
「消すことができるの?」
「はい。あの時と同じ感覚でやれば大丈夫かと」
「なら消すのじゃ。また、倒られては困るからのう」
コミが目を閉じてしばらくすると、障壁は綺麗さっぱり消え去った。少し息切れしているようで吐息が聞こえてくる。
「本当に疲れているみたいね。コミちゃん、この椅子に座ってゆっくりしていて頂戴。あとは、私たちで何とかするから」
「ありがとうございます」
ミランダが疲れているコミを近くにあった椅子に座らせ、男二人とともに調査に戻る。
「さて、私は何をしたらいい?」
「もう、することはないのじゃ」
「は?」
ベルの言葉に不意を突かれたミランダは、肩透かしをくらい固まった。固まっているミランダをよそに男二人は会話を始める。
「確かに調べたいことは全部終わりましたね。これからどうします? ベル博士」
「これからのー……そうじゃった。アート、福音の文字の解読方法を教えてくれなのじゃ」
「教えるって言っていましたね。いいですよ。どこでしますか?」
「家でするのがいいじゃろう。コミが落ち着いたら出発するのじゃ」
「ちょっとまって……」
福音の文字を解読方法という言葉にミランダが反応し、家へと戻ろうというベルに待ったをかける。
「聞き捨てならないわ! どういうことよ! 福音の解読方法ですって!」
素早くベルに近づいて肩を掴み、体を何度も強く揺すると「ミランダさん! 落ち着いてください!」と強く揺すられているベルが泡を吹きかけたのに気づいたアートが止めに入る。
「アート君、私にも教えてく・れ・る?」
ベルの肩を掴んだままでミランダはアートの方へ振り向き、笑顔を晒す。冷や汗をかいたアートが了承すると、彼女はベルの肩を掴んでいた手を離した。
ミランダの猛攻から解放されたベルが、えずきながらも溜息を吐く。
「…………たく、仕方ないのじゃ。アート、本当にいいのかの?」
ベルの言葉にアートは、ゆっくりと頷いた。
「アートが許可したことじゃ。いいじゃろう。じゃが、準備はしてもらおうかの?」
「分かったわよ」
ミランダは少し不機嫌そうな顔をしながら机と椅子を並べ始めた。
「これで……最後っと。準備できたわよ」
机と椅子を並べたミランダは、準備が終わったことを告げ、最後に置いた椅子に座り、三人が座るのを待った。
「ミランダが準備をしてくれたのじゃ。早速じゃがアート、お願いするのじゃ」
「分かりました」
三人が座り、ミランダとともに机を囲む。全員が座ったことを確認したアートは、麻袋から一冊の本を机に置いた。
「レプリカだけど、確かに福音の本ね」
本の表題を見たミランダが呟いた。
「この本を見ながら解読方法を教えていきます」
アートは三人に解読方法を教える。話が始まると聞いていた三人は、さまざまな表情を浮かべながら質問を投げかけていった。やがて、三人は解読方法を理解したようだった。
彼の教えが終わった後に、コミは椅子の背もたれに体を預け、深く息を吐いた。
「難しかったけど、なんとか理解できました」
「確かに辻妻はあっておるのじゃ。この答えに、たどり着くとはすごいのう」
コミの横で考え込むように、顎に手を当てたベルがいう。
「まさか、こんな方法で読み解くことができるなんてね……そうだアート君、私の助手になら──」
「待つのじゃ。アートは、すでにわしの助手じゃ。引き抜きは許さないのう」
ミランダの提案にベルが食って掛かるように止めに入ると、彼女は舌打ちした。
「分かったわよ。なら、あなたたちの調査に関わらせてくれない?」
「ここの調査はどうするのじゃ。下手に動けぬじゃろう?」
「それもそうなのよねぇ……」
ベル言う通り、石の台が置かれている広場の調査のため動けないミランダは、どうしようか悩むと何かを思いついたようで口を開いた。
「確かに私は、この場所から動けないわ。だから今、分かっている情報を教える代わりに、扉の奥の調査が終わったら、真っ先に教えて頂戴」
「情報とはなんじゃ。それに扉のことを、すでに知っておるとは、どういうことじゃ」
「簡単なことよ。オルフが上機嫌だったから、問いただしたらベル博士の報告書だったの。だから、どんな内容か読ませてもらったのよ」
オルフ副隊長がミランダに、報告書を見せていたことにベルは頭を抱えた。
「オルフよ……なぜ、よりにもよってミランダに……」
頭を抱えたままのベルをよそに、ミランダはそのまま話を続ける。
「それでね。情報というのは──アート君、剣を出してくれない?」
「どうして剣を?」
「紫の欠片を持っているってことは、霧の獣を倒したはずよ。それで、倒せる可能性がある人物は剣を持ったアート君しかいない。あってる?」
「はい。あってはいますが、剣になにかあるのですか?」
「霧の獣を倒した兵士の剣がね。使い物にならないほどに脆くなっていてね。倒したアート君の剣を一度確認させてほしいの」
「それならば、どうぞ」
アートは腰につけていた短剣を机の上に置いた。
置かれた短剣をミランダは手に取り鞘から抜いて刀身を見つめる。
「やっぱり……」
「使い物にならないのでしょうか?」
ミランダの真剣な面持ちに、アートは不安をあらわにする。
「ダメね。しっかし、どうやったらここまで剣をボロボロにできるのかしら、兵士の剣よりも酷いことになっているわよ」
ミランダは短剣を鞘へと戻し、アートに返却する。
「そこまで酷いのでしょうか」
「酷いわ。あと数回、ぶつけたりでもすれば、根元からポッキリと折れてしまうかもしれない……新しい剣を町で購入した方がいいわね」
二人が話し合っていると隣で聞いていたコミが、手を合わせ笑顔で提案する。
「そういうことであれば、一緒に買い物に出かけませんか? アートさんの剣を買うついでに、切れかけてる食材を買いたいのですがいいでしょうか」
「いいですよ。一緒に行きましょう」
アートがコミの提案を承諾すると、話を聞いていたベルが麻袋から、お金が入った袋を取り出しコミに渡した。
「これだけあれば、足りるかの?」
確認のためにコミが袋を広げると、隣で覗き込んだミランダが頷く。
「それだけあれば、大丈夫なはずよ」
確認が取れたベルは椅子から立ち上がり、機械の方へと近づいていく。
「若いのだけで行くといいのじゃ。わしは他に分かることがないか調べようと思っていたからのう。ミランダ、手伝うのじゃ」
「分かったわ」
ミランダは立ち上がりアートとコミの方へ振り返る。
「私たちは研究に戻るから、二人は楽しんできなさい」
それだけ言うと先に研究を始めようとするベルに近づいていった。
「アートさん、行きましょう」
コミの合図に二人は立ち上がり、玄関の扉を開けて行ってきますといい、家の外へと出て行った。
二人を見送ったベルとミランダは、少しだけ玄関の方を見つめていた。
「ベル博士。今更なんだけど、あの子たち随分と仲いいわね。昔からの知り合い?」
「アートと初めて出会ったのは数日前じゃから、昔からの知り合いではないのじゃ」
「なら、二人だけにするのは危険じゃない?」
「まあ、大丈夫じゃろう。数日一緒に過ごしたのじゃが危険な男ではないと確信しておる。ただの夢見る青年じゃったよ」
それだけ言うとベルは機械の方に向き手を動かし始める。
「そう……ベル博士が、そこまで言うのなら大丈夫でしょうね」
ベルの隣で呟いたミランダは手伝いに戻った。
アートとコミの帰りを待ちながら、二人は、あーでもない、こーでもないと言いあって研究を進めていくのだった。