玄関の扉が開かれる音が聞こえてくる。見える君と言う機械の新しい名前を決めるための談義で熱が入り、椅子から立ち上がっていたアートとコミとベルは玄関の方へと顔を向けた。
「みんな何やってるのよ」
溜息を吐いたミランダが三人の方へと歩いていき、空いていた椅子に座る。固まった状態の三人へと冷めた表情で見つめた。
ベルはわざとらしく咳き込むと「いったん落ち着くのじゃ」とミランダの目を気にしながら、ゆっくりと席に戻る。溜息を吐いたアートとコミも同じく着席した。
「で、何やってたの?」
ミランダから聞かれたベルは目線を彼女から遠ざけると恐る恐る口を開く。
「見える君の新しい名前を決めるのに、二人と折り合いがつかなくてのう」
「そうなの?」
ベルの話を聞いたミランダは二人に顔を向け確認を取ると彼らは頷いた。それを見た彼女は溜息を吐くのだった。
「予想はつくわ。どうせ、ろくでもない名前にしようとしてたのでしょ」
ミランダの言葉に激怒したベルが椅子から勢いよく立ち上がると「ろくでもない名前とはなんじゃ! 見え郎、見えるちゃん、見え太郎のどこがいけないんじゃ!」等と提案した名前を勢いよく発言した。ベルは息切れしなが彼女に視線を向けると、ミランダは呆れ返った表情をしていた。
「やっぱり、ダメじゃない。ベル博士、落ち着いて、私も考えたから──」
彼女は少し息を整えたベルが椅子に座るのを見届けた後に、ポケットから紙を取り出し机に広げ高らかに声を上げた。
「今日から見える君の名前は!」
見守っている三人は息を呑み込む。
「サーチマシンよ!」
名前を宣言したミランダは満足そうな顔で三人を見ると、苦笑いしているのが二人、白けた顔をするのが一人、彼女を見つめていた。予想していなかった反応に首を傾げる。
「あれ? 何かおかしかった?」
「サーチマシン? なんじゃ、その言葉は? そんな名前より、わしの考えた名前の方がぜっっったいにカッコいいのじゃ!」
「聞き捨てならないわ! 私の方が一万倍カッコいいわよ!」
「大体なんじゃ⁉また、そんなオカルト本を見よって!」
ベルとミランダが、いがみ合いながらケンカ腰に次々に言葉を並べていく。白熱していく二人に誰もが止められずにいると、突如として玄関の扉が開かれた。
「ミランダさん、先ほどのお話で少し質問が──」
姿を見せたのはオルフ副団長で、自身に気づかずケンカをしている二人を見ると、声に出した言葉を最後まで言わずに白熱している二人の間に向かい、挟まれるようにして割り込んだ。
「落ち着いてください。デトロス隊長に報告しますよ」
邪魔をされて睨みつけてくる二人を物ともせず、逆に二人を睨みつけ、淡々と言葉を述べた。
それを聞いた二人は、間に立つオルフの隙間から互いに睨みつけて、そっぽを向くのだった。
「ミランダさん、先ほどのお話で少し質問があるのですが、よろしいですか?」
「あーちょっと待って。まだ名前が決まっていないわ」
「名前とは?」
オルフがミランダの言葉に疑問を口にするとベルが答えた。
「見える君という機械の新たな名前じゃ」
「こうなったら多数決で勝負よ」
「望むところじゃ!」
二人の進行により、どちらの名前がいいか多数決で決めることになりそうだった時、不意にコミが口を開いた。
「サーチ君でいいんじゃないですか?」
全員がコミを見つめる。
「……サーチマシンと見える君を合わせて、サーチ君どうですか?」
彼女の提案にベルとミランダは悩むように目をつぶる。しばらくして目を開き息を吐くと納得したような納得していないような曖昧な言葉を述べ、諦めたようにコミが告げた名前で決定した。
「それでオルフは何の質問があるの?」
取り合えず名前決めが終わったので、ミランダが後回しにしていたオルフからの質問を改めて聞こうとすると、彼は外で話を聞きたいと言った。それを聞いた彼女はオルフと一緒に外へと出ようとするが、アートに引き留められたのであった。
「待ってください、ミランダさん」
「どうしたの? 名前はサーチ君で決定したわよね?」
「いえ、その話ではないです。紫色の石を沢山持っていませんか? よければ譲ってほしいのですが」
ミランダはアートの言っていることが分からず首を傾げながら答える。
「紫色の石なら研究のために、いくつか回収はしているけども……あげることは出来ないわ」
「どうしてですか?」
「そりゃ、軍の物だからよ。デトロス隊長かオルフ副隊長から許可をもらわなければいけないわ」
彼女はオルフの方へ視線を向けると、彼が同意するように頷く。
「何に使うのか聞かせていただきますか?」
「紫色の石を武器の素材として使いたいのです。武器屋の店主の協力により、普段武器を作るために使われている鉱石よりも硬く熱に強いといった性質を持っていることが分かりました。もしかしたら……霧の獣に対抗できる武器を作成できるのではないかと思っています」
「なるほど、霧の獣に対抗できる武器が作れる可能性があると……」
オルフは考えるような仕草をしてから口を開く。
「分かりました。紫色の石を、いくつか譲りましょう」
「ありがとうございます」
「ですが、条件があります」
「条件ですか?」
「はい。現状、霧の獣の影響により我が軍の予備の武器が枯渇している状態であります。もし霧の獣に対抗できる武器が出来た場合、いくつか優先して軍に作成してくれるよう、武器屋の店主に伝言をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「それぐらいであれば問題ないです」
「ありがとうございます。では少しだけ待っていてください。持ってきますので──」
オルフは紫色の石を取りに家の外へと出て行った。しばらく待っていると麻袋を手に持った彼が戻ってくる。
「お待たせしました。中身の確認をお願いします」
アートは手渡された麻袋を開き中身を見ると、そこには複数の紫色の欠片が入っているのが確認できた。
彼の行動を見ていたオルフは確かめるために「武器を作ると言っていたため、多めに持ってきましたが、十分な数はありますか?」と質問するとアートの横から麻袋の中を覗き込んだコミが答えた。
「これだけあれば、店主の方が指定していた条件を満たしています。問題ありません」
「数が十分にあってよかったです。では店主の件は、お願いします」
紫色の石が十分であったことに安心したオルフは、放置気味だったミランダの方へと顔を向ける。
「ミランダさん、聞きたいことがありましたが解決しそうなので、先ほどの相談はなかったことにしてください。では失礼します」
「大丈夫よ。解決できそうでよかったわ」
軽く頭を下げたオルフが部屋を後にすると、ミランダがアートの方へと視線を向けた。
「それにしても得体のしれない紫色の石を、武器の素材にしようとなんて、よく考えたわね」
「霧の獣に対抗するためには、それ以外に方法が思いつかなくて」
「確かに他にも方法があるかもしれないけど、現状分かっている方法がこれだけなのであれば、試してみる価値はあるわ」
「そうじゃな。試してみる価値が一つでもあるのであれば問題ないじゃろう。もしダメだったら別の方法をみんなで考えていくのじゃ」
ベルの言葉にアートとコミとミランダが頷いていると外から鳥の鳴き声が聞こえてきた。四人が家の窓から外を見ると、辺りは夕焼けに染まっているのだった。黒い毛をまとっている鳥が羽ばたいていくのが見える。
「鳴いていたのはカラスですか……」
「外が暗くなってきたわね。せっかくだから今日はここに泊まっていきなさい」
「お言葉はありがたいのですが……食材を購入していまして、さすがに一日常温で置いておくと腐ってしまいます……」
コミが不安げに床に置いていた荷物を見つめた。
「それなら大丈夫よ。この仮研究室にはね。持ち運びできる冷箱という箱があるから、それに入れておけば腐らないわ」
「冷箱があるんですか。それは良かったです。早速入れてきますね」
コミはミランダが指を差す方へと、食材の入った麻袋を持って向かっていった。
「持ち運びできる冷箱なんて物あったんですね」
珍しいとでも言うようにアートが、コミが向かっていく方向を見つめる。
「まあ、最近発売された新商品だからね。出荷している国の生産量が間に合ってないらしくて流通が少ないのよ」
「もしかして、機械を主に生産している国。ゲールマトラ王国の商品かの。よく手に入れられたのじゃ」
「ゲールマトラまで行けば普通に買えるわよ。ただ他の国まで商品が十分な量、届いていないのが問題なだけね」
「ゲールマトラの商品ってどれも高額な物ばかりですよね。商人の方から値段を聞いた時、驚いたことがあります」
「そりゃそうよ。ほとんどの商人が現地の値段を約二倍ぐらいに上げて、他国へ販売してるんだもの。高いに決まっているわ」
「そんなに値段を釣り上げていたんですか。高いとは思っていましたが、そんなことが」
「商人も高く売れるのが分かっておるから、足元を見ておるのじゃの」
三人がゲールマトラの商品について話していると、食材を入れ終えたコミが戻ってきた。
「皆さん何の話しているのですか?」
「ん? ゲールマトラの商品について話していたのじゃ」
「もしかして、あの冷箱はゲールマトラの商品なんですか?」
「そうよ。あの冷箱はゲールマトラで購入したものよ」
「どおりで、立派な冷箱だと思ったんです」
「さて、私は夕ご飯のために料理の支度をするから、少し待っていなさい」
「私も手伝います」
「ありがとう。じゃあ、ついてきてくれる」
ミランダはコミを連れて台所がある場所へと向かっていった。
「さて、わしたちも食事の準備をするかの」
ベルとアートは椅子から立ち上がり机の上を掃除していく。綺麗に掃除し終わったら食器などを机の上に並べ、台所に向かった二人を待つ。
しばらくして台所から二人が料理を持って戻ってくる。彼女らは料理を用意された食器に移し替え椅子へと座った。四人は手を合わし感謝を述べると多少の会話しながら食事をするのであった。
料理を食べ終え、片付けを済ました四人は眠るための準備をおこなおうとしていた。そこで、あることに気づいたベルが辺りを見渡しながらミランダに質問する。
「ミランダよ。わしたちは、どこで眠れば良いのじゃ?」
「そうね……椅子の上とか?」
「ベッドはないのかの」
「あるにはあるのだけど、二つしかないのよ。だから男性陣は我慢してちょうだい」
「同じ性別同士で、一つのベッドを使えば良いのではないかの。ちょうど二人づつじゃし」
「無理よ。二人同時に眠れるほど広くないの」
ミランダは不機嫌そうにベルの問いに答えると、アートに布団がある場所を教えてから、困惑するコミを連れてベッドがある方へと向かって行った。それを見送ったベルが大きな溜息を吐いた。
「アート、ちょっとこっちへ」
呼ばれたアートは、布団を取りに向かおうとするのを止めてベルに近づいた。
「どうしたのですか?」
「それがの。ベッドが二つしかなく女性陣が使うから、わしたちはベッドがない状態で眠ることになったのじゃ」
「絶対ですか?」
「絶対じゃ」
「……分かりました。眠れそうな所を探しておきます」
「頼んだんのじゃ」
アートは眠れそうな場所を探し始めた。だが、眠れそうな場所は椅子の上か壁にもたれるしかなさそうだった。
「ベル博士。椅子の上か壁にもたれるかの二択しかなさそうです」
「仕方ないのじゃ。どちらか好きな場所で眠るとするのじゃ」
「分かりました。それでは僕は布団を持ってきますね」
アートは布団を取りに向かっていった。
ベルは窓の外を見る。辺りはすっかりと暗くなっており、唯一の明かりは軍のテントが灯りのみだった。黒い霧の獣が現れていないことに少しだけ安堵した。
「あの獣は現れていないようじゃ。しかし、あの遺跡と何か関連性はあるのかの……」
しばらく外を見ていると、後ろから声を掛けられた。
「ベル博士。布団を持ってきました。一つ渡しておきます」
「ありがとうなのじゃ。さて、眠るとするかの」
二人はそれぞれ自身が眠る場所を決め腰を下ろし、布団を掛けて眠る。
辺りが寝静まろうとした時、外から金属の音が聞こえてきた。慌てて二人が窓に近づき外を見ると、前に現れた黒い霧の獣が軍の兵士と戦っているのがテントの明かりの陰で確認できた。
「もしかして、あれは黒い霧の獣では?」
「暗くて見にくいが間違いないのじゃ。まさか今日も現れるとはの。石の扉を開けるまでは、こんな出来事は一切の事例がないのじゃ」
「それって僕たちが石の扉を開けたから、黒い霧の獣が現れたのですか?」
「いや、確証まではいかぬが可能性は大いにありそうじゃ」
二人が話をしていると外で戦闘していた黒い霧の獣が霧散する。どうやら兵士がトドメを刺したみたいであった。
「軍の方は黒い霧の獣の情報が伝達されておるようで大丈夫そうじゃの」
「そのようですね。ですが救援には行かなくて良いのでしょうか」
「アートは戦える武器を持っておらぬ。行っても足手まといになるだけじゃ。今日の夜は軍に任せておいた方が賢明じゃ。それにデトロス隊長に遭遇する可能性があるからマズいのじゃ」
「分かりました。軍の方に任せます」
「さて、わしたちは眠らさせてもらうのじゃ」
二人は先程までいた場所に戻り、外からの金属の音を何度も耳にしながら再び眠りにつこうとする。しかしアートだけは、もし軍の方が負けてしまったらと不安がつのり、なかなか寝付けずにいた。
気が付けば朝日が窓から彼を照らしていた。日の眩しさに目を覚ます。起き上がり、筋肉をほぐすために軽く伸びをすると先に起きていたベルに声をかけた。
「おはようございます。朝ですねベル博士」
「そうじゃの。さて、あの二人はまだ眠っておるのかの」
「どうでしょうか。確認のため扉を叩いてみましょうか?」
「わしが確認するのじゃ。アートは布団の方を片付けておいてくれると助かるのじゃ」
アートは布団を片付けに行き、ベルは二人の女性陣が眠る部屋の扉を叩く。叩かれた扉の奥から、コミの声が聞こえてきた。
「誰ですか?」
「ベルじゃ。朝じゃから起こしに来たのじゃ」
「起きてはいますが、少し準備に時間が掛かりそうです。ですので少し待っていてください」
「分かったのじゃ」
ベルは部屋の扉から離れ椅子に座ると、布団を片付け終えたアートが戻ってきた。
「どうでしたか?」
「起きてはいたのじゃが、部屋から出てくるのは、もう少し後じゃと。準備に時間がかかると言っていたのじゃ」
「そうですか……分かりました。では朝食は僕が作っておきますね」
「アートは料理ができるのじゃ?」
「はい。一人で自炊して暮らしていたので、料理はある程度できます」
「ほう。なら料理はアートに任せるのじゃ。わしは食器でも準備しておくのじゃ」
「ありがとうございます」
料理を作りにアートは台所へと向かい、ベルが食器を取りに行く。
アートが戻ってくるまでにベルが食器などを机の上に並べる。並べ終えたベルは椅子に座り三人を待っていると、コミと眠そうな顔のミランダが顔を見せた。
「あれ? アートさんはどうし──」
彼を探すように辺りを見渡したコミが、台所から匂うほのかな香りに反応した。
「台所に誰かいるのですか?」
「アートが朝食を作ってくれておるのじゃ」
「アートさんが?」
「そうじゃ。じゃから料理ができるまで椅子に座って一緒に待つのじゃ」
コミを置いて一人でさっさと椅子に座ったミランダが欠伸と同時に手招きした。
「ねむ……コミちゃんも椅子に座って待ちましょ」
「分かりました」
こうして三人はアートが料理を持ってくるまで、たわいもない会話をしながら待つのであった。しばらく会話で時間を潰していると、台所からアートが出来上がった料理を持ってくる。料理を用意された食器に移し替えると椅子へと座った。
「お待たせしました」
「ありがとうなのじゃ」
ベルの感謝に続き、二人もアートに感謝の言葉を贈る。
「いえ、構いませんよ。特にコミさんにはいつも料理を作ってもらっているので、こちらこそありがとうございます」
「私は料理が好きなだけですので、そこまで感謝されるほどでは……」
長引きそうな二人の会話をミランダが手を叩き中断させた。
「料理が冷める前にいただきましょ?」
四人は感謝を述べ、料理に手を付ける。
「そうじゃ。アート、今日は武器屋に行くのかの?」
「そのつもりでいたのですが、どうかしましたか?」
「わしもついていくのじゃ。紫色の欠片がどのように加工されるのか気になっての」
「ではコミちゃんとアート君、ベル博士は武器屋に向かうってことでいいのね」
「そうじゃの。ミランダはここで研究をするのじゃろう?」
「そうよ。私もついていきたかったわ」
会話していたベルが何かを思いついたかのように、料理を食べようとする手を止めた。
「そういえばミランダ、昨日の夜のことなんじゃがな。何があったのか知っておるかの?」
「昨日の夜? 知らないわ。何かあったの?」
「黒い霧の獣が昨日の夜、現れたのじゃ」
「まさか本当に現れるなんて……情報の提供、感謝するわ」
「まあ、軍の者に聞いてみれば何かわかるじゃろう。戦っておったのはあいつらじゃし」
「分かったわ」
四人は今日の予定を話ながら料理を食べ終える。
「片づけは私がやっておくわ。だから三人は武器屋に向かいなさい」
ミランダは空になった食器を台所へと持っていく。
「ここはミランダに甘えて、わしたちは武器屋に向かうのじゃ」
アートとコミとベルは紫色の欠片を持って港町にある武器屋に向かうのであった。