魔法が忘れ去られた世界で願いを   作:六角ルビー

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第一章エピローグ

 日の光が眠っているアートの顔を照らしだす。すると、つむっていた彼の目が開らかれた。日差しが強く、あまりの眩しさに目を半開きにさせる。

 

「ここは……」

 

 彼が自身のいる場所がどこなのであろうかと確認するため、起き上がろうとすると、隣から寝息が聞こえてきた。寝息が聞こえる方へ顔を向けるとそこには、椅子に腰を掛けて寝息を立てているコミがいた。

 

 膝の上には途中まで読んでいたのであろうと思われる本があり、開かれた紙の上にに置かれた左手が、自動的に閉じようとする本を阻害している。

 

 アートがコミの様子をまじまじと見ていると、彼女の目がゆっくりと開かれた。眠たそうに目をこすって欠伸をする。徐々に開かれていく目がアートを視界に収めた瞬間、大きく開かれ、勢いよく立ち上がった。コミが座っていた椅子が反動で床に落下し、音を立てる。

 

「私! 眠っていましたか!?」

 

「ぐっすりと眠ってました」

 

 アートの言葉にコミは固まった。

 

「……もしかして……寝顔……見ました?」

 

「……」

 

 質問に答えない彼の様子を見たコミが、徐々に笑っていない笑顔を見せ始める。

 

「見たのですね…………す・ぐ・に! 忘れてください。いいですね?」

 

「アッ、ハイ」

 

 コミの攻めに頷くことしか出来ない彼を見て、彼女は目をつぶり、深く息を吐いて「まあ、それはそれとして無事で良かったです……」と言った。

 

 瞳を閉じたまま、彼女は胸に手を当てると深く息を吸い込む。そして――

 

「おはようございます。アートさん」

 

 先ほどとは違う、嬉しそうな微笑みで彼に言葉を伝えるのであった。

 

 窓から延びる日の光が強くなり、彼女の顔がはっきりと彼の瞳に映し出す。それはまるで時が止まったかのような錯覚を引き起こすような出来事であった。

 

「……はい。おはようございます。コミさん」

 

 アートはコミの挨拶に遅れながらも返事を返すと彼女は「アートさんはそこで待っていてくださいね。お医者さんを連れてきますので」と言って時々、彼の方を振り向きながら、病室の外へと出ていく。

 

「コミさん……」

 

 その後ろ姿を見つめていたアートは、ほうけていた。

 

 しばらくするとアートは日差しが入る窓の外を見つめる。そこには外で遊び回る子供たちや笑顔で歩き回る人々の光景が見えた。

 

「終わったんだな……」

 

「そうじゃ。終わったんじゃよ」

 

 コミが出ていってから彼しかいなかった部屋に突如として声が聞こえてきて驚愕し、声のした方へ顔を向けると、そこには医者恰好をした男とベルとコミがいた。

 

「目を覚ましたようだな。どこかまだ痛い所はあるか?」

 

 医者が倒れていた椅子を立て直し座ると、アートに対して質問を繰り出す。

 

「そうですね……」

 

 アートは医者の質問に答えようと少しだけ体を動かして自身の体の調子を確認して伝える。

 

「どこも痛い所はないですね」

 

「それは良かった。では、怪我が大きかったところを確認させてもらうよ。痛かったら痛い言ってくれ」

 

 医者はアートの腹に巻かれている包帯をほどき、塞がれていた所を確認する。

 

「かなり抉れていたはずなのだが……綺麗に治っているな。応急処置が良かったからかもしれんな……これなら早いうちに退院が出来るだろう」

 

「ホントですか⁉ 先生!」

 

 コミが自分の事のように喜ぶ。

 

「そうだな……何事もなければ明日にでも問題ないだろうな」

 

「ジレンさん。ありがとうなのじゃ」

 

「いえいえ。それでは私は戻りますので何かあればすぐに連絡を」

 

 医者のジレンと呼ばれた男は、それだけ言うと部屋から出て行った。

 

「さて、起きてすぐなのは分かっておるのじゃが、アートには耳に入れておいてほしい重要な話があるのじゃ」

 

 ジレンが座っていた椅子にベルが腰を掛ける。

 

「ベル博士。何の話ですか?」

 

「まず、アートは、あの戦いから数ヶ月間は昏睡状態じゃった」

 

 ベルの言葉に彼は驚愕する。

 

「そして、その数ヶ月の間にわしたちゲーマ王国軍は、ディストリア諸島での調査を切り上げ、国に戻ることになったのじゃ」

 

「……? では、どうしここに?」

 

「それは無理を言ってアートが目覚めるまでは、ここに滞在させてもらえるようにしてもらったからなのじゃ」

 

「僕のためにそこまで――」

 

「良いのじゃ。で、ここからが重要なのじゃが、わしたちが黒い霧の元凶と戦った部屋には更に奥に続く空洞があったのじゃ。その奥には――」

 

「その奥には?」

 

「アートが探していた未知なる鉱石や植物なんかの宝物庫じゃった。まあ、さすがに植物は、ほとんどが枯れていたのじゃがの」

 

「それは本当ですか⁉」

 

「勿論です。私もこの目でしっかりと見ました。それにあの青白い光は地面に生えた青白く発光する花が出していたのです。あの光景は本当に綺麗でした……」

 

 アートの質問に答えたコミであったが、その時に見た光景を思い出したのか上の空になった。

 

「まあ、コミのことは置いといてじゃのう。アートが退院してから共に、もう一度あの景色を見に行こうと思っての。それに、そこでしか話せないことも――」

 

「もちろん行きます! ついに夢見た光景が……」

 

 話を最後まで聞かずに興奮したアートも想像したのか上の空になった。

 

「こっちもそうなるのか……じゃ」

 

 上の空になった二人を見てベルは溜息を吐いた。

 

「……退院は明日じゃったの。今日はゆっくりと体を休めるとよい。ほれ、行くのじゃコミ」

 

 ベルが椅子から立ち上がりコミの肩を強く叩き、先に部屋から出て行った。

 

「待ってください!」

 

 肩を叩かれ正気に戻ったコミは、ベルを追いかけ部屋の外に出る。ただ、すぐに足を切り返し部屋の中を覗き込む。

 

「また明日、迎えに来ますので待っていてくださいね!」と言うと扉を閉めた。

 

 その場にいたアートは未だに自身の想像に意識を持っていかれていたのだった。

 

 ♢

 

 木の叩かれる音が聞こえると共に扉が開かれた。

 

「アートさん起きていますか? 出発しますよー」

 

 部屋の中に顔を出したコミが様子を探るように辺りを見回すと、既に準備を終えた彼が椅子の上に座っていた。

 

「コミさん。おはようございます」

 

「おはようございます。アートさん。ベル博士はアートさんの退院の手続きを終えて外で待っています。一緒に行きましょう」

 

 アートはコミに返事をして、共にベルが待つ病院の外へと向かう。廊下を歩いているとコミが口を開いた。

 

「先ほども言った通り、退院の手続きのほとんどは終えていますので、後はアートさんの名前を書いてもらえれば退院が出来ます」

 

 コミが手の平を上に向けて受付の方へと案内する。

 

「ここで名前と退院の手続きに来ましたと言って頂ければ、後は指示に従って進めていくだけで手続きが終わりますので行きましょう」

 

 二人は受付に向かうと書類の整理をしていた職員が気づいた。

 

「本日はいかがなさいましたか?」

 

「退院の手続きをしに来たアートですが――」

 

「アートさんですね。少々お待ちください」

 

 職員は引き出しを開けて確認し、取り出した書類をアートに差し出す。

 

「お待たせしました。こちらがアートさんの退院の手続きの書類になります。ここに名前をお願いします」

 

 職員が指をさす空欄に彼は名前を記入した。

 

「ありがとうございます。これで晴れてアートさんは退院できます。怪我の治療お疲れさまでした。私たち一同、退院してもあなた様のご健康を心より祈っております」

 

「お世話になりました」

 

 頭を下げた職員に対してアートはお礼の言葉を返し、コミと共に外に出るのであった。

 

「遅かったのう」

 

 二人が玄関の扉をくぐると声が聞こえてきた。その声の方へ顔を向けるとベルが壁に寄りかかって立っていた。

 

 ベルが「よし! そろったことじゃし。早速出発するのじゃ!」と言い、一人でさっさと遺跡の方へと進んでいく。

 

 アートはそれに続き歩こうとするが、コミが耳元でささやいた。

 

「昨日は『アートに案内するのじゃ』と張り切っていました」

 

「だからあんなに大足で……」

 

 二人がベルを見つめていると彼が後ろを振り返った。

 

 誰もついてきてないことに気づいたベルは二人に対して呼びかける。

 

「どうしたのじゃ! 早くいくのじゃ!」

 

「はい!」

 

「今行きます!」

 

 二人が駆け出すと共に、ベルは近くにいた病院の職員に大声の事で怒られた。

 

 二人が近づいてくるのが分かったベルが、職員に対して申し訳なさそうに何度も頭を下げて二人に向かって手を上げる。それに気づいた職員が溜息を吐いて一言だけ注意するとその場を離れた。

 

「遅いのじゃ」

 

 職員に怒られて少し不貞腐れているベルが不満げに言う。

 

「申し訳ないです」

 

「まあ良い。気を取り直して出発じゃ」

 

 三人は遺跡へと向かう道を歩き始めた。しばらく道を歩いていると不意にベルが口を開く。

 

「伝え忘れていたのじゃが。もう遺跡の中で戦闘になることはないじゃろう」

 

「それはどういうことで?」

 

「アートさんが昏睡状態になってから数か月、私たちは遺跡の調査をおこなっていましたが、黒い霧はどこにもなくゴーレムも微動だにしなくなっていました」

 

「黒い霧はどうしようもないのじゃが、ゴーレムは一度分解を試みた結果。起動するような箇所は見当たらなんだ。何せ中身などなかったのじゃからのう」

 

「なぜ、その状態で動いていたかまでは分かりませんが、おそらくマホウが関係しているかと思います」

 

「マホウですか?」

 

「そうじゃマホウじゃ。これまでの摩訶不思議な出来事を説明できる唯一の存在じゃ」

 

「まあ、そのマホウのことは、いまだ謎のままですが……ゴーレムにとっての電気だった可能性があります。それが切れてしまって動かなくなってしまったのかと考えています」

 

「ただ、それを過程として考えると、今度はなぜ今更になって切れてしまったのかとなるわけじゃ」

 

「役目を終えたからなんでしょうか?」

 

「その可能性も捨てきれないのう……」

 

「とりあえず、もう危険の可能性はないということです。それに話している間に遺跡の入口に着きましたよ」

 

 到着した三人が遺跡の入口を見ると、そこには銀色の甲冑をきた兵士が二人、守るようにして立って居た。

 

「あの人たちは?」

 

 アートが疑問を感じたのか兵士に対して指をさす。

 

「ここディストリア諸島を担当している領主の兵士じゃ。わしらゲーマ王国軍が帰還したため、現在は本来の持ち主が管理しておる」

 

「それなら領主の方に通行させてもらえるように、お願いしないと通れないのでは?」

 

「その心配はありません。すでに許可は、もらっていますから」

 

 そう言ってコミは遺跡の入口にいる兵士に近づき話しかけた。しばらくすると兵士が横にずれ、彼女が戻ってくる。

 

「お待たせしました。それでは行きましょう」

 

 三人は敬礼する兵士の横を通り遺跡の中へと入った。土壁の洞窟を抜け、宮殿へとたどり着く。

 

「あの時と何も変わっていませんね……」

 

 宮殿をまじまじと見つめたアートが呟いた。

 

「ここまで形が残っておる遺跡は貴重な資料になるのじゃ。だから極力、壊さないように心掛けているのじゃ。ほれ、わしたち以外にも人がおるじゃろう?」

 

 ベルの指を差す方へと顔を向けると、そこには調べようと躍起になっている人や白いローブを着た集団が宮殿をまじまじと見つめていたり、先ほどと同じ甲冑を着た兵士が周囲を警戒していた。ただ、そこには共通点があり、誰も道具を持って宮殿を壊そうとする者はいなかった。

 

「あの人たちは?」

 

「この遺跡の謎を解明するために調査に来た人たちじゃ。現状、沢山の人が調査のために押し寄せてきている中で許可を勝ち取った人たちじゃな」

 

「なるほど……」

 

「ここでのんびりしているのも良いのですが、私たちが向かうのは宮殿の奥地なので早く先に進みましょう」

 

「それもそうじゃな」

 

 三人は宮殿の中に入り奥へと進んでいく。反対側の外につながる扉をくぐり、緑のトンネルを通過し、庭園へと足を踏み入れた。

 

「あの時は、あまり見ることが出来なかったのですが、改めて見ると大きな噴水ですね」

 

 アートは庭園の中央に鎮座する噴水を見つめる。

 

「それだけではないぞ。この庭園は宮殿以上に広すぎるのじゃ」

 

「私も庭園の広さには驚きました。少し進むと見渡す限りの花が生えていて美しい光景でした」

 

「まあ、わしたちが見に来たのはこの噴水の下じゃ。アート。もし気になるのであれば今度にするのじゃ」

 

 三人は噴水へと続く階段を下りて、噴水の前に存在する下へと続く通路を進んでいく。やがて巨大で広い空間に出た。

 

「……ここに来るたび、昨日のことのように、あの戦いのことを思い出します」

 

 辺りを見渡しながら感傷深くコミが呟いた。

 

「わしもじゃ。それだけ印象が強かったのじゃ」

 

「本当に終わったんですね」

 

 アートが辺りを見渡しながら呟いた。

 

「終わったのじゃ。もう黒い霧の獣に怯えることはないじゃろう」

 

 ベルの言葉にアートは「そうですか」と言うだけで、部屋の中をいつまでも見つめる。

 

「いつまでも感傷に浸ってないで早く目的地に行くのじゃ」

 

 ベルは、ぼんやりと部屋を見つめていた二人に発破をかけて、本来の目的地である部屋へと三人で向かう。空洞を通り、部屋へとたどり着いた三人が見たものは、地面から青白く発光する花が中央にある台座を除き、辺り一面に咲きほこっている光景だった。常に花から光が増加していくのだが、ある一定の量を持つと保てなくなり、余分な分を空中に放出していくのが目に見える。そんな光景を見たアートは目を大きく開き、固まった。

 

「これが……」

 

「そうです。これがアートさんに見せたかった光景です」

 

「これはすごいです。こんな幻想的な光景があるなんて……」

 

「そうじゃろう。それに、この部屋の端に積まれている木箱には大量の鉱石があったのじゃ。まあ、ほとんどゲーマ王国とデルキルタス王国の取り分になってしもうたがの」

 

「では、もう残ってないので?」

 

「もうこの部屋には残っておらん」

 

 慈悲のないベルの言葉にアートは項垂れた。

 

「しかし、この部屋を見つけるにはアートの力がなくては見つけられなかったのも事実。そこで、わしは個人的に報酬として、これを渡そうと思うのじゃ」

 

 ベルがそう言って持っていた麻袋の中から小袋を取り出し、アートの手の平の上に置いた。

 

「これは?」

 

「これはの。さっき言っておった鉱石じゃ」

 

「いいのですか⁉」

 

「いいのです。私とベル博士が必死に頼み込んで手に入れたものですから、アートさんに貰ってもらわないと困ります」

 

「ありがとうございます!」

 

 アートは嬉しさのあまり大きな声で二人に感謝を述べる。

 

「そこまで喜んでくれたのなら、宰相に必死に頭を下げた甲斐があったものじゃ」

 

「ええ、それに本題に移れます」

 

「本題って?」

 

 疑問を口にしたアートを見て、ベルが一息置くと「アート君。正式にゲーマ王国軍に入る気はないかね?」と言った。

 

「ゲーマ王国軍ですか?」

 

「そうじゃゲーマ王国軍じゃ。アートのこれまでの功績により、わしが正式に雇いたいと感じたからじゃ」

 

「それは嬉しいのですが、たまたま今回の調査が僕に合っていただけですよ。ゲーマ王国で活躍できるとは思いませんが……」

 

「アートを正式に雇いたいのは功績だけじゃないのじゃ。この部屋、何かおかしいとは思わんかね?」

 

「それは……この部屋の中央に何も載っていない台座ですか?」

 

 アートは中央の台座に顔を向ける。

 

「正解じゃ。その上には本来、青く輝く宝玉があったのじゃ」

 

「青く輝く宝玉ですか?」

 

「うむ。ここからが重要じゃ。一度、国に持っていく前に現環境で調べさせてもらったのじゃ。それで分かったことなんじゃが……」

 

 ベルは複雑そうな顔をする。

 

「あの青い宝玉には紫色に輝くの石に含まれたエネルギーをはるかに上回るほどのエネルギーが含まれておったのじゃ」

 

「それは……」

 

 アートが言いよどむとベルの代わりにコミが続きを話す。

 

「それが原因で現在。宝玉をめぐって王国同士がいがみ合っています」

 

「見つけたのはゲーマ王国じゃが、青い宝玉があったのはデルキルタス王国の本土なのが原因じゃの」

 

「国であれば、あれほどのエネルギーを見て見ぬふりは出来ないでしょう。しかし私たち研究員は、あの青い宝玉に隠されている謎があると考えています。なぜなら、私が触れた時にある映像が流れたからなんです」

 

「どんな映像ですか?」

 

「謎の少女の視点から話が進みます。黄色い花に浸食された少女を抱え込んで泣き叫んで目の前に存在する。巨大で尖った鱗を持つトカゲに翼を付けた生物を睨み、呟きました。『ドラゴン』と。そこで映像は途切れていしまいました」

 

「だからこそ、福音の本を解読でき、数々の困難を乗り越えディストリア諸島の謎を解明したアートなら、あの青い宝玉に隠された謎を解明できると踏んだのじゃ」

 

「大体の理由は分かりました……」

 

 話を聞いて考えるアートは、どこか納得したかのように頷いて口を開いた。

 

「それならば僕を、青い宝玉の研究に加えてください」

 

 彼の発言に二人はその言葉を待っていたかのように喜んだ顔をして頷いた。

 

「では、アートにこれを渡しておくのじゃ」

 

 ベルが麻袋の中から、ある二枚の紙を彼に渡す。

 

「これは?」

 

 アートの疑問にベルが答える。

 

「一枚目はゲーマ王国に入国するための紙で、二枚目は研究所に入るための紙じゃ。研究所は城の近くにオートリミアという名前の建物があるから、そこの門番に渡してもらえればよい」

 

「アートさんにも準備が必要かと思いまして、こちらで手配させていただきました。準備が終わり次第、その紙で来てくださいね。くれぐれも失くさないように」

 

「ありがとうございます」

 

「では港まで一緒に行きましょう」

 

 三人は青く輝く花が咲き誇る空間を後にして、すぐに港町へと向かうのであった。

 

 

 ♢

 

 

 波打つ音が聞こえ、髪をなでる潮風が眠気を誘う。船とともに揺られているアートは一瞬、眠りそうになったが気をしっかりと持ち眠気を追い払い、遠ざかり小さくなっているディストリア諸島を見つめた。

 

「今回は起きているようだな!」

 

 船の操舵室から男の笑い声が聞こえてくる。

 

「坊主の冒険章は面白かったぜ! 島を救った英雄さんよぉ」

 

「僕は英雄なんかじゃありませんよ」

 

 アートは目を細め、潮風を堪能する。

 

「まぁだ気にしてんのかよ。自分が島で起こった事件を引き起こした本人だって勝手に思うのは結構なんだが、実際に事を起こしたのは封印を解いた際に出てきた黒い霧のせいだろ」

 

「それはそうなんですが……」

 

「なら、坊主は悪くねぇじゃねぇか。誰が封印を解いたって同じことになっていたさ。話に出ていた人も言ってただろ? 坊主は運が悪かっただけだ。それに出発前に坊主の顔を見に来た領主や町の人が感謝してただろう?」

 

「…………」

 

「俺は驚いたぞ。迎えに来たら坊主が有名人になっているんだからな。まあ、それだけ感謝されているんだ。誰も坊主が悪いなんて思っていねえよ」

 

「それなら良かったです」

 

「たく。しんみりしちまったな。そんなことより坊主とともに来た美人の嬢ちゃんは誰だ? にこやかに手を振って『待ってます!』って言ってたけど恋仲にでもなったのか?」

 

「あぁ。これのことですね」

 

 アートは麻袋から一枚の紙を取り出し、操舵室にいる男に見せる。

 

「ゲーマ王国の研究員として招待されたんです」

 

「あのゲーマ王国から⁉」

 

「はい。コミさんの言っていた待っていますは、おそらくこれのことかと」

 

「なんだ。てっきり恋仲なんだと思っていたわ。それに、あの子が話の中で登場したコミちゃんか。もしかして隣に居たオッサンはベル博士か?」

 

「ベル博士で間違いないです」

 

「あの人がベル博士なんか……」

 

「知っているのですか?」

 

「知っているも何も、ゲーマ王国内では結構有名な方なんだぜ。ベル博士の研究により、時代が進んだと言われるぐらいわな。しかし坊主が知らないとは思わなかったぞ」

 

「ディストリア諸島に向かうまでは半分引きこもりに近い状態だったので……」

 

 苦笑いしたアートは片手で頭の裏を掻く。

 

「まっいいか。それより見えてきたぞ」

 

 操舵室の男が見つめる先には建物が並ぶ街並みが見えた。

 

「準備はできたか?」

 

 男の声にアートは深く頷いた。

 

 街に近づいてくると全貌が明らかになってくる。レンガで出来た家、石で出来た通路、そこを通る大勢の人々が大きな賑わいを見せている。

 

「ついたぜ。フューリに」

 

 船が船着き場に寄せられる。荷物を持ったアートはゆっくりと船から降りた。

 

「それじゃあ。ディストリア諸島からフューリまで千ゴールドだ」

 

 彼は伝えられた金額を麻袋から取り出し渡す。

 

「毎度。もし、また海を渡りたいってなったら海運組織カモメの俺ことドーズに連絡してくれよ!」

 

 男ことドーズは歩き始めたアートの背中に声を浴びせると船に乗せた荷物を下ろしに入るのであった。

 

 ♢

 

 アートは船着き場にある昇り階段を昇り、赤いレンガで出来たアーチ状の壁を通って街の中へと足を踏み入れた。石で出来た広く緩やかな坂の通路、赤いレンガで出来た家が立ち並んでいる大通りだ。中には通路に出てテントを立てたり、布を敷いたりして店を構えている人もいて一種の商店街となっていた。遠くからでも聞こえてきた賑わいが鮮明に聞こえてくる。そんな光景を目に耳にしたアートはポツリと言葉をこぼした。

 

「帰ってきたな……」

 

 少しの間、感傷に浸っていたアートは自宅へと足を運び始める。緩やかな通路を上り、街の様子を見ながら行き交う人々の間をぬって進んでいたが急に立ち止まった。彼は反対側のある一点を見つめる。その視線の先にいるのは遺跡の中でも見た白いローブの集団だった。その白いローブの集団は行き交う人々を呼び止めては、文字が書かれている紙を配るのと共に何かを紹介していた。

 

「あの人たちは……」

 

 気になったアートは白いローブの集団に近づこうとするが、真横から急接近する人物に気づかず衝突した。アートとぶつかった人物は反発しあって地面へと転がる。

 

「イッた」

 

 思わずアートの口から声が出る。すぐに起き上がろうとすると、目の前に手を差し伸べられた。アートは手を差し伸べた人物の顔を確認するために顔を上にあげた。

 

「大丈夫か⁉」

 

 手を差し伸べた人物は青年になったばかりのような顔つきで、若干慌てたようにしていた。アートは差し伸べられた手を取り立ち上がる。

 

「大丈夫です。あなたの方こそ大丈夫ですか?」

 

「俺は大丈夫だ! なんてたって鍛えてるからな!」

 

 青年は、にこやかに笑うと自身の腕につけている籠手と筋肉を見せびらかす。

 

「にしても良かった! お兄さんが無事で――」

 

 青年が話そうとすると街の中に鐘の音が鳴り響いた。その音に驚いた青年は「やっべ! 試験に遅刻する!」と言って駆け出して行った。

 

 アートは駆け出して行った青年の背中を困惑しながら見送ると、気を取り直して白いローブの集団に近づこうとする。しかし青年と揉めている最中にだろうか? いつの間にかいなくなっていた。アートは少しだけ残念そうにしていると、近場から声をかけられた。声がする方へ顔を向けると、そこにいたのは、ふくよかな中年の女性だった。

 

 野菜や果物が並ぶ店を切り盛りしていたようで、会計を隣に居た男と交代した女性は一つの赤い果物を持ってアートに近寄った。

 

「アート君。久しぶりだねぇ。さっきぶつかっていたけど怪我はないかい?」

 

「お久しぶりですメントさん。怪我はないし大丈夫です」

 

「それなら良かった。でも本当に久しぶりだね。いつも来てくれていたのに来なくなっちゃったから、おばちゃん心配したんだよ?」

 

「少し遠出をしてまして街から離れていたんですよ」

 

「見違えたような顔つきをしていたのは、そういう理由だったのね。でもアート君の無事な姿が見れて良かったわ。はい。これ差し入れ」

 

 そう言って女性は手に持った赤い果実を手渡す。

 

「先日入荷したばかりのアルゴアップだよ。特徴はリンゴの中で最も早く熟するから、すぐに食べても甘い。ただ、早く熟するため腐りやすいのが欠点というね。アート君には最も美味しそうなのを選んだよ。もし気に入ったら、またうちに顔を見せてね」

 

 女性はアートに手を振ると駆け足で持ち場に戻り、会計をしていた男と交代した。

 

 既に相手の耳に届かない感謝の言葉を告げるアートは、貰ったアルゴアップを手に持ったまま再び帰宅への足を進めた。やがて商店街から外れた通路へと入る。ここは人の通りが少なく人々の賑わいもない。その代わりに生活音が聞こえてくる住宅街だ。彼は、くねった通路を通って一軒家の扉を開き、中へと入った。

 

「ただいま」

 

 アートは誰もいない空間に向かって声をかける。しかし音が響くだけで返ってくる音はない。部屋の中にある机の近くに麻袋を置き椅子へと座った。女性店員のメントから貰ったアルゴアップをかじる。

 

「甘い……」

 

 一言呟くと、机の近くに置いた麻袋から一つの小袋を取り出し中身を机の上に置いた。

 

「見たこともない。聞いたこともない石……それに……」

 

 アートは机の上にある紫色に薄く透き通る石の欠片を手に取る。

 

「マホウ……ここから始まったんだよな。非現実的だけど現実。ベル博士たちが見つけた青い宝玉だってそうだ。なぜ、そんな物が地下に……一体この世界には何が隠されているんだろう?」

 

 アルゴアップをかじりながら考える。しかし、食べ終えても答えが出なかったのか椅子から立ち上がりベットに寝転がった。しばらくボーと天井を見つめていたが、疲れていたのか、まぶたが自然と閉じられて寝息を立て始めるのだった。

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