変わりゆく日常
レンガで出来た家、石畳で出来た通路が見えるゲーマ王国の首都オルフィルで人々が活発に動き回り賑わいを見せていた。中央にある幅の広い通路を歩き奥に進むと王が住む王城があり、その横にオートリミアと書かれた研究所がある。現在その研究所は、王城との間を忙しそうに人が行き交っている騒がしい様子を見せていた。そんな様子を、資料を持って研究所の窓から見ていた一人の女性が、呆れたような顔をして見つめていた。
「今日も忙しそうですね……」
「そりゃそうじゃ」
突然の横からの声に女性は驚き、手に持った資料を落とした。慌てて資料を拾おうと、しゃがんで床に散らばった紙をかき集め始める。最後の一枚を拾うと視界の端から束になった紙を差し出された。
「これで全部かの?」
彼女は感謝の言葉を言って紙の束を受け取り、差し出した人物を見て不機嫌そうに顔を歪めた。
「ベル博士。驚かさないでください」
「そんなに怒ることもないじゃろう。資料を取りに行ってから、まったく戻ってこないコミを探しに来たんじゃからな」
「それは……すみませんでした」
「まあ、気になるじゃろう。未知なる存在が大量に発掘されてから数か月の間。人の出入りが活発におこなわれておるからの」
「やっぱり青い宝玉が原因なのでしょうか」
「一番の原因はそれじゃろう。なぜだか知らぬが、王が固執しておるようじゃ。さて、無駄話はここら辺にして戻るとするかの」
ベルはコミを置いて研究所の廊下を歩き始めた。
「青い宝玉」と呟きコミは再び窓の外を見る。窓の外には複数人の白いローブを着た人物がある一人の男に付き従うように研究所の中に入っていくのが見えた。
「あの人たちは……」
考えるように口から出た言葉を詰まらせるが、頭を少しふり、ベルが歩いた後に続くように廊下を歩きだした。しばらく廊下を歩き、複数あるうちの扉の一つを開けて中に入る。すると話し声が聞こえてきた。
「ベル博士。コミちゃんはどこに行ったの?」
「それはじゃの」
扉が開いた音に中にいた者が気づき、扉の方へと顔を向ける。
「遅いのじゃ。とりあえず机の上に資料を置いて、こっちに来るのじゃ」
コミは机の上に資料を置き、手招いているベルに近づいた。
「探したのよコミちゃん。どこに行ってたの?」
ベルの隣に居た背の高い女性がコミを見つめる。
「ごめんなさいミランダさん。資料を取りに行っていたんのですが、外が気になってつい……」
コミの言葉に彼女は納得したように頷いた。
「あーあれね。あんだけ忙しなく動いている様子を見ちゃね」
「それもそうなのですが。白いローブを着た人たちを連れた宰相のセイク様が来ていました」
「! それは本当なのじ――」
コミの言葉にベルが驚き、本当かどうか確かめようとする前に扉が開かれた。息を切らした研究員の男が姿を現す。コミの姿を確認した研究員の男は、息を整え大声を上げた。
「セイク様からの通達です!コミ研究員は直ちにセイク様たちとともに王城へと向かうべしとのことです!」
男の声が部屋中に広がる。中で作業していた研究員たちが何事かと手を止め大声を上げた男に顔を向けたが、自分に向けたものではないと分かると、すぐさま作業に戻っていく。
「私だけですか?」
「聞かされた限りですと、コミさんだけのようです」
「ふむ。おかしな話じゃのう。コミだけ連れていくというのは妙に納得できんぞ。他に何か言っておったかの?」
ベルの質問に男は考えるそぶりを見せたが、首を横に振った。
「いいえ。他には特に何も聞かされていませんね。伝えることも伝えましたし、私は研究に戻りたいと思います」
男は扉を閉めた。足音が遠ざかっていくのが聞こえてくる。
「ベル博士――」
ミランダがベルに向かって目配せをする。それに気づいた彼はミランダに指示を出して、ある物を取りに行かせた。
「コミはすぐに準備をおこないセイク様と共に王城へ向かうのじゃ。それとこれを渡しておくのじゃ」
ベルは自身のポケットから小袋を取り出しコミに手渡した。
「これは?」
コミが不思議そうな顔をする。
「お守りじゃ」
「私も渡しておくわ」
小袋を持って戻ってきたミランダも彼と同じようにコミに手渡した。
「突然どうしてお守りを?」
不思議そうなままのコミが問いかけるとミランダが彼女の肩を組み、耳元でささやいた。
「最近の王城は何かおかしいわ。念のため持っておきなさい。おかしいと思ったらすぐに中を開けることいいわね」
ミランダはひとしきり言うと離れる。
「コミ何をしておる。すぐに行くのじゃ」
ベルの言葉にコミは急いで頭を下げて部屋を後にした。それを見送った二人は溜息を吐き、小さな声で会話する。
「白いローブを纏った集団。ユグドラシル教団と言ったかの……」
「ええ、最近宰相と共に行動している集団ね。元々、細々とした教団だって聞いているわ。なんでも大きな木を崇拝しているんだってね」
「遺跡で見た天井画と何か関係があるかもしれんの……」
「大きな木を崇拝するという点に関してはどちらも同じね。しかしその教団が宰相と共に研究所に訪れ、マホウが使えるコミちゃんだけが呼び出された。使えることに関しては私達が隠していたのにも、かかわらずね」
「ハッキリ言って怪しすぎるのじゃ。もしかしたら王城の中でわしたちも知らないことが、おこなわれているのやもしれんの」
「ええ、コミちゃんに何事もなければいいのだけれど……」
二人はコミを心配するように王城がある方角を見つめるのだった。
♢
暗闇の中で二人の足音だけが静かに鳴り響く。止まることのない足音は鈍く光る巨大な扉の前で停止した。扉がゆっくりと自動で開かれると一人の足音だけが鳴り響くと天井の光が点灯し辺りを明るく照らしだした。扉の先は巨大な部屋になっていて中央には巨大な金属の人形が存在していた。どうやらこの部屋は巨大な金属の人形を保存するための部屋のようだ。
先行していた一人の男が扉の前でたたずんでいる赤いマントを背負った初老の男に駆け足で近づいた。
「陛下。命に従い機械兵器の準備は着々と進んでおります」
「うむ。ご苦労」
陛下と呼ばれた初老の男は機械兵器と呼ばれた金属の人形に近づいて顔を上にあげる。金属質の鎧を身にまとったような見た目をしており、所々に生える棘は獲物を突き刺そうとするほどに尖っている。頭部に当たる部分は尖った厳ついトカゲの姿をしていた。そう、この人形はディストリア諸島から運び出された人型鎧を使って組み上げられた物であった。
「ブルトニヘム」
「陛下? それは一体どんな話で?」
初老の男の斜め後ろに待機していた男は、陛下の言葉に疑問を口にする。
「なに。こやつの名前だ。ブルトニヘム。この機体が我をさらなる高みへと連れていく。そうであろう? ユグドラシル教団、教祖ヴェルフェ」
「お気づきになられましたか陛下」
巨大な扉から一人の白いローブを着た人物が姿を現した。被っているフードが顔を隠しており、表情がうかがえない。
「陛下のおっしゃる通り、この機械兵器ブルトニヘムが貴方様をさらなる高みへと連れて行くでしょう。そう、この青き宝玉と共に」
ヴェルフェの後ろから白いローブを着た人物が、青く輝く宝玉を布の台に乗せて両手で優しく持って現れる。
「……いつ見ても素晴らしいものだ――これをデルキルタスの王に渡すにはもったいない。我がこの手で有効活用させていただこう」
白いローブを着た人物から青き宝玉を受け取り、うっとりとした目で陛下は眺める。
「しかし、見れば見るほどに似ておるな。我が国の魔よけの宝玉に」
「ゲーマ王国の魔よけの宝玉は、青き宝玉にそっくりなのですか?」
陛下は首を横に振り、視線を青き宝玉からヴェルフェへと切り替えた。
「いいや。形はそっくりであるが、見た目や輝きは青き宝玉の方が勝る」
彼は青き宝玉を白いローブを着た人物が持つ布の台に戻し、胸を張った。
「小娘の調子はどうだ?」
「小娘と言うと、あのエディア村の孤児の子ですね……今はコミと名乗っていますが」
「そんな話を聞きたいのではない。小娘の持つ力についてだ」
その言葉を聞いたヴェルフェは歓喜をあらわにさせ「彼女は素晴らしい実験体です! あのディストリア諸島の封印を解いてしまうほどの力を身につけました。もう力については問題ないでしょう。すでに彼女一人で青き宝玉の起動に必要な複数体の実験体が賄える状態にあります」と言い、足を一歩前に出し陛下に詰め寄る。
「どうしますか? 彼女をすぐに機械兵器に組み込みますか? 現在、宰相殿の命ですでに王城に待機させています」
ちらりと陛下の隣に居た男に目を向けると、宰相は蛇に睨まれたカエルの様な様子で首を大きく上下に振り肯定した。
「しかし、事を起こすにはちと、早すぎるとは思わんかね?」
「確かにそうですね……当初の予定では、かなりの時間を有すると思われるディストリア諸島での実験の最中に、エディア村から十分な実験体を確保して力の源を摘出するのが目的でした。しかし早く終わるのも難儀なものですねー。あのセルリア家の息子でしたか? 彼のおかげで当初の計画が大幅に狂いました。もちろん良い意味でですが」
「現在エディア村の進行はどうなっている」
「既にエディア村に住んでいたほとんどの村人は小型搭乗機械兵器ムスペルによって確保済みです。ただ力の源を摘出するのが上手くいっておりません。よくてムスペル一体につき二体と言ったところでしょうか」
「では、どうする?すでに感づいている者もおるようだ」
「少し強引にはなりますが計画を変えましょう」
人差し指を立てるヴェルフェに陛下は片眉を動かし口を開くのだった。
「……話を聞かせてもらおう」
♢
長い廊下を赤い甲冑を着た兵士二人と、その間に挟まれた女性が歩いていた。足音だけが鳴り響く中、辺りを頻繁に見渡していた女性が遠慮がちに手を上げた。
「あのぅ。一体どこに向かっているのですか?」
その質問に前を歩いていた兵士が答えた。
「先ほどもおっしゃったようにコミ殿には、セイク様がいらっしゃる施設に向かってもらいます」
「いえ、そのことではなくて施設がどこにあるのか。施設が何なのか教えてくれると嬉しいのですが」
「申し訳ありません。その施設がどこにあるのか。施設が何なのか我々は知らされていないので詳細は分かりません」
「それだと案内が出来ないのでは?」
「ええ、ですから。ここからは彼らに案内してもらいます」
兵士が足を止めると、前方で扉の前に立っている白いローブを着た二人の人物を見つめた。
「彼らですか?」
コミは白いローブを着た人物に視線を向けて問いかける。
「そうです。では、我々は持ち場に戻りますので教団の方。後はよろしくお願いします」
兵士はコミを置いて、白いローブを着た人物に向かって敬礼をしてから、その場を後にしていった。
「ではコミ様。私たちについてきてください」
白いローブを着た二人の人物は、コミに対してお辞儀をすると一人は彼女の前に、もう一人は後ろについて歩きだした。
扉の先にある下り階段をおりていくと、その先には薄暗い廊下が存在していた。そのままコミが廊下を歩いているとコポコポと空気が破裂するような音が聞こえてくる。その音が気になった彼女は辺りを見渡し、ある一つの小窓がある扉を見つけた。すれ違いざまに横目で部屋の中を覗く。覗かれた小窓の先には、複数もの透明で巨大なカプセルが並んでいた。
コミは大きく目を見開く。そのカプセルの中には老若男女問わず容器の天井から生えた機械を口に付けており、全身が液体に浸っていた。
思わず動きを止めたコミに、後ろから歩いていた白いローブを着た人物が声をかけてくる。
「どうかいたしましたか?」
心配そうな声で白いローブを着た人物は、斜め後ろからコミの顔を覗き込もうとするが「いっいえ。なんでもないです!」と彼女は動揺したように声をうわずらせ、前方に進んでいる白いローブを着た人物を追いかけた。
置いていかれた白いローブを着た人物は誰も聞こえないように、一言「ほう……」と口に出すのだった。
前方にいた白いローブを着た人物に追いついたコミは、再び薄暗い廊下を歩く。しかし先ほどまでの元気はどこに行ったのか、若干猫背になっていた。血色の良かった肌は青みを帯び、腕をお腹に当てている。前を歩いていた白いローブを着た人物が止まった拍子に背中に顔をぶつけた。
白いローブを着た人物がゆっくりと向きを変え、鼻の無事を確認しているコミに告げた。
「コミ様。到着いたしました」
近くにある扉を開き、中に入るようにうながしている。
「分かりました」
彼女は白いローブを着た人物に言われるがままに部屋の中に入った。
「お呼びがかかるまで、ここで待機してください」
扉が閉まり、鍵が掛けられた音が聞こえた。コミは、すぐに扉が開くかどうか取っ手を回す。
「開かない……」
扉を開くのを諦め、部屋の中を見渡す。ソファと呼ばれる安楽椅子や机があるだけの、至って普通の客間であるようだった。彼女はソファに腰を掛け一息つく。
「あれは……一体何だったのでしょうか……」
窓の奥から見えた物について振り返るように思考しようと目をつぶる。やがて時が進み、ゆっくりと目を開いた。
「ベル博士やミランダさんが言っていたこととは、あれのことだったのかもしれません。そうだとしたら私もいずれ…………」
突然、フフっと何かがおかしいかのように笑った。
「疑いたくないと言って真偽を知ろうとしたのに……真実は残酷でした。アートさんには悪いことをしました。許してくれるでしょうか……」
彼女はベルとミランダから貰ったお守りを取り出し見つめる。
「おかしいと思ったらすぐに開けること、か……」
二つのお守りを開けると、中からは小さな金属の塊と、折りたたまれた小さな紙が出てきた。紙を開き中を確認する。
『これを読んでいるということは、何かがおかしいと思ったということじゃな。さて本題に入るのじゃが、この機械はわしらが開発した通信器具じゃ。耳に付けて横にある突起を押すと登録されている同じ器具に繋がり離れた場所から会話することが可能というわけじゃ。詳しい話は通信してから話すのじゃ』
読み終えたコミは紙を元の場所に戻し、機械を耳に付け突起を押した。すると書いてあった通りに、機械から声が聞こえ始めた。
『コミ!大丈夫かの!』
「ええ、今のところは大丈夫です」
ベルの声に少し安堵の表情を浮かべたコミは、道中で目撃したことなど踏まえて自身が分かっていることをすべて伝えた。
『おかしいと思っておったが、そこまで落ちていたとは……』
ベルの言葉が詰まる。
『分かったのじゃ。とりあえずコミは通信器具を点けたままにして、呼びがかかるまで待機じゃ。わしはミランダとともに準備を進める。もし本当に身の危険があった場合はすぐに逃げるのじゃ』
「準備とは一体?」
『なに救出の準備じゃよ』
その言葉にコミは「……ありがとうございます」と涙ながらに返し通信が切れた。
ベルから言われた通りに、コミは呼びがかかるまで待機する。時が経ち、扉を叩く音が聞こえてきた。扉が開かれ白いローブを着た人物が姿を現す。
「コミ様。ついてきてください」
彼女は指示通りに白いローブを着た人物の後をつける。しばらく歩いていると巨大な扉が見えてきた。何もせずとも扉がゆっくりと開かれる。
「コミ様。どうぞ中へ」
恐る恐る中に入ると、そこには巨大な部屋の中央に巨大な金属の人形が存在していた。
「これは……一体……」
コミが唖然と金属の人形を見つめていると「それはブルトニヘムだ」と後ろから声が聞こえてきた。急いで声のした方へと振り向くと、そこには白いローブの人物と男をはべらして、こちらへと歩いている赤いマントを背負った初老の男がいた。
「久しいなコミ」
初老の男は腕を組み、コミをきつい目つきで見つめる。
「お久しぶりです陛下」
声を掛けられた彼女は初老の男に向かって片膝をつき頭を下げた。
「ここに呼んだのは他でもないブルトニヘムのことだ」
「…………」
「このブルトニヘムが我をさらなる高みへと連れていく。しかし起動する条件が揃っていない。そこでお主の力が必要なのだ」
「私の力……」
「そうだ。コミ、お主の力だ。それが加わればブルトニヘムは完成する」
「陛下。質問の許しを」
「許可する」
「私の力をどのように加えるのですか?」
「決まっておる」
陛下の後ろにいた白いローブを着た人物と男がコミの両腕をつかみ捕縛する。
「お主をブルトニヘムに組み込む」
「‼」
コミは捕縛から抜け出そうと暴れるが、自身をつかむ力の強さに抜け出すことが出来ない。
「殿下! 貴方は!」
「何とでも言うとよい。我は止められぬ。連れて行け」
陛下の指示に白いローブを着た人物と男は、コミをブルトニヘムへと近づけようとした。
ビー!ビー!ビー!
壁の一部に赤い電灯がつき警報が鳴り響く。何事かと白いローブを着た人物と男は辺りを見渡すと、壁についた機械が告げる。
「侵入者です! 繰り返します! 侵入者です!」
コミは警報によって狼狽える二人の手の力が弱まったことに気づき、暴れて捕縛から逃げ出した。急いで彼女を再びとらえようと、白いローブを着た人物と男が腕を伸ばすが、駆け出したコミを捕まえるのには、あと一歩足りず空を切るだけだった。
駆け出したコミの目の前に殿下が立ちはだかるが、彼女は足を止めず、そのままの勢いで腹に体当たりと言うタックルをかました。コミは勢いで巨大な扉の前に、殿下は立っていた近くの地面に転がっていく。
コミがゆっくりと壁伝いに立ち上がろうとすると、不意に腕を引っ張られ巨大な部屋から廊下に出た。彼女は自身の腕を引っ張り走る人物の姿をとらえる。
「ベル博士!」
「話はこの城を出た後じゃ。向かうぞ」
「向かうってどこに⁉」
必死な形相で走るベルは答える。
「決まっておる! アートが暮らす首都フューリじゃ!」
ここまで、お読みいただきありがとうございます。
次は第二章の青き戦 前編へと物語が進みます。主に話の中で登場した二ヶ国を舞台として進んでいく形になります。