第一話 選択
部屋の中でカリカリといった音が聞こえてくる。どうやら一人の青年が机に向かって紙に字を書いているようだ。
『お父さん、お母さんへ
お元気ですか? 僕は元気です。
今は、お父さんとお母さんから貰った福音の本を手に、デルキルタス王国の首都フューリに向かった日を懐かしく感じています。
それは何故かというと福音の本を解読し大冒険をしたからです。お父さんとお母さんには早く伝えたくて手紙にして送ります。僕が大冒険した、あの日々を──
──以上が僕が体験した出来事です。この大冒険での功績で僕はゲーマ王国の研究員になることが出来ました。お父さんとお母さんと同じ役職になれたことに喜びを隠しきれません。この手紙を書き終え次第、僕はゲーマ王国へと旅立ちます。
手紙と一緒に同梱されているのは、話の中で手に入れた未知なる鉱石です。僕からの贈り物として受け取ってくれると嬉しいです。
アルフ・セルリア、ミト・セルリアの息子。アート・セルリアより』
彼は深く息を吐きペンを置いて椅子の背もたれに体を預けた。しばらくの後、机に置いていた、鉱石が入っている木箱の中へと手紙を入れる。蓋をして厚めの紙で包み紐で中身が零れないように頑丈に結んだ。
準備をしてから小包となった木箱を持ち、外に出たアートは商店街の緩やかな坂を進み『配達はお任せ! 御用がある方はテルミー配達の受付まで!』と書かれた看板が立っている建物の中へと入る。
「いらっしゃいませー!」と元気な声が受付から聞こえてくる。
「こちらにどうぞ。今日は、いかがなさいましたか?」
アートを受付の前に案内した元気な女の子は笑顔で用件を尋ねた。
受付に小包を置き彼は「この小包をイコラ村にあるセルリア家に送ってほしいのですが……」と用件を告げる。
「イコラ村のセルリアさん家にですね! かしこまりました! この大きさと重さですと……料金は五百ゴールドになります!」
手続きを済ましたアートは女の子の元気な声に送られながら外に出た。背伸びをして大きく息を吸い吐く。少し気が楽になった彼は自宅に戻ろうと足を進めようとしたのだが、急いでこちらに向かってくる人物によって呼び止められた。
「すみません! 配達屋から出てきたお兄さん!」
その人物は先日、アートとぶつかった青年だった。
「お久しぶりです。何か用ですか?」
「ああ! あの時のお兄さん! アートさんという男の人を探していまして、その方が配達屋に入っていったと聞いたのですが知りませんか?」
「アートは僕の名前ですが……」
「ええっと……ベル博士という方と知合いですか?」
「ええ、ベル博士とは知合いです」
「良かった。間違いないですね。これをどうぞ」
青年はアートに一枚の折りたたまれた紙を渡した。
「これは?」
「ベル博士からアートさんに緊急の手紙だと言っていました。内容は知らないです。読めば分かると言っていました」
よく分からない説明に困惑するアートは、その場で紙を開き、読むために文字を視界に収め……
「ベル博士はどこに?」
「手紙を受け取った場所にまだいるのなら、ニベル広場にいると思うけ──えっ?」
アートは走り出した。
突然走り出した彼に青年は驚き唖然とするが、落ちている手紙を見て急いで拾い上げた。
「アートさん! 忘れ物です!」
走っていくアートに向かって大声を上げて引き留めようとする。しかし立ち止まらず走る彼の背中は見る見るうちに遠ざかっていく。
「一体、何が書かれていたんだ?」
青年は手紙の内容を視界に入れた時に深刻な表情をしていたアートを思い出し、書かれていた内容が気になって読もうとした。
「なんだこれ? 読めねぇ」
しかし手紙に書かれていた文字を青年が読むことは出来ない。そこに書かれていたのは福音に書かれていた文字と同じ古代文字で書かれていたのだから。
♢
ニベル広場へとアートは走る。息が上がり呼吸が荒くなるが、彼は走ることを止めずに広場へとたどり着いた。
「……ベル博士はどこに……」
左右を見て探していると、突如として麻のローブを被った人物に手を引かれた。薄暗い路地へと誘い込まれる。
「あなたは誰ですか?」
「もう忘れたのかね?」
謎の人物は麻のフードを取って顔を現す。その顔はアートと大冒険をしたベルであった。
「無事だったんですね。手紙に書かれていた助けてという文字を見て、急いで駆けつけたのですが解決したのですか?」
「いや、今まさに助けてほしいのじゃ。わしたちは現状ゲーマ王国に追われておる。助けてはくれぬか?」
「助けるにしても、どうして追われているんですか? それにわしたち? ということはもしかして……」
「アートの想像通りコミもおる。奴らの狙いはコミじ──」
ベルがアートを路地の奥へと引っ張り、明るい広場を見つめる。そこには自分達を発見したかのように仲間を集め出した黒いローブを着た人物がいた。
「まずい! 逃げるのじゃ! 理由は後で話すのじゃ!」
ベルはアートの手を掴み、路地裏へと走り出す。
「ベル博士。あれが追いかけてきてる人ですか?」
「そうじゃ。あ奴らはゲーマ王国の暗部じゃ。わしらを追いかけてここまで来るとは思わなんだが……それよりもアート案内してくれぬか?」
情報を供給しあいながら走る二人に、追いかけてくる人物たちがナイフを飛ばしてくる。次々に真横を通っていく刃物にアートは驚愕した。
「うおっ! 案内ってどこに⁉」
「奴らを攪乱して逃亡できる経路と安全な場所じゃ」
「…………分かりました。ついてきてください」
先頭に躍り出たアートは自身が知る経路を通りベルを案内する。複雑な道を通って追いかけてくる人物達を一人、一人と引き離していき、誰もいなくなってから商店街の大通りへと出た。人込みを避けながら再び人が少ない通路に入り、くねった道を進む。やがてたどり着いた一軒家の中へと転がり込んだ。
急いで鍵をかけたアートが一息つく。
「何とか逃げ切れましたね……それで追われていた理由とは?」
「その前に少しだけ待つのじゃ。ベッドはどこかの?」
「? ベッドならそこにありますが……」
アートが指を差した先にあるベッドに、ベルが近づいて麻のローブを脱ぐ。すると中からコミが背負われている状態で出てきた。
しんどそうな表情をしたコミをベッドに寝かせた彼は一息吐いた。
「コミが暗部からの逃亡の途中で力を使い、わしを守ったのじゃ。結果は使いすぎて倒れてしまったがの」と言い腰を下ろして床に座った。
「それで追われていた理由だがの。どうやらゲーマ王国はコミを使い、戦争に使う道具を作ろうとしていたのじゃ。わしは、その前に助け、逃げてきたという事じゃ」
「……それが追われていた理由ですか。コミさんが必要となってくる戦争ということは青い宝玉と何か関係があるのですか?」
「関係大有りじゃ。青い宝玉の力を欲しがった王はデルキルタス王国に戦争を仕掛けるつもりでおった。そこでコミの力が必要じゃったようじゃ」
「コミさんの力ですか……」
アートはベッドに寝ているコミを見る。
「で、アートには共にコミの故郷、エディア村に向かってほしいのじゃ」
「どうしてそこに?」
「コミが村から連れられてきた理由や力のことで、何か分かることがあるのではないかと思ったからじゃ」
「それなら僕のとこに行かず。直接向かえばよかったのでは? わざわざ遠回りをしなくても」
「それがどうも、エディア村にはゲーマ王国軍が遠征に来ているらしくてな。わしらだけじゃ軍の警備を突破することは不可能だからじゃ」
「…………理由は分かりましたが……とりあえず明日まで待ってほしいです。それまでには決めますので」
「……分かったのじゃ。良い返事が来ることを待っておるのじゃ」
ベルは目をつぶり眠り始める。よほど眠かったのだろうか目の下にはクマが出来ているのが確認できた。
「僕は本当に、ついていくべきなのか……」
アートの呟きは誰の耳に届くことなく空気となって消えていく。二人と共にエディア村に行くのかどうか。眠っているベルとコミが目覚めるまで、彼は椅子に座って思考するのであった。