魔法が忘れ去られた世界で願いを   作:六角ルビー

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第二話 街を照らす炎

 悩みに悩んだアートは息を吐き、部屋にある窓を開け風に当たる。外を見ると空をオレンジ色に染め上げる夕日が見えた。

 

「…………」

 

 しばらく見ていた彼は、部屋の中で眠るコミとベルを見る。初めは荒い呼吸をして眠っていたのだが、今は安定した呼吸をしているのが確認できた。窓を閉め部屋にある机へと足を運び、上に置いてあった福音の本を大事そうに両手で手に取った。

 

「……お父さん、お母さん、僕はどうしたら……」

 

 本を見つめ溜息を吐き、机の上に戻そうとした時、突如としてパリンという割れた音が近くから聞こえてきた。

 

「何の音?」

 

 アートは音が鳴った方へと顔を向けようとするのだが、いつの間にか周囲を漂っていた煙を勢いよく鼻の中に吸い込まんでしまう。肺に入った異物を吐き出そうと咳き込んだ。

 

「焦げ臭い……それになんだか熱い」

 

 手で鼻と口を塞ぎ、煙を吸い込まないようにして音がする方へと目を向ける。そこにあったのは火が木製の床を焼き尽くしながら、燃え広がろうとしているところだった。

 

「ベル博士! コミさん起きてください!」

 

 いまだに眠りこけている二人を起こそうと必死に呼びかけ体を揺する。

 

 パリンとまた音が聞こえた――

 

 火が部屋の四方八方から吹き出し始める。

 

「なんじゃ……騒がしいのぉ⁉」

 

 のんびりとした口調で目を開けたベルは、周りで燃え盛る火の海を見て飛び起きた。

 

「どういうことじゃ!」

 

「分かりません! とにかく脱出しましょう!」

 

 二人が騒いでいるとコミが目を覚まし起き上がろうとして咳き込んだ。

 

「何事ですか⁉」

 

 更にパリンと音が鳴り、壁から火が噴き出してくる。あまりの出来事に三人は混乱するが慌てて玄関の扉を開き、外へと脱出する。すると三人の目の前に黒いローブを着た人物たちが立ちはだかった。

 

「出てくるのが遅かったですね」

 

 中心に立って居た人物が溜息交じりに言葉をこぼした。

 

「お迎えに上がりましたコミ様」

 

 黒いローブの人物が彼女へと手を差し伸べながら近づこうとするが、目の前でアートとベルが立ちふさがる。

 

「ベル博士。あなたほどの方であれば分かっているでしょう? 国に楯突くことがどれだけ恐ろしいことか。このままコミ様を渡してくださるのならば、我らが王は此度の件を許してくださることでしょう」

 

「だからなんじゃ! わしは見たぞ! あのような恐ろしいものを作って王はどうするつもりじゃ!」

 

「王の崇高なる考えは我らでも分かりません。ですが王は我らに素晴らしい世界を見せてくださると約束してくださったのです! 理由はそれだけで十分でしょう?」

 

「コミさんは渡さない!」

 

 横からの声に黒いローブの人物は、自身を睨みつけているアートに気が付いた。

 

「貴方は……」

 

 考えるように彼をつま先から顔まで見て笑い。

 

「貴方が噂のアート殿ですね! 福音を解読し、ディストリア諸島の謎を解いたセルリア家の息子! お会いしたかったです!」

 

 手を叩き歓喜をあらわにさせる。その自身の姿を見て困惑するアートを他所に、ローブの中に手をゆっくりと入れながら言葉を続けた。

 

「しかし残念です。その目はベル博士と同じ、我らと敵対しようとする目。故に消させてもらいます。火事に巻き込まれて焼身したとして・ね!」

 

 ローブの中に入れていた手を勢いよく取り出し、手つかんでいたものをアートに向かって投げる。勢いよく飛ぶそれに気づいたアートが避けると、後ろで燃え盛る家の壁にぶつかり、パリンという音を立てて割れた。中に入っていた液体が外に出て発火する。

 

「まさか!」

 

「お気づきになられましたか。ええ、そうですよ。あなたの家を燃やしたのは、こいつです」

 

 黒いローブの人物が、いつの間にか手に持った試験管を見せびらかす。

 

「炎を操る暗殺を得意とする男がいると、噂程度には聞いておったのじゃが、お主のことじゃったのじゃな。炎の操術者グレン・ダルマ」

 

「名前を知ってもらっているとは嬉しい限りです。私も貴方たちと同じように有名人になっていたようですね。ですが本当に残念です。私のことを、ここまで知ってくださる方にお別れをしなければいけないなんて……」

 

 フードを脱ぎ去り、火傷をした顔を見せた男は、言葉とは裏腹に声が上擦る。

 

「しかし長々とおしゃべりしていてよかったのですか?我らの目的は達成したので、もう話す必要はないと思えますが……」

 

 アートが「どういうことだ」と言いかかけて、彼の後ろへとコミが羽交い締めで運ばれいるのを見て、急いで自身の後ろを確認する。そこには倒れたベルだけがいた。

 

「『いつの間に』とでも言いたそうな顔をしていますね。貴方達が話に夢中になっている間にですよ」

 

 男は自身の仲間に目配せする。それに頷いた仲間は彼を置いて、その場を後にした。

 

「さて、そろそろ全力で始末しましょうか」

 

 彼は手に持った試験管をアートに向かって次々と投げつけた。それはアートが倒れているベルを起き上がらせようとするのを阻止する。

 

 アートは次々に飛んでくる試験管を触れないように躱して、何とかベルを起こすことには成功するが、辺りを炎で囲まれしまい立ちすくんでしまった。

 

「逃げ道はありませんよ」

 

 男が試験管を両手に持ち、唯一通れるように作られた炎に囲まれた道を歩いて近づいてくる。

 

「アート。わしが何とかする。その隙にコミを追いかけるのじゃ」

 

「何とかするって一体……」

 

「時間がない! 急ぐのじゃ!」

 

 ベルは男に向かって走り出し、腰へと組みついて勢いのまま共に倒れる。男は衝撃で肺にたまった空気を吐き出し、ベルは地面にぶつかった反動で組み付いていた腕が外れ炎がない外へと弾きだされた。後ろからついてきたアートによって回収され男の仲間を追いかける。

 

 倒された男は笑う。「逃がしませんよ」と呟いて――

 

 ♢

 

「ベル博士。コミさんがどこに向かったか分かりますか?」

 

「分かるぞ。恐らく街の外に繋がる門へと向かっているようじゃな」

 

 ベルが懐から取り出した。小型の機械を見て答えた。

 

「急ぎましょう」

 

 二人は力強く足を踏み込み、暗くなった街を駆け抜け門へと向かう。

 

 必死に駆ける二人を見た酔っ払いの街の住民が何事かと困惑するが、あまりの必死さに声援を送ろうとする。しかし彼らの後ろから高速で追いかける黒いローブの男が住民のすぐ横を通り抜けたため、彼は驚いて腰を抜かした。

 

「来ましたね……」

 

「来たのじゃ……」

 

「……また追いかけっこですか? さんざんしたのに、まだ遊び足りないようですね!」

 

 アートとベルの後ろから試験管が飛んでくる。それは地面にぶつかり火柱を上げ二人の行く手を遮ろうとする。燃え盛る火柱を、二人は足を止めずに躱して進む。住民の悲鳴が上がる中を走り、男との攻防を繰り広げていく。やがて門を視界に入れた二人は黒いローブの人物達に連れられているコミを発見した。すぐに追いつき、コミを救出して門の外へと飛びだす。

 

「コミさん。無事ですか?」

 

「はい何とか……」

 

「森の中へ急ぐのじゃ。そこであれば身を隠せるじゃろう」

 

 ベルが後ろを見て、前にあ森を見て、そう言った。

 

 街の外に繋がる平原を駆け、近くに隣接する森へと入り込む。三人は草陰に隠れ様子をうかがおうとするが、森の中で火柱が立ち上がった。

 

「うそじゃろ……」

 

 あまりの出来事にベルが声を失う。

 

「アートさん……」

 

 コミは詠唱しアートにマホウをかける。

 

 その短い間にも火の勢いは増して焼かれた木々が倒れいく。もうここには居られないと判断した三人は森の外へと脱出した。

 

 森の外に出た三人の行く手を黒いローブを着た男が遮る。

 

「グレン・ダルマ……」

 

 名前を呼ばれたグレンは試験管を両手に持って笑う。

 

「追いかけっこは終わりですか?」

 

「炎の操術者と呼ばれるまでの男が、こんなに派手な暗殺をおこなうとはのう。どういう意図じゃ?」

 

「我らの行動は全て王の命によって動いています。故に我らに意図はない。あるのは王のみ」

 

「アートの家を燃やしたのも、通路に火を放ち街中を混乱させ、森に火を放ったのも全て王の意思じゃと?」

 

「ええ、全ては王の命です。そもそも、コミ様を連れて逃げなければ、こんなことにはならなかったのですよ?」

 

 グレンの返事に三人は息を吞み込んだ。

 

 ベルとグレンが会話している間にも、森から燃え上がる炎は激しさを増して、太陽が沈んだ暗い空を明るく照らしていく。

 

「じゃが、ここまで派手なことをすれば、お主の身が危険にさらされることは分かっておるはずじゃ」

 

 ベルがアートとコミに向かって目配せをする。まるでこの隙に逃げろとでも言うように。

 

 ベルの微かな行動を捉えたグレンは、すぐに攻撃可能な態勢に切り替えた。

 

「逃げないでくださいね。もちろん分かっています。人前で派手なことをすると目立つのは当たり前でしょう?」

 

 グレンは自身の行った行動によって得られる事象に対して、至極当然のように答える。

 

「おかしい。衛兵は、なぜ来ないんだ……?」

 

 緊張のせいなのか炎の暑さのせいなのか流れ出る汗をぬぐったアートが疑問を口にした。

 

「私が一人で、ここにいる時点で、なぜ来ないかなんて分かっているでしょうに」

 

「仲間が衛兵をこっちに来させないようにしているんだな?」

 

「ええ正解です。正解したアート殿には景品をプ・レ・ゼ・ン・ト!」

 

 グレンは両手に持っていた試験管をコミに向かって勢いよく放り投げる。

 

 アートは彼女の手を掴み引き寄せて飛んでくる試験管を躱した。

 

「大事じゃないのか!」

 

 それ聞いたグレンは笑うと、手に持った石をアートの足元に向かって投げる。飛んでいく石はいつの間にか地面に落ちていた試験管に当たって破壊した。割れた試験管から飛び出る液体は、空気に触れた瞬間すぐに発火し、アートを中心としてベルとコミを巻き込み火柱が昇る。

 

 火柱が収まり中の様子を確認しようとしたグレンは、焼かれた跡がなく二つの足で元気に立っている三人に少し驚いた。

 

「初めて見ましたが、それが報告に聞くマホウというものですか……。王が欲しがるのも納得できます」

 

 透明な半円が三人を守るように展開されている。火が中に入ろうとしても外へと弾かれいるのが見える。

 

「お主の目的はコミを連れ戻すのではなかったのじゃ?」

 

「勿論その通りですが。『生きてさえいればよい』とのことでしたので。だけどマホウがある限り傷つけるのは困難のようです。この方法が一番手っ取り早いのですが……」

 

 グレンは笑う。

 

「今回の命は実に楽しく愉快だ! ここまで上手くいかないなんて、いつ以来でしょうか!」

 

 彼が試験管を取り出し、身を構えようとした時――

 

「その動作は何度も見ているんだ! これで!」

 

 アートが石をグレンの持つ試験管へと投げつける。

 

 強化されたアートの手によって尋常ではない速度で加速する石は、グレンの持つ試験管へと直撃した――割れた音が周囲に鳴り響く。試験管から飛び出た液体は空気に触れ、すぐさまグレンに纏わりつくように発火した。

 

 グレンはあまりの熱さに叫び、必死に消火しようと体を地面に擦り付けようとするが、勢いよく倒れたせいか黒いローブの中から何かが割れる音が立て続けに発生すると爆発したかのような音とともに巨大な火柱が彼を焼き尽くそうと燃え上がった。

 

「急いでここから離れるのじゃ」

 

 あまりの出来事にアートとコミは唖然としていたが、ベルの声によって我に返ると指示に従うように動き始めた。二人が燃え盛るグレンを横目で見つめながら、ベルとともに崩壊していく森を後にする。

 

 誰もいなくなってしまった森で、火柱から黒い影が浮き上がった。緑が赤へと染まっいく中、その影は開いた口を何度も開閉させたのち口角を上げ…………その場に倒れるのであった。

 

 時が経ち、森から立ち上がる火の勢いが収まりかけたころ、黒いローブの集団を追い払った衛兵たちが火災の現場へと、たどり着いていた。

 

「これは一体⁉」

 

 衛兵たちは森の大半が焼けてしまっている光景に驚愕する。急いで辺りを調査するが見つかるのは、干からびた地面の上に炭となった人らしき物体と、草木の灰のみであった。

 

 ♢

 

 燃え盛る森を後にした三人は首都フューリーから、かなり離れた場所へと移動していた。

 

「ここまでくれば安全じゃろう」

 

 ベルが近場にあった木に腰かけて息を吐き、アートを見つめて頭をかいた。

 

「あー今さら聞くのもあれなんじゃが……答えは決まったかの?」

 

 暗かった辺りは薄暗くなり明るくなってきていて、太陽が顔を出そうとしているのが確認できる。明日までに答えを出すとアートが約束していた期限が迫ろうとしていた。

 

「僕は……」

 

 彼は悩むようにうつむくが、すぐに首を横に振って顔を上げた。

 

「僕を、二人の旅に連れて行ってください」

 

 その答えを聞いた二人は頷き、アートに向かって手を差し伸べる。

 

「これからよろしくお願いします。アートさん」

 

「よろしくなのじゃ」

 

 アートは差し伸べられた手を取り「よろしくお願いします」と答えるのであった。

 

 再び行動を共にすることになった三人は握りしめた手を離すと、一緒に木へと腰をかける。

 

「それでエディア村に向かうとのことですが、経路は決まっているのですか?」

 

 アートの質問にコミが持っていた麻袋から一枚の紙を取り出した。

 

「世界プラトディアの簡易地図です。経路は、まだ決まっていませんが、大体のことは決めています」

 

 コミは紙を広げ指を差す。

 

「おそらく私たちが現在いる場所がこの辺りです。そこからエディア村まで向かうとなると……」

 

 指で紙をなぞりエディア村がある場所へと向かわせる。

 

「約二週間は見ておかないといけません」

 

「しかも山越えが必須か」

 

 コミが指でなぞった道筋は、二つの国に挟まれている山を通過している。

 

「本来であれば海から向かう方が早いのじゃがの。ゲーマ王国の指名手配となったわしとコミでは船で入国するのは危険すぎるのじゃ」

 

「ベル博士のおっしゃる通りで、私たちはデルキルタス王国とゲーマ王国の目を搔い潜って行き来できる山脈。ラアドベルクを越えないといけません」

 

「そうなると山を越えるための物資が必要になりますね」

 

「はい。ですので、まずは山の入口近くにある村プラトに向かいましょう」

 

「さて、決まったようじゃし。二人とも疲れているのは分かっておるのじゃが、すぐに向かうのじゃ」

 

 いつまでも、この場に留まっているのは危険だと判断した三人は、すぐに準備しプラト村がある方角へと足を運ぶのだった。

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