プラト村を襲った魔物の群れを退けたアートたち三人は現状確認のため、とある男に村長宅へと呼ばれていた。案内された部屋に入ると複数人の人物が卓を囲んで三人が来るのを待っていたようだ。用意された椅子へと座る。
「来てくださり感謝します」
奥の方で三人を呼んだ男が椅子から立ち上がる。それにともなって周りで座っていた人たちも立ち上がった。
「魔物から村を救ってくださり、ありがとうございます‼」
彼らは一行に対して感謝を述べ深くお辞儀をした。
「頭を上げてください! そこまで感謝されることでは……助けられなかった人がいましたし……」
コミが慌てた様に広げた手を前にして伝える。隣で座っている二人を見ると視線が交わった。どうやら二人もコミと同じように困惑しているようだ。
「いえ、それでも事態を抑えることが出来たのは、お三方のおかげです」
頭を上げて男はもう一度感謝を述べる。
「そこまで言われると……」
対応に困惑する三人は苦笑いしながら、お互いに顔を合わせあっていると、先ほどまで黙って立っていた一人が口を開いた。
「お三方が困っているようだし、感謝を伝えるのは、ここまでにした方がいいんじゃないか?」
「それもそうか……」
男は困った表情の三人を見て、ゆっくりと椅子へと座り直した。周りで立ち上がった人たちも席につく。全員が座ったのを確認した男が一息置いて話し始めた。
「私の名前はクライス・メイシュトラークと申します。デルキルタス王国五番衛兵隊長に属する者です。私は任務として部下を連れてプラト村で発生していた殺人事件の調査をしていました」
「もしかして……」
「ええ、アートさんの想像通り、犯人はお三方が言う魔物だったというわけです。そこで魔物のことを知っているお三方にお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
三人は頷き合いベルが代表として魔物のことについて詳しく話した。
「──と、いうわけじゃ。ディストリア諸島の領主からも情報の伝達が行われておると思うのじゃがの」
「ディストリア諸島の領主と言えばニルス様ですね。英雄が黒い霧の怪物を退治してくれたおかげで島は守られたと、おっしゃられていました」
「その黒い霧の怪物の名前が魔物だったというわけじゃ」
「あれがディストリア諸島で現れた怪物だったのですね。しかし英雄の活躍によって事件は終息したはずで魔物はもう現れないという話だったと思うのですが……」
「わしたちもそう思っていたのじゃが、現れてしまった。しかも余計なオマケ付きでじゃ」
「アートさんが発見したというゲーマ王国の紋章を持った人でしたか……もう死んでいるとのことでしたが」
クライスは隣で座っている人物に目配せした。その人物は一つ頷くと紙を取り出した。
「報告が上がっています。アート殿が発見した人物は死亡が確認されました。それに所持していたゲーマ王国の紋章は本物であることは間違いないそうです」
「ありがとうございます。此度の件はゲーマ王国側で、何かが起こっていると見て間違いないようです。そこで証拠品として死体と紫色に透き通る石を私たちに渡してはくれませんか?」
三人は頷き了承した。
「協力感謝します。では私たちはこれから町人を連れてフューリへと戻ります。お三方もご一緒にどうでしょうか? 個人的に魔物に襲われていた時に助けてもらった御恩をしたいのですが」
「いえ、僕たちはこれからゲーマ王国に向けてラアドベルク山脈を越えなければいけません」
「あのラアドベルク山脈をですか⁉」
アートの言葉に衝撃を受けたかのように周りがざわめき始める。しかしある程度経つと落ち着いてきたクライスが「静粛に」と言った。騒いでいた人たちは深呼吸して落ち着くと、その中の人物の一人が話しかけてくる。
「現在、ラアドベルク山脈では雷が発生していて、とても登れる状態ではありません。危険すぎます。素直に国境をつなぐ海を進んだ方が賢明かと」
「それでも、わしらは越えなければいけないのじゃ」
「しかし――」
クライスがベルの主張に食い下がろうとするのだが、ベルの差し出した手によって止められた。彼は三人の瞳を見つめ……ため息を吐く。
「……決意は、固いようですね。分かりました。魔物のことで協力を仰ぎたかったのですが仕方ありません諦めましょう。しかし、命の恩人を危険なところに向かわせたくないのも事実。なので、登るために必要な道具を、こちらでご用意させていただきます」
クライスの言葉に三人以外の人物は深く頷いた。その様子を見ていた三人は慌てて声を出そうとするが彼は止める。
「感謝しているんです。ですから素直に受け取ってください」
彼はそれだけ言うと三人以外の人物全員と共に部屋から出て行った。
「すまないね。こうと決めたらテコでも動かない連中ばっかで。お茶でもどう?」
クライスと入れ替わるように老婆が部屋の中に入り、唖然としている三人にお茶を配ると近くにあった椅子に座った。
「私は村長の妻シルク。あの連中が返ってくるまで少しの間、婆やと話さないか?」
一行はシルクの言葉に頷くと、クライスたちが戻ってくるまで会話をするのであった。
♢
「お待たせしました。おや? シルクさんもご一緒のようで」
四人で会話をしていると急いで戻ってきたのか、荒い呼吸を上げたクライス達が荷物を持って部屋の中に戻ってきた。
「あんたたち汗だくじゃないかほれ、早く拭きな」
シルクが、いつの間にか用意していたタオルを、汗だくになっているクライスたちに放り投げた。慌てて捕まえた彼らは汗をぬぐい呼吸を整える。
「今度こそお待たせしました。道具を用意しましたので、いつでも準備して出発が可能です。もし使い方などが分からなければ質問してください」
三人はクライスたちが用意した道具を身に纏い、山を登るための準備を始める。着用の仕方や使い方が分からなかったりした物は、すぐに教えられたりして準備を着々とこなしていった。やがて準備が完了し、山の麓まで案内された。
「案内できるのはここまでです。どうかご武運を」
クライスが頭を下げると見送りに集まった町の住民たちが一斉に頭を下げた。そして前に出て来たシルクが一人ずつに棒を手渡す。
「これは?」
三人はしげしげと棒を見つめる。
「雷除けであり避雷針さ。元々、ラアドベルク山脈は雷が多く降る山なんだ。今回のは少し異常だがね。危なくなったら遠くに投げな、きっと助けになってくれる」
山を見上げたシルクの目線を追うように三人は山を見上げた。それは山頂が黒く染まった雲で見えないほどに覆われていた。心なしか、この場所からでも雷が光っているように見えた。
「怖いですね……」
コミが少し震える声で言う。
「でも、越えなければなりません」
「そうじゃの。そのためにわしたちはここに来たのじゃ」
冷や汗を掻いたアートが活を入れるように言うと、強張った声でベルが同意した。三人は互いの顔を合わせると頷き、背中に町の人たちの声援を浴びると同時に足を進めたのであった。
急な坂や木々が生い茂った獣道を歩き三人は山を登る。山頂に近づくにつれて雷の音が大きく聞こえてきていた。
「雷鳴が凄いですね」
「止みそうにありませんね」
ふと足を止めたアートとコミが顔を上にあげて、山頂付近から雷を落としている黒い雲を見つめた。
「……少しおかしいことに気づかんかね?」
二人の隣でベルが考え込むようにして黒い雲を見る。
「何がですか?」
「いや、こんなに近づいておるというのに雨が降っていないということじゃ」
ベルの言葉に二人は「そういえば」と不思議そうに辺りを見渡した。あれほど山頂付近では雷鳴が響いているのにも関わらず、自分たちが歩いてきた道や周りの景色は水で濡れていた形跡が一切なかった。
「雷が鳴っているときに雨が降らないことがある、ということはないですか?」
アートの質問にベルは頭を横に振った。
「分からん。しかし、風が全く吹いていない状態なのにも関わらず、雷が鳴っているのに雨が降ってこないという事象は聞いたことがないのじゃ」
「では、山頂には何かがあるということで?」
「可能性はあるじゃろう。用心していくことに越したことはないのじゃ。それにシルク殿の話がどうも引っかかってな」
「少し異常だと言っていましたね」
コミの一言にベルは頷く。
「そうじゃ。それが気になっての。じゃが、山を登ってみて言っている事が少し分かった気がするのじゃ」
ベルは手に持った棒を見る。棒は身体の少し上ぐらい長く、片方の端だけに金属が取り付けられていた。
「避雷針じゃ。手に持って歩くには少し危ないように感じるのじゃが、こうも雷が多いと逆にあった方が良いのかもしれんの」
自然と足を進めたベルが先頭に躍り出る。
「もう少し登ったら休憩にするのじゃ」
その言葉に二人は頷き、先に歩き始めるベルの後を追う。しかし山を登るごとに険しくなる道にアートが独り言ちた。
「しっかし、道が険しくなってきましたね」
「山なんじゃから、整備されてなければ険しくなるのは必然じゃろう。まだ登れるような道があるのは良い方じゃ」
「…………? あれは……滝?」
アートが疲れた体で顔を少し上にあげると、生い茂る木々の天辺の隙間から流れ落ちる水を発見する。
「どこですか⁉」
息切れしそうになっているコミが、血眼になってアートが見ている方に視線を向け探しだす。
「あそこです」
彼が指を差した先を頼りに視線を向けると、流れ落ちる水を視界に収めた。コミは疲れていた顔から、たちまち元気になっていく。
「本当にあります! あそこで休憩しましょう!」
大きく手を合わせて音を鳴らした彼女が、はしゃぐように言った。
「それもそうじゃの。水分補給もかねて、そこで休憩するのじゃ」
三人は生い茂る木々の道を抜け、滝に続く岩海の道を歩き、玉石による背よりも高い段差を一つずつ確実に登る。近くでは滝つぼから溢れた水が水みちを作り川のように流れていた。
先に登るアートが、一段登るごとに呼吸が荒くなっていく二人に気づいた。すぐさま手を伸ばして、一人ずつ引っ張り上げるように手伝う。
「ベル博士、コミさん。滝が、滝がもうすぐです。あそこまで頑張りましょう」
額から垂れた汗を腕で拭ったアートが二人を励ましながら、岩の上に微かに見える滝を見つめる。
「……ベル博士は……疲れてないのですか?」
呼吸を荒げて膝に手をついているコミが、一息吐いて腰に手を当てているベルを見る。
「そんな訳ないじゃろう。わしだって早く休みたいのじゃ。せっかく水辺が見えたのじゃから、そこで休憩したいじゃろう」
隣に居たアートが最後の一段を登ろうとして、岩の上に顔を出した後に会話している二人の方へと振り返った。
「熊がいます。見つからないように岩の陰に隠れてください。監視は僕がしますので」
アートの視線の先には、滝つぼで水を飲んでいる熊が確認できた。
「もうすぐなのに……早くどこかに行ってくれるとよいのですが」
コミが残念そうな顔で岩を背にして姿勢を低くし、小声で呟く。
「熊の気分次第じゃな」
同じく姿勢を低くしたベルが深く息を吐き答えた。
「どうじゃ? 熊はどこかに行きそうかね?」
ベルはアートに視線を向けて話しかけるが、首を横に振られる。
監視の途中、熊は水を飲むのを止めて辺りを見渡していたが、再びのんびりとした様子で水を飲み始めた。しばらくの間はどこかに行きそうな雰囲気はなさそうだった。しかし、突然何かに怯えるかのように滝つぼから勢いよく離れ、近くの森林に飛び込んだ。
熊のおかしな行動を見て、不思議そうに首を捻ったアートは二人に声をかけようした。すると上空から黒い雷が森林に向かって落ちた。森林にいた小鳥や小動物が一斉に飛び出し四方八方に逃げ惑う。
どう考えてもおかしい事態に三人は困惑していると、自分たちがいる場所に大きな影が差しこんだ。何事かと上を見ると、そこにいたのは黒く焦げた熊を鋭い爪で持ち、黒い雷を纏いながら空を飛ぶ巨鳥の姿があった。
「山頂に向かって飛んでいく……」
アートの目には、その巨大な鳥が山頂の黒い雲の中に入っていくのが見えた。しばらく唖然としているとコミが恐る恐る口を開く。
「…………黒い霧……黒い霧をまとっていました」
「それは……本当ですか?」
アートの確認にコミはわずかに頷いた。
「恐らくコミだけが見えるほどの微量の物じゃったのじゃろう。礼拝堂の扉や黒い霧が漏れ出した時と同じような、の」
「ベル博士。となるともしかして」
「間違いなく黒い雲を作り出しておる魔物が頂上にいるのじゃろう。さて、滝つぼで休憩がてら荷物の確認といくのじゃ。山頂で魔物に相対する準備もかねての」
ベルは我先にと玉石を登り滝つぼへと向かう。それに続いてアートが登りコミを引っ張り上げる。三人は滝つぼの近くに陣取り、プラト村で渡され背負っていた麻袋を下ろした。
「まずは食事にしましょう。食料を渡されていたはずです」
コミが麻袋の中から一つの小袋と水筒を取り出した。袋を開き中身を覗く。
「乾燥している食べ物が多いですね」
「そりゃ、乾燥しておる方が日持ちが長いのじゃから、何かあった時用に用意しておったのじゃろう。しかし村を離れることになったため、余剰分を多めに別けてくれたようじゃの」
「では感謝していただきましょう」
三人は感謝の言葉を述べ食事を始めた。ただ食べ物が乾燥しているため喉が乾燥し水を沢山飲むこととなった。
「ラアドベルク天然水が取れるだけあって、滝つぼの水がすぐに飲めるほどに綺麗で良かったです。飲めなければ口の中が大変なことになってましたよ」
少し笑みを見せてアートが滝つぼから水を汲んで戻ってくる。
「そうじゃな。さて、荷物をあらかた取り出したのじゃ。あの鳥と相対してしまった時用に事前準備をするのじゃ」
「もし出会ってしまった場合は逃げ切れるとは言い切れません。戦闘になってしまった場合も考えておきましょう」
ベルとコミが麻袋から中身を取り出し地面に並べていく。
「武器は大小さまざまな数本の剣のみですね。あとはランタンや今着ている厚着の服みたいな登山具だけで、武器になりそうなものはないように思えますが」
並べられた物を見てアートは言う。それに対してベルがある場所へと指をさした。
「武器ではないのじゃが雷除けと言う名の避雷針があったじゃろう? それで、あやつの雷を躱すことが出来るかもしれんの」
「分かりました。では剣は僕が持ちます」
「それがいいじゃろう。わしがランタンなどの小道具を持つとして、コミは食料を主に持ってくれぬか?」
「はい。食料は私に任せてください」
三人は各々に自身が所持する物を別けて麻袋に詰めていく。そして準備が終わり次第、再び山を登るのであった。三人は険しい谷を歩き、急な坂を乗り越えながら空気が薄くなってくることで、山頂に近づいるんだと肌で感じていた。時折、山から見える広大な景色を観察する。もちろん黒い雲の観測も忘れないように。夜になると近場で自然に出来た洞窟を発見し、中で一晩を明かすが、狼型の魔物が現れたりして体が休まることはなかった。朝になり夜間で消耗した体を休ませる。そうして、昼頃に一行は山の頂上付近へとたどり着いた。
「ようやくたどり着きましたね」
三人の目の前には黒い雲で塞がれているように見える道があった。
「この黒さじゃ中は真っ暗じゃろう。ランタンを用意するのじゃ」
ベルは麻袋にしまっていたランタンを取り出し火を灯した。
「何かがいるのを感じます。おそらくは昨日の巨鳥がいるのでしょう」
コミが不安そうに黒い雲を見つめた。
「…………気を付けていきましょう」
三人は黒い雲の中へと足を踏み入れる。ランタンの火が辺りを照らし、雲の中の全貌をあらわにさせた。岩により囲まれて作られた、雷が何度も落ちてきて作られた自然の広い広場。警戒しながら先を進むと頭上から大きな鳥の鳴き声が聞こえてきた。ゆっくりと顔を上げると、それは視界に映り込んだ。それは黒い雷をまとう巨鳥が三人を空中から見下ろしている姿だった。